説明

防音装置

【課題】ANC技術およびPNC技術を適切に組み合わせることによって、十分な通気性能を備えた防音装置を提供する。
【解決手段】部屋の開口部に取付けられ、該開口部を封閉する遮音板1と、遮音板に形成された、フレネル回折を利用した音響レンズ2を備える。音響レンズは、遮音板に形成され、互いに間隔をあけて配置された複数本のスリット3からなる。さらに、遮音板の外側に配置され、音響レンズに入射する雑音を集音する少なくとも1つのマクロフォン4と、マイクロフォンからの出力信号に基づいて予測演算を行うことにより、音響レンズを通って部屋の内部に侵入し、予め決定された雑音抑制地点に収束して共振する雑音と逆位相となる干渉波の周波数、振幅および位相を求め、それに対応する信号を出力する演算部6と、演算部からの出力信号に基づいて干渉波を生成し、雑音抑制地点に向けて発射する干渉波発射部7を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防音装置、特に、マンションや家屋、およびオフィスビル等の部屋の窓や出入口等に配置される通気性を備えた防音装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、真夏の都市部におけるエアコン使用によって消費電力が大幅に増大し、また、その排熱によってヒートアイランド現象が引き起こされ等、エネルギー浪費や環境破壊の問題が生じている。そこで、窓に網戸を取付ける等して、新鮮な自然の外気を部屋の中に取り込むことで涼をとることが注目されている。しかしながら、従来の網戸等を使用した場合、外気とともに環境騒音が部屋の内部に侵入してくるので、環境騒音が特に大きい都市部では問題となる。
【0003】
ところで、従来の雑音抑制システムとしては、受動騒音制御(PNC;Passive Noise Control)と能動騒音制御(ANC;Active Noise Control)との2種類に分類される。
PNCは、遮音壁等を利用して物理的に雑音を遮断、吸収すること、あるいは、音波の回折および干渉等の波動特性を利用して雑音を減衰させることによって、雑音を抑制する。
【0004】
音波の回折と干渉を利用したPNC技術の1例として、フレネル回折を利用した音響レンズ(「音響フレネルレンズ」とも呼ばれる。)がある(例えば、特許文献1参照)。音響フレネルレンズは、遮蔽物に形成された多数のスリットから構成され、スリットを通過する際の音の回折・干渉作用により、予め決定された地点(雑音抑制地点)に集音させる。雑音はスリットを通過することによって回折する。各スリットから雑音抑制地点までの距離には経路差があるため、雑音抑制地点では異なる位相を有する回折波が互いに干渉する。このとき、雑音抑制地点で同位相の音波が干渉すると強め合い(共振)、逆位相の音波が干渉すると弱め合う(反共振)。したがって、雑音の抑制は、逆位相の音波を干渉させて雑音の音波を相殺することによってなされ、回折波同士の経路差が音波の半波長となるようにスリットの間隔が設定される。
【0005】
しかしながら、音響フレネルレンズは回折と干渉を利用するため、雑音の音波が干渉によって相殺される周波数領域に加えて、共振する周波数領域が発生する場合があるという欠点を有している。すなわち、抑制すべき雑音の周波数帯域が狭い場合には、比較的容易に雑音抑制地点に雑音の音波を収束させて互いに反共振させることが可能であるが、抑制すべき雑音の周波数帯域が広くなると、雑音抑制地点に収束する音波のうち反共振するものと共振するものの両方が生じる。特に、低周波数帯域の音波は、波長が長いので、音響フレネルレンズによって収束されたときに共振する可能性が高い。
【0006】
また、ANCは、雑音の音波に対して絶対値が同じで逆振幅の音波を干渉させることによって雑音を減衰させて抑制するものである。ANCは、特に、低周波数帯域の雑音の抑制に有効であり、ダクトの雑音抑制やノイズキャンセリングヘッドホン等で実用化されている。
【0007】
【特許文献1】特開2006−53326号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、ANC技術およびPNC技術を適切に組み合わせることによって、十分な通気性能を備えた防音装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明は、部屋の開口部に取付けられ、該開口部を封閉する遮音板と、前記遮音板に形成された、フレネル回折を利用した音響レンズと、を備え、前記音響レンズは、前記遮音板に形成され、互いに間隔をあけて配置された複数本のスリットからなっており、さらに、前記遮音板の外側に配置され、前記音響レンズに入射する雑音を集音する少なくとも1つのマクロフォンと、前記マイクロフォンからの出力信号に基づいて予測演算を行うことにより、前記音響レンズを通って前記部屋の内部に侵入し、予め決定された雑音抑制地点に収束して共振する雑音と逆位相となる干渉波の周波数、振幅および位相を求め、それに対応する信号を出力する演算部と、前記演算部からの出力信号に基づいて前記干渉波を生成し、前記雑音抑制地点に向けて発射する干渉波発射部と、を備えたことを特徴とする防音装置を構成したものである。
【0010】
上記構成において、前記演算部による予測演算は、前記マイクロフォンからの出力信号に基づいて前記音響レンズに入射する雑音の周波数、振幅および位相を検出し、それらの検出値から、前記雑音抑制地点において前記共振する雑音の周波数、振幅および位相の予測値を算出し、その予測値に基づき、前記雑音抑制地点において共振する雑音と逆位相となる干渉波の周波数、振幅および位相を算出することからなっていることが好ましい。
また、前記雑音抑制地点は、前記音響レンズの焦点であることが好ましい。
【0011】
また、前記遮音板および前記音響レンズを網戸に組み込むことができる。また、網戸以外に、玄関や勝手口のドアや、柵等に組み込むこともできる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、遮音板にフレネル回折を利用した音響レンズを設けて、雑音を雑音抑制地点に収束させるとともに、雑音抑制地点において共振する雑音に対して逆位相となる干渉波を雑音抑制地点に向けて発射するようにしたので、遮音板に形成した音響レンズのスリットを通して通風できるとともに、環境雑音を大幅に減衰させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して本発明の好ましい実施例について説明する。図1は、本発明の1実施例による防音装置の概略構成を示す図であり、図2は、図1の防音装置の音響レンズの構成を示す平面図である。
図1を参照して、本発明によれば、部屋の開口部に取付けられ、該開口部を封閉する遮音板1が備えられる。遮音板1には、フレネル回折を利用した音響レンズ2が形成される。音響レンズ2は、遮音板1に形成され、互いに間隔をあけて配置された複数本のスリット3からなっている。この実施例では、遮蔽板1は縦長の矩形状をなし、複数本のスリット3はそれぞれ、遮蔽板1の横方向に水平にのびるとともに、遮蔽板1の縦方向に互いに間隔をあけて配置されている。
【0014】
この場合、音響レンズ2を構成する各スリット3の形状およびスリット間の間隔は、この実施例に限定されず、抑制すべき雑音の周波数帯域や振幅等、および必要な通気量に応じて適当に決定される。例えば、スリット間の間隔を等間隔にしてもよいし、あるいは、遮蔽板1の縦方向に沿って可変長にしてもよい。
【0015】
この場合、各スリットの開口面積を大きくすれば通気量は増大する一方、音響レンズを通過する雑音の音圧が増大する。
また、この実施例では、各スリットは水平な平行格子状に配列されているが、各スリットを垂直な平行格子状に配列してもよいし、同心円状に配列してもよい。
【0016】
遮音板1の外側には、音響レンズ2に入射する雑音8を集音する少なくとも1つのマクロフォン4が配置される。
【0017】
本発明によれば、また、マイクロフォン4からの出力信号に基づいて予測演算を行うことにより、音響レンズ2を通って部屋の内部に侵入し、予め決定された雑音抑制地点5に収束して共振する雑音8と逆位相となる干渉波9の周波数、振幅および位相を求め、それに対応する信号を出力する演算部6が備えられる。
【0018】
さらに、演算部6からの出力信号に基づいて干渉波9を生成し、雑音抑制地点5に向けて発射するラウドスピーカ7が備えられる。
【0019】
演算部6による予測演算の方法を、図3を参照しながら説明する。説明を簡単化するため、図3では、音響レンズは2本のスリットS1、S2から構成されている。図3中、点P1は雑音抑制地点であり、この点P1において雑音の音波が収束されて反共振を生じさせる。点P2は、スリットS1の中心線およびスリットS2の中心線を結ぶ垂線と、この垂線に対して点P1から下ろした法線との交点である。点P3は、前記垂線とスリットS1の中心線との交点であり、点P4は、前記垂線とスリットS2の中心線との交点である。
【0020】
そして、音響レンズにより雑音抑制地点P1に収束する雑音の反共振周波数fは、次式によって求められる。
【0021】
【数1】

【0022】
ここで、d1は点P2および点P3間の距離であり、d2は点P2および点P4間の距離であり、xは点P1および点P2間の距離であり、cは音速である。
そして、点P1に収束する雑音の共振周波数f’は、
f’=2f
によって求められる。
【0023】
d1=0.65m、d2=0.0mと設定すると、反共振周波数f=882Hz、共振周波数f’=1764Hzとなり、d1=1.70m、d2=0.0mと設定すると、反共振周波数f=175Hz、共振周波数f’=350Hzとなる。
【0024】
こうして、本発明による防音装置によれば、音響レンズを通過する際の音の回折・干渉作用によって、雑音は、雑音抑制地点に収束せしめられ、反共振する周波数の雑音は互いに打ち消し合う。一方、雑音抑制地点において共振する周波数の雑音は、演算部による予測によって求められた、それと逆位相となる干渉波が雑音抑制地点に向けて発射され、それと打ち消し合う。こうして、環境雑音が効果的に抑制される。しかも、音響レンズのスリットを通して通風並びに採光ができる。
【0025】
[実施例]
遮音板および音響レンズを網戸に組み込み、この網戸を音響実験室内に配置した窓枠に取付けて、本発明による防音装置の雑音抑制効果を調べた。本発明の防音装置を網戸に組み込んだ場合には、網戸の網目部分に音響レンズが形成され、網目部分以外は遮音領域を形成する。音響レンズの構成は、図3に示すとおりである。図3からわかるように、この実施例では、スリット3間の間隔を可変長とし、網戸の中央部よりも、上端部および下端部でスリット3の本数が多くなるようにした。また、網戸に組み込まれた音響レンズの寸法は、縦65cm×横53cm、スリット(空洞部)の寸法は、縦24cm×横53cm、遮音板の寸法は、縦41cm×横53cmである。
【0026】
この網戸を窓枠に取付け、さらに、雑音抑制地点を、網戸の中央から後方に0.40mの距離の位置に設定し、雑音抑制地点を通る鉛直線方向に沿って、高さ0.47mの位置から、上方に向かって0.02mの間隔で、8本のマイクロフォンを配置した。さらに、網戸の前方に雑音を集音するマイクロフォンを配置するとともに、網戸の後方にはラウドスピーカを配置し、マイクロフォンおよびラウドスピーカを演算部に接続した(以下において、マイクロフォン、演算部およびラウドスピーカを「ANCシステム」と総称する)。
この実施例では、音響レンズは、網戸の中央から最上(下)端のスリットまでの距離が0.24mであるため、音速を340m/sとしたとき、雑音抑制地点において、2.575kHzの音波を最も抑制すると考えられる.
【0027】
そして、雑音源として平面スピーカから発生させたピンクノイズを使用するとともに、ラウドスピーカから雑音抑制地点に向けて干渉波を発射し、8本のマクロフォンによって収集した音データの平均値に基づいてスペクトル解析(1.36sec)を行った。
【0028】
[比較例1]
上記実施例の構成において、ラウドスピーカから干渉波を発射しない状態で、実施例の場合と同様の条件で測定を行い、スペクトル解析を行った。
【0029】
[比較例2]
上記実施例の構成において、音響レンズが組み込まれた網戸を、従来の網戸に取り替えた状態で、実施例の場合と同様の条件で測定を行い、スペクトル解析を行った。
【0030】
[従来例]
本発明による防音装置は使用せずに、従来の網戸を窓枠に取付け、実施例の場合と同様の条件で測定を行い、スペクトル解析を行った。
【0031】
図4は、実施例、比較例1、2および従来例の平均スペクトルを示したグラフである。図4(A)は、比較例1と従来例のスペクトルを比較したグラフであり、グラフ中、(I)は従来例を表し、(II)は比較例1を表している。図4(B)は、比較例2と従来例のスペクトルを比較したグラフであり、グラフ中、(I)は従来例を表し、(III)は比較例2を表している。図4(C)は、実施例と従来例のスペクトルを比較したグラフであり、グラフ中、(I)は従来例を表し、(IV)は実施例を表している。
【0032】
図5は、実施例、比較例1、2および従来例の差分スペクトルを示したグラフである。図5(A)は、比較例1と従来例の差分スペクトル(2つのスペクトルの差)を示したグラフである。図5(B)は、比較例2と従来例の差分スペクトルを示したグラフである。図5(C)は、実施例と従来例の差分スペクトルを示したグラフである。
【0033】
表1には、実施例、比較例1、2に関する3つの周波数帯域における平均の雑音抑制効果を示した。0.0〜1.2kHzは、特に、ANCシステムによる雑音抑制が有効である周波数帯域であり、1.8〜5.0kHzは、特に、音響フレネルレンズによる雑音抑制が有効である周波数帯域である。
【0034】
【表1】

【0035】
図4(A)、図5(A)のグラフおよび表1より、音響レンズは、1.8〜5.0kHzにおいて平均6.5dBの雑音抑圧効果が得られた。さらに、図4(A)のグラフより、音響レンズは、約2.575kHzに、反共振による高い雑音抑制効果が得られていることがわかる。しかしながら、音響フレネルレンズでは0.0〜1.8kHzにおいて、十分な雑音抑制効果が得られなかった。これは、小型の音響レンズを使用したことが原因であると考えられる。また、音響レンズを使用することで、1.3kHz周辺に共振点が発生したが、共振による影響は小さい。
【0036】
図4(B)、図5(B)のグラフおよび表1より、ANCシステムは、0.0〜1.2kHzにおいて、平均4.8dBの雑音抑制効果が得られた。
図4(C)、図5(C)のグラフおよび表1より、音響レンズとANCシステムの併用システムは双方の雑音抑圧効果が組み合わされた結果となった。しかし、0.8kHz付近においては、ANCシステム単独での雑音抑圧効果に比べ効果が減少している。これは、音響レンズの設置によって、二次経路間の系が複雑になることが原因であると考えられる。実施例においては、0.0〜5.0kHzにおいて平均5.2dBの雑音の抑制を達成した。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の1実施例による防音装置の概略構成を示す図である。
【図2】図1の防音装置の音響レンズの構成を示す平面図である。
【図3】演算部による予測演算の方法を説明する図である。
【図4】平均スペクトルを示したグラフであり、(A)は、比較例1と従来例のスペクトルを比較したグラフであり、(B)は、比較例2と従来例のスペクトルを比較したグラフであり、(C)は、実施例と従来例のスペクトルを比較したグラフである。
【図5】差分スペクトルを示したグラフであり、(A)は、比較例1と従来例の差分スペクトルを、(B)は、比較例2と従来例の差分スペクトルを、(C)は、実施例と従来例の差分スペクトルをそれぞれ示している。
【符号の説明】
【0038】
1 遮蔽板
2 音響レンズ
3 スリット
4 マイクロフォン
5 雑音抑制地点
6 演算部
7 ラウドスピーカ
8 雑音
9 干渉波

【特許請求の範囲】
【請求項1】
部屋の開口部に取付けられ、該開口部を封閉する遮音板と、
前記遮音板に形成された、フレネル回折を利用した音響レンズと、を備え、
前記音響レンズは、前記遮音板に形成され、互いに間隔をあけて配置された複数本のスリットからなっており、さらに、
前記遮音板の外側に配置され、前記音響レンズに入射する雑音を集音する少なくとも1つのマクロフォンと、
前記マイクロフォンからの出力信号に基づいて予測演算を行うことにより、前記音響レンズを通って前記部屋の内部に侵入し、予め決定された雑音抑制地点に収束して共振する雑音と逆位相となる干渉波の周波数、振幅および位相を求め、それに対応する信号を出力する演算部と、
前記演算部からの出力信号に基づいて前記干渉波を生成し、前記雑音抑制地点に向けて発射する干渉波発射部と、を備えたことを特徴とする防音装置。
【請求項2】
前記演算部による予測演算は、前記マイクロフォンからの出力信号に基づいて前記音響レンズに入射する雑音の周波数、振幅および位相を検出し、それらの検出値から、前記雑音抑制地点において前記共振する雑音の周波数、振幅および位相の予測値を算出し、その予測値に基づき、前記雑音抑制地点において共振する雑音と逆位相となる干渉波の周波数、振幅および位相を算出することからなっていることを特徴とする請求項1に記載の防音装置。
【請求項3】
前記雑音抑制地点は、前記音響レンズの焦点であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の防音装置。
【請求項4】
前記遮音板および前記音響レンズが網戸に組み込まれていることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の防音装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−13710(P2009−13710A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−178552(P2007−178552)
【出願日】平成19年7月6日(2007.7.6)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【出願人】(593099104)タカラ産業株式会社 (40)
【Fターム(参考)】