説明

電界電子放出素子用インク、およびそれを用いた電界電子放出素子の製造方法

【課題】導電性マイエナイト化合物粉末を、バルクの導電性マイエナイト化合物上に形成した電界電子放出素子と、これを用いた電界電子放出装置はすでに存在したが、より密度エネルギー効率の高い電界電子放出素子および装置が求められていた。
【解決手段】12CaO・7Alまたは12SrO・7Alの化学式で表されるマイエナイト型化合物のいずれかを50モル%以上含有し、上記マイエナイト型化合物の構成酸素の一部が電子で置換されて1×1018cm−3以上の電子密度を示す、導電性マイエナイト型化合物粒子を0.01〜50質量%と、溶媒を50〜99.99質量%を含有することを特徴とする、電界電子放出素子用インクを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は導電性マイエナイト型化合物を含有する電界電子放出素子用インクおよびこれを用いた電界電子放出素子の製造方法、およびそれを用いた電界電子放出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
12CaO・7Alまたは12SrO・7Alの化学式で表されるマイエナイト型化合物は、還元を行うことによって電子がアニオンとして働くイオン結晶、すなわちエレクトライドとなることが知られている(非特許文献1)。還元された12CaO・7Alまたは12SrO・7Alは、[Ca24Al28644+(4e)もしくは[Sr24Al28644+(4e)で表され、導電性マイエナイト型化合物と呼ばれる。
【0003】
導電性マイエナイト型化合物は、構成材料が安価であることから、その物理化学的特徴を利用してさまざまな分野の電子材料やナノテクノロジーとしての応用が考えられる。中でも導電性マイエナイト型化合物は、電子の放出しやすさの指標の一つである仕事関数が0.6eVと極めて小さいため、冷電子放出材料として注目されている。冷電子放出材料の応用例としては、電界放出型ディスプレイ、走査トンネル顕微鏡、あるいは電界放出顕微鏡などがあり、これらの用途への応用を目的として研究が進められている。
【0004】
例えば、冷電子放出材料として研究が行われているモリブデン(Mo)などの金属やカーボンは、電子の放出しやすさの指標の一つである仕事関数が4eV程度と、低くはないことから、低電圧で電子放出させるためには、微細な構造を形成して電界集中係数を大きくするという努力がなされてきた。モリブデンの場合、電界電子放出素子としては、微小な三角錘状の高さ1μmほどのスピント(Spindt)型と呼ばれる放出源チップを多数配置したものが知られている(米国特許第3665241号明細書参照)。しかし多数のスピント型放出源チップを精度良く製造することは難しく、面発光装置や画像表示装置に応用する場合に大面積化が困難であった。
【0005】
また、電界がチップ先端に集中して電場強度が非常に強くなるため、電子放出により発生したイオンが大きな運動量を持ってチップ先端に衝突し損傷を与える。その結果、電子放出が不安定になる、放出源の寿命が短いという課題があった。カーボンの場合は直径が数nm〜数十nmで長さが数μmの線状の構造を持つカーボンナノチューブに合成されて用いられるが、カーボンナノチューブの数密度をコントロールするのが難しいという問題がある。この様に、スピント型モリブデンやカーボンナノチューブにより構成される電子放出源や、それらを用いるFED、冷陰極蛍光管の製造には困難があった。
【0006】
一方、導電性マイエナイト型化合物は0.6eVと大変小さい仕事関数を示すことから、カーボンナノチューブやスピント型の電子放出源ほどチップ先端のアスペクト比を高くして電界強度の増強を行わなくても、電子放出が起こる可能性がある。アスペクト比の小さいチップは、尖った構造のものに比べて先端の機械的強度も強靭である。また、アスペクト比の小さいチップを用いると、チップ先端の電界強度が小さいために、電子放出により発生したイオンがチップ先端に衝突する際の衝撃が弱く、損傷を受けにくい。更に、アスペクト比の小さいチップであれば、真空中での加工プロセス数が少なく、簡便に電界電子放出素子を製造できる可能性がある。しかしながら、これまでは導電性マイエナイト型化合物の塊を研磨して得られた鏡面を電子放出源として使用しており、この製造方法を用いると、室温で1.5kV以上と非常に大きな電圧を掛けなければ電子放出が観測されない電界電子放出素子しか製造できなかった(非特許文献1)。
【0007】
【非特許文献1】Adv. Mater. vol.16,p.685−689,(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記の事情に対処してなされたもので、高い電子放出効率を有する電界電子放出素子を容易に作製することができ、より薄く高精細なディスプレイの実現を可能とする分散性の良好な電界電子放出素子用インクを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は12CaO・7Alまたは12SrO・7Alの化学式で表されるマイエナイト型化合物のいずれかを50モル%以上含有し、上記マイエナイト型化合物の構成酸素の一部が電子で置換された、1×1018cm−3以上の電子密度を示す導電性マイエナイト型化合物粒子を0.01〜50質量%と、溶媒を50〜99.99質量%を含有することを特徴とする電界電子放出素子用インクを提供する。
【0010】
上記電界電子放出素子用インクの溶媒が炭素原子数が3以上の水酸基を有する化合物、もしくはアミド化合物、または硫黄化合物を含有した請求項1記載の電界電子放出素子用インクを提供する。
【0011】
また、上記電界電子放出素子用インクの溶媒が1−プロパノール、または2−プロパノール、または1−ブタノール、または2−ブタノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールイソプロピルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールイソプロピルエーテル、1−ヘキサノール、1−オクタノール、1−ペンタノール、tert−ペンチルアルコールを含有することを特徴とする上記電界電子放出素子用インクを提供する。
【0012】
また、上記電界電子放出素子用インクの溶媒がN−メチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキシドを含有することを特徴とする電界電子放出素子用インクを提供する。
また、上記電界電子放出素子用インクを塗布することにより形成される電界電子放出素子の製造方法を提供する。
【0013】
また、本発明は上記電界電子放出素子と、上記電子放出素子と対向して用いられるアノード電極を有する電界電子放出装置を提供する。
【0014】
本発明ではインクの作製に際し、上記の導電性を有する粒子を粘性の低い溶媒に添加することによって、平坦で薄い塗布膜を作ることができる。またこのため、電界電子放出素子部分の膜厚をより薄くすることができ、ディスプレイの高精細化などに寄与できる。
【0015】
また本発明ではインクの作製に際し、上記の導電性を有する粒子を溶媒の0.01〜50重量%と制御することによって、電界電子放出材料が薄膜中に十分に分散した膜を形成し、電子放出源の粒子密度を調整することが可能である。このため、粒子密度を最適な値に制御することにより、小さな印加電圧で放出電流値を大きくした電界電子放出素子を実現できる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の電界電子放出素子用インクを用いれば、薄膜で平滑性に優れた、電子放出能の高い電界電子放出素子を形成することができる。更に、適切な溶媒添加量、導電性マイエナイト型化合物の粉末の濃度を選定することで、安定した電流電圧特性を持ち、小さな印加電圧で放出電流値を大きくした電界電子放出素子を提供することができる。またこの電界電子放出素子を用いれば、高精細な画素を有する電界電子放出装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下本発明の実施形態について詳細に説明する。本発明において、導電性マイエナイト型化合物とは、12CaO・7Alまたは12SrO・7Alの化学式で表されるマイエナイト型化合物の構成酸素の一部が電子で置換され、1×1018cm−3以上の電子密度を示す物質のことである。この導電性マイエナイト型化合物は、[Ca24Al2866]とこの一部を還元したものからなり、[Ca24Al28644+(4e)もしくは[Sr24Al28644+(4e)等を含有することにより導電性を有する。本発明のインクにおいては、該導電性マイエナイト型化合物を含有し、さらに増粘剤としてテルピネオールやエチルセルロースといった有機物質からなる化合物を含有していてもよい。
【0018】
本発明のインクにおいて、電子放出源となる導電性マイエナイト型化合物の粒子は、粒子の断面の円換算径Rが小さいほど好ましいが、粉体の断面の円換算径が0.002μm未満の粉体を得ることは困難であるし、マイエナイト型化合物の単位胞の大きさと同程度となり、導電性を保持していないおそれがあるので0.002μm以上であるのが好ましい。また、粉体の円換算径が5μmを越えると、電子放出体としての作用が十分には得られ難い。冷陰極蛍光管および平面型照明装置に用いる場合、素子の縮小化を考えると、導電性マイエナイト型化合物粉末の最大円換算径は5μm以下とするのが好ましい。
【0019】
なお、円換算径とは、たとえば画像解析を利用した従来公知の方法で測定された断面積(基板と並行な面で粉体を切断した場合の切断面の面積)を円周率πで序した値の平方根を2倍した値として定義されるが、動的光散乱法を用いた粒径分布測定装置を用いて平均粒径を求め、これを円換算径Rとすることも可能である。
【0020】
本発明の電界電子放出素子用インクに含有される電子放出を担う粒子は、導電性マイエナイト型化合物であり、更に必要に応じて有機物質からなる化合物を添加できる。導電性マイエナイト型化合物を50モル%以上含有する粉末でないと、結晶中に内包されるキャリア数が少ないことにより所望の電流が得られない可能性がある。露出された粉末表面に充分な量の導電性マイエナイト型化合物を存在させて充分な電子放出と負極との導通を行わせるために、好ましくは、導電性マイエナイト型化合物は70モル%以上であって、電子放出により充分大きい電流を得るためには90モル%以上が好ましい。
【0021】
また、この導電性マイエナイト型化合物を含有する粒子は導電率が0.1S/cm以上であることが好ましい。導電率が低いと、電子放出させたときに過剰なジュール熱が発生し、吸着ガスの放出やエミッタの劣化を引き起こすおそれがある。
【0022】
本発明の電界電子放出素子用インクに含有される導電性マイエナイト型化合物は例えば、以下のように作製することができるが、他の作製方法を用いたり、作製条件を変えたりすることも可能である。
【0023】
CaOまたはSrOと、Alを、モル比が11.8:7.2〜12.2:6.8となるように調合し混合した原料を、アルミナ坩堝内で1550〜1650℃まで加熱して溶融した後、一旦粉砕し、粉砕後の粉を加圧してペレット状にし、再び1550〜1650℃に加熱して保持し焼き固める。このペレットをカーボン、金属チタン、金属カルシウム、金属アルミニウムいずれか1種類以上の粉末や破片とともに蓋付き容器に入れ容器内を低酸素分圧に保った状態で1500℃以上の高温で熱処理し、冷却する。
【0024】
また、得られた導電性マイエナイト型化合物を、金属やセラミックスなどのハンマ、ローラやボールなどを用いて材料に機械的に圧縮およびせん断および摩擦力を加えて粉砕する。この際、タングステンカーバイドのボールを使った遊星ミルを用いると、導電性マイエナイト型化合物の粗粒に異物が混入せず、50μm以下の粒径を持つ粗粒にすることが可能である。
【0025】
得られた導電性マイエナイト型化合物は、ボールミルやジェットミルを用いて円換算径20μm以下の更に細かい粒子に粉砕することが可能である。これらの20μm以下の粒子を有機溶媒と混合してインクを作製することも可能であるが、50μm以下に粗粉砕した導電性マイエナイト型化合物を有機溶媒と混合してビーズ粉砕を行うと、より細かい、円換算径が5μm以下の導電性マイエナイト型化合物粉末の分散した分散溶液が作製できるので電界電子放出素子の特性向上に好ましい効果を有する。ビーズ粉砕には、例えば酸化ジルコニウムビーズを用いることができる。
【0026】
上記粉砕時に、炭素原子数が1もしくは2の水酸基を有する化合物として例えば、アルコール類、エーテルを使用した場合、導電性マイエナイト型化合物がこれらと反応し、分解してしまう恐れがある。このため、アルコール系またはエーテル系の溶媒としては、炭素数原子数3以上のものが好ましい。炭素原子数が3以上の水酸基を有する化合物、もしくはアミド化合物、または硫黄化合物を含有した有機溶媒としては、1−プロパノール、または2−プロパノール、または1−ブタノール、または2−ブタノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールイソプロピルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールイソプロピルエーテル、ペンチルアルコール、1−ヘキサノール、1−オクタノール、1−ペンタノール、tert−ペンチルアルコール、N−メチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキシドなどが用いられる。これらを用いると粉砕が容易に行えるのでこれらの溶媒を単独または混合して用いられる。
【0027】
本発明に係る電界電子放出素子は、上記の電界電子放出素子用インクを導電性薄膜の付いた基体上の導電性薄膜面上あるいは導電性基体に塗布し、200℃〜600℃で10分程度焼成することによって得られる。これらの溶媒の中でも、電界電子放出素子用インクの溶媒として沸点が120℃以下の溶媒であれば、焼成によって分解しやすい。そのため1−プロパノール、または2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、tert−ペンチルアルコール、プロピレングリコールモノメチルエーテルがより好ましい。
【0028】
なお、溶媒としてアセトン、ベンゼン、トルエン、キシレン、へキサンなどの水酸基を持たない溶媒を用いると、安定性が低く、短時間で溶媒と導電性マイエナイト型化合物が分離して微粉砕できない。このようにインクの分散安定性が低い場合には、大面積塗布などの最中に分散性が低下し、塗布ムラの原因となる。分散性の悪い溶媒を用いてインクを作製し、特定の塗布方法を用いることによって薄膜形成することは可能であるが、被塗布体や大きさなどの制約を受けるという問題点がある。
【0029】
さらに、本発明による電界電子放出用インクに用いられる溶媒は、水分の含有量が低いものが好ましい。これは、導電性マイエナイト型化合物が溶媒中の水分によって分解されるかもしくは化合物中の電子が水酸基に置換されて導電性が失われる恐れがあるためである。このため、分散液に使用する溶媒は脱水をしてから用いることが好ましい。脱水の方法は特に限定されないが、モレキュラーシーブ、無水硫酸ナトリウム、水酸化カルシウムなどを用いて脱水することができる。脱水により、溶媒の水分含有量は0.1質量%以下にすることが好ましい。
【0030】
本発明に係る電界電子放出用インクには、上記成分の他、分散剤や界面活性剤が同インク中に10質量%以下含まれていてもよい。また、電界電子放出用インク塗膜の厚さを増加させるといった観点から、導電性マイエナイト型化合物分散液に例えばカーボンブラック等の添加物を添加しても良い。
【0031】
本発明に係る電界電子放出素子を形成するためのインクを作製する方法の一例としては、上記低水分含有量の溶媒を脱水した後に、50μm以下の粗粒の導電性マイエナイト型化合物0.01〜50質量%と、溶媒を50〜99.99質量%の範囲で混合し、更に溶媒の2〜5倍の重量の酸化ジルコニアビーズを粉砕ミルとして混合して、ビーズ粉砕を行い、溶媒中に導電性マイエナイト型化合物を分散させる方法などが用いられる。この際、酸化ジルコニアビーズは0.01〜0.5mmΦの大きさのものを使用すると平均粒径が5μm以下の導電性マイエナイト型化合物粉末を含有する電界電子放出素子用インクが得られるので好ましい。
【0032】
本発明に係る電界電子放出素子は、上記の電界電子放出素子用インクを導電性薄膜の付いた基体上あるいは導電性基体上に塗布し、焼成することによって得ることができる。塗布方法としては、スプレー塗布、ダイ塗布、ロール塗布、ディップ塗布、カーテン塗布、スピン塗布、グラビア塗布などが挙げられるが、スピン塗布、スプレー塗布が粉末密度をより簡便かつ的確に操作できる点から特に好ましい。インク塗膜の好ましい焼成条件は、インクの成分である溶媒の有機分子が分解し、導電性マイエナイト型化合物が導電性の基体と十分に固着され、かつ導電性マイエナイト型化合物の酸化作用が促進されないような温度が好ましい。一般的には、200℃〜600℃の範囲が好ましい。また、焼成時間は10分程度が好ましい。
【0033】
以上のように作製された電界電子放出素子と、アノード電極を平行に対向させ配置することにより、電界電子放出装置を作製することができる。この電界電子放出装置の駆動を容易にするためには、電界電子放出素子からの電子が低電圧で放出できることが求められる。特にFEDのように駆動電圧のオン・オフにより電子放出を制御する用途では、駆動電圧の低電圧化が必要である。
【0034】
特に駆動電圧は500V程度以下の電子放出素子が、消費電力が小さく好ましい。本発明中では、2極型電界電子放出装置に対してカソード電極である電界放出素子を接地し、外部電源を用いて、アノード電極に正電圧Vを印加し、両極間を流れる電流を測定した。測定された電流の値をアノード電極の面積で除し、電流密度i[μA/cm]のV依存性を求め、その放出電流密度iが0.1μA/cm以上となった時の印加電圧Vの値を閾値電圧とした。
【0035】
閾値電圧特性測定用の電界放出装置の構成を図1に示した。円柱形の銅の棒の底面を平坦に研磨したものをアノード電極とし、電界電子放出素子とアノード電極を平行に対向させ配置している。2はアノード電極であり、4はカソード電極である。このとき、電界電子放出素子の基体3上に形成された導電体薄膜3aとアノード電極2の底面との間隔は、ガラススペーサを使って調整する必要がある。電界電子放出源上の電場強度を大きくするためには間隔はなるべく小さい方が好ましく、0.1mm以下にするのが好ましい。また、その際に用いられる基体としてはシリコンウエハやガラス板などが好ましい。また、導電性薄膜としては白金やアルミニウムなどを用いるのが好ましい。
【実施例】
【0036】
以下に本発明を、実施例を挙げてさらに具体的に説明するが、この説明が本発明を限定するものではない。例1〜10は実施例、例11〜17は比較例で、それぞれ電界電子放出素子用インクに関するものである。また、例18は実施例で、電界電子放出素子および電界電子放出装置に関するものである。
【0037】
(例1)
酸化物換算したCaOとAlのモル比が12:7となるように炭酸カルシウムと酸化アルミニウムとを調合し、大気雰囲気下、1300℃で6時間保持したのち室温まで冷却した。得られた焼結物を粉砕して、粒径50μmの粉末を得た。得られた粉末(以下粉末Aという)は白色の絶縁体であって、X線回折によるとマイエナイト型構造をもつ12CaO・7Al化合物であった。
【0038】
粉末Aをプレス成形して、縦×横×高さが約2×2×1cmの成型体とし、金属アルミニウム粉末3gとともに蓋付きアルミナ容器に入れ、真空炉中で1300℃まで昇温させ10時間保持する還元熱処理を行った。得られた熱処理物は黒茶色を呈し、X線回折測定よりマイエナイト型化合物と同定された(試料B)。光拡散反射スペクトルを測定し、クベルカムンク法により変換して得られた光吸収スペクトルから、導電性マイエナイト型化合物に特有な2.8eVを中心とする強い光吸収バンドが誘起されていることが確認された。また、この光吸収バンドのピーク強度から、試料Bの電子密度は1.4×1021/cmで、van der Pauwの方法により120S/cmの電気伝導率を有することがわかった。また、得られた熱処理物のESRシグナルは、1021/cm超の高い電子濃度の導電性マイエナイト型化合物に特徴的な、g値1.994を有する非対称形であることがわかった。以上により、導電性マイエナイト型化合物が得られたことが確認された。
【0039】
試料Bをアルミナの乳棒と乳鉢で手動粉砕し、得られた粉砕物をタングステンカーバイド製の遊星ミルを用いて粉砕した(試料C)。
【0040】
溶媒として1−プロパノール1リットルに対して100gの割合でモレキュラーシーブ(粒径0.3nm、MERCK社製)を加え、数回攪拌した後に24時間静置した。脱水後の1−プロパノールの水分含有量は0.01wt%であった。この脱水処理済み1−プロパノール19gに対して、試料Cを1g、粉砕ミルとして0.1mmΦの酸化ジルコニアビーズ60gを混合し、これらをポリエチレン容器に入れて24時間回転粉砕した(ビーズ粉砕)。回転数は400rpmとした。このようにして電界電子放出素子用インクDを作製した。インクDは導電性マイエナイト型化合物を5質量%、1−プロパノールを95質量%含んでいた。
【0041】
(例2)〜(例17)は各々、溶媒として2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、1−ヘキサノール、1−ペンタノール、エチレングリコールイソプロピルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、N−メチルホルムアミド、メタノール、エタノール、アセトン、ベンゼン、トルエン、キシレン、ヘキサンを使用した以外は実施例1のインクDの作成と同様にして、インクを作製した。
【0042】
ビーズ粉砕工程において、短時間で溶媒と導電性マイエナイト型化合物粉末が分離してしまい微粉砕できないものを分散性が悪いとし、分離が起こらずに粉砕でき、導電性マイエナイト型化合物の粉末が得られたものを分散性が良いとした。表1には、それぞれの例について、分散性の良いものには○、悪いものには×を記した。また、表1の耐溶媒性の欄には、それぞれの溶媒中に粉末を入れて1日静置した際に、導電性マイエナイト型化合物の色の変化が無く、緑色のままであったものを○、導電性マイエナイト型化合物が変色して酸化もしくは水和のために白っぽい色になったものを×で示した。
【0043】
【表1】

【0044】
例1〜例17で作製したインクでは、表1に示した様に、例1〜例12の水酸基を有するアルコール溶媒もしくはアミノ基を有するアミド化合物系有機溶媒が、導電性マイエナイト型化合物の分散性に優れていた。これに対して、水酸基やアミノ基を有さない例13〜例17の有機溶媒では、分散性が満足のいくものではなかった。
【0045】
また、導電性マイエナイト型化合物粉末の各溶媒中の色の変化を見てみると、例1〜例10の炭素数が3以上の水酸基を有するアルコール溶媒では、従来の導電性マイエナイト型化合物粉末の色が劣化しないが、例10および例11のメタノールやエタノールを溶媒として用いた場合、作製したインクは1日静置しておくと分散した粉末が白色になっていた。これは、導電性マイエナイト型化合物が酸化もしくは水和反応によって導電性が失われたことを示している。
【0046】
また、エチレングリコールイソプロピルエーテル(沸点〜142℃)と、プロピレングリコールモノメチルエーテル(沸点〜119℃)を溶媒として電界電子放出用インクを作製し、これを導電性基体にスピンコートして電界電子放出素子を作製した。更にこの電界電子放出素子を導電性マイエナイト型化合物の酸化を防止できる条件である200℃で10分間焼成した。得られた電界電子放出素子に点在する導電性マイエナイト型化合物粉末上のカーボン原子の数を、SEM−EDXで測定し、カーボン原子数をカルシウム原子数で規格化して比較を行った。それぞれ導電性マイエナイト型化合物粉末粒子2個の表皮のカーボン原子数を観測した。沸点が119℃と比較的低い溶媒であるプロピレングリコールモノメチルエーテルをインク溶媒として用いた場合には、溶媒が分解してカーボン原子の残留量が少なくなるのに対して、沸点が142℃と高いエチレングリコールイソプロピルエーテルを溶媒として用いた場合には残留カーボン量が5倍から8倍程度多く残留することがわかった。この様にカーボンが多く残留すると、導電性マイエナイト型化合物からの電界電子放出が阻害される恐れがある。このため、溶剤の沸点は120℃以下が好ましいことがわかった。
【0047】
(例18)
電界電子放出素子用インクDを、ろ紙(アドバンテック社製5A)を用いて吸引ろ過を行い、平均粒径が5μm以下の粒子が分散した分散インクを得た。このインクを一日静置し、上澄み部をスポイトで抽出して電界電子放出素子用インクEとした。インクEの一部を小瓶(1.8141g)に入れ、重量を測定したところ、2.1776gであった。この小瓶を乾燥炉で溶媒を乾燥させた後に重量を測定したところ、1.8165gとなっていた。このことから、インクEの重量0.3635g中のマイエナイト型化合物の重量は0.0024gであり、導電性マイエナイト型化合物粒子の含有量は0.66質量%であった。
【0048】
インクEについて、動的光散乱法を用いた粒径分布測定装置であるマイクロトラック(UPA社製)で粒径分布の測定を行ったところ、粒子の平均粒径は0.35μm、標準分散0.30μm粒子を含有する分散液であることがわかった。なお、この平均粒径の値は、走査型電子顕微鏡を用いて5μm×5μmの正方形内の粒子について、円換算径を求めたところ、マイクロトラックから算出した平均値と合致した。
【0049】
電界電子放出素子用インクEを、1.5cm×3cmの白金の膜が蒸着されたシリコンウェハ基板(高純度化学株式会社製)上の白金膜面上にスポイトで約1cc垂らし、60秒間1000rpmでスピンコートを施した(コート基板E)。
【0050】
コート基板Eを、窒素充填したグローブボックス中で450℃に保たれたホットプレート上に置き、10分間加熱した。加熱後はホットプレートのスイッチを切って自然放熱させ、室温に戻ったところでコート基板Eをグローブボックスから取り出した。この様にして作製した電極基板を電界電子放出素子Eとした。
【0051】
電界電子放出素子Eの表面を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。このような走査型電子顕微鏡の画像から5μm×5μmの正方形内の粒子数を数え、その総数を面積で除して基板上の粒子密度[個/μm]を求めた。その結果電界電子放出素子Eの粒子密度は0.40個/μmであった。円換算径Rは、動的光散乱で求めたところ、平均粒径が0.35μmであった。得られた電界電子放出素子Eの電界放素子装置に用いた場合の閾値電圧特性を測定した。
【0052】
閾値電圧特性の測定のために図1に示したような電界電子放出装置を用いた。電界電子放出素子の基体3上に形成された導電体薄膜3aとアノード電極2の底面との間隔は、0.1mmとなるようにガラススペーサを使って調整し、真空容器内に設置し、5×10−4Pa以下の真空度までターボ分子ポンプを用いて真空引きを行った。このようにして形成された2極型電界電子放出装置に対してカソード電極としての電界電子素子を接地し、外部電源を用いて、正極に正電圧Vを印加し、両極間を流れる電流を測定した。測定された電流の値をアノード電極の面積で除し、電流密度i[μA/cm]のV依存性を求めた。この結果を図2に示した。例1で作製した電界電子放出素子用インクEを用いて作製した電界電子放出素子Eから成る電界電子放出装置の閾値電圧は2Vと非常に低く、また印加電圧Vを高くした際の電流密度iの値も大きく、電子放出特性は優れていた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の電界電子放出素子用インクにより、導電性マイエナイト型化合物粒子の分散性が良好で薄膜で平滑性に優れた、電子放出特性の高い電界電子放出素子を簡便に形成することができる。更に、適切な溶媒添加量、マイエナイト型化合物の粉末の濃度を選定することで、安定した電流電圧特性を持ち、小さな印加電圧で放出電流値を大きくした電界電子放出表示装置を提供することができる。またこの電界電子放出素子を用いれば、高精細な画素を有する電界電子放出表示装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の2極型電界電子放出装置の模式的な一部断面図である。
【図2】本発明による電界電子放出素子Eの電界電子放出特性を示したものである。
【符号の説明】
【0055】
1:導電性マイエナイト型化合物からなる粒子
2:アノード電極(銅製円柱形電極)
3:電界放出素子の基体
3a:導電体薄膜
4:カソード電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
12CaO・7Alまたは12SrO・7Alの化学式で表されるマイエナイト型化合物のいずれかを50モル%以上含有し、上記マイエナイト型化合物の構成酸素の一部が電子で置換されて1×1018cm−3以上の電子密度を示す、導電性マイエナイト型化合物粒子を0.01〜50質量%と、溶媒を50〜99.99質量%を含有することを特徴とする、電界電子放出素子用インク。
【請求項2】
該電界電子放出素子用インクの溶媒が炭素原子数が3以上の水酸基を有する化合物、アミド化合物、または硫黄化合物であることを特徴とした請求項1記載の電界電子放出素子用インク。
【請求項3】
該電界電子放出素子用インクの溶媒が1−プロパノール、または2−プロパノール、または1−ブタノール、または2−ブタノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールイソプロピルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールイソプロピルエーテル、1−ヘキサノール、1−オクタノール、1−ペンタノール、tert−ペンチルアルコール、N−メチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキシドから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の電界電子放出素子用インク。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の電界電子放出素子用インクを基体上に塗布することにより形成される電界電子放出素子の製造方法。
【請求項5】
基体面上に該電界電子放出素子用インクを塗布して形成された電界電子放出素子と、該電界電子放出素子と対向して配置されるアノード電極を有する電界電子放出装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−317389(P2007−317389A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−142847(P2006−142847)
【出願日】平成18年5月23日(2006.5.23)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】