説明

防食性に優れたステンレス鋼材、その製造方法およびそれを用いた海洋鋼構造物

【課題】耐久性に優れ、ステンレス鋼に電子を十分に供給できる酸化チタンを含む被膜の形成された防食性に優れたステンレス鋼材、その製造方法およびそれを用いた海洋鋼構造物を提供する。
【解決手段】表面に、粒子状酸化チタンの分散した無機系ガラス質の被膜が形成された防食性に優れたステンレス鋼材。このステンレス鋼材は、粒子状酸化チタンを分散させた金属アルコキシドを含有する溶液を表面に塗布後、硬化させる方法によって製造できる。このとき、平均粒子径が30nm以下の粒子状酸化チタンを3質量%以上分散させたり、金属アルコキシドを含有する溶液として、アルキルシリケート、アルミニウムキレート、メチルアシッドホスヘートを含有するアルコール水溶液を用いることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防食性に優れたステンレス鋼材、特に、光照射によるカソード防食を利用した防食性に優れたステンレス鋼材、その製造方法およびそれを用いた海洋鋼構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋鋼構造物の防食方法としては、電気防食法が最も信頼性の高い方法であるが、この方法は、常に海水中に浸漬されている鋼構造物に対してしか有効ではない。そのため、海水の飛沫や潮の満ち干によって海水が間歇的に接触する鋼構造物の防食方法としては、重防食塗装や有機ライニングが主流となっている。しかし、重防食塗装や有機ライニングでは、紫外線による材料の劣化や、被膜の欠陥部などを起点として鋼材から剥離することが知られており、その防食寿命は十分ではない。
【0003】
また、普通鋼に代えて防食性の高いステンレス鋼を使用する例もあるが、海水のような塩化物イオンを多量に含む環境では、孔食や隙間腐食が発生しやすい。そのため、非特許文献1には、電気防食により再不働態化電位より卑にする、例えば、SUS304鋼で-400〜-500mV・vs・SCEにする方法が提案されている。しかし、前述のとおり電気防食法は、常に海水中に浸漬されている鋼構造物に対してしか有効でなく、海水が間歇的に接触する鋼構造物には適用できない。
【0004】
一方、最近、酸化チタンの光触媒作用を利用して鋼材のカソード防食を図る技術が提案されている。例えば、特許文献1には、PVD法、CVD法、酸化チタン粉末含有樹脂液の塗布乾燥法、またはゾルゲル法により表面に酸化チタン膜を形成させた耐光・耐食性ステンレス鋼材が開示されている。また、特許文献2には、アナタース型酸化チタンを含んだ樹脂塗膜(アクリル樹脂塗膜など)をステンレス鋼などの鋼材表面に被覆して、カソード防食を図る方法が開示されている。こうした酸化チタンの光触媒作用、すなわち光によるカソード防食を利用すれば、電気防食法が適用できない海水が間歇的に接触する鋼構造物の防食を効果的に図れることが期待されるが、それには、非特許文献2に記載されているように、n型半導体である酸化チタンに400nm以下の波長の光を照射して価電子帯から伝導帯に励起された電子をステンレス鋼に十分に供給できるとともに、十分な耐久性を有する酸化チタンを含む被膜を形成することが必要である。
【非特許文献1】「海洋鋼構造物の防食Q&A」(社)鋼材倶楽部(2001年10月発行、ISBN:4765516210)
【非特許文献2】篠原ほか;「光触媒による金属材料のカソード防食」防食管理(2005年10月発行)
【特許文献1】特許第3150427号公報
【特許文献2】特開平11-158665号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の表面に酸化チタン膜を形成させた耐光・耐食性ステンレス鋼材では、次のような問題がある。すなわち、PVD法、CVD法やゾルゲル法に形成された酸化チタン膜は剥離しやすく、耐久性に劣る。酸化チタン粉末含有樹脂液の塗布乾燥法により形成された酸化チタン膜は、酸化チタンの光触媒作用により発生した活性酸素(一重項酸素など)により樹脂被膜が酸化劣化し、耐久性に劣るばかりでなく、有機樹脂は絶縁性が高いのでステンレス鋼に電子を十分に供給できない。また、特許文献2に記載のアナタース型酸化チタンを含んだ樹脂塗膜をステンレス鋼材表面に形成して、カソード防食を図る方法でも、アナタース型酸化チタンを保持するバインダーとして有機樹脂であるアクリル樹脂が使用されているため絶縁性が高く、ステンレス鋼に電子を十分に供給できない、酸化劣化しやすく耐久性に劣る、などの問題がある。
【0006】
本発明は、耐久性に優れ、ステンレス鋼に電子を十分に供給できる酸化チタンを含む被膜の形成された防食性に優れたステンレス鋼材、その製造方法およびそれを用いた海洋鋼構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、耐久性に優れ、ステンレス鋼に電子を十分に供給できる酸化チタンを含む被膜の形成された防食性に優れたステンレス鋼材について鋭意検討したところ、ナノサイズの酸化チタン粉末を、金属アルコキシドを主成分とする溶液中に分散させ、ステンレス鋼材に塗布・硬化させて酸化チタン粉末が均一に分散した無機系ガラス質の被膜を形成させることが有効であることを見出した。
【0008】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、表面に、粒子状酸化チタンの分散した無機系ガラス質の被膜が形成された防食性に優れたステンレス鋼材を提供する。
【0009】
粒子状酸化チタンの平均粒子径は、30nm以下であることが好ましい。
【0010】
無機系ガラス質の被膜には、Si、Zr、Al、Yから選ばれた少なくとも1種の元素が含有される被膜を挙げることができる。
【0011】
本発明の防食性に優れたステンレス鋼材は、粒子状酸化チタンと金属アルコキシドを含有する溶液を表面に塗布後、硬化させる方法によって製造できる。
【0012】
このとき、平均粒子径が30nm以下の粒子状酸化チタンを用いたり、金属アルコキシドを含有する溶液として、アルキルシリケート、アルミニウムキレート、メチルアシッドホスヘートを含有するアルコール水溶液を用いることが好ましい。
【0013】
本発明は、また、こうした防食性に優れたステンレス鋼材を用いた海洋鋼構造物を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、耐久性に優れ、ステンレス鋼に電子を十分に供給できる酸化チタンを含む被膜の形成された防食性に優れたステンレス鋼材を製造できるようになった。本発明のステンレス鋼材は、光照射によるカソード防食機能を有しているため、海水の飛沫や潮の満ち干によって海水が間歇的に接触する海洋鋼構造物に好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
1)素材としてのステンレス鋼材
粒子状酸化チタンの分散した無機系ガラス質の被膜を形成させるステンレス鋼材には、フェライト系やオーステナイト系の全てのステンレス鋼を適用できるが、その再不働態化電位がアナタース型の酸化チタンのフラットバンド電位(約-600mV・vs・SCE)より貴であることが必要である。また、ステンレス鋼材の前処理は、特に必要ではないが、被膜形成の直前にブラスト処理などをしてステンレス鋼材表面を活性化しておくと、被膜形成時にハジキなどが生ぜず、均一な被膜を形成しやくなる。なお、本発明の素材としてのステンレス鋼材には、普通鋼表面にステンレス鋼を被覆したステンレスクラッド鋼材など、表面のみにステンレス鋼が用いられている素材も適用可能である。
【0016】
2)粒子状酸化チタンの分散した無機系ガラス質被膜
ステンレス鋼材の表面に形成する粒子状酸化チタンの分散した被膜には、半導体としての性質を有する無機系ガラス質の被膜を用いているため、有機樹脂の場合とは異なり、電子をステンレス鋼に効率的に供給できる。また、酸化による劣化を生じにくく、耐久性にも優れている。無機系ガラス質の被膜には、金属アルコキシドの構成成分であるSi、Zr、Al、Yから選ばれた少なくとも1種の元素が含有されることが好ましい。
【0017】
粒子状酸化チタンは純度が高く、その平均粒子径が30nm以下、好ましくは20nm以下であるものが好ましい。これは、粒子径が小さいほど比表面積が大きくなるため、添加する酸化チタンの量が少なくて済むからである。また、酸化チタンとしては、ルチル型、アナタース型いずれも適用できるが、アナタース型の方が光カソード防食の効果が大きいので好ましい。
【0018】
3)製造方法
上記粒子状酸化チタンの分散した無機系ガラス質被膜は、粒子状酸化チタンを分散させた金属アルコキシドを含む溶液を、ステンレス鋼材あるいはブラスト処理などを施したステンレス鋼材の表面に塗布後、硬化させることにより形成できる。
【0019】
このとき、平均粒子径が30nm以下の酸化チタンを3質量%以上分散させることが好ましい。
【0020】
また、金属アルコキシドを含む溶液としては、一液硬化型に調整された溶液、例えば、アルキルシリケート、触媒用のアルミニウムキレート、反応抑制剤であるメチルアシッドホスヘートを含有するアルコール水溶液が望ましい。
【0021】
粒子状酸化チタンを分散させた金属アルコキシドを含む溶液を、ステンレス鋼材表面に塗布する方法は、特に限定されないが、スプレーまたはディップコートなどの方法により塗布できる。塗布後は、常温で放置、または加熱して溶媒であるアルコールを揮発させると、それまでアルコールにより抑制されていた金属アルコキシドの加水分解が進行し、ステンレス鋼材表面にナノサイズの酸化チタンが均一に分散した無機系ガラス質被膜が形成される。
【実施例】
【0022】
(実施例1)
一液硬化型金属アルコキシド溶液として、グランデックス(株)製FJ803を用い、溶液中に石原産業(株)製平均粒子径7nmの酸化チタンST01を3質量%添加し、十分に混合・分散させて粒子状酸化チタンを分散させた金属アルコキシドを含む溶液を作製した。厚さ0.8mm、幅15mm、長さ100mmの短冊状のSUS304ステンレ鋼の研磨紙(#400)により研磨した表面に、上記溶液を研磨後30分以内にディップ法により塗布し、常温にて約30分間乾燥させた後、120℃で10分間恒温槽中で硬化処理し、粒子状酸化チタンの分散した無機系ガラス質被膜が形成されたステンレス鋼材の試料を作製した。そして、試料を、10mm×10mmサイズの受光部を残してシリコンシーラントにより被覆し、海水相当の3質量%のNaCl水溶液中に標準電極(Ag/AgCl、飽和KCl)とともに浸漬し、アズワン(株)社製ハンディUVランプLUV-16のブラックライト(波長:365nm)を受光部に照射し、照射前後の浸漬電位の変化を測定した。その結果、浸漬電位は、照射前では+100mV・vs・SSEであったが、照射後は-500mV・vs・SSEと大幅に低下しており、本発明により光照射によるカソード防食機能が顕著に発現されていることを確認できた。
(実施例2)
酸化チタンとして、Degussa(株)製平均粒子径20nmの酸化チタンP-25を用いた以外は実施例1と同じ条件で、粒子状酸化チタンの分散した無機系ガラス質被膜が形成されたステンレス鋼材の試料を作製し、実施例1と同様な方法で照射前後の浸漬電位の変化を測定した。その結果、浸漬電位は、照射前では+100mV・vs・SSEであったが、照射後は-490mV・vs・SSEと大幅に低下しており、本発明により光照射によるカソード防食機能が顕著に発現されていることを確認できた。
(比較例1)
関東化学(株)製チタニウムテトライソプロポキシドを加水分解させ酸化チタンゾルを、実施例1と同様なステンレス鋼の表面にディップ法により塗布後、600℃で10〜30分間焼結させて、酸化チタン被膜を形成させたステンレス鋼材の試料を作製した。そして、実施例1と同様な方法で照射前後の浸漬電位の変化を測定しようとしたが、酸化チタン被膜が非常に脆く、剥離してしまったため測定ができなかった。
(比較例2)
エポキシ樹脂(アラルダイト)中に、石原産業(株)製平均粒子径7nmの酸化チタンST01を3質量%添加し、十分に混合・分散させた後、実施例1と同様なステンレス鋼の表面に塗布し、常温にて3日間硬化させて、酸化チタンの分散した有機系被膜が形成されたステンレス鋼材の試料を作製した。そして、実施例1と同様な方法で照射前後の浸漬電位の変化を測定しようとしたが、被膜の絶縁性が高いため測定ができなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に、粒子状酸化チタンの分散した無機系ガラス質の被膜が形成された防食性に優れたステンレス鋼材。
【請求項2】
粒子状酸化チタンの平均粒子径が30nm以下である請求項1に記載の防食性に優れたステンレス鋼材。
【請求項3】
無機系ガラス質の被膜には、Si、Zr、Al、Yから選ばれた少なくとも1種の元素が含有される請求項1または2に記載の防食性に優れたステンレス鋼材。
【請求項4】
粒子状酸化チタンを分散させた金属アルコキシドを含有する溶液を表面に塗布後、硬化させる防食性に優れたステンレス鋼材の製造方法。
【請求項5】
平均粒子径が30nm以下の粒子状酸化チタンを3質量%以上分散させる請求項4に記載の防食性に優れたステンレス鋼材の製造方法。
【請求項6】
金属アルコキシドを含有する溶液として、アルキルシリケート、アルミニウムキレート、メチルアシッドホスヘートを含有するアルコール水溶液を用いる請求項4または5に記載の防食性に優れたステンレス鋼材の製造方法。
【請求項7】
請求項1から3のいずれかに記載の防食性に優れたステンレス鋼材を用いた海洋鋼構造物。

【公開番号】特開2009−144199(P2009−144199A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−322686(P2007−322686)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】