説明

電磁式燃料噴射弁の製造方法

【課題】電磁式燃料噴射弁の製造過程で,比較的少ないレーザ照射エネルギにより,磁性円筒体の軸方向寸法の補正及び磁性円筒体に対する弁座部材の偏心の補正を可能にする。【解決手段】弁組立体Vを収容した弁ハウジング2を閉じるように,互いに嵌合した弁座部材3及び磁性円筒体4間に環状溶接部Wを形成した後,その磁性円筒体4の外周面に全周に亙りレーザを照射して,それによる溶け込みが磁性円筒体4の内周面に到達しない環状疑似溶接部w1,w2を形成することにより,磁性円筒体4の軸方向寸法の補正及び磁性円筒体4に対する弁座部材3の偏心の補正を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,弁座及びその中心を貫通する弁孔を前端部に有する弁座部材,この弁座部材の後端部に嵌合されると共に環状溶接部を介して同軸状に結合される磁性円筒体,並びにこの磁性円筒体の後端に非磁性円筒体を介して同軸状に結合される固定コアを有する弁ハウジングと,この弁ハウジング内で固定コアに近接・離反可能に対置される可動コア及びこの可動コアに結合され,その動きに応じて弁座に離・着座する弁体とからなる弁組立体と,弁ハウジングの外周面に配設され,通電時,固定及び可動コア間に吸引力を発生させるコイルとを備えた電磁式燃料噴射弁の製造方法の製造過程で,磁性円筒体の軸方向寸法の補正(即ち,弁体の開弁ストロークの補正)及び磁性円筒体に対する弁座部材の偏心の補正を可能にする電磁式燃料噴射弁の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来,かゝる電磁式燃料噴射弁の製造方法において,互いに嵌合する弁座部材及び磁性円筒体間を溶接により結合する際,弁座部材及び磁性円筒体の重なり合う部分に,部分溶接部を形成することにより,磁性円筒体の軸方向寸法の補正及び磁性円筒体に対する弁座部材の偏心の補正を行うことが既に知られている(下記特許文献1及び2参照)。
【特許文献1】特開2001−246487号公報
【特許文献2】特開2001−252778号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来の上記製造方法では,補正のための部分溶接が弁座部材及び磁性円筒体の重なり合う部分に施されるため,溶接による溶け込みが外側の磁性円筒体を貫通して内側の弁座部材にまで達するような大なる溶接エネルギを必要とし,その結果,溶接後の歪み量が大きく発生するため,その歪み量を考慮した補正が極めて困難である。
【0004】
本発明は,かゝる事情に鑑みてなされたもので,電磁式燃料噴射弁の製造過程で,比較的少ないレーザ照射エネルギによって,磁性円筒体の軸方向寸法の補正及び磁性円筒体に対する弁座部材の偏心の補正を可能にした電磁式燃料噴射弁の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために,本発明は,弁座及びその中心を貫通する弁孔を前端部に有する弁座部材,この弁座部材の後端部に嵌合されると共に環状溶接部を介して同軸状に結合される磁性円筒体,並びにこの磁性円筒体の後端に非磁性円筒体を介して同軸状に結合される固定コアを有する弁ハウジングと,この弁ハウジング内で固定コアに近接・離反可能に対置される可動コア及びこの可動コアに結合され,その動きに応じて弁座に離・着座する弁体とからなる弁組立体と,弁ハウジングの外周に配設され,通電時,固定及び可動コア間に吸引力を発生させるコイルとを備えた電磁式燃料噴射弁の製造方法において,弁組立体を収容した弁ハウジングを閉じるように,互いに嵌合した弁座部材及び磁性円筒体間に環状溶接部を形成した後,その磁性円筒体の外周面に全周に亙りレーザを照射して,それによる溶け込みが磁性円筒体の内周面に到達しないような環状疑似溶接部を形成することにより,磁性円筒体の軸方向寸法の補正及び磁性円筒体に対する弁座部材の偏心の補正を行うことことを第1の特徴とする。
【0006】
また本発明は,第1の特徴に加えて,前記環状疑似溶接部の形成時のレーザ照射エネルギを0.1〜1.5J/Pとすることを第2の特徴とする。
【0007】
さらに本発明は,第1又は第2の特徴に加えて,レーザの照射開始点を磁性円筒体の周方向で互いに異ならせて前記環状疑似溶接部を磁性円筒体の外周面に複数条形成することを第3の特徴とする。
【0008】
さらにまた本発明は,第1の特徴に加えて,弁体の開弁ストロークが規定ストロークを上回るように,磁性円筒体及び弁座部材間を結合した後,上記開弁ストロークの,規定ストロークを上回る過剰分と,磁性円筒体に対する弁座部材の偏心方向及び偏心量とを測定,算出し,それらの測定値をゼロに近づけるために弁座部材の外周面に前記環状疑似溶接部を形成する際の,レーザ照射エネルギ,環状疑似溶接部の条数及びレーザ照射開始点を決定し,その決定に基づき弁座部材の外周面に前記環状疑似溶接部を形成することを第4の特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の第1の特徴によれば,電磁式燃料噴射弁の製造過程で,弁ハウジングを閉じるように,互いに嵌合した弁座部材及び磁性円筒体間に環状溶接部を形成した後,その磁性円筒体の外周面全周に亙りレーザを照射して,それによる溶け込みが磁性円筒体の内周面に到達しないような環状疑似溶接部を形成することにより,磁性円筒体の軸方向寸法の補正及び磁性円筒体に対する弁座部材の偏心の補正を行うので,環状疑似溶接部の形成に要するレーザ照射エネルギは極めて少なくて済み,環状疑似溶接部の形成後の磁性円筒体の歪みを殆ど皆無とし,上記補正を正確なものとすることができる。
【0010】
また本発明の第2の特徴によれば,環状疑似溶接部の形成時のレーザ照射エネルギを0.1〜1.5J/Pとすることで,環状疑似溶接部の形成時,レーザ照射による溶け込みが磁性円筒体の内周面に到達することを確実に防ぐことができて,比較的薄肉の磁性円筒体の強度を損じることもない。
【0011】
さらに本発明の第3の特徴によれば,磁性円筒体の外周面に複数条の環状疑似溶接部を形成する場合に,それぞれのレーザの照射開始点を磁性円筒体の周方向で相違させることにより,磁性円筒体に対する弁座部材の偏心の補正量を自由に調節することができる。
【0012】
さらにまた本発明の第4の特徴によれば,前記補正を一層正確なものとすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の実施の形態を,添付図面に示す本発明の好適な実施例に基づいて以下に説明する。
【0014】
図1は本発明の方法で製造される電磁式燃料噴射弁の縦断面図,図2は図1の2部拡大図,図3は前記電磁式燃料噴射弁の製造過程で行う磁性円筒体の軸方向収縮量の測定工程説明図,図4は前記電磁式燃料噴射弁の製造過程で行う,磁性円筒体に対する弁座部材の偏心方向及び偏心量の測定工程説明図,図5は図2の5−5線断面図を誇張して描いたもので,(A)は磁性円筒体及び弁座部材の圧入時の状態を,(B)はその両者の溶接時の状態を,(C)は1条目の環状疑似溶接部の形成による補正工程を,(D)は2条目の環状疑似溶接部の形成による補正工程を示す。図6はレーザ照射エネルギと磁性円筒体の軸方向収縮量との関係を示す線図,図7はレーザ照射エネルギと,磁性円筒体に対する弁座部材の偏心量との関係を示す線図である。
【0015】
先ず,図1及び図2において,本発明の製造方法により製造される電磁式燃料噴射弁Iの構造について説明する。
【0016】
電磁式燃料噴射弁の弁ハウジング2は,前端に弁座8を有する円筒状の弁座部材3と,この弁座部材3の後端部に同軸状に結合される磁性円筒体4と,この磁性円筒体4の後端に同軸状に結合される非磁性円筒体6と,この非磁性円筒体6の後端に同軸状に結合される固定コア5と,この固定コア5の後端に同軸状に連設される燃料入口筒26とで構成される。
【0017】
弁座部材3は,その外周面から環状肩部3bを存して磁性円筒体4側に突出する連結筒部3aを後端部に有しており,この連結筒部3aを磁性円筒体4の前端部内周面に圧入して,磁性円筒体4の前端面を環状肩部3bに突き合わせ,その突き合わせ部にレーザ溶接により環状溶接部W1が形成される。こうして,弁座部材3及び磁性円筒体4は互いに同軸状に且つ液密に結合される。
【0018】
また磁性円筒体4及び非磁性円筒体6は,互いに突き合わせた対向端面間に同じくレーザ溶接により環状溶接部W2を形成することにより,互いに同軸状且つ液密に結合される。
【0019】
弁座部材3は,円筒状のガイド孔9と,このガイド孔9の前端に連なる円錐状の弁座8と,この弁座8の中心部を貫通する弁孔7とを備えている。弁座部材3の前端面には,上記弁孔7を同心状に囲繞する円形の凹部45が形成され,この凹部45において,インジェクタプレート10が弁座部材3に液密に溶接される。このインジェクタプレート10には弁孔7の中心線を同心状に囲繞する環状配列の複数の燃料噴孔11,11…が穿設されている。
【0020】
弁座部材3の弁座8は円錐状に形成され,この弁座8と弁孔7との間には,弁座8を通過した燃料を集合させて弁孔7に誘導する漏斗状の燃料集合凹部35が形成される。
【0021】
また弁座部材3とインジェクタプレート10との対向面間には,弁孔7を通過した燃料を半径方向外方に拡散させる偏平な燃料拡散室36が形成される。この燃料拡散室36は,図示例では弁座部材3の前端面に凹部として形成される。インジェクタプレート10には,弁孔7から半径方向外方へ離れた位置で燃料拡散室36に開口する複数の燃料噴孔11,11…が穿設される。したがって,弁孔7及び各燃料噴孔11間は燃料拡散室36を介して連通される。
【0022】
非磁性円筒体6の内周面には,その後端側から中空円筒状の固定コア5が圧入されると共に,非磁性円筒体6の後端と,固定コア5の環状肩部5bとの突き合わせ部にレーザ溶接により環状溶接部W3が形成され,これによって非磁性円筒体6及び固定コア5は互いに同軸状且つ液密に結合される。その際,非磁性円筒体6の前端部には,固定コア5と嵌合しない部分が残され,その部分から弁座部材3に至る弁ハウジング2内に弁組立体Vが収容される。
【0023】
弁組立体Vは,前記弁座8に対して開閉動作する弁部16及びそれを支持する弁杆部17からなる弁体18と,弁杆部17に連結され,磁性円筒体4から非磁性円筒体6に跨がって,それらに挿入されて固定コア5に同軸で対置される可動コア12とからなっている。弁杆部17は,前記ガイド孔9より小径に形成されており,その外周には,半径方向外方に突出して,前記ガイド孔9の内周面に摺動可能に支承されるジャーナル部17aが一体に形成されている。また可動コア12に外周には,磁性円筒体4の内周面に摺動可能に支承されるジャーナル部17bが形成されている。
【0024】
弁組立体Vには,可動コア12の後端面から弁部16の手前で終わる縦孔19と,この縦孔19を,可動コア12外周面に連通する複数の第1横孔20aと,同縦孔19をジャーナル部17aと弁部16との間の弁杆部17外周面に連通する複数の第2横孔20bとが設けられる。その際,縦孔19の途中には,固定コア5側を向いた環状のばね座24が形成される。
【0025】
固定コア5は,可動コア12の縦孔19と連通する縦孔21を有し,この縦孔21に内部が連通する燃料入口筒26が固定コア5の後端に一体に連設される。燃料入口筒26は,固定コア5の後端に連なる縮径部26aと,それに続く拡径部26bとからなっており,その縮径部26aから縦孔21に圧入されるすり割り付きパイプ状のリテーナ23と前記ばね座24との間に可動コア12を弁体18の閉弁側に付勢する弁ばね22が縮設される。その際,リテーナ23の縦孔21への嵌合深さにより弁ばね22のセット荷重が調整される。拡径部26b内には燃料フィルタ27が装着され,拡径部26bの外周にはシール部材49が装着される。
【0026】
固定コア5はフェライト系の高硬度磁性材製とされる。一方,可動コア12には,固定コア5の吸引面と対向する吸引面に,前記弁ばね22を囲繞するカラー状の高硬度のストッパ要素14が埋設される。このストッパ要素14は,その外端を可動コア12の吸引面から僅かに突出させていて,通常,弁体18の開弁ストロークに相当する間隙Sを存して固定コア5の吸引面と対置される。
【0027】
弁ハウジング2の外周には,固定コア5及び可動コア12に対応してコイル組立体28が嵌装される。このコイル組立体28は,磁性円筒体4の後端部から固定コア5にかけてそれらの外周面に嵌合するボビン29と,これに巻装されるコイル30とからなっており,このコイル組立体28を囲繞するコイルハウジング31の前端が磁性円筒体4の外周面に溶接され,その後端には,固定コア5の後端部外周からフランジ状に突出するヨーク5aの外周面に溶接される。コイルハウジング31は円筒状をなし,且つ一側に軸方向に延びるスリット31aが形成されている。
【0028】
前記磁性円筒体4の一部,コイルハウジング31,コイル組立体28,固定コア5及び燃料入口筒26の前半部は,射出成形による合成樹脂製の円筒状モールド部32に埋封される。その際,コイルハウジング31内へのモールド部32の充填はスリット31aを通して行われる。またモールド部32の中間部には,一側方に突出するカプラ34が一体に形成され,このカプラ34は,前記コイル30に連なる通電用端子33を保持する。
【0029】
而して,コイル30を消磁した状態では,弁ばね22の付勢力で弁組立体Vは前方に押圧され,弁体18を弁座8に着座させている。この状態では,図示しない燃料ポンプから燃料入口筒26に圧送された燃料は,パイプ状のリテーナ23内部,弁組立体Vの縦孔19及び第1及び第2横孔20a,20bを通して弁座部材3内に待機させられ,弁組立体Vのジャーナル部17a,17b周りの潤滑に供される。
【0030】
コイル30を通電により励磁すると,それにより生ずる磁束が固定コア5,コイルハウジング31,磁性円筒体4及び可動コア12を順次走り,その磁力により弁組立体Vの可動コア12が弁ばね22のセット荷重に抗して固定コア5に吸引され,弁体18の弁部16が弁座部材3の弁座8から離座するので,弁座部材3内の高圧燃料は,弁座8を通過した後,燃料集合凹部35により弁孔7へ集合誘導され,弁孔7で流れを反転させて,燃料拡散室36に移り,半径方向外方へ拡散してインジェクタプレート10の複数の燃料噴孔11,11…から噴射し,燃料噴霧フォームFを形成することができる。
【0031】
このような電磁式燃料噴射弁Iの組み立てに当たっては,固定コア5に非磁性円筒体6及び磁性円筒体4を順次結合した後,コイル組立体28を組み付け,それらの外周にモールド部32及びカプラ34を一体に成形する。
【0032】
次いで,非磁性円筒体6及び磁性円筒体4内に弁組立体Vを挿入してから,弁座部材3の連結筒部3aを磁性円筒体4の前端部内周面に圧入して,弁座部材3の環状環状肩部3bと磁性円筒体4の前端面との突き合わせ,弁ハウジング2を閉じる。そして図2及び図5(B)に示すように,レーザトーチTaにより,弁座部材3の環状環状肩部3bと磁性円筒体4の前端面との突き合わせ部にレーザを照射しながら,磁性円筒体4及び弁座部材3をその軸線周りの矢印R方向(図5(B)参照)に1回転させて,上記突き合わせ部に環状溶接部W1を形成し,磁性円筒体4及び弁座部材3を強固に且つ液密に結合する。このときのレーザ照射エネルギは2.0J/Pである。
【0033】
ところで,磁性円筒体4及び弁座部材3相互の圧入時には,両者は,図5(A)に示すように,磁性円筒体4の中心C1と弁座部材3の中心C2とを一致された高い同心精度を保っているが,その圧入後,上記環状溶接部W1を形成すると,図5(B)に示すように,磁性円筒体4の軸方向の収縮による弁体18の開弁ストロークSの狂い(減少)が発生し,またレーザ照射終了前の角度α≒45°の方向Aに磁性円筒体4に対する弁座部材3の偏心eが発生する。
【0034】
本発明は,図2に示すように,磁性円筒体4の外周面に,レーザトーチTbによるレーザ照射により1条又は複数条の疑似溶接部w1a,w2を形成することにより,磁性円筒体4の軸方向寸法の補正(即ち,弁体の開弁ストロークの補正)及び磁性円筒体4に対する弁座部材3の偏心の補正を行うものであるから,上記環状溶接部W1の形成に伴なう弁体の開弁ストロークの減少があっても,その弁体18の開弁ストロークSが規定ストロークを若干上回るように,磁性円筒体4及び弁座部材3の各部の軸方向寸法は予め設定される。
【0035】
そこで,上記環状溶接部W1を形成して組み立てられた燃料噴射弁半成品I′(この段階では,弁ばね22,リテーナ23及び燃料フィルタ27は組み付けられていない。)に対して,図3及び図4に示すように,弁体18の開弁ストロークSの測定と,磁性円筒体4に対する弁座部材3の偏心方向A及び偏心量e(図5(B)参照)の測定とを行う。
【0036】
即ち,図3に示すように,弁体18の開弁ストロークSの測定に際しては,先ず,計測台50により燃料噴射弁半成品I′を正立状態に保持し,デジタルゲージ51の測定子51aの先端を燃料入口筒26に挿入して弁組立体Vのばね座24に当接させ,カプラ34の通電用端子33からコイル30に所定の電圧を印加して,弁体18を開弁させ,その開弁ストロークSをデジタルゲージ51から読み取り,規定ストロークに対する過剰分ΔSを算出する。
【0037】
また図4に示すように,磁性円筒体4に対する弁座部材3の偏心量eの測定に際しては,先ず,燃料噴射弁半成品I′の燃料入口筒26及び固定コア5の内周面に適合し得る軸部53aを備えた回転計測治具53を用意し,その軸部53aに燃料噴射弁半成品I′の燃料入口筒26及び固定コア5を嵌合すると共に,クランプ54により回転計測治具53上の弾性部材55に弁座部材3を押しつけることにより,燃料入口筒26及び固定コア5を軸部53aとの同心状態に保持する。一方,燃料噴射弁半成品I′の弁座部材3の外周面には,デジタルゲージ52の測定子52aを接触される。この状態で,回転計測治具53を軸部53aの中心周りに回転して,弁座部材3の偏心方向A及び偏心量eをデジタルゲージ52から読み取る。
【0038】
次に,それらの測定値をゼロに近づけるために,レーザトーチTbによるレーザ照射によって磁性円筒体4の外周面に環状疑似溶接部w1,w2を形成する際の,レーザ照射エネルギ及び環状疑似溶接部w1,w2の条数を下記表1及び表2,並びに図6及び図7の図表から読み取る。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

これら表1及び表2,並びに図6及び図7の図表は,レーザの照射条件を色々変えて試験的に磁性円筒体4の外周面に環状疑似溶接部を形成することで,得たデータを纏めたものである。尚,表1及び表2において,環状疑似溶接部の条数を複数とした場合,レーザ照射開始点は同位相である。
【0041】
また環状疑似溶接部の形成のためのレーザ照射エネルギは,前記弁座部材3及び磁性円筒体4間の環状溶接部W1の形成時に要したレーザ照射エネルギ(2.0J/P)より少なく且つ溶け込みが磁性円筒体4の内周面に到達しないように,0.1〜1.5J/Pの範囲に制限される。
【0042】
表1及び図6から明らかなように,磁性円筒体4の軸方向の収縮量は,磁性円筒体4に与えるレーザ照射エネルギの大きさ及び,それにより磁性円筒体4に形成した環状疑似溶接部の条数に比例する。
【0043】
また表2及び図7から明らかなように,弁座部材3に対する磁性円筒体4の偏心量eはレーザ照射エネルギの大きさに比例する。
[補正例]
前記測定の結果,弁体18の開弁ストロークSの過剰分ΔSが0.014mm,磁性円筒体4に対する弁座部材3の偏心量eが0.006mmであり,これらを補正する場合。
【0044】
先ず,開弁ストローク過剰分ΔS=0.014mmをゼロにすべく,磁性円筒体4を軸方向に収縮させる条件を表1から探し出すと,レーザ照射エネルギ=1.3J/P,環状疑似溶接部の条数=2とある。次に,表2において,レーザ照射エネルギ=1.3J/Pで条数=2のときの偏心量をみると,0.008mmとある。したがって,レーザ照射エネルギ=1.3J/Pのレーザにより,照射開始点を同位相として2条の環状疑似溶接部を形成すれば,開弁ストロークSの過剰分ΔSをゼロとすることはできるが,偏心量eの補正は過剰補正となり,e=0.006−0.008=−0.002mmとなってしまう。
【0045】
そこで,最初に図5(C)に示すように,レーザトーチTbから照射エネルギ=1.3J/Pのレーザを,磁性円筒体4の外周面に,前記環状溶接部W1の形成時のレーザ照射終了点P1(レーザ照射開始点でもある。)手前,略135°の地点P2から,レーザトーチTbにより照射エネルギ=1.3J/Pのレーザを照射し,前記環状溶接部W1の形成時と同方向Rに燃料噴射弁半成品I′を1回転させて,1条目の環状疑似溶接部w1を形成する。これによって,磁性円筒体4を軸方向に0.007mm収縮させると共に,弁座部材3の中心C2を,前記環状溶接部W1の形成時のレーザ照射開始(終了)点P1と正反対側に0.004mm変位させる。
【0046】
次に,図5(D)に示すように,前記環状溶接部W1の形成時のレーザ照射開始(終了)点P1を通る直径線に関して,上記環状疑似溶接部w1の形成時のレーザ照射開始(終了)点P2と対称の地点P3から,磁性円筒体4の外周面に,レーザトーチTbからレーザ照射エネルギ=1.3J/Pのレーザを照射し,前記環状溶接部W1の形成時と同方向Aに燃料噴射弁半成品I′を1回転させて,2条目の環状疑似溶接部w2を形成する。これによって,磁性円筒体4を軸方向に更に0.007mm収縮させると共に,弁座部材3の中心C2を,前記環状溶接部W1の形成時のレーザ照射開始(終了)点P1を通る直径線と直交する直径線に沿って,当初の偏心方向Aと反対側に0.004mm変位させる。
【0047】
その結果,2条の環状疑似溶接部w1,w2の形成による磁性円筒体4の軸方向収縮量は,0.007×2=0.014mmとなって,弁体18の開弁ストロークSの過剰分ΔSをゼロにすることができる。同時に弁座部材3の中心C2の,磁性円筒体4の中心側への移動量は,0.0042 ×2の平方根=0.005657mmとなるから,磁性円筒体4に対する弁座部材3の偏心量eは,0.006−0.005657=0.000343mmとなり,実質上ゼロとみなすことができる。
【0048】
このような補正工程を終了した燃料噴射弁半成品I′に,弁ばね22,リテーナ23及び燃料フィルタ27を組み付けることで,電磁式燃料噴射弁Iは完成する。
【0049】
上記のように,電磁式燃料噴射弁Iの製造過程で,弁ハウジング2を閉じるように,互いに嵌合した弁座部材3及び磁性円筒体4間に環状溶接部W1を形成した後,その磁性円筒体4の外周面全周に亙りレーザを照射して,それによる溶け込みが磁性円筒体4の内周面に到達しない環状疑似溶接部w1,w2を形成することにより,磁性円筒体4の軸方向寸法の補正及び磁性円筒体4に対する弁座部材3の偏心の補正を行うので,環状疑似溶接部w1,w2の形成に要するレーザ照射エネルギは極めて少なくて済み,環状疑似溶接部w1,w2の形成後の磁性円筒体4の歪みを殆ど皆無とし,上記補正を正確なものとすることができる。
【0050】
この場合,環状疑似溶接部w1,w2の形成のためのレーザ照射エネルギを,0.1〜1.5J/Pの範囲に制限するので,レーザ照射による溶け込みが磁性円筒体4の内周面に到達することを確実に防ぐことができて,比較的薄肉の磁性円筒体4の強度を損じることもない。
【0051】
また磁性円筒体4の外周面に複数条の環状疑似溶接部w1,w2を形成する場合には,それぞれのレーザの照射開始(終了)点P1,P2を磁性円筒体4の周方向で相違させることにより,磁性円筒体4に対する弁座部材3の偏心の補正量を自由に調節することができる。
【0052】
本発明は上記実施例に限定されるものではなく,その要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の方法で製造される電磁式燃料噴射弁の縦断面図。
【図2】図1の2部拡大図。
【図3】前記電磁式燃料噴射弁の製造過程で行う磁性円筒体の軸方向収縮量の測定工程説明図。
【図4】前記電磁式燃料噴射弁の製造過程で行う,磁性円筒体に対する弁座部材の偏心方向及び偏心量の測定工程説明図。
【図5】図2の5−5線断面図を誇張して描いたもので,(A)は磁性円筒体及び弁座部材の圧入時の状態を,(B)はその両者の溶接時の状態を,(C)は1条目の環状疑似溶接部の形成による補正工程を,(D)は2条目の環状疑似溶接部の形成による補正工程を示す。
【図6】レーザ照射エネルギと磁性円筒体の軸方向収縮量との関係を示す線図。
【図7】レーザ照射エネルギと,磁性円筒体に対する弁座部材の偏心量との関係を示す線図。
【符号の説明】
【0054】
B・・・・・レーザビーム
I・・・・・燃料噴射弁
S・・・・・衝合部の中心
2・・・・・弁ハウジング
3・・・・・弁座部材
3b・・・・軸方向対向面(環状肩部)
4・・・・・磁性円筒体
4a・・・・軸方向対向面(前端面)
7・・・・・弁孔
8・・・・・弁座
18・・・・弁体
30・・・・コイル
50・・・・衝合部
51,52・・・環状溝
53・・・・環状溶接部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
弁座(8)及びその中心を貫通する弁孔(7)を前端部に有する弁座部材(3),この弁座部材(3)の後端部に嵌合されると共に環状溶接部(W)を介して同軸状に結合される磁性円筒体(4),並びにこの磁性円筒体(4)の後端に非磁性円筒体(6)を介して同軸状に結合される固定コア(5)を有する弁ハウジング(2)と,この弁ハウジング(2)内で固定コア(5)に近接・離反可能に対置される可動コア(12)及びこの可動コア(12)に結合され,その動きに応じて弁座(8)に離・着座する弁体(18)とからなる弁組立体(V)と,弁ハウジング(2)の外周に配設され,通電時,固定及び可動コア(5,12)間に吸引力を発生させるコイル(30)とを備えた電磁式燃料噴射弁の製造方法において,
弁組立体(V)を収容した弁ハウジング(2)を閉じるように,互いに嵌合した弁座部材(3)及び磁性円筒体(4)間に環状溶接部(W)を形成した後,その磁性円筒体(4)の外周面に全周に亙りレーザを照射して,それによる溶け込みが磁性円筒体(4)の内周面に到達しない環状疑似溶接部(w1,w2)を形成することにより,磁性円筒体(4)の軸方向寸法の補正及び磁性円筒体(4)に対する弁座部材(3)の偏心の補正を行うことを特徴とする,電磁式燃料噴射弁の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の電磁式燃料噴射弁の製造方法において,
前記環状疑似溶接部(w1,w2)の形成時のレーザ照射エネルギを0.1〜1.5J/Pとすることを特徴とする,電磁式燃料噴射弁の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の電磁式燃料噴射弁の製造方法において,
レーザの照射開始点(P2,P3)を磁性円筒体(4)の周方向で互いに異ならせて前記環状疑似溶接部(w1,w2)を磁性円筒体(4)の外周面に複数条形成することを特徴とする,電磁式燃料噴射弁の製造方法。
【請求項4】
請求項1記載の電磁式燃料噴射弁の製造方法において,
弁体(18)の開弁ストローク(S)が規定ストロークを上回るように,磁性円筒体(4)及び弁座部材(3)間を結合した後,上記開弁ストローク(S)の,規定ストロークを上回る過剰分(ΔS)と,磁性円筒体(4)に対する弁座部材(3)の偏心方向(A)及び偏心量(e)とを測定,算出し,それらの測定値をゼロに近づけるために弁座部材の外周面に前記環状疑似溶接部(w1,w2)を形成する際の,レーザ照射エネルギ,環状疑似溶接部(w1,w2)の条数及びレーザ照射開始点(P2,P3)を決定し,その決定に基づき弁座部材(3)の外周面に前記環状疑似溶接部(w1,w2)を形成することを特徴とする,電磁式燃料噴射弁の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−118415(P2006−118415A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−306543(P2004−306543)
【出願日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【出願人】(000141901)株式会社ケーヒン (1,140)
【Fターム(参考)】