説明

L−オルニチン含有物の製造方法

【課題】 安全な微生物を用いて、L−アルギニンを構成アミノ酸として含む蛋白質及び/又はペプチド含有物を発酵させることにより、精製工程を設けなくても直接飲食することが可能で、L−オルニチンを高含有物の製造方法を提供する。
【解決手段】 L−アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物を用いて、L−アルギニンを構成アミノ酸として含む蛋白質及び/又はペプチド含有物を発酵させることを特徴とするL−オルニチン含有飲食品、医薬品、飼料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、L−オルニチン含有物の製造方法に関する。より詳しく言うと、本発明は、L−アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物を用いて、L−アルギニンを構成アミノ酸として含む蛋白質及び/又はペプチド含有物を発酵させることを特徴とするL−オルニチン含有物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
L−オルニチンは、生体内にて下垂体を刺激することにより、成長ホルモンの分泌を促し、筋肉を増強することや、基礎代謝を高めて、肥満を予防することが知られている(非特許文献1)。また、L−オルニチンは、肝臓のオルニチン経路の成分として、アンモニアの解毒に関わり、ポリアミンの前駆体となる(非特許文献2)。さらに、L−オルニチンは、経口摂取により体内に吸収されることが知られており(非特許文献3)、動物やヒトにおいて、経口投与による有用性を示す例が多く知られている(非特許文献4、5)。
例えば、L−オルニチンは、それ自体又はその酸付加塩であるオルニチン−α−ケトグルタル酸塩(以下、OKG)」が、成長ホルモンの分泌を促進させ、タンパク質合成が促進され、筋肉増強や手術後の腸管組織の回復が促進される。また、L−オルニチン自体又はOKGが、オルニチン回路を活性化させ、アンモニア解毒を促進させ、肝機能障害により引き起こされる高アンモニア血症を改善し、肝性脳症を予防する(非特許文献6)。また、OKGが、TNF−α産生促進(非特許文献7)やNK細胞の活性化等免疫増強作用も示すことも知られている(非特許文献5)。さらに、L−オルニチンを摂取させ、ポリアミンの合成を促進させることにより、障害を受けた腸管の修復を促すことが報告されている(非特許文献8)。
【0003】
以上のような作用を有するため、L−オルニチンは、筋肉の増強又は肥満予防のための食品素材として、米国を中心に用いられており、肥満防止や肌修復の促進効果をうたったL−オルニチン含有サプリメント製品が市場に多く見られる。また、L−オルニチン自体又はOKGが、筋肉増強、肥満予防及び免疫増強素材として広く用いられている。
【0004】
一方、L−オルニチン生産能を有する微生物については、ブレビバクテリウム属に属する菌のL−シトルリン又はL−アルギニン要求性(特許文献1)、バチルス属に属する菌のL−シトルリン又はL−アルギニン要求性(特許文献2)、アースロバクター属に属する菌のL−シトルリン又はL−アルギニン要求性(特許文献3)、コリネバクテリウム属に属する菌のアルギニンアナログに対する変異株(特許文献4)、コリネバクテリウム属に属する、2−チアゾールアラニン、サルファグアニジン又は2−フルオロピルビン酸に耐性を有する変異株(特許文献5)、ブレビバクテリウム属、アースロバクター属又はコリネバクテリウム属に属し、L−シトルリン又はL−アルギニン要求性であり、ミコフェノール酸又はオルチノールに耐性を有する変異株(特許文献6)、コリネバクテリウム属に属し、ビタミン−P活性物質に耐性を有する変異株(特許文献7)が知られている。
また、穀粉、水、乳酸菌、並びにオルニチン生成のための基質となるアミノ酸を混合して醗酵させることを特徴とする、パン生地添加用醗酵種の調製方法も報告されている(特許文献8)。
【0005】
【特許文献1】特公昭43−8723号公報
【特許文献2】特公昭43−10996号公報
【特許文献3】特公昭44−24303号公報
【特許文献4】特開昭53−24096号公報
【特許文献5】特開昭61−119194号公報
【特許文献6】特開平02−2283290号公報
【特許文献7】特開昭57−016696号公報
【特許文献8】特開2007−68441号公報
【非特許文献1】Evain-Brion D., Donnadieu M., Roger M. and Job M. C. Simultaneous study of somatotrophic and corticotrophic pituitary secretions during ornithine infusion test. Cllinical Endocrinology. 17(2): 119-122, 1982
【非特許文献2】Rodwell V. W. Chapter 33: Conversion of amino acids to specializd products, in Harper’s Biochemistry 25th Edition, Murray R. K., Mayes P. A., Rodwell V. W., Granner D. K. eds, McGraw-Hill/Appleton & Lange, NY, USA, 347-358, 1999
【非特許文献3】Vaubourdlle M., Jardel A., Coudray-Lucas C., Ekindjian O. G., Agneray J. and Cynober L. Fate of enterally administered ornithine in healthy animals: interactions with α-ketoglutarate. Nutrition. 5(3): 183-187, 1989
【非特許文献4】Jeevanandam M., Holaday N. J. and Petersen S. R. Ornithine-α-ketoglutarate (OKG) supplementation is more effective than its component salts in traumatized rats. Journal of Nutrition. 126(9): 2141-2150, 1996
【非特許文献5】Robinson L. E., Bussiere F. I., Le Boucher J., Farges M. C., Cynobar L.A., Field C. J. and Baracos V. E. Amino acid nutrition and immune function in tumour-bearing rats: a comparison of glutamate-, arginine- and ornithine 2-oxogultarate-supplemented diets. Clinical Science. 97(6): 657-669, 1999
【非特許文献6】Gebhardt R., Beckers G., Gaunitz F., Haupt W.,Jonitza D., Klein S. and Scheja L. Treatment of cirrhotic rats with L-ornithine-L-aspartate enhances urea syanthesis and lowers serum ammonia levels. Journal of Pharmacology & Experimental Therapeutics. 283(1): 1-6, 1997
【非特許文献7】Moinard C., Caldefie F., Walrand S., Felgines C., Vasson M. P. and Cynober L. Involvement of glutamine, arginine, and polyamines in the action of ornithine α-ketoglutarate on macrophage functions in stressed rats. Journal of Leukocyte Biology. 67(6): 834-840, 2000
【非特許文献8】Duranton B. and Schleiffer R. Prevention administration of ornithine α-ketoglutarate improves intestial mucosal repair after trasient ischemia in rats. Clinical Care Medicine. 26(1): 120-125, 1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、L−オルニチンは、好気条件下での培養が可能で、生育が速く、遺伝子情報等菌における知見が豊富であるエシェリヒア属、バチルス属又はコリネバクテリウム属に属する菌を用いて製造されていたが、食経験のある安全な微生物を用いる製造は行われていなかった。そのため、従来の製造方法で生産されたL−オルニチンは直接飲食することができず、L−オルニチン含有物を調製するためには、培養液中のL−オルニチンを精製し、純粋化してから使用しなければならず、手間やコストがかかっていた。
また、ペディオコッカス属の乳酸菌により乳酸菌含有醗酵種を調製し、これを添加してパン生地を焼成し、風味良好なパンの製造方法が報告されているが、オルニチン生成のために基質としてアルギニンを添加する必要があり、手間やコストがかかる。
従って、本発明は、L−アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物によって、L−アルギニンを構成アミノ酸として含む蛋白質及び/又はペプチド含有物を発酵させることにより、L−オルニチンを高含有し、精製工程を設けなくても直接飲食することが可能な飲食品、医薬品、飼料の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、L−アルギニンを構成アミノ酸として含む蛋白質及び/又はペプチド含有物を原料として用い、これに、食経験があり安全なL−アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物とを接種し、発酵させることにより、L−アルギニンがL−オルニチンに変換され、L−オルニチンを高含有物が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
従って、本発明は、下記の構成からなる発明である。
(1)L−アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物を用いて、L−アルギニンを構成アミノ酸として含む蛋白質及び/又はペプチド含有物を発酵させることを特徴とするL−オルニチン含有物の製造方法。
(2)L−アルギニン遊離活性を有する微生物及び/又はアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物が、乳酸菌であることを特徴とする(1)に記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
(3)L−アルギニン遊離活性を有する微生物が、基質にアルギニンとパラ・ニトロアニリド複合体(Arg-p-NA)を用いて細胞抽出液酵素活性測定に供したとき、活性が100(nmol p-NA released/min/mg protein)以上であることを特徴とする(1)又は(2)に記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
(4)アルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物が、L−アルギニン又はその塩を500mg/100ml含む培地において10〜42℃で培養したとき、L−オルニチンを250mg/100ml以上生産することを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
(5)L−アルギニン遊離活性を有する微生物が、ラクトコッカス属又はラクトバチルス属であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
(6)アルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物が、ラクトコッカス属又はラクトバチルス属であることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
(7)(1)〜(6)のいずれかに記載の方法により得られるL−オルニチン含有飲食品。
(8)(1)〜(6)のいずれかに記載の方法により得られるL−オルニチン含有医薬品。
(9)(1)〜(6)のいずれかに記載の方法により得られるL−オルニチン含有飼料。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、安全な微生物であるL−アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物を用いることにより、飲食品、医薬品、飼料にL−オルニチンを添加しなくても、L−オルニチン高含有物を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳しく説明する。
本発明は、L−アルギニンを構成アミノ酸として含む蛋白質及び/又はペプチドを含有するものを原材料として用いる。多くの蛋白質は、L−アルギニンを構成アミノ酸として含むため、原材料としては、蛋白質であれば特に制限されない。そのような原材料として、例えば、肉類、魚介類、乳類、大豆、小麦等が挙げられるが、その中でも、食経験が豊かで安全な乳酸菌の生育に適した乳類、大豆又はそれらの加工品が好ましい。乳類としては、発酵乳食品製造に通常用いられる乳であればいずれの乳を使用してもよく、例えば全乳、脱脂調製乳、還元乳、濃縮乳、バターミルク、クリーム、脱脂粉乳、乳蛋白、豆乳等又はこれらの混合物を挙げることができる。
【0011】
L−アルギニンは、まず、乳酸菌細胞壁に存在するプロテイナーゼによって、タンパク質が数個のアミノ酸で構成される様々な種類のオリゴペプチドにまで分解され、そしてその後さらに短いペプチドもしくはアミノ酸への分解を触媒するペプチダーゼによって遊離される。
ペプチダーゼは特に反応部位認識機構や基質特異性、すなわちペプチド中のどのアミノ酸を認識しどのようなペプチドもしくはアミノ酸を遊離するかによってエンドペプチダーゼ、アミノペプチダーゼ、トリペプチダーゼ、ジペプチダーゼ等に分類されその種類は多岐に渡ることが知られており、菌株によって有するペプチダーゼの種類や活性は様々である。
L−アルギニン遊離活性を有する微生物としては、食品に添加できて、L−アルギニン遊離活性を有する菌であれば特に制限されないが、遊離L−アルギニンを基質としてオルニチンに変換する反応より、タンパク質から構成アミノ酸であるL−アルギニンを遊離する反応の方が律速になる。よって、L−アルギニン遊離活性が高いもの、具体的には基質にArg-p-NAを用いた細胞抽出液酵素活性測定(Sasaki, M., Boukje, W., B. and Paris, S., T. Comparison of proteolytic activities in various lactobacilli. Journal of Dairy Research. 62: 601-610, 1995に記載された方法に従った。以下同様に測定した。)を行った場合に、少なくとも活性が100(nmol p-NA released/min/mg protein)以上、特に150(nmol p-NA released/min/mg protein)以上であるものが好ましい。そのような微生物としては、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属等に属する菌が好ましく、特に、ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus(以下Lb.ヘルベチカス))が好ましい。これらの微生物は1種を単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0012】
アルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物としては、食品に添加することができ、アルギニン・ディミナーゼ経路を有する菌であれば特に制限されない。12%脱脂粉乳を基質として10〜42℃で1〜3日培養したときに、良好な生育を示し、かつ代謝産物によるpH低下に対して生残性が高い微生物が好ましい。特に、L−アルギニン又はその塩を500mg/100ml添加した培地において、10〜42℃で培養したときに、L−オルニチンを生産するものが好ましく、特に、250mg/100ml以上生産するものがより好ましい。なお、L−オルニチン濃度は、HPLCにより測定することができる。
【0013】
アルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物としては、例えば、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属等に属する菌が好ましく、具体的にはラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシイズ.・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis (以下Lc.ラクティス)やラクトバチルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri (以下Lb.ロイテリ))、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis(以下Lb.ブレビス))又はラクトバチルス・ヒルガルディ(Lactobacillus hilgardii (以下Lb.ヒルガルディ))が挙げられる。これらの微生物は1種を単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0014】
上記した原材料に上記2種の微生物、すなわち、L−アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物とを接種して発酵させる際の条件は、使用する2種の微生物に適した条件であればよい。なお、この2種の微生物は、同時に接種して発酵させてもよいが、最初にL−アルギニン遊離活性を有する微生物を接種して発酵し、次いでアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物を接種して発酵させてもよい。
【0015】
本発明の方法により得られる飲食品としては、例えば、発酵乳食品、発酵豆乳食品、漬物、納豆、酒類等が挙げられる。
【0016】
乳類を含有する原材料に、L−アルギニン遊離活性を有する乳酸菌とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する乳酸菌とを同時あるいは順次接種して発酵する際にも、用いる菌の増殖や酵素反応等に好適な条件を設定すればよい。条件は、一般に、10〜42℃で1〜3日発酵すればよい。このようにして得られた食品はL−オルニチンを含有する発酵乳食品である。
乳類を含有する原材料を用いることにより、良好に発酵し、発酵時間を短くすることができ、得られる発酵乳食品の風味及び香り等は非常に良好なものとなる。このような発酵乳食品の例としては、チーズ、ヨーグルトや豆乳等が挙げられるが、特にチーズが好ましい。このような方法により、チーズ100gあたり100mg以上のL−オルニチン高含有飲食品を得ることができる。
【0017】
本発明の方法により得られる医薬品としては、例えば、得られるオルニチン含有物をそのまま用いてもよいし、また乾燥した粉末を有効成分としてもよい。乾燥方法に特に制限はないが、成分の変質を抑制できる凍結乾燥法が好ましい。これらの粉末は乳糖等の適当な賦形剤と混合し、粉剤、錠剤、丸剤、カプセル剤又はシロップ剤等として製剤化することができる。
【0018】
さらに、本発明の方法により得られる飼料としては、例えば、得られるオルニチン含有物をどのような飼料に配合しても良く、その製造工程中に原料に添加しても良い。
【0019】
以下、試験例、参考例、比較例及び実施例を示し、本発明をさらに詳細に説明する。
【0020】
(試験例1)
L−アルギニン遊離活性を有する微生物を選択するため、下記の評価を行った。表1に示す各菌株の細胞抽出液を作成し、L−アルギニンとパラ・ニトロアニリド(以下、p-NAと略記する)複合体(以下、Arg-p-NAと略記する)を用いて反応させ、放出されたp-NA量を410nmの吸収の増加で測定した。結果を表1に示す。
【0021】
表1から、L−アルギニン遊離活性を有する微生物としては、ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidpphilus)、Lb.ブレビス、ラクトバチルス・ブフネリ(Lactobacillus buchneri)、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシイズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシイズ・デルブルッキー(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii)、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシイズ・ラクティス(Lactobacillus delbrueckii subsp. lactis)、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、Lb.ヘルベチカス、ラクトバチルス・パラカゼイ・サブスピーシイズ・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei subsp. paracasei)、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス・ラムノーサス(Lactobacillus rhamnosus)、Lc.ラクティスが挙げられ、特にLb.ヘルベチカスSBT2171(FERM P-14381)を含むLb.ヘルベチカスが好ましいことが分かった。
【0022】
【表1】

【0023】
(試験例2)
アルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物を選択するため、下記の評価を行った。表2に示す菌株を、500mg/100mlのL−アルギニン及び500mg/100mlの酵母エキスを添加した12%脱脂粉乳溶液において、30℃(ラクトコッカス属に属する菌)あるいは37℃(ラクトバチルス属に属する菌)で3日間培養した。培養上清に、5−スルホサリチル酸二水和物を最終濃度が2%になるように加え、遠心分離した上清を適宜希釈したものを0.22μm口径のフィルターにてろ過し、HPLCにて上清中のL−オルニチン濃度を測定した。結果を表2に示す。
【0024】
【表2】

【0025】
表2に示される結果から、L−アルギニンをL−オルニチンに変換する微生物として、Lc.ラクティス SBT2393、Lc.ラクティス SBT2395、Lc.ラクティス SBT10117(JCM5805T)、Lb.ヒルガルディ SBT0344、Lb.ロイテリ SBT1517(JCM1112T)及びLb.ブレビス SBT 1521(JCM 1059T)が好ましいことがわかった。
【0026】
(参考例1)
市販されているチーズ(Aは、チェダーチーズ(原料用チーズ(ニュージーランド製):フォンテラ社製)、Bは、チェダーチーズ(原料用チーズ(オーストラリア製):フォンテラ社製)、Cは、ゴーダチーズ(原料用チーズ:フォンテラ社製)、Dは、ゴーダチーズ(雪印乳業株式会社製))中のL−アルギニン及びL−オルニチン量を測定した。なお、L−アルギニン及びL−オルニチン量の測定は試験例2と同様の方法で測定した。結果を表3に示す。
【0027】
(比較例1:L−アルギニン遊離活性を有する微生物のみの使用)
L−アルギニン遊離活性を有する微生物を用いてゴーダチーズEを製造した。すなわち、原料乳(脂肪分3.5%)100kgを75℃で15秒間加熱殺菌した後、L−アルギニン遊離活性を有するLb.ヘルベチカスSBT2171(FERM P−14381)をスターターとして1%添加した。その後は、比較例1と同様の製法で製造し、15℃で5週間、その後10℃で6ヶ月熟成した。熟成後、チーズ中の遊離L−オルニチン量を測定した。結果を表3に示す。表3に示される結果から明らかなように、L−アルギニン遊離活性を有するLb.ヘルベチカスを添加したことによりチーズ中遊離L−アルギニン量が有意に増加した。なお、L−アルギニン及びL−オルニチン量の測定は試験例2と同様の方法で測定した。
【0028】
(比較例2:アルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物のみの使用)
アルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物を用いてゴーダチーズFを製造した。原料乳(脂肪分3.5%)100kgを75℃で15秒間加熱殺菌した後、アルギニン・ディミナーゼ経路を有するLc.ラクティスSBT11017(JCM5805T)を含む混合スターターを1%添加し、31℃で発酵し、凝乳酵素のレンネットを添加した。カッティングを行った後、撹拌しながらホエーを排除し、最終温度が37℃になるように80℃の温水を徐々に加えた。その後さらに30分撹拌した後、生成したカードを沈降させてスチールの板でプレスした。カードが固化したらホエーを排除し、型詰、圧搾、加塩の行程を経てワックスでコーティングし、12ヶ月熟成した。熟成後、チーズ中の遊離L-アルギニン、L−オルニチン量を測定した。
結果を表3に示す。なお、L−アルギニン及びL−オルニチン量の測定は試験例2と同様の方法で測定した。
【実施例1】
【0029】
L-アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物
を用いてゴーダチーズGを製造した。
すなわち、原料乳(脂肪分3.5%)100kgを75℃で15秒間加熱殺菌した後、L−アル
ギニン遊離活性を有するLb.ヘルベチカスSBT2171(FERM P−14381)と、アルギニン・
ディミナーゼ経路を有するLc.ラクティスSBT11017(JCM5805T)とを含む混合スターター
を1%添加した。その後は、比較例1と同様の方法で製造し、15℃で5週間、その後10℃
で12ヶ月熟成させた。熟成後、チーズ中の遊離L−アルギニン及びL−オルニチン量を試
験例2と同様の方法で測定した。結果を表3に示す。
【0030】
【表3】

【0031】
表3に示される結果から、L−アルギニン遊離活性を有するLb.ヘルベチカスとアルギニン・ディミナーゼ経路を有するLc.ラクティスとを両方使用することにより、チーズ中の遊離L−オルニチン量が飛躍的に増加したことが分かる。このことより、L−アルギニン遊離活性を有するLb.ヘルベチカスを添加したことによって、チーズ中の遊離L−アルギニン量が増加し、さらにそのL−アルギニンを基質としてアルギニン・ディミナーゼ経路を有するLc.ラクティスがL−オルニチンが大量に生成したことが示唆された。また、ゴーダ-チーズGの熟成6ヶ月では、アルギニン含量は51.4(mg/100g)、オルニチン含量は158.3(mg/100g)であり、熟成とともにオルニチン含量が増えていた。
なお、市販されているチーズA〜Dについては、オルニチン含量は、表3に示すとおり、実施例1で調製したチーズに比べて、オルニチンはほとんど含まれていなかった。また、Aのチーズはオルニチン含量に比べてアルギニン含量が多く、アルギニンからオルニチンへの変換反応が良好に進んでいないと思われる。
【実施例2】
【0032】
L-アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物とを用いてヨーグルトを製造した。
最初に原料を調合し、均質化した後、殺菌、冷却した。次いで、撹拌用羽が設けられたタンク内で原料を保持し、L−アルギニン遊離活性を有するLb.ヘルベチカスSBT2171(FERM P−14381)と、アルギニン・ディミナーゼ経路を有するLc.ラクティス(SBT11017(JCM5805T))とを添加し、容器に充填した。次いで、発酵させた後、急速冷却し、ヨーグルトを製造した。
なお、この方法に用いた微生物以外の原料、使用量、各工程における温度、時間等の条件は、通常のヨーグルトの製造に用いる条件と同様とした。
HPLCで測定したところ、L-アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物とを用いていない通常のヨーグルトには、ほとんど存在しなかったL−オルニチンが生産された。
【実施例3】
【0033】
L-アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物とを用いて豆乳を製造した。
原料の大豆を浸漬した後、L−アルギニン遊離活性を有するLb.ヘルベチカスSBT2171(FERM P−14381)と、アルギニン・ディミナーゼ経路を有するLc.ラクティス(SBT11017(JCM5805T))とを添加した。次いで、原料を磨砕、加熱、圧搾して豆乳を製造した。
なお、この方法に用いた微生物以外の原料、使用量、各工程における温度、時間等の条件は、通常の豆乳の製造に用いる条件と同様とした。
HPLCで測定したところ、L-アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物とを用いていない通常の豆乳には、ほとんど存在しなかったL−オルニチンが生産された。
【実施例4】
【0034】
還元脱脂乳培地(13重量%脱脂粉乳、0.5重量%酵母エキス含有)を95℃で30分間殺菌した後、L−アルギニン遊離活性を有するLb.ヘルベチカスSBT2171(FERM P−14381)と、アルギニン・ディミナーゼ経路を有するLc.ラクティス(SBT11017(JCM5805T))を接種し、37℃で16時間培養し、培養物を得た。これを凍結乾燥処理して培養粉末を得た。この培養粉末1部に脱脂粉乳4部を混合し、この混合粉末を打錠機により1gずつ定法により打錠して、オルニチン含有錠剤を調製した。
【実施例5】
【0035】
(イヌ飼育用飼料の製造)
L−アルギニン遊離活性を有するLb.ヘルベチカスSBT2171(FERM P−14381)と、アルギニン・ディミナーゼ経路を有するLc.ラクティス(SBT11017(JCM5805T))をMRS液体培地(Difco社)5Lに接種後、37℃、18時間静置培養を行い、培養物を得た。次いで、この培養物を、脱脂粉乳10重量%、グルタミン酸ソーダ1重量%を含む分散媒と同量混合し、pH7に調整後、凍結乾燥を行った。得られた凍結乾燥物を60メッシュのフルイで整粒化し、凍結乾燥培養物を製造した。表4に示した配合により原料を混合し、本発明のオルニチン含有イヌ飼育用飼料を製造した。
【0036】
【表4】

【0037】
本発明のL−オルニチン含有物は、安全な微生物を使用しているため、精製工程を設けなくてもそのまま飲食することができ、しかも、L−オルニチンを高含有するため、健康目的の飲食品、医薬品、飼料に広く利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−アルギニン遊離活性を有する微生物とアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物を用いて、L−アルギニンを構成アミノ酸として含む蛋白質及び/又はペプチド含有物を発酵させることを特徴とするL−オルニチン含有物の製造方法。
【請求項2】
L−アルギニン遊離活性を有する微生物及び/又はアルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物が、乳酸菌であることを特徴とする請求項1記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
【請求項3】
L−アルギニン遊離活性を有する微生物が、基質にアルギニンとパラ・ニトロアニリド複合体(Arg-p-NA)を用いて細胞抽出液酵素活性測定に供したとき、活性が100(nmol p-NA released/min/mg protein)以上であることを特徴とする請求項1又は2記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
【請求項4】
アルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物が、L−アルギニン又はその塩を500mg/100ml含む培地において10〜42℃で培養したとき、L−オルニチンを250mg/100ml以上生産することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
【請求項5】
L−アルギニン遊離活性を有する微生物が、ラクトコッカス属又はラクトバチルス属であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
【請求項6】
アルギニン・ディミナーゼ経路を有する微生物が、ラクトコッカス属又はラクトバチルス属であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載のL−オルニチン含有物の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかに記載の方法により得られるL−オルニチン含有飲食品。
【請求項8】
請求項1乃至6のいずれかに記載の方法により得られるL−オルニチン含有医薬品。
【請求項9】
請求項1乃至6のいずれかに記載の方法により得られるL−オルニチン含有飼料。

【公開番号】特開2009−112205(P2009−112205A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−285859(P2007−285859)
【出願日】平成19年11月2日(2007.11.2)
【出願人】(000006699)雪印乳業株式会社 (155)
【Fターム(参考)】