説明

Propionibacteriumacnesに対する抗菌剤

本発明は、下式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を有効成分として含有するPropionibacterium acnesに対する抗菌剤に関する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、Propionibacterium acnesに対する抗菌剤に関する。より詳しくは、後述の式[I]で示されるペプチドを有効成分として含有するPropionibacterium acnesに対する抗菌剤に関する。
【背景技術】
Propionibacterium acnes(P.acnes;アクネ桿菌)は嫌気性のグラム陽性無芽胞桿菌であり、皮膚や腸管に常在している。本来ヒトに対する病原性は低いものと考えられてきたが、最近の研究からいくつかの慢性疾患の発症、進行に重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた。P.acnesは1)補体を活性化する、2)好中球の走化性因子を産生する、3)好中球による酵素の放出を誘発するなど、免疫系を強く活性化する。P.acnesが発症、進行に関与する疾患としては例えばざ瘡、サルコイドーシス、ぶどう膜炎、結膜炎、角膜炎、角膜フリクテン、心内膜炎、脊椎関節炎等が挙げられる。
このため、P.acnesに対して優れた抗菌作用を有する薬剤の開発が望まれている。
このうち、ざ瘡は脂腺性毛包が侵される慢性炎症性疾患であり、皮疹が顔面、頚部、胸背部に好発する。面皰、赤い丘疹、膿疱、硬結、小結節、嚢腫、瘢痕などの多様な皮疹が種々の程度に混在して見られる。ざ瘡は通常、微小面皰から閉鎖面皰ができ、それが開放面皰、あるいは炎症性面皰である赤い丘疹、膿疱へと移行し、重篤な場合はざ瘡瘢痕等の後遺症が残る。また、ざ瘡は青年等にとっては精神的苦悩の原因ともなるため、適切な治療が求められる。
ざ瘡では、毛包中に存在するP.acnesがリパーゼを産生し、皮脂成分中のトリグリセリドを遊離脂肪酸に分解する。遊離脂肪酸は毛漏斗上皮を刺激して過角化を引き起こし、面皰形成を誘導する。さらに、P.acnesは好中球走化性因子、補体活性化因子、プロテアーゼ、ヒアルロニダーゼ等を産生し、病変部へ好中球が誘導され、毛包上皮が破壊される。その結果、病変部に膿腫が生じる(池田重雄監修、「標準皮膚科学(第6版)」、第270頁〜第272頁、医学書院発行、2001年参照)。
従って、ざ瘡の治療剤としては、P.acnesに対する抗菌作用に加えて、過角化抑制作用、好中球誘導による炎症の抑制作用を併せ持った薬剤が望ましい。
しかし、従来のざ瘡の治療方法としては、例えば、
1)抗生物質外用剤、合成抗菌外用剤、レチノイド剤の塗布。
2)テトラサイクリン系抗生剤、マクロライド系抗菌剤の内服。
3)脱脂作用のあるイオウカンフルローションの塗布。
等が挙げられるが、副作用の問題や効果面でも効果が限定的であったり、重症のざ瘡に対しては有効ではなかったりする。そのため、いくつかの治療法を組み合わせることも行われているが、薬物間相互作用による副作用の懸念があり、全体として高価なものとなってしまうなどの問題点がある。
また、サルコイドーシスは非乾酪壊死性類上皮細胞肉芽腫を特徴とする全身疾患であり、肺が最も一般的に影響を受ける器官であるが、眼、皮膚、リンパ腺、骨や関節、心臓、神経組織、その他の内臓にも病巣は及ぶ。ぶどう膜炎はサルコイドーシスの全身病変の一部として現れる。サルコイドーシスは何らかの起因体によってT細胞が活性化され、この活性化T細胞の産生するサイトカインによって局所へ単球が集積し、マクロファージへの分化を経て類上皮細胞肉芽腫形成に至るIV型アレルギー性疾患である。サルコイドーシスの原因は長い間不明であったが、近年、P.acnesが原因として注目されている。サルコイドーシスの病変部リンパ節からP.acnesの菌体が高率多量に採取され、また類上皮細胞肉芽腫内にP.acnesの菌体成分が多量に集積していることが示されている。サルコイドーシスは有効な治療法が確立されておらず難治性の疾患である。サルコイドーシス患者のうち70%程は経過観察を余儀なくされ、ステロイドホルモンが第一選択薬として用いられているが、副作用等が問題である(あたらしい眼科、第17巻(臨時増刊号)、第87頁〜第89頁、2000年参照)。
一方、下式[I]

で示されるペプチドがWO96/12732号パンフレット等に開示されている。
WO96/12732号パンフレットには、式[I]で示されるペプチド(以下「ペプチド[I]」とする)からなる抗生物質、抗腫瘍物質、抗炎症物質及び創傷治癒物質が開示されている。また、ペプチド[I]からなる抗菌剤、抗腫瘍剤、抗炎症剤、創傷治癒剤、抗潰瘍剤が開示されている。さらに、ペプチド[I]の抗菌作用、特に好気性のグラム陽性菌に対する抗菌作用、アレルギー性および非アレルギー性炎症抑制作用が開示されている。
特開平10−067677号公報には、ペプチド[I]と感染性皮膚疾患治療剤とを含有することを特徴とする感染性皮膚疾患治療剤が開示されている。
特開平10−120575号公報には、ペプチド[I]を更に含有することを特徴とする油脂性基剤と白糖とからなる創傷治療剤が開示されている。
特開平10−120590号公報には、寄生性皮膚疾患治療薬およびペプチド[I]を含有することを特徴とする寄生性皮膚疾患治療用外用剤が開示されている。
特開平10−259141号公報には、副腎皮質ホルモン、ペプチド[I]、ビタミンE及びスクワランを含有することを特徴とする皮膚疾患治療用外用剤が開示されている。
上記事情に鑑み、本発明はP.acnesに対する優れた抗菌剤を提供することを目的とする。また、本発明はP.acnesに起因する疾患、例えばざ瘡、サルコイドーシス等の予防または治療剤を提供することを目的とする。さらに、P.acnesに対する抗菌作用、過角化抑制作用、好中球誘導による炎症の抑制作用を併せ持ったざ瘡の予防または治療剤を提供することを目的とする。
【発明の開示】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究したところ、ペプチド[I]がP.acnesに対する極めて優れた抗菌作用を有することを見出し、更にはペプチド[I]が表皮角化細胞増殖抑制作用及び好中球浸潤を伴った炎症の抑制作用を有することを見出し、とりわけざ瘡の予防または治療に有用であることを確認し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下に関する。
(1)下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を有効成分として含有するPropionibacterium acnesに対する抗菌剤。
(2)式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を有効成分として含有するPropionibacterium acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤。
(3)Propionibacterium acnes感染に起因する疾患がざ瘡、サルコイドーシス、ぶどう膜炎、結膜炎、角膜炎、角膜フリクテン、心内膜炎及び脊椎関節炎からなる群から選択される疾患である上記(2)記載の予防または治療剤。
(4)Propionibacterium acnes感染に起因する疾患がざ瘡である上記(3)記載の予防または治療剤。
(5)ざ瘡が尋常性ざ瘡である上記(4)記載の予防または治療剤。
(6)Propionibacterium acnes感染に起因する疾患がサルコイドーシスである上記(3)記載の予防または治療剤。
(7)サルコイドーシスが眼サルコイドーシスである上記(6)記載の予防または治療剤。
(8)剤型が外用剤である上記(1)〜(7)のいずれかに記載の剤。
(9)式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を有効成分として含有するざ瘡の予防または治療用化粧料。
(10)式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を用いるPropionibacterium acnes感染の予防または治療方法。
(11)式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を用いるPropionibacterium acnes感染に起因する疾患の予防または治療方法。
(12)式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を有効成分として含有する化粧料を用いるざ瘡の予防または治療方法。
(13)Propionibacterium acnesに対する抗菌剤を製造するための、式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩の利用。
(14)Propionibacterium acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤を製造するための、式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩の利用。
(15)ざ瘡の予防または治療用化粧料を製造するための、式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩の利用。
(16)式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩及び医薬として許容される担体を含有するPropionibacterium acnesに対する抗菌剤組成物、並びに当該組成物をPropionibacterium acnes感染の予防または治療に使用し得るまたは使用すべきであることを記載した記載物を含む商業的パッケージ。
(17)式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩及び医薬として許容される担体を含有するPropionibacterium acnes感染に起因する疾患の予防または治療用医薬組成物、並びに当該組成物をPropionibacterium acnes感染に起因する疾患の予防または治療に使用し得るまたは使用すべきであることを記載した記載物を含む商業的パッケージ。
(18)式[I]で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩及び医薬として許容される担体を含有するざ瘡の予防または治療用化粧料組成物、及び当該組成物をざ瘡の予防または治療に使用し得るまたは使用すべきであることを記載した記載物を含む商業的パッケージ。
本発明によれば、P.acnesに対する優れた抗菌剤を得ることができる。また、ざ瘡、サルコイドーシス等のP.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤;P.acnesに対する抗菌作用、過角化抑制作用、好中球誘導による炎症の抑制作用を併せ持ったざ瘡の予防または治療剤;ざ瘡の予防または治療用化粧料を得ることができる。
発明の詳細な説明
本発明のP.acnesに対する抗菌剤、P.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤、ざ瘡の予防または治療用化粧料はペプチド[I]を有効成分として含有するものである。
ペプチド[I]は、ストレプトマイセス属に属するペプチド[I]生産菌株、例えば、放線菌ストレプトマイセス・ノビリス(Streptomyces nobilis、以下「S.ノビリス」と略記する)を培養し、得られた培養液または同液の乾固物もしくは培養菌体から有機溶剤によって抽出された抽出物を、各種カラムクロマトグラフィーに付し、目的物を含むカラムクロマトグラフィー画分を再結晶処理することにより得ることができる。
ペプチド[I]を生産する放線菌S.ノビリスは、公的保存機関から入手可能であり、たとえば理化学研究所の保存菌(JCM4274)(これは米国においてATCC19252およびオランダにおいてCBS198.65としても保存)などの菌が使用できる。
ペプチド[I]は、WO96/12732号パンフレットまたは特開平10−175996号公報等に記載の方法によって得ることができる。
ペプチド[I]の医薬として許容しうる塩としては、無毒性で医薬として許容しうる慣用の塩が好適であり、例えばナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属塩、カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩などの無機塩基との塩、及びトリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、エタノールアミン、トリエタノールアミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N’−ジベンジルエチレンアミンなどの有機アミン塩、及び塩酸、臭化水素酸、硫酸、リン酸などの無機酸塩、及びギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、マレイン酸、酒石酸などの有機カルボン酸塩、及びメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸などのスルホン酸付加塩、及びアルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸などの塩基性又は酸性アミノ酸といった塩基との塩又は酸付加塩が挙げられる。
ペプチド[I]は、P.acnesに対して極めて優れた抗菌作用を有し、P.acnes感染、P.acnes感染に起因する疾患、例えばざ瘡、サルコイドーシス、ぶどう膜炎、結膜炎、角膜炎、角膜フリクテン、心内膜炎、脊椎関節炎等、好ましくはざ瘡、サルコイドーシスの予防または治療に有効である。
上記ざ瘡には、尋常性ざ瘡、新生児ざ瘡、集簇性ざ瘡、毛包虫性ざ瘡、ざ瘡様発疹、外的化学物質によるざ瘡、壊疽性ざ瘡、夏季ざ瘡等が含まれるが、好ましくは尋常性ざ瘡である。
上記サルコイドーシスには、肺、眼、皮膚、リンパ腺、骨、関節、心臓、神経組織、その他の内臓のサルコイドーシスが含まれるが、好ましくは眼のサルコイドーシスである。
ざ瘡はP.acnes感染に起因し、過角化、好中球誘導による炎症を伴う疾患であるので、P.acnesに対する抗菌作用、過角化抑制作用、好中球誘導による炎症の抑制作用を併せ持つペプチド[I]は、ざ瘡の予防または治療に極めて有効である。
本発明に係るP.acnesに対する抗菌剤、P.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤はヒトを含む哺乳動物へ自体公知の剤型、例えば、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、ゲルクリーム剤、ローション剤、パスタ剤、リニメント剤、乳剤、外用液剤、硬膏剤、エアゾール剤、吸入剤、スプレー剤、坐剤、浣腸剤、薬浴剤、貼付剤、プラスター剤、テープ剤、点鼻剤、点耳剤、点眼剤、眼軟膏剤等の外用剤、注射剤(液剤、懸濁剤など)、注入剤、点滴剤等の非経口剤、錠剤、顆粒剤、細粒剤、カプセル剤、マイクロカプセル剤、ペレット剤、粉末、散剤、丸剤、飲用液剤、液剤、浸剤、煎剤、エキス剤、懸濁剤(たとえばオリーブ油)、シロップ剤、リモナーデ剤、エリキシル剤、トローチ剤等の経口剤等の剤型で投与される。
本発明に係るP.acnesに対する抗菌剤、P.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤の剤型は、病変部位、効果の発現の有意性等を考慮して適宜選択することが可能であるが、外用剤として投与することが好ましい。P.acnes感染に起因する疾患がざ瘡である場合には、外用剤の中でも、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、ゲルクリーム剤、ローション剤、パスタ剤、リニメント剤、乳剤、外用液剤、硬膏剤、スプレー剤、薬浴剤、貼付剤、プラスター剤、テープ剤等の剤型が特に好ましい。P.acnes感染に起因する疾患が眼サルコイドーシスである場合は、点眼剤または眼軟膏剤等の剤型が特に好ましい。
本発明に係るP.acnesに対する抗菌剤、P.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤は、その使用に際し各種剤型に適した方法で投与される。たとえば外用剤の場合には、これを皮膚ないしは粘膜などの所要部位に直接噴霧、貼付または塗布し、錠剤、丸剤、飲用液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤およびカプセル剤の場合には経口投与され、注射剤の場合には静脈内、筋肉内、皮内、皮下、関節腔内もしくは腹腔内投与され、坐剤の場合には直腸内投与される。
これらの医薬組成物は、例えばカカオバター、白色ワセリン、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、流動パラフィン、ミツロウ、オリーブ油、カカオ油、ゴマ油、ダイズ油、ツバキ油、ラッカセイ油、牛油、豚油、ラノリン、メチルパラベン、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ゲル化炭化水素(例えば、プラスチベース、ポロイド等)、セチルアルコール、ステアリルアルコール等の基剤;例えばスクロース、でん粉、マンニット、ソルビット、ラクトース、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤;例えばセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキメチルセルロース、ポリプロピルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、スクロース、でん粉、カルボキシメチルデンプン、アルギン酸ナトリウム、デキストリン、ポリビニルアルコール、ステアリン酸等の結合剤;例えばでん粉、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルでん粉、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤;例えばステアリン酸マグネシウム、エアロシル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑沢剤;例えばクエン酸、メントール、グリシン、オレンジ末等の矯味剤;例えば安息香酸ナトリウム、重亜硫酸ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤;例えば、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定化剤;例えばメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁化剤;例えばヒドロキシプロピルメチルセルロース等の分散剤;例えば精製水、生理食塩水、エタノール、メタノール、ジメチルスルホキシド(DMSO)等の希釈剤;例えばトラガントガム等の増粘剤等のような製剤化に慣用の医薬として許容される有機または無機の各種担体を用いる自体公知の方法によって製剤化される。
さらに必要に応じて、カオリン、ベントナイト、酸化亜鉛等の充填剤;グリセリン、プロピレングリコール等の保湿剤;支持体;粘着剤;補助物質;着色剤;香料;pH調整剤;増量剤;可溶化剤;緩衝剤;付質剤;界面活性剤;抗酸化剤;噴射剤;溶解剤;溶解補助剤等を用いてもよい。また適当な溶剤を選定することにより、ペプチド[I]をそのままの形態で液剤として使用することもできる。
本発明に係るP.acnesに対する抗菌剤、P.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤を軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、ゲルクリーム剤、ローション剤、パスタ剤、リニメント剤、乳剤、外用液剤、硬膏剤、スプレー剤、貼付剤、プラスター剤、テープ剤等の皮膚外用剤として使用する場合、更に、N−アシルサルコシン又はその塩、炭素数10〜18の高級脂肪酸と炭素数1〜20のアルコールとの反応生成物である高級脂肪酸エステル、炭素数2〜10のジカルボン酸又はその塩、炭素数3〜6のヒドロキシカルボン酸と炭素数1〜20のアルコールとの反応生成物であるヒドロキシカルボン酸エステル、及び、脂肪酸エタノールアミドからなる群より選ばれる少なくとも1種の経皮吸収促進剤を含有させることで、薬効成分が皮膚に吸収されやすくなり、治療効果をより向上させることができる。
上記N−アシルサルコシンとしては、例えば、N−ラウロイルサルコシン、N−オレオイルサルコシン、N−パルミトイルサルコシン、ヤシ油脂肪酸サルコシン等が挙げられ、その塩としては、例えば、上記N−アシルサルコシンのナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、アルミニウム塩等が挙げられる。
上記高級脂肪酸エステルは、炭素数10〜18の高級脂肪酸と炭素数1〜20のアルコールとの反応生成物である。上記高級脂肪酸の炭素数が、小さすぎると、生成物の高級脂肪酸エステルが揮発し易くなり、大きすぎると、経皮吸収効果が低下する。また、上記アルコールの炭素数が、大きすぎると、経皮吸収効果が低下する。
上記炭素数10〜18の高級脂肪酸としては、例えば、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸等の飽和脂肪族モノカルボン酸;パルミトレイン酸、オレイン酸、バクセン酸、リノール酸、リノレン酸等の不飽和脂肪族モノカルボン酸;セバシン酸等の飽和脂肪族ジカルボン酸等が挙げられる。
上記炭素数1〜20のアルコールとしては、例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、イソブチルアルコール、ターシャリ−ブチルアルコール、ペンチルアルコール、ヘキシルアルコール、ヘプチルアルコール、オクチルアルコール、カプリルアルコール、ノニルアルコール、デシルアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、パルミチルアルコール、ステアリルアルコール等の脂肪族飽和アルコール等が挙げられる。
上記高級脂肪酸エステルとしては、例えば、ミリスチン酸イソプロピル、パルミチン酸イソプロピル、ラウリン酸イソプロピル、ステアリン酸イソプロピル等が挙げられる。
上記ジカルボン酸又はその塩は、炭素数2〜10である。炭素数が小さすぎても大きすぎても、経皮吸収効果が低下する。上記炭素数2〜10のジカルボン酸としては、例えば、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸等の飽和脂肪族ジカルボン酸;フマル酸、マレイン酸等の不飽和脂肪族ジカルボン酸;フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸等の芳香族ジカルボン酸等が挙げられ、その塩としては、例えば、上記ジカルボン酸のナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、アルミニウム塩等が挙げられる。
上記ヒドロキシカルボン酸エステルは、炭素数3〜6のヒドロキシカルボン酸と炭素数1〜20のアルコールとの反応生成物である。上記ヒドロキシカルボン酸の炭素数が、小さすぎると、生成物のヒドロキシカルボン酸エステルが揮発し易くなり、大きすぎると、経皮吸収効果が低下する。また、上記アルコールの炭素数が、大きすぎると、経皮吸収効果が低下する。
上記炭素数3〜6のヒドロキシカルボン酸としては、例えば、乳酸、グリセリン酸等のモノカルボン酸;リンゴ酸、酒石酸等のジカルボン酸等が挙げられる。上記炭素数1〜20のアルコールとしては、上述の高級脂肪酸エステルの反応に用いられるものと同様のもの等が挙げられる。上記ヒドロキシカルボン酸エステルとしては、例えば、乳酸ミリスチル、乳酸セチル等が挙げられる。
上記脂肪酸エタノールアミドとしては、例えば、脂肪酸モノエタノールアミド、脂肪酸ジエタノールアミド;これらのアルキレンオキサイド付加物等が挙げられる。上記脂肪酸エタノールアミドとしては、例えば、ラウリン酸モノエタノールアミド、ラウリン酸ジエタノールアミド、ラウロイルモノエタノールアミド、パルミチン酸モノエタノールアミド、パルミチン酸ジエタノールアミド、ミリスチン酸モノエタノールアミド、ミリスチン酸ジエタノールアミド、ラウリン酸・ミリスチン酸モノエタノールアミド、ヤシ油脂肪酸モノエタノールアミド、ヤシ油脂肪酸ジエタノールアミド、ポリオキシエチレン付加ラウロイルモノエタノールアミド、ポリオキシエチレン付加ヤシ油脂肪酸モノエタノールアミド等が挙げられる。
本発明に係るP.acnesに対する抗菌剤、P.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤中に含ませることのできる上記経皮吸収促進剤としては、特に、N−ラウロイルサルコシン、ミリスチン酸イソプロピル、パルミチン酸イソプロピル、フマル酸、マレイン酸、乳酸ミリスチル、乳酸セチル、ラウリン酸ジエタノールアミドが好ましい。上記経皮吸収促進剤としては、上記のものが好ましいがこれらに限定されるものではなく、従来公知のものを用いることができる。
本発明に係るP.acnesに対する抗菌剤、P.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤中に含まれるペプチド[I]の量は、特に限定されず、剤型や投与経路等を考慮して広範囲に適宜選択されるが、好ましくはペプチド[I]が10−10〜20重量%の範囲であり、より好ましくは10−7〜10重量%の範囲である。特に外用剤として使用する場合には、ペプチド[I]が0.01〜20重量%、好ましくは0.1〜5重量%の範囲である。
本発明に係るP.acnesに対する抗菌剤、P.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤の投与量は、特に限定されず、患者の体重、年齢、剤型、投与経路、症状、患部の大きさ等を考慮して広範囲に適宜選択されるが、通常は1日当りペプチド[I]として10pg/kg〜100mg/kg程度の範囲、好ましくは0.1mg/kg〜10mg/kg程度の範囲であり、1〜4回に分けて投与される。
また、本発明は、ペプチド[I]または医薬として許容されるその塩を有効成分として含有するざ瘡の予防または治療用化粧料にも係るものである。
化粧料としては、例えば、化粧水、クリーム、乳液、パック等の種々の組成物の形態の皮膚化粧料が挙げられる。ペプチド[I]を含有する組成物を化粧料として調製する場合には、ペプチド[I]を医薬組成物として調製する場合に添加することができる上述の添加物に加え、化粧品活性剤、防腐剤、香料、フィラー、顔料、UV遮蔽剤、臭気吸収剤、染料、保湿剤(グリセロール等)等、通常化粧料の分野で用いられている添加物を本発明に係る組成物の有利な特性が悪影響を受けない範囲で添加することもできる。例えば、化粧水は、精製水にグリセリンのような保湿剤、皮膚栄養剤等を溶解し、防腐剤、香料等をアルコールに溶解し、両者を混合して室温下に可溶化させ、アルコール部にペプチド[I]または医薬として許容されるその塩を加えて製造することができる。
本発明に係るざ瘡の予防または治療用化粧料は、通常、有効量を皮膚などの所要部位に直接噴霧、貼付または塗布されることにより使用(投与)される。
本発明に係るざ瘡の予防または治療用化粧料に含まれるペプチド[I]の量は、化粧料の組成物の形態等に応じて広範囲に適宜選択されるが、好ましくはペプチド[I]として0.001〜20重量%、より好ましくは0.01〜5重量%の範囲である。
本発明に係るざ瘡の予防または治療用化粧料の使用量は、特に限定されず、組成物の形態、使用部位等を考慮して広範囲に適宜選択されるが、通常は1回の使用あたり化粧料として0.01g〜10g程度の範囲であり、1日あたり1〜4回使用される。
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
1991年に日本国内の教育病院で分離され、当施設で確定同定され、保存されたP.acnes 6株を試験菌として用いた。GAM寒天培地(日水製薬社製)で35℃、48時間嫌気培養し、発育したコロニーをGAM broth(日水製薬社製)に接種し、35℃、18〜20時間嫌気培養した。これを、ゼラチン含有緩衝生理食塩水(BSG;NaCl:8.5g、KHPO:0.3g、NaHPO:0.6g、gelatin:0.1gを1000mLの滅菌水に溶解した溶液)で100倍に希釈し、接種菌液とした。ペプチド[I]はジメチルスルホキシド(DMSO)で溶解し、DMSOで順次2倍希釈した。これをDMSOの終濃度が1%となるように滅菌シャーレに分注し、そこに滅菌したbrain heart infusion agar(BBL)を9.9mL添加し、ペプチド[I]の終濃度が128μg/mL〜0.0039μg/mLになるよう2倍希釈系列の寒天平板を作製した。接種菌液をスタンプ法により寒天平板に接種し、35℃、48時間嫌気培養した。MICの判定はNCCLS(M11−A4)に準じ行った。結果を表1に示す。

(結果)
表1から明らかなように、ペプチド[I]は試験に用いた6つのP.acnesの菌株全てに対して強力な抗菌活性を有することが示された。
【実施例2】
正常ヒト表皮角化細胞(三光純薬株式会社より購入)を正常ヒト表皮角化細胞増殖培地(KGM2)で2×10cells/mLの細胞濃度に調製後、96穴プレートに100μLずつ播種した(2×10cells/穴)。37℃でCO2インキュベーターで2〜3時間培養後、0.02%メタノール−KGM2に溶解したペプチド[I]を100μL/穴添加した。最終メタノール濃度は、0.01%にした。細胞を3日間培養後、培地交換をしてさらに3日間培養した。培養後にCell counting kit試薬(和光純薬(株)社製)を20μL/穴添加して、CO2インキュベーターで呈色反応を行った。反応時間は、発色状態を見ながら1〜4時間にした。反応後、プレートリーダーで吸光度を450nmで測定し、細胞増殖の指標とした。実験はトリプリケイト(Triplicate)で3回繰り返して行い、吸光度をペプチド[I]非添加群と比較し、Dunnet多重比較検定法により検定した。結果を表2に示す。

(結果)
表2から明らかなように、ペプチド[I]は強力な正常ヒト表皮角化細胞増殖抑制活性を有することが示された。
【実施例3】
BDF1系雌性マウス(7週齢)の右耳介両面に1%DMSO−アセトン溶液で溶解したTPA 50μg/mLを片面20μLずつ塗布(2μg/耳)して、皮膚炎を誘発した。ペプチド[I]はアセトン/メタノール(1:1)に溶解して用い、TPA刺激の24時間及び1時間前に右耳介両面に片面20μLずつ塗布した。右耳の厚さをTPA刺激の6時間及び24時間後にPeacock dial thickness gaugeで測定し、浮腫の指標にした。TPA刺激の24時間後に右耳を採取して、MPO活性を測定し、好中球浸潤の指標とした。各群5匹ずつ測定を行った。結果は耳の厚さ、MPO活性それぞれについて下式より抑制率(%)として求めた。
抑制率(%)=[(ペプチド[I]非投与群の平均値−ペプチド[I]投与群の平均値)/(ペプチド[I]非投与群の平均値−TPA非塗布群の平均値)]×100
結果はDunnet多重比較検定法により検定した。結果を表3に示す。

(結果)
表3より明らかなように、ペプチド[I]はTPA誘発マウス皮膚炎において浮腫、好中球浸潤を強力に抑制した。この結果から、本発明のペプチド[I]は好中球浸潤による炎症の抑制作用を有することが示唆された。
【実施例4】
BALB/c系雌性マウス(5週齢)の右耳介両面に10%DMSO−アセトン溶液で溶解したカルシウムイオノフォア(A23187) 1mg/mLを片面10μLずつ塗布(20μg/耳)して、皮膚炎を誘発した。ペプチド[I]はアセトン/メタノール(1:1)に溶解して用い、A23187刺激の24時間及び1時間前に右耳介両面に片面20μLずつ塗布した。右耳の厚さをA23187刺激の6時間及び24時間後にPeacock dial thickness gaugeで測定し、浮腫の指標にした。A23187刺激の24時間後に右耳を採取して、MPO活性を測定し、好中球浸潤の指標とした。各群5匹ずつ測定を行った。結果は耳の厚さ、MPO活性それぞれについて下式より抑制率(%)として求めた。
抑制率(%)=[(ペプチド[I]非投与群の平均値−ペプチド[I]投与群の平均値)/(ペプチド[I]非投与群の平均値−A23187非塗布群の平均値)]×100
結果はDunnet多重比較検定法により検定した。結果を表4に示す。

(結果)
表4より明らかなように、ペプチド[I]はA23187誘発マウス皮膚炎において浮腫、好中球浸潤を強力に抑制した。この結果から、ペプチド[I]は好中球浸潤による炎症の抑制作用を有することが示唆された。
【実施例5】
ペプチド[I] 1mg
プラスチベース(大正製薬社製) 1g
ペプチド[I]1mgを乳鉢を用いて細かく粉砕した後、プラスチベース1gを添加し、これらを乳鉢上でよく混合して、軟膏剤を調製する。
【実施例6】
ペプチド[I]0.2mg
メタノール 12.5μL
プラスチベース(大正製薬社製) 1g
ペプチド[I]0.8mgをメタノール50μLに溶解した後、得られた本発明ペプチド含有メタノールのうち12.5μLを乳鉢上でプラスチベース1gとよく混合して軟膏剤を調製する。
【実施例7】
ペプチド[I]0.5mg
DMSO 0.1mL
5重量%アラビアゴム水溶液 1.9mL
ペプチド[I]0.5mgにDMSO 0.1mLを添加して前者を溶解させた後、得られた本発明ペプチド含有DMSO溶液0.1mLを少量ずつ攪拌しながら5重量%アラビアゴム溶液1.9mLに添加し、均一に懸濁した液剤を調製する。
【実施例8】
ペプチド[I]0.5mg
生理食塩水 2mL
ペプチド[I]0.5mgに少量の生理食塩水を添加し、超音波を用いて均一な懸濁液にした後、生理食塩水を添加して溶液量を2mLとし、液剤を調製する。
【実施例9】
ペプチド[I]25mg
エタノール 2.5mL
ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60 1g
生理食塩水 96.5mL
ペプチド[I]25mgをエタノール2.5mLに溶解した後、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60を1g加える。得られた溶液を少量ずつ攪拌しながら生理食塩水96.5mLに添加し、液剤を調製する。
【実施例10】
ペプチド[I]10mg
マクロゴール400 50mL
生理食塩水 適量
ペプチド[I]10mgを50mLのマクロゴール400に溶解した後、これに生理食塩水を加えて100mLにし、液剤を調製する。
【産業上の利用可能性】
本発明は、P.acnesに対する抗菌剤;ざ瘡、サルコイドーシス等のP.acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤;ざ瘡の予防または治療用化粧料等に関し、医薬産業上有用である。
本出願は、日本で出願された特願2003−323063を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を有効成分として含有するPropionibacterium acnesに対する抗菌剤。
【請求項2】
下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を有効成分として含有するPropionibacterium acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤。
【請求項3】
Propionibacterium acnes感染に起因する疾患がざ瘡、サルコイドーシス、ぶどう膜炎、結膜炎、角膜炎、角膜フリクテン、心内膜炎及び脊椎関節炎からなる群から選択される疾患である請求項2記載の予防または治療剤。
【請求項4】
Propionibacterium acnes感染に起因する疾患がざ瘡である請求項3記載の予防または治療剤。
【請求項5】
ざ瘡が尋常性ざ瘡である請求項4記載の予防または治療剤。
【請求項6】
Propionibacterium acnes感染に起因する疾患がサルコイドーシスである請求項3記載の予防または治療剤。
【請求項7】
サルコイドーシスが眼サルコイドーシスである請求項6記載の予防または治療剤。
【請求項8】
剤型が外用剤である請求項1〜7のいずれかに記載の剤。
【請求項9】
下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を有効成分として含有するざ瘡の予防または治療用化粧料。
【請求項10】
下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を用いるPropionibacterium acnes感染の予防または治療方法。
【請求項11】
下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を用いるPropionibacterium acnes感染に起因する疾患の予防または治療方法。
【請求項12】
下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩を有効成分として含有する化粧料を用いるざ瘡の予防または治療方法。
【請求項13】
Propionibacterium acnesに対する抗菌剤を製造するための、下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩の利用。
【請求項14】
Propionibacterium acnes感染に起因する疾患の予防または治療剤を製造するための、下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩の利用。
【請求項15】
ざ瘡の予防または治療用化粧料を製造するための、下式[I]

で示されるペプチドまたは医薬として許容されるその塩の利用。

【国際公開番号】WO2005/025598
【国際公開日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【発行日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513984(P2005−513984)
【国際出願番号】PCT/JP2004/013861
【国際出願日】平成16年9月15日(2004.9.15)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【出願人】(000002174)積水化学工業株式会社 (5,781)
【Fターム(参考)】