説明

電気光学薄膜素子

【課題】 電気光学定数の高い電気光学薄膜素子を得る。
【解決手段】 Zカットの電気光学単結晶基板上に、面内方向の格子定数は前記基板と同じであるが、面直方向の格子定数は前記基板よりも大きいニオブ酸リチウム単結晶薄膜が成膜されている電気光学薄膜素子、あるいはXカットの電気光学単結晶基板上に、面内方向の格子定数は前記基板と同じであるが、面直方向の格子定数は前記基板よりも小さいニオブ酸リチウム単結晶薄膜が成膜されている電気光学薄膜素子である。Zカット基板とニオブ酸リチウム単結晶薄膜との格子歪みは、+0.1%以上、Xカット基板とニオブ酸リチウム単結晶薄膜との格子歪みは、−0.1%以下とすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニオブ酸リチウム単結晶薄膜を用いた電気光学薄膜素子に関し、更に詳しく述べると、電気光学単結晶基板上にニオブ酸リチウム単結晶薄膜を成膜した電気光学薄膜素子に関するものである。この技術は、例えば電気光学効果を利用する光変調器、光偏向器、光スイッチなどに有用である。
【背景技術】
【0002】
光変調器、光偏向器、光スイッチ、その他の各種光学デバイス用の材料として、電気光学定数や非線形光学定数等に優れているニオブ酸リチウム(LiNbO3 )単結晶が期待され、一部で実用化されている。このニオブ酸リチウム単結晶については、バルク状単結晶の場合は引き上げ法(チョクラルスキー法)によって、単結晶薄膜の場合は液相エピタキシヤル(以下、「LPE」と略記することがある)法によって、それぞれ製作できる。
【0003】
例えば非特許文献1の記載によれば、タンタル酸リチウム(LiTaO3 )基板上に、LPE法によりニオブ酸リチウム単結晶薄膜を形成している。また非特許文献2の記載によれば、ニオブ酸リチウム単結晶基板上に、LPE法によりニオブ酸リチウム単結晶薄膜を形成している。更に非特許文献3の記載によれば、酸化マグネシウム(MgO)を添加したニオブ酸リチウム単結晶基板上に、LPE法によりニオブ酸リチウム単結晶薄膜を形成している。
【0004】
ところで、引き上げ法により育成されているバルク状のニオブ酸リチウム単結晶は、コングルエント(調和溶融)組成となり、それ以外の組成のニオブ酸リチウム単結晶は引き上げ法では作製困難である。しかし、近年、ストイキオメトリック(化学量論)組成のニオブ酸リチウム単結晶が、コングルエント(調和溶融)組成のニオブ酸リチウム単結晶に比べて、電気光学定数や非線形光学定数の増大、抗電界の低下などの特性向上が報告されている。
【0005】
一般に、液相エピタキシャル成長法においては、基板と膜との格子定数差が小さければ小さいほど良いとされている。また、ニオブ酸リチウム単結晶の電気光学定数は、ストイキオメトリック組成のニオブ酸リチウム単結晶にすることで20%増大するといわれているが、このストイキオメトリック組成のニオブ酸リチウム単結晶を超える特性を持つニオブ酸リチウム単結晶は現れていない。
【非特許文献1】「Applied Physics Letters 」Vol.26,No.9(1975)第489〜491頁
【非特許文献2】「Mat. Res. Bull. 」Vol.(1975)第1373〜1377頁
【非特許文献3】「J. Appl. Phys.」Vol.70,No.5(1991)第2536〜2541頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、電気光学定数の高いニオブ酸リチウム単結晶薄膜を備えた電気光学薄膜素子を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、Zカットの電気光学単結晶基板上に、面内方向のa軸格子定数は前記基板と同じであるが、面直方向のc軸格子定数は前記基板よりも大きいニオブ酸リチウム単結晶薄膜が成膜されていることを特徴とする電気光学薄膜素子である。Zカットの電気光学単結晶基板とニオブ酸リチウム単結晶薄膜とのc軸格子歪みは、+0.1%以上とすることが望ましい。例えば、Zカットの電気光学単結晶基板がコングルエント組成のニオブ酸リチウムからなり、ニオブ酸リチウム単結晶薄膜が、Zn,Mg,Tiなどの異種元素(即ち、ニオブ酸リチウム結晶に固溶置換することで格子定数を大きくできる元素)をドープしたストイキオメトリック組成の液相エピタキシャル成長膜である構成とするのがよい。
【0008】
また本発明は、Xカットの電気光学単結晶基板上に、面内方向のc軸格子定数は前記基板と同じであるが、面直方向のa軸格子定数は前記基板よりも小さいニオブ酸リチウム単結晶薄膜が成膜されていることを特徴とする電気光学薄膜素子である。Xカットの電気光学単結晶基板とニオブ酸リチウム単結晶薄膜とのa軸格子歪みは、−0.1%以下とすることが好ましい。例えば、Xカットの電気光学単結晶基板が、Mgをドープしたコングルエント組成のニオブ酸リチウムからなり、ニオブ酸リチウム単結晶薄膜が、ストイキオメトリック組成の液相エピタキシャル成長膜である構成とするのがよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る電気光学薄膜素子は、電気光学単結晶基板上に、面内方向の格子定数は前記基板と同じであるが、面直方向の格子定数は前記基板よりも大きいか、あるいは小さいニオブ酸リチウム単結晶薄膜が成膜されている構造であるので、格子歪み効果によって分極モーメントが増大し、高い電気光学定数が発現する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の電気光学薄膜素子は、Zカットの電気光学単結晶基板上に、面内方向の格子定数は前記基板と同じであるが、面直方向の格子定数は前記基板よりも大きいニオブ酸リチウム単結晶薄膜が成膜されている構成である。なお、Zカットの基板とは、結晶のZ軸に垂直に切った平面基板のことである。従って、基板の面内方向の格子定数(a軸の格子定数)をa1、基板の面直方向の格子定数(c軸の格子定数)をc1、薄膜の面内方向の格子定数(a軸の格子定数)をa2、薄膜の面直方向の格子定数(c軸の格子定数)をc2としたとき、a1=a2、c1<c2の関係となるようにする。
【0011】
例えば、Zカットの場合、CLN(コングルエント組成のニオブ酸リチウム)単結晶基板上に、SLN(ストイキオメトリック組成のニオブ酸リチウム)単結晶膜を液相エピタキシャル成長させる。このようにすると、面直方向では、基板に対して膜の格子定数の方が大きくなる。更に、Zn,Mg,Ti等の異種元素を添加してストイキオメトリック組成のニオブ酸リチウム単結晶膜を液相エピタキシャル成長させると、基板に対して膜のc軸格子定数を更に大きくすることができる。これらの手段により、c軸格子歪みを+0.1%以上にすると、分極モーメントを大きくでき、ひいては電気光学定数r33を増大できる。なお、格子歪みは、次式
格子歪み=(膜の面直の格子定数−基板の面直の格子定数)/基板の面直の格子定数
で定義される量である。
【0012】
本発明の電気光学薄膜素子の製造に好適な液相エピタキシャル法による単結晶膜育成装置(LPE炉)の例を図1に示す。3ゾーンの電気炉10内に、白金るつぼ12を搭載した支持台14を下方から挿入する。白金るつぼ12には、所定の酸化物原料を充填しておき、均一に混合攪拌された融液16とする。なお、熱電対18によって融液温度を計測可能としておく。上方から、支持部材20により基板22を吊り下げ、回転及び下降・上昇可能とする。基板22を電気炉10内の適当な位置に置くことで、基板温度を制御し、また融液16に接離可能とする。これによって、基板22上にLPE単結晶膜を成膜することができる。
【0013】
ここで使用する基板は、引き上げ法により作製したバルク状のニオブ酸リチウム単結晶を切り出したものであり、コングルエント組成である。それに対してLPE成膜したニオブ酸リチウム単結晶膜は、育成温度によりコングルエント組成からストイキオメトリック組成まで育成できる。Zカット基板の場合、育成温度と格子定数の関係を図2に示す。a軸の格子定数は育成温度が変わっても殆ど変化しない(コングルエント組成のa軸の格子定数にほぼ一致している)が、c軸の格子定数は育成温度が変わると大きく変化する。図2では、育成温度が800℃付近でストイキオメトリック組成のc軸格子定数になる。そこで、育成温度800℃より若干高めの温度に飽和温度がくるように、融液のLN・LiVO3 の比を調整するのが好ましい。そのため、具体的には、LN10mol%・LiVO3 90mol%となるような融液を用いる。これによって、ストイキオメトリック組成で良質なLPE膜が作製でき、大きな格子歪みが得られる。なお、飽和温度を指定しなければ、LN10〜60mol%・LiVO3 90〜40mol%程度の範囲であればストイキオメトリック組成の膜は作製可能である。
【0014】
c軸歪み量(%)と分極モーメント及びNb−O間距離の関係を図3に示す。歪み量が大きくなると分極モーメントが増大し、特にc軸歪み量が+0.1%以上では74.5μC/cm2 以上の十分大きな分極モーメントが発現していることが分かる。
【0015】
また、本発明の電気光学薄膜素子は、Xカットの電気光学単結晶基板上に、面内方向の格子定数は前記基板と同じであるが、面直方向の格子定数は前記基板よりも小さいニオブ酸リチウム単結晶薄膜が成膜されている構成である。なお、Xカットの基板とは、結晶のX軸に垂直に切った平面基板のことである。従って、基板の面内方向の格子定数(c軸の格子定数)をc1、基板の面直方向の格子定数(a軸の格子定数)をa1、薄膜の面内方向の格子定数(c軸の格子定数)をc2、薄膜の面直方向の格子定数(a軸の格子定数)をa2としたとき、c1=c2、a1>a2の関係となるようにする。
【0016】
例えば、Xカットの場合、CLN(コングルエント組成のニオブ酸リチウム)単結晶基板上に、SLN(ストイキオメトリック組成のニオブ酸リチウム)単結晶膜を液相エピタキシャル成長させる。このようにすると、基板に対して膜の格子定数の方が小さくなる。更に、CLN(コングルエント組成のニオブ酸リチウム)単結晶基板としてMgドープCLN単結晶基板を用い、その上に、SLN単結晶膜を育成させると、基板に対して膜の格子定数を更に小さくする効果が顕著になる。つまり、より一方向に歪むことになり、分極モーメントを大きくさせることができる。分極モーメントが増大するということは、しいては電気光学定数r33を増大することとなる。なお、このように膜に格子歪みを与えるにはLPE法に限らず、膜に格子歪みを与えることができるのであれば、他の成膜方法(例えばスピンコート、スパッタ、CVD、PLD、MBE等)で成膜しても構わない。
【0017】
現状では、LPE膜をストイキオメトリック組成とすることが、最も電気光学定数が大きいので最も現実的であり好ましいが、それ以外の膜組成であっても、基板と膜との格子歪みが規定の値以上にできれば、それによって電気光学定数を大きくすることができ、各種の光デバイスに使用可能である。
【実施例】
【0018】
〔実施例1〕
LN(ニオブ酸リチウム)20mol%・LiVO3 80mol%となるように、酸化物原料Li2 CO3 ,Nb2 5 ,V2 5 を精密に秤量し、更にZnOを2mol%添加し、均一に攪拌混合した後、白金るつぼに充填してLPE炉に設置した。まず、1050℃,5時間で溶融、攪拌して、均一な融液とした。その後、950℃まで20℃/hで降下させた後、更にそこから910℃まで30分で降下させ、その融液に、ZカットのCLN(コングルエント組成のニオブ酸リチウム)単結晶基板を接触させ、20分間LPE成長を行った。このときの飽和温度は、事前の育成結果から、約950℃と推定できた。育成後、水洗し、外観チェックを行った結果、鏡面状態の膜が育成されていることが確認できた。X線ボンド法測定にて、a軸およびc軸の格子定数の測定を行った結果、a軸はCLN単結晶基板と同じ0.5150nmで、c軸はCLN単結晶基板よりも大きい1.3857nmであった。なお、入射X線としてCuKα1を使用し、モノクロメータとしてGe(440)を用いた。電気光学定数r33の測定は、試料の両端に電極を付けて、電界を印加した際の屈折率を測定するプリズムカプラ法で行った。その結果、r33の値は33pm/Vであった。
【0019】
〔実施例2〕
最初に、育成温度800℃付近に飽和温度がくるように、LN(ニオブ酸リチウム)とLiVO3 の比を検討した。その結果、LN10mol%・LiVO3 90mol%であった。そのような比が得られるように、酸化物原料Li2 CO3 ,Nb2 5 ,V2 5 を精密に秤量し、更にZnOを4mol%添加し、均一に攪拌混合した後、白金るつぼに充填してLPE炉に設置した。まず、1050℃,5時間で溶融、攪拌し、均一な融液とした。その後、810℃まで10℃/hで降下させた後、更にそこから800℃まで30分で降下させ、その融液にZカットのCLN(コングルエント組成のニオブ酸リチウム)単結晶基板を接触させ、20分間LPE成長を行った。育成後、水洗し、外観チェックを行った結果、鏡面状態の膜が育成されていることが確認できた。実施例1と同様に、X線ボンド法測定にて、a軸およびc軸の格子定数の測定を行った。その結果、a軸はCLN単結晶基板と同じ0.5150nmで、c軸はCLN単結晶基板よりも大きい1.3869nmであった。また、実施例1と同様に、プリズムカプラ法にて、電気光学定数r33の測定を行った。その結果、r33の値は40pm/Vであった。
【0020】
〔実施例3〕
LN(ニオブ酸リチウム)10mol%・LiVO3 90mol%となるように、酸化物原料Li2 CO3 ,Nb2 5 ,V2 5 を精密に秤量し、均一に攪拌混合した後、白金るつぼに充填してLPE炉に設置した。まず、1050℃、5時間で溶融、攪拌し、均一な融液とした。その後、810℃まで10℃/hで降下させた後、更にそこから800℃まで30分で降下させ、その融液にXカットのCLN(コングルエント組成のニオブ酸リチウム)単結晶基板を接触させ、20分間LPE成長を行った。育成後、水洗し、外観チェックを行った結果、鏡面状態の膜が育成されていることが確認できた。実施例1と同様に、X線ボンド法測定にて、a軸およびc軸の格子定数の測定を行った。その結果、c軸はCLN単結晶基板と同じ1.3866nmで、a軸はCLN単結晶基板よりも小さい0.5147nmであった。また、実施例1と同様に、プリズムカプラ法にて、電気光学定数r33の測定を行った。その結果、r33の値は35pm/Vであった。
【0021】
〔実施例4〕
LN(ニオブ酸リチウム)10mol%・LiVO3 90mol%となるように、酸化物原料Li2 CO3 ,Nb2 5 ,V2 5 を精密に秤量し、均一に攪拌混合した後、白金るつぼに充填してLPE炉に設置した。まず、1050℃,5時間で溶融、攪拌し、均一な融液とした。その後、810℃まで10℃/hで降下させた後、更にそこから800℃まで30分で降下させ、XカットのMgドープCLN(コングルエント組成のニオブ酸リチウム)単結晶基板を接触させ、20分間LPE成長を行った。育成後、水洗し、外観チェックを行った結果、鏡面状態の膜が育成されていることが確認できた。実施例1と同様に、X線ボンド法測定にて、a軸およびc軸の格子定数の測定を行った。その結果、c軸はMgドープCLN単結晶基板と同じ1.3870nmで、a軸はMgドープCLN単結晶基板よりも小さい0.5146nmであった。また、実施例1と同様に、プリズムカプラ法にて、電気光学定数r33の測定を行った。その結果、r33の値は40pm/Vであった。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明で使用するLPE炉の説明図。
【図2】LPE膜育成温度とa軸及びc軸の格子定数の関係を示すグラフ。
【図3】c軸歪み量と分極モーメント及びNb−O間距離の関係を示すグラフ。
【符号の説明】
【0023】
10 電気炉
12 白金るつぼ
14 支持台
16 融液
18 熱電対
20 支持部材
22 基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zカットの電気光学単結晶基板上に、面内方向のa軸格子定数は前記基板と同じであるが、面直方向のc軸格子定数は前記基板よりも大きいニオブ酸リチウム単結晶薄膜が成膜されていることを特徴とする電気光学薄膜素子。
【請求項2】
Zカットの電気光学単結晶基板とニオブ酸リチウム単結晶薄膜とのc軸格子歪みが、+0.1%以上である請求項1記載の電気光学薄膜素子。
【請求項3】
Zカットの電気光学単結晶基板がコングルエント組成のニオブ酸リチウムからなり、ニオブ酸リチウム単結晶薄膜が、Zn,Mg,Tiのいずれかの異種元素をドープしたストイキオメトリック組成の液相エピタキシャル成長膜である請求項2記載の電気光学薄膜素子。
【請求項4】
Xカットの電気光学単結晶基板上に、面内方向のc軸格子定数は前記基板と同じであるが、面直方向のa軸格子定数は前記基板よりも小さいニオブ酸リチウム単結晶薄膜が成膜されていることを特徴とする電気光学薄膜素子。
【請求項5】
Xカットの電気光学単結晶基板とニオブ酸リチウム単結晶薄膜とのa軸格子歪みが、−0.1%以下である請求項4記載の電気光学薄膜素子。
【請求項6】
Xカットの電気光学単結晶基板が、Mgをドープしたコングルエント組成のニオブ酸リチウムからなり、ニオブ酸リチウム単結晶薄膜が、ストイキオメトリック組成の液相エピタキシャル成長膜である請求項5記載の電気光学薄膜素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2006−143550(P2006−143550A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−338620(P2004−338620)
【出願日】平成16年11月24日(2004.11.24)
【出願人】(000237721)FDK株式会社 (449)
【Fターム(参考)】