説明

2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌およびその利用

【課題】天然由来の2−フェニルエタノールを製造する新たな技術を開発する。
【解決手段】2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を提供する。また、乳酸菌に変異を導入する変異処理工程、および変異が導入された乳酸菌の中からフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜する選抜工程を包含している、2−フェニルエタノールを製造する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2−フェニルエタノールを製造するための組成物およびその利用に関するものであり、より詳細には、2−フェニルエタノールを製造するための組成物、キットおよび方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2−フェニルエタノール(以下、2−PEともいう。)はバラの香りの主成分であり、香味成分として注目されている。また、2−PEは抗菌作用を有している。さらに、アルカリ性環境下で分解しにくいことから、2−PEは石鹸の保存剤としても用いられている。
【0003】
2−PEはフェネチルアルコール(phenethyl alcohol)とも称され、示性式がCCHCHOHと表されるアルコールの一種である。天然に広く存在する無色の液体であり、バラの他に、カーネーション、ヒヤシンス、アレッポマツ、イランイラン、ゼラニウム、ネロリ、キンコウボクなどの、種々の精油に含まれる。エタノールまたはエーテルとよく混和するが、水にはわずかに溶ける(2mL/100mL・HO)。
【0004】
工業的には、スチレンオキシドの接触還元法または石油化学工業の副産物として合成2−PEが製造されている。合成2−PEのさらなる製造方法として、ベンジルクロライドとメタノールをユウロピウム化合物の存在下に光照射して反応させる方法も開示されている(特許文献1参照)。
【0005】
一方、例えば、バラの花弁を蒸留することによって天然の2−PEを得ることができる。また、酵母による発酵によって天然の2−PEを得ることができる。酵母を用いる系においてより多くの2−PEを得るための技術として、アルコールの製造中に生じた蒸留残渣から2−PEを抽出する方法(特許文献2参照)や、酵母が元来有している2−PE生成能を改善して2−PEの生産性を向上させる技術(特許文献3〜5等参照)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−87769号公報(平成6年3月29日公開)
【特許文献2】特開平11−157号公報(平成11年1月6日公開)
【特許文献3】特開平3−98577号公報(平成3年4月24日公開)
【特許文献4】特開平3−94670号公報(平成3年4月19日公開)
【特許文献5】特開平9−224650号公報(平成9年9月2日公開)
【特許文献6】特開平6−284884号公報(平成6年10月11日公開)
【特許文献7】特開平7−67669号公報(平成7年3月14日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
バラの香りを提供する2−PEは世界各国で大量に製造されており、洗剤、化粧品などに広く用いられている。しかし、合成の2−PEはあくまでも化学合成品であるので、ヒトの生活環境内において利用する場合には、高度な精製が求められ、その結果、その精製が非常に繁雑になっている。また、近年、天然由来の製品に対する需要が増えており、天然香料だけでなく天然食品などへの利用の観点からも、天然由来の2−PEを製造する技術の開発が望まれている。
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、天然由来の2−PEを製造する新たな技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明にかかる、2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を製造する方法は、乳酸菌に変異を導入する変異処理工程、および変異が導入された乳酸菌の中からフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜する選抜工程を包含していることを特徴としている。本発明にかかる製造方法において、上記変異処理工程は薬剤処理または紫外線処理によって行われることが好ましい。
【0010】
本発明にかかる製造方法において、上記変異処理工程に供される乳酸菌は、受託番号NITE BP−5〜8、NITE P−9〜11からなる群より選択されることが好ましい。
【0011】
本発明にかかる乳酸菌は、2−フェニルエタノールを生成することを特徴としている。本発明にかかる乳酸菌は、フェニルアラニンアナログ耐性株であり、任意の変異を導入した乳酸菌から選抜された変異株であることが好ましい。
【0012】
また、本発明にかかる乳酸菌は、上記製造方法によって取得されたものであってもよい。
【0013】
本発明にかかる第1の組成物は、2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を製造するために、乳酸菌の生菌を生存可能に含有していることを特徴としている。本発明にかかる第1の組成物は、キット形態であってもよく、キットの場合、乳酸菌の生菌を生存可能に備えられていればよいが、該乳酸菌を薬剤処理するための試薬がさらに備えられていることが好ましい。
【0014】
本発明にかかる第2の組成物は、バラの香りを付与するために、2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を生存可能に含有していることを特徴とする。また、本発明にかかる組成物は、バラの香りが付与された組成物でもあり得、好ましくは、洗剤、化粧品または食品である。
【0015】
本発明にかかる製造方法は、バラの香りが付与された食品を製造するために、2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を、目的の食品に生存可能に含有させる工程を包含することを特徴としている。本発明にかかる製造方法において、上記乳酸菌はフェニルアラニンアナログ耐性株であることが好ましく、この場合、本製造方法は、乳酸菌に変異を導入する変異処理工程、および変異が導入された乳酸菌の中からフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜する選抜工程をさらに包含することが好ましい。
【0016】
本発明にかかる製造方法は、2−フェニルエタノールを製造するために、乳酸菌のフェニルアラニンアナログ耐性株をフェニルアラニンアナログ含有培地中で培養する工程、および培養上清から2−フェニルエタノールを抽出する工程を包含していることを特徴としている。本発明にかかる製造方法において、上記乳酸菌のフェニルアラニンアナログ耐性株は、上述した2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を製造する方法によって取得されることが好ましく、この場合、乳酸菌に変異を導入する変異処理工程、および変異が導入された乳酸菌の中からフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜する選抜工程をさらに包含することが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、天然の2−フェニルエタノールを提供し得る。2−フェニルエタノールはバラの香りの主成分であるので、本発明は、バラの香りが付与された製品を提供し得る。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】植物および酵母における2−フェニルエタノール生合成経路を示す図である。
【図2】2−フェニルエタノールの標品(a)、および乳酸菌変異株の培養上清のクロロホルム抽出物(b)についての、GC−MSの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
〔1:2−PEを生成する乳酸菌およびその製造方法〕
本発明は、2−フェニルエタノール(以下、2−PEともいう。)を生成する乳酸菌を製造する方法を提供する。本発明にかかる製造方法は、乳酸菌に変異を導入する変異処理工程、および変異が導入された乳酸菌の中からフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜する選抜工程を包含している。
【0020】
本発明はまた、2−PEを生成する乳酸菌を提供する。本発明にかかる乳酸菌は、本発明にかかる製造方法によって製造することができる。
【0021】
2−PEは以下の構造式を有している。
【0022】
【化1】

【0023】
植物および酵母における2−PE生合成経路を、図1に示す。植物(例えばバラ)には、フェニルアラニンからフェニルアセトアルデヒドを合成する酵素が存在し、植物における2−PEへの生合成を制御している。一方、酵母に、フェニルアラニンからフェニルアセトアルデヒドを合成する酵素は存在しないが、フェニルピルビン酸からフェニルアセトアルデヒドを合成する酵素が存在することによって、酵母における2−PEの生合成を制御している。
【0024】
生合成経路が部分的に異なるとはいえ、同じ真核生物である高等植物および酵母には、2−PEを生成するための同様の系が存在することが知られている。そして、この系は、上述した合成2−PEの系(スチレンオキシドの還元)とは明らかに異なる。
【0025】
原核生物を用いた2−PEの製造法が特許文献6および7に開示されている。具体的には、特許文献6等記載の技術は、スチレンオキシドをスチレン資化性のコリネバクテリウム細菌と接触させて2−PEに変換させるものである。しかし、この技術は、微生物による反応を用いているとはいえ、原理的には合成2−PEの系に過ぎない。さらに、特許文献6および7の記載は、原核生物を用いた2−PEの製造には、スチレンオキシド還元酵素の存在が非常に重要であることを強く示している。
【0026】
これらの知見は、2−PEの生合成について、植物や酵母のような真核生物の系が原核生物に存在しないことが十分に示唆されている。さらに、2−PEの生合成する系が原核生物に存在するとしても、それはスチレンオキシド還元酵素の関与する系であることが、十分示唆されている。もちろん、原核生物が、植物や酵母のような真核生物と同様の生合成経路を有していないことに、何ら不思議はない。確かに、酵母における2−PEの生合成に関与する、フェニルアラニンからフェニルアセトアルデヒドを合成する酵素は、これまで乳酸菌において見出されていない。また、乳酸菌が2−PEを生成しないことを本発明者らはこれまでに確認している(未公開)。
【0027】
これらの知見に基づけば、当業者が、フェニルアラニンから2−PEを生成する系が原核生物において存在することを予想したり、そのような系の存在の確認を動機付けられたりすることは非常に困難である。
【0028】
また、特許文献3等には、変異処理した酵母からp−フルオロフェニルアラニン(PFP)耐性株を選抜することによって、フェニルアラニンから2−PEへの生合成の効率を向上させた変異株を取得することが開示されている。しかし、この技術は、上述したように、酵母が元来有している機能を改善する技術であり、新たな機能を酵母に付与する技術ではない。
【0029】
このように、本発明の完成を合理的に期待させる公知技術は存在しない。よって、本発明は、当業者が容易に想到し得るものではない。もちろん、乳酸菌を用いて2−PEを生成し得るということ自体、当業者の予測の範囲を超えているということはいうまでもない。
【0030】
本発明にかかる製造方法において、変異処理工程は、乳酸菌の遺伝子に対して変異を無作為に導入し得る方法であればよく、種々の公知の方法(例えば、薬剤処理(エチルメタンスルホン酸、ニトロソグアニジンなどの適用)、紫外線照射など)が利用され得る。なお、本発明では、所望の形質を有する乳酸菌を得るために、変異処理工程の後の選抜工程が必須である。選抜工程は、乳酸菌のフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜し得る方法であればよく、種々の公知の方法(例えば、フェニルアラニンのアナログを添加した培地中にて乳酸菌を培養することなど)が利用され得る。すなわち、選抜工程は、培地中にフェニルアラニンのアナログを添加する工程であり得る。この場合、添加されるべきフェニルアラニンのアナログは、精製標品であることが好ましい。本発明に適用されるフェニルアラニンのアナログとしては、汎用されているp−フルオロフェニルアラニン(PFP)が挙げられるが、これに限定されない。なお、本明細書を読んだ当業者は、本明細書の記載に基づけば、2−PEを生成する乳酸菌が何ら試行錯誤することなく容易に取得し得ることを、容易に理解する。
【0031】
また、本発明にかかる製造方法を繰り返すことによって、2−PEを生成する乳酸菌の能力(2−PE生成能)を増強することができる。すなわち、取得された変異株(−PEを生成する乳酸菌)に対して、さらに上記変異処理工程および上記選抜工程を行うことによって、2−PE生成能が増強された変異株を製造することができる。
【0032】
すなわち、このようなさらなる変異株もまた本発明の範囲内であり、本発明にかかる製造方法を繰り返すこともまた、本発明の範囲内である。さらに、本発明にかかる製造方法は、乳酸菌による2−PE生成能を増強する方法でもあり得る。
【0033】
もちろん、本明細書の記載に基づけば、当業者は、変異が導入された遺伝子を同定し得る。そのような目的の遺伝子を同定すれば、遺伝子工学的手法(組換えなどによる塩基の置換、挿入および/または付加)を用いることによって、目的遺伝子に直接的な変異導入が行われてもよい。また、従来公知の遺伝子工学的手法(例えば、アンチセンス法、センス(コサプレッション)法、RNAi法など)を用いて、目的遺伝子の機能を阻害してもよい。
【0034】
上述したように、本発明における選抜工程は、フェニルアラニンアナログ耐性株を取得するために、変異処理を施された乳酸菌を、フェニルアラニンのアナログ(例えばp−フルオロフェニルアラニン)を含有する培地中にて培養する工程であり得る。
【0035】
乳酸菌は、古来よりチ−ズ、ヨ−グルト、醗酵バタ−等の乳製品を始め、味噌、漬物等のわが国の伝統的醗酵食品のほか、果汁、野菜汁へ接種するなどした、多くの食品に用いられ、食品の風味、組織、栄養価の改善または保存性付与等に重要な役割を果たしている。近年、乳酸菌の生理的効果として、生きた乳酸菌の接種による腸内菌叢の改善効果または整腸作用等が明らかとなり、医薬品として乳酸菌製剤も開発されている。
【0036】
本明細書中にて使用される場合、「乳酸菌」は、発酵によって糖類から多量の乳酸を生成する細菌が意図される。本発明に適用可能な乳酸菌は、最終的に乳酸のみを生成するものであっても、乳酸以外(例えばアルコールや酢酸など)を生成するものであってもよく、球菌であっても桿菌であってもよい。
【0037】
本発明に適用可能な乳酸菌は、哺乳動物の乳、腸管内などから分離された、いわゆる動物乳酸菌、または食肉製品(例えばナムなどの醗酵ソーセージなど)から分離された乳酸菌であっても、穀物、野菜、果物などの植物起源、またはこれらを原材料に含む発酵食品などから分離された乳酸菌であってもよい。動物乳酸菌としては、Lactobacillus bulgaricus, Lactobacillus acidophilus, Lactobacillus helveticus, Lactobacillus juguiri, Lactobacillus lactis, Lactobacillus leichmannii, Lactobacillus delbrueckii, Lactobacillus salvarius var. salivarius, Lactobacillus salivarius var. salicinius, Lactobacillus plantarum, Lactobacillus casei var. casei, Lactobacillus casei var. rhamnosus, Lactobacillus casei var. alactosus, Lactobacillus fermenti, Lactobacillus buchneri, Lactobacillus brevis, Lactobacillus cellobiosus, Lactobacillus viridescens, Streptococcus diacetilactis, Streptococcus lactis var. taette, Streptococcus thermophilus などが挙げられ、植物乳酸菌としては、Lactobacillus plantarum, Lactobacillus lactis (当研究室にて花から分離されている), Lactobacillus brevis, Leuconostoc mesenteroides, Teragenococcus halophilus, Lactobacillus curvatus, Lactobacillus fermentum, Pedeococcus pentosaceus, Pedeococcus acidilactici, Bacillus coagulans, Enterococcus mundtiiなどが挙げられる。
【0038】
なお、上述した乳酸菌のうちの具体的な菌株としては、ラクトバシラス プランタルム SN13T株(分離源:タイ国産の醗酵ソーセージのナム:豚のミンチをバナナの葉で包んで醗酵させたもの)、ラクトバシラス プランタルム SN26T株(分離源:ソーセージ)、ラクトバシラス プランタルム SN35N株(分離源:ナシ)、ラクトバシラス プランタルム JCM1149株(分離源:塩漬キャベツ)、ラクトバシラス プランタルム JCM8348株(分離源:コメ)、ラクトバシラス プランタルム IFO3070株(JCM 1057株)、ラクトバシラス カゼイK−1株(分離源:亀田 植物乳酸菌ヨーグルト)、ラクトバシラス カゼイJCM 8136株(分離源:不明)、ペディオコッカス ペントサセウス(分離源:大塚 野菜の戦士)、ペディオコッカス JCM5885株(分離源:酒もろみ)、ラクトバシラス プランタルム SN35M株(分離源:メロン)、ラクトコッカス ラクティス サブスペシース ラクティス SN26N株(分離源:ナシ)、エンテロコッカス スペシース SN21I株(分離源:イチジク)、エンテロコッカス ムンヅティSN29N株(分離源:ナシ)、ラクトバシラス ヒルガルディ NBRC15886(分離源:ワイン)等が挙げられる。
【0039】
本発明者らはこれまでに、植物乳酸菌として、ラクトバシラス プランタルム SN13T株、ラクトバシラス プランタルム SN26T株、ラクトバシラス プランタルム SN35N株、ラクトバシラス プランタルム SN35M株、ラクトコッカス ラクティス サブスペシース ラクティス SN26N株、エンテロコッカス スペシース SN21I株、およびエンテロコッカス ムンヅティ SN29N株などを分離している。
【0040】
ラクトバシラス プランタルム SN35M株は、本発明者らによって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE BP−5(受託日:2004年7月6日、移管日:2009年2月16日)として寄託されており、以下の菌学的性質を有する:メロンからの分離株、グラム陽性乳酸桿菌、ホモ型醗酵、カタラーゼ陰性、芽胞形成能なし、好気条件下でも培養可、分類学上の位置はLactobacillus plantarum。
【0041】
ラクトバシラス プランタルム SN35N株は、本発明者らによって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE BP−6(受託日:2004年7月6日、移管日:2009年2月16日)として寄託されており、以下の菌学的性質を有する:ナシからの分離株、グラム陽性乳酸桿菌、ホモ型醗酵、カタラーゼ陰性、芽胞形成能なし、好気条件下でも培養可、分類学上の位置は Lactobacillus plantarum。
【0042】
ラクトバシラス プランタルム SN13T株は、本発明者らによって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE BP−7(受託日:2004年7月6日、移管日:2009年1月28日)として寄託されており、以下の菌学的性質を有する:タイ国産のナムというソーセージからの分離株、グラム陽性乳酸桿菌、ホモ型醗酵、カタラーゼ陰性、芽胞形成能なし、好気条件下でも培養可、分類学上の位置はLactobacillus plantarum。
【0043】
ラクトバシラス プランタルム SN26T株は、本発明者らによって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE BP−8(受託日:2004年7月6日、移管日:2009年2月16日)として寄託されており、以下の菌学的性質を有する:タイ国産のナムというソーセージからの分離株、グラム陽性乳酸桿菌、ホモ型醗酵、カタラーゼ陰性、芽胞形成能なし、好気条件下でも培養可、分類学上の位置は Lactobacillus plantarum。
【0044】
ラクトコッカス ラクティス サブスペシース ラクティス SN26N株は、本発明者らによって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE P−9(受託日:2004年7月6日)として寄託されており、以下の菌学的性質を有する:ナシからの分離株、グラム陽性乳酸球菌、ホモ型醗酵、カタラーゼ陰性、芽胞形成能なし、好気条件下でも培養可、分類学上の位置はLactococcus lactis subsp. lactis。
【0045】
エンテロコッカス ムンヅティ SN29N株は、本発明者らによって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE P−10(受託日:2004年7月6日)として寄託されており、以下の菌学的性質を有する:ナシからの分離株、グラム陽性乳酸球菌、ホモ型醗酵、カタラーゼ陰性、芽胞形成能なし、好気条件下でも培養可、分類学上の位置はEnterococcus mundtii。
【0046】
エンテロコッカス スペシース SN21I株は、本発明者らによって分離された菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)へ、受託番号NITE P−11(受託日:2004年7月6日)として寄託されており、以下の菌学的性質を有する:イチジクからの分離株、グラム陽性乳酸球菌、ホモ型醗酵、カタラーゼ陰性、芽胞形成能なし、好気条件下でも培養可、分類学上の位置はEnterococcus sp.。
【0047】
本発明において、上述した乳酸菌が単独で用いられても2つ以上を組み合わせて用いられてもよい。
【0048】
本発明は、乳酸菌の生菌を生存可能に含有している組成物(第1の組成物)を提供する。第1の組成物は、2−PEを生成する乳酸菌を製造するための組成物である。すなわち、本発明にかかる第1の組成物を用いれば、2−PEを生成する乳酸菌を製造することができる。これにより、2−PEによるバラの香りが付与された製品(例えば、洗剤、化粧品、食品など)を製造することができる。
【0049】
本発明にかかる組成物は、乳酸菌によって醗酵する醗酵原料をさらに含有していてもよい。また、本発明にかかる組成物は、酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物をさらに含有していてもよい。なお、酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物については、本明細書中において参考として援用される特許文献(特開2006−42796号公報(平成18(2006)年2月16日公開))にその詳細が記載されており、当業者は容易に理解し得る。
【0050】
本明細書中で使用される場合、用語「組成物」はその含有成分を単一組成物中に含有する態様と、単一キット中に別個に備えている態様であってもよい。すなわち、本発明にかかる組成物は培地をさらに含んでいてもよいが、上記乳酸菌の生菌を生存可能に含有している組成物と醗酵原料とを別々に備えているキットの形態であってもよい。また、本発明にかかる組成物は、麹菌による米醗酵物または酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物をさらに含んでいてもよいが、本発明にかかる組成物と酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物とを別々に備えているキットの形態であってもよい。また、第1の組成物がキット形態で提供される場合、当該キットは、乳酸菌の生菌を生存可能に備えられていればよいが、該乳酸菌を薬剤処理するための試薬や、乳酸菌のフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜するための試薬がさらに備えられていることが好ましい。
【0051】
本発明に用いられる醗酵原料は、乳、果汁および野菜汁からなる群より選択されることが好ましい。乳としては、動物乳(例えば、牛乳、ヤギ乳、めん羊乳等)が挙げられ、特に牛乳が好ましい。乳は、未殺菌乳および殺菌乳の何れであってもよく、また、これらの乳から調製した濃縮乳もしくは練乳、これらの脱脂乳、部分脱脂乳またはこれらを乾燥して粉末にした粉乳等であってもよい。果汁としては、例えば、モモ、ナシ、リンゴ、イチゴ、ザクロ、ブドウ、マンゴー、ミカン、オレンジ、パイナップル等の汁液が挙げられるがこれらに限定されず、果物のピューレであってもよい。また、野菜汁としては、例えば、ニンジン、トマト、キャベツ等の汁液が挙げられるがこれらに限定されず、野菜のピューレであってもよい。果汁および野菜汁は、果物または野菜をミキサー等で摩砕し、必要に応じて更に搾汁することにより得られる。このような果汁および野菜汁は、適宜濃縮されてもよく、濃縮液は、そのままであっても、蒸留水等で適当な濃度に希釈して用いられてもよい。上述した乳、果汁および野菜汁は、それぞれが単独で用いられても、目的に応じて組み合わせて用いられてもよい。なお、果物または野菜のピューレは、超高圧下(例えば、100MPa)にて酵素処理を行うことによって得られ、食物繊維を豊富に含んでいる。この酵素処理に用いられる酵素は、果物または野菜の種類に応じて適宜選択され得る。
【0052】
本明細書中において、用語「生菌を生存可能に含有している」は、目的の菌株が死滅することなく組成物中に維持されている態様であれば特に限定されない。すなわち、上記組成物中では、目的の生菌が増殖していても休眠していてもよい。
【0053】
一実施形態において、第1の組成物は、ラクトバシラス プランタルム SN13T株を生存可能に含有しており、ラクトバシラス プランタルム SN13T株によって醗酵する醗酵原料をさらに含有していることが好ましく、酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物をさらに含有していることが好ましい。このような形態であれば、ラクトバシラス プランタルムSN13T株の生菌の酵素活性を高く保つことができるので、この生菌を組成物中で生存可能に含有し得る。他の実施形態において、第1の組成物は、ラクトバシラス プランタルム SN13T株の生菌を、適切な賦形剤とともに含んでいる。乳酸菌の生存に影響を与えない賦形剤は当該分野において周知であり、例えば、デンプン、乾燥酵母、乳糖、白糖などが挙げられ、また、組成物を錠剤に加工するためのもの(例えば、コーンペプチド、麦芽糖など)であってもよい。このように、本発明にかかる組成物は、いわゆる「醗酵種」として用いられるべきものであることが意図される。
【0054】
〔2:2−PEを生成する乳酸菌の利用〕
本発明はまた、2−PEを生成する乳酸菌を生存可能に含有している組成物(第2の組成物)を提供する。第2の組成物は、2−PEを含有している製品を製造するための組成物である。すなわち、本発明にかかる第2の組成物を用いれば、2−PEによるバラの香りが付与された製品(例えば、洗剤、化粧品、食品など)を製造することができる。
【0055】
第2の組成物は、第1の組成物と同様に乳酸菌によって醗酵する醗酵原料をさらに含有していてもよい。また、本発明にかかる組成物は、酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物をさらに含有していてもよい。第2の組成物に適用可能な醗酵原料、酒粕および焼酎蒸留残渣については、第1の組成物と同様であればよい。また、第2の組成物もまたキット形態であってもよい。もちろん、第2の組成物もまた、第1の組成物と同様に、いわゆる「醗酵種」として用いられてもよい。
【0056】
一実施形態において、第2の組成物は、ラクトバシラス プランタルム SN13T株に由来するフェニルアラニンアナログ耐性株を生存可能に含有しており、該フェニルアラニンアナログ耐性株よって醗酵する醗酵原料をさらに含有していることが好ましく、酒粕もしくは焼酎蒸留残渣またはこれらの抽出物をさらに含有していることが好ましい。このような形態であれば、上記フェニルアラニンアナログ耐性株の生菌の酵素活性を高く保つことができるので、この生菌を組成物中で生存可能に含有し得る。他の実施形態において、第2の組成物は、ラクトバシラス プランタルム SN13T株に由来するフェニルアラニンアナログ耐性株の生菌を、適切な賦形剤とともに含んでいる。上記フェニルアラニンアナログ耐性株の生存に影響を与えない賦形剤としては、第1の組成物について上述したものが採用されればよい。
【0057】
本発明にかかる組成物を用いれば、2−PEによるバラの香りが付与された製品(例えば、洗剤、化粧品、食品など)を製造することができる。
【0058】
なお、食品の場合は、第2の組成物自体が目的の製品(食用組成物)であってもよい。本発明を用いて製造される食用組成物は、2−PEによるバラの香りが付与された食用組成物(すなわち、食品、飲料など)であり、嗜好性を高め得る観点から、健康食品(機能性食品)として提供される場合に極めて有用である。本発明にかかる食用組成物の製造法は特に限定されず、調理、加工および一般に用いられている食品または飲料の製造法による製造を挙げることができ、本発明によって得られた2−PEが、その食品または飲料中に含有されていればよい。すなわち、本発明は、バラの香りが付与された食品を製造する方法もまた提供する。本発明にかかる製造方法は、バラの香りが付与された食品を製造するために、2−PEを生成する乳酸菌を、目的の食品に生存可能に含有させる工程を包含していればよい。このような食品としては、例えば、乳製品(例えば、ヨーグルト)、健康食品(例えば、カプセル、タブレット、粉末)、飲料(例えば、乳飲料、野菜飲料など)、ドリンク剤などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0059】
上述した第2の組成物自体が目的の食用組成物である場合には、本発明にかかる組成物は、所望の乳酸菌および醗酵原料に加えて、ゼラチン、寒天、糖類、香料、果肉などのような、醗酵食品または醗酵飲料の製造に通常使用されている原料を添加することもできる。例えば、蔗糖、グルコース、フラクトース、パラチノース、トレハロース、等の糖類、ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、還元水飴等の糖アルコール類、アスパルテーム、アセスルファムカリウム等の高甘味度甘味料、蔗糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、レシチン等の乳化剤、カラギーナン、キサンタンガム、グァーガム等の増粘剤、クエン酸、乳酸、リンゴ酸等の酸味料、レモン果汁、オレンジ果汁等の果汁類の他、ビタミン類やカルシウム、鉄、マンガン、亜鉛等のミネラル類、更には甘草、桂枝、生姜のような生薬、あるいは香草、グルタミン酸ナトリウム、クチナシ色素、シリコーン、リン酸塩等の食品添加物等を添加することが可能である。
【0060】
本発明はさらに、2−PEを製造する方法を提供する。本発明にかかる製造方法は、2−PEを製造するために、乳酸菌のフェニルアラニンアナログ耐性株をフェニルアラニンアナログ含有培地中で培養する培養工程、および培養上清から2−PEを抽出する抽出工程を包含していることを特徴としている。本発明にかかる製造方法において、上記乳酸菌のフェニルアラニンアナログ耐性株は、上述した2−PEを生成する乳酸菌を製造する方法によって取得されることが好ましい。
【0061】
なお、上記培養工程は、醗酵原料を上記乳酸菌のフェニルアラニンアナログ耐性株の生菌で醗酵させる醗酵工程であり得る。醗酵工程は、酸度が0.6〜1.5%の範囲内になるまで醗酵原料を醗酵させることが好ましい。醗酵は、当該分野において公知の手法を用いて行われればよい。醗酵終了後に冷却したものを醗酵飲料として用いてもよい。このような醗酵飲料は、さらに希釈または殺菌を行ってもよい。
【実施例】
【0062】
〔1.変異体の取得〕
ラクトバシラス プランタルム SN13T株を、MRS培地(MERCK)10mL中にて37℃で24時間培養した。培養液200μLを遠心分離して菌体を回収し、フェニルアラニンを含まない完全合成培地(以下、培地A)1mLを用いて菌体を洗浄した。洗浄した後、菌体を1mLの培地A(1%のエチルメタンスルホン酸を含む。)に懸濁し、37℃で30分間インキュベートした。この培養液を遠心分離して菌体を集め、1mLの培地Aに再懸濁し、p−フルオロフェニルアラニン(PFP)を200μg/mLまたは300μg/mL含む培地Aに100μLずつ塗菌した。200μg/mLのPFPを含む培地に塗菌した場合、37℃で2日間培養した後に、生育するクローンを10株取得し、それぞれをLactobacillus plantarum SN13T-200-1〜Lactobacillus plantarum SN13T-200-10と名付けた。300μg/mLのPFPを含む培地に塗菌した場合、37℃で6日間培養した後に、生育するクローンを5株取得し、それぞれをLactobacillus plantarum SN13T-300-1〜Lactobacillus plantarum SN13T-300-5と名付けた。
【0063】
【表1】

【0064】
なお、得られた変異体15株は、国立大学法人広島大学産学連携センター(広島県東広島市鏡山一丁目3番2号)の管理下にて維持されており、必要に応じて分譲することが可能である。
【0065】
〔2.変異体における2−フェニルエタノール(2−PE)の産生〕
得られた変異体15株を、MRS培地10mL中にて37℃で24時間培養した。新鮮なMRS培地50mLに各培養液500μLを播種し、37℃で48時間培養した。培養した後の培養液を遠心分離して菌体を除去し、培養上清を得た。得られた上清について、クロロホルム50mLを用いて抽出を行った。抽出操作を3回行った。得られたクロロホルム層を合わせ、エバポレータにより溶媒を減圧留去した。残渣を適当量のクロロホルムに溶解し、ガスクロマトグラフィー・質量分析(GC−MS)装置にて分析した。標品として2−PEの分析も併せて行った。
【0066】
その結果、300μg/mLのPFPを含む培地より得られた変異体のうち3株(Lactobacillus plantarum SN13T-300-1、Lactobacillus plantarum SN13T-300-2、およびLactobacillus plantarum SN13T-300-4)を確認したところ、いずれも2−PEを産生していた。このことは、得られた変異体15株すべてが2−PEを産生し得ることを示唆している。図2は、標品である2−PEのGC−MSの結果、および乳酸菌変異株の培養上清のクロロホルム抽出物におけるGC−MSの結果を示している(それぞれ、図2(a)および(b))。また、親株が2−PEを産生していないことをGC−MSにて確認した(データは示さず)。
【0067】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0068】
また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明は、バラの香りが付与されることが所望される種々の製品(洗剤、食品、化粧品など)へ容易に適用し得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を製造する方法であって、
乳酸菌に変異を導入する変異処理工程、および
変異が導入された乳酸菌の中からフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜する選抜工程
を包含している、製造方法。
【請求項2】
上記変異処理工程が薬剤処理または紫外線処理によって行われる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
上記変異処理工程に供される乳酸菌が、受託番号NITE BP−5〜8、NITE P−9〜11からなる群より選択される、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法によって取得される、乳酸菌。
【請求項5】
2−フェニルエタノールを生成する、乳酸菌。
【請求項6】
乳酸菌の生菌を生存可能に含有している、2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を製造するための組成物。
【請求項7】
2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を生存可能に含有している、バラの香りを付与するための組成物。
【請求項8】
2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を生存可能に含有している、食品。
【請求項9】
バラの香りが付与された食品を製造する方法であって、
2−フェニルエタノールを生成する乳酸菌を、目的の食品に生存可能に含有させる工程を包含する、製造方法。
【請求項10】
上記乳酸菌がフェニルアラニンアナログ耐性株であり、
乳酸菌に変異を導入する変異処理工程、および
変異が導入された乳酸菌の中からフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜する選抜工程
をさらに包含する、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
2−フェニルエタノールを製造する方法であって、
乳酸菌のフェニルアラニンアナログ耐性株をフェニルアラニンアナログ含有培地中で培養する工程、および
培養上清から2−フェニルエタノールを抽出する工程
を包含している、製造方法。
【請求項12】
乳酸菌に変異を導入する変異処理工程、および
変異が導入された乳酸菌の中からフェニルアラニンアナログ耐性株を選抜する選抜工程
をさらに包含する、請求項11に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−30530(P2011−30530A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181863(P2009−181863)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】