説明

電波レンズ

【課題】 電波レンズで発生する損失、特に導体損を低減することのできる電波レンズを提供する。
【解決手段】 電波の伝播方向に平行に配置される複数の電極11、13と、電極11、13の間に充填される液晶層12、14とを備え、液晶層12、14中を伝播する電波によって複数の電極11、13のそれぞれの、一方の面に誘起される高周波電流が流れる領域と、他方の面に誘起される高周波電流が流れる領域とが互いに重なり合う領域を有し、一方の面に誘起される高周波電流と他方の面に誘起される高周波電流とが打ち消し合う構成を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電波レンズに係り、特に、損失を低減することのできる電波レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
通信衛星(CS)放送あるいは放送衛星(BS)放送を移動体で受信する場合は、受信アンテナの受信指向性を通信衛星の方向に向ける、いわゆる追尾制御が必要となる。
【0003】
受信アンテナの受信指向性を制御する方法としては、受信アンテナの姿勢を機械的に制御する追尾装置を使用することが一般的であるが、装置が大規模となるだけでなく、機械装置の保守が必要となるという課題がある。
【0004】
この課題を解決するために、電波の伝播方向を電気的に制御することができる電波レンズを使用し、指向性を電気的に制御する受信アンテナも実用化されている。
【0005】
図6は、従来提案されている電波レンズの構成図であって、誘電体として液晶を使用している(特許文献1参照)。
【0006】
2枚の基準電極130の間に短冊状の制御電極120を配置し、基準電極130と制御電極120の間に液晶含浸材110を配置した液晶セルを積層した構成を有する。この構成により、制御電極120と基準電極130の間に所定の制御電圧140を印加して液晶分子の配向方向を制御することにより、液晶の誘電率を制御することができる。
【0007】
この結果、例えばホーンアンテナ150から供給され上記の電波レンズを通過する電波の伝播方向を制御することが可能となる。
【特許文献1】特開2003−185990号公報([0013]〜[0014]、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記の電波レンズには、電波レンズを挿入することにより損失が発生するという問題があった。
【0009】
電波レンズの長さが60ミリメートル、電波の周波数が60ギガヘルツであれば、電波レンズの損失は約8.5デシベル(約14%)となり、この損失だけアンテナの利得が低下することとなる。
【0010】
電波レンズで発生する損失には、電波レンズを構成する液晶含浸材その他の誘電体の中で発生する誘電損と、導体である基準電極および制御電極の中で発生する導体損とがある。
【0011】
本発明は、従来の問題を解決するためになされたものであって、電波レンズで発生する損失、特に導体損を低減することのできる電波レンズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る電波レンズは、電波の伝播方向に互いに平行に配置される複数の平板電極と、前記複数の平板電極の間に充填される液晶層とを備える電波レンズであって、前記液晶中を伝播する電波によって前記複数の平板電極のそれぞれの、一方の面に誘起される高周波電流が流れる領域と、他方の面に誘起される高周波電流が流れる領域とが互いに重なり合う領域を有する構成を有する。
【0013】
この構成により、平板電極の厚さを平板電極の上面および下面に誘起される高周波電流が互いに打ち消し合うように定めることができることとなる。
【0014】
本発明に係る電波レンズは、前記複数の平板電極は、それぞれの厚さが前記電波によって前記複数の平板電極のそれぞれに誘起される高周波電流の表皮深さの2倍以下である構成を有する。
【0015】
この構成により、平板電極内で平板電極の上面および下面に誘起される高周波電流が互いに打ち消し合うこととなる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る電波レンズは、液晶層中を伝播する電波によって複数の電極のそれぞれの、一方の面に誘起される高周波電流が流れる領域と、他方の面に誘起される高周波電流が流れる領域とが互いに重なり合うように構成することにより、電波レンズで発生する損失を低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係る電波レンズの実施形態を、図面を用いて説明する。
【0018】
本発明に係る電波レンズの実施形態の構造図を、図1及び図2に示す。
【0019】
本発明に係る電波レンズ10は、図1に示すように、同一構造を有する2つ以上のセル1、2、3・・・Nを積層して構成される。
【0020】
なお、上記の電波レンズ10において、電波はXZ平面に垂直に入射し、Y軸方法に伝播するものとする。
【0021】
セル1は、図2に示すように、基準電極11と、第1の液晶層12と、制御電極13と、第2の液晶層14とを順に積層した構成を有する。
【0022】
なお、基準電極11および制御電極13は金属、あるいは導電性有機材料製の平板である。制御電極13は、電波の伝播方向(Y軸方向)、あるいは電波の伝播方向と直角な方向(X軸方向)に分割されていてもよい。
【0023】
次に本発明に係る電波レンズにおいて導体損が低減される理由を説明する。
【0024】
以下セル1を対象として説明するが、他のセル2、3・・・Nについても同じである。
【0025】
電波は電波レンズ10の電波入射面(XZ平面)に垂直に入射し、電波の電界方向は基準電極11および制御電極13に垂直(図1および図2のZ軸方向)であり、第1の液晶層12および第2の液晶層14内をTEMモードで伝播するものとする。
【0026】
このとき、電波は制御電極13に電波の周波数と同一の周波数の高周波電流を誘起し、エネルギの一部を喪失する。
【0027】
しかし、第1の液晶層12中を伝播する電波によって制御電極13中に誘起される電流と、第2の液晶層14中を伝播する電波によって制御電極13中に誘起される電流は、TEM波により誘起されたものであり、かつ、互いに逆向きに流れるので、2つの電流が互いに打ち消し合う構成とすることにより、電波のエネルギの喪失を抑制できる。
【0028】
高周波電流は表皮効果により制御電極13の表面近傍を流れ、制御電極13の厚さ方向に指数関数的に減少し、表皮深さdsでは電流密度は1/e(−8.7デシベル)にまで減少する。
【0029】
従って、第1の液晶層12中を伝播する電波によって制御電極13中に誘起される電流の流れる領域と、第2の液晶層14中を伝播する電波によって制御電極13中に誘起される電流の流れる領域との重なりが大きいほど、電波のエネルギの喪失抑制の効果は大きくなることとなる。
【0030】
図3(a)に示すように、制御電極13の厚さdが表皮深さdsの2倍より大きいときは、第1の液晶層12を伝播する電波によって誘起される高周波電流と第2の液晶層14を伝播する電波によって誘起される高周波電流とは相互に干渉することはほとんどなく、制御電極13の上面および下面を流れるので、電波レンズを伝播する電波のエネルギの一部が導体損として失われることとなる。
【0031】
これに対し、図3(b)に示すように、制御電極13の厚さdを電波レンズを伝播する電波によって誘起される高周波電流の表皮深さdsの2倍以下とすると、第1の液晶層12中を伝播する電波によって制御電極13中に誘起される電流と、第2の液晶層14中を伝播する電波によって制御電極13中に誘起される電流とが、重なり合う部分で互いに打ち消し合い、電波レンズ10を伝播する電波の導体損は低減する。
【0032】
また、セル2の基準電極においては、セル1の第2の液晶層14を伝播する電波によって誘起される高周波電流と、セル2の第1の液晶層12を伝播する電波によって誘起される高周波電流との打ち消し合いが発生し、導体損が低減することとなる。
【0033】
なお、セル1の基準電極11は電波レンズ10の最上層に配置されており、その上には液晶層は存在しないので、基準電極11に高周波電流が誘起されることは防ぐことはできない。
【0034】
同様に、セルNの下面に設置される基準電極は、電波レンズの最下層に配置されることとなるので、高周波電流の発生は不可避である。
【0035】
なお、表皮深さdsは[数1]により表される。
【0036】
【数1】

【0037】
図4は、電波の周波数を60GHz、電極の誘電率σを5.8×107シーメンス/メートル(透磁率μを1.0としたときの銅の誘電率)として、電極の厚さを変更したときの導体損の変化を計算したグラフであって、電極の厚さが2マイクロメートル以上であれば導体損は電極の厚さが無限大であるときの損失である25デシベル/メートル以上となる。
【0038】
なお、電波の周波数が60GHz、電極の誘電率σが5.8×107シーメンス/メートルであるときの表皮深さは、0.3マイクロメートルである。
【0039】
電極の厚さが2マイクロメートルから0.6マイクロメートルの範囲にあるときは、僅かな変動はあるものの、損失は25デシベル/メートル程度となる。
【0040】
電極の厚さが0.6マイクロメートル以下となれば、損失は次第に減少し、電極の厚さが0.2マイクロメートルであれば損失は2デシベル/メートルにまで減少する。
【0041】
これは、制御電極13の第1の液晶層12に接した面に第1の液晶層12を伝播する電波にとって誘起される高周波電流が第2の液晶層14に接した面にまで到達し、第2の液晶層14を伝播する電波にとって誘起される高周波電流と打ち消し合うからである。
【0042】
図5は、電極の透磁率μを1.0、厚さを2.2マイクロメートルに維持して、電極の導電率を103〜108シーメンス/メートルの範囲で変更したときの導体損の変化を計算したグラフである。
【0043】
本発明の電波レンズの電極にあっては、電極の導電率を108シーメンス/メートルから徐々に小さくした場合、導電率が約6×10シーメンス/メートルになるまでは理論通りに導電率の減少に従って抵抗が増加し、導体損はいったん増加する。
【0044】
しかし、導電率が約4×10シーメンス/メートル(このときの表皮深さは1マイクロメートル)以下となると導体損は減少に転じ、約6×10シーメンス/メートル(このときの表皮深さは27マイクロメートル)では導体損は0.65デシベル/メートルにまで低減する。
【0045】
図4および図5から、電極の厚さが表皮深さの2倍以内となる範囲においては、導体損が低減することが判る。
【0046】
なお、電極の厚さを表皮深さの2倍以内とするには、電極の材質を変更せずに電極の厚さを薄くしてもよく、電極の厚さを一定として電極の誘電率あるいは透磁率の少なくとも一方を変更してもよい。
【0047】
さらに、電極の材料として一般的に使用される銅の導電率は5.8×107シーメンス/メートル程度であるが、電極の厚さdを表皮電流厚さdsの2倍以下に薄くすることにより、導電率が銅より小さい材料(即ち、銅より抵抗率の大きい材料、例えば導電性有機材料)を使用した場合にも導体損を低減することができる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
以上のように、本発明に係る電波レンズは、導体損を低減できるという効果を有し、ビーム・フォーマ等として有効である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明に係る電波レンズの実施形態の全体斜視図
【図2】本発明に係る電波レンズの1つのセルの分解斜視図
【図3】本発明に係る電波レンズの電極に誘起される高周波電流を示す図
【図4】本発明に係る電波レンズの電極厚さと導体損失の関係を示すグラフ(計算値)
【図5】本発明に係る電波レンズの電極の導電率と導体損失の関係を示すグラフ(計算値)
【図6】従来の電波レンズの斜視図
【符号の説明】
【0050】
1、2・・・N セル
10 電波レンズ
11 セル1の基準電極
12 セル1の第1の液晶層
13 セル1の制御電極
14 セル1の第2の液晶層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電波の伝播方向に互いに平行に配置される複数の平板電極と、前記複数の平板電極の間に充填される液晶層とを備える電波レンズにおいて、
前記液晶中を伝播する電波によって前記複数の平板電極のそれぞれの、一方の面に誘起される高周波電流が流れる領域と、他方の面に誘起される高周波電流が流れる領域とが互いに重なり合う領域を有することを特徴とする電波レンズ。
【請求項2】
前記複数の平板電極は、それぞれの厚さが前記電波によって前記複数の平板電極のそれぞれに誘起される高周波電流の表皮深さの2倍以下であることを特徴とする請求項1に記載の電波レンズ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−74551(P2006−74551A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−256693(P2004−256693)
【出願日】平成16年9月3日(2004.9.3)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】