説明

電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受

【課題】 焼付き寿命及び防錆性に優れ、更に白色組織剥離の発生も抑えられ、耐久性に優れる電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受を提供する。
【解決手段】 40℃における動粘度が20〜100mm/sで、流動点が−40℃以下であるエステル油を基油とし、増ちょう剤としてジウレア化合物をグリース全量の10〜30質量%の割合で含有し、カルボン酸系防錆剤、カルボン酸塩系防錆剤、エステル系防錆剤及びアミン系防錆剤の少なくとも2種を合計でグリース全量の1〜10質量%、かつ、単独で0.5〜9.5質量%、並びに有機モリブデン化合物をグリース全量の1〜5質量%の割合でそれぞれ含有するグリースを封入した電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車電装用部品、エンジン補機であるカーエアコン用電磁クラッチや、コンプレッサー、アイドラプーリのような高温高速高荷重条件下で使用される部品に使用される転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車は小型軽量化や、さらには居住空間拡大の要望により、エンジンルーム空間の減少を余儀なくされ、電装部品・エンジン補機の小型軽量化がより一層進められており、カーエアコン用電磁クラッチやコンプレッサー、アイドラプーリも例外ではない。しかし、小型化により出力の低下は避けられず、電磁クラッチでは高速化することにより出力の低下分を補っており、それに伴ってアイドラプーリも高速化することになる。更に、静粛性向上の要望によりエンジンルームの密閉化が進み、エンジンルーム内の高温化が促進されるため、これらの部品は高温に耐えることも必要となっている。加えて、これらの部品はエンジンルームの下部に取り付けられていることが多いため、走行中、雨水や泥水などがかかりやすく、これらの部品用の転がり軸受に使用されるグリースには、他の箇所に使用されるグリースよりも、錆止め性能に優れたグリースが必要とされる。
【0003】
現在、電磁クラッチ用転がり軸受やコンプレッサー用転がり軸受、アイドラプーリ用転がり軸受には、主に合成油を基油とし、増ちょう剤としてウレア化合物を配合したウレア−合成油系グリースが使用されており、170〜180℃の温度までは軸受潤滑寿命が長く十分に使用可能である。
【0004】
しかし、最近では電磁クラッチやコンプレッサー、アイドラプーリのプーリ材を金属から樹脂にすることで軽量化を図っているものが多くなっている。樹脂は、金属に比べて放熱性が悪いため、ますます軸受が高温となり、180℃を越える場合もある。ウレア−合成油系グリースは、180℃以上で使用すると基油の蒸発が激しくなり、グリースが硬化したり、時には増ちょう剤が破壊され軟化するため、早期に焼付きを生じる。
【0005】
このような背景から、フッ素系グリースを転がり軸受に封入して耐熱性を改善することが行われている(例えは、特許文献1、2参照)。しかし、この転がり軸受は、200℃の高温域で使用可能であるもの、低荷重下でのみ有効であり、高荷重下では発熱が大きくなり早期に焼付きを生じる。また、錆止め性能を高めるために防錆剤が一般的に添加されるが、フッ素系グリースに添加できる防錆剤は限られており、ウレア−合成油系グリースに比べて防錆性に劣っていることや、高価格であるという欠点もある。
【0006】
また、前記各部品に使用されている転がり軸受においては、軸受内の水分により水素が発生し、この水素が内輪、外輪、転動体を構成する軸受鋼中に侵入して水素脆性による白色組織を伴った剥離を引き起こす場合があり、この白色組織剥離の発生を抑えることも重要になってきている。
【0007】
【特許文献1】特開2000−273478号公報
【特許文献2】特開2000−303088号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、焼付き寿命及び防錆性に優れ、更に白色組織剥離の発生も抑えられ、耐久性に優れる電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明は以下に示す電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受を提供する。
(1)内輪と外輪との間に複数の転動体を転動自在に保持し、グリースを封入してなる電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受において、
前記グリースが、40℃における動粘度が20〜100mm/sで、流動点が−40℃以下であるエステル油を基油とし、増ちょう剤としてジウレア化合物をグリース全量の10〜30質量%の割合で含有し、カルボン酸系防錆剤、カルボン酸塩系防錆剤、エステル系防錆剤及びアミン系防錆剤の少なくとも2種を合計でグリース全量の1〜10質量%、かつ、単独で0.5〜9.5質量%、並びに有機モリブデン化合物をグリース全量の1〜5質量%の割合でそれぞれ含有することを特徴とする電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受。
(2)前記ジウレア化合物が下記一般式(I)で表されるジウレア化合物であることを特徴とする上記(1)記載の一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置。
R1−NHCONH−R3−NHCONH−R2 ・・・(I)
(式中、R1、R2は炭素数6〜18の炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよく、R3は炭素数6〜15の芳香族炭化水素基である。)
【発明の効果】
【0010】
本発明の電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受は、封入グリースにおいて、基油に特定の動粘度及び流動点のエステル油を用い、耐熱性に優れたジウレア化合物を増ちょう剤に用いたため、低温から高温まで良好な潤滑性を示し、更に特定の防錆剤を添加することでより優れた防錆性能が付与されるとともに、特定の極圧剤により優れた耐剥離性が付与され、耐久性に優れたものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0012】
本発明において、電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受の構造自体には制限がなく、例えば図1に示すような玉軸受を例示することができる。図示される玉軸受21は、外輪22と、内輪23と、外輪22と内輪23との間に転動自在に配設された複数の玉24と、複数の玉24を保持する保持器25と、外輪22のシール溝22bに取り付けられた非接触形のシール26,26とから構成されている。そして、外輪22、内輪23及びシール26,26で囲まれた空間に、後述されるグリース27が充填され、シール26により玉軸受21内部に密封されている。
【0013】
グリースの基油には、40℃における動粘度が20〜100mm/sで、かつ、流動点が−40℃以下であるエステル油を用いる。基油動粘度が20mm/s(40℃)未満ではグリースが耐熱性に劣るようになり、100mm/s(40℃)を越えると滑り時の発熱が大きくなる。好ましい基油動粘度は25〜50mm/s(40℃)である。また、流動点については、自動車は−40℃付近での使用(エンジン始動)にも耐える必要から規定されたものである。
【0014】
エステル油の種類には制限がないが、ジエステル油、ポリオールエステル油、芳香族エステル油等を好適に使用できる。具体的には、ジエステル油として、ジオクチルアジペート(DOA)、ジイソデシルアジペート(DIBA)、ジブチルアジペート(DBA)、ジオクチルアゼレート(DOZ)、ジブチルセバケート(DBS)、ジオクチルセバケート(DOS)等を挙げることができる。また、ポリオールエステル油として、炭素数4〜18のアルキル鎖が導入されたペンタエリスリトールエステル油、同ジペンタエリスリトールエステル油、同トリペンタエリスリトールエステル油、ネオペンチル型ジオールエステル油、トリメチロールプロパンエステル油等を挙げることができる。また、芳香族エステル油としては、トリオクチルトリメリテート(TOTM)、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテート等を挙げることができる。これらエステル油は、それぞれ単独でも、適宜組み合わせて使用してもよい。
【0015】
増ちょう剤には、耐熱性に優れるジウレア化合物を用いる。特に下記一般式(I)で表されるジウレア化合物が好ましい。
R1−NHCONH−R3−NHCONH−R2 ・・・(I)
尚、式中、R1、R2は炭素数6〜18の炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよく、R3は炭素数6〜15の芳香族炭化水素基である。中でも、R1,R2がシクロヘキシル基、あるいはシクロヘキシル基と脂肪族基との混合であるジウレア化合物が好適である。これに対しR1,R2に芳香族基を導入したジウレア化合物は、加熱により硬化する傾向があり、高温での滑り部の潤滑には適さないことがある。
【0016】
増ちょう剤の配合量は、グリース全量の10〜30質量%、好ましくは15〜25質量%とする。
【0017】
グリースには、第1の必須添加剤として、カルボン酸系防錆剤、カルボン酸塩系防錆剤、エステル系防錆剤及びアミン系防錆剤から選択される2種以上を、合計でグリース全量の1〜10質量%、かつ、それぞれ単独で0.5〜9.5質量%となるように添加される。これらの防錆剤を組み合わせて使用することにより、特に優れた防錆性能が付与される。従って、防錆剤の添加量が、単独及び合計で上記の値を満足しないと所期の目的が達せられない。
【0018】
それぞれ具体例を挙げると、カルボン酸系防錆剤及びカルボン酸塩系防錆剤の具体例として、モノカルボン酸ではステアリン酸等、ジカルボン酸ではアルキルまたはアルケニルコハク酸及びその誘導体、ナフテン酸、アビエチン酸、ラノリン脂肪酸、アルケニルコハク酸のカルシウム、亜鉛等の金属塩が挙げられ、特にアルケニルコハク酸及びナフテン酸亜鉛が好ましい。エステル系防錆剤の具体例として、多価アルコールのカルボン酸部分エステルではソルビタンモノオレエート、ソルビタントリオレエート、ペンタエリスリットモノオレエート、コハク酸ハーフエステル等が挙げられ、特にソルビタンモノオレエート及びコハク酸ハーフエステルが好ましい。アミン系防錆剤として、アミン誘導体ではアルコキシフェニルアミン、二塩基性カルボン酸の部分アミド等が挙げられる。
【0019】
グリースには、第1の必須添加剤とともに、第2の必須添加剤として有機モリブデン化合物が添加される。有機モリブデン化合物としては、モリブデンジチオフォスフェート(MoDTP)、モリブデンジチオカルバメート(MoDTC)、モリブデンのアミン錯体等が好適であり、その添加量はグリース全量の1〜10質量%とする。これらの有機モリブデン化合物は極圧剤として機能し、白色組織剥離の抑制に寄与する。従って、添加量が1質量%未満ではこのような効果が十分に発現しない。また、10質量%を越えて添加しても効果が飽和し、更には相対的に他の成分が少なくなるため、他の成分による効果が得られなくなる。
【0020】
また、グリースには、必要に応じて、従来からグリースに添加される種々の公知の添加剤を添加してもよい。
【0021】
グリースは上記の各成分を含有するが、その製造方法には制限がなく、従来のウレア系グリースと同様にして調製することができるが、一般的には基油中でジウレア化合物の原料(アミン及びジイソシアネート)を反応させて得られる。尚、そのときの加熱温度や攪拌・混合時間等の製造条件は、使用する基油やジウレア化合物の原料、添加剤等により適宜設定される。また、添加剤を添加した後は、十分に攪拌して添加剤を均一に分散させる必要があるが、その際に加熱することも有効である。
【実施例】
【0022】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0023】
(実施例1〜8、比較例1〜6)
表1及び表2に示す配合にて試験グリースを調製した。調製に際し、先ず、第1の容器に半量の基油と増ちょう剤のアミン成分とを入れ、加熱しながら攪拌し、第2の容器に基油の半量と4,4´−ジフェニルメタンジイソシアネート(東京化成(株)製)とを入れ、加熱しながら攪拌し、第1の容器に第2の容器の内容物を加えて両容器の内容物同士を反応させた。次いで、反応生成物に添加剤を添加し、3段ロールミルで仕上げて試験グリースとした。
【0024】
そして、試験グリースを用いて下記に示す(1)焼付き試験、(2)軸受剥離試験及び(3)軸受防錆試験を行った。結果を表1及び表2に併記する。
【0025】
(1)焼付き試験
試験軸受として日本精工(株)製呼び番号「6204VV」を用い、1gの試験グリースを封入し、図2に示す構成の試験装置を用い、予圧荷重20kgf、雰囲気温度160℃、6000min−1で500時間をめどに連続回転させた。500時間回転後も異常なく回転している場合を合格とした。尚、図示される試験装置は、ASTM D1741の軸受寿命試験機に類似するものである。
(2)耐剥離試験
ゴムシール付き単列深溝玉軸受(内径17mm、外径47mm、幅14mm)に、試験グリースを2.5g封入して試験軸受を作製した。そして、この試験軸受を自動車のエンジンのオルタネータに組み込み、室温雰囲気下、プーリ荷重1560N、エンジン回転数1000〜6000min−1(軸受回転数2400〜13300min−1)にて繰り返し連続回転させ、規定の振動値50Gを上回った時点で試験を中止し、それまでの時間を計測した。尚、500経過時に前記振動値を越えない場合は、その時点で試験を中止した。また、試験後に、軸受鋼材の剥離の有無を肉眼で確認した。
(3)軸受防錆試験
ゴムシール付き単列深溝玉軸受(内径17mm、外径47mm、幅14mm)に、軸受空間容積の50%を占めるように試験グリースを封入して試験軸受を作製した。封入後、回転速度1800min−1で30秒間慣らし運転(回転)し、その後に軸受内部に0.5質量%の塩水を0.5ml注入し、再び回転速度1800min−1で30秒間慣らし運転した。次いで、80℃、100%RHに維持された恒湿恒温槽に試験軸受を入れて48時間放置した後、試験軸受を分解して軌道面に発生している錆の状況を肉眼で観察した。彪化基準は以下のとおりであり、#7〜#5を防錆性良好とし、#4〜#1を防錆性不良とした。
#7:錆の発生なし
#6:シミ状の微小な錆有り
#5:直径0.3mm以下の点状の錆有り
#4:直径0.3mm超で1.0mm以下の錆有り
#3:直径1.0mm超で5.0mm以下の錆有り
#2:直径5.0mm超で10.0mm以下の錆有り
#1:軌道面のほぼ全面に錆が発生
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
表中、シクロヘキシルアミン、フェノチアジン及びジオクチルジフェニルアミンは何れも東京応化(株)製の試験グレード品であり、MoDTPは旭電化(株)製「サクラルーブ300」であり、MoDTCは旭電化(株)製「サクラルーブ165」である。
【0029】
表1及び表2に示されるように、本発明に従う各実施例の試験グリースは、耐熱性及び耐剥離性に優れ、防錆性能も高く、電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置に好適であることがわかる。
【0030】
これに対し、バリウムスルホネートや亜鉛スルホネートを配合した比較例1、比較例2の試験グリースでは、共に耐剥離性及び防錆性に劣っている。また、基油にエーテル油を用いた比較例3の試験グリース及びポリα−オレフィン油(PAO)を用いた比較例4の試験グリースでは、何れも耐久性に劣っている。また、防錆剤を含まない比較例5の試験グリースでは防錆性能が大きく劣っている。また、極圧剤を含まない比較例6の試験グリースでは耐久性に劣っている。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受の一例を示す断面図である。
【図2】実施例において焼付き試験に用いた試験装置の構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0032】
21 玉軸受
22 外輪
22a 外輪軌道面
23 内輪
23a 内輪軌道面
24 玉
27 グリース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と外輪との間に複数の転動体を転動自在に保持し、グリースを封入してなる電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受において、
前記グリースが、40℃における動粘度が20〜100mm/sで、流動点が−40℃以下であるエステル油を基油とし、増ちょう剤としてジウレア化合物をグリース全量の10〜30質量%の割合で含有し、カルボン酸系防錆剤、カルボン酸塩系防錆剤、エステル系防錆剤及びアミン系防錆剤の少なくとも2種を合計でグリース全量の1〜10質量%、かつ、単独で0.5〜9.5質量%、並びに有機モリブデン化合物をグリース全量の1〜5質量%の割合でそれぞれ含有することを特徴とする電磁クラッチ用、コンプレッサー用及びアイドラプーリ用転がり軸受。
【請求項2】
前記ジウレア化合物が下記一般式(I)で表されるジウレア化合物であることを特徴とする請求項1記載の一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置。
R1−NHCONH−R3−NHCONH−R2 ・・・(I)
(式中、R1、R2は炭素数6〜18の炭化水素基であり、同一でも異なっていてもよく、R3は炭素数6〜15の芳香族炭化水素基である。)

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−77350(P2007−77350A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−269795(P2005−269795)
【出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】