説明

2−アシルアミノメチル−3,4−ジヒドロキシピロリジン型酵素阻害剤

【課題】 本発明の目的は、グリコシダーゼ阻害研究のツールあるいは薬剤として有用である新規な2-アシルアミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジン型化合物、およびそれらを簡便かつ高純度で得るために必要な合成中間体とその製法を提供することである。
【解決手段】 本発明は、下記一般式(I)を有するピロリジン化合物を提供する。


(I)
式中、Rは、水素、置換または非置換アルキル基、置換または非置換アリール基、置換または非置換アラルキル基、及び置換または非置換アルキルアリール基からなる群より選択され、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素阻害活性を有するピロリジン化合物、その製造法、製造法における合成中間体、並びに前記化合物を含む酵素阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
生理活性天然物の基本骨格のひとつであるピロリジン類は、医薬をはじめとする機能性材料あるいは研究用ツールとして重要である。特に、糖と類似構造を有するヒドロキシピロリジン化合物は、細胞間分子認識など重要な生物活性の制御物質として注目されている糖関連酵素阻害剤の有力候補であり、種々の医薬開発および臨床応用に向けた研究が活発である。(例えば特許文献1、2、及び非特許文献1、2参照))
【0003】
その中でも、3,4-ジヒドロキシピロリジン骨格を有する化合物は、糖加水分解酵素における基質遷移状態との類似性から研究開発がさかんであり、糖加水分解酵素をより詳しく研究するためのツールとしての可能性が示されている。(例えば、非特許文献3、4参照)
【0004】
より高度な特異性をもつグリコシダーゼ阻害剤として、3,4-ジヒドロキシピロリジン骨格に官能基などを付与した修飾化合物が有望であると考えられるが、そのような化合物を合成するために必要なヒドロキシピロリジン類の各種の異性体に関する情報が乏しかったため、あまり進展していなかった。
【0005】
【特許文献1】特開2000-95686
【特許文献2】特開平9-509947
【非特許文献1】有機合成化学協会誌、666-675(2000)
【非特許文献2】Phytochemistry, 56, 265-295 (2001)
【非特許文献3】Chem. Biol. 8, 1061-1070 (2001)
【非特許文献4】Bioorg. Med. Chem., 12, 3485-3495 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、新規な2-アシルアミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジン型酵素阻害剤、及びそれらの製法を提供することを目的とする。
本発明の目的は、グリコシダーゼ阻害研究のツールあるいは薬剤として有用である新規な2-アシルアミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジン型化合物、およびそれらを簡便かつ高純度で得るために必要な合成中間体とその製法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記一般式(I)を有するピロリジン化合物を提供する。

(I)
式中、Rは、水素、置換または非置換アルキル基、置換または非置換アリール基、置換または非置換アラルキル基、及び置換または非置換アルキルアリール基からなる群より選択され、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択される。なお、各一般式において炭素原子横の*のマークは、その炭素原子が不斉炭素であることを意味する。
【0008】
本発明はまた、下記一般式(II)を有する化合物を提供する。

(II)
式中、Rは、水素、置換または非置換アルキル基、置換または非置換アリール基、置換または非置換アラルキル基、及び置換または非置換アルキルアリール基からなる群より選択され、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択され、R1及びR2は、それぞれ独立に、水素、tert-ブチルジメチルシリル、メチルジ−tert-ブチルシリル、イソプロピルジメチルシリル、メチルジイソプロピルシリル、(トリフェニルメチル)ジメチルシリル、及びtert-ブチルジフェニルシリルからなる群より選択され、R3は水素またはアミノ保護基である。ただし、R1とR2は同じであっても異なっていてもよく、及びR1、R2及びR3は同時に水素を表さない。
【0009】
一般式(II)で表される化合物は、一般式(I)の化合物の製造において有用な合成中間体である。
一般式(II)において、R1及びR2は好ましくは水素である。また、R3はベンジル基、tert-ブトキシカルボニル基及びベンジルオキシカルボニル基であることが好ましい。
【0010】
本発明はまた、上記一般式(II)の化合物のヒドロキシ保護基及び/又はアミノ保護基を脱保護し、上記一般式(I)で表されるピロリジン化合物を製造する方法を提供する。
【0011】
本発明はまた、上記製造方法において、上記一般式(II)で表される化合物が下記一般式(III)で表される化合物をアシル化することにより製造されることをさらに含む方法を提供する。

(III)
式中、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択され、R1及びR2は、それぞれ独立に、水素、tert-ブチルジメチルシリル、メチルジ−tert-ブチルシリル、イソプロピルジメチルシリル、メチルジイソプロピルシリル、(トリフェニルメチル)ジメチルシリル、及びtert-ブチルジフェニルシリルからなる群より選択され、R3は水素またはアミノ保護基である。ただし、R1とR2は同じであっても異なっていてもよく、及びR1、R2及びR3は同時に水素を表さない。
【0012】
本発明はまた、一般式(I)で表されるピロリジン化合物を活性化合物として含む、酵素阻害剤を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、光学純度の高い新規なピロリジン化合物を得ることができる。また、本発明のピロリジン化合物は、付与した官能基などの影響により特異な酵素阻害作用を示す。また、ヒドロキシピロリジン誘導体のアミノ基および/または水酸基が保護された、精製が容易な合成中間体を提供するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の酵素阻害作用を示すピロリジン化合物について説明する。本発明の酵素阻害作用を示すピロリジン化合物は一般式(I)で表される。以下、特に断り無く“本発明のピロリジン化合物”という場合には、一般式(I)で表されるいずれかの立体異性体であるピロリジン化合物をいう。

(I)
【0015】
式中、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択される。
式中、Rは、水素、置換または非置換アルキル基、置換または非置換アリール基、置換または非置換アラルキル基、及び置換または非置換アルキルアリール基からなる群より選択され、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択される。
【0016】
上記記載において、アルキル基とは、直鎖、分岐鎖若しくは環状脂肪族炭化水素基を意味し、好ましくは炭素数1〜10のアルキル基、より好ましくは1〜3のアルキル基が挙げられる。アルキル基は置換されていてもよく、アルキル基上の置換基の例としては、ハロゲン、水酸基、アミノ基、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数1〜10のアルコキシ基が挙げられる。
【0017】
アリール基には、炭素以外の原子を含む複素環式化合物も含む。アリール基として好ましくは炭素数6〜10のアリール基が挙げられ、好ましくはフェニル基、ナフチル基等が挙げられる。アリール基上の置換基の例としては、置換基の例としては、ハロゲン、水酸基、アミノ基、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数1〜10のアルコキシ基が挙げられる。
【0018】
アラルキル基及びアルキルアリール基における、アルキル基及びアリール基は上記定義と同じ意味を有する。アラルキル基及びアルキルアリール基における置換基も、アルキル基及びアリール基について述べた置換基と同義である。
【0019】
本発明のピロリジン化合物を合成する際に有用な中間体として一般式(II)を有する化合物が挙げられる。







(II)
式中、Rは、水素、置換または非置換アルキル基、置換または非置換アリール基、置換または非置換アラルキル基、及び置換または非置換アルキルアリール基からなる群より選択され、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択され、R1及びR2は、それぞれ独立に、水素、tert-ブチルジメチルシリル、メチルジ−tert-ブチルシリル、イソプロピルジメチルシリル、メチルジイソプロピルシリル、(トリフェニルメチル)ジメチルシリル、及びtert-ブチルジフェニルシリルからなる群より選択され、R3は水素またはアミノ保護基である。ただし、R1とR2は同じであっても異なっていてもよく、及びR1、R2及びR3は同時に水素を表さない。
【0020】
上記定義において、アルキル基、アリール基、アラルキル基、アルキルアリール基、各基上の置換基の定義は式(I)について述べたとおりである。
【0021】
上記式(II)のR1及びR2は、合成方法によっては、上記保護基以外のヒドロキシ保護基を経由する場合もあり得る。この場合のヒドロキシ保護基とは、通常水酸基を保護するために用いられる、エーテル型保護基、エステル型保護基、カーボネート型保護基等、例えば“Protective Groups in Organic Synthesis” T. W. Green, John Wiley & Sons、に記載されるヒドロキシ基の保護基を適宜使用することができる。また、R2はR1と同じ保護基であってもよい。
【0022】
3に関して、アミノ保護基は、2級アミノ基を保護するために通常用いられるいずれの保護基であってもよい。具体的には、tert-ブチルオキシカルボニル基(Boc基)や、ベンジルオキシカルボニル基(Cbz基)、ベンジル基、若しくは“Protective Groups in Organic Synthesis” T. W. Green, John Wiley & Sons、に記載されるアミノ保護基等を適宜使用することができる。
【0023】
本発明のピロリジン化合物を製造する方法について以下に説明する。
本発明の酵素阻害剤である2-アシルアミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジンは、合成中間体であるN-保護-2-アミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジン(非特許文献 Chem. Pharm. Bull., 1987, 35, 3995-3999.; 特許文献:特願2004-052693)の2位アミノ基を選択的に修飾して合成することができる。その際、生成物の立体配置は用いる合成中間体に依存する。
【0024】
スキーム1は、本発明のピロリジン化合物を製造する方法の一実施態様について、概略を示したものである。光学活性環状ニトロン(III)の1位及び2位の官能基変換を行ない、2位にアミノメチル基を有し、3,4位が任意のヒドロキシ保護基で、また、環上の窒素原子を任意のアミノ保護基で保護されたピロリジン化合物(II)を得る。この(II)に対し、2位のアミノメチル基のアシル化反応と全保護基の除去を行ない、本発明のピロリジン化合物(I)を製造することができる。



【0025】

スキーム1 2-アシルアミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジン体の合成(例)
【0026】
より具体的に、特定の保護基を用いて本発明のピロリジン化合物を製造する方法について、スキーム2に従い説明する。スキーム2には、(2R,3S,4S)2-アシルアミノメチルピロリジン化合物の合成のルートが示されている。
【0027】

TBS=t−ブチルジメチルシリル、Boc=t-ブチルオキシカルボニル
スキーム2 (2R,3S,4S)2-アシルアミノメチルピロリジン化合物の合成のルート
【0028】
化合物(5)は化合物(1)から導かれる公知化合物(4)(特開2002-88059)を経由して合成される。化合物(4)の窒素原子へのtert-ブトキシカルボニル基の導入においては、市販のものあるいは調製した保護基導入試薬を利用することができる。Boc2Oは過剰に使用することができるが、単離・精製の簡単のため、使用量としてはアミノニトリル1当量に対して1〜10当量が好ましく、さらに好ましくは1.5〜3当量である。また、共存させる塩基としては、トリエチルアミンに代表される3級アミンやピリジンなどの有機塩基および炭酸カリウムに代表される無機塩基が使用できる。反応溶媒としては、通常メタノール、エタノールをはじめとするアルコール類、水、酢酸エチル、クロロホルム、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、1,2-ジメトキシエタン、1,4-ジオキサンおよびこれらの混合溶液などが使用できる。反応温度は、通常−20〜50℃程度が好ましく、特に0〜20℃が好ましい。反応時間は、通常5分間〜2日間程度が好ましい。このようにして得られたN-Bocアミノニトリル誘導体のTBDMS基は、フッ化物イオンの作用による除去が可能である。この反応は、市販のTBAF(テトラヒドロフラン溶液)を利用する方法が適用できる。TBAF(テトラヒドロフラン溶液)の使用量は、N-Bocアミノニトリル誘導体1当量に対して2〜10当量、好ましくは1.5〜3当量である。反応溶媒としては、通常テトラヒドロフランなどが使用できる。反応温度は、通常−10〜50℃程度が好ましく、特に0〜20℃が好ましい。反応時間は、通常5分間〜2日間程度が好ましい。この反応において生成する1-tert-ブトキシカルボニル-2-シアノ-3,4-ジヒドロキシピロリジンのジアステレオマー過剰率は、出発物質のそれに準じたものであるが、この化合物は再結晶による精製が可能である。再結晶溶媒としては、メタノール、エタノールをはじめとするアルコール類、アセトン、酢酸エチルなどが使用できる。1-tert-ブトキシカルボニル-2-シアノ-3,4-ジヒドロキシピロリジンのシアノ基は、パラジウム-活性炭を代表とする不均一系触媒の存在下で水素の付加を受け、相当するアミノメチル基へと変換される。パラジウム-活性炭は過剰に使用することができるが、生成物の物理的吸着による損失を回避するために使用量を制限することが望ましい。使用量としては原料1当量に対して1〜200%当量が好ましく、さらに好ましくは10〜50%当量である。本反応で用いる還元剤は水素または水素を含むガスが好ましく、その供給方法は公知の方法を適用できる。例えば、反応溶液中に水素を含むガスを通気しても良いし、水素ガス雰囲気下において反応液を撹拌、あるいは反応系内においてシクロヘキサジエンなどから水素移動させても良い。反応溶媒としては、通常メタノール、エタノールをはじめとするアルコール類、水、酢酸エチル、酢酸、ギ酸、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、1,2-ジメトキシエタン、1,4-ジオキサンおよびこれらの混合溶液などが使用できる。反応温度は、通常−20〜50℃程度が好ましく、特に0〜20℃が好ましい。反応時間は、通常5分間〜2日間程度が好ましい。
【0029】
化合物(5)の末端アミノ基は、カルボン酸類との反応により、相当するアミド体(アシル化アミノ体)を与える。アミド結合の構築に際しては、カルボン酸を適当に活性化させる一般的な薬品の利用が可能であり、公知のペプチド合成手法も適宜使用できる。すなわち、使用されるカルボン酸は酸無水物、酸ハロゲン化物、活性エステル等から選択され導入される。カルボン酸を使用する場合は、N-ヒドロキシスクシンイミド等とN-(3-ジメチルアミノプロピル)-N'-エチルカルボジイミド塩酸塩(EDCI)またはジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)等を用いて活性エステルとしてから反応させるのが好ましいが、特に、添加型縮合剤として、O-ベンゾトリアゾール-1-イル-N,N,N',N'-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロボレート(HBTU)の使用が効果的である。それらの薬品は過剰に使用することができるが、単離、精製の簡単のため、使用量としてはアミノメチル体(5)1当量に対して0.1〜10当量が好ましく、さらに好ましくは0.5〜3当量である。また、共存させる塩基としては、トリエチルアミンに代表される3級アミンやピリジンなどの有機塩基および炭酸カリウムに代表される無機塩基が使用できる。反応溶媒としては、通常メタノール、エタノールをはじめとするアルコール類、水、酢酸エチル、クロロホルム、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、1,2-ジメトキシエタン、1,4-ジオキサンおよびこれらの混合溶液などが使用できる。反応温度は、通常−20〜50℃程度が好ましく、特に0〜20℃が好ましい。反応時間は、通常5分間〜2日間程度が好ましい。得られた縮合体のN-Boc基は、トリフルオロ酢酸 (TFA) の作用による除去が可能である。この反応は、TFAを溶媒として用いることができるが、水との混合溶液でも良い。TFAの使用量は、N-Bocアミド誘導体1 mmolに対して0.1〜10 ml、好ましくは1〜3 mlであり、その半分〜同量の水との混合液でも良い。反応温度は、通常−10〜80℃程度が好ましく、特に10〜30℃が好ましい。反応時間は、通常30分間〜2日間程度が好ましい。
【0030】
上述したスキーム2において、最終的に生成する2-アシルアミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジンのジアステレオマー過剰率は2-アミノメチル体のそれに準じたものであるが、それぞれに記述した各工程での精製が可能である。したがって、容易に高純度の2-アシルアミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジンが得られる。
【0031】
2-アシルアミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジンは、DOWEX50WX-8(ダウケミカル社製)をはじめとするイオン交換樹脂を用いた精製が可能であり、精製後、塩酸を加えて濃縮、乾燥することで、塩酸塩が得られる。
【0032】
一般に、グリコシダーゼとはキチナーゼやリゾチーム等のエンドグリコシダーゼ、およびグルコシダーゼをはじめとするエキソグリコシダーゼを総合した呼び名であるが、それぞれ基質認識の仕方が異なっている。厳密な基質認識を示すグリコシダーゼに対する阻害剤としては、より高度な分子設計が要求されるわけであるが、本発明のピロリジン化合物がグリコシダーゼ阻害作用を示し、さらに、その効果が結合した官能基によって変化するという事実は、酵素の活性部位以外における酵素-阻害剤親和力を推し量る指標であるといえる。
【0033】
特に、本発明の2−アシルアミノメチル化合物は、特定の酵素阻害活性が顕著であるか、若しくは相対的に見て酵素選択的である。特にα-グルコシダーゼ、β-ヘキソサミニダーゼ、β-グルコシダーゼ、特定のβ−グルクロニダーゼに対して阻害作用が見られるが他の酵素には殆ど阻害作用を示さない。このような酵素特異性は従来公知のピロリジン化合物では見られなかった。このような酵素選択的阻害活性を有する化合物は、その酵素や同様の結合様式を有する糖鎖に関連した疾患に対する治療剤、医学的実験ツール等として様々な利用法があり、非常に有用である。
例えば、α-グルコシダーゼ阻害をもってインシュリン非依存性糖尿病の治療における血糖値管理に、β-ヘキソサミニダーゼ阻害やα-マンノシダーゼ阻害をもって癌細胞における糖タンパク質糖鎖プロセッシングの抑制に、また、β-グルコシダーゼ阻害をもってリソソーム蓄積症における異常基質の蓄積抑制に役立つ可能性を示唆するものである。
次に実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0034】
化合物(5)の製造方法(参考例)
L-酒石酸から公知の方法(特開2002-88059)によって得られる(2R,3S,4S) 3,4-ビス-(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-2-シアノピロリジン(4)(2.39 g, 6.70 mmol) のメタノール(120 ml)溶液に、Boc2O (2.19 g, 10.1 mmol)とトリエチルアミン(2.18 ml, 20.1 mmol)を加え、室温にて12時間撹拌した。反応終了後、反応溶液を濃縮して残渣をシリカゲルフラッシュカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン : 酢酸エチル = 19 : 1)で精製し、(2R,3S,4S)3,4-ビス-(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-1-tert-ブチルオキシカルボニル-2-シアノピロリジン(2.8 g, 92 %)を得た。なお、この化合物は2位エピマーとの混合物(de = 76 〜 88 %)であり、原料である(4)の純度と同等である。また、2位エピマーそれぞれのシリカゲルカラムによる分離は困難である。この(2R,3S,4S)3,4-ビス-(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-1-tert-ブチルオキシカルボニル-2-シアノピロリジン(2.41 g, 5.27 mmol)のTHF(48 ml)溶液に、テトラn-ブチルアンモニウムフルオライド(1M in THF, 13.2 ml, 13.2 mmol)を加え、室温にて12時間撹拌した。反応溶液を濃縮して大部分のTHFを留去後、酢酸エチルにて希釈、飽和食塩水で洗浄、乾燥、濃縮することで脱シリル化生成物を粗結晶として定量的に得た。2位エピマーを含む粗結晶 (de = 76 〜 88 %)は酢酸エチルから再結晶することにより精製され、純粋な(2R,3S,4S) 1- tert-ブチルオキシカルボニル-2-シアノ-3,4-ジヒドロキシピロリジンは、50〜70%の収率で単離される。再結晶により精製された純粋な(2R,3S,4S) 1-tert-ブチルオキシカルボニル-2-シアノ-3,4-ジヒドロキシピロリジン(13.5 mg, 0.191 mmol)をエタノール (6 ml)に溶かし、20%水酸化パラジウム-活性炭(6.8 mg)と酢酸(0.75 ml)を加え、水素ガス雰囲気下室温にて30分間撹拌した。反応終了後、溶液をセライトろ過し、濃縮すると相当するN-Bocアミノメチル誘導体(5)が定量的に得られた。さらにDOWEX50WX-8(ダウケミカル社製)にてイオン交換カラム (1.3N アンモニア水で溶出)することで塩フリーとして単離される。
【0035】
化合物(5)の物性値(参考例)
分子式:C10H20N2O4
分子量:232.28
1H NMR (CD3OD) δ 4.36-3.95, 3.65-3.25 and 3.20-3.10 (each m, 7H), 1.50 and 1.48 (each s, 9H, t-Bu). (構造中のBoc基に起因するロータマー混合物として観測された)
13C NMR (CD3OD) δ 179.11, 158.44, 82.01, 77.81, 74.92, 58.90, 58.31, 54.10, 40.94, 28.77, 28.73, 28.64, 23.29, 18.38. (構造中のBoc基に起因するロータマー混合物として観測された)
【0036】
化合物(6)の一般的製法 -A-
N-Bocアミノメチル体(5)をメタノール(化合物(5)の20倍の重量)に溶かし、これにトリエチルアミン(化合物(5)の3当量)および酸無水物 (化合物(5)の3当量)または酸クロライド(化合物(5)の3当量)を加え室温にて2時間撹拌した。反応終了後、反応溶液を濃縮して得られた縮合体は、必要に応じてアセチル化、シリカゲルカラム、脱アセチル化により精製した。集めた縮合体に、TFA (化合物(5)の10倍の重量)を加えて1時間撹拌した。反応終了後、反応溶液を濃縮して得られた残渣をDOWEX50WX-8(ダウケミカル社製)にてイオン交換カラム(1.3N アンモニア水で溶出) し、1M塩酸水溶液を加えて濃縮、凍結乾燥することで純粋な塩酸塩を得た。
【0037】
化合物(6)の一般的製法 -B-
カルボン酸を塩化メチレン(化合物(5)の20倍の重量)に溶かし、これにN-ヒドロキシスクシンイミド(化合物(5)の1.2当量)およびN-(3-ジメチルアミノプロピル)-N'-エチルカルボジイミド塩酸塩 (化合物(5)の1.2当量)を加え室温にて1時間撹拌した後、N-Bocアミノメチル体(5)を加えて10時間撹拌した。反応終了後、反応溶液を濃縮して得られた縮合体は、必要に応じてアセチル化、シリカゲルカラム、脱アセチル化により精製した。集めた縮合体に、TFA (化合物(5)の10倍の重量)を加えて1時間撹拌した。反応終了後、反応溶液を濃縮して得られた残渣をDOWEX50WX-8(ダウケミカル社製)にてイオン交換カラム (1.3N アンモニア水で溶出) し、1M塩酸水溶液を加えて濃縮、凍結乾燥することで純粋な塩酸塩を得た。
【0038】
化合物(6)の一般的製法 -C-
N-Bocアミノメチル体(5)をエタノール(化合物(5)の20倍の重量)に溶かし、0℃にてO-ベンゾトリアゾール-1-イル-N, N, N', N'-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロボレート(HBTU)(化合物(5)の3当量)を加えて室温で3時間撹拌した。反応終了後、反応溶液を濃縮して得られた縮合体は、必要に応じてアセチル化、シリカゲルカラム、脱アセチル化により精製した。集めた縮合体に、TFA (化合物(5)の10倍の重量)を加えて1時間撹拌した。反応終了後、反応溶液を濃縮して得られた残渣をDOWEX50WX-8(ダウケミカル社製)にてイオン交換カラム(1.3N アンモニア水で溶出)し、1M塩酸水溶液を加えて濃縮、凍結乾燥することで純粋な塩酸塩を得た。
【0039】
化合物(6)の物性値
A法によって合成した酢酸結合体塩酸塩(6a)
分子式:C7H15N2O3Cl
分子量:210.66
比旋光度:-15.3°(c 1.0, H2O)
1H NMR (D2O) δ 4.18 (d, 1H, J = 4.8 Hz, H-4), 4.06 (br s, 1H, H-3), 3.69 (ddd, 1H, J = 3.3, 8.6, 8.6 Hz, H-2), 3.49 (dd, 1H, J = 4.4, 13.0 Hz, H-5a), 3.44-3.41 (m, 2H, H-2'), 3.06 (d, 1H, J =13.0 Hz, H-5b), 1.81 (s, 3H, Ac).
13C NMR (D2O) δ 175.10, 74.42, 73.85, 61.42, 51.00, 36.04, 21.67.
【0040】
A法によって合成した安息香酸結合体塩酸塩(6b)
分子式:C12H17N2O3Cl
分子量:272.73
比旋光度:-1.8°(c 1.3, H2O)
1H NMR (D2O) δ 7.59 (d, 2H, J = 0.0 Hz, aromatic), 7.46-7.32 (m, 3H, aromatic), 4.24 (d, 1H, J = 4.4 Hz, H-4), 4.15 (br s, 1H, H-3), 3.86 (ddd, 1H, J = 3.2, 5.9, 7.4 Hz, H-2), 3.68 (dd, 1H, J = 7.4, 14.4 Hz, H-2'a), 3.63 (dd, 1H, J = 5.9, 14.4 Hz, H-2'b), 3.57 (dd, 1H, J = 4.4, 13.0 Hz, H-5a), 3.12 (d, 1H, J =13.0 Hz, H-5b).
13C NMR (D2O) δ 171.49, 132.78, 132.45, 128.78, 127.12, 74.60, 73.89, 61.59, 51.13, 36.61.
【0041】
B法によって合成したピバリンアミド体(6c)
分子式:C10H21N2O3Cl
分子量:252.74
比旋光度:-10.9°(c 0.7, H2O)
1H NMR (D2O) δ 4.19 (d, 1H, J = 4.4 Hz, H-4), 4.04 (br s, 1H, H-3), 3.69 (ddd, 1H, J = 3.0, 6.6, 7.2 Hz, H-2), 3.50 (dd, 1H, J = 4.4, 13.0 Hz, H-5a), 3.47 (dd, 1H, J = 7.2, 14.7 Hz, H-2'a), 3.41 (dd, 1H, J = 6.6, 14.7 Hz, H-2'b), 3.12 (d, 1H, J =13.0 Hz, H-5b), 0.99 (s, 9H, t-Bu).
13C NMR (D2O) δ 183.50, 74.43, 73.76, 61.48, 51.08, 38.38, 36.21, 26.36.
【0042】
A法によって合成したヘキサン酸結合体塩酸塩(6d)
分子式:C11H23N2O3Cl
分子量:266.76
1H NMR (D2O) δ 4.19 (d, 1H, J = 4.3 Hz, H-4), 4.05 (br s, 1H, H-3), 3.70 (ddd, 1H, J = 3.0, 6.8, 7.0 Hz, H-2), 3.50 (dd, 1H, J = 4.3, 13.0 Hz, H-5a), 3.46 (dd, 1H, J = 7.0, 14.4 Hz, H-2'a), 3.41 (dd, 1H, J = 6.8, 14.4 Hz, H-2'b), 3.08 (d, 1H, J =13.0 Hz, H-5b), 2.08 (t, 2H, J = 7.3 Hz, C(=O)CH2-C4H7), 1.39 (quint, 2H, J = 7.2 Hz, C(=O)CH2-CH2-C3H5), 1.15-1.05 (m, 4H, C(=O)C2H4-C2H4-CH3), 0.66 (t, 3H, J = 7.2 Hz, C(=O)C4H8-CH3).
13C NMR (D2O) δ 178.28, 74.33, 73.80, 61.30, 51.03, 35.78, 35.45, 30.44, 24.80, 21.58, 13.12.
【0043】
C法によって合成したL-フェニルアラニン結合体塩酸塩(6e)
分子式:C14H22N3O3Cl
分子量:315.80
比旋光度:+29.3°(c 1.1, H2O)
1H NMR (D2O) δ 7.27-7.12 (m, 5H, Ph), 4.17 (d, 1H, J = 4.6 Hz, H-4), 4.08 (t, 1H, J = 7.5 Hz, C(=O)CH<), 3.78 (br s, 1H, H-3), 3.52 (ddd, 1H, J = 3.0, 6.6, 7.2 Hz, H-2), 3.48 (dd, 1H, J = 4.6, 13.0 Hz, H-5a), 3.45 (dd, 1H, J = 6.6, 14.3 Hz, H-2'a), 3.39 (dd, 1H, J = 7.2, 14.3 Hz, H-2'b), 3.08 (d, 1H, J =13.0 Hz, H-5b), 3.05 (dd, 1H, J = 7.5, 13.9 Hz, -CH2-Ph), 3.01 (dd, 1H, J =7.5, 13.9 Hz, -CH2-Ph).
13C NMR (D2O) δ 169.72, 133.78, 129.29, 129.21, 128.04, 73.99, 73.85, 60.54, 54.39, 51.07, 40.34, 36.74, 35.52.
【0044】
C法によって合成したL-バリン結合体塩酸塩(6f)
分子式:C10H22N3O3Cl
分子量:267.75
比旋光度:0°(c 0.6, H2O)
1H NMR (D2O) δ 4.21 (d, 1H, J = 4.0 Hz, H-4), 4.08 (br s, 1H, H-3), 3.76 (ddd, 1H, J = 3.3, 7.3, 7.3 Hz, H-2), 3.66 (d, 1H, J = 5.9 Hz, C(=O)CH<), 3.58-3.49 (m, 3H, H-5a, 2'a, 2'b), 3.11 (d, 1H, J = 12.8 Hz, H-5b), 2.05 (oct, 1H, J = 6.6 Hz, CH(CH3)2), 0.84 and 0.83 (each d, 6H, J = 6.6 Hz, CH(CH3)2).
13C NMR (D2O) δ 170.10, 74.31, 73.84, 60.52, 58.56, 51.16, 35.90, 29.71, 17.63, 16.74.
【0045】
2-アシルアミノメチル-3,4-ジヒドロキシピロリジン型化合物の酵素阻害活性;
市販されている一般的なグリコシダーゼに対する阻害実験を以下のように行なった。合成した各種ピロリジン化合物及び基質(下記表1参照)それぞれ約5mMに調整した溶液に、各酵素(濃度については下記表1参照)を添加して、生成するp-ニトロフェノールを400nmにおける吸光度から定量することにより基質の分解率を求め、各化合物の酵素反応阻害率を決定した。結果を表2〜5に示す。表中で化合物(6)は塩酸塩である。

























【0046】
表1























【0047】
【表2】







【0048】
【表3】








【0049】
【表4】








【0050】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の酵素阻害剤は、酵素や同様の結合様式を有する糖鎖に関連した疾患に対する治療剤、医学的実験ツール等として様々な利用法がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)を有するピロリジン化合物。

(I)
式中、Rは、水素、置換または非置換アルキル基、置換または非置換アリール基、置換または非置換アラルキル基、及び置換または非置換アルキルアリール基からなる群より選択され、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択される。なお、各一般式において炭素原子横の*のマークは、その炭素原子が不斉炭素であることを意味する。
【請求項2】
下記一般式(II)を有するピロリジン化合物。

(II)
式中、Rは、水素、置換または非置換アルキル基、置換または非置換アリール基、置換または非置換アラルキル基、及び置換または非置換アルキルアリール基からなる群より選択され、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択され、R1及びR2は、それぞれ独立に、水素、tert-ブチルジメチルシリル、メチルジ−tert-ブチルシリル、イソプロピルジメチルシリル、メチルジイソプロピルシリル、(トリフェニルメチル)ジメチルシリル、及びtert-ブチルジフェニルシリルからなる群より選択され、R3は水素またはアミノ保護基である。ただし、R1とR2は同じであっても異なっていてもよく、及びR1、R2及びR3は同時に水素を表さない。
【請求項3】
一般式(II)の化合物のヒドロキシ保護基及び/又はアミノ保護基を脱保護し、一般式(I)で表されるピロリジン化合物を製造する方法。

(II)
式中、Rは、水素、置換または非置換アルキル基、置換または非置換アリール基、置換または非置換アラルキル基、及び置換または非置換アルキルアリール基からなる群より選択され、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択され、R1及びR2は、それぞれ独立に、水素、tert-ブチルジメチルシリル、メチルジ−tert-ブチルシリル、イソプロピルジメチルシリル、メチルジイソプロピルシリル、(トリフェニルメチル)ジメチルシリル、及びtert-ブチルジフェニルシリルからなる群より選択され、R3は水素またはアミノ保護基である。ただし、R1とR2は同じであっても異なっていてもよく、及びR1、R2及びR3は同時に水素を表さない。


(I)
式中、Rは、水素、置換または非置換アルキル基、置換または非置換アリール基、置換または非置換アラルキル基、及び置換または非置換アルキルアリール基からなる群より選択され、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択される。なお、各一般式において炭素原子横の*のマークは、その炭素原子が不斉炭素であることを意味する。
【請求項4】
一般式(II)で表される化合物が一般式(III)で表される化合物をアシル化することにより製造されることを含む、請求項3に記載の方法。

(III)
式中、2位炭素の立体配置はS体またはR体であり、3位炭素及び4位炭素の立体配置は(3R,4R)及び(3S,4S)の組合せから選択され、R1及びR2は、それぞれ独立に、水素、tert-ブチルジメチルシリル、メチルジ−tert-ブチルシリル、イソプロピルジメチルシリル、メチルジイソプロピルシリル、(トリフェニルメチル)ジメチルシリル、及びtert-ブチルジフェニルシリルからなる群より選択され、R3は水素またはアミノ保護基である。ただし、R1とR2は同じであっても異なっていてもよく、及びR1、R2及びR3は同時に水素を表さない。
【請求項5】
請求項1に記載の一般式(I)で表されるピロリジン化合物を活性化合物として含む、酵素阻害剤。

【公開番号】特開2006−225344(P2006−225344A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−42536(P2005−42536)
【出願日】平成17年2月18日(2005.2.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名:第48回有機合成化学協会関東支部シンポジウム(新潟シンポジウム)実行委員会 刊行物名:第48回有機合成化学協会関東支部シンポジウム(新潟シンポジウム)講演要旨集 発行年月日:平成16年11月20日
【出願人】(504448645)
【出願人】(504448656)
【出願人】(500433203)株式会社浮間化学研究所 (3)
【Fターム(参考)】