説明

駆動力制御装置

【課題】差動制限または/およびトルク差制御が可能な軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置を提供する。
【解決手段】ブレーキ41およびクラッチ42を選択的に摩擦係合させてトランスファ出力軸13,14の間の差動制限または/およびトルク配分制御を実行する駆動力制御装置で、アクチュエータ43と、これにより駆動される回転の中心軸線から離れた第1、第2駆動側カム部を有する駆動側カムプレート51と、第1転動体54を介して駆動側カムプレート51の第1駆動側カム部により駆動されるとき中心軸線方向に変位する第1の従動側カムプレート52と、第2転動体55を介して駆動側カムプレート51の第2駆動側カム部により駆動されるとき中心軸線方向に変位する第2の従動側カムプレート53と、を備え、第1および第2の従動側カムプレート52,53によって摩擦係合要素41,42の作動状態を切り替えるように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動力制御装置、特に車両の駆動輪側に駆動力を出力する2つの出力軸の間における差動制限または/およびトルク配分を制御する駆動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近時、車両に搭載された駆動源からの駆動力を四輪駆動車の前後の駆動輪(前後の推進軸)に出力する2つの出力軸、あるいは駆動源からの駆動力を左右の駆動輪(左右の駆動軸)に出力する2つの出力軸に対して、その駆動源からの駆動力を差動可能に伝達するとともに、それら2つの出力軸の間における差動の制限または/およびトルク配分を制御する駆動力制御装置が知られている。
【0003】
例えば、油圧制御装置により制御される油圧モータによって左右の駆動輪の間に所定のトルク差を発生させるとともにそのトルク差を制御したり差動制限を行ったりするものがある。この駆動力制御装置では、トルク差制御時には、油圧モータの駆動トルクにより旋回内輪側の駆動トルクを減少させるとともに旋回外輪側の駆動トルクを増大させるように左右に配分するトルクを変化させ、車両の重心回りの旋回運動をアシストするヨーモーメントを与えることで好適な旋回を実現する一方、差動制御時には、油圧モータに制動トルクを発生させて差動装置を非差動状態にし、左右の後輪を同じ回転速度とするようになっている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、駆動源からの駆動力を入力する遊星歯車式の差動装置のリングギヤの回転を遊星歯車式の変速装置により変速し、第1または第2クラッチを介してその差動装置のキャリアまたはサンギヤに伝達するようにして、左右の駆動輪のトルク差を制御可能にする一方、変速装置を空転させつつ第1および第2クラッチを完全係合させることで、差動制限できるようにしたものが知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
さらに、差動装置外のアクチュエータの回転トルクをボールカム機構により軸方向のクラッチ締結力に変換し、この締結力を出力軸の外周に軸方向移動可能に設けられた複数の中空軸を介して差動装置内の摩擦クラッチに伝達するようにした駆動力制御装置がある。この装置では、駆動力伝達に寄与しない中空軸を用いることで、アクチュエータにより発生するクラッチ締結力を駆動力伝達に伴う摩擦力によって減じさせることがないようにしている(例えば、特許文献3参照)。
【0006】
また、デフキャリア内に配置可能な電動モータの出力軸に大小の歯車を固定し、これら大小の歯車に噛合するボールカム機構の歯車状の左右のプレートを、電動モータの回転により差動回転させることで、差動制限機構となる多板クラッチの締結操作力を発生させるとともに、電動モータの回転方向を切り替えることで多板クラッチの締結操作力を2種類設定できるようにしたものも提案されている(例えば、特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−154966号公報
【特許文献2】特開2007−278379号公報
【特許文献3】特開2005−249080号公報
【特許文献4】特開平11−2702654号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、油圧モータを用いる従来の駆動力制御装置にあっては、油圧ポンプから油圧モータへの配管が必要になるとともに、トルク差制御および差動制限制御を行うための油圧制御回路が複雑になってしまい、重量および装置サイズの増加とコスト高を招いてしまうという問題があった。
【0009】
また、遊星歯車式の差動装置および変速装置を複数の摩擦係合要素の締結・解放により変速するようにした従来の駆動力制御装置にあっては、トルク差制御と差動制限の切替えを3つの摩擦係合要素のうちいずれか2つの摩擦係合要素を使用して実現する構成であるため、これら3つの摩擦係合要素を独立に油圧制御する比例制御弁やON/OFF制御弁等のアクチュエータが必要となり、やはり、重量および装置サイズの増加とコスト高を招いてしまうという問題があった。
【0010】
さらに、電動モータを用いる従来の駆動力制御装置にあっては、差動制限機構等の機能部を切り替える多板クラッチ機構ごとに対応する1つの電動モータを設ける構成となっていたため、多板クラッチ機構ごとに電動アクチュエータが必要になり、重量および装置サイズの増加やコスト高を招いてしまうという問題があった。
【0011】
特に、差動制限とトルク差制御を行う場合、トルク制御と差動制限の制御をそれぞれ行うために、制御対象となる多板クラッチ等の摩擦係合要素が増加することになってしまうことから、差動制限とトルク差制御の機能を併有する軽量・コンパクトでかつ低コストの駆動力制御装置を提供することが困難であった。
【0012】
そこで、本発明は、差動制限または/およびトルク差制御が可能な軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置を提供し、併せて、差動制限およびトルク差制御の機能を併有する場合に好適な駆動力制御装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る駆動力制御装置は、上記目的達成のため、(1)回転動力を入力する入力軸と、回転動力を出力する2つの出力軸と、前記入力軸と前記2つの出力軸との間に介在する複数の回転要素と、前記複数の回転要素の間に介在する複数の摩擦係合要素と、を備え、前記複数の摩擦係合要素を選択的に摩擦係合させることにより前記2つの出力軸の間の差動の制限または/および前記2つの出力軸へのトルク配分の制御を実行する駆動力制御装置であって、アクチュエータと、アクチュエータにより駆動されて回転するとともに、該回転の中心軸線から半径方向に離れた第1駆動側カム部および第2駆動側カム部を有する駆動側カムプレートと、第1転動体を介して前記第1駆動側カム部により駆動され、前記駆動側カムプレートが回転するとき前記回転中心軸線の方向に変位する第1の従動側カムプレートと、第2転動体を介して前記第2駆動側カム部により駆動され、前記駆動側カムプレートが回転するときに前記回転中心軸線の方向に変位する第2の従動側カムプレートと、を備え、前記第1の従動側カムプレートおよび前記第2の従動側カムプレートによって前記摩擦係合要素の作動状態を切り替えることを特徴とするものである。
【0014】
この構成により、単一のアクチュエータにより駆動側カムプレートと第1および第2の従動側カムプレートとを介して複数の摩擦係合要素の作動状態を切り替えて、2つの出力軸の間の差動の制限または/およびトルク配分の制御を実行することができるので、複数の摩擦係合要素の作動切替えによって差動制限または/およびトルク差制御を行うことのできる軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置となる。
【0015】
上記(1)に記載の構成を有する駆動力制御装置においては、(2)前記第1駆動側カム部は、前記駆動側カムプレートの回転方向の一方側の端部ではリフト量が小さく、前記回転方向の他方側の端部ではリフト量が大きくなっており、前記第2駆動側カム部は、前記回転方向の一方側の端部ではリフト量が大きく、前記回転方向の他方側の端部ではリフト量が小さくなっていることが好ましい。
【0016】
この構成により、第1の従動側カムプレートは、駆動側カムプレートが回転方向の一方側に回転したときには回転中心軸線の方向(例えばその一方側)に変位可能で、駆動側カムプレートが回転方向の他方側に回転したときには回転中心軸線の方向(例えばその他方側)に復帰可能になり、第2の従動側カムプレートは、駆動側カムプレートが回転方向の他方側に回転したときには回転中心軸線の方向に変位可能で、駆動側カムプレートが回転方向の一方側に回転したときには回転中心軸線の方向に復帰可能になる。すなわち、駆動側カムプレートが回転方向に応じて、第1の従動側カムプレートと第2の従動側カムプレートを選択的に予め設定された方向に選択的に変位させ、あるいは、復帰させることができる。
【0017】
上記(2)に記載の構成を有する駆動力制御装置においては、(3)前記第1駆動側カム部が、前記回転方向の一方側で略一定のリフト量となる小リフト部分と、前記回転方向の他方側で該他方側の端部に近付くほどリフト量が大きくなるリフト変化部分とによって構成され、前記第2駆動側カム部が、前記回転方向の他方側で略一定のリフト量となる小リフト部分と、前記回転方向の一方側で該一方側の端部に近付くほどリフト量が大きくなるリフト変化部分とによって構成されているのがよい。
【0018】
この構成により、例えば第1駆動側カム部および第2駆動側カム部が共に駆動側カムプレートの一面側に配置される場合、第1の従動側カムプレートは、駆動側カムプレートが回転基準位置から回転方向の一方側に回転するときには回転中心軸線の方向のいずれか一方側に変位し、駆動側カムプレートが回転基準位置から回転方向の他方側に回転するときには回転中心軸線の方向のいずれか他方側に変位する。一方、第2の従動側カムプレートは、駆動側カムプレートが回転基準位置から回転方向の他方側に回転するときには回転中心軸線の方向のいずれか一方側に変位し、駆動側カムプレートが回転基準位置から回転方向の一方側に回転するときには回転中心軸線の方向のいずれか他方側に変位することになる。すなわち、駆動側カムプレートを回転基準位置の一方側の回転領域で回転させることによって第1の従動側カムプレートの変位量を制御し、駆動側カムプレートを回転基準位置の他方側の回転領域で回転させることによって第2の従動側カムプレートの変位量を制御することができる。なお、第1駆動側カム部および第2駆動側カム部は駆動側カムプレートの両面側に配置されてもよい。
【0019】
上記(1)〜(3)に記載の構成を有する駆動力制御装置は、好ましくは、(4)前記第1駆動側カム部および前記第2駆動側カム部が、それぞれ前記駆動側カムプレートの一面側に配置されているものである。
【0020】
この構成により、装置の軸長を短縮することができる。
【0021】
上記(4)に記載の構成を有する駆動力制御装置は、(5)前記第1駆動側カム部および前記第2駆動側カム部が、互いに異なる回転半径を有することがより好ましい。
【0022】
この構成により、第1駆動側カム部および第2駆動側カム部を共に駆動側カムプレートの一面側に容易に配置することができる。
【0023】
上記(5)に記載の構成を有する駆動力制御装置においては、(6)前記第1の従動側カムプレートおよび前記第2の従動側カムプレートが、同心的に半径方向の内外に配置された異径の環状体によって構成されていることが望ましい。
【0024】
この構成により、駆動側カムプレートおよび複数の摩擦係合要素の間に介在する第1の従動側カムプレートおよび第2の従動側カムプレートの支持姿勢を安定させることが容易になる。
【0025】
上記(6)に記載の構成を有する駆動力制御装置においては、(7)前記第1駆動側カム部が回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第1凹状カム部によって構成されるとともに、前記第2駆動側カム部が回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第2凹状カム部によって構成され、前記第1凹状カム部の中心角と前記第2凹状カム部の中心角とが略同一となっていることが好ましい。
【0026】
この構成により、駆動側カムプレートの回転により第1の従動側カムプレートおよび第2の従動側カムプレートを同様な精度で変位させることができる。
【0027】
上記(7)に記載の構成を有する駆動力制御装置においては、(8)前記第1の従動側カムプレートが、前記第1凹状カム部に対向するよう回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第3凹状カム部を有するとともに、前記第2の従動側カムプレートが、前記第2凹状カム部に対向するよう回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第4凹状カム部を有し、前記第3凹状カム部の中心角と前記第4凹状カム部の中心角とが略同一となっていることがより好ましい。
【0028】
この構成により、駆動側カムプレートの回転角度当りの第1の従動側カムプレートおよび第2の従動側カムプレートの変位(リフト量)を容易に拡大させることができる。
【0029】
上記(8)に記載の構成を有する駆動力制御装置においては、(9)前記第1凹状カム部および前記第2凹状カム部の中心角と前記第3凹状カム部および前記第4凹状カム部の中心角とが略同一となっていることが好ましい。
【0030】
この構成により、駆動側カムプレートと第1の従動側カムプレートおよび第2の従動側カムプレートとの相対的な回転角度範囲、並びに、第1および第2の従動側カムプレートのリフトを明確に規定できる。
【0031】
上記(1)〜(3)に記載の構成を有する駆動力制御装置は、好ましくは、(10)前記駆動側カムプレートが、前記アクチュエータの出力軸に装着された出力歯車に噛合する外歯部を有するとともに、前記2つの出力軸のうち少なくとも一方が貫通する中心部の貫通穴を有していることを特徴とする。
【0032】
この構成により、多数の回転要素を有する動力伝達装置に容易にかつコンパクトに実装できる駆動力制御装置となる。
【0033】
上記(4)に記載の構成を有する駆動力制御装置においては、(11)前記2つの出力軸の間に遊星歯車式の差動機構が介装されるとともに、前記複数の摩擦係合要素が、前記入力軸と前記2つの出力軸との間に介在する遊星歯車式の変速機構のいずれか1つの回転要素の回転を選択的に制限することができるトルク移動用の摩擦係合要素と、前記差動機構を構成するリングギヤ、キャリアおよびサンギヤのうちいずれか2つの回転要素の間に介在する差動制限用の摩擦係合要素と、を含むことが好ましい。
【0034】
この構成により、2つの出力軸の間の差動の制限と2つの出力軸に対するトルク差(トルク配分)の制御の機能とを併有する、軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置となる。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、単一のアクチュエータにより駆動側カムプレートと第1および第2の従動側カムプレートとを介して複数の摩擦係合要素の作動状態を切り替えて、2つの出力軸の間の差動の制限または/およびトルク配分の制御を実行するので、差動制限または/およびトルク差制御が可能な軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置を提供することができ、併せて、差動制限およびトルク差制御の機能を併有する場合に好適な駆動力制御装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の第1実施形態に係る駆動力制御装置の概略構成を示すスケルトン図で、トランスミッションからの駆動力を前輪側および後輪側の推進軸に配分する四輪駆動車のトランスファ装置への適用例を示している。
【図2】図1のA−A矢視図である。
【図3】図1のB−B矢視図である。
【図4】図2のC−C矢視断面図である。
【図5】図2のD−D矢視断面図である。
【図6】本発明の第1実施形態に係る駆動力制御装置の動作論理表である。
【図7】本発明の第1実施形態に係る駆動力制御装置でフロント側の推進軸とリヤ側の推進軸との間のトルク差制御がされない前後等配分時のトルクフロー図である。
【図8】本発明の第1実施形態に係る駆動力制御装置でフロント側の推進軸とリヤ側の推進軸との間のトルク差制御がされない前後等配分時における入力側のトルクと両推進軸側のトルクの関係を示す共線図である。
【図9】本発明の第1実施形態に係る駆動力制御装置でフロント側の推進軸とリヤ側の推進軸との間の差動を制限する差動制限時のトルクフロー図である。
【図10】本発明の第1実施形態に係る駆動力制御装置で前後差動制限時における入力側のトルクと両推進軸のトルクの関係を示す共線図である。
【図11】本発明の第1実施形態に係る駆動力制御装置でフロント側の推進軸とリヤ側の推進軸とのうちリヤ側の推進軸の駆動力を増加させるトルク移動時のトルクフロー図である。
【図12】本発明の第1実施形態に係る駆動力制御装置でフロント側の推進軸とリヤ側の推進軸とのうちリヤ側の推進軸の駆動力を増加させる場合における入力側のトルクと両推進軸のトルクの関係を示す共線図である。
【図13】本発明の第2実施形態に係る駆動力制御装置の概略構成を示すスケルトン図で、前輪または後輪側において推進軸からの駆動力を左右の駆動軸に配分するディファレンシャル装置への適用例を示している。
【図14】本発明の第2実施形態に係る駆動力制御装置の動作論理表である。
【図15】本発明の第3実施形態に係る駆動力制御装置の概略構成を示すスケルトン図で、前輪または後輪側において推進軸からの駆動力を左右の駆動軸に配分するディファレンシャル装置への適用例を示している。
【図16】本発明の第3実施形態に係る駆動力制御装置の要部拡大断面図である。
【図17】本発明の第3実施形態に係る駆動力制御装置で左右の駆動軸の間のトルク差制御がされない等配分時のトルクフロー図である。
【図18】本発明の第3実施形態に係る駆動力制御装置で左右の駆動軸の間のトルク移動がなされない等配分時における入力軸と左右出力軸とのトルクの関係を示す共線図である。
【図19】本発明の第3実施形態に係る駆動力制御装置で左側から右側へのトルク移動がされるトルク移動時のトルクフロー図である。
【図20】本発明の第3実施形態に係る駆動力制御装置で左側から右側へのトルク移動がされるトルク移動時における入力軸と左右出力軸とのトルクの関係を示す共線図である。
【図21】本発明の第3実施形態に係る駆動力制御装置で右側から左側へのトルク移動がされるトルク移動時のトルクフロー図である。
【図22】本発明の第3実施形態に係る駆動力制御装置で右側から左側へのトルク移動がされるトルク移動時における入力軸と左右出力軸とのトルクの関係を示す共線図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の好ましい実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0038】
(第1実施形態)
図1〜図5は、本発明の第1実施形態に係る駆動力制御装置の概略構成を示しており、図6〜図12は、第1実施形態に係る駆動力制御装置の動作を説明するものである。なお、本実施形態は、本発明の駆動力制御装置を電子制御式フルタイム4WD(四輪駆動)車のトランスファ装置に適用したものである。
【0039】
まず、その構成について説明する。
【0040】
図1および図5に示すように、本実施形態の駆動力制御装置は、車両に搭載されるエンジン1(動力源)からの回転動力を自動変速機2を介して入力するトランスファ装置10として構成されている。
【0041】
トランスファ装置10は、図5に示すように、エンジン1から出力され自動変速機2で変速された回転動力を入力し、自動変速機2の後段側において、その動力を、車両前方側の駆動輪4L,4Rを駆動するためのプロペラシャフト6a(フロント側の推進軸)と車両後方側の駆動輪5L,5Rを駆動するためのプロペラシャフト6b(リヤ側の推進軸)とに配分するとともに、後述するように、そのトルクの配分比率を制御できるようになっている。なお、プロペラシャフト6a,6bは、車両前方側の駆動輪4L,4Rおよび車両後方側の駆動輪5L,5R側にそれぞれその動力を伝達するようになっており、リヤ側の差動装置8Bからドライブシャフト7L,7R(左右の駆動軸)を介して車両後方側の駆動輪5L,5Rに動力伝達がなされるとともに、フロント側の差動装置8Aからドライブシャフト9L,9Rを介して車両前方側の駆動輪4L,4Rに動力伝達がなされるようになっている。
【0042】
図1に示すように、トランスファ装置10は、自動変速機2の図示しないケースに一体に結合されたトランスファケース11と、トランスファケース11内に回転自在に支持され自動変速機2からの回転動力(駆動力)を入力するトランスファ入力軸12と、プロペラシャフト6a,6bに回転動力を出力するフロント側およびリヤ側の2つのトランスファ出力軸13,14と、それぞれトランスファ入力軸12および2つのトランスファ出力軸13,14の間に介在する複数の回転要素からなる遊星歯車式の差動機構20および変速機構30と、これら差動機構20および変速機構30の複数の回転要素の間に介在する湿式多板型のブレーキ41およびクラッチ42(複数の摩擦係合要素)を有する制御機構40と、を備えている。そして、詳細を後述するように、ブレーキ41およびクラッチ42を選択的に係合させることにより、2つのトランスファ出力軸13,14の間の差動の制限および2つのトランスファ出力軸13,14へのトルク配分の制御を実行するようになっている。
【0043】
遊星歯車式の差動機構20は、いわゆるセンターディファレンシャル機構であり、トランスファ入力軸12に連結されたキャリア21と、リヤ側のトランスファ出力軸14に連結されたサンギヤ22と、フロントドライブ用のチェーンスプロケット23に一体に結合されるとともにフロント側のトランスファ出力軸13に一体に装着されたチェーンスプロケット24に無端のチェーン25(回転伝動要素)を介して動力伝達可能に連結された内歯リングギヤ26と、サンギヤ22および内歯リングギヤ26に噛合するようキャリア21に回転自在に支持された複数のピニオン27と、を備えている。なお、ここで、サンギヤ22は、内歯リングギヤ26に対しピッチ円半径が例えば1/2となっており、キャリア21への入力トルクを、内歯リングギヤ26にチェーンスプロケット23,24およびチェーン25を介して連結されたフロント側のトランスファ出力軸13とサンギヤ22に連結されたリヤ側のトランスファ出力軸14とに等配分できるようになっている(詳細は後述する)。
【0044】
遊星歯車式の変速機構30は、差動機構20のキャリア21に連結された第1サンギヤ31と、第1サンギヤ31よりピッチ円半径が小さく、差動機構20のサンギヤ22と一体に回転するようリヤ側のトランスファ出力軸14に連結された第2サンギヤ32と、それぞれ第1サンギヤ31および第2サンギヤ32に噛合する第1ピニオン33および第2ピニオン34が一体に形成され、第1サンギヤ31および第2サンギヤ32の周囲で公転することができる複数のトルク移動用歯車35と、複数のトルク移動用歯車35を自転可能に保持する複数の支柱部36aを有するとともに複数のトルク移動用歯車35を第1サンギヤ31および第2サンギヤ32の周囲で公転させるよう回転可能な環状のキャリア36と、を備えている。なお、差動機構20のキャリア21と区別するため、以下の説明においては変速機構30のキャリア36をリヤプラネタリキャリア36という。
【0045】
また、制御機構40は、ブレーキ41およびクラッチ42と、これらブレーキ41およびクラッチ42を選択的に切替え制御するためのアクチュエータ43およびボールカム機構部45と、を備えている。
【0046】
ブレーキ41は、トランスファケース11に支持された複数の固定側摩擦プレート41a(詳細図示せず)と、変速機構30のリヤプラネタリキャリア36に支持された可動側摩擦プレート41bを有しており、複数の固定側摩擦プレート41aのうち板厚方向一端側に位置する一部(少なくとも1枚)の固定側摩擦プレート41aは、板厚方向の変位および回転の双方をトランスファケース11によって規制されている。また、複数の固定側摩擦プレート41aのうち残りの固定側摩擦プレート41aは、スプライン嵌合等により板厚方向の変位が可能で、かつ、回転が不可能な状態(以下、この状態を単に回転方向一体ともいう)でトランスファケース11に支持されている。一方、可動側摩擦プレート41bは、複数の固定側摩擦プレート41aの間に挟圧可能に配置され、複数の固定側摩擦プレート41aが板厚方向に互いに接近するよう加圧されるとき、複数の固定側摩擦プレート41aの間に挟圧されることで、複数の固定側摩擦プレート41aからその挟圧力に応じた制動トルクを受けるか、その挟圧力が一定値を超えるときにはその回転を規制されるようになっている。すなわち、ブレーキ41は、変速機構30のリヤプラネタリキャリア36に対し制動トルクを加えたりリヤプラネタリキャリア36の回転を規制したりすることができる係合状態と、そのような制動トルクを生じることなくリヤプラネタリキャリア36を空転させる解放状態とに切替え可能であり、リヤプラネタリキャリア36に回転自在に支持された複数のトルク移動用歯車35の公転運動を選択的に制限できるようになっている。
【0047】
また、各トルク移動用歯車35の第1ピニオン33および第2ピニオン34は、第1サンギヤ31および第2サンギヤ32に噛合するそれぞれの外歯のピッチ円半径が互いに異なっており、第1ピニオン33が第2ピニオン34より大径の外歯車となっている。したがって、トランスファ入力軸12から差動機構20のキャリア21に入力されるトルクの一部は差動機構20のピニオン27からサンギヤ22を介してリヤ側のトランスファ出力軸14に伝達されるが、ブレーキ41が係合状態となってリヤプラネタリキャリア36を介し複数のトルク移動用歯車35の公転運動を制限するときには、ブレーキ41からリヤプラネタリキャリア36に加わる制動トルクに応じて、キャリア21と直結する第1サンギヤ31の回転がトルク移動用歯車35により増速されて第2サンギヤ32に伝達される状態となり、第1サンギヤ31、複数のトルク移動用歯車35および第2サンギヤ32を介して、キャリア21に入力されるトルクの一部がリヤ側のトランスファ出力軸14に移動するようになっている。すなわち、ブレーキ41は、係合状態でリヤプラネタリキャリア36の回転および複数のトルク移動用歯車35の公転運動を制限する制動トルクを生じるとき、非制御時(ブレーキ41およびクラッチ42が共に解放状態であり、リヤプラネタリキャリア36および複数のトルク移動用歯車35を空転させるとき)の2つのトランスファ出力軸13,14へのトルクの配分比に対して、リヤ側のトランスファ出力軸14のトルク(出力)を増加させるとともにその増加分を制御するトルク移動制御を実行することができるようになっている。なお、非制御時のトルクの配分比は、例えばフロント側の駆動出力トルクTf:リヤ側の駆動出力トルクTr=50:50の等配分となる配分比である。
【0048】
このように、ブレーキ41は、トランスファ入力軸12と2つのトランスファ出力軸13,14との間に介在する遊星歯車式の変速機構30のいずれか1つの回転要素であるリヤプラネタリキャリア36の回転を選択的に制限することができるトルク移動用の摩擦係合要素となっている。
【0049】
クラッチ42は、差動機構20のキャリア21および変速機構30の第1サンギヤ31を一体に連結する内側中空軸28上に支持された複数の入力側摩擦プレート42a(詳細図示せず)と、差動機構20の内歯リングギヤ26およびフロントドライブ用のチェーンスプロケット23を一体に連結する外側中空軸29上に支持された出力側摩擦プレート42bとを有しており、複数の入力側摩擦プレート42aのうち板厚方向一端側(図1中の右側)に位置する一部の入力側摩擦プレート42aは、板厚方向の変位および回転の双方を内側中空軸28によって規制されている。また、複数の入力側摩擦プレート42aのうち残りの入力側摩擦プレート42aは、スプライン嵌合等により回転方向一体の状態で内側中空軸28に支持されている。一方、出力側摩擦プレート42bは、複数の入力側摩擦プレート42aの間に挟圧可能に配置され、複数の入力側摩擦プレート42aが板厚方向に互いに接近するよう加圧されるとき、複数の入力側摩擦プレート42aの間に挟圧されることで、複数の入力側摩擦プレート42aからその挟圧力に応じた制動トルクを受けるか、その挟圧力が一定値を超えるときにはその回転を規制されるようになっている。すなわち、クラッチ42は、内側中空軸28および外側中空軸29の相対回転を選択的に制限するよう係合状態および解放状態に切替え可能で、その係合時に差動機構20のキャリア21と内歯リングギヤ26の相対回転を選択的に制限することで、内歯リングギヤ26にチェーンスプロケット23,24および無端のチェーン25(回転伝動要素)を介して連結されたフロント側のトランスファ出力軸13およびプロペラシャフト6aとサンギヤ22に一体的に連結されたリヤ側のトランスファ出力軸14およびプロペラシャフト6bとの間の差動を制限できるようになっている。
【0050】
このクラッチ42は、差動機構20を構成する複数の回転要素(内歯リングギヤ26、キャリア21およびサンギヤ22)のうちいずれか2つの回転要素の間に介在する差動制限用の摩擦係合要素となっている。
【0051】
また、クラッチ42の係合時には、差動機構20のキャリア21に入力されるトルクの一部が、複数のピニオン27から内歯リングギヤ26を介してフロントドライブ用のチェーンスプロケット23に伝達されるとともに、キャリア21からクラッチ42を介した伝動経路でもフロントドライブ用のチェーンスプロケット23に伝達されることによって、非制御時(ブレーキ41およびクラッチ42が共に解放状態のとき)の2つのトランスファ出力軸13,14へのトルクの配分比に対して、フロント側のトランスファ出力軸13のトルク(出力)を増加させることができるようになっている。
【0052】
アクチュエータ43は、例えばステッピングモータのように回転角度を制御することができる公知のモータ(減速機構を内蔵するギヤドモータでもよい)によって構成されており、その出力軸43aに外歯の出力歯車44が装着されている。
【0053】
また、アクチュエータ43は、トランスファ制御を行う電子制御ユニット(以下、ECUという)61からの制御信号に従って作動するようになっており、ECU61は、例えばCPU、ROM、RAM、バックアップRAM、A/Dコンバータ、定電圧電源および通信IC等を含んで構成されている。このECU61は、ROM内に予め格納された制御プログラムに従って、各種センサ群(例えば車輪速センサ、自動変速機2の変速段を検出するシフト位置センサ、エンジン1のスロットル開度を検出するスロットル開度センサ、エンジン1の回転速度を検出するエンジン回転数センサ、および車体加速度センサ等)62、操作スイッチ類63および通信入力部64からの検出情報に基づき、エンジン1の運転状態や車両の走行状態に応じた自動変速機2の変速制御を実行するとともに、前後のプロペラシャフト6a,6bの間の差動制限やトルク差の制御を実行するべく、アクチュエータ43の回転方向および角度位置を制御するようになっている(詳細は後述する)。
【0054】
ボールカム機構部45は、出力歯車44が噛合する外歯部51aおよびトランスファ出力軸14(2つの出力軸のうち少なくとも一方)が貫通する中心部の貫通穴51bを有し、アクチュエータ43により駆動されて回転する駆動側カムプレート51と、この駆動側カムプレート51の一面側(図1中で右面側)に対向する第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53と、駆動側カムプレート51および第1の従動側カムプレート52の間に介装された複数の外側のボール54と、駆動側カムプレート51および第2の従動側カムプレート53の間に介装された複数の内側のボール55と、第2の従動側カムプレート53とクラッチ42の複数の入力側摩擦プレート42a(複数のうち他端側(図1中の左側)に位置する入力側摩擦プレート42a)との間に介装されたスラスト軸受46と、を備えている。
【0055】
駆動側カムプレート51は、少なくともボール54,55を介して第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53から加わるスラスト方向の力を支持することができる状態でトランスファケース11内に回転可能に収納されており、例えばその内周部で外側中空軸29に回転自在に支持されるか、その外周部もしくは背面側の図示しない環状凹凸部でトランスファケース11に対して回転可能に保持されている。なお、ここにいう駆動側カムプレート51の回転とは、トランスファ入力軸12およびトランスファ出力軸14の回転中心軸線(後述する回転中心軸線O)回りの所定角度範囲内における任意の方向への回動である。
【0056】
図3に示すように、この駆動側カムプレート51の一面側には、回転中心軸線Oから半径方向に離れた回転半径r1の3つ(複数)の第1駆動側カム部51cと、回転半径r2の3つ(複数)の第2駆動側カム部51dとが、それぞれ配置されている。そして、これら第1駆動側カム部51cおよび第2駆動側カム部51dの回転半径r1、r2は、互いに異なっている。
【0057】
また、第1駆動側カム部51cは、駆動側カムプレート51の一面側に回転方向に等角度間隔に配置された複数、例えば3つの円弧溝状の第1凹状カム部56によって構成されており、第2駆動側カム部51dは、駆動側カムプレート51の一面側に回転方向に等角度間隔に配置された複数、例えば3つの円弧溝状の第2凹状カム部57によって構成されている。ここで、第1凹状カム部56の中心角および第2凹状カム部57の中心角は、共に略同一の角度θとなっている。
【0058】
図4(a)に展開および短縮して示すように、第1駆動側カム部51cの各第1凹状カム部56は、駆動側カムプレート51の回転方向の一方側(同図中のCW側)の端部では駆動側カムプレート51の板厚方向におけるボール54の変位、すなわちリフト量が小さく、駆動側カムプレート51の回転方向の他方側(同図中のCCW側)の端部ではリフト量が大きくなっている。
【0059】
また、図4(b)に展開および短縮して示すように、第2駆動側カム部51dの第2凹状カム部57は、回転方向の一方側(同図中のCW側)の端部ではリフト量が大きく、回転方向の他方側(同図中のCCW側)の端部ではリフト量が小さくなっている。
【0060】
より具体的には、第1駆動側カム部51cの各第1凹状カム部56は、回転方向の一方側で略一定のリフト量となる小リフト部分56aと、回転方向の他方側でその他方側の端部に近付くほどリフト量が大きくなるリフト変化部分56bとによって構成されており、第2駆動側カム部51dの第2凹状カム部57は、回転方向の他方側で略一定のリフト量となる小リフト部分57aと、回転方向の一方側でその一方側の端部に近付くほどリフト量が大きくなるリフト変化部分57bとによって構成されている。
【0061】
一方、第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53は、同心的に半径方向の内外に配置された異径の環状体によって構成されている。そして、第1の従動側カムプレート52は、外側のボール54(第1転動体)を介して第1駆動側カム部51cにより駆動されることで、駆動側カムプレート51が回転するとき、回転中心軸線Oの方向であるその板厚方向に変位するようになっている。また、第2の従動側カムプレート53は、内側のボール55(第2転動体)を介して第2駆動側カム部51dにより駆動されることで、駆動側カムプレート51が回転するとき、回転中心軸線Oの方向であるその板厚方向に変位するようになっている。そして、これら第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53によって、ブレーキ41およびクラッチ42の作動状態が切り替えられるようになっている。
【0062】
具体的には、第1の従動側カムプレート52は、駆動側カムプレート51の第1駆動側カム部51cの第1凹状カム部56に対向する第1従動側カム部52aを有しており、この第1従動側カム部52aは、回転方向に等角度間隔に配置された複数、例えば3つの円弧溝状の第3凹状カム部58で構成されている。また、第2の従動側カムプレート53は、駆動側カムプレート51の第2駆動側カム部51dの第2凹状カム部57に対向する第2従動側カム部53aを有しており、この第2従動側カム部53aは、回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第4凹状カム部59によって構成されている。ここで、第3凹状カム部58の中心角と第4凹状カム部59の中心角は、共に略同一の角度θとなっている。
【0063】
ところで、アクチュエータ43は、ECU61からの制御信号に従って、駆動側カムプレート51を図3に示す回転基準位置からCW方向(時計方向)にθ/2の角度範囲内およびその回転基準位置からCCW方向(反時計方向)にθ/2の角度範囲内のうち任意の角度位置に位置決めすることができるようになっている。
【0064】
ここで、駆動側カムプレート51が図3に示す回動基準位置にあるときは、ブレーキ41およびクラッチ42の双方が解放状態にあり、差動制限やトルク移動の制御がなされない非制御時である。
【0065】
また、駆動側カムプレート51が図3に示す回動基準位置からCW方向に最大の回動角度θ/2だけ回転したときには、第1の従動側カムプレート52がブレーキ41を完全係合状態にさせ、トランスファケース11に対する変速機構30のリヤプラネタリキャリア36の回転を停止させる。さらに、駆動側カムプレート51が図3に示す回動基準位置からCW方向に最大の回動角度θ/2より小さい角度だけ回転したとき(図4(a)中の点線位置に移動したとき)には、第1の従動側カムプレート52がブレーキ41をスリップ状態で制動トルクを生じる半係合状態にさせることで、トランスファケース11に対する変速機構30のリヤプラネタリキャリア36の公転運動が抑制されるとともに複数のトルク移動用歯車35が自転し、キャリア21に入力されるトルクの一部が第1サンギヤ31、複数のトルク移動用歯車35および第2サンギヤ32を介してリヤ側のトランスファ出力軸14に伝達され、リヤ側のトランスファ出力軸14の出力トルクが非制御時より増加する。
【0066】
一方、駆動側カムプレート51が図3に示す回動基準位置からCCW方向に最大の回動角度θ/2だけ回転したとき(図4(b)中の二点鎖線位置に移動したとき)には、第2の従動側カムプレート53がスラスト軸受46を介してクラッチ42を完全係合状態にさせ、差動機構20のキャリア21と内歯リングギヤ26との相対回転を規制することで、内歯リングギヤ26にチェーンスプロケット23,24および無端のチェーン25を介して連結されたフロント側のトランスファ出力軸13およびプロペラシャフト6aと、サンギヤ22に一体的に連結されたリヤ側のトランスファ出力軸14およびプロペラシャフト6bとの間の差動が制限される。また、駆動側カムプレート51が図3に示す回動基準位置からCCW方向に最大の回動角度θ/2より小さい角度だけ回転したときには、第2の従動側カムプレート53がクラッチ42をスリップ状態で制動トルクを生じる半係合状態にさせることで、差動機構20のキャリア21と内歯リングギヤ26との相対回転を抑制するトルクを生じさせる。さらに、このように駆動側カムプレート51が回動基準位置からCCW方向に回転するときには、キャリア21に入力されるトルクの一部がクラッチ42を介してフロントドライブ用のチェーンスプロケット23側に移動することによって、フロント側のトランスファ出力軸13の出力トルクが非制御時より増加するようになっている。
【0067】
次に、その作用について説明する。
【0068】
上述のように構成された本実施形態の駆動力制御装置においては、ECU61により、そのROM内の制御プログラムに従って、エンジン1の運転状態や車両の走行状態に応じた自動変速機2の変速制御が実行されるとともに、前後のプロペラシャフト6a,6bの間の差動制限やトルク差の制御を実行するべく、ブレーキ41およびクラッチ42の作動状態が、例えば図6に示す動作論理表に従って制御される。
【0069】
そして、エンジン1からの駆動力が自動変速機2を介してトランスファ装置10のトランスファ入力軸12に入力されると、その入力トルクがフロント側のプロペラシャフト6aおよびリヤ側のプロペラシャフト6bに連結されるトランスファ出力軸13,14に配分されるとともに、トランスファ出力軸13,14の間の差動が選択的に制限される。
【0070】
いま、駆動側カムプレート51が図6の動作論理表の中段に示す中立状態であるとすると、駆動側カムプレート51は図3に示す回動基準位置にあり、ブレーキ41およびクラッチ42の双方が解放状態にあるから、差動制限やトルク移動の制御がなされない非制御の状態となる。
【0071】
この状態においては、変速機構30のリヤプラネタリキャリア36および複数のトルク移動用歯車35が空転する状態となり、図7に示すように、キャリア21に入力されるトルクの一部が、複数のピニオン27、内歯リングギヤ26、チェーンスプロケット23、チェーン25およびチェーンスプロケット24を介してフロント側のトランスファ出力軸13およびプロペラシャフト6aに伝達され、キャリア21に入力されるトルクの他の一部が、複数のピニオン27およびサンギヤ22を介してリヤ側のトランスファ出力軸14に伝達される。このときの2つのトランスファ出力軸13,14へのトルクの配分比は、例えば図8の共線図に示すように、フロント側の駆動出力トルクTf:リヤ側の駆動出力トルクTr=50:50の等配分となり、両トランスファ出力軸13,14の出力トルクは、それぞれトランスファ入力軸12の入力トルクTinの約半分(Tin/2)の大きさとなる。なお、共線図中では、フロント側のプロペラシャフト6aを「Fr P/S」、内歯リングギヤ26を「リングギヤ」、トランスファ入力軸12を「入力(T/M)」、リヤ側のプロペラシャフト6bを「Rr P/S」、サンギヤ22を「サンギヤ」と記している。また、両トランスファ出力軸13,14の出力トルクの総和をToutと記している。
【0072】
次いで、駆動側カムプレート51が図6の動作論理表の下段に示すCCW駆動状態であるとすると、駆動側カムプレート51は、図3に示す回動基準位置からCCW方向に回動角度θ/2以下の角度ある角度だけ回転し、第2の従動側カムプレート53がクラッチ42を完全係合もしくは半係合させる係合状態となる。
【0073】
この状態においては、図9に示すように、クラッチ42により差動機構20のキャリア21と内歯リングギヤ26との相対回転を制限するトルクが生じることから、内歯リングギヤ26にチェーンスプロケット23,24および無端のチェーン25を介して連結されたフロント側のトランスファ出力軸13およびプロペラシャフト6aと、サンギヤ22に一体的に連結されたリヤ側のトランスファ出力軸14およびプロペラシャフト6bとの間の差動が、クラッチ42で発生する差動制限トルクTcに応じて制限される。
【0074】
さらに、図10の共線図に示すように、キャリア21に入力されるトルクTinのうち前記差動制限トルクTcに対応するトルクTlsdがクラッチ42を介して内歯リングギヤ26およびフロントドライブ用のチェーンスプロケット23側に移動することで、フロント側のトランスファ出力軸13の出力トルクTfが非制御時より増加し(Tf=(Tin−Tc)/2+Tlsd)、リヤ側のトランスファ出力軸14の出力トルクTrが非制御時より減少する(Tr=(Tin−Tc)/2)。
【0075】
したがって、車両の運動特性を非制御時より前輪駆動に近い傾向とすることができ、例えば発進や直進加速性能を向上させることができ、また、車両旋回時にアクセルOFFとなったような場合における、いわゆるタックインを抑制することができる。
【0076】
反対に、駆動側カムプレート51が図6の動作論理表の上段に示すCW駆動状態であるとすると、駆動側カムプレート51は、図3に示す回動基準位置からCW方向に回動角度θ/2以下の角度ある角度だけ回転し、第1の従動側カムプレート52がブレーキ41を完全係合もしくは半係合させる係合状態となる。
【0077】
このとき、図11に示すように、トランスファケース11に対する変速機構30のリヤプラネタリキャリア36の回転がブレーキ41によって停止しもしくは制動されることで、複数のトルク移動用歯車35が自転し、キャリア21に入力されるトルクの一部が第1サンギヤ31、複数のトルク移動用歯車35および第2サンギヤ32を介してリヤ側のトランスファ出力軸14に伝達される。このときのトルクの関係は、図12の共線図に示す通りで、ブレーキ41の制動トルクTbが比較的小さい状態で、非制御時における2つのトランスファ出力軸13,14へのトルクの等しい配分比に対して、フロント側のトランスファ出力軸13のトルクTfが減少し、リヤ側のトランスファ出力軸14のトルクTrが増加する。すなわち、ブレーキ41の制動部半径とサンギヤ22のピッチ円半径との比をρとするとき、Tf=(Tin−ρTb)/2となり、Tr=(Tin−ρTb)/2+(ρ−1)Tbとなる。したがって、車両の運動特性を非制御時より後輪駆動に近い傾向とすることができる。ただし、ブレーキ41で発生するブレーキトルク分だけ出力トルクの総和Toutは減少する(Tout=Tf+Tr=Tin−Tb)。
【0078】
したがって、この場合、リヤ側のトランスファ出力軸14へのトルク移動によって、定常旋回時や加速旋回時に意図した走行ラインを描ける、いわゆるトレース性を向上させることができる。
【0079】
このように、本実施形態のトランスファ装置10では、駆動側カムプレート51の第1駆動側カム部51cおよび第2駆動側カム部51dを共に駆動側カムプレート51の一面側で回転基準位置からCW側に回転させるかCCW側に回動させるかによって、第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53を選択的に板厚方向に変位させたりその変位量を制御したりすることができる。したがって、単一のアクチュエータ43により駆動側カムプレート51と第1および第2の従動側カムプレート52,53とを介してブレーキ41およびクラッチ42の作動状態を切り替えて、2つのトランスファ出力軸13,14の間の差動の制限または/およびトルク配分の制御を実行することができる。その結果、ブレーキ41およびクラッチ42の作動切替えによって差動制限または/およびトルク差制御を行うことのできる軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置となる。
【0080】
また、本実施形態では、第1の従動側カムプレート52は、駆動側カムプレート51がCW側に回転したときに回転中心軸線方向の一方側に変位可能で、駆動側カムプレート51がCCW側に回転したときには回転中心軸線方向の他方側に復帰可能であるとともに、第2の従動側カムプレート53は、駆動側カムプレート51がCCW側に回転したときには回転中心軸線方向の一方側に変位可能で、駆動側カムプレート51がCW側に回転したときには回転中心軸線方向の他方側に復帰可能であるので、駆動側カムプレート51の回転方向に応じて、第1の従動側カムプレート52と第2の従動側カムプレート53を選択的に予め設定された方向に選択的に変位させ、あるいは、復帰させることができる。
【0081】
しかも、第1駆動側カム部51cの各第1凹状カム部56が、CW側で略一定のリフト量となる小リフト部分56aと、CCW側の端部に近付くほどリフト量が大きくなるリフト変化部分56bとによって構成されており、第2駆動側カム部51dの第2凹状カム部57が、CCW側で略一定のリフト量となる小リフト部分57aと、CW側の端部に近付くほどリフト量が大きくなるリフト変化部分57bとによって構成されているので、駆動側カムプレート51を図4(a)および図4(b)に実線で示す回転基準位置に位置させるときには、第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53を確実に復帰位置に位置させ、ブレーキ41およびクラッチ42を共に解放状態に保持させ、2つのトランスファ出力軸13,14へのトルクの配分比を等配分とすることができる。
【0082】
しかも、駆動側カムプレート51を図4(a)および図4(b)に点線で示すように回転基準位置よりCW側の回転領域に回転させることで、第1の従動側カムプレート52の変位量を制御してブレーキ41を半係合状態あるいは完全係合状態とし、2つのトランスファ出力軸13,14へのトルクの配分比を非制御時の配分比に対しリヤ側のトランスファ出力軸14のトルクが増加するように変化させることができ、逆に、駆動側カムプレート51を回転基準位置よりCCW側の回転領域で回転させることで、第2の従動側カムプレート53の変位量を制御してクラッチ42を半係合状態あるいは完全係合状態とし、2つのトランスファ出力軸13,14へのトルクの配分比を非制御時の配分比に対しフロント側のトランスファ出力軸13のトルクが増加するように変化させるとともに、両トランスファ出力軸13,14の間の差動を制限することができる。
【0083】
さらに、本実施形態では、駆動側カムプレート51の第1駆動側カム部51cおよび第2駆動側カム部51dが、互いに異なる回転半径r1、r2を有しているので、第1駆動側カム部51cおよび第2駆動側カム部51dを共に駆動側カムプレート51の一面側に容易に配置することができ、しかも、第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53が、同心的に半径方向の内外に配置された異径の環状体によって構成されているので、駆動側カムプレート51と複数の摩擦係合要素であるブレーキ41およびクラッチ42との間に介在する第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53を、例えばボール54,55によってそれぞれ3点支持させ、これらの支持姿勢を容易に安定させることができる。
【0084】
また、第1駆動側カム部51cが回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第1凹状カム部56によって構成されるとともに、第2駆動側カム部51dが回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第2凹状カム部57によって構成され、第1凹状カム部56の中心角と第2凹状カム部57の中心角とが略同一の角度θとなっているので、駆動側カムプレート51の回転により第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53を同様な精度で変位させることができる。
【0085】
加えて、第1の従動側カムプレート52が、第1凹状カム部56に対向するよう回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第3凹状カム部58を有するとともに、第2の従動側カムプレート53が、第2凹状カム部57に対向するよう回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第4凹状カム部59を有し、第3凹状カム部58の中心角と第4凹状カム部59の中心角とが略同一の角度θとなっているので、駆動側カムプレート51の回転角度当りの第1の従動側カムプレート52の変位量(リフト量)を各一対の対向するカム部56,58によって容易に拡大させることができ、駆動側カムプレート51の回転角度当りの第2の従動側カムプレート53の変位量を各一対の対向するカム部57,59によって容易に拡大させることができる。
【0086】
しかも、第1凹状カム部56および第2凹状カム部57の中心角と、第3凹状カム部58および第4凹状カム部59の中心角とが、共に略同一の角度θとなっているので、駆動側カムプレート51と第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53との相対的な回転角度範囲、並びに、第1および第2の従動側カムプレート52,53のリフト量を明確に規定できる。
【0087】
さらに、本実施形態においては、駆動側カムプレート51が、アクチュエータ43の出力軸43aに装着された出力歯車44に噛合する外歯部51aを有するとともに、2つのトランスファ出力軸13,14のうち少なくとも一方が貫通する中心部の貫通穴51bを有しているので、ブレーキ41、クラッチ42、アクチュエータ43およびボールカム機構部45を備えた駆動力制御装置を、多数の回転要素を有するトランスファ装置10(動力伝達装置)内に容易にかつコンパクトに実装できることとなる。
【0088】
また、本実施形態のトランスファ装置10は、2つのトランスファ出力軸13,14の間に遊星歯車式の差動機構20が介装されるとともに、複数の摩擦係合要素として、トランスファ入力軸12と2つのトランスファ出力軸13,14との間に介在する遊星歯車式の変速機構30のいずれか1つの回転要素の回転を選択的に制限することができるトルク移動用のブレーキ41と、差動機構20を構成する内歯リングギヤ26、キャリア21およびサンギヤ22のうちいずれか2つの回転要素の間に介在する差動制限用のクラッチ42が設けられているので、2つのトランスファ出力軸13,14の間の差動の制限と、2つのトランスファ出力軸13,14に対するトルク差(トルク配分)の制御の機能とを併有する、軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置となる。
【0089】
このように、本実施形態によれば、単一のアクチュエータ43により駆動側カムプレート51と第1および第2の従動側カムプレート52,53とを介してブレーキ41およびクラッチ42の作動状態を切り替えて、2つのトランスファ出力軸13,14の間の差動の制限およびトルク配分の制御を実行するようにしているので、差動制限およびトルク差制御が可能な軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置を提供することができるものである。
【0090】
(第2実施形態)
図13および図14は、本発明の第2実施形態に係る駆動力制御装置を示す図である。なお、本実施形態は、本発明の駆動力制御装置を車両のフロントまたはリヤのディファレンシャル装置に適用したものである。また、本実施形態において上述の第1実施形態と類似する構成については図1〜図5に示した対応する構成要素の符号で示すこととして重複する説明を省略し、上述の第1実施形態との相違点について詳述する。
【0091】
図13に示すように、本実施形態のディファレンシャル装置は、図示しない車体側に支持されたキャリアケース81(詳細図示せず)と、このキャリアケース81に回転自在に支持されプロペラシャフト6からの回転動力(駆動力)を入力するドライブピニオン82と、左右の駆動輪5L,5Rに駆動連結されるドライブシャフト7L,7R(駆動軸)に回転動力を出力する左右両側の出力軸83,84と、それぞれドライブピニオン82と左右両側の出力軸83,84との間に介在する複数の回転要素からなる差動機構80および左右の変速機構30L,30Rと、それぞれ差動機構80と変速機構30Lまたは30Rの複数の回転要素の間に介在する湿式多板型のブレーキ41およびクラッチ42(複数の摩擦係合要素)を有する左右の制御機構40L,40Rと、を備えている。そして、詳細を後述するように、左右の制御機構40L,40Rのそれぞれが、ブレーキ41およびクラッチ42を選択的に摩擦係合させることにより、左右の出力83,84の間の差動の制限および左右の出力軸83,84へのトルク配分の制御を実行するようになっている。
【0092】
差動機構80は、ドライブピニオン82に噛合するリングギヤ85が一体装着されたデフケース86(入力軸)を有しており、このデフケース86の内部には、左右の出力軸83,84の内端部に例えばスプライン結合する左右のサイドギヤ88a,88bがそれぞれ回転可能に収納・保持されるとともに、両サイドギヤ88a,88bに噛合するピニオンギヤ87a,87bが、それぞれ軸線を両サイドギヤ88a,88bの軸線に対し直交させるように回転可能に支持されている。これらピニオンギヤ87a,87bは、ドライブピニオン82からリングギヤ85に入力される回転をデフケース86から両サイドギヤ88a,88bに伝達するとともに、両サイドギヤ88a,88bの間の差動回転を許容するようになっている。なお、このような差動機構自体は公知のものと同様である。
【0093】
遊星歯車式の左右の変速機構30L,30Rは、互いに略同一の構成かあるいは左右を反転させた構成(対応する各カム部の小リフト部分とリフト変化部分を互いに回転方向で逆側に配置した別部品を用いる構成)を有しており、例えば同一の構成(同一部品)を左右逆向きに配置したものである。したがって、ここでは、右側の変速機構30Rについて詳述し、左側の変速機構30Lの構成要素の多くについては右側の変速機構30Rの対応する構成要素と同一の符号を用いる。
【0094】
右側の変速機構30Rは、差動機構80のデフケース86に中空軸89bを介して連結された第1サンギヤ31と、第1サンギヤ31よりピッチ円半径が小さく、差動機構80の右側のサイドギヤ88bと一体に回転するよう右側の出力軸84に連結された第2サンギヤ32と、それぞれ第1サンギヤ31および第2サンギヤ32に噛合する第1ピニオン33および第2ピニオン34が一体に形成され、第1サンギヤ31および第2サンギヤ32の周囲で公転することができる複数のトルク移動用歯車35と、複数のトルク移動用歯車35を自転可能に保持する複数の支柱部76aを有するとともに複数のトルク移動用歯車35を第1サンギヤ31および第2サンギヤ32の周囲で公転させるよう回転可能な環状のキャリア76と、を備えている。なお、左側の変速機構30Lは、差動機構80のデフケース86に中空軸89aを介して連結された第1サンギヤ31を有している。
【0095】
左右の制御機構40L,40Rも、例えば同一の構成を車両の左右方向で逆向きに配置したものとなっている。したがって、右側の制御機構40Rについて詳述し、左側の制御機構40Lの構成要素の多くについては右側の制御機構40Rの対応する構成要素と同一の符号を用いる。
【0096】
右側の制御機構40Rは、複数の摩擦係合要素であるブレーキ41およびクラッチ72と、これらブレーキ41およびクラッチ72を選択的に切替え制御するためのアクチュエータ43およびボールカム機構部45と、を備えている。
【0097】
ブレーキ41の複数の固定側摩擦プレート41aのうち板厚方向一端側に位置する一部の固定側摩擦プレート41aは、板厚方向の変位および回転の双方をキャリアケース81によって規制されている。また、複数の固定側摩擦プレート41aのうち残りの固定側摩擦プレート41aは、キャリアケース81に回転方向一体に支持されている。一方、可動側摩擦プレート41bは、変速機構30Rのキャリア76に回転方向一体に支持された状態で、複数の固定側摩擦プレート41aの間に挟圧可能に配置されている。したがって、ブレーキ41は、変速機構30Rのキャリア76に対し制動トルクを加えたりキャリア76の回転を規制したりすることができる係合状態と、そのような制動トルクを生じることなくキャリア76を空転させる解放状態とに切替え可能であり、キャリア76に回転自在に支持された複数のトルク移動用歯車35の公転運動を選択的に制限できるようになっている。
【0098】
差動機構80のデフケース86に入力されるトルクは、差動機構80のピニオンギヤ87a,87bから左右のサイドギヤ88a,88bを介して左右の出力軸83,84に伝達されるから、デフケース86に入力されるトルクの一部は、ピニオンギヤ87a,87bから右側のサイドギヤ88bを介して右側の出力軸84に伝達される。
【0099】
右側の変速機構30Rおよび右側の制御機構40Rにおいては、ブレーキ41が係合状態となってキャリア76を介し複数のトルク移動用歯車35の公転運動を制限するとき、ブレーキ41からキャリア76に加わる制動トルクに応じて、デフケース86と直結する第1サンギヤ31の回転がトルク移動用歯車35により増速されて第2サンギヤ32に伝達される状態となり、デフケース86に入力されるトルクの一部が、第1サンギヤ31、複数のトルク移動用歯車35および第2サンギヤ32を介して、右側の出力軸84に移動する。すなわち、ブレーキ41は、係合状態でキャリア76の回転および複数のトルク移動用歯車35の公転運動を制限する制動トルクを生じるとき、非制御時(ブレーキ41およびクラッチ72が共に解放状態であり、キャリア76および複数のトルク移動用歯車35を空転させるとき)の2つの出力軸83,84へのトルクの配分比に対して、右側の出力軸84のトルク(出力)を増加させるとともにその増加分を制御するトルク移動制御を実行することができるようになっている。ブレーキ41は、このように、入力軸となるデフケース86と2つの出力軸83,84との間に介在する遊星歯車式の変速機構30Rのいずれか1つの回転要素であるキャリア76の回転を選択的に制限することができるトルク移動用の摩擦係合要素となっている。
【0100】
クラッチ72は、キャリア76の内周側に一体的に支持された複数の入力側摩擦プレート72a(詳細図示せず)と、デフケース86および第1サンギヤ31を一体に連結する中空軸89b上に支持された出力側摩擦プレート72bとを有しており、複数の入力側摩擦プレート72aのうち板厚方向一端側(図13中の右側)に位置する一部の入力側摩擦プレート72aは、板厚方向の変位および回転の双方をキャリア76によって規制されている。また、複数の入力側摩擦プレート72aのうち残りの入力側摩擦プレート72aは、スプライン嵌合等により回転方向一体の状態でキャリア76に支持されている。一方、出力側摩擦プレート72bは、複数の入力側摩擦プレート72aの間に挟圧可能に配置され、複数の入力側摩擦プレート72aが板厚方向に互いに接近するよう加圧されるとき、複数の入力側摩擦プレート72aの間に挟圧されることで、複数の入力側摩擦プレート72aからその挟圧力に応じた制動トルクを受けるか、その挟圧力が一定値を超えるときにはその回転を規制されるようになっている。すなわち、クラッチ72は、キャリア76および中空軸89bの相対回転を選択的に制限するよう係合状態および解放状態に切替え可能で、その係合時に差動機構80のデフケース86とキャリア76の相対回転を選択的に制限することで、デフケース86と第2サンギヤ32に一体的に連結された右側の出力軸84との間の差動を制限するとともに、ピニオンギヤ87a,87bおよびサイドギヤ88a,88bを介してデフケース86と左側の出力軸83との差動を制限することができるようになっている。
【0101】
このクラッチ72は、差動機構80を構成する複数の回転要素(デフケース86およびサイドギヤ88a,88b)のうちいずれか2つの回転要素の間に介在する差動制限用の摩擦係合要素となっている。
【0102】
第1実施形態と同様に、ボールカム機構部45は、駆動側カムプレート51、第1の従動側カムプレート52、第2の従動側カムプレート53、複数の外側のボール54および複数の内側のボール55を備えるとともに、第2の従動側カムプレート53とクラッチ72の複数の入力側摩擦プレート72a(複数のうち他端側(図13中の左側)に位置する入力側摩擦プレート72a)との間に介装されたスラスト軸受46を備えている。
【0103】
駆動側カムプレート51は、少なくともボール54,55を介して第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53から加わるスラスト方向の力を支持することができる状態でキャリアケース81内に回転可能に収納されており、例えばその内周部で中空軸89bに回転自在に支持されるか、その外周部もしくは背面側の図示しない環状凹凸部でキャリアケース81に対して回転可能に保持されている。
【0104】
本実施形態においては、図14の動作論理表に示すように、ボールカム機構部45の駆動側カムプレート51が回動基準位置にあるときは、ブレーキ41およびクラッチ72の双方が解放状態にあり、差動制限やトルク移動の制御がなされない非制御時である。
【0105】
また、駆動側カムプレート51が回動基準位置からCW方向に最大の回動角度θ/2だけ回転したときには、第1の従動側カムプレート52がブレーキ41を完全係合状態にさせ、キャリアケース81に対する変速機構30Rのキャリア76の回転を停止させる。さらに、駆動側カムプレート51が回動基準位置からCW方向に最大の回動角度θ/2より小さい角度だけ回転したときには、第1の従動側カムプレート52がブレーキ41をスリップ状態で制動トルクを生じる半係合状態にさせることで、キャリアケース81に対する変速機構30Rのキャリア76の公転運動が抑制されるとともに複数のトルク移動用歯車35が自転し、デフケース86に入力されるトルクの一部が第1サンギヤ31、複数のトルク移動用歯車35および第2サンギヤ32を介して右側の出力軸84に伝達され、右側の出力軸84の出力トルクが非制御時より増加する。
【0106】
一方、駆動側カムプレート51が回動基準位置からCCW方向に最大の回動角度θ/2だけ回転したときには、第2の従動側カムプレート53がスラスト軸受46を介してクラッチ72を完全係合状態にさせ、差動機構80のデフケース86とキャリア76との相対回転を規制することで、デフケース86と第2サンギヤ32に一体的に連結された右側の出力軸84との間の差動が制限されるとともに、ピニオンギヤ87a,87bおよびサイドギヤ88a,88bを介してデフケース86と左側の出力軸83との差動が規制される。また、駆動側カムプレート51が回動基準位置からCCW方向に最大の回動角度θ/2より小さい角度だけ回転したときには、第2の従動側カムプレート53がクラッチ72をスリップ状態で制動トルクを生じる半係合状態にさせることで、差動機構80のデフケース86とキャリア76との相対回転を抑制する差動制限トルクを生じさせる。
【0107】
本実施形態のディファレンシャル装置においても、駆動側カムプレート51の第1駆動側カム部51cおよび第2駆動側カム部51dを共に駆動側カムプレート51の一面側で回転基準位置からCW側に回転させるかCCW側に回動させるかによって、第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53を選択的に板厚方向に変位させたりその変位量を制御したりすることができる。したがって、左右の制御機構40L,40Rのうち各一方側のアクチュエータ43により駆動側カムプレート51と第1および第2の従動側カムプレート52,53とを介してブレーキ41およびクラッチ72の作動状態を切り替えて、2つの出力軸83,84の間の差動の制限およびトルク配分の制御を実行することができる。その結果、ブレーキ41およびクラッチ72の作動切替えによって差動制限または/およびトルク差制御を行うことのできる軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置となり、上述の第1実施形態と同様な効果を得ることができる。
【0108】
また、本実施形態では、左右の制御機構40L,40Rのアクチュエータ43が互いに独立して制御可能であるから、左右の制御機構40L,40Rのボールカム機構部45を独立して作動させることができ、左右一方側で差動制限を行いながら、左右他方側でトルク移動制御を行うことができる。あるいは、左右の制御機構40L,40Rのボールカム機構部45を同期させて左右の出力軸83,84の間のより強固な差動制限を実行することができるし、小径となる左右の制御機構40L,40Rのクラッチ72に差動制限機能を分担させることができるので、クラッチ72の発熱を抑えることができる。
【0109】
なお、本実施形態においては、左右の制御機構40L,40Rを同一部品で構成するか左右反転させたカム部を有するように構成するかによって、左側の制御機構40Lの動作論理は、右側の制御機構40Rの動作論理(図14参照)に対し駆動側カムプレート51の駆動方向が逆になるか同じになるかが決まることになる。
【0110】
(第3実施形態)
図15〜図22は、本発明の第3実施形態に係る駆動力制御装置を示す図である。
【0111】
なお、本実施形態も、本発明の駆動力制御装置を車両のフロントまたはリヤのトルク制御方式のディファレンシャル装置に適用したものである。また、上述の第1実施形態または第2実施形態と類似する構成については図1〜図5あるいは図13に示した対応する構成要素の符号で示すこととして重複する説明を省略し、上述の各実施形態との相違点について詳述する。
【0112】
図15に示すように、本実施形態のディファレンシャル装置は、図示しない車体側に支持されたキャリアケース81と、このキャリアケース81に回転自在に支持されプロペラシャフト6からの回転動力(駆動力)を入力するドライブピニオン82と、左右の駆動輪5L,5Rに駆動連結されるドライブシャフト7L,7Rに回転動力を出力する左右両側の出力軸83,84と、ドライブピニオン82に噛合するリングギヤ85が一体装着されたデフケース86(入力軸)と、それぞれドライブピニオン82と左右両側の出力83,84との間に介在する複数の回転要素からなる遊星歯車式の差動機構90および変速機構100と、これら差動機構90および変速機構100の複数の回転要素の間に介在する湿式多板型の第1クラッチ111および第2クラッチ112(複数の摩擦係合要素)を有する制御機構110と、を備えている。そして、詳細を後述するように、第1クラッチ111および第2クラッチ112を選択的に摩擦係合させることにより、左右の出力軸83,84へのトルク配分の制御を実行できるようになっている。
【0113】
遊星歯車式の差動機構90は、入力軸となるデフケース86の内部に設けられており、左側の出力軸83に連結されたキャリア91と、右側の出力軸に連結されたサンギヤ92と、デフケース86の内周側に固定された内歯リングギヤ93と、サンギヤ92に噛合するようキャリア91に回転自在に支持された複数の第1ピニオン94と、内歯リングギヤ93に噛合するとともに第1ピニオン94にも噛合するようキャリア91に回転自在に支持された複数の第2ピニオン95と、を備えている。すなわち、差動機構90は、ダブルピニオンプラネタリギヤで構成されている。
【0114】
遊星歯車式の変速機構100は、差動機構90のキャリア91に連結された第1サンギヤ101と、第1サンギヤ31よりピッチ円半径が小さく、右側の出力軸84に同軸に配置された内側の中空回転要素118と一体に回転するようこの内側の中空回転要素118に連結された第2サンギヤ102と、右側の出力軸84および内側の中空回転要素118を取り囲む外側の中空回転要素119と一体に回転するようこの外側の中空回転要素119に連結された第3サンギヤ103と、それぞれ入力側の第1サンギヤ101に噛合する第1ピニオン104、増速用の第2サンギヤ102に噛合する第2ピニオン105、および、減速用の第3サンギヤ103に噛合する第3ピニオン106が一体に形成され、これらのサンギヤ101〜103の周囲に配置された複数のトルク移動用歯車107と、複数のトルク移動用歯車107を自転可能に保持する複数の支柱部108aを有するとともにキャリアケース81に固定された固定キャリア108と、を備えている。
【0115】
図15および図16に示すように、制御機構110は、第1クラッチ111および第2クラッチ112と、これら第1クラッチ111および第2クラッチ112を選択的に切替え制御するためのアクチュエータ43およびボールカム機構部45と、第1クラッチ111とボールカム機構部45の第1の従動側カムプレート52との間に介装されたスラスト軸受46aおよび環状ピストン47aと、第2クラッチ112とボールカム機構部45の第2の従動側カムプレート53との間に介装されたスラスト軸受46bおよび環状ピストン47bと、を備えている。また、図16に示すように、第1の従動側カムプレート52と第2の従動側カムプレート53は、左右の出力軸83,84の軸線方向である板厚方向に互いに摺動可能で、かつ、相互の回転を規制するようにスプライン嵌合している。また、第1の従動側カムプレート52は、外周部でキャリアケース81の内壁部に対して、スプライン嵌合あるいは他の凹凸係合により回転方向一体に係合し、キャリアケース81により板厚方向に摺動可能に保持されている。
【0116】
第1クラッチ111は、一端側で第3サンギヤ103に一体に連結する外側の中空回転要素119の他端側のドラム部119aに支持された複数の入力側摩擦プレート111aと、変速機構100の固定キャリア108に支持された出力側摩擦プレート111bとを有しており、複数の入力側摩擦プレート111aのうち板厚方向一端側に位置する一部(図16中で左端側の1枚)の入力側摩擦プレート111aは、一端側で第3サンギヤ103に一体に連結する外側の中空回転要素119の他端側のドラム部119aによって、その板厚方向の一方側への変位および回転の双方を規制されている。また、複数の入力側摩擦プレート111aのうち残りの入力側摩擦プレート111aは、スプライン嵌合等により外側の中空回転要素119の他端側のドラム部119aに対して回転方向一体(軸方向には摺動可能)に支持されている。
【0117】
一方、出力側摩擦プレート111bは、複数の入力側摩擦プレート111aの間に挟圧可能に配置され、複数の入力側摩擦プレート111aが板厚方向に互いに接近するよう加圧されるとき、複数の入力側摩擦プレート111aの間に挟圧されることで、複数の入力側摩擦プレート111aからその挟圧力に応じた制動トルクを受けるか、その挟圧力が一定値を超えるときにはその回転を規制されるようになっている。また、出力側摩擦プレート111bは、右側の出力軸84に回止めされて固定された出力側回転要素114の外筒部114aに支持されており、その出力側回転要素114の外筒部114aの内周側に第2クラッチ112の出力側摩擦プレート112bが支持されている。
【0118】
そして、第1クラッチ111は、第1サンギヤ101に対して減速回転する第3サンギヤ103および外側の中空回転要素119と右側の出力軸84と一体に連結する出力側回転要素114との間でトルクを伝達可能な係合状態と、そのトルクの伝達経路を遮断するように第3サンギヤ103および外側の中空回転要素119を出力側回転要素114および右側の出力軸84に対して空転させる解放状態とに切替え可能であり、その半係合もしくは完全係合状態に応じて、右側の出力軸84のトルクの一部を出力側回転要素114から外側の中空回転要素119に伝達し、第3サンギヤ103から複数のトルク移動用歯車107を介して第1サンギヤ101に伝達させることで、キャリア91および左側の出力軸83にトルク移動できるようになっている。
【0119】
第2クラッチ112は、一端側で第2サンギヤ102に一体に連結する内側の中空回転要素118の他端側に支持された複数の入力側摩擦プレート112a(詳細図示せず)と、前述の出力側回転要素114に支持された出力側摩擦プレート112bとを有しており、複数の出力側摩擦プレート112bのうち板厚方向一端側に位置する一部(図16中で左端側の1枚)の出力側摩擦プレート112bは、出力側回転要素114の外筒部114aによってその板厚方向の一方側の変位および回転の双方を規制されている。また、複数の出力側摩擦プレート112bのうち残りの出力側摩擦プレート112bは、スプライン嵌合等により出力側回転要素114の外筒部114aに対して回転方向一体に支持されている。
【0120】
この第2クラッチ112は、第1サンギヤ101に対して増速回転する第2サンギヤ102および内側の中空回転要素118と、右側の出力軸84に一体に連結する出力側回転要素114との間でトルクを伝達可能な係合状態と、そのトルクの伝達経路を遮断するように第2サンギヤ102および内側の中空回転要素118を出力側回転要素114および右側の出力軸84に対して空転させる解放状態とに切替え可能であり、その半係合もしくは完全係合状態に応じて、左側の出力軸83と一体のキャリア91のトルクが第1サンギヤ101から複数のトルク移動用歯車107を介して第2サンギヤ102および内側の中空回転要素118に伝達されるとき、その中空回転要素118のトルクを出力側回転要素114から右側の出力軸84に伝達させることで、右側の出力軸84にトルク移動できるようになっている。
【0121】
本実施形態では、第1クラッチ111および第2クラッチ112が共に解放状態で、複数のトルク移動用歯車107が空転するとともに第2サンギヤ102および第3サンギヤ103が異なる速度で空転する非制御時には、デフケース86に入力されるトルクが左右の出力軸83,84に等分配される。
【0122】
具体的には、図17のトルクフローおよび図18の共線図に示すように、駆動側カムプレート51が中立状態で回動基準位置にあり、第1クラッチ111および第2クラッチ112が共に解放状態であるとき、変速機構100の複数のトルク移動用歯車107が空転する。このとき、図17に示すように、デフケース86から内歯リングギヤ93に入力されるトルクの一部が、第2ピニオン95を介してキャリア91に伝達される一方で、第2ピニオン95および第1ピニオン94を介してサンギヤ92にも伝達される。このときの左右の出力軸83,84へのトルクの配分比は、例えば図18の共線図に示すように、左側の出力軸83の出力トルクTL:右側の出力軸84の出力トルクTR=50:50の等配分となり、両出力軸83,84の出力トルクは、それぞれ内歯リングギヤ93への入力トルクTINの約半分の大きさとなる(T=T=TIN/2)。なお、図18中のρは、固定キャリア108の半径(左右の出力軸83,84の回転中心軸線Oから複数の支柱部108aの中心軸線までの半径)に対する第2クラッチ112の摩擦係合半径(図16中の係合中心C2の半径)の半径比であり、図18中のρは、固定キャリア108の半径に対する第1クラッチ111の摩擦係合半径(図16中の係合中心C1の半径)の半径比である。
【0123】
この比制御の状態では、例えば車両の直進状態で左右の駆動輪5L,5Rが路面から受ける抵抗が等しければ、第1ピニオン94および第2ピニオン95が公転するものの自転しない状態で、左右の出力軸83,84が等速回転する。また、例えば右旋回時のように右側の出力軸84の受ける抵抗が増加すると、入力側の内歯リングギヤ93からの駆動力によって第1ピニオン94および第2ピニオン95が自転し始めることで、右側の出力軸84に連結するサンギヤ92に対して左側の出力軸83に連結するキャリア91の回転速度が増加する差動状態となる。反対に、左旋回時のように左側の出力軸83の受ける抵抗が増加すると、入力側の内歯リングギヤ93からの駆動力によって第1ピニオン94および第2ピニオン95が自転し始めることで、左側の出力軸83に連結するキャリア91に対して右側の出力軸84に連結するサンギヤ92の回転速度が増加する差動状態となる。
【0124】
一方、本実施形態では、上述の旋回時のような車両の運動状態により、あるいは路面状態等の走行環境により、左右の駆動輪5L,5Rが路面から受ける抵抗が相違する場合に、第1クラッチ111および第2クラッチ112をアクチュエータ43およびボールカム機構部45によって選択的に切替え制御することで、第1クラッチ111および第2クラッチ112のうち任意の一方を係合状態とし、他方を解放状態として、両クラッチ111,112が共に解放状態となる非制御時の左右の出力軸83,84へのトルクの配分比に対し、左右の出力軸83,84のうち任意の一方のトルクの配分を増加させるとともに、駆動側カムプレート51の回動角度に応じてそのトルク増加分を制御するトルク移動制御を実行することができる。
【0125】
例えば、非制御状態では車両の旋回時にオーバーステア傾向となる場合に、その傾向を抑えて旋回性能を向上させるようにすることができる。
【0126】
具盾域には、車両の左旋回時に、図19に示すように、第2クラッチ112を係合状態に切り替えることで、左側の出力軸83と一体のキャリア91および第1サンギヤ101から複数のトルク移動用歯車107を介して第2サンギヤ102および内側の中空回転要素118に伝達されたトルクが、第2クラッチ112を介して出力側回転要素114から右側の出力軸84に伝達され、右側の出力軸84のトルク配分比が大きくなる。すなわち、図20の共線図に示すように、左側の出力軸83の出力トルクTが減少し(T=TIN/2−ρ・T)、右側の出力軸84の出力トルクTが増加して(T=TIN/2+T)、左右のトルク差ΔT(ΔT=T−T=(1+ρ)・T)が生じることによって、車両の右旋回に有効なヨーモーメントを発生させることができる。なお、このときの左右の出力トルクの総和は、T+T=TIN+(1−ρ)・T となり、内歯リングギヤ93への入力トルクTINよりわずかに小さくなる。
【0127】
逆に、車両の右旋回時に、図21に示すように、第1クラッチ111を係合状態に切り替えることで、右側の出力軸84のトルクの一部が、出力側回転要素114から第1クラッチ111を介して外側の中空回転要素119に伝達され、第3サンギヤ103から複数のトルク移動用歯車107を介して第1サンギヤ101に伝達されることで、キャリア91および左側の出力軸83のトルク配分比が大きくなる。すなわち、図22の共線図に示すように、右側の出力軸84の出力トルクTが減少し(T=TIN/2−T)、左側の出力軸83の出力トルクTが増加して(T=TIN/2+ρ・T)、左右のトルク差ΔT(ΔT=T−T=−(1+ρ)・T)が生じることによって、車両の左旋回に有効なヨーモーメントを発生させることができる。なお、このときの左右の出力トルクの総和は、T+T=TIN+(ρ−1)・T となり、内歯リングギヤ93への入力トルクTINよりわずかに小さくなる。
【0128】
本実施形態のディファレンシャル装置でも、制御機構110の駆動側カムプレート51の第1駆動側カム部51cおよび第2駆動側カム部51dを共に駆動側カムプレート51の一面側で回転基準位置からCW側に回転させるかCCW側に回動させるかによって、第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53を選択的に板厚方向に変位させたりその変位量を制御したりすることができる。したがって、単一のアクチュエータ43により駆動側カムプレート51と第1および第2の従動側カムプレート52,53とを介して第1クラッチ111および第2クラッチ112の作動状態を切り替えて、左右の出力軸83,84の間のトルク配分の制御を実行することができる。その結果、第1クラッチ111および第2クラッチ112の作動切替えによってトルク差制御を行うことのできる軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置となる。
【0129】
すなわち、本実施形態においても、駆動側カムプレート51の回転方向に応じて、第1の従動側カムプレート52と第2の従動側カムプレート53を選択的に予め設定された方向に選択的に変位させ、あるいは、復帰させることができることに加えて、駆動側カムプレート51を回転基準位置に位置させるときには第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53を確実に復帰位置に位置させ、2つのトランスファ出力軸13,14へのトルクの配分比を等配分とすることができる。しかも、第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53の変位量を制御して第1クラッチ111および第2クラッチ112を半係合状態あるいは完全係合状態とし、左右2つの出力軸83,84へのトルクの配分比を非制御時の配分比に対し車両の運転状態および走行状態に応じた配分比に制御することができる。
【0130】
さらに、本実施形態でも、上述の各実施形態と同様に、駆動側カムプレート51の第1駆動側カム部51cおよび第2駆動側カム部51dを共に駆動側カムプレート51の一面側に配置し、第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53を同心的に半径方向の内外に配置された異径の環状体によって構成しているので、駆動側カムプレート51と複数の摩擦係合要素である第1クラッチ111および第2クラッチ112との間に介在する第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53の支持姿勢を安定させることができる。
【0131】
また、第1駆動側カム部51cが回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第1凹状カム部56によって構成されるとともに、第2駆動側カム部51dが回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第2凹状カム部57によって構成され、第1凹状カム部56の中心角と第2凹状カム部57の中心角とが略同一の角度θとなっているので、駆動側カムプレート51の回転により第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53を同様な精度で変位させることができる。
【0132】
加えて、第1の従動側カムプレート52が、第1凹状カム部56に対向するよう回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第3凹状カム部58を有するとともに、第2の従動側カムプレート53が、第2凹状カム部57に対向するよう回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第4凹状カム部59を有し、第3凹状カム部58の中心角と第4凹状カム部59の中心角とが略同一の角度θとなっているので、駆動側カムプレート51の回転角度当りの第1の従動側カムプレート52の変位量(リフト量)を各一対の対向するカム部56,58によって容易に拡大させることができ、駆動側カムプレート51の回転角度当りの第2の従動側カムプレート53の変位量を各一対の対向するカム部57,59によって容易に拡大させることができる。
【0133】
しかも、第1凹状カム部56および第2凹状カム部57の中心角と、第3凹状カム部58および第4凹状カム部59の中心角とが、共に略同一の角度θとなっているので、駆動側カムプレート51と第1の従動側カムプレート52および第2の従動側カムプレート53との相対的な回転角度範囲、並びに、第1および第2の従動側カムプレート52,53のリフト量を明確に規定できる。
【0134】
さらに、本実施形態においては、駆動側カムプレート51が、アクチュエータ43の出力軸43aに装着された出力歯車44に噛合する外歯部51aを有するとともに、左右2つの出力軸83,84のうち少なくとも一方が貫通する中心部の貫通穴51bを有しているので、ブレーキ41、クラッチ42、アクチュエータ43およびボールカム機構部45を備えた駆動力制御装置を、多数の回転要素を有するディファレンシャル装置(動力伝達装置)内に容易にかつコンパクトに実装できることとなる。
【0135】
また、本実施形態のディファレンシャル装置では、2つの出力軸83,84の間に遊星歯車式の差動機構90が介装されるとともに、複数の摩擦係合要素として、デフケース86および内歯リングギヤ93と左右2つの出力軸83,84との間に介在する遊星歯車式の変速機構100のいずれか1つの回転要素の回転を選択的に制限することができるトルク移動用の第1クラッチ111と、差動機構90を構成する内歯リングギヤ93、キャリア91およびサンギヤ92のうちいずれか2つの回転要素の間に介在する第2クラッチ112が設けられているので、左右2つの出力軸83,84に対するトルク差(トルク配分)の制御機能を有する軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置となる。
【0136】
なお、上述の各実施形態においては、駆動側カムプレート51の第1駆動側カム部51cおよび第2駆動側カム部51dを共に駆動側カムプレート51の一面側に配置していたが、駆動側カムプレート51の第1駆動側カム部51cおよび第2駆動側カム部51dを駆動側カムプレート51の両面側に配置してもよい。
【0137】
また、第2実施形態では、同一の構成を車両の左右方向で逆向きに配置した左右の制御機構40L,40Rを設けていたが、これらを単一の入力回転に対し同期して作動するようにカム配置を互いに回転方向で逆にした構成を有したものとして、単一のアクチュエータ43の出力回転により左右の制御機構40L,40Rのボールカム機構部45を作動させるようにすることも考えられる。
【0138】
以上説明したように、本発明に係る駆動力制御装置は、単一のアクチュエータにより駆動側カムプレートと第1および第2の従動側カムプレートとを介して複数の摩擦係合要素の作動状態を切り替え、2つの出力軸の間の差動の制限または/およびトルク配分の制御を実行するようにしているので、差動制限または/およびトルク差制御が可能な軽量かつコンパクトな低コストの駆動力制御装置を提供することができ、併せて、差動制限およびトルク差制御の機能を併有する場合に好適な駆動力制御装置を提供することができるという効果を奏するものであり、車両の駆動輪側に駆動力を出力する2つの出力軸の間における差動制限または/およびトルク配分を制御する駆動力制御装置全般に有用である。
【符号の説明】
【0139】
6;6a,6b プロペラシャフト(推進軸)
10 トランスファ装置(駆動力制御装置)
12 トランスファ入力軸(入力軸)
13,14 トランスファ出力軸(2つの出力軸)
20;80;90 差動機構
21;91 キャリア(入力側の回転要素)
22;92 サンギヤ(出力側の回転要素)
30;30L,30R;100 変速機構
31;101 第1サンギヤ
32;102 第2サンギヤ
33;104 第1ピニオン
34;105 第2ピニオン
35;107 トルク移動用歯車
36 リヤプラネタリキャリア(キャリア)
40;40L,40R;110 制御機構
41 ブレーキ(トルク移動用の摩擦係合要素)
42;72 クラッチ(差動制限用の摩擦係合要素)
43 アクチュエータ
44 出力歯車
45 ボールカム機構部
51 駆動側カムプレート
51a 外歯部
51c 第1駆動側カム部
51d 第2駆動側カム部
52 第1の従動側カムプレート
53 第2の従動側カムプレート
54 ボール(第1転動体)
55 ボール(第2転動体)
56 第1凹状カム部
56a,57a 小リフト部分
56b,57b リフト変化部分
57 第2凹状カム部
58 第3凹状カム部
59 第4凹状カム部
76 キャリア
76a 支柱部
86 デフケース(入力軸)
94 第1ピニオン
95 第2ピニオン
103 第3サンギヤ
106 第3ピニオン
108 固定キャリア
108a 支柱部
111 第1クラッチ(摩擦係合要素)
112 第2クラッチ(摩擦係合要素)
114 出力側回転要素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転動力を入力する入力軸と、回転動力を出力する2つの出力軸と、前記入力軸と前記2つの出力軸との間に介在する複数の回転要素と、前記複数の回転要素の間に介在する複数の摩擦係合要素と、を備え、前記複数の摩擦係合要素を選択的に摩擦係合させることにより前記2つの出力軸の間の差動の制限または/および前記2つの出力軸へのトルク配分の制御を実行する駆動力制御装置であって、
アクチュエータと、
アクチュエータにより駆動されて回転するとともに、該回転の中心軸線から半径方向に離れた第1駆動側カム部および第2駆動側カム部を有する駆動側カムプレートと、
第1転動体を介して前記第1駆動側カム部により駆動され、前記駆動側カムプレートが回転するとき前記回転中心軸線の方向に変位する第1の従動側カムプレートと、
第2転動体を介して前記第2駆動側カム部により駆動され、前記駆動側カムプレートが回転するとき前記回転中心軸線の方向に変位する第2の従動側カムプレートと、
を備え、
前記第1の従動側カムプレートおよび前記第2の従動側カムプレートによって前記摩擦係合要素の作動状態を切り替えることを特徴とする駆動力制御装置。
【請求項2】
前記第1駆動側カム部は、前記駆動側カムプレートの回転方向の一方側の端部ではリフト量が小さく、前記回転方向の他方側の端部ではリフト量が大きくなっており、
前記第2駆動側カム部は、前記回転方向の一方側の端部ではリフト量が大きく、前記回転方向の他方側の端部ではリフト量が小さくなっていることを特徴とする請求項1に記載の駆動力制御装置。
【請求項3】
前記第1駆動側カム部が、前記回転方向の一方側で略一定のリフト量となる小リフト部分と、前記回転方向の他方側で該他方側の端部に近付くほどリフト量が大きくなるリフト変化部分とによって構成され、
前記第2駆動側カム部が、前記回転方向の他方側で略一定のリフト量となる小リフト部分と、前記回転方向の一方側で該一方側の端部に近付くほどリフト量が大きくなるリフト変化部分とによって構成されていることを特徴とする請求項2に記載の駆動力制御装置。
【請求項4】
前記第1駆動側カム部および前記第2駆動側カム部が、それぞれ前記駆動側カムプレートの一面側に配置されていることを特徴とする請求項1ないし請求項3のうちいずれか1の請求項に記載の駆動力制御装置。
【請求項5】
前記第1駆動側カム部および前記第2駆動側カム部が、互いに異なる回転半径を有することを特徴とする請求項4に記載の駆動力制御装置。
【請求項6】
前記第1の従動側カムプレートおよび前記第2の従動側カムプレートが、同心的に半径方向の内外に配置された異径の環状体によって構成されていることを特徴とする請求項5に記載の駆動力制御装置。
【請求項7】
前記第1駆動側カム部が回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第1凹状カム部によって構成されるとともに、
前記第2駆動側カム部が回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第2凹状カム部によって構成され、
前記第1凹状カム部の中心角と前記第2凹状カム部の中心角とが略同一となっていることを特徴とする請求項6に記載の駆動力制御装置。
【請求項8】
前記第1の従動側カムプレートが、前記第1凹状カム部に対向するよう回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第3凹状カム部を有するとともに、
前記第2の従動側カムプレートが、前記第2凹状カム部に対向するよう回転方向に等角度間隔に配置された複数の円弧状の第4凹状カム部を有し、
前記第3凹状カム部の中心角と前記第4凹状カム部の中心角とが略同一となっていることを特徴とする請求項7に記載の駆動力制御装置。
【請求項9】
前記第1凹状カム部および前記第2凹状カム部の中心角と前記第3凹状カム部および前記第4凹状カム部の中心角とが略同一となっていることを特徴とする請求項8に記載の駆動力制御装置。
【請求項10】
前記駆動側カムプレートが、前記アクチュエータの出力軸に装着された出力歯車に噛合する外歯部を有するとともに、
前記2つの出力軸のうち少なくとも一方が貫通する中心部の貫通穴を有していることを特徴とする請求項1ないし請求項3のうちいずれか1の請求項に記載の駆動力制御装置。
【請求項11】
前記2つの出力軸の間に遊星歯車式の差動機構が介装されるとともに、
前記複数の摩擦係合要素が、
前記入力軸と前記2つの出力軸との間に介在する遊星歯車式の変速機構のいずれか1つの回転要素の回転を選択的に制限することができるトルク移動用の摩擦係合要素と、
前記差動機構を構成するリングギヤ、キャリアおよびサンギヤのうちいずれか2つの回転要素の間に介在する差動制限用の摩擦係合要素と、を含むことを特徴とする請求項4に記載の駆動力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2011−247297(P2011−247297A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−118440(P2010−118440)
【出願日】平成22年5月24日(2010.5.24)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】