説明

高強度かつ高弾性率の炭素繊維を得るための前駆体繊維の製造方法

【課題】
高引張強度かつ高引張弾性率の炭素繊維を製造することができる前駆体繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】
以下の工程を含むことを特徴とする、炭素繊維の前駆体繊維の製造方法:
(1)ジメチルスルホキシドにカーボンナノチューブを添加し、超音波を照射してカーボンナノチューブを分散させ、カーボンナノチューブ分散液を調製する工程;
(2)このカーボンナノチューブ分散液とポリアクリロニトリル系ポリマーのジメチルスルホキシド溶液とを合わせて、紡糸原液を調製する工程;
(3)この紡糸原液を、紡糸口金を経て凝固浴中に吐出して、凝固糸を得る工程;そして
(4)この凝固糸を延伸して炭素繊維の前駆体繊維を得る工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度かつ高弾性率の炭素繊維を得るための前駆体繊維の製造方法に関する。また、本発明は、かかる製造方法によって得られる前駆体繊維、及びかかる前駆体繊維から得られる高強度かつ高弾性率の炭素繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、軽量かつ高強度、高弾性率という極めて優れた物性を有することから、釣竿、ゴルフクラブやスキー板等の運動用具からCNGタンク、フライホイール、風力発電用風車、タービンブレード等の形成材料、道路、橋脚等の構造物の補強材、さらには、航空機、宇宙用素材として使われ、さらにその用途は広がりつつある。
【0003】
このような炭素繊維の用途の拡大につれて、より高強度、高弾性率を有する炭素繊維の開発が望まれるようになってきている。
【0004】
炭素繊維は、ポリアクリロニトリルを原料とするPAN系炭素繊維と、石炭由来のコールタール、石油由来のデカントオイルやエチレンボトムなどを出発原料とするピッチ系炭素繊維に大別される。いずれの炭素繊維も、まずこれらの原料から前駆体繊維を製造し、この前駆体繊維を高温で加熱して耐炎化、予備炭素化、及び炭素化することによって製造される。
【0005】
物性の点から見ると、現在市販されているPAN系炭素繊維は、最大6GPa程度という極めて高い引張強度を達成することができるが、引張弾性率が発現しにくく、最大でも300GPa程度に留まっている。一方、現在市販されているピッチ系炭素繊維は、最大800GPa程度という極めて高い引張弾性率を達成することができるが、引張強度が発現しにくく、最大でも3GPa程度に留まっている。航空機や宇宙用素材として使用するためには、高引張強度かつ高引張弾性率の炭素繊維が望ましいが、このように、現在提案されている炭素繊維の中にこの要件を満たすものは存在しない。
【0006】
一方、特許文献1には、ポリアクリロニトリル系ポリマーにカーボンナノチューブを添加して紡糸することによって得られた前駆体繊維(カーボンナノチューブ含有PAN系前駆体繊維)が、従来のPAN系前駆体繊維より高い引張弾性率を示すことが開示されている。
【0007】
しかし、特許文献1の方法で得られた前駆体繊維は、引張弾性率の点では優れるものの、断面形状が円形ではなく大きく歪んでいるため、この前駆体繊維から得られる炭素繊維は従来のPAN系炭素繊維のような高い引張強度を示さない。
従って結局、高引張強度及び高引張弾性率という二つの特性を両立させた炭素繊維は未だ得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第6852410号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、高引張強度(具体的には6GPa以上の引張強度)かつ高引張弾性率(具体的には300GPa以上の引張弾性率)の炭素繊維を製造することができる前駆体繊維及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成するために、特許文献1の方法の改良について鋭意検討した結果、特許文献1の方法で得られるカーボンナノチューブ含有PAN系前駆体繊維の断面形状が大きく歪む理由は、紡糸原液の溶剤としてジメチルホルムアミド(DMF)を使用しているためであり、ジメチルスルホキシド(DMSO)を紡糸原液の溶剤とし、凝固浴に水−DMSO混合溶媒やアルコール−DMSO混合溶媒を使用することにより、略円形断面のカーボンナノチューブ含有PAN系前駆体繊維が得られることを見出した。
しかし、溶剤としてDMSOを使用すると、カーボンナノチューブ分散液の安定性が十分でなく、長時間放置した場合や、ポリアクリロニトリル系ポリマーのDMSO溶液とカーボンナノチューブ分散液とを混合する際の送液の衝撃でカーボンナノチューブが凝集析出しやすい。このため、得られた凝固糸中に凝集・析出物の塊が散在し、延伸時にこの塊を起点に糸切れを生じやすく、十分な延伸を行うことができないこと、このため前駆体繊維中のポリマー鎖及びカーボンナノチューブの配向が不十分になり、カーボンナノチューブの添加により本来期待されるべき高い引張強度および引張弾性率を発現することができないことが判明した。また、カーボンナノチューブが紡糸原液中で多量に凝集・析出すると、紡糸原液の曵糸性がなくなったり、紡糸口金のフィルター詰まりを起こし、紡糸不可能になることが判明した。
そこで、本発明者らは、DMSO中に超音波で分散したカーボンナノチューブ分散液中のカーボンナノチューブの凝集・析出を抑制する方法についてさらに検討したところ、カーボンナノチューブ分散液に予めポリアクリロニトリル系ポリマーを添加すると、カーボンナノチューブが安定にDMSO中に分散されて凝集・析出しにくくなることを見出し、本発明の完成に至った。
【0011】
即ち、本発明は、以下の通りである。
1.以下の工程を含むことを特徴とする、炭素繊維の前駆体繊維の製造方法:
(1)ジメチルスルホキシドにカーボンナノチューブを添加し、超音波を照射してカーボンナノチューブを分散させ、カーボンナノチューブ分散液を調製する工程;
(2)このカーボンナノチューブ分散液とポリアクリロニトリル系ポリマーのジメチルスルホキシド溶液とを合わせて、紡糸原液を調製する工程;
(3)この紡糸原液を、紡糸口金を経て凝固浴中に吐出して、凝固糸を得る工程;そして
(4)この凝固糸を延伸して炭素繊維の前駆体繊維を得る工程。
2.工程(1)で、さらにポリアクリロニトリル系ポリマーをカーボンナノチューブの1〜20倍量含有させて、カーボンナノチューブ分散液を調製することを特徴とする1に記載の製造方法。
3.工程(2)で調製される紡糸原液が、5〜30重量%のポリアクリロニトリル系ポリマー、ポリアクリロニトリル系ポリマーに対して0.01〜5重量%のカーボンナノチューブを含むことを特徴とする1又は2に記載の製造方法。
4.1〜3のいずれかに記載の製造方法によって製造される、炭素繊維の前駆体繊維であって、略円形断面を有しかつカーボンナノチューブを含むことを特徴とする炭素繊維の前駆体繊維。
5.4に記載の炭素繊維の前駆体繊維を耐炎化、予備炭素化、及び炭素化することによって製造される炭素繊維であって、6GPa以上の引張強度及び300GPa以上の引張弾性率を有することを特徴とする炭素繊維。
【発明の効果】
【0012】
本発明のカーボンナノチューブ含有PAN系前駆体繊維の製造方法では、DMSOを紡糸原液の溶剤とし、凝固浴に水−DMSO混合溶媒やアルコール−DMSO混合溶媒を使用することにより、略円形断面のカーボンナノチューブ含有PAN系前駆体繊維を得ることができる。また、カーボンナノチューブ分散液にポリアクリロニトリル系ポリマーをカーボンナノチューブの1〜20倍量添加することにより分散液が安定し、カーボンナノチューブ分散液および紡糸原液からのカーボンナノチューブの凝集・析出を抑制でき、得られた糸は、凝集・析出物の塊を含まず、十分に延伸させてポリマー鎖及びカーボンナノチューブを配向させることができる。従って、かかる前駆体繊維から得られる炭素繊維は、適切に配向されたカーボンナノチューブの含有および高分子鎖の配向に起因する高い引張強度及び高い引張弾性率を示す。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1で得られた前駆体繊維の断面写真である。
【0014】
【図2】比較例2で得られた前駆体繊維の断面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のカーボンナノチューブ含有PAN系炭素繊維の前駆体繊維の製造方法について詳述する。本発明の製造方法ではまず、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略す)にカーボンナノチューブを添加し、超音波を照射してカーボンナノチューブを分散させ、カーボンナノチューブ分散液を調製する(工程(1))。
【0016】
溶剤として使用するDMSOは予め脱水処理をしておくことが望ましい。脱水処理は、DMSOの蒸留またはモレキュラーシーブを用いる。DMSO 100mlにカーボンナノチューブを1〜20mgを超音波照射して分散させることができる。分散は目視でカーボンナノチューブが見えなくなり、黒色透明な分散液になることで確認できる。超音波照射の条件は特に限定はないが、例えば約0〜70℃の温度で約1時間〜3日間行う。
【0017】
この際、カーボンナノチューブ分散液に超音波照射を止めてしばらく放置すると、カーボンナノチューブが凝集・析出してしまう場合がある。あるいは、後に行う工程(2)においてポリアクリロニトリル系ポリマーのDMSO溶液と混合する際に、移送の衝撃でカーボンナノチューブが凝集・析出してしまう場合がある。そこで工程(1)において、カーボンナノチューブ分散液にポリアクリルニトリル系ポリマーを加えることが望ましい。このように、カーボンナノチューブ分散液にポリアクリロニトリル系ポリマーを共存させることにより安定なカーボンナノチューブ分散液を得ることができる。この時のポリアクリロニトリル系ポリマーの添加量はカーボンナノチューブに対して重さで1〜20倍が好ましく、より好ましくは2〜15倍が良い。ポリアクリロニトリル系ポリマーを添加する順番は、超音波照射を開始する前でも、超音波を照射させカーボンナノチューブが分散した後でも、どの段階でも構わないが、ポリアクリロニトリル系ポリマーを添加してから超音波照射を行うとカーボンナノチューブの分散に時間が掛かる恐れがある。そのため、超音波照射を行い、カーボンナノチューブ分散液をある程度分散させた後に、ポリアクリルニトリル系ポリマーを加えるのが良い。また、ポリアクリルニトリル系ポリマーに加えて、若しくはその代わりに、ポバールやトリトンX等の界面活性剤等の通常のカーボンナノチューブの分散剤を加えても構わない。
【0018】
本発明で使用するカーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブ、二層カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブのいずれであっても良く、これらの混合物であっても良い。各種カーボンナノチューブの末端は、閉じていても良いし、穴が開いていても良い。カーボンナノチューブの直径は、好ましくは0.4nm以上100nm以下であり、より好ましくは0.8nm以上80nm以下である。カーボンナノチューブの長さは、制限されるものではなく、任意の長さのものを用いることができるが、好ましくは0.6μm以上200μm以下である。
【0019】
本発明で使用するカーボンナノチューブの純度は、炭素純度として80%以上であることが好ましく、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である。炭素純度は、示差熱分析により決定される。カーボンナノチューブの不純物としては、非晶炭素成分や触媒金属が挙げられる。空気中での200℃以上での加熱、または、過酸化水素水で洗浄することにより、非晶炭素成分を除くことができる。さらに、塩酸、硝酸、硫酸等の鉱酸で洗浄後、水洗することにより鉄等のカーボンナノチューブ製造時の触媒金属を除去することができる。本発明では、これらの精製操作を組み合わせることにより、種々の不純物を除去し、炭素純度を高めたカーボンナノチューブを使用することが好ましい。
【0020】
カーボンナノチューブの添加量は、工程(1)および工程(2)で添加されるポリアクリロニトリル系ポリマーの量に対して0.01〜5重量%であることが好ましく、0.1〜3重量%であることがさらに好ましい。上記下限未満では、得られる前駆体繊維中のカーボンナノチューブ量が少なくなり、十分高い引張弾性率を達成できないおそれがある。また、上記上限を越えると、紡糸原液に曵糸性がなくなり、紡糸が困難になるおそれがある。
【0021】
本発明で使用するポリアクリロニトリル系ポリマーとしては、ポリアクリロニトリル、および、アクリロニトリルと共重合可能なビニル単量体からなる共重合体を使うことができる。共重合体としては、耐炎化反応に有効な作用を有するアクリロニトリル−メタクリル酸共重合体、アクリロニトリル−メタクリル酸メチル共重合体、アクリロニトリル−アクリル酸共重合体、アクリロニトリル−イタコン酸共重合体、アクリロニトリル−メタクリル酸−イタコン酸共重合体、アクリロニトリル−メタクリル酸メチル−イタコン酸共重合体、アクリロニトリル−アクリル酸−イタコン酸共重合体等が挙げられ、いずれの場合もアクリロニトリル成分が85モル%以上であることが好ましい。これらのポリマーは、アルカリ金属またはアンモニアとの塩を形成していても良い。また、これらのポリマーは単独または2種以上の混合物としても使用できる。
【0022】
次に、このカーボンナノチューブ分散液と、ポリアクリルニトリル系ポリマーのジメチルスルホキシド溶液とを合わせて、紡糸原液を調製する(工程(2))。
ポリアクリロニトリル系ポリマーのジメチルスルホキシド溶液の添加量は、最終的にポリアクリルニトリル系ポリマーの添加量が、紡糸原液中、5〜30重量%になるような量であることが好ましく、さらに好ましくは10〜20重量%になるような量である。上記下限未満では、紡糸張力をかけることができず、繊維自身および糸中のカーボンナノチューブの配向が不足し、強度不足の原因となるおそれがある。また、上記下限を越えると紡糸時に背圧上昇の原因となるおそれがある。
【0023】
紡糸原液を調製するため、予め溶解しておいたポリアクリロニトリル系ポリマーのDMSO溶液にカーボンナノチューブの分散液を添加して所定のポリマー濃度になるまでDMSOを留去することが好ましい。留去は、DMSOの分解を抑制するため減圧下で行うのが良い。その際、ポリアクリルニトリル系ポリマー濃度が常に20g/L以上に保たれるようにカーボンナノチューブ分散液を少量ずつ加えることが、カーボンナノチューブの分散の安定性の観点から好ましい。
【0024】
ポリアクリロニトリル系ポリマーとしては、ポリアクリロニトリル、および、アクリロニトリルと共重合可能なビニル単量体からなる共重合体を使うことができる。共重合体としては、耐炎化反応に有効な作用を有するアクリロニトリル−メタクリル酸共重合体、アクリロニトリル−メタクリル酸メチル共重合体、アクリロニトリル−アクリル酸共重合体、アクリロニトリル−イタコン酸共重合体、アクリロニトリル−メタクリル酸−イタコン酸共重合体、アクリロニトリル−メタクリル酸メチル−イタコン酸共重合体、アクリロニトリル−アクリル酸−イタコン酸共重合体等が挙げられ、いずれの場合もアクリロニトリル成分が85モル%以上であることが好ましい。これらのポリマーは、アルカリ金属またはアンモニアとの塩を形成していても良い。また、これらのポリマーは単独または2種以上の混合物としても使用できる。なお、工程(1)で使用するポリアクリルニトリル系ポリマーと同一のものを使用しても良いし、他の共重合体を使用しても良いし、両者の混合物であっても構わない。
【0025】
以上の工程(1)〜(2)によって得られた紡糸原液は、ポリアクリロニトリル系ポリマー、およびカーボンナノチューブを含むDMSO溶液からなる。このDMSO溶液中では、ポリアクリロニトリル系ポリマー自身の分散作用によりカーボンナノチューブが安定に分散しており、数日間放置しておいても、また何らかの衝撃が加えられても凝集・析出しにくくなっている。
【0026】
本発明の紡糸原液の粘度は、30℃で100〜200Pa・secであることが望ましい。100Pa・sec未満では、紡糸時にノズル面に紡糸原液が付着してしまうおそれがある。また、200Pa・secを越えると、メルトフラクチャーが生じ、安定に紡糸を行うことができないおそれがある。
【0027】
次に、この紡糸原液を、紡糸口金を経て凝固浴中に吐出して、乾湿式、または湿式紡糸法によって凝固糸を得る(工程(3))。
【0028】
紡糸口金の孔径は、0.1〜0.2mmであることが好ましい。孔径が0.1mm未満では、紡糸時にドラフト比が小さくなり生産性を著しく損なうおそれがある。一方、0.2mmより大きい場合は、紡糸原液の吐出線速度が小さくなり、凝固槽内での糸の張力が大きくなってしまうおそれがある。
【0029】
凝固浴としては、水−DMSOまたはアルコール−DMSO混合溶媒を用いることができる。凝固は、1段階でも良く、多段階でも良い。凝固浴中のDMSOの濃度は0〜40重量%であることが好ましく、多段階で段階的にDMSO濃度を下げていくのが望ましい。特に好ましくは2〜3段で行われる。温度は−5〜10℃に保つことが好ましい。1段目の凝固浴中のDMSO濃度は10〜40重量%が好ましく、濃度が10重量%未満では、吐出された紡糸原液の表面から急速に凝固が進み、繊維中心部の凝固が不充分となり、均一な糸の構造形成が行われないおそれがある。また、40重量%よりも濃度が高いと、凝固が遅くなり、巻き取りまでの工程で隣接する糸同士の接着を生じるおそれがある。凝固浴が1段の場合、糸中心部までの凝固が不充分となり、均一な糸構造の形成ができないおそれがある。また、4段以上では、生産設備が重厚となり、現実的でない。
【0030】
アルコールとしては、特に限定はないが、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−アミルアルコール等を用いることができる。好ましくは、メタノール、エタノールが用いられる。
【0031】
紡糸口金において、直径(D)と紡糸原液吐出口に対して垂直に設けられた原液導入経路の長さ(L)との比L/Dが、0.5〜3.0の範囲にあることが望ましい。L/Dが0.5未満の場合、紡糸原液の充分な吐出線速度が得られず、凝固浴中の糸の張力が大きくなるおそれがある。一方、L/Dが3より大きくなると、原液導入経路部の洗浄が困難になり、口金近傍での糸切れが多発し、好ましくない。
【0032】
紡糸時の引き取り速度は、3〜20m/分の範囲にあることが好ましい。3m/分未満では、充分なドラフト比が得られないおそれがあり、また、生産性が極めて低くなるおそれがある。一方、20m/分を越えると、紡糸口金近傍での糸切れが多発し、操業性を著しく損なうおそれがある。
【0033】
次に、工程(3)で得られた凝固糸を延伸して炭素繊維の前駆体繊維を得る(工程(4))。延伸することによって、繊維中の分子鎖の配向性を高めて力学物性に優れた炭素繊維を得ることができる。延伸は、トータルの延伸倍率が4〜12倍になるように行うことが好ましく、より好ましくは、トータルの延伸倍率が5〜7倍になるように行う。トータルの延伸倍率が上記下限未満では、糸中のカーボンナノチューブの配向が不充分で、ポリアクリロニトリル系ポリマーが緻密に配向した炭素繊維前駆体を得ることができないおそれがある。また、トータルの延伸倍率が上記上限を越える場合は、延伸時に糸切れが頻発し、延伸安定性に欠けるおそれがある。延伸操作は、冷延伸、熱水中での延伸、蒸気中での延伸のいずれの方法でも良い。また、1度に延伸しても、多段で延伸しても良い。
【0034】
以上の工程(1)〜(4)によって得られた前駆体繊維は、高引張強度を発揮するのに必要な略円形断面を有し、しかも高引張弾性率をもたらすカーボンナノチューブを適切な配向で含む。従って、この前駆体繊維を耐炎化、予備炭素化、及び炭素化すれば、6GPa以上の引張強度及び300GPa以上の引張弾性率を有する高強度高弾性率の炭素繊維を得ることができる。なお、本発明の炭素繊維の引張強度及び引張弾性率の上限は特に制限されないが、実際にはそれぞれ12GPa及び800GPa程度である。
【0035】
本発明では、前駆体繊維の耐炎化、予備炭素化、及び炭素化は、常法に従って行えばよく、例えば、前駆体繊維をまず、空気中で延伸比0.8〜2.5で延伸しながら200〜300℃で耐炎化し、次に、不活性気体中で延伸比0.9〜1.5で延伸しながら300〜800℃に加熱して予備炭素化し、さらに、不活性気体中で延伸比0.9〜1.1で1000〜2000℃に加熱して炭素化することによって炭素繊維を得ることができる。
【0036】
予備炭素化処理および炭素化処理時に用いられる不活性気体としては、窒素、アルゴン、キセノン、および二酸化炭素等が挙げられる。経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。炭素化処理時の最高到達温度は所望の炭素繊維の力学物性に応じて1200〜3000℃の間で設定される。一般的に炭素化処理の最高到達温度が高い程、得られる炭素繊維の引張弾性率が大きくなる。一方、引張強度は1500℃で極大となる。本発明では、炭素化処理を1000〜2000℃、より好ましくは1200〜1700℃、さらに好ましくは1300〜1600℃で行うことにより、引張弾性率と引張強度の2つの力学物性を最大限に発現させることが可能である。
【実施例】
【0037】
以下、実施例で本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0038】
なお、本実施例で得た炭素繊維の引張強度および引張弾性率は、JIS R7606(2000)「炭素繊維−単繊維の引張特性の試験方法」に従ってNMB社製引張試験機「TG200NB」を用いて測定した。
【0039】
実施例1
紡糸原液の調製:モレキュラーシーブ(ALDRICH Molecular Sieves, 4A, beads 8−12 mesh)で脱水処理したDMSO 3Lに二層カーボンナノチューブ(Unidym社製XOグレード)0.15gを添加し、35℃で超音波装置(IUCHI、SUNPAR VS−100III)で28kHz、100Wの超音波を12時間照射した後、AN94−MAA6共重合体1.5gを加えてさらに24時間超音波を照射して分散液を得た。予めDMSO100ml中にAN94−MAA6共重合体13.5gを500mlナスフラスコ中で70℃で溶解させ室温まで冷却しておいた。50mlずつカーボンナノチューブ分散液をこのナスフラスコ中に加え、15mmHg、40〜45℃でDMSOを合計3L留去し、紡糸原液を得た。
【0040】
紡糸:上記紡糸原液を80℃にて孔径0.15mm、孔数10の紡糸口金から押し出し、エアギャップ長5mmを経て0℃の30重量%DMSO水溶液15Lからなる凝固浴中へ導入した後、5重量%DMSO水溶液で水洗した。その後、2倍に延伸し、水洗した。この後、さらにこの糸を沸騰水中で3倍延伸を行い、アミノ変性シリコーン油剤を付与して、150℃、5分間乾燥することにより、単糸繊度1.0dTexの前駆体繊維を得た。この繊維の断面形状を図1に示す。図1からわかるように、略円形断面の前駆体繊維が得られた。
【0041】
耐炎化処理:上記の前駆体繊維を空気中で一定長にて、1段目220℃、2段目230℃、3段目240℃、4段目250℃でそれぞれ1時間加熱して、比重1.38の耐炎化処理糸を得た。
予備炭素化処理:上記耐炎化処理糸を窒素気流中で一定長にて、700℃で2分間加熱して予備炭素化処理糸を得た。
炭素化処理:上記予備炭素化処理糸を窒素気流中で一定長にて、1400℃で2分間加熱して炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張弾性率を表1に示す。
【0042】
実施例2
実施例1において二層カーボンナノチューブの代わりに単層カーボンナノチューブ(CNI社製Hipco)を使用した以外は実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張弾性率を表1に示す。なお、前駆体繊維の断面形状を確認したところ、実施例1と同様に略円形断面であった。
【0043】
実施例3
実施例1において二層カーボンナノチューブの代わりに多層カーボンナノチューブ(Bayer社製Baytubes)を使用した以外は実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張弾性率を表1に示す。なお、前駆体繊維の断面形状を確認したところ、実施例1と同様に略円形断面であった。
【0044】
実施例4
実施例1においてAN94−MAA6共重合体の代わりにAN95−MA5共重合体を使用した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張弾性率を表1に示す。なお、前駆体繊維の断面形状を確認したところ、実施例1と同様に略円形断面であった。
【0045】
実施例5
実施例3においてAN94−MAA6共重合体の代わりにAN95−MAA4−IA1共重合体を使用した以外は、実施例3と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張弾性率を表1に示す。なお、前駆体繊維の断面形状を確認したところ、実施例1と同様に略円形断面であった。
【0046】
実施例6
実施例1においてAN94−MAA6共重合体の代わりにPANを使用した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張弾性率を表1に示す。なお、前駆体繊維の断面形状を確認したところ、実施例1と同様に略円形断面であった。
【0047】
実施例7
実施例6において二層カーボンナノチューブの代わりに単層カーボンナノチューブを使用した以外は、実施例6と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張弾性率を表1に示す。なお、前駆体繊維の断面形状を確認したところ、実施例1と同様に略円形断面であった。
【0048】
実施例8
実施例4において二層カーボンナノチューブの代わりに多層カーボンナノチューブを使用した以外は、実施例4と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張り弾性率を表1に示す。なお、前駆体繊維の断面形状を確認したところ、実施例1と同様に略円形断面であった。
【0049】
実施例9
実施例1において二層カーボンナノチューブを0.075g使用した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張り弾性率を表1に示す。なお、前駆体繊維の断面形状を確認したところ、実施例1と同様に略円形断面であった。
【0050】
比較例1
紡糸原液の調製:500mlナスフラスコにDMSO 100 mlとAN94−MAA6共重合体15gを測り取り、室温で1時間撹拌した後、60℃まで加熱して均一な紡糸原液を得た。紡糸、耐炎化処理、予備炭素化処理、炭素化処理については実施例1と同様に処理を行い、炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張弾性率を表1に示す。なお、前駆体繊維の断面形状を確認したところ、実施例1と同様に略円形断面であった。
【0051】
比較例2
紡糸原液の調製:DMF600mlに二層カーボンナノチューブ(Unidym社製XOグレード)0.025gを添加し、超音波装置(BRANSON 3510R MT)で42kHz,100Wの超音波を36時間照射した。この分散液を合計6本調製した。500ml三口フラスコ中でジメチルホルムアミド100mlを撹拌しながら乾燥したAN94−MAA6共重合体15gを30分間かけて添加した。70℃15分間加熱して均一な溶液にした。室温まで放冷後、上記のカーボンナノチューブ分散液を150mlずつ添加してジメチルホルムアミド3600mlを留去して紡糸原液とした。
【0052】
紡糸:上記紡糸原液を80℃にて孔径0.15mm、孔数1の紡糸口金から押し出し、エアギャップ長40mmを経て−60℃に冷却したメタノール15lからなる凝固浴中へ導入し、糸を巻き取った。−60℃のメタノール中に1昼夜糸を漬けた後、9倍延伸を行い、アミノ変性シリコーン油剤を付与して、150℃、5分間乾燥することにより、単糸繊度1.8dTexの前駆体繊維を得た。この繊維の断面形状を図2に示す。図2からわかるように、この前駆体繊維は略円形断面ではなく、歪な断面形状をしている。
【0053】
耐炎化処理、予備炭素化処理、炭素化処理を実施例1と同様にして行い炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度及び引張弾性率を表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
表1からわかるように、カーボンナノチューブを添加し、紡糸原液としてDMSOを使用した実施例1〜9はいずれも、高い引張強度及び引張弾性率の炭素繊維が得られているのに対し、カーボンナノチューブを使用しなかった比較例1(従来の一般的なPAN系炭素繊維)は、引張強度は高いが引張弾性率が劣る。また、カーボンナノチューブは使用したが、紡糸原液の溶剤としてDMFを使用した比較例2(特許文献1の炭素繊維)は、引張弾性率は比較例1より高いが、繊維の断面が歪んでいるため、引張強度が劣る。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の製造方法によって得られた前駆体繊維を使用すれば、高い引張強度と高い引張弾性率を兼ね備えた炭素繊維を得ることができる。かかる炭素繊維は、航空機材料や宇宙船材料として極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含むことを特徴とする、炭素繊維の前駆体繊維の製造方法:
(1)ジメチルスルホキシドにカーボンナノチューブを添加し、超音波を照射してカーボンナノチューブを分散させ、カーボンナノチューブ分散液を調製する工程;
(2)このカーボンナノチューブ分散液とポリアクリロニトリル系ポリマーのジメチルスルホキシド溶液とを合わせて、紡糸原液を調製する工程;
(3)この紡糸原液を、紡糸口金を経て凝固浴中に吐出して、凝固糸を得る工程;そして
(4)この凝固糸を延伸して炭素繊維の前駆体繊維を得る工程。
【請求項2】
工程(1)で、さらにポリアクリロニトリル系ポリマーをカーボンナノチューブの1〜20倍量含有させて、カーボンナノチューブ分散液を調製することを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
工程(2)で調製される紡糸原液が、5〜30重量%のポリアクリロニトリル系ポリマー、ポリアクリロニトリル系ポリマーに対して0.01〜5重量%のカーボンナノチューブを含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法によって製造される、炭素繊維の前駆体繊維であって、略円形断面を有しかつカーボンナノチューブを含むことを特徴とする炭素繊維の前駆体繊維。
【請求項5】
請求項4に記載の炭素繊維の前駆体繊維を耐炎化、予備炭素化、及び炭素化することによって製造される炭素繊維であって、6GPa以上の引張強度及び300GPa以上の引張弾性率を有することを特徴とする炭素繊維。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−159517(P2010−159517A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−3150(P2009−3150)
【出願日】平成21年1月9日(2009.1.9)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】