説明

Ni基合金部材、Ni基合金部材の表面処理方法及び複合磁性体

【課題】 表面に絶縁性のリン酸塩処理による被膜を備えたNi基合金部材の提供を目的とする。
【解決手段】 Ni基合金基材と、Ni基合金基材表面に形成されたリン酸アルミニウム膜と、を備えることを特徴とするNi基合金部材。この部材は、Ni基合金基材をリン酸塩で処理して表面に皮膜を形成する方法であって、リン酸塩の処理を、リン酸イオン及びアルミニウムイオンを含む処理液で行うことにより得ることができる。また、本発明によれば、Ni基合金から構成され、その表面にリン酸アルミニウム皮膜が形成される軟磁性合金粉と、軟磁性合金粉が分散されるマトリックス樹脂と、を備えることを特徴とする複合軟磁性体が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波吸収シートに好適に用いることができる複合磁性体に関するものであり、特に電磁波吸収シートに用いられる軟磁性合金粉末に好適な絶縁被膜処理に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在最も広く利用されている電磁波吸収シートの形態は軟磁性金属粉を樹脂中に分散させ、シート状に加工されたものである。軟磁性金属粉は、電磁波吸収特性を決定する透磁率が高いことから、水アトマイズ原料粉等を湿式アトライターなどの装置を用いて偏平状に加工されたものが使用されている。この扁平状軟磁性金属粉は、樹脂、溶媒等とともに混練され、押出し成形、またはドクターブレードなどの手法でシート化される。通常、扁平状軟磁性金属粉に対する樹脂添加量の少ないほど、すなわちシート中の単位体積あたりの粉体充填量が高いほどシートの透磁率は向上するので好ましい。
【0003】
しかしながら、軟磁性金属粉の密度が高いと、粉同士が接触する確率も増加し、シートの絶縁性能の低下を招いてしまう。このため電磁波吸収シートの適用範囲が、回路との接触等による短絡事故などと関係のない装置部位に限定されてしまう問題があった。電磁波吸収シートでの高い透磁率を実現し、かつ絶縁性能を劣化させないためには扁平状軟磁性金属粉の表面に絶縁皮膜を形成し、これにより粉同士が接触しても高い絶縁が保てるようにすることが有効である。
【0004】
一方で、特許文献1(特開2002−305395号)は、扁平状軟磁性金属粉を使用すると、電磁波吸収シートにおける反射減衰が、球状軟磁性金属粉の半分しか得られないことが示されている。このように反射減衰が低いのは、誘電率が高くなるためであると特許文献1では説明されている。そして、この問題を解決するためには、扁平状軟磁性金属粉の表面を絶縁性の物質で被覆するのが有効で、特にリン酸塩による処理は透磁率を維持したままで誘電率を低下させることが特許文献1に開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2002−305395号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
リン酸塩処理は、周知のように、鉄鋼、亜鉛等の金属表面にリン酸亜鉛等の薄い被膜を生成させる処理である。リン酸塩処理としては、上記のリン酸亜鉛処理が最も広く使用されている。このリン酸亜鉛処理は、処理液の主成分はリン酸イオンと亜鉛イオンから構成されている。その他に、処理液の主成分がリン酸イオン、亜鉛イオン及びカルシウムイオンから構成されるリン酸カルシウム処理、処理液の主成分がリン酸イオンから構成されるリン酸鉄処理、処理液の主成分はリン酸イオンとマンガンイオンから構成されるリン酸マンガン処理がリン酸塩処理として専ら使用されている。
【0007】
電磁波吸収シートの軟磁性金属として、パーマロイと称されるNi基(Ni−Fe)合金が用いられる場合がある。これは、透磁率が高く、かつ塑性加工性に優れるため扁平化が容易なためである。リン酸塩処理は、Fe−Si系合金、Fe−Si−Cr系合金等のFe基の軟磁性金属の表面に皮膜を強固に密着することができるが、Ni基合金にリン酸塩処理による皮膜を形成することを試みた例を見出すことができない。リン酸塩処理は、Feと添加したPおよび金属イオンが反応し、リン酸塩化合物を形成することにより皮膜が形成されると解されている。これに対して、Ni基合金ではNiのもつ高い耐食性によりリン酸塩皮膜の形成は困難であるとされていた。
【0008】
そこで本発明は、表面に絶縁性のリン酸塩処理による被膜を備えたNi基合金部材の提供を目的とする。また本発明は、表面にリン酸塩処理による皮膜を有する扁平状のNi基軟磁性金属粉を用いた複合磁性体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記目的を達成するべく、リン酸塩処理の処理液として、リン酸イオンともとにアルミニウム(Al)イオンを構成要素とすることにより、Ni基軟磁性金属粉の表面に絶縁性の被膜を形成できることを知見した。本発明は以上の知見に基づくものであり、Ni基合金基材と、Ni基合金基材表面に形成されたリン酸アルミニウム膜と、を備えることを特徴とするNi基合金部材を提供する。
【0010】
以上のNi基合金部材は、Ni基合金基材をリン酸塩で処理して表面に皮膜を形成する方法であって、リン酸塩の処理を、リン酸イオン及びアルミニウムイオンを含む処理液で行うことにより得ることができる。
【0011】
以上のリン酸アルミニウム膜の技術を適用した複合軟磁性体は、Ni基合金から構成され、その表面にリン酸アルミニウム皮膜が形成される軟磁性合金粉と、軟磁性合金粉が分散されるマトリックス樹脂と、を備えることを特徴とする。この複合軟磁性体は、扁平状の軟磁性合金粉が、60〜95重量%と多く含有されていても、各軟磁性合金粉の絶縁性を確保することができる。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように、本発明によれば、Ni基合金の表面に、従来形成することが困難であったリン酸塩皮膜を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を電磁波吸収シートに適用した形態について説明する。
本実施の形態に係る電磁波吸収シートは、扁平状軟磁性合金粉と、扁平状軟磁性合金粉を結合する樹脂とを備えている。
扁平状軟磁性合金粉としては、Ni基の軟磁性合金を用いることができる。Ni基軟磁性合金としては、パーマロイと称されるNi−Fe系合金が好適である。パーマロイとしては、PBパーマロイ及びPCパーマロイがある。前者としてはNi:41〜51wt%、残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成を有するものが一般的である。後者としては、Ni:70〜85wt%、Cu:4〜6wt%、残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成、Ni:70〜85wt%、Cu:1〜6wt%、Mo:3〜5wt%、残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成、Ni:70〜85wt%、Mo:3.5〜6wt%、残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成を有するものが知られている。ただし、上記はあくまで一例であって、上記と異なるNi量のNi基合金を用いることを許容するし、他の元素を含むことを許容する。
【0014】
扁平状軟磁性合金粉の粒径は特に限定されないが、粒径が16〜150μmの範囲にあることが好ましい。16μm未満では高周波での磁気特性の低下を招くからであり、150μmを超えると、製造上、シートの作製が困難になるからである。扁平状軟磁性合金粉のより好ましい粒径は16〜125μm、さらに好ましい粒径は45〜125μmである。
【0015】
扁平状軟磁性合金粉のアスペクト比も特に限定されるものではないが、100〜1250の範囲にあることが好ましい。100未満では高周波での磁気特性の低下を招くからであり、1250μmを超えると扁平状軟磁性合金粉の厚みが0.1μm程度となり、取り扱いが難しく、製造上困難だからである。扁平状軟磁性合金粉のさらに好ましいアスペクト比は150〜1250である。
【0016】
扁平状軟磁性合金粉は、例えば水アトマイズ法、ガスアトマイズ法等により球状の軟磁性合金粉を作製した後に、ボールミル、撹拌ミル等の機械的な粉砕手段で扁平化処理することにより得ることができる。扁平化処理された状態の扁平状軟磁性合金粉は、機械的な歪を有しているため、その磁気特性が劣化している。したがって、適宜熱処理を施すことにより、磁気特性を回復することが好ましい、熱処理としては、300〜800℃の範囲とすることが好ましい。熱処理の温度が、300℃未満では長時間の熱処理を施しても歪を十分に除去することができず、800℃を超えると扁平状軟磁性合金粉同士が焼結する虞があるからである。
【0017】
扁平状軟磁性合金粉に施すリン酸塩処理は、常法にしたがって行えばよい。すなわち、リン酸イオン及びアルミニウムイオンを含む処理液に扁平状軟磁性合金粉を浸漬するか、または当該処理液を扁平状軟磁性合金粉にスプレーすることによりリン酸アルミニウム皮膜を形成することができる。
【0018】
電磁波吸収シートのマトリックスを構成する樹脂は、特に限定されず、エポキシ系、フェノール系等の熱硬化性樹脂、ポリエステル系、ポリサルファイド系等の熱可塑性樹脂といった公知の樹脂を適用することができる。
【0019】
電磁波吸収シートにおいて、扁平状軟磁性合金粉の占める量は60〜95wt%とし、残部を樹脂とすることが好ましい。扁平状軟磁性合金粉の占める量が60wt%未満では、電磁波吸収シートに対する扁平状軟磁性合金粉の量が不足して高い電磁波吸収特性を得ることが困難になる。また、扁平状軟磁性合金粉の占める量が95wt%を超えると、マトリックスである樹脂中に扁平状軟磁性合金粉を均一に分散させることが困難になるとともに、電磁波吸収シート中にボイドが発生する。
【0020】
電磁波吸収シートは、上記の扁平状軟磁性金属粉と樹脂の混合物を押出し成形、ドクターブレード法等の公知の方法によりシート状に成形して得ることができる。
【0021】
以上では、複合軟磁性体としての電磁波吸収シートについて本発明を説明したが、本発明の適用はこれに限定されるものではない。例えば、軟磁性合金以外のNi基合金にリン酸アルミニウム膜を形成することができる。このNi基合金の形態は、粉末に限定されるものではなく、ブロック状、棒状等のバルク体に広く適用することができる。本発明によるリン酸アルミニウム膜を形成することにより、耐食性の向上、絶縁性の確保に好適であるとともに、引抜き加工、鍛造加工、押出し加工等の塑性加工の潤滑剤として機能させることができる。
【実施例】
【0022】
以下本発明を具体的な実施例に基づいて説明する。
扁平状パーマロイ系合金粉を用意した。この扁平状パーマロイ系合金粉は、Ni:79.50重量%、Mo:1.95重量%、残部:Fe及び不可避的不純物の組成を有し、平均粒径:71μm、アスペクト比:240である。
用意した扁平状パーマロイ系合金粉を、その10倍量(wt%)の水に懸濁し、市販の89%リン酸(H3PO4)を扁平状パーマロイ系合金粉に対して3wt%加え、またMn、Zn、Fe、Ni、Al金属イオン(各1種類)が扁平状パーマロイ系合金粉に対するモル量で0.01になるように金属塩の形で添加した。
これらを、リン酸塩皮膜形成のために攪拌したのち、ろ過し、次いで乾燥機で150℃、2Hrの乾燥を行った。その後これらの処理粉を圧粉成形し、いずれの成形体密度も±0.15g/cm3の誤差範囲に収まるように円盤状(1インチφ)に成形する。これらの成形体について4端子法を用いて電気抵抗の測定を行った。なお、リン酸塩皮膜処理を施していない扁平状パーマロイ系合金粉を用いた成形体についても電気抵抗の測定を行った(図1に「NON」と表記)。
【0023】
その結果を図1に示す。図1に示すように、金属イオンとしてMn、Zn、Fe、Niを用いた成形体の抵抗値はいずれも100Ω程度であったが、金属イオンとしてAlを用いた場合には40MΩの値が得られた。
【0024】
金属イオンとしてAlを用いた場合の成形体断面の元素マッピングを、EPMA(Electron Prove Micro Analyzer)を用いて観察した。その結果を図2に示す。図2(a)において、色の薄い部分が扁平状パーマロイ系合金粉の部分を示し、色の濃い部分が扁平状パーマロイ系合金粉同士の境界部分である。図2(b)〜(d)は、各々リン(P)、アルミニウム(Al)及び酸素(O)に関する元素マッピングであり、各マッピング図(b)〜(d)は図2(a)と対応している。
【0025】
図2(a)〜(d)に示すように、扁平状パーマロイ系合金粉の表面にP、Al、O元素が均一に被覆されていることがわかる。上記した電気抵抗の測定結果をも鑑みれば、扁平状パーマロイ系合金粉の表面にリン酸アルミニウム皮膜が形成されている。
【0026】
以上説明したように、Ni基合金では、リン酸イオンとともにアルミニウムイオンを用いた場合に、リン酸塩皮膜を健全に形成することができ、特異的に絶縁性が向上することが見出された。
【0027】
次に、リン酸アルミニウム皮膜が形成された扁平状パーマロイ合金粉とポリエステル樹脂とを混合、混練した後に、押出し法により厚さ1mmの複合磁性シートを作製した。なお、扁平状パーマロイ合金粉を85wt%、残部をポリエステル樹脂の配合比率とした。この複合磁性シートについて透磁率の周波数特性を測定したところ、1GHzを超える周波数帯域で、十分な電磁波吸収特性を示すことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】実施例で測定された電気抵抗の結果を示す図である。
【図2】金属イオンとしてAlイオンを用いた場合の成形体のEPMAによる元素マップである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni基合金基材と、
前記Ni基合金基材表面に形成されたリン酸アルミニウム膜と、
を備えることを特徴とするNi基合金部材。
【請求項2】
Ni基合金基材をリン酸塩で処理して表面に皮膜を形成する方法であって、
前記リン酸塩の処理を、リン酸イオン及びアルミニウムイオンを含む処理液で行うことを特徴とするNi基合金部材の表面処理方法。
【請求項3】
Ni基合金から構成され、その表面にリン酸アルミニウム皮膜が形成される軟磁性合金粉と、
前記軟磁性合金粉が分散されるマトリックス樹脂と、
を備えることを特徴とする複合軟磁性体。
【請求項4】
扁平状の前記軟磁性合金粉が、60〜95重量%含有されることを特徴とする請求項3に記載の複合軟磁性体。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−84839(P2007−84839A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−271444(P2005−271444)
【出願日】平成17年9月20日(2005.9.20)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】