説明

非固定式通電加熱ホルダー

【課題】薄膜の応力・歪測定およびRHEEDによる構造解析を同時に行なえる、非固定式通電加熱ホルダーを提供すること。
【解決手段】ホルダー本体と、ホルダー本体に電気的に絶縁した状態で固定設置されている2個の試料設置台座と、試料設置台座に対応して設けられ、電極間に試料をフックした上で前記試料を通電加熱可能な2個の電極と、前記2個の電極の位置を、前記試料設置台座に対して垂直方向に摺動自在に保持する電極保持手段と、2個の試料設置台座に対応して設けられ、かつ前記ホルダー本体と電気的に接地されており、前記ホルダー本体が下向きにされた際に、前記試料の重力落下を防止し、同時に前記試料と電気的に接続される爪を備えた2個のアース板から構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射高速電子線回折法(Reflection High Energy Electron Diffraction: RHEED)によって、例えばシリコンウェハーなどの試料を観察する際に、試料を非固定状態で保持できる通電加熱ホルダーに係り、特に、RHEED観察と同時に試料の内部応力・歪観察も可能な、非固定式通電加熱ホルダーに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、製造直後のシリコンウェハーなどの半導体基板は、自然酸化膜で覆われているため、気相成長させる前に超高真空内で基板を1200℃以上に通電加熱して、基板表面を清浄している。また、半導体の性能を高めるため、気相成長を行いながらRHEED観察を行い、気相成長の構造を解析している。しかし、半導体基板上に薄膜を成長させると薄膜内部に応力が生じ、その応力に対応して試料(基板と薄膜)は湾曲する。その湾曲によって薄膜に応力・歪が発生する。従って、半導体の気相成長などの構造を解析するためには、応力・歪観察とRHEED観察を同時に行うことが有効である。
【0003】
上述のような応力・歪は、湾曲の曲率から測定することができる。実際には、その曲率は、レーザー光を試料に入射させ、反射したレーザー光の変位角の差を検出することで得ている。従って、このような、試料の極微小な変形を測定するために、試料の変形の原因となるような外力を加えない、すなわち試料を非固定で保持する試料ホルダーが、この測定の絶対条件となっている。そのため、これまでもRHEED観察と同時に試料の内部応力観察も可能とするために観察対象の試料を非固定で保持する非固定式ホルダーが提案されてきている(特許文献1及び2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実願昭60-135649号(実開昭62-044433号)のマイクロフィルム
【特許文献2】特開2004-333188号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、RHEED観察の際にはRHEEDの電子線により試料がチャージアップされ、RHEED像の観察が困難になると言う問題があった。従って、試料を均一に通電加熱でき、薄膜成長に伴う薄膜の応力・歪を測定でき、かつチャージアップを引き起こすことなくRHEED観察ができるような条件を満たす、通電加熱試料ホルダーが求められている。
【0006】
従って、本発明の目的は、観察対象の試料を非固定状態で保持でき、試料が半導体の場合には、半導体基板の表面を通電加熱により均一に清浄でき、かつ薄膜の応力・歪測定およびRHEEDによる構造解析を同時に行なえる、非固定式通電加熱ホルダーを提供することにある。また、本発明の他の目的は、さらに、試料が導体や絶縁体の場合には、試料ホルダー裏側からヒーターによって試料を傍熱加熱することができる前記非固定式通電加熱ホルダーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一つの観点に係る非固定式通電加熱ホルダーは、ホルダー本体と、前記ホルダー本体に、電気的に絶縁した状態で固定設置され、かつ互いに分離した状態で対抗配置されている2個の試料設置台座と、前記2個の試料設置台座のそれぞれに対応して設けられ、電極間に試料をフックした上で前記試料に通電加熱可能な2個の電極と、前記2個の電極の位置を、前記試料設置台座に対して垂直方向に摺動自在に保持する電極保持手段と、前記2個の試料設置台座のそれぞれに対応して設けられ、かつ前記ホルダー本体と電気的に接地されており、前記ホルダー本体が下向きにされた際に、前記試料の重力落下を防止し、同時に前記試料と電気的に接続される爪を備えた2個のアース板から構成される。
【0008】
より好ましくは、試料の傍熱加熱が可能なように、前記ホルダー本体に関して、前記試料設置側と反対側に試料加熱用ヒーターを設け、さらに前記ホルダー本体に前記試料よりもその形状が大きなPBN板を取り付け、前記試料加熱用ヒーターの熱が前記PBN板を介して前記試料に与えられるように構成することが望ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の非固定式通電加熱ホルダーを用いれば、試料を非固定状態で通電加熱が可能であり、通電加熱後の試料は、固定されていない状態であるため、薄膜内の応力・歪測定が可能となる。また、通電加熱時には、試料とホルダー本体が電気的に絶縁されている構造を成していながら、RHEED測定時には試料がアース板に接地しているので、電子線によって試料がチャージアップすることなくRHEED像が得られる。試料非固定式通電加熱による清浄表面(再構成表面構造)の作製、薄膜成長中の応力・歪測定、RHEED像のその場観察による薄膜構造解析、これら一連の実験・測定が一つの試料非固定式通電加熱ホルダーで実施可能となる。
【0010】
本発明の通電加熱ホルダーは、通電加熱で得られる規定された清浄表面(再構成表面構造)をテンプレートとした、次世代半導体デバイスで用いられる新機能性材料などの薄膜成長機構の解明に有効活用できる。また、自己組織化技術によるナノドット・ナノワイヤーを用いた低次元系量子構造デバイスを実現するには、試料のストレス制御が必要となるため、本発明のホルダーを用いたナノ構造形成の成長カイネティクスの解明が必要となる。このような、原子層レベルで制御する半導体デバイス、高精度に制御された量子デバイス創成などへの技術基盤・応用発展に必要不可欠な通電加熱ホルダーである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は薄膜の応力・歪測定とRHEEDによる構造解析を同時に行う複合装置の概略構成図。
【図2】図2はBi薄膜成長過程における全応力の経時変化を示すグラフ。
【図3a】図3aはBi蒸着前のRHEEDパターン、図3bはBi蒸着後のRHEEDパターンを示す写真。
【図3b】図3bはBi蒸着後のRHEEDパターンを示す写真。
【図4】図4は本発明の非固定式通電加熱ホルダーの概略構成図。
【図5a】図5aは本発明の非固定式通電加熱ホルダーへの試料取付け方法の説明図。
【図5b】図5bは図5aと同様の図で、通電加熱ホルダーへの試料取付け方法の説明図。
【図5c】図5cは図5aと同様の図で、通電加熱ホルダーへの試料取付け方法の説明図。
【図5d】図5dは図5aと同様の図で、通電加熱ホルダーへの試料取付け方法の説明図。
【図6】図6は本発明の非固定式通電加熱ホルダーの複合装置への装着説明図。
【図7】図7は本発明の通電加熱ホルダーを用いて、試料に通電加熱する方法の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の非固定式通電加熱ホルダーの構成並びに作用効果についての理解を助けるために、初めに、図1の薄膜の応力・歪測定とRHEEDによる構造解析を同時に行う複合装置の概略構成図を用いて、本発明の非固定式通電加熱ホルダーを用いた薄膜成長中の内部応力・RHEEDの同時その場観察について説明する。
【0013】
図1を参照する。この複合装置では、一般的なMBE装置にRHEED観察装置が取付けられており、試料基板蒸着面直下のビューポートフランジには応力・歪測定装置(i)が取付けられている。レーザー光は、ビューポートを通過して基板に入射する。半導体基板への成膜に際しては、MBEソース(j)によって蒸着が行われる。RHEED観察に際しては、電子銃(k)から電子線が試料に対して数度以下の浅い角度で入射させる。これにより、対向する蛍光スクリーン(l)に後述の図3に示されるようなRHEED像が得られる。この非固定式通電加熱ホルダーを用いて、Si(100)基板上にBiを原子レベルで制御された蒸着レートで成長させ、その成長過程におけるBi薄膜の応力と構造の変化を調べた。
【0014】
図2にBi薄膜の全応力変化を示す。Biの成長に伴い、明確な応力変化が測定できた。また、Bi蒸着前のRHEED像を示す図3aと、Bi蒸着後のRHEED像を示す図3bから理解されるように、同時観察により得られたRHEED像には変化が得られた。結晶表面が原子層レベルでどの程度平坦であるかにより、RHEED像が変化するので、例えば、単結晶の回折パターンはストリークであるが、多結晶ではリングパターンであり、アモルファスではハローパターンになるなど、構造解析を行うことができる。
【0015】
以上のように、MBE装置、RHEED観察装置、及び応力・歪測定装置などを1つの装置に設けている複合装置において、本発明の非固定式通電加熱ホルダーを用いることで、例えば半導体基板上の薄膜の応力変化と薄膜表面の結晶状態を、同時かつ精確に観察することができる。
【0016】
次に上述の複合装置で使用した本発明の非固定式通電加熱ホルダーの構造と、試料の取付け方について、図4を参照して説明する。図4aのホルダー正面図と図4bのホルダー断面図を参照する。試料ホルダーは、本体(a)、PBN(Pyrolytic Boron Nitride:超高純度窒化ホウ素)板(b)、PBN固定板(c)、モリブデン製の試料設置台座(d1,d2)、台座用ガイシ(e)、試料フック兼電極(電極) (f1,f2)、アース板(g)から構成される。図4c、治具としてスペーサー(h)が付属される。
【0017】
本体にはネジ穴が開いており、ここに試料設置台座をネジで固定する。試料設置台座(d1,d2)は台座用ガイシ(e)を介在させてネジで試料設置台座(d1,d2)に固定される。従って、試料設置台座(d1,d2)は台座用ガイシ(e)によってホルダー本体(a)と電気的に絶縁されている。図4aにおいては、破線が台座用ガイシ(e)を示している。なお、図4bの断面図では、台座用ガイシ(e)を貫通して試料設置台座(d1,d2)をホルダー本体(a)に締結しているネジは示されていない。
【0018】
試料(図示せず)は、2つに分割配置された試料設置台座(d1,d2)に置かれる。また、試料を試料設置台座(d1,d2)に固定するため、それぞれの台座(d1,d2)に対応して試料フック兼電極(電極) (f1,f2)が設けられている。また、試料と電極(f1,f2)間にスペースを設けるため、電極固定時には試料の厚さよりも厚みのある専用のスペーサ(h)が使用される。このスペーサ(h)を図4cに示す。電極(f1,f2)はネジでスペーサ(h)を介して試料設置台座(d1,d2)に固定される(図4b)。その後、スペーサー(h)を取外すことで、試料と電極(f1,f2)間にスペースが生じ、電極(f1,f2)は上下に可動するようになる。
【0019】
電極が可動する最上部には、アース板(g)が設置されている。アース板は台座用ガイシ(e)の中を通る導電性ネジでホルダー本体(a)に固定されている。従って、アース板(g)はホルダー本体(a)に電気的に接地されている。PBN板(b)は、試料の裏からTaヒーターなどによる輻射加熱によって試料を加熱する際、ヒーターからの汚染物蒸着の保護と加熱を均一に行う役割を持つ。PBN板(b)は、本体に設けた溝にはめ込まれ、PBN固定板(c)によって固定されている。試料全体を輻射加熱できるよう、試料サイズより大きいサイズとなっている。
【0020】
次に、図5を参照して、本発明の非固定式通電加熱ホルダーへの試料取付け方法について説明する。
初めに図5a及び図5bに示すようにして、ホルダー本体に固定された試料設置台座(d1,d2)に薄膜成長面を上にして試料を置く。
次に図5cに示されるように、試料フック兼電極(電極) (f1,f2)を試料設置台座(d1,d2)に置きスペーサー(h)を使用して試料-電極間に任意のスペースを設け電極(f1,f2)を設置する。電極(f1,f2)を設置したらスペーサー(h)は取り外す。
最後に図5dに示すように、アース板(g)をネジで本体に固定する。
このように構成することで、電極(f1,f2)でフックされた試料と、電極(f1,f2)自体は、ホルダー本体(a)に固定された試料設置台座(d1,d2)と非固定状態に保持されるので、RHEED観察時にホルダー本体(a)を下向きにすることで、試料は自重によってアース板(g)に接触するようになる。
【0021】
最後に、試料を非固定状態で通電加熱するための、本発明の非固定式通電加熱ホルダーの構造とその動作について、図6及び図7を参照して説明する。
【0022】
図6は、先に説明した複合装置へ、本発明の非固定式通電加熱ホルダーを装着した場合の概略説明図である。また、図7は、本発明の非固定式通電加熱ホルダーを用いて、試料に通電加熱する方法を説明するための図である。
【0023】
図6を参照する。複合装置の主要構成部分である内部応力・RHEED同時観察が可能なMBE真空チャンバーには、直線導入機構付き電極ロッドおよび通電加熱用真空チャンバーが接続されており、通電加熱用真空チャンバーにおいて通電加熱後の試料は、大気圧に曝すことなく、MBE真空チャンバーのマニピュレーターに試料ホルダーを移動し設置することができるようになっている。すなわち、通電加熱された試料は、MBE真空チャンバーにおいて、マニピュレーターによって下向き(90°)に回転させられ、その下向きの角度でRHEED観察が出来るようになっている。
【0024】
次に図7を参照し、通電加熱の方法について説明する。
(1)最初に、図6のB矢視(ビューポート)から電極ロッドと試料ホルダーを観察できるため、目視しながら電極ロッドの位置に試料ホルダーを設置する。
(2)電極ロッドと試料ホルダーの位置合わせの後、電極ロッドと試料ホルダーは離れている状態であるが(通電加熱前)、図7aに示された電極ロッドに付けられた直線導入機構を用いて、試料ホルダーの電極に電極ロッドを徐々に近づけて行く。目視しながら電極ロッドを電極に接触するまで近づける。電極ロッドは、図7bに示される位置に押し当てられる。
(3)すなわち、最終的に電極ロッドで試料を電極ごと試料設置台座に押し当てる(通電加熱状態)。この状態で、通電させることにより清浄表面を作製する。通電加熱前と通電加熱後の電極ロッドの位置、及び電極の位置を図7c及び図7dに示す。なお、図7cは、図7bの円で囲まれた部分の拡大図である。
【符号の説明】
【0025】
a … ホルダー本体
b … PBN板
c … PBN固定板
d1,d2 …試料設置台座
e …台座用ガイシ
f1,f2 …電極
g … アース板
h … スペーサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホルダー本体と、
前記ホルダー本体に、電気的に絶縁した状態で固定設置され、かつ互いに分離した状態で対抗配置されている2個の試料設置台座と、
前記2個の試料設置台座のそれぞれに対応して設けられ、電極間に試料をフックした上で前記試料に通電加熱可能な2個の電極と、
前記2個の電極の位置を、前記試料設置台座に対して垂直方向に摺動自在に保持する電極保持手段と、
前記2個の試料設置台座のそれぞれに対応して設けられ、かつ前記ホルダー本体と電気的に接地されており、前記ホルダー本体が下向きにされた際に、前記試料の重力落下を防止し、同時に前記試料と電気的に接続される爪を備えた2個のアース板、
から構成される非固定式通電加熱ホルダー。
【請求項2】
請求項1に記載の非固定式通電加熱ホルダーにおいて、前記ホルダー本体に関して、前記試料設置側と反対側に設けられた試料加熱用ヒーターを備え、さらに前記ホルダー本体に前記試料よりもその形状が大きなPBN板が取り付けられており、前記試料加熱用ヒーターの熱が前記PBN板を介して前記試料に与えられるように構成されていることを特徴とする非固定式通電加熱ホルダー。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の非固定式通電加熱ホルダーにおいて、前記電極保持手段が前記試料設置台座に設けられた雌ネジに係合して移動する雄ネジであることを特徴とする非固定式通電加熱ホルダー。

【図1】
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【図2】
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【図3a】
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【図3b】
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【図4】
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【図5a】
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【図5b】
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【図5c】
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【図5d】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−58659(P2013−58659A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196724(P2011−196724)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(505374783)独立行政法人日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】