説明

高周波信号伝送製品用ポリテトラフルオロエチレン絶縁体の製造方法

【課題】1GHz以上の高周波帯域において、誘電正接の小さいポリテトラフルオロエチレン絶縁体を提供する。
【解決手段】ポリテトラフルオロエチレンを含有する原料に、照射線量100Gy〜3000Gyのγ線を照射する工程を含む製造方法により、ポリテトラフルオロエチレン絶縁体を製造する。当該製造方法では、γ線を照射した原料を、所望の形状に加工してポリテトラフルオロエチレン絶縁体を得る工程が行われることが好ましく、前記ポリテトラフルオロエチレン絶縁体を焼成する工程がさらに行われることがより好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波ケーブル、高周波基板等の高周波信号伝送製品の絶縁層に用いられるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)絶縁体、およびその製造方法に関する。本発明はまた、PTFE絶縁体を用いた、高周波ケーブルおよび高周波基板に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、高周波ケーブル、高周波基板等の高周波信号伝送製品の絶縁層には、信号の伝送効率が高くなるように、伝送損失の少ない材料、特にPTFEが用いられている(例えば、特許文献1〜4参照)。
【0003】
PTFEを用いて絶縁層を形成する方法としては、PTFEモールディングパウダーを圧縮成形して焼成した後、切削してシート化する方法、PTFEファインパウダーを含有するペーストをフィルム状に押出成形して焼成する方法、PTFEを含有するディスパージョンを耐熱キャリアにキャスティングした後焼成してフィルム化する方法等が知られている。
【0004】
近年、1GHz以上の高周波を用いた高速通信が行われ始めており、高周波信号伝送製品に用いられる絶縁体には、さらなる低伝送損失性が求められるようになってきた。
【特許文献1】特開2005−158502号公報
【特許文献2】特開2004−319216号公報
【特許文献3】特開2003−218271号公報
【特許文献4】特開11−145577号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、1GHz以上の高周波帯域において、誘電正接の小さいPTFE絶縁体を提供することにある。本発明の別の目的は、1GHz以上の高周波帯域の信号の伝送過程において、伝送損失の少ない高周波ケーブルおよび高周波基板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、PTFEを含有する原料に、照射線量100Gy〜3000Gyのγ(ガンマ)線を照射する工程を含む、高周波信号伝送製品用PTFE絶縁体の製造方法である。
【0007】
本発明はまた、当該製造方法により得られる高周波信号伝送製品用PTFE絶縁体である。
【0008】
本発明はさらに、当該高周波信号伝送製品用PTFE絶縁体を用いた高周波ケーブルおよび高周波基板である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、1GHz以上の高周波帯域において、誘電正接の小さいPTFE絶縁体が提供される。従って、当該絶縁体を用いた高周波ケーブルおよび高周波基板は、1GHz以上の高周波帯域の信号の伝送過程において、伝送損失の少ないものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の製造方法は、PTFEを含有する原料に、照射線量100Gy〜3000Gyのγ線を照射する工程を含む。
【0011】
本発明者等が鋭意検討した結果、PTFEを含有する原料に照射線量100Gy〜3000Gyのγ線を照射することにより、最終的に得られるPTFE絶縁体の誘電正接が小さくなることを見出した。誘電正接が小さくなる理由としては、示差走査熱量測定(DSC)によると、γ線照射により融解熱量が増加していることから、γ線照射により低分子化が起こり(その一方で架橋は起こらない)、この低分子化によってPTFEの結晶化度が向上したことが考えられる。
【0012】
PTFEを含有する原料としては、PTFEモールディングパウダー、PTFEファインパウダー、PTFEディスパージョン等が例示できる。
【0013】
PTFEモールディングパウダーとは、懸濁重合法により作製されたPTFE粉末であり、市販品としても各種入手することができる。市販品としては、例えば、ダイキン工業社製ポリフロンM18、旭硝子社製フルオンG192等が知られている。
【0014】
PTFEファインパウダーとは、乳化重合法により作製されたPTFE粉末であり、市販品としても各種入手することができる。市販品としては、例えば、ダイキン工業社製ポリフロンF104、旭硝子社製フルオンCD123等が知られている。
【0015】
PTFEディスパージョンとは、乳化重合法により作製された、PTFEが水系溶媒に分散した分散液であり、市販品としても各種入手することができる。市販品としては、例えば、ダイキン工業社製ポリフロンD−1、旭硝子社製フルオンAD911L等が知られている。
【0016】
これらのうち、PTFEモールディングパウダー、およびPTFEファインパウダーが好ましい。PTFEモールディングパウダーを原料にして作製した高周波信号伝送製品用PTFE絶縁体は、高周波基板用途に好適であり、PTFEファインパウダーを原料にして作製した高周波信号伝送製品用PTFE絶縁体は、高周波ケーブル用途に好適である。
【0017】
原料に含まれるPTFEの数平均分子量としては200万〜1400万が好ましく、600万〜1200万がより好ましい。なお、PTFEの数平均分子量は、ASTM D1457−83に準拠して求めることができる。
【0018】
原料は、PTFE以外に、ナフサ、ホワイトオイル、流動パラフィン、トルエン、キシレン等の炭化水素油;水、アルコール類、ケトン類、エステル類等の溶媒;カーボンブラック、ベンガラ等の着色剤などを含んでいてもよい。これらの成分は、高周波信号伝送製品用PTFE絶縁体の製造にあたり、PTFEを含有する原料にγ線を照射した後に添加されてもよい。
【0019】
γ線の照射は、公知方法に準じて行うことができる。γ線の照射線量は、100Gy〜3000Gyである。照射線量が100Gy未満では、誘電正接の値を十分に低くすることができず、3000Gyを超えると、強度低下が発生する。強度およびコスト等の観点から、好ましい照射線量は、500Gy〜2000Gyである。
【0020】
γ線照射時の温度としては、−20〜80℃とすればよく、室温で行うこともできる。照射時の雰囲気としては、大気雰囲気下であってよい。
【0021】
γ線を照射したPTFEを含有する原料を、常法に従い、加工することによって、高周波信号伝送製品用PTFE絶縁体を得ることができる。従って、本発明の製造方法においては、例えば、γ線を照射した原料を、所望の形状に加工してPTFE絶縁体を得る工程(形状加工工程)を行えばよく、当該PTFE絶縁体を焼成する工程(焼成工程)をさらに行うことが好ましい。
【0022】
形状加工工程において、加工する形状は、絶縁体の最終形態に適した形状を選択すればよく、例えば、高周波基板用途を意図する場合には、板状、シート状またはフィルム状とすればよく、高周波ケーブル用途を意図する場合には、チューブ状とすればよい。
【0023】
形状加工工程は、公知方法に準じて行うことができる。例えば、PTFEを含有する原料がPTFEモールディングパウダーであった場合には、圧縮成形により所望の形状に加工すればよく、特に、高周波基板用途に向けて、板状、シート状またはフィルム状に成形するのがよい。PTFEを含有する原料がPTFEファインパウダーであった場合には、原料に加工助剤を添加して押出成形により所望の形状に加工すればよく、特に、高周波ケーブル用途に向けて、チューブ状に成形するのがよい。PTFEを含有する原料がPTFEディスパージョンであった場合には、含浸法、キャスト法等により、フィルム状に加工すればよい。
【0024】
焼成工程は、公知方法に準じて、上記所望の形状に加工した原料を、PTFEの融点以上、好ましくは、360〜380℃に加熱して行えばよい。焼成することにより、PTFE絶縁体の強度を向上させ、圧縮変形を抑制することができる。
【0025】
このようにして得られるPTFE絶縁体は、1GHz以上の高周波帯域において、誘電正接が低いという特徴を有し、高周波信号伝送製品に専ら適するものである。従って、当該絶縁体を、公知方法に準じて、高周波ケーブル、高周波基板等の高周波信号伝送製品の絶縁層として使用すれば、高周波信号の伝達損失の少ない高周波信号伝送製品を得ることができる。加工性の観点からは、高周波基板には、PTFEモールディングパウダーを原料にして作製したPTFE絶縁体を用いるとよく、高周波ケーブルには、PTFEファインパウダーを原料にして作製したPTFE絶縁体を用いるとよい。
【実施例】
【0026】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は、これら実施例に制限されるものではない。
【0027】
実施例1
市販のPTFEモールディングパウダー(ダイキン工業社製ポリフロンM18;数平均分子量800万)25kgを、受託放射線加工メーカーであるラジエ工業社にて、照射線量100Gyでγ線照射した後、115φ×265φのビレット金型に投入し、プランジャー速度10mm/分、加圧圧力15MPa、保持時間30分で圧縮成形した。次に、得られた成形体を360℃で16時間焼成した後、切削旋盤にて切削して、厚さ50μmのPTFEスカイブシートを得た。
【0028】
実施例2
市販のPTFEモールディングパウダー(ダイキン工業社製ポリフロンM18)25kgを、受託放射線加工メーカーであるラジエ工業社にて、照射線量500Gyでγ線照射した後、115φ×265φのビレット金型に投入し、プランジャー速度10mm/分、加圧圧力15MPa、保持時間30分で圧縮成形した。次に、得られた成形体を360℃で16時間焼成した後、切削旋盤にて切削して、厚さ50μmのPTFEスカイブシートを得た。
【0029】
実施例3
市販のPTFEモールディングパウダー(ダイキン工業社製ポリフロンM18)25kgを、受託放射線加工メーカーであるラジエ工業社にて、照射線量3000Gyでγ線照射した後、115φ×265φのビレット金型に投入し、プランジャー速度10mm/分、加圧圧力15MPa、保持時間30分で圧縮成形した。次に、得られた成形体を360℃で16時間焼成した後、切削旋盤にて切削して、厚さ50μmのPTFEスカイブシートを得た。
【0030】
実施例4
市販のPTFEファインパウダー(旭硝子社製フルオンCD123;数平均分子量1200万)に、受託放射線加工メーカーであるラジエ工業社にて、照射線量1000Gyでγ線照射した。このPTFEファインパウダー80質量部に、流動パラフィン(松村石油社製スモイル)20質量部を添加してペースト状の混和物とし、予備成形した後、ペースト押出により丸棒状に成形した。次に、この成形体を押出方向と同一方向に圧延して、厚さ120μmのシートを作製した。さらに、このシートを360℃で5分間焼成し、厚さ100μmの非多孔質のPTFEフィルムを得た。
【0031】
実施例5
市販のPTFEディスパージョン(ダイキン工業社製D−1、固形分濃度60質量%;数平均分子量600万)に、受託放射線加工メーカーであるラジエ工業社にて、照射線量1000Gyでγ線照射した後、蒸留水により比重を1.50に調整した。市販の厚さ75μmのポリイミドフィルム(宇部興産社製ユーピレックス75S)に、このPTFEディスパージョンをディッピング速度100mm/分で含浸させ、80℃で10分間予備乾燥した後、360℃で10分間焼成し、冷却した。この操作を3回繰返し、厚さ75μmのポリイミドフィルム上に、厚さ50μmのPTFEフィルムを形成した。ポリイミドフィルムからPTFEフィルムを分離させることにより、PTFEフィルムを得た。
【0032】
比較例1
市販のPTFEモールディングパウダー(ダイキン工業社製ポリフロンM18)を、115φ×265φのビレット金型に投入し、プランジャー速度10mm/分、加圧圧力15MPa、保持時間30分で圧縮成形した。次に、得られた成形体を360℃で16時間焼成した後、切削旋盤にて切削して、厚さ50μmのPTFEスカイブシートを得た。
【0033】
比較例2
市販のPTFEファインパウダー(旭硝子社製フルオンCD123)80質量部に、流動パラフィン(松村石油社製スモイル)20質量部を添加してペースト状の混和物とし、予備成形した後、ペースト押出により丸棒状に成形した。次に、この成形体を押出方向と同一方向に圧延して、厚さ120μmのシートを作製した。さらに、このシートを360℃で5分間焼成し、厚さ100μmの非多孔質のPTFEフィルムを得た。
【0034】
比較例3
市販のPTFEディスパージョン(ダイキン工業社製D−1、固形分濃度60質量%)の比重を、蒸留水により1.50に調整した。市販の厚さ75μmのポリイミドフィルム(宇部興産社製ユーピレックス75S)に、このPTFEディスパージョンをディッピング速度100mm/分で含浸させ、80℃で10分間予備乾燥した後、360℃で10分間焼成し、冷却した。この操作を3回繰返し、厚さ75μmのポリイミドフィルム上に、厚さ50μmのPTFEフィルムを形成した。ポリイミドフィルムからPTFEフィルムを分離させることにより、PTFEフィルムを得た。
【0035】
実施例1〜5および比較例1〜3で得られたPTFEシートおよびフィルムの性能を評価した。結果を表1および2に示す。なお、破断伸びおよび破断強度は、JIS K 7137に準拠して測定した。また、比重は、JIS K 7112に準拠して測定した。結晶化度は、(7.623−15.2457/比重)×100より算出した。Tanδ(誘電正接)は、空洞共振器摂動法(測定装置:HP8722A NETWORK ANALYZER)により求めた。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
表1および表2の結果から明らかなように、実施例のPTFE絶縁材料は、比較例のPTFE絶縁材料よりもTanδの値が低くなっている。従って、実施例のPTFE絶縁材料を、高周波ケーブル、高周波基板等の絶縁層に適用すれば、高周波帯域の信号の伝送過程において、伝送損失が少なくなることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の方法により製造されるPTFE絶縁体は、高周波ケーブル、高周波基板等の高周波信号伝送製品の絶縁層に専ら適するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリテトラフルオロエチレンを含有する原料に、照射線量100Gy〜3000Gyのγ線を照射する工程を含む、高周波信号伝送製品用ポリテトラフルオロエチレン絶縁体の製造方法。
【請求項2】
γ線を照射した原料を、所望の形状に加工してポリテトラフルオロエチレン絶縁体を得る工程をさらに含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記ポリテトラフルオロエチレン絶縁体を焼成する工程をさらに含む、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記ポリテトラフルオロエチレンを含有する原料が、ポリテトラフルオロエチレンモールディングパウダー、ポリテトラフルオロエチレンファインパウダー、またはポリテトラフルオロエチレンディスパージョンである請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記ポリテトラフルオロエチレンを含有する原料が、ポリテトラフルオロエチレンモールディングパウダーである請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記ポリテトラフルオロエチレンを含有する原料が、ポリテトラフルオロエチレンファインパウダーである請求項4に記載の製造方法。
【請求項7】
前記γ線の照射線量が、500Gy〜2000Gyである請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法により得られる高周波信号伝送製品用ポリテトラフルオロエチレン絶縁体。
【請求項9】
請求項8に記載の高周波信号伝送製品用ポリテトラフルオロエチレン絶縁体を用いた高周波ケーブル。
【請求項10】
請求項8に記載の高周波信号伝送製品用ポリテトラフルオロエチレン絶縁体を用いた高周波基板。

【公開番号】特開2009−193732(P2009−193732A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−30945(P2008−30945)
【出願日】平成20年2月12日(2008.2.12)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】