説明

非線形顕微鏡

【課題】非線形光学効果により試料から発せられる物体光の位相情報を取得する。
【解決手段】非線形顕微鏡101は、励起光ω1,ω2を試料102に照射し、非線形光学効果により試料102から発せられる非線形物体光を観察するための顕微鏡である。非線形顕微鏡101は、試料102の観察面において励起光ω1,ω2を走査するガルバノミラー119と、非線形物体光と同じ角振動数の参照光ωrの位相をシフトする位相シフタ117と、非線形物体光と参照光ωrとの干渉光を検出する検出器122とを備え、位相シフタ117は、観察面における励起光ω1,ω2の集光位置がx軸方向に所定の距離だけ移動する毎に、参照光ωrの位相を90度ずつシフトする。本発明は、例えば、非線形レーザ走査顕微鏡に適用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非線形顕微鏡に関し、特に、非線形光学効果により試料から発せられる物体光の位相情報を取得できるようにした非線形顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、生体試料の3次元画像を得るために共焦点顕微鏡が広く使用されている。また、共焦点顕微鏡は、物質と光の線形現象である蛍光を観察するものであるが、最近この技術を応用して、物質と光の非線形現象を利用する非線形顕微鏡の研究が盛んに行われている。代表的な非線形顕微鏡として、2光子蛍光、第2高調波(SHG)、第3高調波(THG)、コヒーレントアンチストークスラマン散乱(CARS)などを利用したものがある。
【0003】
従来の非線形顕微鏡は、試料の観察したい面(以下、観察面と称する)上で励起光を走査しながら、非線形光学効果により試料から発せられる光(以下、非線形物体光と称する)を検出し、検出した非線形物体光の強度を示す電気信号の強度を2次元にマッピングすることにより、2次元の観察画像を得ている。また、観察面を励起光の光軸方向に移動させながら、各観察面において観察画像を取得し、重ね合わせることにより3次元の観察画像を得ることができる。
【0004】
非線形顕微鏡は、近赤外光を用いて試料を励起するので、可視光では届かなかった試料の深部の情報を取り出すことが可能である。また、非線形顕微鏡は、共焦点顕微鏡とは異なり、観察像の明るさを確保するために検出側のピンホールを開放しても、奥行き分解能を良好に保つことができる。
【0005】
しかしながら、従来の非線形顕微鏡では、非線形物体光の位相情報を取り出すことはできなかった。しかし、2光子励起のような非線形インコヒーレント現象を利用する非線形顕微鏡は別にして、SHG、THG、CARS等の非線形コヒーレント現象を利用する非線形顕微鏡に対しては、非線形物体光の強度情報だけでなく、位相情報も検出できるようにすることが要望されている。
【0006】
例えば、CARSを利用した非線形顕微鏡(以下、CARS顕微鏡と称する)について考える。CARS顕微鏡では、角振動数(角速度)がω1およびω2(ただし、ω1>ω2)の2種類の波長が異なるパルス状の励起光ω1および励起光ω2が用いられる。そして、励起光ω1および励起光ω2が照射された試料において、励起光ω1と励起光ω2の角振動数の差(ω1−ω2)と一致する角振動数の振動モードを有する分子から、共鳴過程による光(以下、CARS光と称する)が発せられ、他の分子から非共鳴過程(4光波混合)による光(以下、非共鳴光と称する)が発せられる。CARS光は、例えば、観察対象となる試料の特定の分子から発せられ、非共鳴光は、例えば、主に試料を浸している水から発せられる。CARS顕微鏡で検出される非線形物体光には、このCARS光と非共鳴光が含まれる。
【0007】
より具体的には、図1に示されるように、共鳴過程では、分子の状態が、励起光ω1により基底状態から中間状態1に遷移した後、励起光ω2により励起状態に遷移し、さらに励起光ω1により中間状態2に遷移した後、基底状態に戻るときに、角振動数ωrのCARS光が発せられる。一方、非共鳴過程では、分子の状態が、2つの励起光ω1により中間状態3に遷移し、さらに励起光ω2により基底状態に戻るときに、角振動数ωrの非共鳴光が発せられる。CARS光と非共鳴光は、角振動数が同じωrであり、同じ波長となるが、位相が90度ずれている。
【0008】
非共鳴光は、背景光となってCARS光の検出を妨げるため、例えば、CARS光と非共鳴光とを分離して観察できるように、CARS光と非共鳴光を含む非線形物体光の位相情報を取得できるようにすることが望まれている。
【0009】
また、従来、ホモダインCARS顕微鏡が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。このホモダインCARS顕微鏡では、非線形物体光(試料の3次非線形感受率χ(3))の複素振幅の実部に基づく画像、すなわち、CARS光のみに基づく画像を取得することができる。また、このホモダインCARS顕微鏡では、非線形物体光の複素振幅の実部の絶対値と虚部の絶対値を2回に分けて測定することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Eric O. Potma, Conor L. Evans, and X. Sunney Xie, “Heterodyne coherent anti-Stokes Raman scattering (CARS) imaging”, Optics Letters, Vol. 31, No.2, 2006年1月, p. 241-243
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、非特許文献1に記載されているホモダインCARS顕微鏡では、非線形物体光の複素振幅の実部の絶対値と虚部の絶対値を取得することは可能であるが、位相情報を取得することはできない。
【0012】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、非線形物体光の複素振幅を取得できるようにするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の側面の非線形顕微鏡は、励起光を試料に照射し、非線形光学効果により前記試料から発せられる非線形物体光を観察する非線形顕微鏡であって、前記試料の観察面において前記励起光を走査する走査手段と、前記非線形物体光と同じ角振動数の参照光の位相をシフトする位相シフト手段と、前記非線形物体光と前記参照光との第1の干渉光を検出する検出手段とを備え、前記位相シフト手段は、前記観察面における前記励起光の位置が所定の方向に所定の距離だけ移動する毎に、前記参照光の位相を所定の角度ずつシフトすることを特徴とする。
【0014】
本発明の第1の側面においては、試料の観察面において励起光が走査され、非線形光学効果により試料から発せられる非線形物体光と同じ角振動数の参照光の位相が、観察面における励起光の位置が所定の方向に所定の距離だけ移動する毎に、所定の角度ずつシフトされ、非線形物体光と参照光との第1の干渉光が検出される。
【0015】
本発明の第2の側面の非線形顕微鏡は、励起光を試料に照射し、非線形光学効果により前記試料から発せられる非線形物体光を観察する非線形顕微鏡であって、前記試料の観察面において前記励起光を走査する走査手段と、前記非線形物体光と同じ角振動数の参照光の位相をシフトする位相シフト手段と、前記非線形物体光と前記参照光との第1の干渉光を検出する検出手段とを備え、前記検出手段は、前記観察面にわたる前記第1の干渉光を、360/n度(nは3以上の整数)ずつ位相が異なるn種類の前記参照光を用いて少なくともn回検出することを特徴とする。
【0016】
本発明の第2の側面においては、試料の観察面において励起光が走査され、非線形光学効果により試料から発せられる非線形物体光と同じ角振動数の参照光の位相がシフトされ、非線形物体光と参照光との第1の干渉光が検出されるとともに、観察面にわたる第1の干渉光が、360/n度(nは3以上の整数)ずつ位相が異なるn種類の参照光を用いて少なくともn回検出される。
【発明の効果】
【0017】
本発明の第1の側面または第2の側面によれば、非線形光学効果により試料から発せられる物体光の位相情報を取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】共鳴過程(CARS)と非共鳴過程について説明するための図である。
【図2】本発明を適用した非線形顕微鏡の第1の実施の形態を示すブロック図である。
【図3】非線形顕微鏡により実行される観察処理を説明するためのフローチャートである。
【図4】非線形物体光の複素振幅の計算方法について説明するための図である。
【図5】本発明を適用した非線形顕微鏡の第2の実施の形態を示すブロック図である。
【図6】本発明を適用した非線形顕微鏡の第3の実施の形態を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態(以下、実施の形態という)について説明する。なお、説明は以下の順序で行う。
1.第1の実施の形態
2.第2の実施の形態
3.第3の実施の形態
4.変形例
【0020】
<1.第1の実施の形態>
[非線形顕微鏡の構成例]
図2は、本発明の第1の実施の形態である非線形顕微鏡1の構成の例を示すブロック図である。なお、以下、紙面の左右方向をx軸方向とし、紙面の上下方向をz軸方向とし、紙面に垂直な方向をy軸方向とする。
【0021】
非線形顕微鏡101は、コヒーレントな非線形光学効果の一種であるCARS(コヒーレントアンチストークスラマン散乱)により試料102から発せられる非線形物体光を観察するための非線形レーザ走査顕微鏡である。
【0022】
非線形顕微鏡101には、角振動数ω1のパルス状の励起光ω1、および、角振動数ω2(<ω1)のパルス状の励起光ω2が入射される。例えば、図示せぬ光源から射出された角振動数ω1のレーザパルスをOPO(Optical Parametric Oscillator)に入射し、波長を変換して角振動数ω2のレーザパルスを生成した後、角振動数ω1のレーザパルスと角振動数ω2のレーザパルスを、遅延回路等を用いて時間的に合わせて導入することにより、励起光ω1,ω2が非線形顕微鏡101に入射される。非線形顕微鏡101に入射した励起光ω1,ω2は、同じ光路を進んでビームスプリッタ111に入射し、ビームスプリッタ111を透過して直進する光と、ビームスプリッタ111により反射される光に分かれる。
【0023】
ビームスプリッタ111を透過した励起光ω1,ω2は、非線形結晶112に入射し、非線形結晶112おいて図1を参照して上述した非共鳴過程(4光波混合)により角振動数ωr(=2ω1−ω2)のコヒーレント光(以下、参照光ωrと称する)が生成され、射出される。非線形結晶112から射出された参照光ωrは、励起光ω1,ω2を遮光するためのフィルタ113を透過し、ミラー114により遅延回路115の方向に反射され、遅延回路115内のミラー131およびミラー132、並びに、ミラー116により、位相シフタ117の方向に反射される。さらに、参照光ωrは、位相シフタ117により位相が調整された後、ビームスプリッタ118により反射され、ガルバノミラー119に入射する。
【0024】
一方、ビームスプリッタ111により反射された励起光ω1,ω2は、ビームスプリッタ118を透過した後、参照光ωrと同じ光路を進み、ガルバノミラー119に入射する。
【0025】
ガルバノミラー119に入射した励起光ω1,ω2および参照光ωrは、ガルバノミラー119により進行方向が調整された後、倒立顕微鏡120のミラー141により対物レンズ142の方向に反射され、対物レンズ142を介して、試料102の所定の面(以下、観察面と称する)において集光する。そして、試料102の観察面の励起光ω1,ω2が集光した位置において、図1を参照して上述した共鳴過程および非共鳴過程が発生し、角振動数ωrのCARS光および非共鳴光を含む非線形物体光が発せられる。一方、参照光ωrは、その一部が試料102をそのまま透過する。
【0026】
試料102から発せられた非線形物体光および試料102を透過した参照光ωrは、レンズ121により集光され、互いに干渉して検出器122に入射する。検出器122は、例えば、PMT(光電子倍増管)などの光検出器、A/D変換器などにより構成され、所定の間隔で入射光の強度を検出し、検出した強度を示すデジタルの電気信号を画像処理部124に供給する。なお、A/D変換器を検出器122とは別に設け、検出器122からはアナログの電気信号を出力し、外部のA/D変換器で所定の間隔で電気信号のサンプリングを行うようにしてもよい。
【0027】
このとき、励起光ω1,ω2および参照光ωrは、ガルバノミラー119により、試料102の観察面において、例えばラスタ順に走査される。そして、検出器122は、ガルバノミラー119による走査に同期して、試料102の観察面における励起光ω1,ω2および参照光ωrの集光位置がx軸方向に所定の距離だけ移動する毎に、および、x軸方向の1ライン分の走査が終わり、集光位置が次のラインの先頭に移動する毎に、非線形物体光と参照光ωrとの干渉光の強度を検出する。これにより、試料102の観察面にわたって、非線形物体光と参照光ωrとの干渉光の強度が検出器122により検出される。
【0028】
また、位相シフタ117は、同期回路123の制御の基に、ガルバノミラー119の動きに同期して、参照光ωrの位相を調整する。より具体的には、ガルバノミラー119が所定の角度だけ回転し、励起光ω1,ω2および参照光ωrの集光位置がx軸方向に所定の距離だけ移動し、検出器122が干渉光の強度を検出する毎に、位相シフタ117は、参照光ωrの位相を90度ずつ進める(あるいは、遅らせる)。従って、検出器122が干渉光の強度を4回検出する毎に、換言すれば、検出器122がx軸方向の4画素分の干渉光の強度を検出する毎に、参照光ωrの位相が1波長分シフトする。
【0029】
画像処理部124は、例えば、コンピュータ、あるいは、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサなどからなり、観察画像生成部151、計算部152、補正部153、および、表示画像生成部154を含む機能を実現する。
【0030】
観察画像生成部151は、検出器122からの電気信号により示される、非線形物体光と参照光ωrとの干渉光の強度のサンプル値を、励起光ω1,ω2および参照光ωrの走査順と同じ順序で1画素ずつ並べることにより、試料2の観察面の画像(以下、観察画像と称する)を生成する。上述したように、参照光ωrの位相は、検出器122が干渉光の強度を検出する毎に90度ずつシフトする。従って、非線形物体光と、非線形物体光の光軸に対してx軸方向に所定の角度だけ傾けて照射した参照光ωrとが干渉し、干渉縞が発生した像と同等の像が、観察画像として得られる。すなわち、デジタルホログラフィの原理に基づいて、非線形物体光と参照光ωrとの干渉光により得られる像と同等の像が、観察画像として得られる。
【0031】
なお、励起光ω1,ω2の代わりに、所定の角振動数ωxの照射光ωxのみをビームスプリッタ111に入射し、照射光ωx、および、位相シフタ117により位相が制御された、角振動数ωxの参照光ωxを試料102に照射するようにして、非線形顕微鏡101を、走査型の線形ホログラフィック顕微鏡として使用することも可能である。この場合、試料102からは照射光ωxの強度に比例した物体光(以下、線形物体光と称する)が発せられ、線形物体光と、線形物体光の光軸に対してx軸方向に所定の角度だけ傾けて照射した参照光ωxとが干渉し、干渉縞が発生した像と同等の像が、観察画像として得られる。すなわし、デジタルホログラフィの原理に基づいて、線形物体光と参照光ωxとの干渉光により得られる像と同等の像が、観察画像として得られる。
【0032】
なお、以下、非線形物体光と参照光との干渉光による観察画像と、線形物体光と参照光との干渉光による観察画像とを区別する必要がある場合、前者を非線形観察画像と称し、後者を線形観察画像と称する。
【0033】
計算部152は、図3および図4を参照して後述するように、観察画像に基づいて非線形物体光および線形物体光の複素振幅を計算し、計算結果を示す情報を補正部153に供給する。
【0034】
補正部153は、図3を参照して後述するように、計算部152により計算された非線形物体光の複素振幅の位相を補正し、補正した非線形物体光の複素振幅の計算結果を示す情報を表示画像生成部154に供給する。
【0035】
表示画像生成部154は、図3を参照して後述するように、非線形物体光の複素振幅の計算結果に基づいて、ユーザに提示するための表示画像を生成する。
【0036】
[観察処理の説明]
次に、図3のフローチャートを参照して、非線形顕微鏡101により実行される観察処理について説明する。
【0037】
ステップS1において、非線形顕微鏡101は、図2を参照して上述したように、励起光ω1,ω2および参照光ωrを用いて、非線形観察画像を生成する。生成された非線形観察画像は、観察画像生成部151から計算部152に供給される。
【0038】
ステップS2において、計算部152は、非線形観察画像に基づいて、非線形物体光の複素振幅を計算する。ここで、図4を参照しながら、計算方法の具体例を説明する。
【0039】
図4は、非線形観察画像171、および、非線形観察画像171を高速フーリエ変換(FFT)することにより得られる画像172の例を模式的に示した図である。なお、非線形観察画像171内の縦線は、干渉縞を模式的に示したものである。
【0040】
非線形観察画像171をフーリエ変換することにより得られる画像172では、非線形観察画像171のDC成分による輝点181が中央に現れ、輝点181の左側に物体スペクトル182、右側に共役物体スペクトル183が出現する。このうち物体スペクトル182のみを抽出し、逆フーリエ変換(FFT-1)することにより、観察画像の各画素における試料102の3次非線形感受率χ(3)の複素振幅、すなわち、非線形物体光の複素振幅を得ることができる。
【0041】
例えば、検出器122上での非線形物体光の複素振幅をO(x,y)、参照光ωrの複素振幅をR・exp[-i2πx・sinθ/λ]とする。なお、λは、CARS光、非共鳴光および参照光ωrの波長を示し、θは参照光ωrの位相シフト量を示す。上述したように、参照光ωrの位相シフト量θは、検出器122が干渉光の強度を4回検出する毎に1波長分シフトするように制御されるので、検出器122上における非線形物体光と参照光ωrとの干渉光の複素振幅A(x,y)は、次式(1)により与えられる。
【0042】
【数1】

【0043】
従って、干渉光の光強度I(x,y)は、次式(2)により求められる。
【0044】
【数2】

【0045】
そして、式(2)をフーリエ変換することにより次式(3)が得られる。
【0046】
【数3】

【0047】
なお、~はフーリエ変換を表し、ACはオートコリレーションを表している。
【0048】
ここで、式(3)の右辺の第2項が、中央の輝点181に対応し、第3項が物体スペクトル182に対応し、第4項が共役物体スペクトル183に対応する。なお、参照光ωrの強度が、非線形物体光の強度に比べて十分強い場合は、式(3)の右辺の第1項は無視することができる。
【0049】
そして、式(3)の右辺の第3項を取り出し、逆フーリエ変換することにより、観察画像の各画素における非線形物体光の複素振幅、すなわち、試料102の3次非線形感受率χ(3)の複素振幅を得ることができる。
【0050】
なお、以上の計算方法は、従来のデジタルホログラフィで行われているのと同様の計算方法である。
【0051】
なお、フーリエ変換した際に、物体スペクトル182と共役物体スペクトル183が重ならずに、物体スペクトル182だけを抽出できるようにするために、検出器122により点物体を測定したときの像(点像強度分布)を、数ピクセルにまたがって取得する程度に、集光点の走査間隔を十分細かく取ることが望ましい。
【0052】
計算部152は、以上の計算を行った後、非線形物体光の複素振幅の計算結果を示す情報を補正部153に供給する。
【0053】
ステップS3において、非線形顕微鏡101は、照射光ωrおよび参照光ωrを用いて、線形観察画像を生成する。すなわち、非線形顕微鏡101は、上述したように、励起光ω1,ω2の代わりに、参照光ωrと同じ角振動数ωrの照射光ωrのみをビームスプリッタ111に入射するようにして、照射光ωrにより試料102から発せられる線形物体光と参照光ωrとの干渉光による線形観察画像を生成する。生成された線形観察画像は、観察画像生成部151から計算部152に供給される。
【0054】
ステップS4において、計算部152は、ステップS2と同様の処理により、線形観察画像に基づいて、線形物体光の複素振幅を計算する。計算部152は、線形物体光の複素振幅の計算結果を示す情報を補正部153に供給する。
【0055】
ステップS5において、補正部153は、非線形物体光の複素振幅の位相を補正する。具体的には、ステップS2の処理で計算された非線形物体光の複素振幅の位相には、非線形物体光に含まれるCARS光と非共鳴光との位相差に加えて、試料102の屈折率や厚みの分布などにより生じる位相差が反映されている。一方、線形物体光の複素振幅の位相には、CARS光と非共鳴光との位相差以外の、試料102の屈折率や厚みの分布などにより生じる位相差が反映されている。従って、非線形物体光の複素振幅の位相から、線形物体光の複素振幅の位相を差し引くことにより、CARS光と非共鳴光との位相差のみに基づいた非線形物体光の複素振幅の位相を得ることができる。補正部153は、このようにして非線形物体光の複素振幅の位相を補正し、位相を補正した非線形物体光の複素振幅の計算結果を示す情報を表示画像生成部154に供給する。
【0056】
ステップS6において、画像処理部124は、全ての観察面の処理が終了したか否かを判定する。画像処理部124は、予め設定されている試料102の奥行き方向(z軸方向)の複数の観察面のうち、まだステップS1乃至S6の処理を行ってない観察面が残っている場合、まだ全ての観察面の処理が終了していないと判定し、処理はステップS7に進む。
【0057】
ステップS7において、非線形顕微鏡101は、観察面をシフトする。すなわち、非線形顕微鏡101は、図示せぬ制御部の制御の基に、例えば、試料102が載置されているステージ(不図示)または対物レンズ142をz軸方向に移動させて、励起光ω1,ω2および参照光ωrの集光位置をz軸方向にシフトすることにより、観察面をz軸方向にシフトする。
【0058】
その後、処理はステップS1に戻り、ステップS6において、全ての観察面の処理が終了したと判定されるまで、ステップS1乃至S7の処理が繰返し実行される。これにより、表示画像生成部154は、各観察面における非線形物体光の複素振幅の計算結果を取得し、蓄積する。
【0059】
一方、ステップS6において、全ての観察面の処理が終了したと判定された場合、処理はステップS7に進む。
【0060】
ステップS7において、表示画像生成部154は、表示画像を生成する。例えば、表示画像生成部154は、非線形物体光の複素振幅の位相情報に基づいて、CARS光と非共鳴光とを分離し、それぞれを画像化する。あるいは、例えば、表示画像生成部154は、非線形物体光の強度分布を画像化したり、非線形物体光の位相分布を画像化したりする。さらに、例えば、表示画像生成部154は、試料102の奥行き方向(z軸方向)の各観察面に対して上記の画像が得られるので、得られた画像を重ね合わせて、3次元の画像を生成する。表示画像生成部154は、例えば、生成した表示画像を図示せぬ表示手段に供給し表示させたり、図示せぬ記憶手段に供給し、記憶させたりする。
【0061】
その後、観察処理は終了する。
【0062】
このようにして、試料102の観察面において励起光ω1,ω2および参照光を1回走査するだけで、当該観察面における非線形物体光の強度だけでなく、位相情報も簡単に取得することができる。また、非線形物体光の位相情報を利用して、CARS光のみの画像、非線形物体光の位相分布の画像など、種々の画像を得ることができる。
【0063】
<2.第2の実施の形態>
[非線形顕微鏡の構成例]
図5は、本発明の第2の実施の形態である非線形顕微鏡201の構成の例を示すブロック図である。なお、図中、図2と対応する部分には、同じ符合を付してあり、その説明は適宜省略する。
【0064】
非線形顕微鏡201は、図2の非線形顕微鏡101と比較して、ミラー116、位相シフタ117、ビームスプリッタ118、ガルバノミラー119、検出器122が設けられておらず、ミラー211、ステージ212、ミラー213、レンズ214、ミラー215、レンズ216、ビームスプリッタ217、ピンホール218、および、検出器219が設けられている点が異なる。
【0065】
非線形顕微鏡201に入射した励起光ω1,ω2は、同じ光路を進んでビームスプリッタ111に入射し、ビームスプリッタ111を透過して直進する光と、ビームスプリッタ111により反射される光に分かれる。
【0066】
ビームスプリッタ111を透過した励起光ω1,ω2は、非線形結晶112に入射し、非線形結晶112おいて参照光ωrが生成され、射出される。非線形結晶112から射出された参照光ωrは、フィルタ113を透過し、ミラー114、遅延回路115内のミラー131およびミラー132、並びに、ミラー211により、試料102が載置されているステージ212に設けられているミラー213に入射する。さらに、参照光ωrは、ミラー213によりレンズ214の方向に反射され、レンズ214を透過し、ミラー215により反射され、レンズ216を透過し、ビームスプリッタ217により反射され、ピンホール218を通過して、PMT(光電子倍増管)などの光検出器、A/D変換器などから構成される検出器219に入射する。
【0067】
一方、ビームスプリッタ111により反射された励起光ω1,ω2は、倒立顕微鏡120のミラー141により対物レンズ142の方向に反射され、対物レンズ142を介して、試料102の観察面において集光する。そして、試料102の観察面の励起光ω1,ω2が集光した位置において、図1を参照して上述した共鳴過程および非共鳴過程が起こり、角振動数ωrのCARS光および非共鳴光を含む非線形物体光が発せられる。試料102から発せられた非線形物体光は、レンズ121により集光され、ピンホール218を通過し、検出器219に入射する。
【0068】
検出器219は、所定の間隔で入射光の強度を検出し、検出した強度を示すデジタルの電気信号を画像処理部124に供給する。
【0069】
このとき、図示せぬ制御部の制御の基に、ステージ212がx軸およびy軸方向に移動することにより、励起光ω1,ω2が、試料102の観察面上において、例えばラスタ順に走査される。そして、検出器122は、ステージ212がx軸方向に所定の距離だけ移動し、励起光ω1,ω2の集光位置がx軸方向に所定の距離だけ移動する毎に、および、x軸方向の1ライン分の走査が終わり、集光位置が次のラインの先頭に移動する毎に、非線形物体光と参照光ωrとの干渉光の強度を検出する。これにより、試料102の観察面にわたって、非線形物体光と参照光ωrとの干渉光の強度が検出器219により検出される。
【0070】
また、ステージ212がx軸およびy軸方向に移動するのに合わせて、ステージ212に設けられているミラー213も移動する。さらに、ミラー213の反射面は、ステージ212の面に対してy軸回りに角度θだけ傾けて設置されている。従って、ステージ212のx軸方向の位置により、参照光ωrのミラー213へのx軸およびz軸方向の入射位置が異なり、その結果、ミラー211から検出器219までの参照光ωrの光路長が変化する。
【0071】
例えば、検出器219が干渉光を検出してから次に検出するまでの間にステージ212およびミラー213がx軸方向に移動する距離をΔxとすると、ステージ212のx軸方向の位置がXのときに干渉光が検出され、次にステージ212が位置X+Δxのときに干渉光が検出された場合、この2点間における参照光ωrの光路長の差は、Δx・sin2θとなる。そして、この光路長の差により、検出器219における参照光ωrの位相が90度ずれ、非線形顕微鏡101と同様に、検出器219が干渉光の強度を4回検出する毎に参照光ωrの位相が1波長分シフトするように、角度θが調整される。
【0072】
これにより、位相シフタ117を用いずに、観察画像生成部151において、非線形顕微鏡101で得られた観察画像とほぼ同等の観察画像を得ることができる。
【0073】
また、非線形顕微鏡201は、非線形顕微鏡101と同様に、参照光と同じ角振動数の照射光を試料102に照射するようにして、走査型の線形ホログラフィック顕微鏡として使用することも可能である。
【0074】
なお、画像処理部124の処理は、非線形顕微鏡101の場合と同様であり、その説明は繰返しになるので省略する。
【0075】
<3.第3の実施の形態>
[非線形顕微鏡の構成例]
図6は、本発明の第3の実施の形態である非線形顕微鏡301の構成の例を示すブロック図である。なお、図中、図5と対応する部分には、同じ符合を付してあり、その説明は適宜省略する。
【0076】
非線形顕微鏡301は、図5の非線形顕微鏡201と比較して、遅延回路115、ミラー211、ステージ212、ミラー213、レンズ214、ミラー215、レンズ216、および、画像処理部124が設けられておらず、遅延回路311、ミラー312、ステージ313、および、画像処理部314が設けられている点が異なる。また、画像処理部314と、図5の画像処理部124とは、計算部152の代わりに計算部351が設けられている点が異なる。
【0077】
非線形顕微鏡301において、励起光ω1,ω2、および、励起光ω1,ω2により試料102から発せられる非線形物体光は、非線形顕微鏡201と同じ光路を進む。一方、参照光ωrは、非線形結晶112で生成された後、フィルタ113を透過し、遅延回路311内のミラー331およびミラー332、並びに、ミラー312により、ビームスプリッタ217の方向に反射される。さらに、参照光ωrは、ビームスプリッタ217により反射され、ピンホール218を通過し、検出器219に入射する。
【0078】
また、非線形顕微鏡301では、非線形顕微鏡201と同様に、図示せぬ制御部の制御の基に、ステージ313がx軸およびy軸方向に移動することにより、励起光ω1,ω2が、試料102の観察面上において、例えばラスタ順に走査される。
【0079】
さらに、非線形顕微鏡301では、非線形顕微鏡101および非線形顕微鏡201と観察画像の生成方法(図3のステップS1およびステップS3の処理)、および、物体光の複素振幅の計算方法(図3のステップS2およびステップS4の処理)が異なる。
【0080】
具体的には、非線形顕微鏡301は、参照光ωrの位相を固定したまま、観察面にわたって、非線形物体光と参照光ωrとの干渉光を検出器219により検出し、非線形観察画像を生成する。また、非線形顕微鏡301は、1つの観察面につき、遅延回路311により参照光ωrの位相を90度ずつ4回変化させて、位相が異なる4種類の参照光ωrを用いて、観察面にわたる非線形物体光と参照光ωrとの干渉光を検出し、4種類の非線形観察画像を生成する。
【0081】
そして、計算部351は、得られた4種類の観察画像に基づいて、以下の方法で非線形物体光の複素振幅を計算する。
【0082】
例えば、検出器219上での非線形物体光の複素振幅U(x,y)=A(x,y)exp[iφ(x,y)]、参照光ωrの複素振幅をUR(φ)=ARexp(iφR)とすると、非線形物体光と参照光ωrとの干渉光の光強度I(x,y;φR)は、次式(4)で与えられる。
【0083】
【数4】

【0084】
例えば、上述したように、1つの観察面に対して、参照光ωrの位相を90度(π/2ラジアン)ずつ変化させ、4種類の非線形観察画像を取得したとすると、非線形物体光の位相φ(x,y)は、次式(5)により計算される。
【0085】
【数5】

【0086】
一方、非線形物体光の複素振幅の絶対値|A(x,y)|は、参照光ωrをブロックすることにより得られる。従って、非線形物体光の複素振幅を得ることができる。
【0087】
なお、線形物体光の複素振幅についても、同様の処理に得ることができる。
【0088】
なお、以上の計算方法も、従来のデジタルホログラフィで行われているのと同様の計算方法である。
【0089】
このように、非線形顕微鏡301では、励起光ω1,ω2の走査に同期して、参照光ωrの位相をシフトする制御を行わずに、非線形物体光および線形物体光の複素振幅を得ることができる。そして、非線形顕微鏡101および非線形顕微鏡201と同様の表示画像を得ることができる。
【0090】
<4.変形例>
なお、以上の説明では、透過型の照明を用いる例を示したが、本発明は、落射型の照明を用いる場合にも適用できる。
【0091】
また、図3のステップS3乃至S5の処理は必ずしも行う必要はなく、省略することが可能である。さらに、3次元の表示画像を取得する必要がない場合は、図3のステップS6およびステップS7の処理を省略することが可能である。
【0092】
さらに、以上の説明では、CARSを利用する顕微鏡の例を示したが、本発明は、例えば、SHG、THG、4光波混合、和周波発生などのコヒーレントな非線形光学効果を利用する顕微鏡に適用することができる。
【0093】
また、以上の説明では、非線形顕微鏡101および非線形顕微鏡201において、参照光ωrの位相シフト量を90度に設定する例を示したが、提示した例に限定されるものではない。ただし、90度前後が望ましい。例えば、90度±30度の範囲である。なお、観察画像において干渉縞が明確に現れるように、位相シフト量を小さくしすぎないようにすることが望ましい。
【0094】
さらに、以上の説明では、非線形顕微鏡301において、参照光ωrの位相シフト量を90度に設定する例を示したが、提示した例に限定されるものではなく、360/n(nは3以上の整数)度に設定することが可能である。なお、スキャン回数を減らし、処理時間を短縮するために、nの値を大きくしすぎないようにすることが望ましい。
【0095】
また、非線形顕微鏡201において、ミラー213の代わりに、ステージ212とともに移動し、参照光ωrの入射位置によって検出器219までの光路長を変化させる部材を設けるようにしてもよい。
【0096】
さらに、画像処理部124または画像処理部314を、非線形顕微鏡とは別に設けるようにしてもよい。
【0097】
また、本明細書において、フローチャートに記述されたステップは、記載された順序に沿って時系列的に行われる場合はもちろん、必ずしも時系列的に処理されなくとも、並列に、あるいは呼び出しが行われたとき等の必要なタイミングで実行されてもよい。
【0098】
なお、本発明の実施の形態は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明
の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0099】
101 非線形顕微鏡, 102 試料, 111 ビームスプリッタ, 112 非線形結晶, 117 位相シフタ, 118 ビームスプリッタ, 119 ガルバノミラー, 120 倒立顕微鏡, 121 レンズ, 122 検出器, 123 同期回路, 124 画像処理部, 142 対物レンズ, 151 観察画像生成部, 152 計算部, 153 補正部, 154 表示画像生成部, 201 非線形顕微鏡, 212 ステージ, 213 ミラー, 214,216 レンズ, 217 ビームスプリッタ, 218 ピンホール, 219 検出器, 301 非線形顕微鏡, 311 遅延回路, 313 ステージ, 314 画像処理部, 351計算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起光を試料に照射し、非線形光学効果により前記試料から発せられる非線形物体光を観察する非線形顕微鏡において、
前記試料の観察面において前記励起光を走査する走査手段と、
前記非線形物体光と同じ角振動数の参照光の位相をシフトする位相シフト手段と、
前記非線形物体光と前記参照光との第1の干渉光を検出する検出手段と
を備え、
前記位相シフト手段は、前記観察面における前記励起光の位置が所定の方向に所定の距離だけ移動する毎に、前記参照光の位相を所定の角度ずつシフトする
ことを特徴とする非線形顕微鏡。
【請求項2】
前記走査手段は、前記励起光の進行方向を変化させることにより前記観察面において前記励起光を走査し、
前記位相シフト手段は、前記走査手段の動きに同期して前記参照光の位相をシフトする
ことを特徴とする請求項1に記載の非線形顕微鏡。
【請求項3】
前記走査手段は、前記試料が載置されているステージを移動させることにより前記観察面において前記励起光を走査し、
前記位相シフト手段は、前記ステージとともに移動し、前記参照光が入射する位置によって前記検出手段までの前記参照光の光路長を変化させることにより、前記参照光の位相をシフトする
ことを特徴とする請求項1に記載の非線形顕微鏡。
【請求項4】
励起光を試料に照射し、非線形光学効果により前記試料から発せられる非線形物体光を観察する非線形顕微鏡において、
前記試料の観察面において前記励起光を走査する走査手段と、
前記非線形物体光と同じ角振動数の参照光の位相をシフトする位相シフト手段と、
前記非線形物体光と前記参照光との第1の干渉光を検出する検出手段と
を備え、
前記検出手段は、前記観察面にわたる前記第1の干渉光を、360/n度(nは3以上の整数)ずつ位相が異なるn種類の前記参照光を用いて少なくともn回検出する
ことを特徴とする非線形顕微鏡。
【請求項5】
前記第1の干渉光に基づく第1の画像を生成する画像生成手段と、
前記第1の画像に基づいて前記非線形物体光の複素振幅を計算する計算手段と
をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の非線形顕微鏡。
【請求項6】
前記非線形物体光の複素振幅の位相を補正する補正手段を
さらに備え、
前記走査手段、前記位相シフト手段、および、前記検出手段により、角振動数が前記参照光と同じ照射光を前記試料の前記観察面において走査することにより発せられる線形物体光と、前記参照光との第2の干渉光をさらに検出し、
前記画像生成手段は、前記第2の干渉光に基づく第2の画像をさらに生成し、
前記計算手段は、前記第2の画像に基づいて前記線形物体光の複素振幅をさらに計算し、
前記補正手段は、前記線形物体光の複素振幅の位相に基づいて、前記非線形物体光の複素振幅の位相を補正する
ことを特徴とする請求項5に記載の非線形顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−170212(P2011−170212A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−35503(P2010−35503)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】