説明

電子ビーム発生装置

【課題】位相制御素子の故障を検出することのできる電子ビーム発生装置を提供する。
【解決手段】交流電力の導通角を制御する位相制御手段3と、前記位相制御手段により位相制御された交流電力を昇圧整流し直流電圧に変換する昇圧整流回路4,5と、前記直流電圧が加速電圧として供給される電子銃8と、前記加速電圧を検出した検出信号に基づいて加速電圧が一定になるように前記位相制御手段を制御する制御回路15とを備えた電子ビーム発生装置において、前記加速電圧を検出した検出信号に基づいて加速電圧の脈動分の増加を検出する異常検出回路を設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸着材料を溶解蒸発させるための電子ビームを発生する電子ビーム発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子ビームは電力密度が大きくできるため、タングステン、モリブテン等の高融点金属からSi02、Al203等の誘電体まで各種材料を蒸発させることが可能である。たま、電子ビームは磁界などで容易に位置制御、走査制御を行うことができるため、材料面の全面にわたり最適な電子ビーム電流密度で加熱することができる。
【0003】
電子ビーム発生装置の一つである偏向型電子銃は、ディジタルカメラ、メガネ、プロジェクタ用レンズ、DVD・CD検出用レンズ、プラズマディスプレー、ディジタルビデオテープ等のコーティング用の蒸着材料を蒸発させるための電子ビーム源として用いられている。また、直進型電子銃は高速で連続的に送られる幅広のプラスチックフィルム、板ガラス、鋼板等に均一に金属、金属酸化物を蒸着する蒸着装置用に開発された電子ビーム源で、高密度記録用磁気テープ、酸化バリア機能をもつ包装用フィルムの製造、プラズマディスプレーパネルのMgO膜の蒸着、表面処理鋼板の開発などに広く使用されている。
【0004】
図1は従来技術における電子ビーム発生装置の構成を示す図である。三相交流電源1から供給された三相交流電圧は、電路の保護に用いられるノーヒューズ遮断器2、サイリスタから構成されて導通角を制御することにより位相制御を行う位相制御素子3、昇圧を行う昇圧トランス4を経て、三相整流回路5に送られ整流された後、チョークコイル6及び平滑コンデンサ7からなる平滑回路を通過して直流電圧に変換され、得られた直流電圧は加速電圧として電子銃8に供給される。検出抵抗9により加速電圧を分圧して得られた加速電圧検出信号は、位相制御素子3を制御する位相制御回路15へ送られる。
【0005】
位相制御回路15は、加速電圧検出信号と基準電圧との差信号に基づき、加速電圧が所定の値に維持されるように位相制御素子3による導通角を制御する。このため、電子銃から発生するエミッション電流10が変化しても、加速電圧は一定に維持される。
【0006】
【特許文献1】特開平8-45455
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このとき、何らかの事由により位相制御素子3が短絡又は開放して破損することがある。位相制御回路15により、加速電圧は初期設定値を維持するよう制御されるが、リップルが増大するため電子ビームに変動が現れる。ただし、これだけでは過電流あるいは過電圧のいずれも発生しないため、通常装備される異常検出回路では異常は検出されない。すなわち、電子銃8の加速電圧を一定制御で使用する場合、位相制御素子3が故障しても素子電流・電圧に顕著な変化が現れないため、オペレータが位相制御素子3の故障に気づくのが遅れることが多かった。このため、電子ビームの変動による蒸着品質の低下や、真空チャンバー等の周辺機器に破損等の被害を及ぼす可能性が高い。
【0008】
なお、従来技術としては、エミッション電流の変化と、予め記憶されている正常値と異常値のエミッション電流の変化曲線とを比較し、電子銃の状態の判断を行う電界放射型電子銃の作動状態判断方法がある(例えば、特許文献1)。
本発明は、以上述べたような問題点を解決し、位相制御素子の故障を検出することの出来る電子ビーム発生装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明は、交流電力の導通角を制御する位相制御手段と、前記位相制御手段により位相制御された交流電力を昇圧整流し直流電圧に変換する昇圧整流回路と、前記直流電圧が加速電圧として供給される電子銃と、前記加速電圧を検出した検出信号に基づいて加速電圧が一定になるように前記位相制御手段を制御する制御回路とを備えた電子ビーム発生装置において、前記加速電圧を検出した検出信号に基づいて加速電圧の脈動分の増加を検出する異常検出回路を設けたことを特徴とする。
【0010】
請求項2の発明は、前記異常検出回路は、前記加速電圧検出信号と所定の参照電圧との比較を行うコンパレータであることを特徴とする。
【0011】
請求項3の発明は、前記異常検出回路は、前記加速電圧検出信号が前記参照電圧を越える回数が所定の回数以上持続した場合に異常と判別することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、電子ビーム出力中に位相制御素子が短絡または開放で故障したとき、加速電圧の脈動分の増大を検出することで故障を直ちに検知することができる。このために、電子ビーム発生装置を直ちに停止することが出来、故障したまま長時間運転を続けることによる悪影響を未然に防止することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の一実施例の構成を図2を用いて説明する。図2は本発明を適用した電子ビーム発生装置の一例を示す構成図であり、図2中、図1で使用された符号と同一符号の付されたものは同一構成要素である。図2において、1は例えば200Vの三相交流電源である。2は三相交流電源1と接続された、電路の保護に用いられるノーヒューズ遮断器である。3はノーヒューズ遮断器2と接続された、それぞれの相毎に設けられた位相制御素子である。これら位相制御素子3は、サイリスタより構成され、導通角を制御することができるように構成されている。
【0014】
4は昇圧トランスで、位相制御素子3の出力が1次側に接続されている。5は昇圧トランス4の2次側に接続された三相整流回路である。この三相整流回路5はダイオードから構成され、全波整流を行う。7は三相整流回路5の出力側に接続された平滑コンデンサであり、チョークコイル6と共に平滑回路を構成している。この平滑回路からは、直流電圧が出力され、電子銃8に加速電圧11として印加される。
【0015】
8は負荷としての電子銃であり、図示はしないがカソード、アノード、フィラメント等から構成される。電子銃8から電子ビームが発生すると、エミッション電流10が回路内を流れる。
【0016】
検出抵抗9により加速電圧を分圧することにより得られた加速電圧検出信号は、加速電圧脈動分検出回路12に入力される。加速電圧脈動分検出回路12は、コンパレータと積分回路とスイッチング回路13と保持回路14とから構成される。入力である加速電圧検出信号が、任意に設定される電圧である閾値Vref以上になる場合は、コンパレータからHigh(15V)が出力され、閾値Vref以下になる場合はLow(0V)が出力される。その出力は、積分回路に送られ、スイッチング回路13はその積分出力に応じてオンオフされる。スイッチング回路13のオンオフの出力は信号保持回路14を介して前記位相制御回路15及び図示しない警報器に供給される。
【0017】
以上、図2における各部の構成について説明したが、次に動作について説明する。三相交流電源1からは、ノーヒューズ遮断器2を経て位相制御素子3に三相交流電流が供給される。位相制御素子3では、位相制御回路15からの制御信号に基づいて導通角を制御することにより、位相制御を行う。位相角を制御された交流電流は、昇圧トランス4により昇圧され、三相整流器5に供給される。三相整流器5に供給された三相交流電圧は、全波整流された後平滑コンデンサ7により平滑され、得られた直流電圧は加速電圧として電子銃8に供給される。
【0018】
このとき、何らかの事由により位相制御素子3が短絡あるいは開放して、破損することがある。加速電圧11は初期設定値を維持するよう制御されるが、リップルが増大するため電子銃8における電子ビームに変動が現れる。
【0019】
図3は電子ビーム出力中に位相制御素子3が短絡故障したときのシミュレーション結果を示す波形図であり、上段はサイリスタへの短絡信号、中段は位相制御素子の出力として得られる三相電流波形、下段は加速電圧をそれぞれ示す。図3上段に示すように、電子ビーム出力中に何らかの事由により位相制御素子3の内の1つのサイリスタが短絡故障した状態とするため、サイリスタへの短絡信号を時刻130ミリ秒のタイミングでHigh(1V)とすると、図3中段のように三相交流電流波形に変動が生じる。すると、図3下段に示されるように、加速電圧は本来の所定電圧−20kV付近を下限として5kV程度の上昇下降を電源の周波数(50Hz)で繰り返す。すなわち、正常時に比べ脈動分が増大し、加速電圧のピーク値がこの例では−25kV程度に大きくなる。
【0020】
図4は、図3と同じシミュレーションを加速電圧脈動分検出回路12のコンパレータの出力について行った結果を示す波形図である。図4において、上段は図3上段と同様にサイリスタへの短絡信号、下段は上からコンパレータの閾値Vref、コンパレータ出力、加速電圧検出信号をそれぞれ示す。
【0021】
図4上段において、図3上段と同様にサイリスタへの短絡信号がHigh(1V)になると、図4下段において、加速電圧検出信号は、図3下段と同様に所定電圧−20kV付近を下限として5kV程度の上昇下降を電源の周波数(50Hz)で繰り返す。ただし、加速電圧検出信号の−10Vが加速電圧の−20kVに相当する。一方、コンパレータの閾値Vrefは、−21kVに相当する10.5Vに設定されており、加速電圧検出信号と閾値Vrefを比較したコンパレータの出力は、図4下段に示されているように加速電圧が−21kVと交差するたびにHigh、Lowの反転を繰り返す矩形波となる。
【0022】
このコンパレータの出力は、積分回路により積分されるため、積分回路の出力は次第に上昇する。積分回路の出力がスイッチング回路13の閾値を越えると、スイッチング回路13はオンとなり、そのオン信号が故障検出信号として信号保持回路14に保持される。故障検出信号は、警報装置及び位相制御回路15に送られるため、警報装置により警報が発せられると共に、位相制御回路15によりサイリスタの運転が中止される。
【0023】
なお、積分回路の時定数は、たとえば方形波が3つ連続して発生した場合に積分出力がスイッチング回路13の閾値を越えるように設定されており、これにより、加速電圧の脈動が短時間に収まった場合にはスイッチング回路13はオンとならず、故障検出信号は発生しない。
【0024】
図5は、電子ビーム出力中に位相制御素子3が開放故障したときのシミュレーション結果を示す波形図である。図5において上段はサイリスタへの開放信号、中段は位相制御素子の出力として得られる三相電流波形、下段は加速電圧をそれぞれ示す。図5上段に示すように、電子ビーム出力中に何らかの事由により位相制御素子3の内の1つのサイリスタが開放故障した状態とするため、サイリスタへの制御信号が時刻130ミリ秒のタイミングでLow(0V)とされる(開放信号)と、図5中段のように三相交流波形に変動が生じる。すると、図5下段に示されるように、加速電圧は正常時に比べ脈動分が増大し、本来の所定電圧−20kVに対して−22kV付近を上限として10kV程度の下降上昇を電源の周波数(50Hz)で繰り返す。
【0025】
図6は、図5と同じシミュレーションを加速電圧脈動分検出回路12のコンパレータの出力について行った結果を示す波形図である。図6において、上段は図5上段と同様にサイリスタへの開放信号、下段はコンパレータの閾値Vref、コンパレータ出力、加速電圧検出信号をそれぞれ示す。
【0026】
図6上段において、図5上段と同様にサイリスタへ開放信号Low(0V)が送られると、図6下段において、加速電圧検出信号は、図5下段と同様に−22kV付近を上限として10kV程度の下降上昇を電源の周波数(50Hz)で繰り返す。ただし、加速電圧検出信号の−10Vが加速電圧の−20kVに相当する。一方、コンパレータの閾値Vrefは、−21kVに相当する10.5Vに設定されており、加速電圧検出信号と閾値Vrefを比較したコンパレータの出力は、図6下段に示されているように加速電圧が−21kVと交差するたびにHigh、Lowの反転を繰り返す矩形波となる。
【0027】
このコンパレータの出力が積分回路に送られると、先のシミュレーションと全く同様にしてスイッチング回路13がオンとなり、そのオン信号が故障検出信号として信号保持回路14を介して警報装置及び位相制御回路15に送られる。
【0028】
以上、動作について説明したが、本発明により電子ビーム出力中に位相制御素子が短絡または開放で故障したとき、加速電圧の脈動分の増大を検出することで故障を確実に検知し、オペレータに対し警報を発することが出来る。このため、停止が遅れた場合に想定される、蒸着の品質の低下を最小限に抑えることが可能となる。
【0029】
なお、上述した実施例は一例であって本発明は変形して実施することが可能である。たとえば、上記実施例では、脈動分の増加を加速電圧の所定レベルと比較して検出したが、これに限らず、加速電圧検出信号からコンデンサを介して交流成分のみを取り出し、その振幅値(ピーク−ピーク値)を正常範囲の脈動振幅値と比較して脈動分の異常増加を検出するようにしても良い。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】従来技術における電子ビーム発生装置である。
【図2】本発明を実施した電子ビーム発生装置の一例を示す構成図である。
【図3】図2の実施例における位相制御素子が短絡故障した時のシミュレーション結果を示す波形図である。
【図4】図3と同じシミュレーションを加速電圧脈動分検出回路12のコンパレータの出力について行った結果を示す波形図である。
【図5】図2の実施例における位相制御素子が開放故障した時のシミュレーション結果を示す波形図である。
【図6】図5と同じシミュレーションを加速電圧脈動分検出回路12のコンパレータの出力について行った結果を示す波形図である。
【符号の説明】
【0031】
1:三相交流電源、2:ノーヒューズ遮断器、3:位相制御素子、4:昇圧トランス
5:三相整流回路、6:チョークコイル、7:平滑コンデンサ、8:電子銃
9:加速電圧検出抵抗、12:加速電圧脈動分検出回路、13:スイッチング回路
14:信号保持回路、15:位相制御回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電力の導通角を制御する位相制御手段と、
前記位相制御手段により位相制御された交流電力を昇圧整流し直流電圧に変換する昇圧整流回路と、
前記直流電圧が加速電圧として供給される電子銃と、
前記加速電圧を検出した検出信号に基づいて加速電圧が一定になるように前記位相制御手段を制御する制御回路と、
を備えた電子ビーム発生装置において、
前記加速電圧を検出した検出信号に基づいて加速電圧の脈動分の増加を検出する異常検出回路を設けたことを特徴とする電子ビーム発生装置。
【請求項2】
前記異常検出回路は、前記加速電圧検出信号と所定の参照電圧との比較を行うコンパレータであることを特徴とする請求項1記載の電子ビーム発生装置。
【請求項3】
前記異常検出回路は、前記加速電圧検出信号が前記参照電圧を越える回数が所定の回数以上持続した場合に異常と判別することを特徴とする請求項2記載の電子ビーム発生装置。
【請求項4】
前記異常検出回路は、前記加速電圧検出信号の交流成分の振幅値を正常時の値と比較することにより異常を検出することを特徴とする請求項1記載の電子ビーム発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−210659(P2008−210659A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−46642(P2007−46642)
【出願日】平成19年2月27日(2007.2.27)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】