説明

高強度で且つ冷間圧造性に優れた鋼及び強度に優れたねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品

【課題】鋼線又は鋼棒に加工した後、これに熱処理を施さずに冷間圧造及び転造若しくは切削加工又は切削主体の加工等によりねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品に成形しても、リセス割れないしその類似欠陥が発生することなく、しかもこの冷間圧造等による成形後のねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品に調質処理を施さなくても、鋼線又は鋼棒の段階で既に所望の高水準強度を有するという線材又は棒材、更に広範囲に当該棒材又は線材を含む鋼を提供する。
【解決手段】セメンタイトの体積分率が0%であるフェライト組織であって、前記フェライト組織は、圧延方向に垂直な断面の平均粒径が1μm以下のフェライト組織であり、引張強さTSが600MPa以上で且つ絞りRAが70%以上の機械的性質を有し、球状化焼なまし処理が行なわれていないことを特徴とする冷間圧造用鋼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、冷間圧造性に優れた高強度で且つ高延性を有する鋼、及び当該鋼から製造された高強度を有するねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品に関するものであり、特に、これら鋼及び成形品のそれぞれが具備すべき材質特性及び金属組織等を明確に規定するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼線又は鋼棒を冷間圧造、転造及び切削加工等により成形して製造する六角ボルトやその他の比較的高強度の機械構造用部品等は、予め冷間圧造特性を向上させるために、鋼線又は鋼棒を700℃程度の温度で十数時間から一昼夜の長時間加熱に及び、金属組織中のセメンタイトを球状化する、所謂球状化焼なまし処理を施しておくこが必要であり、場合によっては焼入、あるいは焼入・焼戻し等により、材質特性を調整しておくことが必要である。そして、更に冷間圧造成形等により機械構造用部品等に成形した後には、焼入・焼戻し等の調質処理を行なって、強度と靱性を高める必要がある。このように、比較的高強度の機械構造用部品等の製造工程は複雑であり、複数の工程を必要としていた。そのため、熱エネルギーの損失が多く、生産性が低く、また熱処理費用の増加及び納期管理等の点において問題があった。
【0003】
上記問題点を解決するために、冷間圧造を含む成形をして製品形状にした後には、焼入・焼戻し等の調質処理を施すことなく、最終製品を製造することができる技術が提案されている。例えば、使用する素材として、従来製造されている鋼線又は鋼棒の内、金属組織が焼入・焼戻し組織を有し、その機械的特性値が特定の条件を満たすもの、即ち、降伏強度(YS)と加工硬化指数(n値)との積(YS×n)が、4.0〜11.0kgf/mm2(39.2〜107.9MPa)の範囲内にある鋼線又は鋼棒に限定し、これを素材として用いることにより、これに冷間圧造成形等を施して製品形状に加工した後でも、調質処理を施す必要がないという、冷間圧造特性に優れた調質鋼線又は鋼棒が提案されている(特許文献1)。
【0004】
特許文献1によれば、上記のように降伏強度と加工硬化指数との積が、4.0〜11.0kgf/mm2の範囲内にある鋼線又は鋼棒であれば、特定のVノッチ形状を有する試験片に対して行なった圧縮試験において、当該Vノッチの底面に所定長さ以上の亀裂発生が認められないための限界圧縮率(%)を求め、この限界圧縮率が所定水準値を超えて優れた強度・靱性を有する鋼材の場合には、冷間圧造成形後に調質処理を施す必要がないと提案されている。しかしながら、特許文献1の技術においては、六角ボルト等に冷間圧造するための素材となる鋼線又は鋼棒は、長時間を要する球状化焼なましは不要になるが、冷間圧造をする前の鋼線又は鋼棒に対しては依然として、短時間の焼入・焼戻し処理が必要であることは解消されてない。
【0005】
一方、熱間圧延により製造された線材又は棒材の冷間圧造性を向上させるために通常行なわれている当該線材又は棒材に対する球状化焼なましを行なうことなく、冷間加工性に優れた冷間圧造用鋼の製造技術が提案されている(特許文献2)。即ち、鋼中のCをセメンタイト生成温度よりも高温においてFe3C以外の炭化物として生成させることにより
、鋼中の固溶C量を実質的に低減させ、変形抵抗、変形能を阻害するセメンタイト、ひいてはパーライトの生成を抑制する一方、初析フェライト量を大幅に増加させ、冷間加工性を大幅に向上させるというものである。具体的には、化学成分組成として、C:0.06〜0.45質量%未満、Si:0.05質量%以下、Mn:0.5〜1.0質量%及びV:0.10〜0.60質量%を含有し、初析フェライトとパーライトとの合計量が、面積率で90%以上であって、しかも初析フェライト量がf(%)=100−125×C(質量%)+22.5×V(質量%)で表わされるfの値以上の面積%(但し、f>100%となるときは、f=100%とする)であり、初析フェライト中にVCが析出している鋼が提案されている。かかる鋼の製造方法として、上記化学成分組成を有する鋼片を、1000から1250℃の加熱をし、仕上温度がAr3点以上、FDTL(℃)=800+190×(C(質量%)+0.5×V(質量%))で表わされるFDTLの値以下の温度で熱間圧延を行ない、圧延終了後、1℃/s以下で冷却するというものである。
【0006】
特許文献2によれば、上記球状化焼なまし処理を省略することはできるが、上記鋼の引張強さは、500MPaまで到達していないので、当該鋼の冷間圧造後の成形品に比較的高強度が要求される場合には、調質処理を必要とする場合がある。また、比較的高価な合金元素であるVの添加を要するので、コスト上昇に繋がる。
【特許文献1】特開2003−113422
【特許文献2】特開2000−273580
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
次に、この発明の実施形態とともに当該実施形態における態様の限定理由について説明する。
[1] この発明に係る鋼 冷間圧造用鋼、並びに、この発明に係るねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品
始めに、この発明に係る冷間圧造用鋼、並びに、この発明に係るねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品の実施形態について述べる
【0030】
[1−1] この発明に係る冷間圧造用鋼
先ず、この発明に係る冷間圧造用鋼が具備すべき金属組織及び材質特性等の実施形態について述べる。この発明に係る冷間圧造用鋼は、高強度で且つ冷間圧造性に優れた高強度且つ高延性を備えた鋼等であって、金属組織の形態及び機械的性質の特性の両方を前述した通りに定量的に規定することを基本とするものである。以下、具体的に説明する。
【0031】
C:セメンタイトが析出しない炭素量以下であること。
の発明に係る鋼等の冷間圧造性を優位に確保するために、特に絞り特性が重要である。一方、強度確保の重要な手段として、C含有量の調整の他に、主相のフェライト粒径の制御により行なうことができる。この観点から、C含有量は0.01質量%以下とすることが望ましい。
【0032】
P:0.2質量%以下
Pは、延性を劣化させる作用を有する。この発明に係る鋼等おいては、冷間圧造性の指標として極めて重要な絞りRAを劣化させないために、P含有量は上限を0.1質量%に制限することがのぞましい。
【0033】
(2)〔絞り:70%以上、引張強さ:600MPa以上
の出願の発明に係る鋼等は、その用途が比較的強度を要する機械用部品であること、特に高強度を備え、且つ厳しい成形加工に耐えることができる冷間圧造性に優れたものであることを要することから、高強度と高延性との両者をバランスよく備えた鋼等とする必要がある。強度水準を引張強さで600MPa以上に設定し、且つ延性水準を絞りで78%以上に規定する。優れた延性を確保するためには、一般に伸び又は絞りの値が高いことは重要な因子である。しかし、引張強さが600MPaというかなり強度が高い水準の材料に対して、冷間圧造により変形が複雑で且つ厳しい条件の成形加工が行なわれる場合、例えば、JIS規格のM1.6(ねじの呼び径d:1.6mm)なべ小ねじで、強度区分が6.8以上のものの頭頂面にリセスを冷間圧造する場合に、リセス割れ発生防止に有効な延性水準は、材料の絞りは65%以上が必要である。この場合、リセス割れ発生と材料の伸びとの間には良好な相関関係はなく、その割れ発生を材料の伸びの値で予測することは困難であることを、先ず発明者等は知見した。図1は、そのような例を示すものであり、Si−Mn系炭素鋼素材に対して、温間温度域における多方向への多パス圧延により、総減面率Rが90%以上の試験における試験材の引張試験による引張強さと伸びとの関係を示すグラフにおいて、M1.6なべ小ねじの冷間圧造によるリセス成形時の割れ発生の無し(○印)と有り(×印)の結果例を示す図である。そして、更に材料強度の高いものが必要となり、引張強さで800MPa以上を要する場合(例えば、JIS規格のM1.6なべ小ねじで、強度区分が8.8以上の場合)には、上述したような冷間圧造性を確保するためには、絞りが70%以上であることが望ましい。但し、小ねじのリセス形状は常に一定であるとは限らない。従って、種々形状のリセスを想定し、特に、ねじの頭頂面の面積に対するリセスの占有面積との比が大きいほど、リセス割れが発生し易い点に留意し、要求すべき強度及び絞り水準が必要且つ十分なものとなるように鋼等を設計すべきである。
【0034】
上記の高強度で且つ冷間圧造性に優れた鋼等、即ち、高強度且つ高延性をバランスよく備えた鋼等は、下記の場合には必要不可欠ともなる。小ねじ等を製造する場合、リセス割れ等の冷間圧造割れ発生を回避するために、比較的軟質な鋼を素材として用い、冷間圧造によるヘッダー加工でリセスを成形し、ねじ部を転造成形した後に、焼入又は浸炭焼入・焼戻し等の調質処理により、ねじの機械的性質を向上させようとしても、ねじの軸径が2.0mm以下の小ねじ等を製造する場合には、焼入後の残留応力又は浸炭焼入の場合の浸炭層の深さと、ねじ径やねじ山の大きさとの関係により、焼入等の熱処理が困難な場合がある。特に、ねじの軸径が1mm以下の場合、又は長尺ものの場合は、焼入・焼戻しに伴なう変形により、機械部品として使用することができないこともある。このような微小部材の製造においては、この発明に係る鋼等の供給は極めて有効なものとなる。また、上記の如き焼入・焼戻し等の調質処理を施すことができる場合であっても、この発明に係る鋼等であれば、そのような煩雑な調質処理が不要となるので、コストダウンや生産性の向上等、大きな効果が発揮される。
【0035】
なお、上記JISに規定されたボルト・小ねじにおいて、強度区分の表記「8.8」は、左側の「8」が呼び引張強さ800MPaの1/100の数値を、右側の「8」が呼び下降伏点又は呼び耐力640MPaと呼び引張強さ800MPaとの比の10倍の数値を表わし、両者を「.」で挟んで表記したものである。
【0036】
(3)〔第1相:フェライト組織で、圧延方向に垂直な断面組織のフェライト平均粒径が1μm以下とする鋼等〕
この出願の発明に係る鋼等では、当該鋼等の金属組織の形態として、フェライト粒からなる単相組織を有することを必須要件としている。本発明者等は、相変態による強化機構を全く利用せずに鋼等の高強度化を実現する方法として、結晶粒の微細化を図る方法を採ることにした。その際、得られる鋼等の絞りを高水準に確保することが、前記冷間圧造におけるリセス割れ発生防止等の前提条件であることを、本発明者等は今回新たに知見した。そこで、鋼の化学成分組成を種々変化させたSi−Mn系炭素鋼(但し、Feの結晶構造はbccである)に対して、大ひずみ導入の温間多方向の多パス圧延の試験を行なった。この試験結果より、フェライト平均粒径dと引張強さTSとの関係を整理すると、図2が得られる。
【0037】
図2の結果より、圧延方向に垂直な断面組織の平均粒径が2μm以下のフェライト組織を主相とする鋼であれば、引張強さは600MPa以上が得られており、また、上記平均粒径が(0.7〜1)μm以下のフェライト組織を主相とする鋼であれば、引張強さは800MPa以上が得られている。
【0038】
更に、上記において、フェライト粒が一方向に伸長した粒形態が混在していても、圧延方向に垂直な断面組織の平均粒径が2μm以下であれば、引張強さTS=600MPa以上が得られ、また圧延方向に垂直な断面組織の平均粒径が(0.7〜1)μm以下であれば、引張強さTS=800MPa以上が得られることがわかった。
【0039】
次に、Si−Mn系炭素鋼素材に対して、温間温度域における多方向への多パス圧延により、総減面率Rが90%以上の試験により得られた、上述したフェライト粒径を有する試験材の引張試験による引張強さと絞りとの関係をプロットし、一方、これらの試験材に対するM1.6なべ小ねじの冷間圧造によるリセス成形試験を行ない、リセスの割れ発生の有無を試験した。その結果を、図3に示す。図3によれば、引張強さが600MPa以上であっても、絞りRAが65%以上であれば、リセス割れは発生していない。更に、引張強さが800MPa以上のものであるにも関わらず、絞りRAが更に上昇して80%以上の鋼が得られており、この場合にもリセス割れが発生していない。
【0040】
前述した通り、リセスには種々形状のものがあるので、リセス割れないしその類似欠陥の発生を抑止するために鋼等が具備すべき必要且つ十分条件は一律ではない。M1.6なべ小ねじのリセス成形は極めて過酷な延性条件を要することを考慮することが必要である。
【0041】
そこで、この出願の発明においては、上記図1、図2及び図3を含めた試験結果及びこれらに対する考察、並びに実用性を総合し、極めて高水準の冷間圧造性が要求されるM1.6なべ小ねじのリセスを含めた種々形状のリセスを、割れ発生無しに成形加工し得るという優れた冷間圧造性を有する鋼等が具備すべき条件は、引張強さが600MPa以上を必要とする成形品を前提条件として、絞りRAが70%以上であることを必須条件とすべきであるとの結論を得た。そして、このような水準の引張強さを具備させる有利な手段は、フェライトの粒径を、圧延方向に垂直な断面組織の平均粒径で、1μm以下になるようにすることが効果的であることを知見した。
【0042】
(4)[焼入、又は焼入・焼戻し処理不要]
この出願の発明に係る鋼等では、当該鋼等の金属組織の形態として、フェライト粒からなり、引張強さTSが600MPa以上で且つ絞りRAが70%以上を具備しているので、敢えて、焼入、又は焼入・焼戻しにより強度及び延性を改善する必要はない
【0043】
これにより、この発明に係る鋼等のかかる材質特性により、ねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品の製造工程の省略化及び製造コストの低減等、大きな効果が発揮される。
【0044】
(5)[Cの化学成分組成]
更に、この出願の発明に係る「鋼」の化学成分組成に関しては、相変態による鋼の強化機構を利用せず、しかも強度を向上させるための合金元素、例えば、Cr、Mo、Cu、Ni、Nb、Ti、V及び/又はB等の合金元素の添加を必須の要件とはしない。但し、このような合金元素を適宜添加しても差し支えない。この発明に係る鋼等は、フェライト単相鋼の広い範囲の化学成分組成の設計をすることができる。そして、この出願の発明に係る鋼等の化学成分組成の内、Cを除く化学成分組成の望ましい範囲は下記の通りである。
【0045】
Si:2.0質量%以下(0質量%を含まず)
Siは、脱酸剤として作用する元素であるから、鋼等に残留する酸化物系非金属介在物の量を低減させて清浄性向上を図り、その延性確保に寄与させ得る。また、Siは、適量の含有量により冷間圧造性の向上に寄与する元素であることも、本発明者等は知見した。特に、Si含有量が0.8〜1.5質量%の範囲内において、その効果が発揮される。しかしながら、Siを過剰に含有させると、却ってその延性を劣化させ、また加工時の変形抵抗が大きくなる。そこで延性劣化を招かないSi含有量として2.0質量%以下に規制する。但し、Siは上述の通り適正含有量において有用な元素であるから、この発明に係る鋼等において、0質量%は含めないものとする。
【0046】
Mn:3.0質量%以下(0質量%を含まず)
Mnは、強度確保のために有効であり、またSiとの複合脱酸により、鋼中に残留する酸化物系非金属介在物の低減に寄与する。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、延性を劣化させる。従って、Mn含有量は上限を3.0質量%に規制する。なお、Mnは上述の通り適正含有量において有用な元素であるから、この発明に係る鋼等において、0質量%は含めないものとし、望ましくは0.01質量%以上とする。
【0047】
S:0.03質量%以下
Sは、この発明に係る鋼等おいては不純物元素であり、高含有量になると、固溶Sが粒界に偏析し、鋼塊から鋼片への熱間加工において熱間加工性が劣化するので、0.03質量%以下に規制する。また、この発明では不純物元素として扱っているので、少ないほど望ましく、実質的に0質量%であってもよい。
【0048】
Al:0.1質量%以下(0質量%を含まず)
Alは、脱酸剤として添加する。また、AlNを生成して粒界に偏析するNをAlで固定して粒界強度を高める作用をする。しかしながら、Al含有量は0.1質量%を超えるとその効果が飽和すると共に、アルミナの凝集介在物等により鋼等の表面性状が劣化するので、上限を0.1質量%とする。なお、下限は、脱酸剤としての効果を発揮させるために、望ましくは0.005質量%とする。
【0049】
N:0.02質量%以下
Nは、この発明に係る鋼等おいては、特に添加する必要はなく、溶製プロセスにおいて不可避的に含有される不純物として扱う。Al含有量とのバランスを考慮する必要はあるが、過剰に含有されると、粒界偏析により熱間加工性の劣化を招く。但し、NはAlNとして析出し、結晶粒の微細化にも寄与する。そこで、溶製プロセスの操業性も考慮して、N含有量の上限を0.02質量%に規制することが望ましい。下限値は実操業を考慮すれば規制する必要はない。
【0050】
この発明に係る鋼等が冷間圧造性に優れた高強度且つ高延性を安定して発揮し、且つ製造コストを低減するためには、上述した全ての化学成分組成を満たすことが望ましい。そして、Si含有量については、0.8〜1.5質量%の範囲内に調整すると、この発明にかかる鋼等の絞りを一層優れたものにすることができる。
【0051】
なお、この鋼等は、相変態による鋼の強化機構を利用する必要がないので、各種の熱処理を必要とせず、この意味からも、従来の問題点であるエネルギーコストの低減、ラインの複雑化解消、製造工程数増加の解消に極めて有効である。
【0052】
(7)[球状化焼なまし処理不要]
この発明に係る「鋼等」にあっては、いずれも既に、上述した通りの金属組織及び機械的性質を有し、冷間圧造性に優れた高強度でしかも高延性を具備しているので、ねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品に成形加工するに先立って、球状化焼なまし処理を施して軟化させなくても、リセス成形等の厳しい成形加工で割れ発生を伴うことなく当該ねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品を製造することができる。この発明に係る鋼等のかかる材質特性により、ねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品の製造工程の省略及び製造コストの低減等、大きな効果が発揮される。
【0053】
(8)[温間圧延:350〜800℃、望ましくは400〜600℃]
更に、製造履歴として350〜800℃の温度範囲内において圧延することにより、微細粒化されたフェライト組織が得られ、その結果材料の引張強さが向上する。しかも、絞りの低下が抑制されて高水準に維持されたものとなる。この温間圧延において、望ましくは圧延温度を低温域の400〜600℃の範囲内に調整すると、フェライト粒の微細化が一層促進されて、引張強さが一層向上する。
【0054】
(9)[平均塑性ひずみ≧0.7]
上記温間圧延により、材料中へ残留する平均組成ひずみが、3次元有限要素法で計算して0.7以上になるように調整されると、材料の引張強さが向上し、絞りが確保されるのに極めて効果的である。
【0055】
(10)[多方向、多パス圧延]
温間圧延温度域において、その素材に対して多方向に多パスの圧延により平均塑性ひずみが0.7以上となるような圧延が行なわれることにより調製された鋼等が一層望ましい。その理由は、素材に多方向への多パス圧延を行なうに際して、所要の累積圧下率(本願における「総減面率R」(前記(1)式に相当する)を加えれば、アンビル圧縮試験での1パスによる温間大ひずみ圧縮加工における場合と同様の過程を経て、超微細フェライト粒組織を得ることができることを、発明者等は知見しており、この知見に基づき、所要の超微細粒径のフェライトを主相とする引張強さ及び絞りを有する鋼等を得ることができるからである
【0056】
[1−2]この出願の発明に係る締結部品又は軸類等の成形品
次に、この発明に係るねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の「成形品」が具備すべき金属組織及び材質特性等の実施形態について述べる。この発明に係る成形品は、高強度を有するものであって、金属組織の形態及び機械的性質の特性の両方を前述した通りに定量的に規定することを基本とするものであり、上述した通りこの成形品の素材は、上記[1−1]で述べたこの発明に係る「鋼等」に包含される「線材又は棒材」である。そして、これを素材として、圧造を含む加工方法により製造されたものである。以下、具体的に説明する。
【0057】
(1)[圧造を含む加工方法]
強度及び冷間圧造性に優れた線材又は棒材を圧造を含む加工方法により、この発明に係る「成形品」を製造する。この発明に係る成形品は、ねじ等の締結部品とシャフト等の軸類に大別される。締結部品としては、ねじ、ボルト、ナット、リベット、スタッドボルト、ファスナー類、及びその他これらに類する機能を有する機械構造用部品があり、一方、軸類としては、回転動力を伝達するためのシャフトに代表される各種軸からなる機械構造用部品がある。これらの成形品を製造するための圧造を含む加工方法としては、上記成形品の内、締結部品の製造については、所望の種類の締結部品を製造する場合に従来使用されている製造装置を用い、当該製造装置に適した操業方法により、この発明に係る締結部品を製造することができる。その代表的加工方法としては、圧造、転造、切削及び鍛造があり、これらを適宜組み合せて使用することができる。これに対して、軸類の製造については、所望の種類の締結部品を製造するために適した金型等を含む圧造装置と、一部工程につては適宜切削加工装置を使用することもできる。かくして、この発明に係る成形品の加工工程において最も重要な工程は、材料の歩留がよく、生産性よく形状が複雑で厳しい塑性加工が行なわれる圧造による加工工程である。
【0058】
(2)[調質処理不要]
この発明に係る締結部品又は軸類等の成形品は、上記鋼等に包含される線材又は棒材を素材として、圧造を含む加工法により成形加工される。この発明に係る線材又は棒材は上述した通り、優れた強度を備えているので、ねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品に圧造を含む加工方法により成形加工された後においても、この強度特性は殆どそのままこの成形品に継承される。従って、ねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品に成形加工された後、これらの機械的性質の向上を目的とする調質処理、例えば、強度、硬度、靱性等の向上を図るために焼入・焼戻し等の熱処理は一切施さなくてもよい。
【0059】
更には、前述したように、M1.6なべ小ねじのように、ねじの軸径が2.0mm以下の小ねじ等を製造する場合であって、焼入後の残留応力又は浸炭焼入の場合の浸炭層の深さと、ねじ径やねじ山の大きさとの関係により、焼入等の熱処理が困難な場合があるので、かかる場合には、調質処理が不要であることは必須要件でもある。前述したように、特に、ねじの軸径が1mm以下の場合、又は長尺ものの場合は、焼入・焼戻しに伴う変形により、機械部品として使用することができないこともある。このような微小部材の製造においては、この発明に係る鋼等の供給は極めて有効なものとなる。かくして、この発明に係るねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品にあっては、調質処理を施すことが不要であることは、この発明の目的の内でも極めて重要部分を構成する特徴である。
なお、勿論、製品固有の規格又は特殊用途等のために、更に機械的性質を向上させる必要がある場合には、適宜調質処理を施すことができ、調質処理が施されている成形品を、この発明に係る成形品から排除するものではない。
【0060】
[2]発明品群の製造方法
次に、この発明に係る高強度で且つ冷間圧造性に優れた鋼(本明細書において「この発明に係る鋼」という)を製造する方法、及びこの発明に係る強度に優れたねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品を製造する方法の実施形態について述べる。
【0061】
[2−1]この発明に係る鋼の製造方法
図4は、この発明に係るねじ等成形品の製造工程の前半部分(線材又は棒材24まで)を示したものである。但し、同図中、線材又は棒材24は、前述した定義の通り、次工程における成形用として適切な材料特性を有するもの(材料)を指す。そして、この線材又は棒材24は、この発明に係る鋼に包含されるものである。この発明に係る鋼の製造方法の望ましい工程を、前記図11に示した従来技術による鋼片からねじ等成形品の製造工程の前半部分(熱処理5まで)と比較すると、従来技術においては半製品3を熱間圧延又は熱間鍛造2bにより鋼線又は鋼棒4を製造し、これを次工程の冷間圧造及び転造等を含む加工工程へ供給するに先だって、球状化焼なまし等何らかの熱処理をすることが必須条件とされているが、この発明においては半製品3を温間圧延23により線材又は棒材24を製造すること、そして得られた線材又は棒材24に対しては全く熱処理を施す必要がなく、これを次工程の冷間圧造及び転造等を含む加工工程へ供給することができる。かかる相違は、この発明においては、上記の通り熱間圧延又は熱間鍛造2bの代わりに、適切な条件下での温間圧延23を行なうからである。以下、詳細に説明する。
【0062】
この発明に係る鋼の製造方法の基本は、所定の化学成分組成を有する鋼片又は鋼材を圧延素材として所定の温間圧延温度域において、1)所定の減面率の導入、2)所定のカリバーロールの使用による所定の減面率の導入、3)所定の塑性ひずみの導入、又は4)圧延条件パラメータZの規定、をしたカリバー圧延をすることにある。具体的には、その製造方法の必須要件は、温間圧延領域として350〜800℃の範囲内に限定することを共通条件とし、更に、下記[条件1]〜[条件4]の内の一つ又は一つ以上を満たすことである。ここで、
[条件1]とは、所定減面率の導入において、前記(1)式:R={(S0−S)/S0}×100(%)で表わした延開始直前から圧延終了までの材料の総減面率Rが50%以上となるように圧延すること、
[条件2]とは、オーバル形状の孔型を1パス以上用いた場合に限り、圧延素材の総減面率Rが40%以上となるように圧延すること、
[条件3]とは、塑性ひずみの導入において、材料に残留する平均塑性ひずみが、0.7以上となるように調整すること、そして、
[条件4]とは、圧延条件パラメータZの規定について、前記(2)式:Z=log[(ε/t)exp{Q/(8.31(T+273))}]で表わした塑性ひずみ速度ε/tと圧延温度Tとの関数である圧延条件パラメータZの値が11以上となるように圧延をすることである。
【0063】
その上で、この発明に係る鋼の製造方法の更に望ましい態様を得るために、適宜、圧延温度範囲を狭く規定すること、圧延済みの鋼に対する熱処理を制限してもよいと規定すること、及びその他の条件を規定することにより、発明品群の製造方法を構成する。以下、詳細に説明する。
【0064】
(1)温間圧延温度:350〜800℃について
圧延温度が350〜800℃の範囲内において、所定の臨界ひずみよりも大きなひずみを材料に導入することにより、このひずみによる結晶粒のミクロ的な局所方位差が微細結晶粒の起源となり、加工中あるいは加工後に起きる回復過程において、粒内の転位密度が低下すると同時に結晶粒界が形成されて、微細粒組織を形成することができる。即ち、再結晶温度の下限とみなされていた800℃ないしこれ以下の温度で加工しても、加工と同時に動的な回復ないしは再結晶が起こり、相変態を利用することなく結晶粒の微細化を図ることができる。しかし、加工温度が高過ぎると、不連続再結晶あるいは通常の粒成長により、結晶粒が粗大化する。かくして800℃超えでは2μm以下の微細結晶粒が得られ難い。逆に、加工温度が低過ぎると、所定の臨界ひずみよりも大きなひずみを与えても、回復が十分に起こらないために転位密度の高い加工組織が残存してしまう。かくして圧延温度を350℃未満にすると、やはり2μm以下の微細結晶粒は得られ難くなる。従って、この発明においては温間圧延温度を350〜800℃の範囲内に限定することを必須要件とする。
【0065】
(2)[条件1]:総減面率R≧50%、
[条件2]:オーバル形状カリバーロールを使用した場合に限り、総減面率R≧40%、[条件3]:平均塑性ひずみε≧0.7、
又は、
[条件4]:圧延条件パラメータZ≧11
について
[条件1]、[条件2]又は[条件3]については、圧延温度が350〜800℃の範囲内におけるC<0.45質量%の鋼片又は鋼材のカリバー圧延において、総減面率RがR≧50%であるか、若しくはオーバル型カリバーロールを用いた場合にR≧40%であるか、又は鋼片又は鋼材の平均塑性ひずみεがε≧0.7である場合には、圧延後に得られる鋼等にはサブバウンダリが導入されて、その引張強さTSがTS≧600MPaとなることを、発明者は試験の結果より見出した。そして、同時にそのときには65%以上の絞り(RA≧65%)が得られることもわかった。なお、総減面率R又は平均塑性ひずみεが更に大きくなり、例えば、R≧約83〜95%又はε≧約1.8〜3.0になると、大角粒界が大半を占め、引張強さTSが一層向上し、絞りRAも維持され、ないしは向上する。
【0066】
上記において、カリバー圧延の実操業において材料に導入される塑性ひずみは、一般には材料中で不均一に分布するが、ここではこの不均一分布を平均した塑性ひずみ、即ち平均塑性ひずみεを指標としており、この平均塑性ひずみ量は、3次元有限要素法により計算される平均塑性ひずみをもって表わすことができる。また、カリバーロールとしては公知の通り、角型(スクウェア型又はダイヤモンド型)、丸型及びオーバル型の3種があるが、この発明においては、オーバル型と、角型及び丸型との2種に大別する。そして、オーバル孔型のカリバーロールとは、上型と下型との組合せによって形成される孔の形状が、円形を扁平化した形状を有するものである。
【0067】
[条件4]については、圧延温度が350〜800℃の範囲内におけるC<0.45質量%の鋼片又は鋼材のカリバー圧延において、本発明者等は、温間強加工(温間における1パスによる大ひずみ加工)によって形成される超微細粒の平均粒径は、加工温度とひずみ速度に依存することに着眼し、圧延条件パラメータとしてZener−Hollomon parameter(=請求項32に記載の(2)式):Z=log[(ε/t)exp{Q/(8.31(T+273))}](但し、ε:平均塑性ひずみ、t:圧延開始から終了までの時間(s)、Q:定数(254000J/mol)、T:圧延温度(℃)、多パス圧延の場合は各パスの圧延温度を平均した温度)を導入し、結晶粒径は、圧延条件パラメータZの増加につれて微細化することを知見した。なお、Zener−Hollomon parameterは、上式に示すように、対数の形で表現した。図5に、圧延条件パラメータZとフェライト平均粒径との関係を例示する。即ち、図5は、Z≧11となるように圧延を制御することにより、フェライト平均粒径が1μm以下の微細粒組織が得られることを示している。
なお、上記圧延条件パラメータZにおいて、平均塑性ひずみεは、3次元有限要素法により計算することができるが、この計算方法の代わりに、操業上比較的簡便に求めることができる材料のひずみ(本明細書において「工業的ひずみ」という)eにより、ある程度代替することができる。工業的ひずみeは、総減面率Rの関数であり、e=−ln(1−R/100)で表わされる。
【0068】
さて、上記(1)及び(2)項の必須要件に加えて、以下の(3)〜(6)項の条件を付加することにより、この発明に係る鋼の一層望ましい製造方法を実施することができる。
【0069】
(3)多方向、多パス圧延
多方向に多パス圧延を行なうとは、カリバー圧延中において、適宜圧延材料を長手方向軸心の周りに実質的に180°未満(0°を含まない)の範囲で回転させることにより行なう。多方向、多パス圧延をすることが望ましい理由は次の通りである。上記温間温度域における多方向に対する多パス圧延により、超微細粒組織の鋼を得るためには、1)所要の臨界塑性ひずみよりも大きな塑性ひずみを材料に導入することが必要であり、しかもこの塑性ひずみは圧延後の材質特性の均質性を確保する観点から、2)材料の中心部の深くまで、できるだけ広範囲に導入することが望ましい。同一総減面率Rの圧延を行なった場合には、多方向、多パス圧延により、平均塑性ひずみεを一層大きくすることが可能となるからであり、しかも一層材料の深部まで塑性ひずみを導入することができるからである。
【0070】
なお、前記[条件2]におけるオーバル形状カリバーロールの使用により、多方向多パス圧延が容易に導入されて、上記平均塑性ひずみεの増大に寄与する。カリバーロール圧延時には、通常、圧延パス毎に0°超え〜90°未満の範囲内で材料を回転させて、圧下方向を変化させる。その際、オーバル孔型に次いで角孔型で圧延するときは90°、角孔型に次いでオーバル孔型で圧延するときは45°変化させることになる。このようにして、結晶粒の方位を分散させて、大角粒界に囲まれた微細粒を増加させることができる。なお、同一カリバーで連続して2パス圧延する場合(所謂、とも通しの場合)も、当該パス間で材料を90°回転させるので、多方向の多パス圧延に寄与する。
【0071】
なお、上記において、温間圧延の対象とする鋼片としては、所定成分の鋼塊を熱間圧延又は熱間鍛造等によりブルーム又はビレット等の形状に加工したもの、及び連続鋳造等によりブルーム又はビレット等の形状に鋳造された鋳片の内のいずれであってもよい。
【0072】
(4)「2A01/2A0≦70/100」について
さて、上記オーバル形状の孔型圧延後の材料の最大短軸長さ(2A01と表記する)を、その圧延前の材料の対辺長さ(2A0と表記する)に対して70%以下、即ち、2A01
2A0≦70/100(%)となるように圧下量を制御することにより、ひずみ量を大き
く制御して、微細粒の生成に寄与させる。図6(a)に、オーバル形状18a、18bの孔型による圧延後の材料19の最大短軸長さ2A01を、そして図6(b)に、その圧延前の材料20の対辺長さ2A0を模式的に図示する。なお、同図(a)において、符号21
a(斜線部)、21b(斜線部)はオーバル形状カリバーの部分断面を示すものである。このように、2A01/2A0≦70/100(%)となるように制御した圧延を行なうこ
とにより、微細粒を生成させるための臨界ひずみ以上のひずみを材料内部の深部まで与えることが一層容易となり、フェライト粒を広範囲にわたり平均粒径1μm以下にすることを一層有利にできる。
【0073】
(5)一層望ましい圧延温度管理の規定
圧延温度:400〜600℃
圧延待機又は材料冷却:(X+1)パス目圧延の入口材料温度:TX+1,in≦(TX+30
)℃について
次に、温間圧延における温度域を一層望ましい範囲内に制御する。前述した通り、温間加工により材料に大ひずみを導入することによって生じた結晶粒のミクロ的な局所方位差が微細結晶粒の起源となり、加工中あるいは加工後に起きる回復過程において、粒内の転位密度が低下すると同時に結晶粒界が形成され、微細粒組織が形成されるが、複雑な圧延条件下においては前述した温間圧延温度350〜800℃の範囲内にあっても、圧延温度が低目であると回復が十分でない場合があり、転位密度の高い加工組織が残存する。これに反して加工温度が高目であると、不連続再結晶あるいは通常の粒成長により結晶粒が粗大化する場合があり、2μm以下の微細結晶粒が得られ難い。そこで、この発明においては、安定して平均粒度を1μm以下に制御するためには、圧延温度を400〜600℃の範囲内に制御することが望ましい。
【0074】
一方、材料の圧延中には、加工発熱が発生する。この発熱量は加工条件により変化するが、圧延中の温度を所望の範囲内に制御することにより、所望粒径の微細粒組織を得るためには、この加工発熱を考慮した温度制御をすることが望ましい。そこで、ある圧延パス(Xパス)目の圧延出口における材料温度(例えば圧延後1秒以内の材料温度)TX,out
が、圧延設定温度TXより30℃以上高くなった場合、次の圧延パス(X+1)パス目の
圧延入口における材料温度TX+1,inが、TX+1,in≦(TX+30)℃になるまで待機する
か、又は材料を冷却して圧延を継続する。但し、最高温度は600℃を超えないようにする。こうすることにより、フェライト粒の平均粒径を更に微細化して、例えば0.5μm以下を狙うことができる。上記温度管理方法は、従来技術による通常の方法で行なえばよい。これに対して、圧延設定温度の下限400℃を保持することは、加工発熱により容易となるので、1パス目圧延開始直前の材料温度が設定温度の範囲内にあれば、温度の挙動監視以外に特別な制御は不要である。
【0075】
(6)球状化焼なまし処理不要について
次に、上述したこの発明に係る鋼の製造工程により製造された鋼に対しては、球状化焼なまし処理を施す必要はない。その理由は、この発明に係る鋼は前述した通り、高強度であり、しかも絞りが(65〜70)%以上という高水準の延性を有するので、ねじ頭部のリセス成形加工等に要求される冷間圧造性に優れており、リセス割れ等の欠陥も発生しないからである。
【0076】
[2−2]この発明に係るねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品の製造方法
次に、この出願の発明品群の製造方法の内、この発明に係る強度に優れたねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品の製造方法の実施形態について述べる。
【0077】
(1)基本プロセス
この発明に係るねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品の製造方法の基本プロセスは、始めに、前記[1]項で述べた「この発明に係る高強度で且つ冷間圧造性に優れた鋼」を製造する方法(上記[2−1]項で述べた方法)に準じた方法で、高強度で且つ冷間圧造性に優れた線材又は棒材を製造し、次に、これを素材として圧造を含む加工方法で、強度に優れたねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品を製造するというものであり、その製造方法の望ましい工程の実施形態は、図4に示した通りである。即ち、所定成分の鋼片又は鋳片22を熱間圧延又は熱間鍛造2aにより加工して半製品3に調製し、これを上記[2−1]項で述べた温間圧延23により高強度で且つ冷間圧造性に優れた線材又は棒材24に加工する。この線材又は棒材24に対しては、図11に示した従来技術のように球状化焼なまし等の熱処理5を一切施す必要はなく、これを材料として冷間圧造及び転造等による加工6により、ねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品7を製造する。こうして得られた成形品7に対しては、図9に示した従来技術のように、その機械的性質を所要値まで向上させるために焼入・焼戻し等の調質処理8を施す必要はなく、そのまま製品ラインに送り出し、必要に応じてめっき等の表面処理9を施した後に製品10とする。上記において、圧造を含む加工方法としては、従来技術を採用すればよい。例えば、ねじの製造においては、前記図12を用いて説明したように、ねじ素材の頭部を圧造により成形し、更に圧造(ヘッダー)によりリセスを成形し、次いで転造によりねじ部を成形する。このように、従来技術による圧造を含む加工方法を採用することができるのは、上記線材又は棒材が、前述した通りの冷間圧造性に優れた高強度且つ高延性を備えた材料であるからである。なお、かかるねじ製造工程の一部において、適宜従来技術による切削加工を採用しても差し支えない。また、ねじ以外のボルト等その他の締結部品の製造においても、上記ねじの製造に準じて、従来技術を用いれば差し支えない。一方、軸類の製造においても、適切な金型等の使用による圧造を含む製造工程により締結部品と同様に製造することができる。
【0078】
(2)代替可能プロセス:圧延工程の一部鍛造又は/及びプレス工程による代替
このように、この発明に係るねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品の製造は、上記(1)項の基本プロセスにより行なわれる。その際、同(1)項の基本プロセスに供する高強度で且つ冷間圧造性に優れた線材又は棒材の製造工程においては、その素材をカリバーで温間圧延している。従って、この素材の形状・寸法とこの発明に係るねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品の形状・寸法との関係、あるいは前記鋼片又は鋼材の製造ラインと当該線材又は棒材を製造する温間圧延ラインとの工程運用上の制約等により、温間圧延工程の一部代替として、適宜、鍛造工程又はプレス工程、更にはこれら両工程を併用しても、差し支えない。その理由は、前記[2−1]項、(1)項の圧延温度範囲内(350〜800℃)における加工温度で、このカリバー圧延工程における総減面率Rが同(2)項の下限値(=50%)以上、又はオーバル形状カリバーロールを使用した場合に限り総減面率RがR≧40%で圧延されるならば、当該線材又は棒材が具備すべき化学成分組成、金属組織及び材質特性が得られるので、所望の高強度で且つ冷間圧造性に優れた線材又は棒材が得られるからである。また、設備の配設条件等によっては、かかる 製造工程による場合の方が、製造コスト上有利な場合もある。
【0079】
(3)調質処理不要の製造法
この発明においては、ねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品に成形加工された後、これに対して焼入・焼戻し等による調質処理は一切施す必要はない。その理由は、この発明に係るねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品の素材である線材又は棒材は、既に前述した水準の高強度、即ち600MPa以上という引張強さを備えているので、締結部品又は軸類等の成形品に成形加工された後の強度も、実質的に継承される。即ち、各種強度水準のねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品として供することができるからである。なお、前述したように、製品固有の規格等に応じて、更に機械的性質を向上させる必要がある場合には、適宜調質処理を施すことはできる。
【実施例】
【0080】
以下に、この発明を実施例により更に詳しく説明する。
【0081】
[試験I:実施例1〜実施例、比較例1]
○試験方法
実施例1〜を次の通り試験した。表1に示す成分No.1〜の化学成分組成を有する各鋼を真空溶解炉を用いて溶製し、鋼塊に鋳造し、熱間鍛造により80mm角の棒鋼に成形した。得られた棒鋼の金属組織はいずれもフェライト及びパーライトからなっていた。こうして得られた80mm角の棒鋼から圧延素材を採取し、温間における多方向の多パスカリバー圧延により18mm角の棒材に成形し、水冷して棒材を調製した。この間の圧延方法は、上記80mm角の圧延素材を550℃に加熱した後、圧延温度450〜530℃において、ダイヤモンド型カリバーロールにより19パスの圧延を行なって、24mm角に成形し(この段階で前記図6(b)中の2A0に相当する長さが24mmである)、次いで、最大短軸長さ(前記図6(a)中の2A01に相当する長さ)が11mmで長軸長さ(前記図6(a)中の2cの長さ)が52mmであるオーバル型カリバーロールによる1パスの圧延を行ない、次いで最後にスクウェア型カリバーロールにより18mm角の棒材を製造した。
【0082】
上記の通り、実施例1〜においては、合計パス数が21(=19+1+1)で、材料の総減面率(前記(1)式によるR)は95%であった。また、オーバル型カリバーロールによる圧延後材料のC方向断面の最大短軸長さ(2A01=11mm)は、このオーバル型カリバーロールによる圧延直前の材料の角形状C方向断面の対辺長さ(2A0=24mm)に対して、(11/24)×100=46%になる。なお、前記ダイヤモンド型カリバーロールによる19パス中には、圧延材の断面形状をできるだけ正方形に近づけるために適宜行なった、同一カリバーロールに連続2パスずつ通した圧延(所謂とも通し)もカウントされている。また、各パス毎に材料を長さ方向軸芯の周りに回転させて圧下方向を変化させ、多方向の多パス圧延とした。なお、加工発熱も加わって、温間圧延の圧延温度領域でも比較的低温側領域においては、放熱量が比較的小さく、圧延中材料の温度低下に起因する中間加熱の必要性はなかった。
【0083】
一方、比較例1を次の通り試験した。これは、圧延温度が本発明の範囲外の高温でカリバー圧延を行なったものであって、次の通りである。表1に示した成分No.1の鋼塊から実施例1と同様にして得られた80mm角の棒鋼を用い、圧延温度が880〜920℃の範囲内において、実施例1〜6と同一カリバーロールを用い、同一パス圧延の方法で圧延して、80mm角の棒鋼から18mm角の棒材を製造した。但し、この間圧延温度を確保するために、適宜中間加熱を施した。
【0084】
以上により得られた実施例1〜及び比較例1の棒材について、次の確性試験を行なった。
(1)引張試験により、引張強さTS及び絞りRAを測定した。
(2)顕微鏡によるミクロ組織試験により、主相(第1相)の金属組織同定、C方向断面の平均フェライト粒径測定、並びに第2相の金属組織同定及び第2相の分率測定を行なった。なお、第2相の分率(体積%)測定は、試料断面における面積%を測定し、これで評価した。そして、更に、
(3)冷間圧造性評価のために、上記18mm角の棒材からJIS規格M1.6なべ小ねじの成形用素材である1.3mmφの線材を模して、切削加工により1.3mmφの試験片を切削加工により切出し調製して、M1.6なべ小ねじ用のヘッダー成形により頭部に十字形状のリセス成形試験を行なった。リセス成形時の割れ発生の有無は、小ねじ製造時における決定的な合否判定基準の一つである。そこで、リセス割れ発生の有無を10倍の拡大鏡で観察した。図7及び図8のそれぞれに、リセス割れが発生しなかったもの及び発生したものの外観写真を例示する。
【0085】
表2に、上述した実施例1〜及び比較例1の主な製造条件及び試験結果を示す。
【0086】
【表1】

【0087】
【表2】

【0088】
○試験結果
以上の結果より、下記事項がわかる。
【0089】
[実施例1〜について]実施例1〜は、C含有量が0.001〜0.01質量%という低C領域にあり、圧延温度範囲が450〜530℃で温間圧延領域の範囲内における一層望ましい温度領域にあり、更に、総減面率が大なる95%であって、しかもオーバル型カリバーロールを用い、しかもその最大短軸長さのその圧延直前の角形状材料の対辺長さに対する比率2A01/2A0が46%であって、かなり小さい。このように、この発
明に係る鋼の製造方法の中でも、概して極めて望ましい条件に該当している。ここで得られた鋼の金属組織及び機械的性質は、次の通りである。
【0090】
金属組織は平均フェライト粒径が0.7〜0.9μmのフェライト組織であり、フェライト粒径が著しく微細化されている。そのため引張強さTSは635〜795MPaであり、この発明が必要とする強度水準を満たしており、しかもこの発明において冷間圧造性の重要な指標としている絞りRAが78%以上と高く、下限目標値65%を十分に満たしている。
【0091】
このように、実施例1〜の鋼の製造条件は、この発明の範囲内の条件の中でも望ましい条件に属するので、金属組織及び機械的性質共に、極めて優れた特性値が得られていることがわかった。
【0092】
[比較例1について]上記実施例1〜に対して、比較例1は、圧延温度が本発明の範囲外に高い領域である880〜920℃での熱間圧延領域であったので、これ以外の製造条件については望ましいものであったにもかかわらず、得られた鋼は、その特性値として平均フェライト粒径が14.5μmと微細化されておらず、そのため引張強さTSが300MPaと満足すべきものではなく、本発明の範囲外の鋼であった。なお、絞りRAは80.0%と優れていたので、冷間圧造性に優れており、リセス割れは発生していない。しかし、比較例1の鋼では、冷間圧造及び転造等によりねじ等に成形された製品は、成形ままではこの発明の目標とする引張強さの下限値600MPaを満たすことができない。
【0093】
以上の試験Iにより、この発明に係る鋼の種々態様の製造方法により、この発明に係る高強度で且つ冷間圧造性に優れた鋼が製造されることが確認された。また、これらの鋼を用いて、この発明に係る強度に優れたねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品が製造されることもわかる。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】Si−Mn系炭素鋼素材の温間、多方向への多パス圧延による高減面率の圧延試験材における引張強さTSと伸びElとの関係において、厳しい冷間圧造性が要求されるM1.6なべ小ねじのリセス成形時の割れ発生有無を例示する図である。
【図2】化学成分組成を種々変化させたSi−Mn系炭素鋼に対して、大ひずみ導入の温間多方向の多パス圧延の試験材(結晶構造:bcc)におけるフェライト平均粒径dと引張強さTSとの関係を例示するグラフである。
【図3】Si−Mn系炭素鋼素材の温間、多方向への多パス圧延による高減面率の圧延試験材における引張強さTSと絞りRAとの関係において、厳しい冷間圧造性が要求されるM1.6なべ小ねじのリセス成形時の割れ発生有無を例示する図である。
【図4】この発明に係る鋼片等からねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品が製造されるまでの製造工程の概略フロー図の例である。
【図5】圧延条件パラメータZとフェライト平均粒径との関係を例示するグラフである。
【図6】オーバル形状の孔型圧延後の材料の最大短軸長さ2A01及びその圧延前の材料の対辺長さ2A0の概略説明図である。
【図7】この発明の実施例に係る小ねじ製造時にリセス割れが発生せず健全であった頭頂部の拡大鏡写真の例である。
【図8】比較例に係る小ねじ製造時にリセス割れが発生したものの頭頂部の拡大鏡写真の例である。
【図9】この発明の実施例に係る減速軸の外観を示す拡大鏡写真の例である。
【図10】この発明の実施例に係る段付きピンの外観を示す拡大鏡写真の例である。
【図11】鋼片からねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品が製造されるまでの従来の製造工程の概略フロー図である。
【図12】冷間圧造により、小ねじの頭部を成形する場合のヘッダー加工方法の例を説明する概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セメンタイトの体積分率が0%であるフェライト組織であって、前記フェライト組織は、圧延方向に垂直な断面の平均粒径が1μm以下のフェライト組織であり、引張強さTSが600MPa以上で且つ絞りRAが70%以上の機械的性質を有し、球状化焼なまし処理が行なわれていないことを特徴とする冷間圧造用鋼。
【請求項2】
請求項1記載の冷間圧造用鋼で、圧造を含む加工方法により製造されたことを特徴とするねじ及びボルト等の締結部品又は軸類等の成形品。



【図12】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2009−228137(P2009−228137A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−119384(P2009−119384)
【出願日】平成21年5月18日(2009.5.18)
【分割の表示】特願2003−435980(P2003−435980)の分割
【原出願日】平成15年12月26日(2003.12.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成15年7月1日社団法人日本鉄鋼協会発行の「鉄と鋼Vol.89(2003)No.7」に発表
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】