説明

DLC膜の摩擦係数推定装置及び摩擦係数推定方法

【課題】DLC膜の品質管理等に応用可能であり、非破壊でDLC膜の摩擦係数を推定できるDLC膜の摩擦係数推定装置及び摩擦係数推定方法を提供する。
【解決手段】レーザーラマン分光法によりDLC膜のGバンド又はDバンドのバンド情報を取得する、レーザーラマン分光装置2(バンド情報取得手段)と、DLC膜のレーザーラマン分光法によるGバンド又はDバンドのバンド情報と、DLC膜の摩擦係数と、が予め関連付けられたデータベースが記憶されたデータベース記憶手段3と、レーザーラマン分光装置2が取得したDLC膜のバンド情報と、データベースと、に基づいて、DLC膜の係数を推定する推定手段4と、を備えたDLC膜の摩擦係数推定装置1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非破壊でDLC膜の摩擦係数を推定するDLC膜の摩擦係数推定装置及び摩擦係数推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アモルファス構造を有するDLC(Diamond Like Carbon)膜は、非常に高い硬度(例えばマルテンス硬度)を有すると共に、極めて低い摩擦係数であり、良好な摺動性を有している。このようなDLC膜の品質管理において、その摩擦係数は、例えば、JISR1613に準拠したボールオンディスク法による磨耗試験方法を利用して測定されている。また、マルテンス硬度(ISO14577−1準拠、荷重2.45N)や面粗度Raに基づいて、摩擦係数を推定する方法も行われている。
その他、このようなDLC膜については、そのラマンスペクトルのピーク位置や、ピークの強度比に関する報告がされている(特許文献1、特許文献2参照)。
【特許文献1】特許第3612098号公報
【特許文献2】特許第3764742号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、ボールオンディスク法による摩擦係数の測定は、接触型の測定方法であるため、DLC膜の破壊を伴い、測定後のDLC膜は使用できないため、好ましいものでなかった。また、マルテンス硬度や面粗度と、摩擦係数との相関性は低く、マルテンス硬度等に基づいて、摩擦係数を推定することは困難であった(図9、図10参照)。
【0004】
そこで、本発明は、DLC膜の品質管理等に応用可能であり、非破壊でDLC膜の摩擦係数を推定できるDLC膜の摩擦係数推定装置及び摩擦係数推定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決すべく、本願発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、DLC膜をレーザーラマン分光装置でラマン分光測定することによって得られたラマンスペクトル(図1参照)のGバンドのピーク位置(Gバンドシフト、図2参照)と、JISR1613に準拠したボールオンディスク法により得られたDLC膜の摩擦係数とが、高い相関関係(R=0.50)を有するという知見を得た(図3参照)。
【0006】
また、Gバンドのピーク位置における半値幅、Dバンドのピーク位置(Dバンドシフト)、又は、Dバンドのピーク位置における半値幅と、DLC膜の摩擦係数とも、それぞれ、高い相関関係(R=0.14、0.30、0.62)を有するという知見を得た(図4〜図6参照)。
【0007】
なお、Gバンドのピーク位置とは、ラマンスペクトルをGバンドとDバンドとに波形分離した後における、Gバンドの最大ピーク強度の位置である。そして、Gバンドの半値幅とは、Gバンドの最大ピーク強度の半値におけるGバンド波形の幅である。
同様に、Dバンドのピーク位置とは、波形分離後におけるDバンドの最大ピーク強度の位置である。そして、Dバンドの半値幅とは、Dバンドの最大ピーク強度の半値におけるDバンド波形の幅である。
【0008】
このような知見を踏まえて、前記課題を解決するための手段として、本発明は、レーザーラマン分光法によりDLC膜のGバンド又はDバンドのバンド情報を取得する、バンド情報取得手段と、DLC膜のレーザーラマン分光法による前記Gバンド又はDバンドのバンド情報と、DLC膜の摩擦係数と、が予め関連付けられたデータベースと、前記バンド情報取得手段が取得したDLC膜のバンド情報と、前記データベースと、に基づいて、DLC膜の摩擦係数を推定する推定手段と、を備えたことを特徴とするDLC膜の摩擦係数推定装置である。
【0009】
ここで、DLC膜のGバンド又はDバンドのバンド情報とは、Gバンドのピーク位置、Gバンドのピーク位置におけるGバンド波形の幅、Dバンドのピーク位置、Dバンドのピーク位置におけるDバンド波形の幅の少なくとも1つを意味する。
【0010】
このようなDLC膜の摩擦係数推定装置によれば、バンド情報取得手段によって、レーザーラマン分光法により、DLC膜のGバンド又はDバンドのバンド情報を取得する。そして、推定手段によって、この取得したバンド情報と、データベースとに基づいて、DLC膜の摩擦係数を推定することができる。すなわち、DLC膜の摩擦係数を、非接触かつ非破壊で推定することができる。
したがって、例えば、DLC膜の摩擦係数が所定摩擦係数以上の場合、DLC膜としての機能が保障されるというように基準を設定すれば、DLC膜の生産性を低下させることなく、DLC膜の品質を管理することができる。
【0011】
また、本発明は、レーザーラマン分光法によりDLC膜のGバンド又はDバンドのバンド情報を取得する第1ステップと、このバンド情報と、バンド情報とDLC膜の摩擦係数とが予め関連付けられたデータベースと、に基づいて、DLC膜の摩擦係数を推定する第2ステップと、を含むことを特徴とするDLC膜の摩擦係数推定方法である。
【0012】
このようなDLC膜の摩擦係数推定方法によれば、レーザーラマン分光法により、DLC膜のGバンド又はDバンドのバンド情報を取得する(第1ステップ)。そして、このバンド情報と、バンド情報とDLC膜の摩擦係数とが予め関連付けられたデータベースと、に基づいて、DLC膜の摩擦係数を推定することができる(第2ステップ)。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、DLC膜の品質管理等に応用可能であり、非破壊でDLC膜の摩擦係数を推定できるDLC膜の摩擦係数推定装置及び摩擦係数推定方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について、図面を適宜参照して説明する。
図7に示すように、本実施形態に係るDLC膜の摩擦係数推定装置1は、レーザーラマン分光装置2(バンド情報取得手段)と、データベース記憶手段3と、推定手段4とを主に備えている。
【0015】
レーザーラマン分光装置2は、DLC膜をレーザーラマン分光法により分析し、ラマンスペクトル(図1参照)を取得する装置である。また、レーザーラマン分光装置2は、取得されたラマンスペクトルを、図2に示すように、例えば、カーブフィットし、1555cm−1(カイザー)付近にピークを有するGバンドと、1390cm−1付近にピークを有するDバンドと、に波形分離する装置である。さらに、レーザーラマン分光装置2は、Gバンドの最大ピーク強度の位置(Gバンドシフト)と、この最大ピーク強度の1/2強度(半値)におけるGバンドの波形の幅(半値幅)と、Dバンドの最大ピーク強度の位置(Dバンドシフト)と、この最大ピーク強度の1/2強度(半値)におけるDバンドの波形の幅(半値幅)とを取得し、推定手段4に出力する装置である。
【0016】
なお、ラマンスペクトルのカーブフィッティングは、分光学の分野で一般的に用いられる計算手法によって行うことができ、具体的には、取得されたラマンスペクトルに、ベースライン補正及びスムージングを施した後、フォークト関数によるフィッティングが行われる。スムージングは、例えば、適応化平滑法によって行うことができ、その計算時のパラメータにおいて、コンポリューション幅は19に、偏差は0.2に、それぞれ設定される。なお、フォークト関数は、正規分布の特性関数であるガウス関数と、コーシー分布の特性関数であるローレンツ関数と、の畳み込みによって得られる関数である。
【0017】
このようなレーザーラマン分光装置2は、例えば、日本分光(株)製のレーザーラマン分光装置(NRS−2100)によって構成することができる。また、DLC膜に照射されるレーザーとしては、例えば、波長が488nmのアルゴン(Ar)レーザーを選択し、表1に示す測定条件を採用することができる。
【0018】
【表1】

【0019】
なお、レーザーラマン分光法の測定条件(レーザーの種類、波長等)は、後記するデータベース記憶手段3のデータベースを作成した際と、同一の条件にする必要がある。また、Gバンド、Dバンドの最大ピーク強度等の算出おいて、基準となるベースライン(図1、図2参照)も、データベース記憶手段3のデータベースを作成した際のベースラインと、同一に設定する必要がある。
【0020】
データベース記憶手段3は、例えばハードディスクドライブやRAMによって構成された記憶装置である。そして、データベース記憶手段3には、事前試験等によって求められた、DLC膜のレーザーラマン分光法によるGバンド波形のピーク強度、半値幅、Dバンド波形のピーク強度、半値幅と、DLC膜の摩擦係数とが、それぞれ関連付けられたデータベース(例えば、図3〜図6に示す近似線の式)が記憶されている。以下、図3〜図6のデータベースを得るため、事前試験により得た測定データの一例を表2に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
因みに、DLC膜の摩擦係数は、JISR1613に準拠したボールオンディスク法による磨耗試験方法を利用して測定される。この場合において、ボールとしては、例えば、SUJ−2から形成された直径6mmのものが使用され、ボールの摺動速度は例えば0.1〜0.5(m/s)に設定される。また、この磨耗試験方法において、DLC膜の表面には、適宜に潤滑油が滴下される。
【0023】
推定手段4は、CPU、ROM等によって構成され、DLC膜の摩擦係数推定装置1の制御を司る手段である。そして、推定手段4は、DLC膜の摩擦係数推定装置1が起動すると、そのROMに記憶されたプログラムに従って動作し、レーザーラマン分光装置2から入力されたGバンドのピーク位置、半値幅、Dバンドのピーク位置、半値幅の少なくとも1つと、データベース記憶手段3のデータベースとに基づいて、DLC膜の摩擦係数を推定し、例えば、モニタ等の表示手段に表示するようになっている。
また、このように推定されるDLC膜の摩擦係数に基づいて、DLC膜の品質を管理する場合、DLC膜が所定の摩擦係数を有さない場合、推定手段4が警告ランプ等の警告手段を作動させるように構成してもよい。
【0024】
次に、DLC膜の摩擦係数推定装置1の動作と共に、DLC膜の摩擦係数推定方法について、図8を参照して説明する。DLC膜の摩擦係数推定方法は、レーザーラマン分光法を利用して、Gバンドのピーク位置、半値幅、Dバンドのピーク位置、半値幅を求め(第1ステップ)、これらピーク位置、半値幅と、データベース記憶手段3に予め記憶されたデータベースと、に基づいて、DLC膜の摩擦係数を推定する(第2ステップ)ことを特徴とする。
因みに、DLC膜は、例えば、バイアス電圧とRFプラズマ出力とを独立で制御可能なプラズマCVD装置によるP−CVD法や、PVD法で作製される。
【0025】
ステップS101において、レーザーラマン分光装置2は、DLC膜のレーザーラマン分光法によって、Gバンドのピーク位置、半値幅、Dバンドのピーク位置、半値幅を取得する。そして、レーザーラマン分光装置2は、Gバンドのピーク位置等を推定手段4に出力する。
【0026】
ステップS102において、推定手段4は、レーザーラマン分光装置2からのGバンドのピーク位置、半値幅、Dバンドのピーク位置、半値幅のいずれかと、データベース記憶手段3のデータベース(例えば、図3に示す近似線の式)とに基づいて、DLC膜の摩擦係数を推定する(例えば図3の矢印A1参照)。そして、推定手段4は、推定したDLC膜の摩擦係数を、例えば、液晶モニタに出力する。
なお、Gバンドのピーク位置、半値幅、Dバンドのピーク位置、半値幅のいずれに基づいて、摩擦係数を推定するかは、適宜選択するようにしてよい。
【0027】
このようなDLC膜の摩擦係数推定装置1及び推定方法によれば、以下の効果を得ることができる。
DLC膜の摩擦係数を、DLC膜に接触せず、非破壊で推定することができる。そして、Gバンドのピーク位置、半値幅、Dバンドのピーク位置、半値幅と、摩擦係数とは高い相関性を有するので、DLC膜の摩擦係数を高精度で推定することができる。
【0028】
また、ボールオンディスク法による磨耗試験方法のように、DLC膜を破壊しないため、例えば、本発明をDLC膜の生産管理に適用した場合、摩擦係数推定によってDLC膜の生産性が低下することはない。すなわち、DLC膜の摩擦係数の測定に際しては、測定値にばらつきが生じることもあり、測定回数の増加に伴って、DLC膜の生産数が減少することになるが、本発明によれば、測定するDLC膜の数が増加しても、DLC膜の生産数が低下することはない。さらに、本発明は非破壊であるので、同一のDLC膜に対して同一の箇所でも、摩擦係数の推定を繰り返すこともできる。
【0029】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、例えば次のように変更することもできる。
前記した実施形態では、Gバンド及びDバンドの波形の幅が半値幅である場合を例示したが、これに限定されず、例えば、Gバンド及びDバンドの波形の幅が、ピーク強度の3/4位置や1/4位置における幅であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】DLC膜のラマンスペクトルの一例である。
【図2】図1のラマンスペクトルをGバンドとDバンドとに波形分離したチャートである。
【図3】Gバンドのピーク位置(Gバンドシフト)と、摩擦係数との相関関係を示すグラフである。
【図4】Gバンドの半値幅と、摩擦係数との相関関係を示すグラフである。
【図5】Dバンドのピーク位置(Dバンドシフト)と、摩擦係数との相関関係を示すグラフである。
【図6】Dバンドの半値幅と、摩擦係数との相関関係を示すグラフである。
【図7】本実施形態に係るDLC膜の摩擦係数推定装置の構成を示す図である。
【図8】本実施形態に係るDLC膜の摩擦係数推定装置の動作を示すフローチャートである。
【図9】マルテンス硬度と摩擦係数との相関関係を示すグラフである。
【図10】面粗度Raと摩擦係数との相関関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0031】
1 DLC膜の摩擦係数推定装置
2 レーザーラマン分光装置(バンド情報取得手段)
3 データベース記憶手段
4 推定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザーラマン分光法によりDLC膜のGバンド又はDバンドのバンド情報を取得する、バンド情報取得手段と、
DLC膜のレーザーラマン分光法による前記Gバンド又はDバンドのバンド情報と、DLC膜の摩擦係数と、が予め関連付けられたデータベースと、
前記バンド情報取得手段が取得したDLC膜のバンド情報と、前記データベースと、に基づいて、DLC膜の摩擦係数を推定する推定手段と、
を備えたことを特徴とするDLC膜の摩擦係数推定装置。
【請求項2】
レーザーラマン分光法によりDLC膜のGバンド又はDバンドのバンド情報を取得する第1ステップと、
このバンド情報と、バンド情報とDLC膜の摩擦係数とが予め関連付けられたデータベースと、に基づいて、DLC膜の摩擦係数を推定する第2ステップと、
を含むことを特徴とするDLC膜の摩擦係数推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−31064(P2009−31064A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−193767(P2007−193767)
【出願日】平成19年7月25日(2007.7.25)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】