説明

高強度プレス部材およびその製造方法

【課題】980M P a以上の引張強さを有し、かつTS×T.EL≧17000(MPa・%)の優れた延性を有する高強度プレス部材を提供する。
【解決手段】部材を構成する鋼板の組成が質量%で、C:0.12%以上0.69%以下、Si:3.0%以下、Mn:0.5%以上3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下、Al:3.0%以下およびN:0.010%以下を含有し、かつSi+Alが0.7%以上を満足し、残部はFeおよび不可避不純物からなり、該部材を構成する鋼板の組織が、マルテンサイトと残留オーステナイトとベイニティックフェライトを含むベイナイトを有す高強度プレス部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に自動車産業分野で使用される高強度プレス部材であって、ダイとパンチからなる金型内で加熱した鋼板を熱間プレスし、特に引張強さ(TS) が980MPa以上となる高強度プレス部材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の見地から、自動車の燃費向上が重要な課題となっている。このため、車体材料の高強度化により車体部品の薄肉化を図り、車体そのものを軽量化しようとする動きが活発である。このような車体部品は,一般的に所望の強度を有する鋼板をプレス加工して製造しているが、その高強度化に伴って加工性は劣化し、鋼板を所望の部材形状に加工することは困難となる。
【0003】
そこで、特許文献1には、金型内で加熱された鋼板を加工すると同時に急冷して高強度化を図る熱間・温間プレスと呼ばれる部材の製造方法が開示され、980〜1470MPaのTSを必要とする一部の部材にはすでに適用されている。この方法は、常温でのいわゆる冷間プレスに比べて加工性の問題が低減されること、また水冷による焼入れにより得られる低温変態組織を活用すれば、対象部材を高強度化できること等の特徴がある。
【0004】
一方、自動車に用いられる構造部材には、サイドメンバーのように衝突時の安全性確保
の観点から、高い延性が要求されるものがある。しかし、特許文献1に記載されているような従来の熱間・温間プレス部材の延性は、必ずしも十分なものではなかった。
【0005】
このため、近年では、特許文献2に記載されているように、フェライト+オーステナイトの2相域となる温度で熱間プレスを行い、熱間プレス後の組識を面積率で40〜90%のフェライトと10〜60%のマルテンサイトの2相組織とし、780〜1180MPa級のTSと10〜20%の全伸びを有する延性に優れた熱間プレス部材が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】英国特許第1490535号
【特許文献2】特開2007−16296号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2に記載の熱間プレス部材は、高々1270MPa程度の引張強さで、また延性に関しても十分ではない場合があるため、自動車車体のさらなる軽量化を図る上で、より高強度でかつ優れた延性を有する部材の開発が必要であった。
【0008】
本発明は、上記した問題を有利に解決するもので、980M P a以上の引張強さを有し、かつTS×T.EL≧17000(MPa・%)の優れた延性を有する高強度プレス部材を、その有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記の問題を解決すべく、鋼板の成分組成およびミクロ組織について鋭意検討を重ねた。その結果、マルテンサイト組織を活用して高強度化を図るとともに、鋼板中のC量を、0.12質量%以上と比較的多くのCを含有させてベイナイト変態を活用することにより、TRIP効果を得る上で有利な残留オーステナイトを安定して確保することができること、さらに、マルテンサイトの一部を焼戻しマルテンサイトにすることによって、強度と延性に優れ、かつ引張強さが980MPa以上の高強度プレス部材が得られることを見出した。
【0010】
特に、マルテンサイトの焼戻し状態と残留オーステナイトの状態とを詳細に検討した。その結果、ベイナイト変態による残留オーステナイトの安定化の前に、一旦冷却して、一部マルテンサイトを生成させることにより、焼戻されたマルテンサイトと残留オーステナイト、ベイニティックフェライトを適正に複合化し、高強度でかつ延性に優れた高強度熱間プレス部材の作製が可能となった。
【0011】
本発明は、上記の知見に立脚するものであり、その要旨構成は次のとおりである。
1.熱間プレスにより成形したプレス部材であって、
該部材を構成する鋼板の組成が質量%で
C:0.12%以上0.69%以下、
Si:3.0%以下、
Mn:0.5%以上3.0%以下、
P:0.1%以下、
S:0.07%以下、
Al:3.0%以下および
N:0.010%以下を含有し、かつ
Si+Alが0.7%以上
を満足し、残部はFeおよび不可避不純物からなり、
該部材を構成する鋼板の組織が、マルテンサイトと残留オーステナイトとベイニティックフェライトを含むベイナイトを有し、
該マルテンサイトの鋼板組織全体に対する面積率が10%以上85%以下、
該マルテンサイトのうち25%以上が焼戻しマルテンサイトであり、
該残留オーステナイト量が5%以上40%以下、
該ベイナイト中のベイニティックフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が5%以上、
鋼板組織全体に対する、該マルテンサイトの面積率、該残留オーステナイトの面積率および該ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率の合計が65%以上を満足し、かつ
該残留オーステナイト中の平均C量が0.65%以上であることを特徴とする高強度プレス部材。
【0012】
2.前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
Cr:0.05%以上5.0%以下、
V:0.005%以上1.0%以下および
Mo:0.005%以上0.5%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする前記1または2に記載の高強度プレス部材。
【0013】
3.前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
Ti:0.01%以上0.1%以下および
Nb:0.01%以上0.1%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする前記1乃至2に記載の高強度プレス部材。
【0014】
4.前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
B:0.0003%以上0.0050%以下
を含有することを特徴とする前記1乃至3のいずれか1に記載の高強度プレス部材。
【0015】
5.前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
Ni:0.05%以上2.0%以下および
Cu:0.05%以上2.0%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする前記1乃至4のいずれか1に記載の高強度鋼板。
【0016】
6.前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
Ca:0.001%以上0.005%以下および
REM:0.001%以上0.005%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする前記1乃至5のいずれか1に記載の高強度鋼板。
【0017】
7.前記1乃至6のいずれか1項に記載の成分組成になる鋼板を、
750℃以上1000℃以下の温度に加熱し、5〜1000秒間保持したのち、
350℃以上900℃以下の温度域で熱間プレスを行い、ついで
50℃以上350℃以下の温度まで冷却した後、
350℃以上490℃以下の温度域に昇温し、
該温度域に5秒以上1000秒以下保持することを特徴とする高強度プレス部材の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、延性に優れ、しかも引張強さ(TS)が980MPa以上の高強度プレス部材を得ることができるので、自動車、電気機器等の産業分野での利用価値は非常に大きく、特に自動車車体の軽量化に対して極めて有用な高強度プレス部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に従うプレス部材の製造方法における熱間プレスの温度域を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明において、鋼板組織を上記のように限定した理由について述べる。以下、面積率は、鋼板組織全体に対する面積率とする。
【0021】
マルテンサイトの面積率:10%以上85%以下
マルテンサイトは硬質相であり、鋼板を高強度化するために必要な組織である。マルテンサイトの面積率が10%未満では、鋼板の引張強さ(TS)が980MPaを満足しない。一方、マルテンサイトの面積率が85%を超えると、ベイナイトが少なくなり、その結果、Cが濃化して安定した残留オーステナイト量が確保できないため、延性が低下することが問題となる。従って、マルテンサイトの面積率は、10%以上85%以下とする。なお、好ましくは15%以上80%以下、より好ましくは15%以上75%以下であり、さらに好ましくは70%以下である。
【0022】
マルテンサイトのうち、焼戻しマルテンサイトの割合:25%以上
マルテンサイトのうち、焼戻しマルテンサイトの割合が、鋼板中に存在する全マルテンサイトに対して25%未満の場合、引張強さは980MPa以上となるものの、靱性に劣るため、プレス時に脆性破壊を起こすおそれがある。
極めて硬質で変形能が低い、焼入れたままのマルテンサイトを焼戻すことにより、マルテンサイト自体の変形能を改善し、延性および靱性を向上させることができる。従って、マルテンサイトのうち焼戻しマルテンサイト割合は、鋼板中に存在する全マルテンサイトに対して25%以上とする。好ましくは35%以上である。なお、ここで、焼戻しマルテンサイトは、SEM(走査型電子顕微鏡)観察などによりマルテンサイト中に微細な炭化物が析出した組織として観察され、マルテンサイト内部にこのような炭化物が認められない焼入れままのマルテンサイトとは明瞭に区別することができる。
【0023】
残留オーステナイト量:5%以上40%以下
残留オーステナイトは、加工時にTRIP効果によりマルテンサイト変態し、歪分散能を高めることにより延性を向上させる。
本発明の鋼板では、ベイナイト変態を活用して、特に、C濃化量を高めた残留オーステナイトを、ベイナイト中に形成せしめる。その結果、加工時に高歪域でもTRIP効果を発現できる残留オーステナイトを得ることができる。このような残留オーステナイトとマルテンサイトを併存させて活用することにより、引張強さ(TS)が980MPa以上の高強度領域でも良好な加工性が得られ、具体的には、TS×T.ELの値を17000MPa・%以上とすることができ、強度と延性のバランスに優れた鋼板を得ることができる。
【0024】
ここで、ベイナイト中の残留オーステナイトは、ベイナイト中のベイニティックフェライトのラス間に形成され、細かく分布するため、組織観察によりその量(面積率)を求めるには高倍率で大量の測定が必要であり、正確に定量することは難しい。しかし、該ベイニティックフェライトのラス間に形成される残留オーステナイトの量は、形成されるベイニティックフェライト量にある程度見合った量である。
【0025】
そこで、発明者らが検討した結果、ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率が5%以上で、かつ従来から行われている残留オーステナイト量を測定する手法であるX線回折(XRD)による強度測定、具体的にはフェライトとオーステナイトのX線回折強度比から求められる残留オーステナイト量が5%以上であれば、十分なTRIP効果を得ることができ、引張強さ(TS)が980MPa以上で、TS×T.ELが15000MPa・%以上を達成できることが分かった。なお、従来から行われている残留オーステナイト量の測定手法で得られた残留オーステナイト量は、残留オーステナイトの鋼板組織全体に対する面積率と数値が同じになることを確認している。
【0026】
残留オーステナイト量が5%未満の場合、十分なTRIP効果が得られない。一方、40%を超えると、TRIP効果発現後に生じる硬質なマルテンサイトが過大となり、靭性の劣化などが問題となる。従って、残留オーステナイトの量は、5%以上40%以下の範囲とする。好ましくは、5%超、より好ましくは10%以上35%以下の範囲である。さらに好ましくは、10%以上30%以下の範囲である。
【0027】
残留オーステナイト中の平均C量:0.65%以上
TRIP効果を活用して優れた加工性を得るためには、特に引張強さ(TS)が980MPa〜2.5GPa級の高強度鋼板においては、残留オーステナイト中のC量が重要である。本発明の鋼板では、ベイナイト中のベイニティックフェライトのラス間に形成される残留オーステナイトにCを濃化させる。該ラス間の残留オーステナイト中に濃化されるC量を正確に評価することは困難であるが、発明者らが検討した結果、本発明の鋼板においては、従来行われている残留オーステナイト中の平均C量(残留オーステナイト中のC量の平均)を測定する方法であるX線回折(XRD)での回折ピークのシフト量から求める残留オーステナイト中の平均C量が0.65%以上であれば、優れた加工性が得られることが分かった。
【0028】
残留オーステナイト中の平均C量が0.65%未満の場合、加工時において低歪域でマルテンサイト変態が生じてしまい、加工性を向上させる高歪域でのTRIP効果が得られない。従って、残留オーステナイト中の平均C量は0.65%以上とする。好ましくは0.90%以上である。一方、残留オーステナイト中の平均C量が2.00%を超えると、残留オーステナイトが過剰に安定となり、加工中にマルテンサイト変態が生じず、TRIP効果が発現しないことにより、延性が低下する。従って、残留オーステナイト中の平均C量は2.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは1.50%以下である。
【0029】
ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率:5%以上
ベイナイト変態によるベイニティックフェライトの生成は、未変態オーステナイト中のCを濃化させ、加工時に高歪域でTRIP効果を発現して歪分解能を高める残留オーステナイトを得るために必要である。
ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率は、鋼板組織全体に対する面積率で
5%以上が必要である。一方、ベイナイトのベイニティックフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が85%を超えると、強度の確保が困難となる場合があるため、85%以下とすることが好ましい。
なお、オーステナイトからベイナイトへの変態は、およそ150〜550℃の広い温度範囲にわたって起こり、この温度範囲内で生成するベイナイトには種々のものが存在する。従来技術では、このような種々のベイナイトを単にベイナイトと規定する場合が多かったが、本発明で目標とする加工性を得るためにはベイナイト組織を規定するほうがより好ましい。ベイナイトを上部ベイナイトおよび下部ベイナイトと呼ぶ場合には、次のように定義する。
【0030】
上部ベイナイトは、ラス状のベイニティックフェライトと、ベイニッティクフェライトの間に存在する残留オーステナイトおよび/または炭化物とからなり、ラス状のベイニティックフェライト中に規則正しく並んだ細かな炭化物が存在しないことが特徴である。一方、下部ベイナイトは、ラス状のベイニティックフェライトと、ベイニッティクフェライトの間に存在する残留オーステナイトおよび/または炭化物とからなることは、上部ベイナイトと共通であるが、下部ベイナイトでは、ラス状のベイニティックフェライト中に規則正しく並んだ細かな炭化物が存在することが特徴である。
つまり、上部ベイナイトと下部ベイナイトは、ベイニティックフェライト中における規則正しく並んだ細かな炭化物の有無によって区別される。このようなベイニティックフェライト中における炭化物の生成状態の差は、残留オーステナイト中へのCの濃化に大きな影響を与える。
このため、本発明において、生成させるベイナイトは上部ベイナイトの方が望ましいが、下部ベイナイトまたは上部ベイナイトおよび下部ベイナイトの混合形態であっても問題はない。
【0031】
マルテンサイトの面積率、残留オーステナイト量およびベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率の合計:65%以上
マルテンサイトの面積率、残留オーステナイト量およびベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率のそれぞれが上記した範囲を満足するだけでは不十分で、マルテンサイトの面積率、残留オーステナイト量およびベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率の合計が65%以上である必要がある。というのは、65%未満の場合、強度不足や加工性の低下またはその両方を生じるおそれがあるからである。好ましくは70%以上、より好ましくは75%以上である。
【0032】
本発明の鋼板には、残部組織として、ポリゴナルフェライトや、パーライト、ウィドマンステッテンフェライト、を含んでも構わない。その場合、残部組織の許容含有量は、面積率で30%以下とすることが好ましい。より好ましくは、20%以下である。
【0033】
次に、本発明において、鋼板の成分組成を上記のように限定した理由について述べる。なお、以下の成分組成を表す%は質量%を意味するものとする。
C:0.12%以上0.69%以下
Cは鋼板の高強度化および安定した残留オーステナイト量を確保するのに必要不可欠な元素であり、マルテンサイト量の確保および室温でオーステナイトを残留させるために必要な元素である。C量が0.12%未満では、鋼板の強度と加工性を確保することが難しい。一方、C量が0.69%を超えると、溶接部および熱影響部の硬化が著しく溶接性が劣化する。従って、C量は0.12%以上0.69%以下の範囲とする。好ましくは、0.20%を超え0.48%以下の範囲であり、さらに好ましくは0.25%以上である。
【0034】
Si:3.0%以下(0%を含む)
Siは、固溶強化により鋼の強度向上に寄与する有用な元素である。しかしながら、Si量が3.0%を超えると、ポリゴナルフェライトおよびベイニティックフェライト中への固溶量の増加による加工性、靭性の劣化を招くだけでなく、赤スケール等の発生による表面性状の劣化も招来する。また、溶融めっきを施す場合には、めっき付着性および密着性の劣化を引き起こす。従って、Si量は3.0%以下とする。好ましくは2.6%以下である。さらに好ましくは、2.2%以下である。
また、Siは、炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進するのに有用な元素であることから、Si量は0.5%以上とすることが好ましいが、炭化物の生成をAlのみで抑制する場合には、Siは添加する必要はなく、Si量は0%であっても良い。
【0035】
Mn:0.5%以上3.0%以下
Mnは、鋼の強化に有効な元素であり、Mn量が0.5%未満では、焼鈍後の冷却中にベイナイトやマルテンサイトが生成する温度よりも高い温度域で炭化物が析出するため、鋼の強化に寄与する硬質相の量を確保することができない。一方、Mn量が3.0%を超えると、鋳造性の劣化などを引き起こす。従って、Mn量は0.5%以上3.0%以下の範囲とする。好ましくは1.0%以上2.5%以下の範囲とする。
【0036】
P:0.1%以下
Pは、鋼の強化に有用な元素であるが、P量が0.1%を超えると、粒界偏析により脆化することにより耐衝撃性を劣化させ、鋼板に合金化溶融亜鉛めっきを施す場合には、合金化速度を大幅に遅延させる。従って、P量は0.1%以下とする。好ましくは0.05%以下である。なお、P量は、鋼板の脆化等の観点からは極力低減することが好ましいが、0.005%未満とするには大幅な製造コストの増加を引起こすため、その下限は0.005%程度とすることが好ましい。
【0037】
S:0.07%以下
Sは、MnSを生成して介在物となり、耐衝撃性の劣化や溶接部のメタルフローに沿った割れの原因となるため、S量を極力低減することが好ましいが、0.07%までは許容される。好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.01%以下である。なお、S量を過度に低減することは、製造コストの増加を招くため、その下限は0.0005%程度である。
【0038】
Al:3.0%以下
Alは、製鋼工程で脱酸剤として添加する有用な元素である。しかしながら、Al量が3.0%を超えると、鋼板中の介在物が多くなり延性を劣化させる。従って、Al量は3.0%以下とする。好ましくは、2.0%以下である。
一方、Alは、炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進するのに有用な元素であり、また、脱酸効果を得るために、Al量は0.001%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.005%以上である。なお、本発明におけるAl量は、脱酸後に鋼板中に含有するAl量を意味する。
【0039】
N:0.010%以下
Nは、鋼の耐時効性を最も大きく劣化させる元素であり、極力低減することが好ましい。特に、N量が0.010%を超えると耐時効性の劣化が顕著となるため、N量は0.010%以下とする。なお、Nを0.001%未満とするには大きな製造コストの増加を招くため、その下限は0.001%程度である。
【0040】
以上、基本成分について説明したが、本発明では、上記の成分範囲を満足する他に、次式を満足する必要がある。
Si+Al:0.7%以上
SiおよびAlはともに、上記したように、炭化物の生成を抑制し、残留オーステナイトの生成を促進するのに有用な元素である。炭化物の生成の抑制は、SiまたはAlを単独で含有させても効果はあるが、Si量とAl量の合計で0.7%以上を満足することでより一層の抑制効果が発現する。
【0041】
また、本発明では上記した基本成分の他、以下に述べる成分を適宜含有させることができる。
Cr:0.05%以上5.0%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下のうちから選ばれる1種または2種以上
Cr、VおよびMoは、焼鈍温度からの冷却時にパーライトの生成を抑制する作用を有する元素である。上記効果は、Cr:0.05%以上、V:0.005%以上およびMo:0.005%以上の添加で得られる。一方、それぞれの含有量がCr:5.0%、V:1.0%およびMo:0.5%を超えると、硬質なマルテンサイトの量が過大となり、必要以上に高強度となる。従って、Cr、VおよびMoを含有させる場合には、Cr:0.05%以上5.0%以下、V:0.005%以上1.0%以下およびMo:0.005%以上0.5%以下の範囲とする。
【0042】
Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下のうちから選ばれる1種または2種
TiおよびNbは鋼の析出強化に有用で、その効果は、それぞれの含有量が0.01%以上で得られる。一方、それぞれの含有量が0.1%を超えると加工性および形状凍結性が低下する。従って、TiおよびNbを含有させる場合は、Ti:0.01%以上0.1%以下およびNb:0.01%以上0.1%以下の範囲とする。
【0043】
B:0.0003%以上0.0050%以下
Bはオーステナイト粒界からポリゴナルフェライトが生成・成長することを抑制するのに有用な元素である。その効果は0.0003%以上の含有で得られる。一方、含有量が0.0050%を超えると加工性が低下する。従って、Bを含有させる場合は、B:0.0003%以上0.0050%以下の範囲とする。
【0044】
Ni:0.05%以上2.0%以下およびCu:0.05%以上2.0%以下のうちから選ばれる1種または2種
NiおよびCuは鋼の強化に有効な元素である。この効果は、それぞれの含有量が0.05%以上で得られる。一方、それぞれの含有量が2.0%を超えると、鋼板の加工性を低下させる。従って、NiおよびCuを含有させる場合には、Ni:0.05%以上2.0%以下およびCu:0.05%以上2.0%以下の範囲とする。
【0045】
Ca:0.001%以上0.005%以下およびREM:0.001%以上0.005%以下のうちから選ばれる1種または2種
CaおよびREMは、硫化物の形状を球状とすることで、硫化物の悪影響を改善するために有用である。その効果は、それぞれの含有量が0.001%以上で得られる。一方、それぞれの含有量が0.005%を超えると、介在物等の増加を招き、表面欠陥および内部欠陥などを引き起こす。従って、CaおよびREMを含有させる場合には、Ca:0.001%以上0.005%以下およびREM:0.001%以上0.005%以下の範囲とする。
【0046】
本発明の鋼板において、上記以外の成分は、Feおよび不可避不純物である。ただし、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではない。
【0047】
次に、本発明の高強度プレス部材の製造方法について説明する。
上記の好適成分組成に調整した鋼片を製造後、熱間圧延して素材鋼板とする。また、さらに冷間圧延を施して冷延鋼板としたものを素材鋼板としても良い。本発明において、熱間圧延や冷間圧延の処理に特に制限はなく、常法に従って行えば良い。
代表的な製造条件を示すと次のとおりである。鋼片を、1000℃以上1300℃以下程度の温度域に加熱した後、870℃以上950℃以下程度の温度域で熱間圧延を終了し、350℃以上720℃以下程度の温度域で巻き取り、熱延鋼板とする。あるいはさらにこの熱延鋼板を酸洗後、40%以上90%以下程度の圧下率で冷間圧延を行い冷延鋼板とする。
なお、本発明の素材鋼板を製造するには、例えば、薄スラブ鋳造やストリップ鋳造などにより熱間圧延工程の一部または全部を省略しても良い。
かようにして得られた素材鋼板を以下の工程で高強度プレス部材とする。
【0048】
まず、素材鋼板に加熱処理を施す。
その際の加熱温度・保持時間は、結晶粒の粗大化および生産性の低下を抑えるために、750℃ 以上1000℃以下の温度に加熱し、5〜1000秒間保持する。加熱温度が750℃未満の場合、鋼板中の炭化物が十分に溶解せずに、目標とする特性が得られないおそれがある。
一方、加熱温度が1000℃を超えるとオーステナイト粒の成長が著しく、後の冷却によって生じる構成相の粗大化を引き起こし、靭性などを劣化させる。従って、加熱温度は、750℃以上1000℃以下とした。
【0049】
また、上記加熱した温度での保持時間は5秒以上1000秒以下とする。というのは、保持時間が5秒に満たないと、オーステナイトへの逆変態が十分に進まない場合や、鋼板中の炭化物が十分に溶解しない場合がある。一方、保持時間が1000秒を超えると、多大なエネルギー消費に伴うコスト増を招く。従って、保持時間は5秒以上1000秒以下の範囲とする。より好ましくは、60秒以上500秒以下の範囲である。
【0050】
本発明において、熱間プレスを行う温度域は、350℃以上900℃以下とする必要がある。350℃に満たない場合は、一部マルテンサイト変態が進む場合があり、熱間プレスによる成形性向上効果が得られない場合がある。一方、900℃を超えた場合は、熱間プレス時の金型の損傷が大きくなり、高コスト化するという不利がある。
その後、50℃以上350℃以下の第1温度域まで冷却して一部マルテンサイト変態を生じさせた後、350℃以上490℃以下のオーステンパ温度、すなわち、ベイナイト変態温度域である第2温度域に昇温して、5秒以上1000秒以下保持してベイナイト変態を進め、安定した残留オーステナイトを得ることができる。
なお、第1温度域まで冷却後、第2温度域への昇温は、3600秒程度以内に行うことが好ましい。
【0051】
ここで、第1温度域の下限が50℃未満では、未変態オーステナイトが、この時点でほとんどすべてマルテンサイト化するため、ベイナイト(ベイニティックフェライトや残留オーステナイト)量が確保できない。一方、第1温度域の上限が350℃を超えると、適正量の焼戻しマルテンサイト量を確保できなくなる。従って、第1温度域の範囲は、50℃以上350℃以下とする。
【0052】
上記した第2温度域では、焼鈍温度から第1温度域までの冷却により生成したマルテンサイトを焼戻すと同時に、未変態オーステナイトをベイナイトに変態させる。第2温度域の下限が350℃に満たないと、下部ベイナイト変態が主体となり、オーステナイト中の平均C量が少なくなる場合がある。一方、第2温度域の上限が490℃を超えると、未変態オーステナイトから炭化物が析出して、所望の組織が得られない。従って、第2温度域の範囲は、350℃以上490℃以下の範囲とする。好ましくは、370℃以上460℃以下の範囲である。
【0053】
また、第2温度域での保持時間が5秒未満の場合、マルテンサイトの焼戻しやベイナイト変態が不十分となり、所望の鋼板組織とすることができず、その結果、得られる鋼板の加工性は劣る。一方、第2温度域での保持時間が1000秒を超える場合、鋼板の最終組織として残留オーステナイトとなる未変態オーステナイトから炭化物が析出してC濃化した安定な残留オーステナイトが得られず、その結果、所望の強度と延性またはその両方が得られない。従って、保持時間は5秒以上1000秒以下とする。好ましくは、15秒以上600秒以下の範囲である。さらに好ましくは、40秒以上400秒以下である。
【0054】
なお、本発明における一連の熱処理では、上述した所定の温度範囲内であれば、保持温度は一定である必要はなく、所定の温度範囲内で変動しても本発明の趣旨を損なわない。冷却速度についても同様である。また、熱履歴さえ満足すれば、鋼板はいかなる設備で熱処理を施されても構わない。
【実施例1】
【0055】
以下、本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定するものではない。また、本発明の要旨構成の範囲内で構成を変更することは、本発明の範囲に含まれるものとする。
【0056】
表1に示す成分組成の鋼を溶製して得た鋳片を、1200℃に加熱し、870℃で仕上げ熱間圧延した熱延鋼板を650℃で巻き取り、ついで熱延鋼板を酸洗後、65%の圧延率(圧下率)で冷間圧延し、板厚:1.2mmの冷延鋼板とした。
【0057】
得られた冷延鋼板を、表2に示す条件で加熱、保持、熱間プレス、冷却および熱処理を行って、ハット形状の高強度プレス部材を作製した。使用した金型は、パンチ幅:70mm、パンチ肩:R4mm、ダイ肩:R4mm、成形深さは30mmとした。鋼板への加熱は、赤外線加熱炉または雰囲気加熱炉のいずれかを用い、大気中で行った。また、冷却は鋼板のパンチ・ダイ間での挟込みと、挟込みから開放したダイ上での空冷とを組み合わせて行った。その後の加熱および保持は、塩浴炉を用いて行った。
【0058】
【表1】

【0059】
【表2】

【0060】
かくして得られた鋼板の諸特性を以下の方法で評価した。
名部材のハット底部の位置からJIS5号試験片および分析用試料を採取した。それらのうち、分析用試料はSEMを用いて3000倍で10視野組織観察して、各相の面積率を測定し、各結晶粒の相構造を同定した。
【0061】
残留オーステナイト量は、鋼板を板厚方向に板厚の1/4まで研削・研磨し、X線回折強度測定により求めた。入射X線には、Co−Kαを用い、フェライトの(200)、(211)、(220)各面の回折強度に対するオーステナイトの(200)、(220)、(311)各面の強度比から残留オーステナイト量を計算した。なお、ここで求めた残留オーステナイト量を、残留オーステナイト面積率として表3に示す。
【0062】
残留オーステナイト中の平均C量は、X線回折強度測定でのオーステナイトの(200)、(220)、(311)各面の強度ピークから格子定数を求め、次の計算式から残留オーステナイト中の平均C量(質量%)を求めた。
=0.3580+0.0033×[C%]+0.00095×[Mn%]
+0.0056×[Al%]+0.022×[N%]
ただし、a:格子定数(nm)、[X%]:元素Xの質量%。なお、C以外の元素の質量%は、鋼板全体に対する質量%とした。また、残留オーステナイト量が3%以下の場合、強度ピーク高さが低く、ピーク位置を高精度で測定できないため測定不可とした。
【0063】
引張試験は、上記の採取したJIS5号試験片を用いて、JISZ2241に準拠して行った。TS(引張強さ)、T.EL(全伸び)を測定し、強度と全伸びの積(TS×T.EL)を算出して、強度と加工性(延性)のバランスを評価した。なお、本発明では、TS×T.EL≧17000(MPa・%)の場合を良好とした。
以上の評価結果を表3に併記する。
【0064】
【表3】

【0065】
同表から明らかなように、本発明のプレス部材はいずれも、引張強さが980MPa以上、かつTS×T.ELの値が17000MPa・%以上を満足することから、高強度と優れた延性を兼ね備えていることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明に従い、鋼板中のC量を0.12%以上とC含有量を多くした上で、鋼板組織全体に対する、マルテンサイトと残留オーステナイトとベイニティックフェライトを含むベイナイトの面積率および残留オーステナイト中の平均C量を規定することにより、延性に優れ、しかも引張強さ(TS)が980MPa以上の高強度プレス部材を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間プレスにより成形したプレス部材であって、
該部材を構成する鋼板の組成が質量%で
C:0.12%以上0.69%以下、
Si:3.0%以下、
Mn:0.5%以上3.0%以下、
P:0.1%以下、
S:0.07%以下、
Al:3.0%以下および
N:0.010%以下を含有し、かつ
Si+Alが0.7%以上
を満足し、残部はFeおよび不可避不純物からなり、
該部材を構成する鋼板の組織が、マルテンサイトと残留オーステナイトとベイニティックフェライトを含むベイナイトを有し、
該マルテンサイトの鋼板組織全体に対する面積率が10%以上85%以下、
該マルテンサイトのうち25%以上が焼戻しマルテンサイトであり、
該残留オーステナイト量が5%以上40%以下、
該ベイナイト中のベイニティックフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が5%以上、
鋼板組織全体に対する、該マルテンサイトの面積率、該残留オーステナイトの面積率および該ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率の合計が65%以上を満足し、かつ
該残留オーステナイト中の平均C量が0.65%以上であることを特徴とする高強度プレス部材。
【請求項2】
前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
Cr:0.05%以上5.0%以下、
V:0.005%以上1.0%以下および
Mo:0.005%以上0.5%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度プレス部材。
【請求項3】
前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
Ti:0.01%以上0.1%以下および
Nb:0.01%以上0.1%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高強度プレス部材。
【請求項4】
前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
B:0.0003%以上0.0050%以下
を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の高強度プレス部材。
【請求項5】
前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
Ni:0.05%以上2.0%以下および
Cu:0.05%以上2.0%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の高強度プレス部材。
【請求項6】
前記部材を構成する鋼板がさらに、質量%で、
Ca:0.001%以上0.005%以下および
REM:0.001%以上0.005%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の高強度プレス部材。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか1項に記載の成分組成になる鋼板を、
750℃以上1000℃以下の温度に加熱し、5〜1000秒間保持したのち、
350℃以上900℃以下の温度域で熱間プレスを行い、ついで
50℃以上350℃以下の温度まで冷却した後、
350℃以上490℃以下の温度域に昇温し、
該温度域に5秒以上1000秒以下保持することを特徴とする高強度プレス部材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−184758(P2011−184758A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−52366(P2010−52366)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】