非晶質状炭素膜の表面改質方法
【課題】シランカップリング剤を用いた表面改質の有効性を向上できる非晶質状炭素膜の表面改質方法を提供する。
【解決手段】不活性ガスを用いて非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理するステップと、エッチング処理された非晶質状炭素膜2の表面21を、シランカップリング剤を用いて表面処理するステップとを含む。
【解決手段】不活性ガスを用いて非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理するステップと、エッチング処理された非晶質状炭素膜2の表面21を、シランカップリング剤を用いて表面処理するステップとを含む。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非晶質状炭素膜の表面改質方法に係り、特にシランカップリング剤を用いた非晶質状炭素膜の表面改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド状炭素(DLC)膜等の非晶質状炭素膜は、生体適合性や化学的安定性等の優れた特性を有する。このことから、非晶質状炭素膜を医療用デバイスの表面に形成すること等が期待されている。このとき、非晶質状炭素膜が更に高い生体適合性を得るために、カップリング剤を用いて非晶質状炭素膜の表面処理を行うことが有効である。
【0003】
材料表面の耐水性や耐磨耗性、生体適合性等の特性を新たに付加する後処理手段として、シランカップリング剤が広く応用されている。このため、シランカップリング剤を用いたDLC膜の表面処理等が提案されている(例えば、特許文献1参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−195729号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非晶質状炭素膜の最表面は化学的に安定しているため、単純にシランカップリング剤を用いて非晶質状炭素膜の表面処理を行っても、シランカップリング剤による表面改質の効果が現れず、表面改質を有効に行うことは非常に難しいという問題があった。このため、例えば、シランカップリング剤を用いた表面改質によって、高い生体適合性を有する非晶質状炭素膜を実現することは困難であった。
【0006】
上記問題点を鑑み、本発明は、シランカップリング剤を用いた表面改質の有効性を向上できる非晶質状炭素膜の表面改質方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様によれば、不活性ガスを用いて非晶質状炭素膜の表面をエッチング処理するステップと、エッチング処理された非晶質状炭素膜の表面を、シランカップリング剤を用いて表面処理するステップとを含む非晶質状炭素膜の表面改質方法が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、シランカップリング剤を用いた表面改質の有効性を向上できる非晶質状炭素膜の表面改質方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面改質方法を説明するための工程図である。
【図2】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面改質方法に用いられる製造装置の例を示す模式図である。
【図3】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面処理を行う前の表面状態を示す模式図である。
【図4】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の不活性ガスを用いたエッチング処理中の表面状態を示す模式図である。
【図5】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜をシランカップリング剤で処理する方法を説明するための模式図である。
【図6】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面改質方法における化学反応を説明するための模式図である。
【図7】処理条件が異なるサンプルのXPS分析した結果を示すグラフである。
【図8】処理条件が異なるサンプルの接触角測定した結果を示すグラフである。
【図9】処理条件が異なるサンプルの表面自由エネルギーを示すグラフである。
【図10】接触角測定に用いた溶液の成分値を示す表である。
【図11】処理条件が異なるサンプルの表面粗さを示すグラフである。
【図12】処理条件が異なるサンプルをラマン法で構造評価した結果を示すグラフである。
【図13】非晶質状炭素膜の表面に細胞を培養した状態を示すSEM写真である。
【図14】培養時間の経過に伴う細胞の計数の比較を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
次に、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各層の厚みの比率等は現実のものとは異なることに留意すべきである。したがって、具体的な厚みや寸法は以下の説明を参酌して判断すべきものである。また図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることはもちろんである。
【0011】
また、以下に示す実施形態は、この発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、この発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記のものに特定するものでない。この発明の技術的思想は、特許請求の範囲において、種々の変更を加えることができる。
【0012】
本発明の実施形態に係るダイヤモンド状炭素膜の形成方法は、図1(a)〜図1(b)に示すように、不活性ガスを用いて非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理するステップと、エッチング処理された非晶質状炭素膜2の表面21を、シランカップリング剤を用いて表面処理するステップとを含む。ここで、非晶質状炭素膜2は、例えばDLC膜や四面体アモルファス炭素(ta−C)膜等の、アモルファス炭素膜である。
【0013】
図1(a)では、非晶質状炭素膜2が基板1の基板表面11上に形成されている例を示した。基板1は、シリコン(Si)基板等の半導体基板、ポリマー基板、金属基板、セラミック基板等である。
【0014】
基板1の基板表面11上に非晶質状炭素膜2を形成する方法は、例えば図2に示す高周波プラズマ化学気相成長(CVD)装置により実施可能である。図2に示した高周波プラズマCVD装置では、チャンバー30内にカソード電極31とアノード電極32とが平行に配置されている。基板1は、基板表面11をアノード電極32に向けてカソード電極31上に配置される。ガス導入口33から、メタン(CH4)ガス等の原料ガスがチャンバー30内に導入される。そして、マッチングボックス34を介して、交流電源35により所定の高周波電力をカソード電極31とアノード電極32間に印加してチャンバー30内にプラズマを発生させ、基板1の基板表面11上に非晶質状炭素膜2を形成する。
【0015】
非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理する不活性ガスには、例えばアルゴン(Ar)ガスが採用可能である。以下では、Arガスによって非晶質状炭素膜2の表面21をプラズマエッチング処理する場合を例示的に説明する。
【0016】
図3に、表面処理を行う前の非晶質状炭素膜2の表面21の状態を示す。図3に示すように、例えばCH4ガス等の炭化水素ガスを原料ガスに用いて形成された非晶質状炭素膜2では、一部には未結合手(ダングリングボンド)も存在するが、非晶質状炭素膜2の表面21の結合手は多くが水素原子と結合している。非晶質状炭素膜2の表面21におけるシランカップリング剤を用いた表面改質の有効性を高めるためには、表面21で炭素原子の結合手と結合している水素原子を除去し、非晶質状炭素膜2の表面21に多数の未結合手を生成することが有効である。
【0017】
例えば、図2に示した高周波プラズマCVD装置を用いて、不活性ガスによる非晶質状炭素膜2の表面21のプラズマエッチング処理が実施可能である。即ち、原料ガスとしてチャンバー30に導入した不活性ガスをプラズマにし、表面21のエッチング処理を行う。表面21のプラズマエッチング処理条件は、例えば、不活性ガスにArガスを使用し、ガス圧力を1Pa〜100Pa、エッチング時間を5秒〜15分の範囲に設定する。好適には、ガス圧力を10Pa、エッチング時間を1分に設定する。
【0018】
Arガスによって非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理することにより、図4に示すように、Ar原子が衝突した水素原子と炭素原子の結合手が切り離され、非晶質状炭素膜2の表面21に多数の未結合手が生成される。図4において、結合手から切り離された水素原子を破線で示した。
【0019】
以上では、Arガスを用いたプラズマエッチング処理によって非晶質状炭素膜2の表面21をエッチングする例を説明したが、Arガスの代わりにクリプトン(Kr)ガスやキセノン(Xe)ガス等の他の不活性ガスを使用してもよい。また、表面21をエッチング処理する方法がプラズマエッチング処理に限られないのはもちろんである。例えば、Arイオン等の不活性イオンを用いたイオンボンバードメント処理により表面21をエッチング処理してもよい。不活性ガスによる非晶質状炭素膜2の表面21のエッチング処理条件は、非晶質状炭素膜2の表面21に多数の未結合手が生成され、且つ表面21が物理的なダメージを受けて大きく形状変化することのない範囲に設定することが好ましい。
【0020】
上記のように不活性ガスによってエッチング処理した非晶質状炭素膜2の表面21を、シランカップリング剤で処理する。その処理方法の例を図5に示す。図5は、純水にシランカップリング剤としてアミノシラン(APS)を2%混入した混合溶液40に非晶質状炭素膜2を浸して、非晶質状炭素膜2の表面21の表面処理を行う例である。非晶質状炭素膜2が形成された基板1を混合溶液40に入れた状態で、スラーターにより例えば300rpm程度の速度で混合溶液40を攪拌する。混合溶液40の温度(改質温度)は、低すぎると反応が進まず、高すぎると溶液が蒸発してしまうため、10℃〜100℃位の範囲に設定される。混合溶液40に非晶質状炭素膜2を浸す時間(改質時間)は、非晶質状炭素膜2やシランカップリング剤の種類、混合溶液40の温度等に依存するが、1分〜60分程度に設定される。例えば、改質温度を60℃、改質時間を30分に設定する。
【0021】
上記のようにして非晶質状炭素膜2の表面21をAPSによって改質する場合における化学反応を、図6(a)〜図6(e)に示す。先ず、図6(a)に構造式を示すアミノシランから、加水分解反応によって図6(b)に示すようにシラノールが生成される。更に、縮合反応により、図6(c)に示すオリゴマー状態に変化する。その後、図6(d)に示すように、非晶質状炭素膜2の表面21において水素結合反応が生じ、更に図6(e)に示すように、脱水縮合反応によりカップリング剤としてのAPSが表面21に残り、表面21の改質が完了する。
【0022】
なお、シランカップリング剤として、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、3-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3-フェニルアミノプロピルトリメトキシシラン等が採用可能である。
【0023】
本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜2の表面改質方法の効果を示すために、以下の条件A〜条件Cでそれぞれ作成したサンプルA〜サンプルCについて特性を評価した結果を、図7〜図12に示す。
【0024】
(条件A)非晶質状炭素膜2の表面21をシランカップリング剤で表面処理しない:
(条件B)非晶質状炭素膜2の表面21を、不活性ガスを用いたエッチング処理をせずにシランカップリング剤で表面処理する:
(条件C)非晶質状炭素膜2の表面21を、不活性ガスを用いてエッチング処理をした後にシランカップリング剤で表面処理する。
【0025】
図7〜図12において、サンプルA〜サンプルCの特性を、それぞれ「A」、「B」、「C」の符号を付して示す。
【0026】
なお、非晶質状炭素膜2は、図2に示した高周波プラズマCVD装置を用いて、図1(a)に示すように基板1の基板表面11上に形成した。具体的には、メタンガスを原料ガスに使用し、ガス圧力を10Pa、供給電力を100W、自己バイアス電圧を−240V、成膜時間を30分の条件により、非晶質状炭素膜2として膜厚300nmのDLC膜を基板1の基板表面11上に形成した。基板1にはSi基板を使用した。
【0027】
表面21の不活性ガスを用いたエッチング処理には、図4を参照して説明したArガスによるプラズマエッチング処理を採用した。原料ガスにArガスを使用し、ガス圧力を10Pa、供給電力を100W、自己バイアス電圧を−240V、エッチング時間を1分とした。
【0028】
また、シランカップリング剤を用いた表面処理は、図5を参照して説明したのと同様にAPSを用いて行った。APSを2%混入した混合溶液40の改質温度を60℃、混合溶液40を攪拌する速度を300rpm、改質時間を30分とした。
【0029】
図7(a)〜図7(c)に、サンプルA〜サンプルCについてX線光電子分光(XPS)による化学結合状態を分析した結果をそれぞれ示す。図7(a)〜図7(c)の縦軸は強度(任意単位)、横軸は結合エネルギーである。なお、図7(a)〜図7(c)それぞれにおいて4つの分析結果を示したが、左側から順に、「炭素1sピーク」、「酸素1sピーク」、「シリコン2p3/2ピーク」、「窒素1sピーク」を示すグラフである。
【0030】
図7(a)に示したサンプルAの分析結果の元素比(atm.%)は、C1s:O1s:Si2p3/2:N1s=88:12:0:0である。図7(b)に示したサンプルBの分析結果の元素比は、C1s:O1s:Si2p3/2:N1s=72:23:3:2である。図7(c)に示したサンプルCの分析結果の元素比は、C1s:O1s:Si2p3/2:N1s=45:38:8:9である。図7(a)と図7(c)とを比較すると明らかなように、条件CのサンプルCにおいて、条件AのサンプルAでは観察されなかったシリコン(Si)及び窒素(N)のピークが観察された。図7(b)に示したように、条件BのサンプルBにおいてもシリコン及び窒素が若干観察されるが、サンプルCが示すような大きなピークは観察されない。
【0031】
上記のように、サンプルCにおいてAPS特有のシリコン及び窒素のピークが観察されることから、シランカップリング剤を用いた非晶質状炭素膜2の表面21の表面改質が条件Cによって有効に行われ、表面21にカップリング剤としてAPSが存在することが確認された。
【0032】
図8に、θ/2法による接触角測定によって非晶質状炭素膜2の表面21の濡れ性を評価した結果を示す。図8において、「a」は純水を表面21に滴下して接触角を測定した結果を示し、「b」はエチレングリコールを表面21に滴下して接触角を測定した結果を示す。液量は2μリットル、温度は20℃とした。図示した測定結果は、測定回数3回の平均値と標準偏差である。
【0033】
図8に示したように、サンプルAとサンプルBの接触角の差は小さい。しかし、サンプルAとサンプルCの接触角の差は大きく、サンプルCの接触角は、サンプルAより純水では約36°、エチレングリコールでは約20°小さい。つまり、条件Cによって濡れ性が親水性側にシフトしている。このことから、不活性ガスを用いて表面21をエッチング処理することにより、その後に行われるシランカップリング剤での表面処理によって非晶質状炭素膜2の表面21が有効に改質されていることが確認された。
【0034】
図9に、接触角測定の結果に基づき、ヤング式とオーウェンス式からサンプルA〜サンプルCの表面自由エネルギーを算出した結果を示す。図9に示したように、サンプルAとサンプルBの表面自由エネルギーの差は小さいが、サンプルAとサンプルCの表面自由エネルギーの差は大きく、サンプルCの表面自由エネルギーはサンプルAより24mJ/m2程度大きい。つまり、不活性ガスを用いて表面21をエッチング処理した後にシランカップリング剤で表面処理することにより、非晶質状炭素膜2の表面自由エネルギーが大きくなる。
【0035】
一般に、表面自由エネルギーが小さいほど、液体の分子間力が強く影響し、撥水性になるといわれている。このため、図8に示した条件Cによる接触角の減少は、表面自由エネルギーの増大に起因すると推定される。つまり、不活性ガスを用いたエッチング処理をしない条件Bではシランカップリング剤による表面21の改質が有効に行われず、一方、条件Cではシランカップリング剤による表面21の改質がなされている。
【0036】
なお、表面自由エネルギーを算出するためにヤング式とオーウェンス式から求めた、接触角測定に用いた純水とエチレングリコールの成分値を図10に示す。γLは液体の表面張力、γLdは液体の表面自由エネルギーの分散成分、γLρは、液体の表面自由エネルギーの極性成分である。
【0037】
図11に、表面21についてサンプルA〜サンプルCの表面粗さを原子間力顕微鏡(AFM)によって測定した結果を示す。図11に示すように、サンプルA〜サンプルCで表面粗さの差はほとんどない。つまり、条件Cでは不活性ガスを用いて表面21のエッチング処理を行っているが、表面21の形状に影響を与えてはいない。したがって、サンプルA〜サンプルCの表面21における特性差は表面形状の差によるものではなく、表面21での化学反応の差によるものである。
【0038】
また、図12に、ラマン法によってサンプルA〜サンプルCの構造を評価した結果を示す。図12に示したラマンスペクトルは、縦軸がラマン散乱強度(任意単位)、横軸がラマンシフト(単位は波数)のグラフである。図12に示したように、サンプルA〜サンプルCのラマンスペクトルの形状に差異は見られず、非晶質状炭素膜2の構造は、条件A〜条件Cの差異によって影響を受けないことが確認された。
【0039】
なお、図12に示したグラフでは、グラファイト構造に依存するG−band強度に対する非晶質構造に依存するD−band強度の比ID/IGは、サンプルAが0.54、サンプルBが0.56、サンプルCが0.55であり、ほぼ同一である。
【0040】
図13(a)〜図13(b)に、非晶質状炭素膜2の表面21上に細胞を培養した状態を示す。図13(a)はArガスを用いてプラズマエッチング処理を行ったがシランカップリング剤による表面21の改質を行っていない場合の表面21のSEM写真であり、図13(b)はArガスを用いて非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理した後にシランカップリング剤で表面処理した場合の表面21のSEM写真である。培養した細胞はマウス繊維芽細胞(NIH−3T3)、培養液はD−MEM、培養時間は96時間である。
【0041】
図13(a)に示したSEM写真では、細胞の分布は部分的であり、下地の表面21が広く露出している。これに対し、図13(b)に示したSEM写真では、下地の表面21が見えないほど細胞が広く分布している。つまり、不揮発性ガスを用いたエッチング処理をした後にシランカップリング剤で表面21を表面処理することにより、表面21が改質され、表面21の細胞親和性が大幅に向上する。
【0042】
図14に、シランカップリング剤による表面処理の有無による、培養時間の経過に伴う細胞の計数の比較を示す。図14中の「a」は理想的な状態で培地上に細胞を培養した参照試料(control)の細胞の計数、「b」はArガスを用いたプラズマエッチング処理後にAPSを用いて表面改質処理を行った非晶質状炭素膜2の表面21上で培養した細胞の計数、「c」はArガスを用いてプラズマエッチング処理を行ったがシランカップリング剤で表面処理していない非晶質状炭素膜2の表面21上で培養した細胞の計数である。図示した計数は、光学顕微鏡により計測した3回の平均値と標準偏差である。
【0043】
図14に示したように、プラズマエッチング処理後にシランカップリング剤で表面21を改質した非晶質状炭素膜2上で培養された細胞の計数(b)は、理想的な状態で培養した場合の細胞の計数(a)に近く、シランカップリング剤で表面処理していない非晶質状炭素膜2上で培養された細胞の計数(c)より大きい。つまり、図14に示したデータは、図13(a)と図13(b)に示した表面21における細胞の状態の違いを裏付けるものである。即ち、プラズマエッチング処理後にAPSを用いて表面改質処理を行った試料の細胞親和性は、Arガスを用いたプラズマエッチング処理のみを行いAPS処理を行わない試料の細胞親和性に比較して、参照試料の細胞親和性に近いことが確認された。
【0044】
また、図11を参照して説明したように、不揮発性ガスを用いたエッチング処理或いはシランカップリング剤による表面処理による表面形状の差はない。このため、表面形状の粗さによって表面21に広く細胞が付着しているのではなく、表面21の改質によって細胞親和性が向上しているといえる。
【0045】
以上に説明したように、本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面改質方法では、不活性ガスを用いてエッチング処理した後に、非晶質状炭素膜2の表面21をシランカップリング剤で処理することにより、シランカップリング剤による表面改質が有効に行われる。つまり、不活性ガスを用いたエッチング処理により、シランカップリング剤を用いた表面改質の有効性を向上することができる。その結果、例えば非晶質状炭素膜2の表面21の細胞親和性が大幅に向上し、高い生体適合性を有する非晶質状炭素膜2を実現できる。
【0046】
(その他の実施形態)
上記のように、本発明は実施形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0047】
既に述べた実施形態の説明においては、非晶質状炭素膜2が基板1の基板表面11上に形成されている例を示しているが、非晶質状炭素膜2が形成されるのは平面上に限定されない。例えば、3次元構造物の表面に非晶質状炭素膜2を形成してもよい。
【0048】
このように、本発明はここでは記載していない様々な実施形態等を含むことはもちろんである。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の非晶質状炭素膜の表面改質方法は、医療用デバイスの表面等に形成される非晶質状炭素膜の表面改質処理に関するものである。
【符号の説明】
【0050】
1…基板
2…非晶質状炭素膜
11…基板表面
21…表面
30…チャンバー
31…カソード電極
32…アノード電極
33…ガス導入口
34…マッチングボックス
35…交流電源
40…混合溶液
【技術分野】
【0001】
本発明は、非晶質状炭素膜の表面改質方法に係り、特にシランカップリング剤を用いた非晶質状炭素膜の表面改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド状炭素(DLC)膜等の非晶質状炭素膜は、生体適合性や化学的安定性等の優れた特性を有する。このことから、非晶質状炭素膜を医療用デバイスの表面に形成すること等が期待されている。このとき、非晶質状炭素膜が更に高い生体適合性を得るために、カップリング剤を用いて非晶質状炭素膜の表面処理を行うことが有効である。
【0003】
材料表面の耐水性や耐磨耗性、生体適合性等の特性を新たに付加する後処理手段として、シランカップリング剤が広く応用されている。このため、シランカップリング剤を用いたDLC膜の表面処理等が提案されている(例えば、特許文献1参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−195729号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非晶質状炭素膜の最表面は化学的に安定しているため、単純にシランカップリング剤を用いて非晶質状炭素膜の表面処理を行っても、シランカップリング剤による表面改質の効果が現れず、表面改質を有効に行うことは非常に難しいという問題があった。このため、例えば、シランカップリング剤を用いた表面改質によって、高い生体適合性を有する非晶質状炭素膜を実現することは困難であった。
【0006】
上記問題点を鑑み、本発明は、シランカップリング剤を用いた表面改質の有効性を向上できる非晶質状炭素膜の表面改質方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様によれば、不活性ガスを用いて非晶質状炭素膜の表面をエッチング処理するステップと、エッチング処理された非晶質状炭素膜の表面を、シランカップリング剤を用いて表面処理するステップとを含む非晶質状炭素膜の表面改質方法が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、シランカップリング剤を用いた表面改質の有効性を向上できる非晶質状炭素膜の表面改質方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面改質方法を説明するための工程図である。
【図2】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面改質方法に用いられる製造装置の例を示す模式図である。
【図3】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面処理を行う前の表面状態を示す模式図である。
【図4】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の不活性ガスを用いたエッチング処理中の表面状態を示す模式図である。
【図5】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜をシランカップリング剤で処理する方法を説明するための模式図である。
【図6】本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面改質方法における化学反応を説明するための模式図である。
【図7】処理条件が異なるサンプルのXPS分析した結果を示すグラフである。
【図8】処理条件が異なるサンプルの接触角測定した結果を示すグラフである。
【図9】処理条件が異なるサンプルの表面自由エネルギーを示すグラフである。
【図10】接触角測定に用いた溶液の成分値を示す表である。
【図11】処理条件が異なるサンプルの表面粗さを示すグラフである。
【図12】処理条件が異なるサンプルをラマン法で構造評価した結果を示すグラフである。
【図13】非晶質状炭素膜の表面に細胞を培養した状態を示すSEM写真である。
【図14】培養時間の経過に伴う細胞の計数の比較を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
次に、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各層の厚みの比率等は現実のものとは異なることに留意すべきである。したがって、具体的な厚みや寸法は以下の説明を参酌して判断すべきものである。また図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることはもちろんである。
【0011】
また、以下に示す実施形態は、この発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、この発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記のものに特定するものでない。この発明の技術的思想は、特許請求の範囲において、種々の変更を加えることができる。
【0012】
本発明の実施形態に係るダイヤモンド状炭素膜の形成方法は、図1(a)〜図1(b)に示すように、不活性ガスを用いて非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理するステップと、エッチング処理された非晶質状炭素膜2の表面21を、シランカップリング剤を用いて表面処理するステップとを含む。ここで、非晶質状炭素膜2は、例えばDLC膜や四面体アモルファス炭素(ta−C)膜等の、アモルファス炭素膜である。
【0013】
図1(a)では、非晶質状炭素膜2が基板1の基板表面11上に形成されている例を示した。基板1は、シリコン(Si)基板等の半導体基板、ポリマー基板、金属基板、セラミック基板等である。
【0014】
基板1の基板表面11上に非晶質状炭素膜2を形成する方法は、例えば図2に示す高周波プラズマ化学気相成長(CVD)装置により実施可能である。図2に示した高周波プラズマCVD装置では、チャンバー30内にカソード電極31とアノード電極32とが平行に配置されている。基板1は、基板表面11をアノード電極32に向けてカソード電極31上に配置される。ガス導入口33から、メタン(CH4)ガス等の原料ガスがチャンバー30内に導入される。そして、マッチングボックス34を介して、交流電源35により所定の高周波電力をカソード電極31とアノード電極32間に印加してチャンバー30内にプラズマを発生させ、基板1の基板表面11上に非晶質状炭素膜2を形成する。
【0015】
非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理する不活性ガスには、例えばアルゴン(Ar)ガスが採用可能である。以下では、Arガスによって非晶質状炭素膜2の表面21をプラズマエッチング処理する場合を例示的に説明する。
【0016】
図3に、表面処理を行う前の非晶質状炭素膜2の表面21の状態を示す。図3に示すように、例えばCH4ガス等の炭化水素ガスを原料ガスに用いて形成された非晶質状炭素膜2では、一部には未結合手(ダングリングボンド)も存在するが、非晶質状炭素膜2の表面21の結合手は多くが水素原子と結合している。非晶質状炭素膜2の表面21におけるシランカップリング剤を用いた表面改質の有効性を高めるためには、表面21で炭素原子の結合手と結合している水素原子を除去し、非晶質状炭素膜2の表面21に多数の未結合手を生成することが有効である。
【0017】
例えば、図2に示した高周波プラズマCVD装置を用いて、不活性ガスによる非晶質状炭素膜2の表面21のプラズマエッチング処理が実施可能である。即ち、原料ガスとしてチャンバー30に導入した不活性ガスをプラズマにし、表面21のエッチング処理を行う。表面21のプラズマエッチング処理条件は、例えば、不活性ガスにArガスを使用し、ガス圧力を1Pa〜100Pa、エッチング時間を5秒〜15分の範囲に設定する。好適には、ガス圧力を10Pa、エッチング時間を1分に設定する。
【0018】
Arガスによって非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理することにより、図4に示すように、Ar原子が衝突した水素原子と炭素原子の結合手が切り離され、非晶質状炭素膜2の表面21に多数の未結合手が生成される。図4において、結合手から切り離された水素原子を破線で示した。
【0019】
以上では、Arガスを用いたプラズマエッチング処理によって非晶質状炭素膜2の表面21をエッチングする例を説明したが、Arガスの代わりにクリプトン(Kr)ガスやキセノン(Xe)ガス等の他の不活性ガスを使用してもよい。また、表面21をエッチング処理する方法がプラズマエッチング処理に限られないのはもちろんである。例えば、Arイオン等の不活性イオンを用いたイオンボンバードメント処理により表面21をエッチング処理してもよい。不活性ガスによる非晶質状炭素膜2の表面21のエッチング処理条件は、非晶質状炭素膜2の表面21に多数の未結合手が生成され、且つ表面21が物理的なダメージを受けて大きく形状変化することのない範囲に設定することが好ましい。
【0020】
上記のように不活性ガスによってエッチング処理した非晶質状炭素膜2の表面21を、シランカップリング剤で処理する。その処理方法の例を図5に示す。図5は、純水にシランカップリング剤としてアミノシラン(APS)を2%混入した混合溶液40に非晶質状炭素膜2を浸して、非晶質状炭素膜2の表面21の表面処理を行う例である。非晶質状炭素膜2が形成された基板1を混合溶液40に入れた状態で、スラーターにより例えば300rpm程度の速度で混合溶液40を攪拌する。混合溶液40の温度(改質温度)は、低すぎると反応が進まず、高すぎると溶液が蒸発してしまうため、10℃〜100℃位の範囲に設定される。混合溶液40に非晶質状炭素膜2を浸す時間(改質時間)は、非晶質状炭素膜2やシランカップリング剤の種類、混合溶液40の温度等に依存するが、1分〜60分程度に設定される。例えば、改質温度を60℃、改質時間を30分に設定する。
【0021】
上記のようにして非晶質状炭素膜2の表面21をAPSによって改質する場合における化学反応を、図6(a)〜図6(e)に示す。先ず、図6(a)に構造式を示すアミノシランから、加水分解反応によって図6(b)に示すようにシラノールが生成される。更に、縮合反応により、図6(c)に示すオリゴマー状態に変化する。その後、図6(d)に示すように、非晶質状炭素膜2の表面21において水素結合反応が生じ、更に図6(e)に示すように、脱水縮合反応によりカップリング剤としてのAPSが表面21に残り、表面21の改質が完了する。
【0022】
なお、シランカップリング剤として、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、3-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3-フェニルアミノプロピルトリメトキシシラン等が採用可能である。
【0023】
本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜2の表面改質方法の効果を示すために、以下の条件A〜条件Cでそれぞれ作成したサンプルA〜サンプルCについて特性を評価した結果を、図7〜図12に示す。
【0024】
(条件A)非晶質状炭素膜2の表面21をシランカップリング剤で表面処理しない:
(条件B)非晶質状炭素膜2の表面21を、不活性ガスを用いたエッチング処理をせずにシランカップリング剤で表面処理する:
(条件C)非晶質状炭素膜2の表面21を、不活性ガスを用いてエッチング処理をした後にシランカップリング剤で表面処理する。
【0025】
図7〜図12において、サンプルA〜サンプルCの特性を、それぞれ「A」、「B」、「C」の符号を付して示す。
【0026】
なお、非晶質状炭素膜2は、図2に示した高周波プラズマCVD装置を用いて、図1(a)に示すように基板1の基板表面11上に形成した。具体的には、メタンガスを原料ガスに使用し、ガス圧力を10Pa、供給電力を100W、自己バイアス電圧を−240V、成膜時間を30分の条件により、非晶質状炭素膜2として膜厚300nmのDLC膜を基板1の基板表面11上に形成した。基板1にはSi基板を使用した。
【0027】
表面21の不活性ガスを用いたエッチング処理には、図4を参照して説明したArガスによるプラズマエッチング処理を採用した。原料ガスにArガスを使用し、ガス圧力を10Pa、供給電力を100W、自己バイアス電圧を−240V、エッチング時間を1分とした。
【0028】
また、シランカップリング剤を用いた表面処理は、図5を参照して説明したのと同様にAPSを用いて行った。APSを2%混入した混合溶液40の改質温度を60℃、混合溶液40を攪拌する速度を300rpm、改質時間を30分とした。
【0029】
図7(a)〜図7(c)に、サンプルA〜サンプルCについてX線光電子分光(XPS)による化学結合状態を分析した結果をそれぞれ示す。図7(a)〜図7(c)の縦軸は強度(任意単位)、横軸は結合エネルギーである。なお、図7(a)〜図7(c)それぞれにおいて4つの分析結果を示したが、左側から順に、「炭素1sピーク」、「酸素1sピーク」、「シリコン2p3/2ピーク」、「窒素1sピーク」を示すグラフである。
【0030】
図7(a)に示したサンプルAの分析結果の元素比(atm.%)は、C1s:O1s:Si2p3/2:N1s=88:12:0:0である。図7(b)に示したサンプルBの分析結果の元素比は、C1s:O1s:Si2p3/2:N1s=72:23:3:2である。図7(c)に示したサンプルCの分析結果の元素比は、C1s:O1s:Si2p3/2:N1s=45:38:8:9である。図7(a)と図7(c)とを比較すると明らかなように、条件CのサンプルCにおいて、条件AのサンプルAでは観察されなかったシリコン(Si)及び窒素(N)のピークが観察された。図7(b)に示したように、条件BのサンプルBにおいてもシリコン及び窒素が若干観察されるが、サンプルCが示すような大きなピークは観察されない。
【0031】
上記のように、サンプルCにおいてAPS特有のシリコン及び窒素のピークが観察されることから、シランカップリング剤を用いた非晶質状炭素膜2の表面21の表面改質が条件Cによって有効に行われ、表面21にカップリング剤としてAPSが存在することが確認された。
【0032】
図8に、θ/2法による接触角測定によって非晶質状炭素膜2の表面21の濡れ性を評価した結果を示す。図8において、「a」は純水を表面21に滴下して接触角を測定した結果を示し、「b」はエチレングリコールを表面21に滴下して接触角を測定した結果を示す。液量は2μリットル、温度は20℃とした。図示した測定結果は、測定回数3回の平均値と標準偏差である。
【0033】
図8に示したように、サンプルAとサンプルBの接触角の差は小さい。しかし、サンプルAとサンプルCの接触角の差は大きく、サンプルCの接触角は、サンプルAより純水では約36°、エチレングリコールでは約20°小さい。つまり、条件Cによって濡れ性が親水性側にシフトしている。このことから、不活性ガスを用いて表面21をエッチング処理することにより、その後に行われるシランカップリング剤での表面処理によって非晶質状炭素膜2の表面21が有効に改質されていることが確認された。
【0034】
図9に、接触角測定の結果に基づき、ヤング式とオーウェンス式からサンプルA〜サンプルCの表面自由エネルギーを算出した結果を示す。図9に示したように、サンプルAとサンプルBの表面自由エネルギーの差は小さいが、サンプルAとサンプルCの表面自由エネルギーの差は大きく、サンプルCの表面自由エネルギーはサンプルAより24mJ/m2程度大きい。つまり、不活性ガスを用いて表面21をエッチング処理した後にシランカップリング剤で表面処理することにより、非晶質状炭素膜2の表面自由エネルギーが大きくなる。
【0035】
一般に、表面自由エネルギーが小さいほど、液体の分子間力が強く影響し、撥水性になるといわれている。このため、図8に示した条件Cによる接触角の減少は、表面自由エネルギーの増大に起因すると推定される。つまり、不活性ガスを用いたエッチング処理をしない条件Bではシランカップリング剤による表面21の改質が有効に行われず、一方、条件Cではシランカップリング剤による表面21の改質がなされている。
【0036】
なお、表面自由エネルギーを算出するためにヤング式とオーウェンス式から求めた、接触角測定に用いた純水とエチレングリコールの成分値を図10に示す。γLは液体の表面張力、γLdは液体の表面自由エネルギーの分散成分、γLρは、液体の表面自由エネルギーの極性成分である。
【0037】
図11に、表面21についてサンプルA〜サンプルCの表面粗さを原子間力顕微鏡(AFM)によって測定した結果を示す。図11に示すように、サンプルA〜サンプルCで表面粗さの差はほとんどない。つまり、条件Cでは不活性ガスを用いて表面21のエッチング処理を行っているが、表面21の形状に影響を与えてはいない。したがって、サンプルA〜サンプルCの表面21における特性差は表面形状の差によるものではなく、表面21での化学反応の差によるものである。
【0038】
また、図12に、ラマン法によってサンプルA〜サンプルCの構造を評価した結果を示す。図12に示したラマンスペクトルは、縦軸がラマン散乱強度(任意単位)、横軸がラマンシフト(単位は波数)のグラフである。図12に示したように、サンプルA〜サンプルCのラマンスペクトルの形状に差異は見られず、非晶質状炭素膜2の構造は、条件A〜条件Cの差異によって影響を受けないことが確認された。
【0039】
なお、図12に示したグラフでは、グラファイト構造に依存するG−band強度に対する非晶質構造に依存するD−band強度の比ID/IGは、サンプルAが0.54、サンプルBが0.56、サンプルCが0.55であり、ほぼ同一である。
【0040】
図13(a)〜図13(b)に、非晶質状炭素膜2の表面21上に細胞を培養した状態を示す。図13(a)はArガスを用いてプラズマエッチング処理を行ったがシランカップリング剤による表面21の改質を行っていない場合の表面21のSEM写真であり、図13(b)はArガスを用いて非晶質状炭素膜2の表面21をエッチング処理した後にシランカップリング剤で表面処理した場合の表面21のSEM写真である。培養した細胞はマウス繊維芽細胞(NIH−3T3)、培養液はD−MEM、培養時間は96時間である。
【0041】
図13(a)に示したSEM写真では、細胞の分布は部分的であり、下地の表面21が広く露出している。これに対し、図13(b)に示したSEM写真では、下地の表面21が見えないほど細胞が広く分布している。つまり、不揮発性ガスを用いたエッチング処理をした後にシランカップリング剤で表面21を表面処理することにより、表面21が改質され、表面21の細胞親和性が大幅に向上する。
【0042】
図14に、シランカップリング剤による表面処理の有無による、培養時間の経過に伴う細胞の計数の比較を示す。図14中の「a」は理想的な状態で培地上に細胞を培養した参照試料(control)の細胞の計数、「b」はArガスを用いたプラズマエッチング処理後にAPSを用いて表面改質処理を行った非晶質状炭素膜2の表面21上で培養した細胞の計数、「c」はArガスを用いてプラズマエッチング処理を行ったがシランカップリング剤で表面処理していない非晶質状炭素膜2の表面21上で培養した細胞の計数である。図示した計数は、光学顕微鏡により計測した3回の平均値と標準偏差である。
【0043】
図14に示したように、プラズマエッチング処理後にシランカップリング剤で表面21を改質した非晶質状炭素膜2上で培養された細胞の計数(b)は、理想的な状態で培養した場合の細胞の計数(a)に近く、シランカップリング剤で表面処理していない非晶質状炭素膜2上で培養された細胞の計数(c)より大きい。つまり、図14に示したデータは、図13(a)と図13(b)に示した表面21における細胞の状態の違いを裏付けるものである。即ち、プラズマエッチング処理後にAPSを用いて表面改質処理を行った試料の細胞親和性は、Arガスを用いたプラズマエッチング処理のみを行いAPS処理を行わない試料の細胞親和性に比較して、参照試料の細胞親和性に近いことが確認された。
【0044】
また、図11を参照して説明したように、不揮発性ガスを用いたエッチング処理或いはシランカップリング剤による表面処理による表面形状の差はない。このため、表面形状の粗さによって表面21に広く細胞が付着しているのではなく、表面21の改質によって細胞親和性が向上しているといえる。
【0045】
以上に説明したように、本発明の実施形態に係る非晶質状炭素膜の表面改質方法では、不活性ガスを用いてエッチング処理した後に、非晶質状炭素膜2の表面21をシランカップリング剤で処理することにより、シランカップリング剤による表面改質が有効に行われる。つまり、不活性ガスを用いたエッチング処理により、シランカップリング剤を用いた表面改質の有効性を向上することができる。その結果、例えば非晶質状炭素膜2の表面21の細胞親和性が大幅に向上し、高い生体適合性を有する非晶質状炭素膜2を実現できる。
【0046】
(その他の実施形態)
上記のように、本発明は実施形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0047】
既に述べた実施形態の説明においては、非晶質状炭素膜2が基板1の基板表面11上に形成されている例を示しているが、非晶質状炭素膜2が形成されるのは平面上に限定されない。例えば、3次元構造物の表面に非晶質状炭素膜2を形成してもよい。
【0048】
このように、本発明はここでは記載していない様々な実施形態等を含むことはもちろんである。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の非晶質状炭素膜の表面改質方法は、医療用デバイスの表面等に形成される非晶質状炭素膜の表面改質処理に関するものである。
【符号の説明】
【0050】
1…基板
2…非晶質状炭素膜
11…基板表面
21…表面
30…チャンバー
31…カソード電極
32…アノード電極
33…ガス導入口
34…マッチングボックス
35…交流電源
40…混合溶液
【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性ガスを用いて非晶質状炭素膜の表面をエッチング処理するステップと、
前記エッチング処理された前記非晶質状炭素膜の表面を、シランカップリング剤を用いて表面処理するステップと
を含むことを特徴とする非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【請求項2】
前記エッチング処理がプラズマエッチング処理であることを特徴とする請求項1に記載の非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【請求項3】
前記不活性ガスがアルゴンガスであることを特徴とする請求項1又は2に記載の非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【請求項4】
前記エッチング処理によって前記非晶質状炭素膜の表面に未結合手を生成することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【請求項5】
前記非晶質状炭素膜がダイヤモンド状炭素膜であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【請求項1】
不活性ガスを用いて非晶質状炭素膜の表面をエッチング処理するステップと、
前記エッチング処理された前記非晶質状炭素膜の表面を、シランカップリング剤を用いて表面処理するステップと
を含むことを特徴とする非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【請求項2】
前記エッチング処理がプラズマエッチング処理であることを特徴とする請求項1に記載の非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【請求項3】
前記不活性ガスがアルゴンガスであることを特徴とする請求項1又は2に記載の非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【請求項4】
前記エッチング処理によって前記非晶質状炭素膜の表面に未結合手を生成することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【請求項5】
前記非晶質状炭素膜がダイヤモンド状炭素膜であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の非晶質状炭素膜の表面改質方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図13】
【公開番号】特開2010−202466(P2010−202466A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−50836(P2009−50836)
【出願日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(800000068)学校法人東京電機大学 (112)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(800000068)学校法人東京電機大学 (112)
【Fターム(参考)】
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