説明

ITO焼結体およびITOスパッタリングターゲット

【課題】物性の優れたITO膜をより一層向上した歩留りで成膜できるITO焼結体、ITOスパッタリングターゲット材およびITOスパッタリングターゲット、とくにバルク抵抗値の低いITO焼結体を用いることで、低抵抗かつ非晶質安定性に優れた膜が得られるITOスパッタリングターゲット材およびITOスパッタリングターゲット、ならびにこれらに好適なITO焼結体を製造する方法を提供すること。
【解決手段】本発明のITO焼結体は、主結晶粒であるIn23母相内にIn4Sn312からなる微細粒子が存在するITO(Indium-Tin-Oxide)焼結体であって、該微細粒子が面取りされた略立方体形状を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ITO焼結体およびITOスパッタリングターゲットに関する。より詳しくは、主結晶粒であるIn23母相内に特定の形状を有するIn4Sn312からなる微細粒子が存在しているITO焼結体、これらを用いたスパッタリングターゲット材およびITOスパッタリングターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
ITO膜はその高い透過性と電気伝導性を有することから、フラットパネルディスプレイの透明電極として活用されている。このITO膜の形成はITOスパッタリングターゲットをスパッタリングすることにより行われるが、該スパッタリングターゲット材として用いられるITO焼結体については、従来、成膜の歩留まりを良くするために、スパッタリング時におけるアーキングやパーティクルの発生を低減あるいは防止しようと種々の検討がされてきた。たとえば、ITOスパッタリングターゲットの表面粗さを所定の範囲内に収めることでアーキングの発生を防止しようとする試みなどが報告されている(特許文献1および2参照)。
【0003】
また、ITO焼結体自体のバルク抵抗を低下させれば、成膜の際におけるスパッタリング時に発生するアーキングを低減でき、かつ成膜速度を向上させることが可能となるため、種々の検討もなされている(特許文献3参照)。
【0004】
一方、透明電極を形成する際にはITO膜をエッチングする工程を要する。ITO焼結体をスパッタリングすることによって得られるITO膜を結晶化させれば、膜自体の抵抗率を下げることが可能となるが、結晶化したITO膜をエッチング残渣が発生しないようエッチングするには強酸を用いる必要がある。このような強酸を用いたエッチング加工を施すと配線材料を断線させるおそれがあるなど、多くの問題が生じやすく、強酸を用いずともエッチング加工が容易となる非晶質のITO膜が望まれていた。
【0005】
ところで、ITO焼結体をその厚み方向に水平に切断し、得られた切断面をエッチングして、その微細構造を観察すると、主結晶粒であるIn23とその粒界の他に、粒界に沿った状態で存在する化合物相や、In23母相内に存在する微細粒子が見られる場合がある。しかし、本発明者らの知る限り、従来、このようなITO焼結体に存在する微細粒子の組成および形状と、ITO焼結体のバルク抵抗値および成膜した膜物性とに関連があるかどうかについては、何ら検討されていなかった。
【特許文献1】特許第2750483号公報
【特許文献2】特許第3152108号公報
【特許文献3】特開2007−31786号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、物性の優れたITO膜をより一層向上した歩留りで成膜できるITO焼結体、ITOスパッタリングターゲット材およびITOスパッタリングターゲット、とくにバルク抵抗値の低いITO焼結体を用いることで、低抵抗かつ非晶質安定性に優れた膜が得られるITOスパッタリングターゲット材およびITOスパッタリングターゲット、ならびにこれらに好適なITO焼結体を製造する方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ITO焼結体の主結晶粒であるIn23母相内にIn4Sn312からな
る微細粒子が存在することに着目し、この微細粒子が特定の形状を有することと、成膜の歩留りや成膜した膜物性との間における因果関係について鋭意検討したところ、該In23母相内に存在するIn4Sn312からなる微細粒子の形状を制御したITO焼結体によれば、物性の優れたITO膜をより一層向上した歩留りで成膜できるITOスパッタリングターゲット材およびITOスパッタリングターゲットを提供できることを見出して本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明に係るITO焼結体は、主結晶粒であるIn23母相内にIn4Sn312からなる微細粒子が存在し、該微細粒子が面取りされた略立方体形状を有することを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係るITO焼結体は、バルク抵抗値が1.30×10-4Ω・cm以下であるのが好ましい。
さらに、前記微細粒子の水平フェレ径の平均値が0.25μm未満であるのが好ましく、前記微細粒子の円形度係数の平均値が0.8以上であるのが好ましい。
【0010】
これらのITO焼結体は、スパッタリングターゲット材として好ましく用いることができ、本発明に係るITOスパッタリングターゲットは、前記ITO焼結体と、バッキングプレートとを備えてなることを特徴としている。
【0011】
これらのITO焼結体は、インジウム酸化物と錫酸化物からなる混合物を成形し、得られた成形体を最高焼結温度1580〜1700℃となるよう加熱して該最高焼結温度の保持時間を300s以下とし、次いで第2次焼結温度1400〜1550℃まで降温して第2次焼結温度の保持時間を3〜18hourとし、その後室温まで降温する工程であって、
該第2次焼結温度の保持時間が少なくとも1〜4hour経過した時点で非酸化性雰囲気とする工程を含み、かつ、該最高焼結温度から400℃までを平均降温速度110〜300℃/hourで降温する工程を含むことを特徴とする、本発明に係るITO焼結体の製造方法によって得ることができる。
【0012】
なお、本明細書中、ITO(Indium-Tin-Oxide)とは、通常、酸化インジウム(In23)に1〜35重量%の酸化スズ(SnO2)を添加して得られた材料を意味する。
【発明の効果】
【0013】
本発明のITO焼結体は、In23母相内に存在するIn4Sn312からなる微細粒子が特定の形状を有しているため、ITO焼結体自体のバルク抵抗値を低く抑えることができる。このため、これをスパッタリングターゲットに用いた場合にはスパッタリングに要する電圧が低く抑えられ、安定した成膜工程が可能となる。
【0014】
また、このようなITOスパッタリングターゲットを使用して得られるスパッタ膜は、高温下においても非晶質安定性に優れるという膜特性を有しているため、その後のエッチング加工が容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に本発明について、必要に応じて図面を参照しながら具体的に説明する。
本発明に係るITO焼結体は、主結晶粒であるIn23母相内にIn4Sn312からなる微細粒子が存在する。図1は、このITO焼結体を走査型電子顕微鏡(SEM:JSM-6380A、JEOL製)を用いて倍率3,000倍とした場合に得られる像を表す図であり、図2はこれを模式的に示したものである。これらの図に示されるように、本発明に係るITO焼結体には主結晶粒であるIn23母相1が存在し、この母相1内にIn4Sn312からなる微細粒子2が複数個分散して析出した状態で存在する。
【0016】
微細粒子2は、図3に示すように、SEMを用いて倍率30,000倍とした場合に得られる像において観察される粒子である。本発明に係るITO焼結体において、この微細粒子2の組成はIn4Sn312であるが、このことは、透過電子顕微鏡(FE−TEM:JEM−2100F、日本電子製)を用い、以下のような組成分析により微細粒子2を分析することによって、In4Sn312であることを特定することができる。
【0017】
《微細粒子の組成分析》
FE−TEM付属のEDXによって得られる微細粒子2のSTEM像(0.5×0.5μm2視野)内において、任意の点を複数抽出して、各点における分析結果を元に微細粒子2の元素分析を行い、In、Sn、Oからなることを確認する。また、TEMを用いた電子回折像から回折パターンを抽出し、これらが微細粒子2からの回折パターンであることを確認する。
【0018】
次に、上記回折パターンを含む逆格子ユニットを抽出して、逆格子面間隔を測定し、さらにIn、Sn、Oからなる結晶をICDDカードからすべて抽出する。これらの結果をもとに、解析ソフト(電子回折パターン解析ソフト、日鉄テクノリサーチ製)によって物質同定を行う。
【0019】
上記組成分析により、微細粒子2がIn4Sn312であることが特定される。
本発明のITO焼結体において、上記微細粒子2は面取りされた略立方体形状を有している。すなわち、略立方体形状において、面と面が会合する部位である縁部が丸みを帯びており、ITO焼結体を断面観察した際に、角部が円弧状を呈した略四角形として観察される形状を有している。微細粒子2は略立方体であるから、この略立方体を囲む各面の形状は正方形に近似した形に限られず、長方形に近似した形をも含む略四角形であればよく、多少の歪みを有していてもよい。このような形状を有した微細粒子2は、SEM観察したときの3×4μm2視野内において、少なくとも80〜300個確認される。
【0020】
微細粒子2がこのような形状を有する理由は定かではないが、In4Sn312に起因するなんらかの結晶配向性が影響しているものと推定される。また、このような形状を有する微細粒子2であると、単に球体形状を有する粒子よりも限られた母相領域を有効活用して互いに容易に重なり合うことができるので、微細粒子間の密着性が増し、このことが得られる膜の物性になんらかの影響を与えるものとも推定される。
【0021】
上述のように、本発明に係るITO焼結体にはIn23母相1内にこのような特定の形状に制御されたIn4Sn312からなる微細粒子2が存在するため、ITO焼結体のバルク抵抗値を低く抑えることができるので、成膜の際におけるスパッタリング時のアーキング発生を抑制しつつ、成膜速度を向上させることが可能となる。また、このようなITO焼結体をスパッタリングターゲットとして用いた際に得られる膜は、高温下においても優れた非晶質安定性を有するため、エッチング加工の速度を向上させることができるとともに、パターン形状を良好なものとすることが容易となる。さらに、エッチング残渣の量を低減することもできる。
【0022】
本発明のITO焼結体において、上記微細粒子2はさらに水平フェレ径の平均値が0.25μm未満であるのが望ましく、好ましくは0.05〜0.20μm、より好ましくは0.1〜0.18μmである。水平フェレ径とは、上記SEM観察における粒子解析により求められる値であり、水平フェレ径の平均値とはSEM観察したときの3×4μm2視野内において、微細粒子2をランダムに20個抽出して求めた水平フェレ径の値を平均したものを意味する。
【0023】
水平フェレ径の値は、具体的には以下のようにして求められる。粒子解析ソフト(粒子解析Version3.0、住友金属テクノロジー株式会社製)を用い、まず微細粒子2のSEM像をトレースしてスキャナで画像認識させ、この画像を二値化する。この際、1画素がμm単位で表示されるように換算値を設定する。次いで、計測項目として水平フェレ径を選択することにより、図4に示すように微細粒子2の水平方向の全画素数より算出した水平フェレ径(μm)の値を得ることができる。
【0024】
微細粒子2がこのような水平フェレ径の平均値を示すと、In23母相1内に存在する微細粒子2が極めて微小となり、微細粒子2が特定の形状を有することに加えてさらに粒子間の密着性が向上するので、該ITO焼結体をスパッタリングターゲットとして用いてスパッタリングをした場合に、安定したスパッタリングが期待できる。一方、このように特定の形状を有した微細粒子2の水平フェレ径の平均値が上記値よりも大きくなると、電子の流れを阻害し、得られるITO焼結体のバルク抵抗値が大きくなってしまうおそれがある。
【0025】
本発明のITO焼結体において、上記微細粒子2はさらに円形度係数の平均値が0.8以上であるのが望ましく、好ましくは0.82〜0.99、より好ましくは0.85〜0.96である。円形度係数とは、上記水平フェレ径と同様、SEM観察における粒子解析により求められる値であり、円形度係数の平均値とはSEM観察したときの3×4μm2視野内において、微細粒子2をランダムに20個抽出して求めた円形度係数の値を平均したものを意味する。
【0026】
円形度係数の値は、具体的には以下のようにして求められる。上記水平フェレ径と同様、粒子解析ソフトを用い、まず微細粒子2のSEM像をトレースしてスキャナで画像認識させ、この画像を二値化する。この際、1画素がμm単位で表示されるように換算値を設定する。次いで、計測項目として面積を選択することにより、図5に示すように、微細粒子2を形成する全画素数から粒子面積(μm2)を得る。さらに、計測項目として周囲長を選択することにより、図6に示すように、微細粒子2の周囲を形成する全画素数から周囲長(μm)を得る。これら面積および周囲長の値から、下記式(1)に基づいて算出される円形度係数の値を得ることができる。
【0027】
【数1】

【0028】
このような円形度係数の値は、1.0に近似するほど、測定対象である微細粒子2の形状が球状に近づくことを示すものである。
したがって、本発明のITO焼結体における微細粒子2は1.0に近似した高い円形度係数の平均値を示し、このことからも微細粒子2は面取りされた略立方体形状を有することがわかる。
【0029】
本発明に係るITO焼結体は、バルク抵抗値が1.30×10-4Ω・cm以下、好ましくは1.25×10-4Ω・cm以下である。バルク抵抗値の下限値は特に制限はないが、通常9×10-5Ω・cm以上である。
【0030】
このようなバルク抵抗値を示すことにより、本発明に係るITO焼結体をスパッタリン
グターゲットとして用いた場合に、アーキングの発生を有効に抑制できるとともにスパッタリングに要する電圧を低く抑えることができるので、安定した成膜工程が可能となる。こうしたバルク抵抗値を実現できるのは、上述したように、本発明のITO焼結体において、上記微細粒子2が面取りされた略立方体形状を有していることに起因するものであると考えられる。
【0031】
なお、倍率3,000倍でSEM観察したときに微細粒子2が観察されないIn23母相1内の領域(ただし、粒界に沿った状態で存在する化合物相の領域は含まない)には微細粒子フリーゾーン5が存在する。In23母相1の粒界3からの微細粒子フリーゾーン5の幅の平均値は、0.3μm未満、好ましくは0.2〜0.01μmの範囲にある。
【0032】
ここで、In23母相1の粒界3からの微細粒子フリーゾーン5の幅の平均値とは、ダイヤモンドカッターを用いて、ITO焼結体をその厚み方向に水平に切断して得られた切断面をエメリー紙#170、#320、#800、#1500、#2000を用いて段階的に研磨し、最後にバフ研磨して鏡面に仕上げた後、40℃のエッチング液(硝酸(60〜61%水溶液、関東化学(株)製、硝酸1.38 鹿1級 製品番号28161-03)、塩酸(35.0〜37.0%水溶液、関東化学(株)製、塩酸 鹿1級 製品番号18078-01)および水を体積比でHCl:H2O:HNO3=1:1:0.08の割合で混合)に9分間浸漬してエッチングし、現れる面を倍率3,000倍でSEM観察し、撮影したSEM写真を用い、該写真でIn23母相粒断面の全体が観察できるすべてのもの(写真の端にあり、In23母相粒断面の一部が写っていないものは対象外とする)を測定の対象とし、In23母相粒界から法線方向の微細粒子2までの距離のうち、最短と最長のものの和の1/2をそのIn23母相粒子における微細粒子フリーゾーン5の幅とし、これを測定対象としたIn23母相粒の数で割ったものである。
【0033】
In23母相1の粒界3からの微細粒子フリーゾーン5の幅の平均値が上記範囲内であると、主結晶粒であるIn23母相1内における微細粒子2の存在する領域が広くなるため、ITO焼結体全体の物性が均質化されることが期待される。その結果、このようなITO焼結体をスパッタリングターゲットとして用いることで、物性のばらつきの少ない優れたITO膜の提供が可能となる。
【0034】
次に、本発明に係るITO焼結体の製造方法について詳細に説明する。
本発明のITO焼結体はいわゆる粉末冶金法により製造することができる。粉末冶金法では、一般に、原料粉末に必要によりバインダーを加えて圧縮成形し、得られた成形体を必要に応じて脱脂した後、該成形体を焼成処理し、焼結体を得るが、このうちの焼成処理を特定の条件下で行うことが必要である。
【0035】
具体的には、酸化インジウム(In23)、酸化錫(SnO2)などの原料粉末を所望の割合で混合し、必要に応じてバインダーを加えて、圧縮成形して成形体を得て、得られた成形体を必要に応じて脱脂するまでの工程は、通常行われている公知の手段および条件によって行うことができる。
【0036】
具体的に例示すると、原料粉末は必要に応じて、仮焼、分級処理を施してもよく、その後の原料粉末の混合は、たとえば、ボールミルなどで行うことができる。その後、混合した原料粉末を成形型に充填して圧縮成形し、成形体を作製し、大気雰囲気下または酸素雰囲気下で脱脂してもよく、あるいは、特開平11-286002号公報に記載の濾過式成形法のように、セラミックス原料スラリーから水分を減圧排水して成形体を得るための非水溶性材料からなる濾過式成形型に、混合した原料粉末、イオン交換水、有機添加剤とからなるスラリーを注入し、スラリー中の水分を減圧排水して成形体を作製し、この成形体を乾燥脱脂してもよい。
【0037】
このようにして得られた成形体を以下に説明する特定の条件下で焼成処理することで、本発明のITO焼結体を得ることができる。
焼成処理は、通常、加熱工程、保温工程および冷却工程からなる。焼成処理に使用できる炉は、公知の構造の炉であればよく特に限定されない。
【0038】
加熱工程では、上記成形体を炉内に入れ、炉内を連続的にあるいは段階的に、通常、最高焼結温度1580〜1700℃、好ましくは1600〜1650℃まで加熱する。この際、必要に応じて成形体を焼成板に載置してもよい。得られるITO焼結体の生産効率の点からは、加熱工程全体を通して炉内の平均昇温速度は50〜400℃/hourであることが好ましい。
【0039】
また、得られるITO焼結体の密度向上の観点からは、前記加熱工程は、炉内に酸素を導入して酸素雰囲気内で行うことが望ましい。炉内に導入する酸素の流量は、炉内体積1m3あたり、通常0.1〜500m3/hourの範囲内の量である。
【0040】
上記加熱工程において最高焼結温度に到達した際、300s以下、好ましくは150s以下の時間、該最高焼結温度を保持する。該保持時間の下限値は特に制限はなく、瞬時であるのがもっとも望ましい。一般に最高焼結温度の保持時間は3〜20時間程度であるが、本発明ではこのように最高焼結温度の保持時間を極短時間にすることで、得られるITO焼結体の密度をより向上させることが可能となる。該保持工程でも加熱工程と同じ条件で炉内に酸素を導入することが好ましい。
【0041】
次いで、第2次焼結温度1400〜1550℃、好ましくは1500〜1550まで降温し、該第2次焼結温度を3〜18hour、より好ましくは5〜15hourの時間保持する。このとき、この該第2次焼結温度の保持時間が少なくとも1〜4hour、好ましくは2〜3hour経過した時点で炉内を非酸化性雰囲気とする。ただし、非酸化性雰囲気とする時点は上記第2次焼結温度の保持時間内である。たとえば、第2次焼結温度の保持時間を3hourとした場合、非酸化性雰囲気とするのはこの保持時間が1hour以上3hour未満の時間経過した時点となる。
【0042】
ここで、非酸化性雰囲気とは、上記第2次焼結温度の保持時間終了時における炉内の酸素濃度が13%以下となる雰囲気を意味し、具体的には酸素以外のアルゴン、窒素などの不活性ガスに置換した雰囲気が挙げられ、この雰囲気内で焼結を行うのが好ましい。
【0043】
さらに冷却工程では、上記炉内を連続的にあるいは段階的に室温まで冷却し、上記加熱工程及び保温工程を経た成形体を冷却する。得られるITO焼結体の主結晶粒であるIn23母相1内に存在する微細粒子2の形状のみならず、該粒子の水平フェレ径および円形度係数の平均値、ならびにIn23母相1の粒界3からの微細粒子フリーゾーン5の幅の平均値を制御する観点から、上記冷却工程のうち、最高焼結温度から400℃までの温度領域の降温速度を調整する。この温度領域における平均降温速度は、通常110〜300℃/hour、好ましくは150〜300℃/hourである。すなわち、最高焼結温度から保温工程における最高温度までの降温速度と、加熱工程における最高温度から400℃までの温度領域の平均降温速度を上記範囲内とする。上記温度領域の平均降温速度が上記範囲内であると、加熱工程を経た後の成形体が急速に冷却され、In23母相1内の微細粒子2の成長を抑制しやすくなるため、これに起因して該微細粒子2の形状を特定のものに制御できる。また、該粒子の水平フェレ径および円形度係数の平均値を特定値に制御しやすくなる。さらには、微細粒子2が粗大化せずにIn23母相1内の広い領域に分散して析出した状態が保持されるため、In23母相の粒界からの微細粒子フリーゾーン5の幅の平均値を0.3μm未満に制御できる。なお、上記平均降温速度が300℃/hourを超えると、焼結体の割れが発生する確率が高くなり、生産効率上好ましくない。
【0044】
上記冷却工程のうち、400℃未満から室温までの温度領域の降温速度はとくに限定されない。このような温度領域では、実質的にIn23母相1内の微粒子2は成長しないためである。具体的には、降温速度を適宜設定してもよく、とくに降温速度を調整せずに放冷し、室温まで自然冷却してもよい。冷却工程においても前工程で導入した非酸化性雰囲気を維持する。炉内に導入する不活性ガスの流量は、炉内体積1m3あたり、通常0.1〜500m3/hourの範囲内の量である。
【0045】
理由は定かでないが、酸素雰囲気内で上記冷却工程を行うと、In23母相1内の微細粒子2の成長が促進されて粗大化しやすく、粒子の形状を制御しにくくなるおそれがある。また、粒子の水平フェレ径および円形度係数の平均値が特定の数値範囲外となるおそれがあるほか、該微細粒子2がIn23母相1の中心部に凝集して析出し、本発明のITO焼結体を得ることが難しくなる。
【0046】
このようにして得られたITO焼結体を、必要に応じて所望の形状に切り出し、研削等した後、スパッタリングターゲット材として好ましく用いることができる。
さらに、前記ITO焼結体と、冷却板であるバッキングプレートとを接合することで、ITOスパッタリングターゲットを得ることができる。
【0047】
この場合、バッキングプレートは、通常スパッタリングターゲットのバッキングプレートとして用いられるものであればよく、銅製や銅合金製のバッキングプレートが挙げられる。またその形状も公知のものでよく、とくに限定されない。
【0048】
ITO焼結体とバッキングプレートとの接合は、公知の方法で適宜行うことができ、特に限定されないが、コストや生産性の点からは、In半田などのボンディング剤を介して接合する方法が好ましく挙げられる。具体的には、ITO焼結体を必要に応じて所望の形状に切り出し、必要に応じて研削等した後、In半田の融点以上の温度に加熱し、該温度を保持した状態で、該ITO焼結体のバッキングプレートと接合する面に溶融したIn半田を塗布し、バッキングプレートと貼り合せ、加圧しながら放冷して室温まで冷却するなどの方法により接合できる。
【0049】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0050】
[実施例1]
酸化インジウム(In23)、の粉末と酸化錫(SnO2)の粉末とを90:10(重量比)の割合とし、バインダーとしてポリビニルアルコール(PVA)を加えてボールミル混合を行った。得られた混合粉末をプレス圧800kg/cm2で圧縮成形し、大気中で脱脂して成形体を得た。
【0051】
このようにして得られた成形体を焼成板に載置した状態でバッチ炉内に入れ、炉内に酸素濃度100%の酸素ガスを流しながら(炉内体積1m3あたりに1m3/h)、炉内を1600℃まで加熱し、該温度での保持時間を0s(瞬時)に設定してすぐに1550℃まで降温した。次いで、1550℃で2時間保持した後、炉内の酸素ガスをアルゴンに置換してさらに6時間保持した。このときの炉内の酸素濃度は10.1%であった。その後、炉内のガスをアルゴンにしたまま室温まで冷却し、ITO焼結体を得た。
【0052】
このときの加熱工程の平均昇温速度は、117℃/hour、1600℃から400℃
の温度領域における冷却工程の平均降温速度は、175℃/hourであった。
焼成条件を下記に示す。
【0053】
《焼成条件》
室温(酸素雰囲気)→(50℃/hr)→400℃→(100℃/hr)→800℃×4hr→(400℃/hr)→1600℃(瞬時)→1550℃×2hr→(アルゴン雰囲気に変更)→(−175℃/hr)→300℃→放冷→室温
得られたITO焼結体のバルク抵抗率を四探針法に基づき、定電流電圧測定装置(ケースレー製;SMU236)と測定架台(共和理研製;K-504RS)および四探針プローブ(共和理研製;K89PS150μ)を使用して測定したところ、1.29×10-4(Ω・cm)であった。
【0054】
ついで、該ITO焼結体をその焼結時の上面から5mmの位置で厚み方向に水平に、ダイヤモンドカッターにより、切断して得られた切断面を、エメリー紙#170、#320、#800、#1500、#2000を用いてそれぞれ90度ずつ回転させながら段階的に研磨し、最後にバフ研磨して鏡面に仕上げた後、40℃のエッチング液(硝酸(60〜61%水溶液、関東化学(株)製、硝酸1.38 鹿1級 製品番号28161-03)、塩酸(35.0〜37.0%水溶液、関東化学(株)製、塩酸 鹿1級 製品番号18078-01)および水を体積比でHCl:H2O:HNO3=1:1:0.08の割合で混合)に9分間浸漬してエッチングし、現れた面を倍率3,000倍および30,000倍でSEM観察(JSM-6380A;JEOL製)した。得られたSEM像(倍率;3,000倍)を図1に、さらにその微細粒子群部分を拡大したSEM像(倍率;30,000倍)を図3に示す。
【0055】
得られたSEM像から、In23母相の粒界からの微細粒子フリーゾーン5の幅の平均値を求めた結果、In23母相の粒界からの微細粒子フリーゾーンの幅の平均値は0.2μmであった。
【0056】
次に、上記微細粒子2を解析するために、FE−TEM(JEM−2100F、日本電子製)を用いて上記微細粒子2を観察した。このときの加速電圧を200kvとした。まず、図7に示すように、上記微細粒子2の入ったSTEM像(0.5×0.5μm2視野)から任意の微細粒子を6点抽出した。これらについて、FE−TEM付属のEDXを用いて定量分析を行った。結果を表1に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
この結果より、検出されたおもな元素は、In、Sn、Oであり、微細粒子2はこれらの元素より構成されていることがわかった。
図7に示された部分のTEM像を図8に、図8の電子線回折像を図9に示す。
【0059】
図9に示される電子回折像のうち、微細粒子2からと思われる回折パターンDF1およびDF2を抽出した。DF1の暗視野像を図10に、DF2の暗視野像を図11に示す。これらはいずれも微細粒子2からの回折パターンであることが確認された。
【0060】
さらに、DF1を含む逆格子ユニットを抽出し、逆格子面間隔を測定した。また、In、Sn、Oからなる結晶をICDDカードからすべて抽出した。これらのデータをもとに解析ソフト(電子線回折パターンの物質同定支援システム、日鉄テクノリサーチ製)によって物質同定を行った。この際、逆格子面間隔の誤差を5%、その角度の誤差を2°に設定した。
【0061】
その結果、微細粒子2の組成は、ICDDカードのIn4Sn312であると同定された。
次いで上記試料をSEM観察し、3×4μm2視野内において、面取りされた略立方体形状を有する微細粒子2は102個以上存在することが確認された。さらにこれらの微細粒子2の中から20個をランダムに抽出し、上記粒子解析ソフトを用いて各々の粒子の水平フェレ径および円形度係数を測定した。得られた測定値から、水平フェレ径および円形度係数の平均値を算出した。その結果、In23母相内に存在する微細粒子2の水平フェレ径の平均値は0.14μm、円形度係数の平均値は0.91であった。
【0062】
このようなITOスパッタリングターゲットを用いて、下記の条件でスパッタリングを行い、150℃のガラス基板(コーニング社製;コーニング#1737、50mm×50mm×0.8mm)上にITO膜を成膜した。
【0063】
《スパッタリング条件》
成膜条件:
装置;DCマグネトロンスパッタ装置、排気系;クライオポンプ、ロータリーポンプ
到達真空度;3.0×10-6Pa
スパッタ圧力;0.4Pa(窒素換算値、Ar圧力)、
酸素分圧;1.0×10-3Pa
得られた膜をX線回折により測定した結果、ピークが観察されず、非晶質であることが確認された。
【0064】
[参考例1]
実施例1と同様にしてITO成形体を作製し、得られた成形体を焼成板に載置した状態でバッチ炉内に入れ、炉内に酸素濃度100%の酸素ガスを流しながら(炉内体積1m3あたりに1m3/h)、炉内を1600℃まで加熱し、該温度に8時間保持した後、炉内の酸素ガスを大気に置換して、大気を流しながら(炉内体積1m3あたりに1m3/h)、室温まで冷却し、ITO焼結体を得た。
【0065】
このときの加熱工程の平均昇温速度は、117℃/hour、1600℃から400℃の温度領域における冷却工程の平均降温速度は、175℃/hourであった。
焼成条件を下記に示す。
【0066】
《焼成条件》
室温→(50℃/hr)→400℃→(100℃/hr)→800℃×4hr→(400℃/hr)→1600℃×8hr→(−175℃/hr)→300℃→放冷→室温(全工程を通じて酸素フロー雰囲気)
次いで、得られたITO焼結体のバルク抵抗率を実施例1と同様の方法により測定したところ、1.38×10-4(Ω・cm)であった。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】図1は、実施例1のITO焼結体のSEM像を表す図である。
【図2】図2は、ITO焼結体組織の模式図である。
【図3】図3は、実施例1のITO焼結体のSEM像を表す図である。
【図4】図4は、二値化された微細粒子2のSEM像を用い、水平方向の全画素数から水平フェレ径が求められる原理を表した模式図である。
【図5】図5は、二値化された微細粒子2のSEM像を用い、粒子を形成する全画素数から粒子の面積が求められる原理を表した模式図である。
【図6】図6は、二値化された微細粒子2のSEM像を用い、粒子の周囲を形成する全画素数から周囲長が求められる原理を表した模式図である。
【図7】図7は、微細粒子2の入ったSTEM像である。
【図8】図8は、微細粒子2のTEM像である。
【図9】図9は、図8のTEM像の電子回折像である。
【図10】図10は、図9において抽出した回折パターンDF1の暗視野像である。
【図11】図11は、図9において抽出した回折パターンDF2の暗視野像である。
【符号の説明】
【0068】
1: In23母相
2: 微細粒子
3: 粒界
4: 化合物相
5: 微細粒子フリーゾーン
10: ITO焼結体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主結晶粒であるIn23母相内にIn4Sn312からなる微細粒子が存在するITO(Indium-Tin-Oxide)焼結体であって、該微細粒子が面取りされた略立方体形状を有することを特徴とするITO焼結体。
【請求項2】
バルク抵抗値が1.30×10-4Ω・cm以下であることを特徴とする請求項1に記載のITO焼結体。
【請求項3】
前記微細粒子の水平フェレ径の平均値が0.25μm未満であることを特徴とする請求項1または2に記載のITO焼結体。
【請求項4】
前記微細粒子の円形度係数の平均値が0.8以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のITO焼結体。
【請求項5】
スパッタリングターゲット材であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のITO焼結体。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載のITO焼結体と、バッキングプレートとを備えてなることを特徴とするITOスパッタリングターゲット。
【請求項7】
ITO(Indium-Tin-Oxide)焼結体を製造する方法において、
インジウム酸化物と錫酸化物からなる混合物を成形し、得られた成形体を最高焼結温度1580〜1700℃となるよう加熱して該最高焼結温度の保持時間を300s以下とし、次いで第2次焼結温度1400〜1550℃まで降温して第2次焼結温度の保持時間を3〜18hourとし、その後室温まで降温する工程であって、
該第2次焼結温度の保持時間が少なくとも1〜4hour経過した時点で非酸化性雰囲気とする工程を含み、かつ、
該最高焼結温度から400℃までを平均降温速度110〜300℃/hourで降温する工程を含むことを特徴とするITO焼結体の製造方法。

【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−40620(P2009−40620A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−204638(P2007−204638)
【出願日】平成19年8月6日(2007.8.6)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】