説明

CYP1B1阻害剤

【課題】従来のCYP1発現阻害成分よりも、生体に対して安全であって、かつ十分なシトクロムP450−1B1(CYP1B1)の発現を阻害する薬剤の開発である。
【解決手段】ビワ抽出物に優れたCYP1B1の発現阻害作用があることを見いだした。そしてこの知見より、本発明はビワ抽出物を有効成分とするCYP1B1の発現を阻害する薬剤を提供するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シトクロムP450−1B1(CYP1B1)の発現を阻害する薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シトクロムP450(以降、CYPと略)は、アラキドン酸やステロイドホルモン及び脂肪酸を始めとする細胞制御及び細胞伝達機構における内因性化合物及び薬物や毒物等の外来性異物の代謝に重要な役割を担っている。CYPにはCYP1、CYP2、CYP3の3タイプが現在までに報告されており、例えば、CYP2に属するCYP2Aのファミリーにおいて、特にCYP2A6はヒトの肝臓における主要ニコチン代謝酵素であることが報告されている他(特許文献1)、更にはCYP2A6が発癌性物質を活性化することが報告されている。そして、このCYP2A6の活性を阻害する成分として、大豆サポニン抽出画分並びに甘草抽出物が報告されている(特許文献2)。
【0003】
また、CYPの他タイプであるCYP3は、ヒト肝臓や小腸において発現する薬物代謝酵素であり、生体への効率的な薬物投与を目的として、CYP3の活性を阻害する成分であるグレープフルーツジュースに含まれるソラレン骨格を有する化合物や(特許文献3)、スターフルーツの処理物(特許文献4)、イチゴ由来ポリフェノール(特許文献5)、多価不飽和脂肪酸(特許文献6)等が報告されている。
【0004】
一方、CYP1のファミリーに属するシトクロムP450については、肝臓以外の組織で発現されるCYP1A1、肝臓で発現されるCYP1A2、及び腫瘍細胞中で広範囲に発現されているCYP1B1が報告されており、特にCYPの代謝基質の1つである抗癌剤の不活化あるいは代謝に係るCYP1B1を阻害することで、抗癌剤の有効性を向上させることが検討されてきており、阻害成分としてα−ナフトフラボン、アカカチン、ジオスメチン、ヘスペレチン、ホメリオジクチオール、2-エチニルピレン等が報告されている(特許文献7)。更には、近年において腫瘍細胞以外の、マウスケラチノサイト(HaCaT細胞)において、UVB照射によりCYP1A1の発現が誘導されることが確認されている他(非特許文献1)、ヒト表皮皮膚繊線維芽細胞においてタバコの煙抽出物によりCYP1B1の発現及びMMP−1の発現が誘導され、その発現誘導を3-メトキシ-4-ニトロフラボン及びα-ナフトフラバノンが阻害することが報告され(非特許文献2)、またマウス及びヒトのメラノサイトにおいて、ダイオキシンによりCYP1A1及びCYP1B1の発現が誘導されることが報告されている(非特許文献3)。
【0005】
ここで特に注目すべきCYPは、小腸、腎臓及び肺を始めとする肝臓以外の特異的組織、更には皮膚組織といった広範囲において発現し、腫瘍細胞の主要マーカーでもあるCYP1のファミリーに属するCYP1B1であり、生体内の正常な組織(例えば肝臓や小腸等)や腫瘍細胞への薬物や抗癌剤の効果的な投与、あるいは化粧品分野における皮膚への酵素の阻害剤や活性化剤といった有効成分の効果的な適用を考える上で、薬物あるいは有効成分を使用する際に、投与対象とする組織内において、このCYP1B1の発現を如何に抑制するかが重要となってきている。しかしながら、現在までに報告されているCYP1の発現を阻害する有効成分の種類は稀少であり、具体的にはアカカチン、ジオスメチン、ヘスペレチン、ホメリオジクチオール、2-エチニルピレンや3-メトキシ-4-ニトロフラボン及びα-ナフトフラバノンが挙げられるが、これらの効果はCYP1の発現阻害を試験する上で陽性対照となる程の強い阻害活性を有するものであるが、反面生体に対し強い毒性を有するものであり、薬剤として服用するにあたっては、その安全性が常に懸念される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開公報WO98/03171
【特許文献2】特開2006−169186号公報
【特許文献3】特開平10−204091号公報
【特許文献4】特開2006−22071号公報
【特許文献5】特開2006−111597号公報
【特許文献6】特開2006−273798号公報
【特許文献7】特表2003−522143号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Ellen Fritsche et al.,Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America,2007,104(21),8851-8856
【非特許文献2】Y Ono et al.,Journal of Investigative Dermatology,2008,28,Abstract248
【非特許文献3】I Kurtmann et al.,Journal of Investigative Dermatology,2008,28,Abstract1315
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の課題は、従来のCYP1発現阻害成分よりも、生体に対して安全であって、かつ十分なシトクロムP450−1B1(CYP1B1)の発現を阻害する薬剤の開発である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らはビワ抽出物に優れたCYP1B1の発現阻害作用があることを見いだした。そしてこの知見より、本発明はビワ抽出物を有効成分とするCYP1B1の発現を阻害する薬剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の薬剤は優れたCYP1B1の発現阻害作用を有する。この薬剤を利用することにより、肝臓や小腸、皮膚といった生体組織、あるいは腫瘍細胞に対して投与する他の薬剤の代謝や不活性化を抑制し、それら薬剤の組織あるいは細胞内における生体利用効率(バイオアベイラビリティー)を向上させることが可能である。また本発明の有効成分として使用されるビワ抽出物は、従来から医薬、食品あるいは化粧品等に配合するものとして汎用されてきたものであり、生体に対するそれらの安全性は非常に高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の薬剤に有効成分として用いられるビワ抽出物は、バラ科ビワ属ビワ(Eriobotrya japonica Thunb. Lindl.)の花、花柱、雄花、雌花、花穂、頭花、穎果、果皮、果実、茎、葉、枝、枝葉、幹、樹皮、根、根茎、根皮又は種子から選択される部位の少なくとも1以上を、生あるいは乾燥後、そのまま又は粉砕し、溶媒で抽出したものである。特に好ましくは、葉(生薬名:枇杷葉)である。
【0012】
本発明で用いるビワ抽出物を得るための抽出溶媒としては、水、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、ブタノール、イソブタノール等の低級アルコール或いは含水低級アルコール、プロピレングリコール、1,3-ブチレングリコール、1,2-ブチレングリコール、1,4-ブチレングリコール、1,5-ペンタンジオール、1,2-ペンタンジオール、1,3-ペンタンジオール、1,4-ペンタンジオール、1,3,5-ペンタントリオール、グリセリン、ポリエチレングリコール(分子量100〜10万)等の多価アルコールあるいは含水多価アルコール、アセトン、酢酸エチル、ジエチルエーテル、ジメチルエーテル、エチルメチルエーテル、ジオキサン、アセトニトリル、キシレン、ベンゼン、クロロホルム、四塩化炭素、フェノール、トルエン等の各種有機溶媒や、適宜規定度を調製した酸(塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、ギ酸、酢酸等)やアルカリ(水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、アンモニア等)の中から選ばれる1種もしくは2種以上の混液が挙げられ、特に水、1,3-ブチレングリコール、プロピレングリコールから選ばれる1種又は2種以上を選択することが好ましい。但し、用途により溶媒の含有が好ましくない場合においては、水のみを使用するか、あるいは抽出後に溶媒を除去しやすい、揮発性の高い溶媒を用いて抽出を行い、溶媒除去後水等に溶解させるといった方法も可能である。
【0013】
抽出方法については、その溶媒の温度や原料に対する溶媒の重量比率、又は抽出時間についても、使用原料の部位及び使用する溶媒に対し、それぞれを任意に設定することができる。溶媒の温度としては−4℃から100℃の範囲で任意に設定できるが、原料中に含まれる成分の安定性の点から、10〜40℃付近が好ましい。また、原料に対する溶媒の重量比率も、例えば原料:溶媒が、4:1〜1:100の範囲内で任意に設定でき、特に1:1〜1:20の重量比率が好ましい。
【0014】
本発明で用いるビワ抽出物は、溶媒抽出後、更に適宜精製操作を施したものも、その抽出物の範囲に包含される。精製操作としては、酸(塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、有機酸等)又はアルカリ(水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、アンモニア等)添加による分解、微生物による発酵又は代謝変換、イオン交換樹脂や活性炭、ケイ藻土等による成分吸着、種々の分離モード(イオン交換、親水性吸着、疎水性吸着、サイズ排除、配位子交換、アフィニティー等)を有するクロマトグラフィーを用いた分画、濾紙やメンブランフィルター、限外濾過膜等を用いた濾過、加圧又は減圧、加温又は冷却、乾燥、pH調整、脱臭、脱色、長時間の静置保管等が例示でき、これらを任意に選択し組み合わせた処理を行うことが可能である。
【0015】
本発明の薬剤を製造する上で、使用する前記ビワ抽出物の形状としては、液状、固形状、粉末状、ペースト状等いずれの形状でも良く、本発明を実施する上で最適な形状を適宜に選択する。
【0016】
本発明の薬剤は、その内容成分がビワ抽出物のみで構成されている薬剤の他、薬物製剤を構成する上で許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水、有機溶媒等)を含有するものも、その薬剤の範囲に包含される。薬剤の剤型は、経口的又は非経口的に投与可能であれば特に制限はなく、カプセル状、粉末状、顆粒状、固形状、液状、ゲル状、気泡状、乳液状、クリーム状、軟膏状、シート状、ムース状、粉末分散状、多層状、エアゾール状等から任意の剤型を成す。本発明の薬剤中における前記ビワ抽出物の含有量は、0.01〜100質量%の範囲であり、好ましくは1〜50質量%の範囲である。
【0017】
本発明の薬剤は、特に非経口投与の剤型の1つである外用製剤であることが好ましい。また本発明の薬剤はそれ自体が外用製剤となり得る他、化粧品類や医薬部外品類の製造における添加成分としても使用される。外用の形態としては、具体的には化粧水(美白用や抗老化用も含む)、乳液(美白用や抗老化用も含む)、クリーム(美白用や抗老化用も含む)、ローション(美白用や抗老化用も含む)、パック(美白用や抗老化用も含む)、石鹸やボディーシャンプー、洗顔料、口紅、ファンデーション等の化粧品類が挙げられる。また軟膏や貼付剤、ローション剤、パップ剤、リニメント剤等の医薬品類並びに医薬部外品類が挙げられる。化粧品類や医薬部外品類における本発明の薬剤の含有量は、0.001〜50質量%の範囲である。
【0018】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの内容に限定されるものではない。
【実施例1】
【0019】
(製造例1)ビワ抽出物の製造
ビワ葉を粉砕したもの10gに50%1,3-ブチレングリコール水溶液100mLを加え10日間、室温にて浸漬抽出した後、次いで吸引ろ過して残留物を除去することでビワ抽出物を得た。
【実施例2】
【0020】
(試験例1)CYP1B1の発現阻害活性の測定
1.CYP1B1発現誘発成分(タバコエキス)の調製
タバコ5本分の主煙をアスピレーターにて吸引し、ヘキサン100mL中にてバブリングさせた。次いでヘキサン抽出物を濃縮乾固した後、各々DMSO5mLに溶解して下記の測定に用いた。
2.CYP1B1の発現阻害活性の測定
非喫煙者の健常人より採取した皮膚線維芽細胞を24穴プレートに播種し、10%FBS含有DMEM培地(シグマ社製)にてサブコンフルエントまで培養した。次いで細胞を血清飢餓とし、培地3mLに対して製造例1のビワ抽出物を10mL添加し、2時間培養した。陰性対照は50%1,3-ブチレングリコール水溶液を用いて同様の処理を施した。次いで上記のタバコエキス20.1μLをこれらの培地に加え、24時間培養後、細胞を回収した。Fast Pure RNA kit(タカラバイオ社製)を用いて全RNAを抽出した後、CYP1B1の発現量をRT−PCR法にて解析した。内部標準としてグリセロールー3−リン酸脱水素酵素(以下以降、G3PDHと記す)を調べた。内部標準に対する比を求めた後、陰性対照との比を算出することで、CYP1B1発現活性とした。以下に解析に用いたCYP1B1及びG3PDHのプライマーを示した。
GA3PDH sense;CTGGGCTACACTGAGCACCA
G3APDH antisense;CAGCGTCAAAGGTGGAGGGA
CYP1B1 sense;CGCAACTTCAGCAACTTCTAGG
CYP1B1 antisense;CCGCAGAGAGGATAAAGG
【0021】
(試験例1の結果)
製造例1のビワ抽出物のCYP1B1発現活性を試験した結果、タバコエキス誘発刺激において、ビワ抽出物は陰性対照と比較して70%のCYP1B1発現活性を示した。従って、本発明で有効成分として用いられるビワ抽出物は優れたCYP1B1の発現阻害作用を有することが判明した。
【実施例3】
【0022】
(製造例2)CYP1B阻害剤の製造(経口投与剤)
1.製造例1のビワ抽出物 10g
2.無水カフェイン 0.5g
3.ショ糖 4.0g
4.ソルビトール 7.0g
5.クエン酸 10.0g
6.安息香酸ナトリウム 0.05g
7.ミックスフルーツフレーバー 0.1g
上記1〜7の成分を精製水に溶解した後、pHを4.0に調整し、精製水を加えて全量を100mLとした。この液をろ紙でろ過し、滅菌装置を用いて、ろ液を80℃で25分間加熱滅菌することで、経口投与用のCYP1B阻害剤を得た。
【実施例4】
【0023】
(製造例3)CYP1B阻害剤の製造(経皮投与剤)
1.スクワラン 10%
2.ベヘニルアルコール 1.0%
3.セテアリルアルコール 1.5%
4.ジメチコン 2.4%
5.ステアリン酸グリセリル 5.0%
6.ブチルパラベン 0.1%
7.製造例1のビワ抽出物 10.0%
8.グリセリン 5.0%
9.ステアロイルグルタミン酸ナトリウム 0.2%
10.PEG−60水添ヒマシ油 1.0%
11.キサンタンガム 0.2%
12.メチルパラベン 0.2%
13.精製水 残余
上記1〜6の成分を加熱混合し、次いで7〜13を混合した水溶液に添加して乳化させることで経皮投与用のCYP1B阻害剤を得た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シトクロムP450−1B1(CYP1B1)の発現を阻害する薬剤であって、ビワ抽出物を有効成分とすることを特徴とする薬剤。

【公開番号】特開2011−79749(P2011−79749A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−231239(P2009−231239)
【出願日】平成21年10月5日(2009.10.5)
【出願人】(000119472)一丸ファルコス株式会社 (78)
【出願人】(506218664)公立大学法人名古屋市立大学 (48)
【Fターム(参考)】