説明

鋼材補修用固形塗料および耐食性鋼材

【課題】めっき鋼材や塗装鋼材の鋼素地露出部において簡便な作業で優れた防錆効果が得られる補修技術を提供する。
【解決手段】上記目的は、クレヨン組成物をバインダーとして金属亜鉛粉末の粒子を一体化した鋼材補修用固形塗料によって達成される。金属亜鉛粉末は、粒子径(長径)5〜100μmの球状金属亜鉛粒子または粒子径(長径)10〜100μm鱗片状金属亜鉛粒子が質量割合で金属亜鉛粉末中の30%以上を占めているものが好適な対象となる。なかでも金属マグネシウム粉末を金属亜鉛粉末100質量部に対し20質量部以下の範囲で含有するものは、一層高い防錆効果を発揮する。また、金属アルミニウム粉末を金属亜鉛粉末100質量部に対し30質量部以下の範囲で含有させてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、めっき鋼材や塗装鋼材の一部分に製造上不可避的に形成される鋼素地露出部を補修するための防錆効果の高い固形塗料、およびそれを用いて鋼素地露出部を補修した耐食性の良好な鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
屋外や室内の大気環境に曝される鋼材は通常、ステンレス鋼等の高耐食性材料を除き、表面に防錆効果のあるめっきや塗装を施して使用される。しかし、各種部材に成形加工される段階、あるいは部材として現場に設置される段階で、鋼材の一部分に不可避的に鋼素地露出部が形成されることがある。例えば、めっき鋼板や塗装鋼板は、切断加工、穴開け加工、曲げ加工、溶接など各種加工を経て部材に成形される。切断端面や溶接部では不可避的に鋼素地が露出し、また曲げ加工部でもめっき層や塗膜にクラックが生じて鋼素地が露出する場合がある。その他、ドブ漬けめっきを施した金具などの部材においても、不めっき部分や疵付き部分などで鋼素地が露出している場合がある。
【0003】
このような鋼素地露出部を有する鋼材を大気環境で使用すると、当該鋼素地露出部に赤錆が生じたり、錆汁が流れ出したりして外観を損ねる。また、赤錆発生箇所や錆汁付着箇所の周囲では赤錆成分が原因でめっき層の消耗が速くなり、その結果、鋼素地の腐食が早まることになる。
【0004】
そこで、鋼材の鋼素地露出部には金属亜鉛粉末を配合した防錆塗料を塗布して補修する作業が行われることがある。しかし、従来の防錆塗料は液状タイプであることから、垂れが生じ、現場における美麗な塗布作業は必ずしも容易ではない。高い防錆効果を得るためには重ね塗りによって厚い塗膜を形成することが望まれるが、乾燥時間が必要なことから作業が繁雑となる。
【0005】
一方、クレヨン等の固形描画材において、各種顔料を配合した補修材が知られている。しかし、これらは床面や金属面と同様の色調が得られるようにした描画材料であり、それらの顔料を金属亜鉛粉末に替えたとしても、防錆塗料と同等の優れた防錆効果は期待できない。その理由として、鋼材露出部へ十分な量の金属亜鉛粒子を供給することができないことが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−279057号公報
【特許文献2】特開平11−262729号公報
【特許文献3】特開2006−57083号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、金属亜鉛粉末を配合した従来の液状防錆塗料と同等以上の優れた防錆効果を有する固形塗料を提供すること、およびそれを用いて得られる耐食性鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的は、クレヨン組成物をバインダーとして金属亜鉛粉末の粒子を一体化した鋼材補修用固形塗料によって達成される。金属亜鉛粉末は、粒子径(長径)5〜100μmの球状金属亜鉛粒子または粒子径(長径)10〜100μmの鱗片状金属亜鉛粒子が質量割合で金属亜鉛粉末中の20%以上を占めているものが好適な対象となる。なかでも金属マグネシウム粉末を金属亜鉛粉末100質量部に対し20質量部以下の範囲で含有するものは、一層高い防錆効果を発揮する。また、金属アルミニウム粉末を金属亜鉛粉末100質量部に対し30質量部以下の範囲で含有させてもよい。ここで、「長径」とは粒子の最も長い部分の径である。長径の測定はSEM画像から求めることができる。以下、特に断らない限り、粒子径は「長径」を意味する。
【0009】
また本発明では、めっき鋼材または塗装鋼材の一部分に形成された鋼素地露出部に、クレヨン組成物をバインダーとして金属亜鉛粉末を担持させた耐食性鋼材が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、鋼材の鋼素地露出部を迅速かつ簡便に補修することができ、しかも従来の液状防錆塗料と同等以上の優れた防錆効果が発揮される。液垂れがないため施工後の外観も良好である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔基材となる鋼材〕
めっき鋼材としては、亜鉛めっき鋼材、Zn−3〜20質量%Al−0.5〜6質量%Mg系めっき鋼材、Zn−4〜75質量%Al−0〜2質量%Si系めっき鋼材、Al−0〜13質量%Siめっき鋼材など、公知の防錆めっきを施した鋼材が好適な対象となる。また、各種鋼材や上記の各種めっき鋼材の表面に必要に応じて化成処理を施した後、塗装を施した塗装鋼材も好適な対象となる。
【0012】
〔金属亜鉛粉末〕
金属亜鉛粉末は、鋼素地露出部において犠牲防食作用を呈する。金属亜鉛粒子の形状は球状、鱗片状のいずれであっても構わない。犠牲防食作用を長期間持続させるためには、比較的粒子径の大きい金属亜鉛粒子が存在していることが有利であることがわかった。
【0013】
発明者らの検討によれば、球状亜鉛粉末の場合、粒子径5〜100μmの球状金属亜鉛粒子が質量割合で金属亜鉛粉末中の20%以上を占めていることが望ましい。特に、粒子径が5〜100μmの球状金属亜鉛粒子が質量割合で20〜80%を占め、残部が粒子径5μm未満の微細な粒子であることがより好ましい。この場合、切断端面などの鋼素地露出部において、鋼素地の微細な凹凸間に入り込んだ微細粒子が微小領域でのガルバニック回路の形成に寄与し、粒子径の大きい粒子が鋼素地表面における金属亜鉛の長期間の存在を担保する。
【0014】
鱗片状亜鉛粉末の場合は、粒子径10〜100μmの鱗片状金属亜鉛粒子が質量割合で金属亜鉛粉末中の20%以上を占めていることが望ましい。特に、粒子径が10〜100μmの鱗片状金属亜鉛粒子が質量割合で20〜80%を占め、残部が粒子径10μm未満の微細な粒子であることがより好ましい。鱗片状粒子の場合、長径に比べ厚さが薄いため、球状粒子に比べ長径が長くても鋼素地の微小凹凸間に入り込みやすい。
【0015】
平均粒子径は、レーザー回折式粒度分布測定装置によって求まる体積平均粒子径D50でみると、球状亜鉛粉末の場合5〜50μm程度が好ましく、10μm以上あるいは20μmを超える平均粒子径としてもよい。鱗片状亜鉛粉末の場合10〜80μm程度が好ましく、15μm以上あるいは25μmを超える平均粒子径としてもよい。
【0016】
このような球状亜鉛粉末および鱗片状亜鉛粉末は、それぞれ単独で用いても良いし、複合して用いても良い。
【0017】
〔金属マグネシウム粉末、金属アルミニウム粉末〕
金属亜鉛粉末に加えて、金属マグネシウム粉末を含有させると、一層優れた防錆効果を呈するものとなる。犠牲防食作用によって溶出した亜鉛は、亜鉛の水酸化物を含む腐食生成物を形成するが、その近傍でマグネシウムが溶出すると、Mg含有Zn系腐食生成物が生じる。このMg含有Zn系腐食生成物は非常に保護性の高い皮膜となって鋼素地露出部に付着し、防錆効果を向上させる。その効果を十分に得るためには、金属亜鉛粉末100質量部に対し1質量部以上の金属マグネシウム粉末を含有させることが好ましい。ただし、マグネシウムは亜鉛より卑な金属であり、過剰の添加はマグネシウムの早期溶失を招くだけであり、好ましくない。種々検討の結果、金属マグネシウム粉末を含有させる場合は金属亜鉛粉末100質量部に対し20質量部以下の範囲で行うことが望ましく、10質量部以下としても構わない。
【0018】
また、金属アルミニウム粉末を含有させることもできる。特に、金属マグネシウムと金属アルミニウムを同時に含有させたとき、より一層防錆効果の高い保護皮膜が形成される。金属アルミニウム粉末の含有量は金属亜鉛粉末100質量部に対し1質量%以上とすることが効果的であり、3質部以上とすることがより効果的である。ただし過剰の含有は金属亜鉛粉末の相対的な含有量の低減に繋がり好ましくない。種々検討の結果、金属アルミニウム粉末を含有させる場合は金属亜鉛粉末100質量部に対し30質量部以下の範囲で行うことが望ましく、15質量部以下としても構わない。
【0019】
〔クレヨン組成物〕
クレヨン組成物は、固形描画材料のクレヨンを構成する成分のうち、顔料を除く部分をいう。本発明ではクレヨン組成物をバインダーとして、金属亜鉛粉末あるいは必要に応じて金属マグネシウム粉末や金属アルミニウム粉末の各粒子同士を結合させ一体化することにより、固形塗料を構築する。
【0020】
クレヨン組成物は一般にワックスを主成分とするものが多用されている。本発明でもそのような公知のクレヨン組成物をバインダーに利用することができる。ただし、相手材が金属(鋼素地)であることから、金属粉末粒子を鋼素地表面に担持させる(定着させる)ためには、定着材として樹脂成分を配合したクレヨン組成物を使用することがより好ましい。例えば金属面への接着力を高める作用のあるアクリル、ポリアミド、ケトン、キシレン、ポリ酢酸ビニル、塩化ビニル、エチルセルロース、アセチルセルロース、酢酸ビニル−塩化ビニル共重合体、酢酸ビニル−エチレン共重合体などの樹脂成分が挙げられる。その他、有機溶剤、ゲル化剤等のクレヨン成分が適宜配合される。
【0021】
ただし、本発明の固形塗料においては、「色調」を重視した一般的な描画用あるいは補修用のクレヨンとは異なり、良好な塗布性が維持される範囲において、できるだけ高濃度で金属粉末粒子が配合されていることが望ましい。種々検討の結果、固形塗料に占める上記の金属粉末の質量割合を合計20〜90質量%とすることが望ましく、30〜80質量%とすることがより好ましい。金属粉末の質量割合が少なすぎると鋼素地露出部に担持される金属粒子の絶対量を十分確保するためには厚い塗膜を形成する必要があり、塗布作業に時間と手間を要し、また塗膜剥離の要因ともなりやすい。ただし、厚い塗膜を形成した場合でも塗膜剥離を起こさない限り良好な耐食性は発揮される。逆に金属粒子の配合量が多すぎると、塗膜においてバインダーとして機能するクレヨン組成物の量が過小となって、金属粒子の付着力が低下する。また、滑らかな塗布性が得られなくなる。
【0022】
〔耐食性鋼材〕
上記の固形塗料を、鋼素地露出部に塗布することによって、当該鋼素地露出部に金属亜鉛粒子、あるいはさらに金属マグネシウム粒子や金属アルミニウム粒子が、クレヨン組成物をバインダーとして担持された鋼材を得ることができる。塗膜厚さは、クレヨン組成物と金属粉末の配合、めっきの種類、使用環境によって適宜定めることができる。予め予備実験により最適な塗布方法および塗膜厚さを把握しておくことが望ましい。
【実施例1】
【0023】
基材となる鋼材として、板厚4.5mmの普通鋼熱延鋼板(C含有量;0.1質量%)をめっき原板として、片面あたりのめっき付着量を75g/m2とした溶融Zn−6質量%Al−3質量%Mgめっき鋼板を用いた。この鋼板を剪断加工により切断し、切断端面を形成させた。
【0024】
一方、金属面に対する付着性を改善した公知のクレヨン基材(定着剤として樹脂成分を配合するもの)を入手し、このクレヨン組成物をバインダーとして、表1に示す各種固形塗料を調製した。
また、比較のために従来から使用実績のある液状タイプの金属亜鉛粉末含有防錆塗料(ジンクリッチ)を用意した。
【0025】
これらの固形塗料、液体塗料を前記基材鋼板の切断端面の全面に塗布し、鋼素地露出部がないように被覆して耐食性試験片を得た。また、切断端面の補修を全く行っていない試験片(補修なし)、および耐候性クリア塗膜(金属亜鉛粉末を含有しないもの)を切断端面の全面に塗布した試験片も併せて用意した。各耐食性試験片を1年間の大気暴露試験に供した。暴露地は大阪府堺市の臨海工業地帯である。暴露開始後6か月および1年の時期において切断端面を観察して赤錆発生程度を調べ、液体塗料を用いて平均膜厚100μmとした標準試験片との対比において、以下の基準で防錆効果を評価した。
◎:標準試験片よりも優れた防錆効果が認められる。
○:標準試験片と同等の防錆効果が認められる。
△:標準試験片より防錆効果に劣る。
×:切断端面のほぼ全面に赤錆が発生。
結果を表1中に示す。
【0026】
さらに一部の試験片について、促進試験(CCT、JIS H8502)を100サイクル行い、上記と同様の基準で防錆効果を評価した。結果を表1中に示す。
なお、表1中に示した塗膜厚さは断面観察により求めた平均厚さである。
【0027】
【表1】

【0028】
表1からわかるように、本発明の固形塗料を用いると従来の液状塗料の場合(標準試験片)と同等以上の優れた防錆効果を有する耐食性鋼材が得られた。特に金属亜鉛粉末量が多い固形塗料を用いたNo.3、9では塗膜厚さが標準試験片より薄いにもかかわらず、促進試験において耐食性の向上が認められた。金属マグネシウムを配合したNo.4、6、10、12では一層優れた防錆効果が得られた。
【実施例2】
【0029】
基材となる鋼材として、板厚1.6mmの普通鋼冷延鋼板(C含有量;0.02質量%)をめっき原板として、片面あたりのめっき付着量を76g/m2とした溶融Al−9.5質量%Siめっき鋼板を用いた。この鋼板をせん断加工により切断し、切断端面を形成させた。
【0030】
実施例1と同様に各種固形塗料を調製し、比較のために液状タイプの金属亜鉛粉末含有防錆塗料(ジンクリッチ)を用意した。
【0031】
これらの固形塗料、液体塗料を前記基材鋼板の切断端面の全面に塗布し、鋼素地露出部がないように被覆して耐食性試験片を得た。また、切断端面の補修を全く行っていない試験片(補修なし)、および耐候性クリア塗膜(金属亜鉛粉末を含有しないもの)を切断端面の全面に塗布した試験片を併せて用意した。実施例1と同様に各耐食性試験片を1年間の大気暴露試験と促進試験に供し、同様の方法で評価した。結果を表2中に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
表2からわかるように、溶融Alめっき鋼板を基材としても、本発明の固形塗料を用いた場合には、従来の液状塗料と同等以上の防錆効果を有する耐食性鋼材が得られた。特に、金属亜鉛粉末の含有量が多い固形塗料を用いたNo.18、21は塗膜厚さが標準試験片(No.26)より薄いにもかかわらず、促進試験において耐食性の向上が認められた。固形塗料中に金属アルミニウム、金属マグネシウムを配合したNo.19、22では一層優れた防錆効果が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クレヨン組成物をバインダーとして金属亜鉛粉末の粒子を一体化した鋼材補修用固形塗料。
【請求項2】
金属亜鉛粉末は、粒子径(長径)5〜100μmの球状金属亜鉛粒子が質量割合で金属亜鉛粉末中の20%以上を占めている請求項1に記載の固形塗料。
【請求項3】
金属亜鉛粉末は、粒子径(長径)10〜100μmの鱗片状金属亜鉛粒子が質量割合で金属亜鉛粉末中の20%以上を占めている請求項1または2に記載の固形塗料。
【請求項4】
金属マグネシウム粉末を金属亜鉛粉末100質量部に対し20質量部以下の範囲で含有する請求項1〜3のいずれかに記載の固形塗料。
【請求項5】
金属アルミニウム粉末を金属亜鉛粉末100質量部に対し30質量部以下の範囲で含有する請求項1〜4のいずれかに記載の固形塗料。
【請求項6】
めっき鋼材または塗装鋼材の一部分に形成された鋼素地露出部に、クレヨン組成物をバインダーとして金属亜鉛粉末を担持させた耐食性鋼材。

【公開番号】特開2010−215731(P2010−215731A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−61919(P2009−61919)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【出願人】(509160960)三雄化工株式会社 (1)
【Fターム(参考)】