説明

高耐候性磁石粉、ボンド磁石用樹脂組成物及びそれを用いて得られるボンド磁石

【課題】安定して高い保磁力を有し耐候性に優れ、保磁力や耐候性のばらつきが低減された高耐候性磁石粉、ボンド磁石用樹脂組成物及びそれを用いて得られるボンド磁石の提供。
【解決手段】ThZn17型またはThNi17型結晶構造をもつ希土類−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉の表面が燐酸塩(R−T−P−O)皮膜で被覆された高耐候性磁石粉において、平均粒径が1〜10μm、かつ組成は、20〜25質量%のR(希土類元素)、2.1〜3.9質量%のN(窒素)、0.2〜2.0質量%のP(リン)、0.5〜5.0質量%のO(酸素)及び残部がT(遷移金属元素および不可避的不純物)であり、不可避的不純物であるH(水素)の含有量を0.3質量%以下としたことを特徴とする高耐候性磁石粉などによって提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高耐候性磁石粉、ボンド磁石用樹脂組成物及びそれを用いて得られるボンド磁石に関し、さらに詳しくは、安定して高い保磁力を有し耐候性に優れ、保磁力や耐候性のばらつきが低減された高耐候性磁石粉、ボンド磁石用樹脂組成物及びそれを用いて得られるボンド磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、フェライト磁石、アルニコ磁石、希土類磁石等が、モーターをはじめとする種々の用途に用いられている。しかし、これらの磁石は、主に焼結法により製造されるために、一般に脆く、薄肉のものや複雑な形状のものを得るのが難しいという欠点を有している。それに加え、焼結時の収縮が15〜20%と大きいために、寸法精度の高いものが得られず、精度を上げるには研磨等の後加工が必要であるという欠点をも有している。
【0003】
ボンド磁石は、これら焼結法の欠点を解決すると共に新しい用途をも開拓するために、近年になって開発されたものであるが、通常は、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂等の熱可塑性樹脂をバインダーとし、これに磁石粉末を充填することにより製造されている。
【0004】
しかし、こうしたボンド磁石の中でも、特に、希土類元素−鉄−窒素系磁石粉を用いたボンド磁石は、高温多湿雰囲気下で錆の発生や磁気特性の低下を起こし易いため、例えば、成形体表面に熱硬化性樹脂等のコーティング膜を形成することで発錆を抑制したり、また、成形体表面に燐酸塩含有塗料による被覆処理を施すことで発錆を抑制しているが(特許文献1参照)、成形体を構成する磁石粉を被覆するわけではないので、難発錆特性や保磁力等の磁気特性の点で十分に満足できるものではない。
【0005】
ところで、希土類元素−鉄−窒素系磁石粉を樹脂と混練してボンド磁石として使用する場合、高い磁気特性を得るためには磁石合金粉を数μmに粉砕する必要がある。磁石合金粉の粉砕は、通常、不活性ガス中または溶剤中で行なわれるが、粉砕後の磁石粉は極めて活性が高いため、成形体に被覆処理を施す前に大気に触れると酸化発錆が急激に進んで磁気特性が低下するという問題がある。
【0006】
これらの問題を解決するために、例えば、磁性粉を湿式ないし乾式処理で徐酸化して薄い酸化膜を磁石粉表面に形成したり(特許文献2参照)、分子内にP−O結合を有する燐酸化合物又はこれとオルガノポリシロキサン化合物との混合物(特許文献3参照)、燐酸エステル(特許文献4、5参照)、あるいは燐酸塩(特許文献6参照)によって粉砕後の磁石粉に被覆処理を施したり、オルト燐酸などによって粉砕後の磁石粉表面に燐酸皮膜を形成する(特許文献7〜9参照)ことが行なわれている。
【0007】
希土類−鉄−窒素系磁石粉の表面を燐酸塩皮膜で被覆する場合、粉砕終了後に燐酸塩を添加すると、粉砕後の磁石粉は、その磁力によって互いに凝集しているため、磁石粉の接触面に燐酸塩皮膜で被覆されていない部分が発生する。
このような磁石粉を、ボンド磁石用樹脂と一旦混練すると、凝集していた磁石粉が混練による剪断力により一部解砕され、皮膜のない活性な粉末表面が露出することとなる。このため、かかる磁石粉を成形して得られたボンド磁石は、実用上重要な湿度環境下での使用で、容易に腐食が生じ、磁気特性が低下してしまう。希土類−鉄−窒素系磁石粉は、核発生型の保磁力発現機構を示すため、一部にこのような領域が生じると著しく保磁力が低下してしまう。
【0008】
つまり、磁力により互いに凝集した磁石粉は、凝集粉表面が皮膜で保護されていても、個々の磁石粉に対する保護が十分ではないため、乾燥環境下での耐候性は向上しているものの、実用上重要な湿度環境下での耐候性が満足できるほど改善されていないという問題があった。
【0009】
本発明者らは、このような問題点に対して、磁石粉を粉砕中に燐酸を添加することにより、燐酸塩皮膜の機能、形態が従来よりも改良された希土類元素−鉄−窒素系磁石粉を製造する方法を提案した(特許文献10参照)。しかしながら、この方法では磁石粉の磁気特性、特に保磁力や耐候性が製造ロット間でばらつく場合がある。
【0010】
【特許文献1】特開2000−208321号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開昭52−54998号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開昭60−13826号公報(特許請求の範囲)
【特許文献4】特許第2602883号公報(特許請求の範囲)
【特許文献5】特開平2−46703号公報(特許請求の範囲)
【特許文献6】特開平11−251124号公報(特許請求の範囲)
【特許文献7】特許第2602979号公報(特許請求の範囲)
【特許文献8】特開平7−278602号公報(特許請求の範囲)
【特許文献9】特開2000−260616号公報(特許請求の範囲)
【特許文献10】特開2002−124406号公報(請求項1)
【0011】
こうした状況下、近年、小型モーター、音響機器、OA機器等に用いられるボンド磁石には、機器の小型化の要請から磁気特性に優れたものが要求されているが、従来の希土類元素−鉄−窒素系磁石粉から得られるボンド磁石の磁気特性は、これらの用途に使用するには不十分であり、希土類元素−鉄−窒素系磁石粉の耐候性を早期に改善し、ボンド磁石の磁気特性を向上させることが強く望まれていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、上記の従来技術の問題点に鑑み、安定して高い保磁力を有し耐候性に優れ、保磁力や耐候性のばらつきが低減された高耐候性磁石粉、ボンド磁石用樹脂組成物及びそれを用いて得られるボンド磁石を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ね、希土類−鉄−窒素系磁石粉の表面に様々な条件で燐酸塩の皮膜を形成して、その磁石粉の組成を分析し、組成と磁気特性や耐候性との関係を詳細に検討した結果、磁石粉の粉砕中に燐酸化合物を添加し、皮膜形成と乾燥処理を最適化することにより特定の元素組成を有する磁石粉が得られ、この磁石粉が安定した保磁力を有し耐候性に優れ、ばらつきも低減されていることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明の第1の発明によれば、ThZn17型またはThNi17型結晶構造をもつ希土類−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉の表面が燐酸塩(R−T−P−O)皮膜で被覆された高耐候性磁石粉において、平均粒径が1〜10μm、かつ組成は、20〜25質量%のR(希土類元素)、2.1〜3.9質量%のN(窒素)、0.2〜2.0質量%のP(リン)、0.5〜5.0質量%のO(酸素)及び残部がT(遷移金属元素および不可避的不純物)であり、不可避的不純物であるH(水素)の含有量を0.3質量%以下としたことを特徴とする高耐候性磁石粉が提供される。
【0015】
また、本発明の第2の発明によれば、第1の発明において、希土類−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉がSm−Fe−N系磁石粉であることを特徴とする高耐候性磁石粉が提供される。
【0016】
また、本発明の第3の発明によれば、第1の発明において、T(遷移金属元素)として、さらにCo、Zn、Cu、又はMnから選択される1種以上が含まれることを特徴とする高耐候性磁石粉が提供される。
【0017】
また、本発明の第4の発明によれば、第1の発明において、燐酸塩皮膜が、希土類−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉を燐酸化合物の存在下に有機溶剤中で粉砕した後、不活性ガス中または真空中、100〜400℃で加熱乾燥して得られることを特徴とする高耐候性磁石粉が提供される。
また、本発明の第5の発明によれば、第4の発明において、燐酸化合物の添加量が、粉砕する磁石合金粉に対して、0.1mol/kg以上2mol/kg未満であることを特徴とする高耐候性磁石粉が提供される。
また、本発明の第6の発明によれば、第4の発明において、粉砕時間が、30〜180分であることを特徴とする請求項4に記載の高耐候性磁石粉が提供される。
さらに、本発明の第7の発明によれば、第4の発明において、加熱時間が、30〜400分であることを特徴とする高耐候性磁石粉が提供される。
【0018】
また、本発明の第8の発明によれば、第4の発明において、燐酸塩皮膜の膜厚が平均3〜50nmで、磁石粉が均一に被覆されていることを特徴とする請求項1又は4に記載の高耐候性磁石粉が提供される。
また、本発明の第9の発明によれば、第1又は4の発明において、燐酸塩皮膜が、燐酸鉄と希土類その他の燐酸塩からなる複合塩であり、かつ燐酸鉄含有率がFe/希土類元素比で8以上であることを特徴とする高耐候性磁石粉が提供される。
【0019】
また、本発明の第10の発明によれば、第1の発明において、体積基準比表面積が7m/cm以下であることを特徴とする高耐候性磁石粉が提供される。
【0020】
さらに、本発明の第11の発明によれば、第1の発明において、室温での保磁力が400kA/m以上であることを特徴とする高耐候性磁石粉が提供される。
【0021】
一方、本発明の第12の発明によれば、第1〜11の発明のいずれかの高耐候性磁石粉に対して、樹脂バインダーが主成分として配合されていることを特徴とするボンド磁石用樹脂組成物が提供される。
さらに、本発明の第13の発明によれば、第12の発明のボンド磁石用樹脂組成物を射出成形法、押出成形法、射出圧縮成形法、射出プレス成形法、圧縮成形法又はトランスファー成形法のいずれかの成形法により成形してなるボンド磁石が提供される。
【発明の効果】
【0022】
本発明の磁石粉は、平均粒径が1〜10μmであって、その表面が燐酸塩皮膜で被覆され、所定の成分組成を有する希土類−鉄−窒素系磁石粉であり、さらには、所定の皮膜厚さ、Fe/希土類比となるよう皮膜が形成されているので、安定して400kA/m以上の保磁力を有し、耐候性に優れている。さらに、この磁石粉を使用したボンド磁石用樹脂組成物も耐候性に優れたものとなる。また、これを成形すれば、高い保磁力HcJを有するボンド磁石が得られる。すなわち、本発明の磁石粉を用いることにより高耐候性ボンド磁石を安定して製造することが可能となり、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の高耐候性磁石粉、ボンド磁石用樹脂組成物及びそれを用いて得られるボンド磁石を詳細に説明する。
【0024】
1.高耐候性磁石粉
本発明の高耐候性磁石粉は、磁石合金粉である希土類−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉の表面が燐酸塩(R−T−P−O)皮膜で被覆され、特定の平均粒径で、構成成分が特定の元素組成をもつものである。
【0025】
(1)磁石合金粉
本発明の高耐候性磁石粉の材料となる磁石合金粉は、ThZn17型またはThNi17型結晶構造を持つ希土類元素−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉である。これらは菱面体晶系、六方晶系、正方晶系または単斜晶系の結晶構造をもつ金属間化合物であり、ThZn17型の磁石合金粉としては、例えばSmFe17合金、NdFe17などが挙げられ、また、ThNi17型の磁石合金粉としては、例えば、GdFe17などが挙げられる。
【0026】
希土類元素(R)としては、Sm、Nd、Pr、Y、La、Ce、またはGd等が挙げられ、これらは単独でも混合物でもよいが、これらの中では、Sm及びNdが有効であり、特にSmを80質量%以上含有するものが好ましい。遷移金属元素(T)は、Feが必須成分であり、この一部がCoで置換されたものでもよい。
【0027】
磁石合金粉は、C、Al、Si、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Cu、Zn、Ga、Zr、Nb、Mo、Ag、In、Sn、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、又はAuを含有することができる。これらの中には、遷移金属以外の元素も含まれているが、本発明では全て遷移金属元素(T)に準じて扱うものとする。これら成分を3質量%以下、好ましくは0.05〜0.5質量%添加すれば、磁石の耐候性や耐熱性をさらに高めることができる。
【0028】
このうち、Al、Si、Ca、V、Cr、Mn、Cu、Mo、Zr、Nb、又はTa等から選ばれた一種以上を添加すれば保磁力の向上、生産性の向上並びに低コスト化を図ることができる。この場合、添加量は、遷移金属(T)全重量に対して3重量%以下とすることが望ましい。
【0029】
本発明の磁石合金粉として、特に好ましい希土類−鉄−窒素(R−Fe−N)系磁石粉は、還元拡散法によって得られた希土類−鉄−窒素系磁石粉の粗粉末を微粉砕し、特定の平均粒径、粒度分布をもつ微粉末となるように粒度を揃えることによって製造される。
【0030】
原料として用いる鉄などの遷移金属粉末は、一般的にアトマイズ法、電解法等により製造されるが、粉末状の遷移金属であれば、その製法は限定されない。また、遷移金属の20質量%以下を遷移金属酸化物とすることもできる。遷移金属(T)、希土類元素(R)、また、保磁力の向上、生産性の向上並びに低コスト化のために添加しうる元素は、前記のとおりである。
【0031】
上記希土類元素を含む希土類酸化物粉末原料と、その粒径が10μm〜100μmの範囲に粒度調整された遷移金属粉末原料および、その他原料粉末を秤量して混合し、さらに希土類元素を還元するのに十分な量の還元剤を添加し混合する。還元剤としては、Caなどのアルカリ土類金属が用いられる。上記還元剤の粒度は、5mm以下の塊状になっていることが好ましい。
【0032】
その後、この混合物を非酸化性雰囲気(すなわち、酸素が実質的に存在しない雰囲気)中において、還元剤が溶融する温度以上で、かつ、目的とする希土類−鉄系合金が溶融しない温度まで昇温保持して加熱焼成する。
これにより、上記希土類酸化物が希土類元素に還元されると共に、還元時の発熱温度を用いて、この希土類元素が遷移金属に拡散され、希土類−鉄系合金が合成される。
【0033】
次に、この希土類−鉄系合金を室温まで冷却する。冷却した焙焼物を純水中に投じ、水素イオン濃度pHが10以下となるまで、攪拌とデカンテーションとを繰り返す。そして、pHがおよそ5となるまで水中に酢酸または塩酸を添加し、この状態で攪拌を行う。その後、得られた希土類−鉄系合金を乾燥して粉末状にした後、この粉末状の希土類−鉄系合金を窒化処理することで、所望の希土類−鉄−窒素系磁石粉が製造される。
【0034】
(2)高耐候性磁石粉
高耐候性磁石粉は、こうして得られた希土類元素−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉の表面に燐酸塩皮膜を形成したもので、磁石粉が特定の平均粒径にあり、この燐酸塩皮膜を含んだ磁石粉全体を構成する各成分が特定の元素組成を有することを特徴としている。
【0035】
本発明において、磁石粉の平均粒径は、1〜10μmである。磁石粉の平均粒径を1〜10μmの範囲とすることで、室温での保磁力が400kA/m以上もの高耐候性磁石粉を得ることができる。平均粒径が1μm未満では磁石粉の残留磁化が低下し、10μmを超えると室温での保磁力が小さくなるので好ましくない。
【0036】
燐酸塩被膜の成分は、例えば、燐酸鉄、燐酸サマリウム又はこれらの複合金属塩などである。主要な成分は、燐酸鉄であって、鉄/希土類元素比は8以上、好ましくは9以上、さらには10以上がより好ましい。鉄/希土類元素比が8以上であれば、水をある程度遮断するとともに、樹脂バインダーとの結合力を高め、ボンド磁石の成形性を高めることができる。鉄/希土類元素比が8未満では、これらの効果を期待することができない。
【0037】
高耐候性磁石粉の構成成分は、磁石粉の成分である希土類元素(R)、鉄などの遷移金属元素(T)及び窒素(N)と、燐酸塩皮膜の成分であるリン(P)、酸素(O)を必須成分とし、これらに製造途上で不可避的に混入する不純物(T)である水素(H)を含有したものということができる。前記のとおり、磁石粉の成分としてコバルト、燐酸塩皮膜の成分として、亜鉛、銅、マンガンなどの遷移金属元素(T)がさらに含まれていてもよい。
【0038】
本発明の高耐候性磁石粉を構成する各成分は、R(希土類元素)が20〜25質量%、N(窒素)が2.1〜3.9質量%、P(リン)が0.2〜2.0質量%、O(酸素)が0.5〜5.0質量%、残部がT(遷移金属元素及び不可避的不純物)という元素組成を有し、不可避的不純物としてH(水素)を含有しているが、その量は0.3質量%未満に低減されている。
【0039】
磁石粉の主要な成分である希土類元素(R)は、20〜25質量%、好ましくは23〜25質量%含有されている。Rが20質量%未満では磁石粉の残留磁化と保磁力が低下し、25質量%を超えると磁石粉の残留磁化と耐候性が低下する。
【0040】
N(窒素)は2.1〜3.9質量%、好ましくは2.8〜3.5質量%含有されている。Nが2.1質量%未満であるか、あるいは3.9質量%を超えると磁石粉の残留磁化と保磁力が低下するので好ましくない。
【0041】
一方、燐酸塩皮膜の成分であるP(リン)の含有量は0.2〜2.0質量%、好ましくは0.3〜1.0質量%である。Pが0.2質量%未満では磁石粉の耐候性や耐熱性に劣り、2.0質量%を超えるとその残留磁化が低下するので好ましくない。
【0042】
また、O(酸素)は0.5〜5.0質量%、好ましくは1.0〜3.0質量%である。Oが0.5質量%未満では磁石粉表面の燐酸塩皮膜が十分に形成されていないので、耐候性や耐熱性が劣るのに加えて、表面活性が高いため大気中で取り扱ったとき発火のおそれがある。一方、5.0質量%を超えると残留磁化が低下するので好ましくない。
【0043】
そして、残部が磁石粉の主成分の遷移金属元素(T)、すなわち、FeまたはCoなどである。燐酸塩皮膜の成分として、Zn、Cu、Mnなどがさらに含まれてもよい。このようなことから、遷移金属元素(T)としては、Feの他に、Co、Zn、Cu、又はMnから選択される1種以上が含まれるものが好適といえる。
【0044】
さらに、不可避的に混入する任意成分のH(水素)は0〜0.3質量%、好ましくは0.1質量%以下である。Hは耐候性に悪影響を及ぼし、0.3質量%を超えると耐候性が低下すると共に、保磁力も低下するので極力排除するのが望ましい。
【0045】
本発明の磁石粉は、その表面が平均3〜50nmの厚さの燐酸塩皮膜で均一に被覆されている。平均4〜45nm、特に5〜40nmの厚さであることが好ましい。3nm未満では磁石粉を被覆不良箇所が発生しやすく、耐候性が不十分となり、一方、50nmを超えると磁気特性が悪化する恐れがあり好ましくない。
【0046】
ここで、磁石粉表面が均一に被覆されているとは、磁石粉表面の80%以上、好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上が燐酸塩皮膜で覆われていることをいう。
【0047】
本発明の高耐候性磁石粉は、体積基準比表面積が7m/cm以下であることを特徴とするものである。7m/cmを超えると耐候性が低下するので好ましくない。
【0048】
(3)高耐候性磁石粉の製造
本発明の高耐候性磁石粉を製造するには、例えば、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉を燐酸化合物の存在下に有機溶剤中で粉砕した後、乾燥する方法が使用できる。
【0049】
すなわち、平均粒径10μmを超える希土類−鉄−窒素系磁石粉を粉砕機に入れ、燐酸化合物を添加し、有機溶媒中で、該磁石粉が平均粒径10μm以下になるまで攪拌、粉砕し、磁石粉の表面に鉄/希土類元素比が8以上である燐酸塩皮膜を形成させた後、有機溶媒を分離し、さらに特定条件で加熱、乾燥させる方法によって製造される。
【0050】
従って、本発明の高耐候性磁石粉は、先ず、合金粉を燐酸化合物の存在下に粉砕し、表面に燐酸塩による皮膜を形成する第1の工程、得られた合金粉を乾燥、加熱して表面の燐酸塩による皮膜を定着させる第2の工程によって製造される。
【0051】
従来、希土類−鉄−窒素系磁石粉の表面を燐酸塩皮膜で被覆する処理が行われているが、磁石粉の粉砕終了後に燐酸塩等の処理剤を添加しているために、粉砕後の磁石粉がその磁力によって互いに凝集してしまい、磁石粉の接触面に燐酸塩皮膜で被覆されていない部分が少なくとも一部に発生する。
【0052】
そこで、本発明では、燐酸化合物を、磁石粉末の粉砕前若しくは粉砕中に添加する。燐酸化合物の添加方法は、特に限定されないが、例えば、媒体攪拌ミル等の粉砕機で磁石合金粉を粉砕するに際し、溶媒として用いる有機溶剤に燐酸化合物を添加する。燐酸化合物は、最終的に所望の燐酸濃度になれば良く、粉砕開始前に一度に添加してもよいが、溶媒中の燐酸濃度が一定となるように徐々に添加するとなお好ましい。
【0053】
本発明の高耐候性磁石粉を製造する第1の工程では、燐酸化合物として、燐酸塩皮膜を形成できるものであれば特に制限はなく、市販されている通常の燐酸(例えば、85%濃度の燐酸水溶液)が使用できる。このほかに燐酸亜鉛などの金属燐酸化合物などを単独で或いは組み合わせて使用できるが、燐酸を単独で使用することが好ましい。組み合わせて使用する場合は、燐酸を金属燐酸化合物の1〜3倍の濃度として使用することが望ましい。公知の燐酸エステル類のみを用いても本発明の効果は得られない。
【0054】
燐酸としては、オルト燐酸をはじめ、亜燐酸、次亜燐酸、ピロ燐酸、直鎖状のポリ燐酸、環状のメタ燐酸などの燐酸系化合物が挙げられ、水、有機溶媒とともに好ましく使用される。
【0055】
また、燐酸アンモニウム、燐酸アンモニウムマグネシウムなど、更には磁石粉末表面でホパイト、フォスフォフェライト等を形成する燐酸亜鉛系;ショルツァイト、フォスフォフィライト、ホパイト等を形成する燐酸亜鉛カルシウム系;マンガンヒューリオライト、鉄ヒューリオライト等を形成する燐酸マンガン系;ストレンナイト、ヘマタイト等からなる燐酸鉄系などの被膜を形成する化合物も使用できる。これら金属燐酸化合物は、単独でも複数種を組合せてもよく、通常、キレート剤、中和剤などと混合して処理剤とされる。
【0056】
これらのうち、オルト燐酸が好ましい性能を発揮するが、その理由は、希土類系金属、鉄との反応性が大きく、磁石粉末の表面に燐酸塩被膜を形成しやすいためである。
【0057】
また、燐酸化合物の添加量は、粉砕後の磁石粉の粒径、表面積等に関係するので一概には言えないが、通常は、粉砕する磁石合金粉に対して、0.1mol/kg以上2mol/kg未満が良く、より好ましくは0.15〜1.5mol/kgであり、さらに好ましくは0.2〜0.4mol/kgである。
0.1mol/kg未満であると磁石粉の表面処理が十分に行なわれないために耐候性が改善されず、また、大気中で取り扱うと酸化・発熱して磁気特性が極端に低下する。2mol/kg以上であると磁石粉との反応が激しく起こって磁石粉が溶解してしまう。
【0058】
有機溶媒としては、特に制限はなく、通常はエタノールまたはイソプロピルアルコール等のアルコール類、ケトン類、低級炭化水素類、芳香族類、またはこれらの混合物が用いられるが、特にアルコール類の使用が好ましい。
【0059】
粉砕には、媒体攪拌ミル、或いはビーズミル等の装置が使用され、これによって磁石合金粉を粉砕する際に燐酸化合物を添加することにより、粉砕によって凝集粒子に新生面が生じても瞬時に溶媒中の燐酸化合物と反応し、粒子表面に安定な燐酸塩皮膜が形成される。また、その後、粉砕された磁石粉がその磁力によって凝集しても、接触面はすでに安定化されており、解砕により腐食が生じることはない。
【0060】
当初は平均粒径が10μm以上であった磁石粉も粉砕が進むにつれ、その表面に薄い燐酸塩被膜が短時間で形成されるが、この反応が完結し、充分な膜厚の燐酸塩被膜を形成するには、燐酸化合物の種類などにもよるが、30〜180分間、好ましくは60〜150分間の粉砕(攪拌)時間が必要である。
【0061】
ThZn17型結晶構造を持つ希土類元素−鉄−窒素系磁石粉では、燐酸処理に用いた燐酸化合物の種類によって構成元素それぞれの燐酸塩を生じ得るが、希土類元素は鉄に比べて著しく卑であり、燐酸化合物の添加量や粉砕条件によっては希土類元素が優先的に溶出して燐酸塩を形成する場合がある。
【0062】
この場合も、磁石粉の耐熱性には問題は生じないが、耐候性の観点からは皮膜中の燐酸鉄の含有量が多い方が望ましい。燐酸鉄は希土類元素の燐酸塩に比べて耐候性に優れており、また、希土類元素が優先的に溶出するような条件では、磁石粉表面のFe濃度が高くなり、磁石粉の磁気的性質が変化する可能性があるからである。
このため、燐酸塩中のFe/希土類元素(元素比)は、燐酸化合物の添加量、混合時間等により、8以上に調整することが望ましい。磁石粉表面を保護する燐酸塩皮膜の厚さは、平均で3〜50nmとするのが望ましい。
【0063】
なお、あらかじめ希土類元素−鉄−窒素系磁石粉の表面に、亜鉛を化学的に被覆反応させる亜鉛処理を施せば、粉末表面の軟磁性相や欠陥などが低減するので、燐酸塩皮膜を容易に形成でき、耐候性のみならず耐熱性にも優れるので特に好適である。
【0064】
第2の工程は、さらに、上記のようにして得た磁石粉を、不活性ガス中または真空中、100℃以上400℃未満の温度範囲で加熱処理する工程である。不活性ガスとしては、アルゴン、ヘリウムなども使用できるが、通常、窒素を使用する。0.1atm以下の真空度に減圧すれば、より効率的に乾燥させることができる。
【0065】
加熱温度は100℃〜400℃、特に120℃〜370℃の温度範囲が好ましい。100℃未満で加熱処理すると、磁石粉の乾燥が十分進まずに安定な表面皮膜の形成が阻害される。また、400℃を超える温度で加熱処理すると、磁石粉が熱的なダメージを受けるためか、保磁力がかなり低くなるという問題がある。
【0066】
なお、加熱処理に要する時間は、処理装置や処理量、加熱雰囲気や加熱温度によって変わるが、30分以上であればよく、60〜400分、特に100〜360分が好ましい。30分未満では、H(水素)を十分に低減できず、一方、400分を超える時間は経済性の面で好ましくない。
【0067】
これら燐酸化合物の添加量、粉砕時間、乾燥温度、又は乾燥時間などの条件を制御することにより、磁石粉の平均粒径と燐酸塩皮膜の厚さなどを特定の範囲に調整でき、これによって成分組成、特にP、O、Hの含有量を本発明の所定範囲に入るようにするのが重要である。
【0068】
本発明の高耐候性磁石粉は、表面に燐酸塩被膜が形成されていることで十分な性能を有するが、必要に応じて、さらにシラン系、アルミネート系、チタネート系など各種のカップリング剤やアビエチン酸系化合物などから選択された1種以上を被覆してもよい。
【0069】
2.ボンド磁石用樹脂組成物
本発明のボンド磁石用樹脂組成物は、高耐候性磁石粉に樹脂バインダーが主成分として配合されたものである。ボンド磁石用樹脂組成物を製造する方法は、特に限定されず、例えば、以下に示すような公知の熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂や添加剤を用いて製造することができる。
【0070】
(1)樹脂バインダー
本発明において樹脂バインダーは、磁石粉の結合剤として働くものであり、熱可塑性樹脂あるいは熱硬化性樹脂であれば特に制限なく、従来公知のものを使用できる。
【0071】
熱可塑性樹脂の具体例としては、6ナイロン、6,6ナイロン、11ナイロン、12ナイロン、6,12ナイロン、芳香族系ナイロン、これらの分子を一部変性した変性ナイロン等のポリアミド樹脂、直鎖型ポリフェニレンサルファイド樹脂、架橋型ポリフェニレンサルファイド樹脂、セミ架橋型ポリフェニレンサルファイド樹脂、低密度ポリエチレン、線状低密度ポリエチレン樹脂、高密度ポリエチレン樹脂、超高分子量ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン−エチルアクリレート共重合樹脂、アイオノマー樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、ポリスチレン樹脂、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合樹脂、アクリロニトリル−スチレン共重合樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、ポリビニルホルマール樹脂、メタクリル樹脂、ポリフッ化ビニリデン樹脂、ポリ三フッ化塩化エチレン樹脂、四フッ化エチレン−六フッ化プロピレン共重合樹脂、エチレン−四フッ化エチレン共重合樹脂、四フッ化エチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合樹脂、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンオキサイド樹脂、ポリアリルエーテルアリルスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリアリレート樹脂、芳香族ポリエステル樹脂、酢酸セルロース樹脂、前出各樹脂系エラストマー等が挙げられ、これらの単重合体や他種モノマーとのランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体、他の物質での末端基変性品等が挙げられる。
【0072】
このうち耐熱性、機械的強度、取り扱い性などの面から、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂或いはそれらの変性樹脂が好ましい。
これら熱可塑性樹脂の溶融粘度や分子量は、得られるボンド磁石に所望の機械的強度が得られる範囲で低い方が望ましい。また、熱可塑性樹脂の形状は、パウダー状、ビーズ状、ペレット状等、特に限定されないが、磁石粉と均一に混合される点で、パウダー状が望ましい。
【0073】
また、例えば熱硬化性樹脂の場合は、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、ベンゾグアナミン樹脂、ビスマレイミド・トリアジン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、フラン樹脂、熱硬化性ポリブタジエン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリウレタン系樹脂、シリコーン樹脂、キシレン樹脂等が挙げられ、これらの基本組成物や他種モノマーやこれら樹脂の2種類以上のブレンド等における系も当然含まれる。特に好ましいのは、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、又は不飽和ポリエステル樹脂である。
【0074】
これら熱硬化性樹脂の粘度、分子量、性状等は、所望の機械的強度や成形性が得られる範囲であれば特に限定されないが、磁石粉との均一混合性や成形性から考えるとパウダー又は液状が望ましい。
射出成形ボンド磁石の製造では、熱硬化性樹脂を用いれば金型内で磁石成形品が硬化する直前で、いったん樹脂バインダーの粘度が低下するため良好な配向特性が得られる。
【0075】
これら樹脂バインダーの配合量は、磁石粉100重量部に対して、通常2〜100重量部、好ましくは3〜50重量部である。樹脂バインダーの配合量が2重量部未満であると、組成物の混練抵抗(トルク)が大きくなったり、流動性が低下して磁石の成形が困難となる他、成形体の機械強度が低下する。一方、100重量部を超えると、所望の磁気特性が得られない。
【0076】
(2)添加剤
本発明の高耐候性磁石粉を用いたボンド磁石用組成物には、本発明の目的を損なわない範囲で、プラスチック成形用滑剤や種々の安定剤等の添加剤を配合することができる。
【0077】
滑剤としては、例えば、パラフィンワックス、流動パラフィン、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス、エステルワックス、カルナウバ、マイクロワックス等のワックス類、ステアリン酸、1,2−オキシステアリン酸、ラウリン酸、パルミチン酸、オレイン酸等の脂肪酸類、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸バリウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸アルミニウム、ラウリン酸カルシウム、リノール酸亜鉛、リシノール酸カルシウム、2−エチルヘキソイン酸亜鉛等の脂肪酸塩(金属石鹸類)ステアリン酸アミド、オレイン酸アミド、エルカ酸アミド、ベヘン酸アミド、パルミチン酸アミド、ラウリン酸アミド、ヒドロキシステアリン酸アミド、メチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスラウリン酸アミド、ジステアリルアジピン酸アミド、エチレンビスオレイン酸アミド、ジオレイルアジピン酸アミド、N−ステアリルステアリン酸アミド等脂肪酸アミド類、ステアリン酸ブチル等の脂肪酸エステル、エチレングリコール、ステアリルアルコール等のアルコール類、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、及びこれら変性物からなるポリエーテル類、ジメチルポリシロキサン、シリコングリース等のポリシロキサン類、弗素系オイル、弗素系グリース、含弗素樹脂粉末といった弗素化合物、窒化珪素、炭化珪素、酸化マグネシウム、アルミナ、二酸化珪素、二硫化モリブデン等の無機化合物粉体が挙げられる。
これらの滑剤は、一種単独でも二種以上組み合わせても良い。該滑剤の配合量は、磁石粉100重量部に対して、通常0.01〜20重量部、好ましくは0.1〜10重量部である。
【0078】
また、安定剤としては、ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)セバケート、ビス(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)セバケート、1−[2−{3−(3,5−ジ−第三ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオニルオキシ}エチル]−4−{3−(3,5−ジ−第三ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオニルオキシ}−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、8−ベンジル−7,7,9,9−テトラメチル−3−オクチル−1,2,3−トリアザスピロ[4,5]ウンデカン−2,4−ジオン、4−ベンゾイルオキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、こはく酸ジメチル−1−(2−ヒドロキシエチル)−4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン重縮合物、ポリ[[6−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)イミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジイル][(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)イミノ]ヘキサメチレン[[2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル]イミノ]]、2−(3,5−ジ−第三ブチル−4−ヒドロキシベンジル)−2−n−ブチルマロン酸ビス(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)等のヒンダード−アミン系安定剤のほか、フェノール系、ホスファイト系、チオエーテル系等の抗酸化剤等が挙げられる。
これらの安定剤も、一種単独でも二種以上組み合わせても良い。該安定剤の配合量は、磁石粉100重量部に対して、通常0.01〜5重量部、好ましくは0.05〜3重量部である。
【0079】
本発明の高耐候性の希土類−鉄−窒素系磁石には、フェライト、アルニコなど通常、ボンド磁石の原料となる各種の磁石粉末を混合してもよく、異方性磁石粉末だけでなく、等方性磁石粉末も対象となるが、異方性磁場(HA)が、4000kA/m(50kOe)以上の磁石粉末が好ましい。
【0080】
尚、上記の各成分の混合方法は、特に限定されず、例えばリボンブレンダー、タンブラー、ナウターミキサー、ヘンシェルミキサー、スーパーミキサー等の混合機、あるいは、バンバリーミキサー、ニーダー、ロール、ニーダールーダー、単軸押出機、二軸押出機等の混練機を用いて実施される。
【0081】
得られるボンド磁石用組成物の形状は、パウダー状、ビーズ状、ペレット状、あるいはこれらの混合物の形であるが、取り扱い易さの点で、ペレット状が望ましい。熱硬化性樹脂は、混合時の剪断発熱などによって硬化が進まないよう、剪断力が弱く、かつ冷却機能を有する混合機を使用することが好ましい。
【0082】
本発明では平均3〜50nmの燐酸塩皮膜により磁石粉が安定化されているため、これを樹脂と混合してボンド磁石を作製する場合、混合に伴なう剪断力により粒子の凝集の一部が解砕されても皮膜のない新生面は生じず、得られたボンド磁石は極めて高い耐候性を示す。
【0083】
3.ボンド磁石
次いで、上記のボンド磁石用組成物は,所望の形状を有するボンド磁石に成形される。
【0084】
その際、成形法としては、従来からプラスチック成形加工等に利用されている射出成形法、押出成形法、射出圧縮成形法、射出プレス成形法、圧縮成形法、トランスファー成形法等の各種成形法が挙げられるが、これらの中では、特に射出成形法、押出成形法、射出圧縮成形法、及び射出プレス成形法が好ましい。
【0085】
こうして磁石粉を圧密化して成形した磁石は、磁石成形体の表面のみならず、それを構成する個々の磁石粉が上記燐酸塩皮膜で均一に被覆されているので、劣化が磁石体表面で発生しても磁石体内部に進行しにくく、高い耐候性を示す。換言すれば、本発明においては、優れた磁気特性を引き出すために、燐酸塩皮膜で均一に被覆され、安定化された高耐候性磁石粉を用いることが肝要である。
【実施例】
【0086】
以下に、本発明の実施例及び比較例を示すが、本発明は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。尚、実施例や比較例に用いた各成分の詳細や評価方法は、以下の通りである。
【0087】
(1)成分
磁石合金粉
・Sm−Fe−N系磁石合金粉(住友金属鉱山(株)製)
平均粒径:30μm、Sm:23.5〜24.5質量%、N:3.1〜3.5質量%、残部はFe(Ca:0.006〜0.015質量%、H:0.002〜0.008質量%)
燐酸化合物
・85%オルト燐酸水溶液(商品名:「りん酸」、関東化学(株)製)
【0088】
(2)試験・評価方法
・組成分析
得られた磁石粉試料中のSmとPをICP発光分析法で、Nは抵抗加熱・赤外吸収法で、O、Hは抵抗加熱・伝導率法で組成を分析した。
【0089】
・平均粒径、体積基準比表面積
(株)日本レーザー製HELOS&RODOSで測定した50%粒子径を磁石粉試料の平均粒径とした。体積基準比表面積も(株)日本レーザー製HELOS&RODOSで測定し、算出した。
【0090】
・皮膜厚さ、均一性
得られた磁石粉試料を熱硬化性樹脂と混合して硬化させた後、FIB(イオンビーム)加工して薄片試料を作製した。透過型電子顕微鏡で磁石粉の断面観察を行い、磁石粉の表面に形成されている燐酸塩皮膜の均一性を確認すると共に、厚みを求めた。
【0091】
・Fe/希土類元素比
得られた磁石粉試料をArスパッタしながら、XPS(X線光電子分光法)にて得たFe、Smスペクトルの面積強度に、測定装置(VG Scientific社製ESCALAB220i−XL)の感度係数を乗じて、Fe/Sm元素比を求めた。
【0092】
・磁石粉の保磁力と残留磁化
磁石粉試料の保磁力Hcと残留磁化σrを、日本ボンド磁石工業協会ボンド磁石試験方法ガイドブックBMG−2002に従い、振動試料型磁力計にて常温で測定した。
【0093】
・ボンド磁石の保磁力
磁石粉試料を用いて得たボンド磁石の保磁力は、磁石を4000kA/mで着磁した後に、チオフィー(Cioffi)型自記磁束計で測定した。
【0094】
[実施例1〜14]
容器内部を窒素で置換したアトライタを用い、回転数200rpmで、磁石合金粉1kgを1.5kgのイソプロパノール中で表1に示す時間粉砕し、磁石粉を作製した。
ここで、粉砕前または粉砕途中に、燐酸化合物を85%オルト燐酸水溶液として、磁石合金粉1kgあたり表1に記載した量だけ粉砕溶媒に添加している。その後、磁石粉を表1に示す条件で乾燥させた。
【0095】
【表1】

【0096】
得られた磁石粉の分析組成、平均粒径、皮膜厚さ、Fe/希土類元素比、初期及び大気中80℃−90%RHで300時間放置後の保磁力Hc(0)とHc(300)、初期の残留磁化σrを上記方法で測定し、表2に示す通りの結果を得た。これにより、実施例1〜14では、それぞれの試料から任意に選んだ20個の粒子表面すべてに燐酸塩皮膜が均一に形成されていることが確認できた。
【0097】
【表2】

【0098】
次に、得られた磁石粉を用いて、磁粉体積率が56%となるように12ナイロンを添加し、ラボプラストミルで混練後に、配向磁界640kA/mで磁界中射出成形して直径10mm高さ7mmの円柱状ボンド磁石を作製した。混練温度は200℃、射出成形のノズル温度は210℃とした。得られた磁石試料の保磁力HcJを上記方法で測定し、表2に示す通りの結果を得た。
【0099】
[比較例1〜4]
上記の実施例と同様にして、容器内部を窒素で置換したアトライタを用い、回転数200rpmで、磁石合金粉1kgを1.5kgのイソプロパノール中で表1に示す時間粉砕し、磁石粉を作製した。その後、磁石粉を表1に示す条件で乾燥させた。磁石合金粉として、本出願人による特許第3304726号公報の記載に基づいて、Sm組成とN組成を調整したSm−Fe−N磁石合金粉を用いた。
得られた磁石粉の分析組成、平均粒径、皮膜厚さ、Fe/希土類元素比、初期及び大気中80℃−90%RHで300時間放置後の保磁力Hc(0)とHc(300)、初期の残留磁化σrを上記方法で測定し、表3に示す通りの結果を得た。
【0100】
【表3】

【0101】
次に、得られた磁石粉を用いて、実施例と同様にして円柱状ボンド磁石を作製した。得られた磁石試料の保磁力HcJを上記方法で測定し、表3に示す通りの結果を得た。
【0102】
[比較例5〜11]
上記の実施例と同様にして、表1に示した条件で磁石粉を燐酸塩皮膜で被覆し、得られた磁石粉に12ナイロンを配合し、比較用のボンド磁石を製造した。この結果は表3に示すとおりであった。
【0103】
これらの実施例1〜14より、磁石粉のSmが20〜25質量%である平均粒径が1〜10μmの試料に、燐酸化合物を添加し、有機溶媒中で粉砕し、100℃以上の温度で、30分以上乾燥させれば、皮膜厚さが平均3〜50nmでFe/希土類元素比が8以上の皮膜が形成され、これにより、皮膜を含む磁石粉全体の組成(R、N、P、O、H)を所定の範囲とすることができ、保磁力がほぼ400kA/m以上の高耐候性磁石粉が得られることが分かる。
これに対して、比較例1〜11では、これらの条件に合わない磁石粉を用いるか、磁石粉への燐酸塩被覆条件或いは乾燥条件が適切ではないために、いずれも磁気特性の面で満足すべき結果が得られないことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ThZn17型またはThNi17型結晶構造をもつ希土類−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉の表面が燐酸塩(R−T−P−O)皮膜で被覆された高耐候性磁石粉において、
平均粒径が1〜10μm、かつ組成は、20〜25質量%のR(希土類元素)、2.1〜3.9質量%のN(窒素)、0.2〜2.0質量%のP(リン)、0.5〜5.0質量%のO(酸素)及び残部がT(遷移金属元素および不可避的不純物)であり、不可避的不純物であるH(水素)の含有量を0.3質量%以下としたことを特徴とする高耐候性磁石粉。
【請求項2】
希土類−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉は、Sm−Fe−N系磁石粉であることを特徴とする請求項1に記載の高耐候性磁石粉。
【請求項3】
T(遷移金属元素)として、さらにCo、Zn、Cu、又はMnから選択される1種以上が含まれることを特徴とする請求項1に記載の高耐候性磁石粉。
【請求項4】
燐酸塩皮膜が、希土類−鉄−窒素(R−T−N)系磁石粉を燐酸化合物の存在下に有機溶剤中で粉砕した後、不活性ガス中または真空中、100〜400℃で加熱乾燥して得られることを特徴とする請求項1に記載の高耐候性磁石粉。
【請求項5】
燐酸化合物の添加量が、粉砕する磁石合金粉に対して、0.1mol/kg以上2mol/kg未満であることを特徴とする請求項4に記載の高耐候性磁石粉。
【請求項6】
粉砕時間が、30〜180分であることを特徴とする請求項4に記載の高耐候性磁石粉。
【請求項7】
加熱時間が、30〜400分であることを特徴とする請求項4に記載の高耐候性磁石粉。
【請求項8】
燐酸塩皮膜の膜厚が平均3〜50nmで、磁石粉が均一に被覆されていることを特徴とする請求項1又は4に記載の高耐候性磁石粉。
【請求項9】
燐酸塩皮膜が、燐酸鉄と希土類その他の燐酸塩からなる複合塩であり、かつ燐酸鉄含有率がFe/希土類元素比で8以上であることを特徴とする請求項1又は4に記載の高耐候性磁石粉。
【請求項10】
体積基準比表面積が7m/cm以下であることを特徴とする請求項1に記載の高耐候性磁石粉。
【請求項11】
室温での保磁力が400kA/m以上であることを特徴とする請求項1記載の高耐候性磁石粉。
【請求項12】
請求項1〜11に記載の高耐候性磁石粉に対して、樹脂バインダーが主成分として配合されていることを特徴とするボンド磁石用樹脂組成物。
【請求項13】
請求項12に記載のボンド磁石用樹脂組成物を射出成形法、押出成形法、射出圧縮成形法、射出プレス成形法、圧縮成形法又はトランスファー成形法のいずれかの成形法により成形してなるボンド磁石。

【公開番号】特開2007−324618(P2007−324618A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−201898(P2007−201898)
【出願日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【分割の表示】特願2002−269801(P2002−269801)の分割
【原出願日】平成14年9月17日(2002.9.17)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】