説明

R−T−B系希土類磁石の製造方法

【課題】磁石製造時における酸化の影響を受けることなく、高電気抵抗と高保磁力の特性を併せ持った希土類磁石を製造すること。
【解決手段】R−T−B系希土類合金粉末に、重希土類元素のフッ化物、酸化物及び無機塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である化合物Aと、アルカリ土類金属の水素化物である化合物Bを混合する混合工程と、冷間成形工程と、熱間成形工程と、熱処理工程と、を含むR−T−B系希土類磁石の製造方法において、熱間成形工程と熱処理工程によって、化合物Aと化合物Bを反応させて、熱間成形体中のRFe14B結晶近傍のRリッチ粒界相に重希土類元素を拡散させると共に、アルカリ土類金属のフッ化物、酸化物及び無機塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である化合物Cを、R−Fe−B系希土類合金粉末間に生成させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、HEV駆動モータやFA用モータ等に用いられるR−T−B系希土類磁石の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、R−T−B系希土類磁石の代表とも言えるNd−Fe−B系希土類磁石は、HEV駆動モータやFA用モータへの応用が拡大している。Nd−Fe−B系希土類磁石が使用される理由は、磁気特性に優れ、比較的安価なためである。しかし、R−T−B系希土類磁石は、電気抵抗が低く、モータ等に組み込んだ場合、渦電流が発生し、モータ効率を低下させるという問題がある。
また、HEV駆動モータは、使用環境が比較的高温であるため、希土類磁石への耐熱性への要求がますます高まってきている。
【0003】
上記渦電流の発生を防止するため、磁石を複数個に分割する方法や磁石に切り欠きを入れる方法等が、実際の渦電流対策として施されている。しかし、分割加工や切り欠き加工による方法は、工数の増加、材料の歩留まり低下、および接着寸法と強度の確保など、コスト増加と品質確保面で多くの課題がある。
【0004】
一方、特許文献1には、渦電流発生対策として、いわゆる高電気抵抗磁石が記載されている。詳細には、希土類磁石粉末に、Dyなどからなる希土類酸化物と窒化ケイ素等の金属化合物からなる表面処理溶液を添加して攪拌し、その後熱処理を施した粉末を熱間成形し、希土類磁石を得る方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、高電気抵抗を目的として、Nd−Fe−B系磁石粉末と、CaO等の酸化物、BN等の窒化物またはCaF等のフッ化物とを混合し、この混合物を熱間塑性加工して異方性を有する磁石素材を得る希土類磁石の製造方法が記載されている。
【0006】
また、特許文献3には、保磁力の向上を目的として、Nd−Fe−B系焼結磁石体表面からNdリッチ結晶粒界相に、Dy等の希土類元素を拡散浸透させる粒界改質方法が記載されている。
【0007】
また、特許文献4には、高磁気特性と高電気抵抗を狙って、焼結工程で結晶粒界に、少なくともRF相を生成させるとともに、主相となるR14B相の外郭部に、Dy等が濃縮された濃縮層を形成させるR−T−B系焼結磁石の製造方法が記載されている。
【0008】
【特許文献1】特開2005−142374号公報
【特許文献2】特開2003−22905号公報
【特許文献3】国際公開2006−064848号公報
【特許文献4】特開2006−310659号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来の方法は、高温の環境下で使用されるモータなどの用途として、以下のような問題があった。すなわち、磁石の耐熱性への要求を満足するためには、高い電気抵抗(高電気抵抗)と高い保磁力(高保磁力)が必要とされるが、従来の技術は、両者の効果を同時に発揮させるには必ずしも十分ではない、という問題があった。特許文献1、2に記載された方法では、高電気抵抗の効果が得られているが、もう一つの指標となる高保磁力の効果が得られていない。また、特許文献3に記載された方法では、Dyを磁石内部の粒界相に拡散させることによって保磁力を向上させているが、磁石内部にはDyのみが拡散してCaFの反応生成物は磁石表層に付着するため、磁石の電気抵抗が上がる効果はさほど望めない。
【0010】
一方、特許文献4に記載された方法では、磁気特性と高電気抵抗に関し、一定の効果が得られている。しかし、磁石に混入するDyFが高温焼結過程で分解還元され、還元されたDyの一部は液相化したNdリッチ粒界相に溶けこんで保磁力向上に寄与するが、一方F元素はどのように残存しているか定かではない。従って、磁石内部における高抵抗物質のDyF存在量が減少することになり、磁石の高抵抗化機能が損なわれて効果が不十分となりやすい。
【0011】
以上をまとめると、耐熱性を高めた磁石の製造をするためには、磁石本来の保磁力を高めること、およびモータ駆動時の渦電流による磁石の発熱を抑制することの2点に集約されるが、特許文献1〜4に記載された内容では、両方の点を十分に解決しているとは言えないものであった。
【0012】
一方、希土類元素は、酸化しやすいという特質を有する。従って、製造条件によっては、酸化の影響により耐熱性の指標となる高電気抵抗と高保磁力の効果が十分望めない、という問題もある。
【0013】
本発明は上記のような問題に鑑みてなされたものであり、本発明が解決しようとする課題は、磁石製造時における酸化の影響を受けることなく、高電気抵抗と高保磁力の特性を併せ持った希土類磁石を製造することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意検討した結果この課題を解決できることを見い出した。その具体的手段は以下の通りである。
まず、第1の発明は、R−T−B系希土類合金粉末(Rは、希土類元素。Tは、FeまたはFeの一部をCoで置換したもの)に、重希土類元素のフッ化物、酸化物及び無機塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である化合物Aと、アルカリ土類金属の水素化物である化合物Bを混合する混合工程と、前記混合工程で作成された混合粉を冷間成形して冷間成形体を得る冷間成形工程と、前記冷間成形体を熱間成形して熱間成形体を得る熱間成形工程と、前記熱間成形体に熱処理を施す熱処理工程と、を含み、前記熱間成形工程と前記熱処理工程によって、前記化合物Aと前記化合物Bを反応させて、前記熱間成形体中のRFe14B結晶近傍のRリッチ粒界相に重希土類元素を拡散させると共に、アルカリ土類金属のフッ化物、酸化物及び無機塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である化合物Cを、R−Fe−B系希土類合金粉末間に生成させることを特徴とする。
【0015】
次に、第2の発明は、上記した第1の発明に係るR−T−B系希土類磁石の製造方法において、前記重希土類元素は、Dy及びTbのうち少なくとも1種であることを特徴とする。
【0016】
次に、第3の発明は、上記した第1の発明又は第2の発明に係るR−T−B系希土類磁石の製造方法において、前記アルカリ土類金属は、Ca及びMgのうち少なくとも1種であることを特徴とする。
【0017】
次に、第4の発明は、上記した第1の発明から第3の発明のいずれかに係るR−T−B系希土類磁石の製造方法において、前記熱処理工程の熱処理温度は、500〜900℃であることを特徴とする。
【0018】
次に、第5の発明は、上記した第1の発明から第4の発明のいずれかに係るR−T−B系希土類磁石の製造方法において、前記熱間成形工程は、前記冷間成形体を熱間プレスしてプレス成形体を得る熱間プレス工程と、前記プレス成形体に、熱間塑性加工を行い、前記熱間成形体を得る熱間塑性加工工程からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、重希土類元素のフッ化物、酸化物及び無機塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である化合物Aと、アルカリ土類金属の水素化物である化合物Bとの高温反応を利用している。このため、高温での還元反応により生成する重希土類元素が、R−Fe−B系希土類合金粉末の内部に拡散浸透してRFe14B結晶粒界部(RFe14B結晶近傍のRリッチ粒界相)に均一かつ高濃度に分布する。これにより、磁石の高保磁力化が図られる。
【0020】
一方、高温反応により、アルカリ土類金属のフッ化物、酸化物及び無機塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である化合物C(例えば、CaF)は、RFe14B結晶粒間に拡散浸透することなく、R−Fe−B系希土類合金粉末間に絶縁層として存在する。これにより、磁石の高電気抵抗化が図られる。
【0021】
また、高温の還元反応により、熱間成形工程ないし熱処理工程において、合金粉末間および結晶粒界近傍で水素が発生し、この水素が熱間成形や熱処理雰囲気中の酸素と希土類元素との酸化反応をブロックする。すなわち、高温反応で発生した水素が希土類元素の酸化を防止する作用がある。これにより、磁石製造時における酸化の影響を受けにくくなる。言い換えれば、高純度Ar雰囲気炉や超高真空炉と言った特別な製造設備を用いることなく安定した磁気特性を有する磁石を製造することができる。
【0022】
よって、本発明は、磁石製造時における酸化の影響を受けることなく、高電気抵抗と高保磁力の特性を併せ持った磁石を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
まず、本発明の一実施形態に係る希土類磁石の製造方法及びその製造方法によって製造された希土類磁石について説明する。なお、本発明に係る希土類磁石は、HEV駆動モータやFA用モータ等の用途の他、エアコン室外機用モータとして用いることもできる。
【0024】
〔R−T−B系希土類合金粉末〕
本発明に係る製造方法では、R−T−B系希土類合金粉末(Rは、希土類元素。Tは、FeまたはFeの一部をCoで置換したもの)を用いる。ここで言う希土類元素としては、例えば、NdやPr、あるいはそれらの中間生成物として知られるDi(ジジム)を挙げることができる。また、Dy等の重希土類元素も含まれる。磁気特性の評価指標となる保磁力と残留磁束密度の両立という観点から、希土類元素の含有量は、好ましくは28〜32質量%(以下、「質量%」を単に「%」と記す)、より好ましくは28.5〜31%である。
【0025】
Tは、FeまたはFeの一部をCoで置換したものとすることができる。また、このTの中には、不可避的な不純物も含まれ得る。Coは、耐食性と熱安定性に寄与する。ただし、過度に多くなると飽和磁束密度と保磁力が低下するため、Co含有量は6%以下であることが好ましい。
【0026】
Bの含有量は、特に限定されるものではないが、保磁力と残留磁束密度の両立という観点から、0.8〜1.1%とすることが好ましい。
【0027】
また、上記R、T、Bに加え、Al、Si、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Cu、Zn、Zr、Nb、Mo、In、Ga、Sn、Hf、Ta、Wを少なくとも1種を適宜添加することにより、保磁力の向上を図ることができる。これらの元素は、結晶粒界相に適量介在することで、保磁力を向上させる働きをする。なお、添加量は2.0%以下が好ましい。2.0%を超えると残留磁束密度が低下するためである。
【0028】
〔化合物A〕
本発明に係る製造方法では、重希土類元素のフッ化物、酸化物及び無機塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である化合物Aを用いる。ここで言う重希土類元素としては、ジスプロシウム(Dy)、テルビウム(Tb)、ホルミウム(Ho)を挙げることができる。高保磁力の効果の観点から、重希土類元素は、Dy及びTbのうち少なくとも1種であることが好ましい。
【0029】
重希土類元素のフッ化物としては、例えば、DyF、TbFなどを挙げることができる。重希土類元素の酸化物としては、Dy、Tb、Hoなどを挙げることができる。重希土類元素の無機塩としては、Dy化合物を例に挙げるとDy、DySe、DyNなどを挙げることができる。
【0030】
〔化合物B〕
本発明に係る製造工程では、アルカリ土類金属の水素化物である化合物Bを用いる。アルカリ土類金属の水素化物としては、CaH、MgH、SrH、BaHなどを挙げることができる。化合物の実用的入手性と還元反応の促進という観点から、アルカリ土類金属の水素化物は、CaH、MgHのいずれかであることが好ましい。
【0031】
[希土類磁石の製造方法]
次に、具体的な希土類磁石の製造方法について説明する。
【0032】
〔希土類合金粉末作製工程〕
所定の組成を有する合金を1200 ℃の温度で溶解した後、溶湯をオリフィスから銅製の回転ロールに射出して急冷(例えば、回転ロール周速度:10m/秒〜30m/秒で冷却)する。得られる合金は長さが数十mmで厚さが20〜40ミクロンの薄片形状をし、内部は10〜20nmの微結晶粒と一部はアモルファスから構成されている。この薄片状粉末は衝撃式気流粉砕機などを用いて粉砕し、長片が300ミクロン以下となるように篩い分けして使用される。この粉末粒径は、焼結磁石におけるようなジェットミル微粉末粒径よりはるかに大きいため、後述の熱間成形工程における酸化量を低く抑える効果がある。
なお、この急冷粉末の代わりに、ストリップキャスト粉末をジェットミル粉砕した大きさが3ミクロン程度の微粉末や、水素の吸脱着処理によって製作されるHDDR(水素処理法:hydrogenation-decomposition-desorption-recombination)粉末を使用する場合には、後の冷間成形時に磁界を印加して、異方性の冷間成形体が得られる。
【0033】
〔混合工程〕
希土類合金粉末、化合物A、化合物Bの混合においては、化合物Bが室温で酸素や水分と結合する性質をもつため、大気を遮断したグローブボックス内で簡易的な混合機を用いて、5〜10分程度撹拌することで行う。あるいは、空気中では密栓した乾式ボールミルや、反応性のほとんどないブチルアルコールを添加した湿式ロッキングミキサーなどにより均一に撹拌混合する。
【0034】
〔冷間成形工程〕
冷間プレス機をカバーで覆い、その内部をAr雰囲気で満たし、金型内に上記の混合粉末を充填して、例えば、2〜4ton/cm程度の圧力を1秒〜5秒間かけて円筒状成形体に加工する。これにより、希土類合金粉末と上記化合物粉末とからなる冷間成形体が得られる。なお、この冷間成形工程において、希土類合金粉末として急冷粉末の代わりに、ジェットミル粉末やHDDR粉末を使用して磁界中成形を行っても良い。
【0035】
〔熱間成形工程〕
冷間成形工程で得られた冷間成形体をホットプレス機にセットして、これを例えば、Ar雰囲気中若しくは大気中で750〜850℃に加熱し、2〜4ton/cm程度の圧力を5〜20秒間かけて円筒状に緻密化成形する(熱間プレス工程)。
これにより、上記化合物を含む希土類合金の真密度に対して、98〜99.5%程度の高密度プレス成形体が得られる。次いで、プレス成形体を後方押出しプレス機にセットし、プレス成形体よりも径が小さいパンチで後方に押し出す。これにより、プレス成形体がパンチと金型との間の溝に、パンチの進行方向と逆方向に押し出され、有底の円筒状成形体が得られる。これにより、円筒状成形体の軸心からラジアル方向へ磁気配向した熱間成形体が得られる(熱間塑性加工工程)。なお、本発明において、磁気配向性向上の観点から、熱間塑性加工は熱間押出し加工(後方押出しおよび前方押出しを含む)が最も好ましいが、熱間据え込み加工で行っても良い。
【0036】
以上より、本発明に係る製造方法において、希土類合金粉末を作製する工程から熱間成形工程までの代表的な例として、下記の3つの製法を挙げることができる。
(第1の製法)
第1の製法は、等方性急冷粉末を作製する工程、等方性急冷粉末と所定の化合物を混合する混合工程、混合物を冷間成形(仮成形)する工程、冷間成形体を熱間成形(緻密化)する工程、熱間塑性加工(異方化)する工程、からなる製法である。第1の製法は、特に高性能な円筒状磁石を製造する場合、生産性よく得られるため好適である。
(第2の製法)
ジェットミルにより作成した異方性粉末を作製する工程、異方性粉末と所定の化合物を混合する混合工程、混合物を冷間で磁場成形する工程、磁場成形した成形体をさらに熱間成形(緻密化)する工程、からなる製法である。
(第3の製法)
HDDR法により作成した異方性粉末を作製する工程、異方性粉末と所定の化合物を混合する混合工程、混合物を冷間で磁場成形する工程、磁場成形した成形体をさらに熱間成形(緻密化)する工程、からなる製法である。
【0037】
なお、上記第1の製法で製造した場合、その磁石の構成は以下のようになる。すなわち、長辺が100〜400μm、厚さが20〜40μmのNd−Fe−−B系急冷粉末が、概ね化合物C粉末を介して積み重なった構成となっている。
一方、磁石を構成するNd−Fe−B系急冷粉末内部は、長辺が0.2〜0.5μm、厚さが0.03〜0.1μmの多数のRFe14B結晶が、厚さ方向に磁化容易軸を揃えた構成となっている。
【0038】
〔熱処理工程〕
熱間成形工程で得られた熱間成形体を、大気、真空またはAr雰囲気で熱処理炉にセットして、これを500〜900℃で、10分〜8時間かけて熱処理を実施し、CaFなど絶縁性物質の粉末間への生成と、Dy元素の結晶粒界相への拡散を行う。このとき、CaFなど絶縁性物質の生成という化学反応の促進、Dy元素の結晶粒界相への拡散浸透の観点からは高温度が良く、一方、RFe14B主結晶粒の成長抑制の観点からは高温長時間処理は好ましくない。このような観点から熱処理温度は、500〜900℃であることが望ましい。すなわち、500℃未満であると、熱処理工程において、CaFなどは生成されるがDyの拡散が実質的に生じないからである。一方、900℃を超えると主結晶粒が粗大化し、Dy拡散による保磁力の向上効果が減殺されるからである。このような観点から、さらに好適な温度範囲は、700〜900℃である。また、処理時間については温度を高めにして短時間とすることが生産性向上の観点から望ましく、熱処理時間は、900℃では10分程度、500℃では8時間程度とすることが好ましい。10分以下であると、磁石内部の反応が不均質になり磁気特性や電気抵抗値のバラツキを生じるからである。一方、8時間以上であると、生産性が低下するためである。
さらに、上記熱間成形工程ないし熱処理工程において、結晶粒界近傍で水素が発生し、この水素が熱間成形や熱処理雰囲気中の酸素と希土類元素との酸化反応をブロックする作用がある。すなわち、この一連の高温反応で発生した水素が希土類元素の酸化を防止し、製造時における酸化の影響を受けにくくなる。
【実施例】
【0039】
(実施形態1)
〔希土類合金粉末作製工程〕
希土類合金原料(合金組成は、質量%で、31Nd−3Co−1B−0.4Ga−bal.Fe)を所定量配合し、1350℃で溶解した後、その溶湯をオリフィスからCrめっきを施したCu製の回転ロールに射出して急冷(回転ロール周速度:18m/秒)し、合金薄片を製造した。この合金薄片をカッターミルで粉砕篩分けし、350μm以下の希土類合金粉末を得た。
【0040】
〔混合工程〕
上記の希土類合金粉末、平均粒径が約10μmのDyF(化合物A)、平均粒径が約30μmのCaH(化合物B)からなる混合粉末試料を作製した。本実施形態1においては、化合物Aと化合物Bが質量比で3:2となるように配合した。これは、後述する熱間成形工程から熱処理工程にかけて、下記のような基本化学反応が起こると考えられ、Dyの還元析出を促進させるためにCaH量は下記式より過剰とした。
2DyF + 3CaH → 2Dy + 3CaF + 3H
また、混合粉末試料を、混合粉末試料の希土類合金粉末を含めた全量に対する配合比(以下、「混合比」と云う。)を質量%で(以下、同じ)、10%以下になるように各種配合したものを実施例とし、混合比0%(無配合)としたものを比較例とした。なお、混合は、ロッキングミキサーにより行った。
【0041】
〔冷間成形工程〕
各種混合比の混合粉試料60gを冷間プレス機の金型に装填し、3ton/cmの圧力を1秒〜3秒間加えて成形し、外径23mm、内径14mm、高さ30mmの円筒形状をした成形体を得た。
【0042】
〔熱間プレス工程〕
冷間成形体をホットプレス機にセットして、アルゴン雰囲気中で金型を800℃に加熱し、3ton/cmの圧力を約20秒間かけて成形し、高さ約20mmの緻密化した円筒状成形体を得た。
【0043】
〔後方押出し工程〕
円筒状成形体を後方押出し装置にセットし、大気中で金型を860℃に加熱して後方押出しを行い、内径と高さが変形した熱間塑性加工体(外径23mm、内径18mm、高さ40mm)を得た。次に、この底部分を切り落とした。
【0044】
〔熱処理工程〕
上記で得られた円筒磁石素材を、高さ方向4mmに切断し、さらに円周16分割に切断した円弧状磁石片(縦4×横4×厚さ2.5mm)を、真空熱処理炉に装填した。
【0045】
〔磁気特性と電気抵抗測定〕
得られた磁石試料の磁気特性は振動試料型磁力計(VSM)によって測定し、保磁力(iHc)と残留磁束密度(Br)を求めた。また、比抵抗は室温で4端子法により試料の電気抵抗値を測定し、比抵抗を算出した。
【0046】
〔酸素濃度測定〕
試料中の酸素濃度は、不活性ガス融解・熱伝導度法の原理を応用した、LECO社製の酸素・窒素同時分析装置を使用し、試料を全溶解して計測した。
【0047】
表1、2に混合比、磁気特性、比抵抗、酸素含有量の結果を示す。混合比が10%以下の1群(表1に示す)は、800℃で0.5時間、混合比が2%と5%の2群(表2に示す)は、500〜1000℃で2時間かけて熱処理を実施したものを実施例とし、この熱処理を未実施のものを比較例とした。
表1は、混合比を比較検討した試験結果を示している。図1は、表1に示した混合比に対する、保磁力、電気抵抗値をプロットした図である。
表2は、熱処理温度の影響を比較検討した結果を示している。図2は、表2に示した熱処理温度に対する、保磁力、電気抵抗値をプロットした図である。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
〔試験結果〕
表1及び図1に示すように、混合比が大きくなると、保磁力と電気抵抗が向上することがわかる。また、表1(実施例6)に示すように、混合比が大きすぎると残留磁束密度の低下が懸念されるため、混合比は、10%以下であることが好ましい。一方、表1(実施例1〜6)に示すように、混合比が小さいと、十分なと電気抵抗が得られない。よって、高保磁力及び高電気抵抗と言う観点から、混合比は、3〜10%とすることが好ましい。一方、比較例1は、化合物A及び化合物Bが添加されていないため、所望とする保磁力と電気抵抗が得られていない。また、表2及び図2の結果から、熱処理工程における熱処理温度は、500〜900℃が好ましく、さらに好ましくは800〜900℃であることがわかる。
【0051】
また、表1及び表2に示すように、熱間塑性加工後に熱処理を実施しても磁石中の含有酸素量の増加はわずかであり、磁気特性への影響は少ないことがわかった。なお、DyF粉末のみを混合した磁石での酸化量は500℃処理で500ppm増、1000℃で1200ppm増であり、本発明におけるCaH同時添加における酸化抑制を裏付ける結果が別途得られている。
【0052】
また、図3は、実施例10で得られた試料を樹脂に埋め込み、研磨後にSEMにより撮影した画像を示す図である。図3に示すように、厚さ約50μm、長さ150〜200μmの粉末境界が明瞭に観察され、EDXによる元素分析からは境界部にCaとFが存在していることが判明した。この結果から、各粉末境界に絶縁性のCaFが形成されて磁石の比抵抗が増加したと推定される。
【0053】
さらに、上記の抵抗増加の原因を調べるために、DyF粉末とCaH粉末を質量比で3:2に混合した粉末を熱処理し、反応後の粉末試料をX線回折に供した。図4に、熱処理前、および650℃と800℃で各2時間熱処理した試料のX線回折パターンを示す。
【0054】
図4下段は、熱処理前の混合粉末のものであり、DyFのピークとCaHが空気中で吸湿した結果としてのCa(OH)のピークが認められる。
【0055】
図4中段では、中間生成物のDyHとCaFのピークが出現している。この結果から、DyFの還元反応がある程度進むと同時に、絶縁性のCaF2が少量生成している。
【0056】
図4上段では、DyとCaFの回析ピークがシャープに出現している。よって、中間生成物DyHから水素が抜けてDyが析出してきたものと考えられる。このことから、800℃で2時間の熱処理は、Dyの還元析出とCaFの生成にとって好適な反応条件を満たしていると考えられる。実際の磁石中の反応では、Dyは磁石粉末の内部へ均一に拡散し、結晶粒界に高濃度に分布するため、高保磁力に寄与する。また、磁石粉末の境界部にCaFが存在するため、高電気抵抗に寄与することになる。また、このとき発生する水素が熱間成形工程ないし熱処理工程における希土類元素の酸化を抑制する効果をもち、約800℃の高温になると水素は磁石の内部に留まることなく、磁石外に排出される。
【0057】
(実施形態2)
希土類合金原料の成分組成を、質量%で、21Pr−9Nd−2Co−1B−0.4Ga−bal.Feとし、化合物A及び化合物Bの種類と混合比を表3に示す。熱処理工程における熱処理温度を800℃で1時間とした点を除き、上記実施形態1と同様である。あわせて、表3に、磁気特性、比抵抗、酸素含有量の結果を示す。
【0058】
【表3】

【0059】
本実施形態2では、熱間成形工程から熱処理工程にかけて、下記反応式のような化学反応が起こると考えられる。
[実施例17〜19]
2DyF + 3CaH → 2Dy + 3CaF + 3H
[実施例20]
Dy + 3CaH → 2Dy + 3CaO + 3H
[実施例21]
2TbF + 3CaH → 2Tb + 3CaF + 3H
[実施例22]
Tb + 7CaH → 4Tb + 7CaO + 7H
[実施例23]
2DyF + 3MgH → 2Dy + 3MgF + 3H
[実施例24]
Dy + 3MgH → 2Dy + 3MgO + 3H
【0060】
〔試験結果〕
表3に示すように、実施例17〜19の間で対比すると、混合比が大きいほど、保磁力、電気抵抗値がともに高い値となっている。なお、残留磁束密度は低下傾向となるが、実用使用ではあまり問題のないレベルである。
【0061】
次に、実施例19と20、実施例21と22、実施例23と24を対比すると、化合物Aは、電気抵抗を高めるという観点からフッ化物がより好ましい、と言える。また、実施例19及び20と、実施例21及び22とを対比すると、高保磁力を高めるという観点から、重希土類元素としてTbを用いることがより好ましい、と言える。
一方、比較例4は、化合物A及び化合物Bが添加されていないため、保磁力と電気抵抗は低い。さらに言えば、実施例17〜24の比抵抗は、比較例4の比抵抗値に比べ、5〜10数倍となっている。
【0062】
(実施形態3)
〔希土類磁石粉末作製工程〕
希土類合金原料(合金組成(質量%):31Nd−3Co−1B−0.4Ga−bal.Fe)であるインゴットを作製し、水素ガスの吸蔵と放出の工程を経る、いわゆるHDDR法により、内部のNdFe14B結晶粒径が0.3〜0.5μmでその粉末粒径が350μm以下の異方性磁石粉末を作製し、これを本実施形態における希土類合金粉末とした。
【0063】
〔混合工程〕
希土類磁石粉末作製工程で得た希土類合金粉末、DyF(化合物A、平均粒径0.1μm)、CaH(化合物B、平均粒径5μm)をボールミルに入れて混合し(乾式)、混合粉末試料を作製した。本実施形態においては、化合物Aと化合物Bが質量比で3:2となるように配合した。これは、実施例1と同様に、熱間成形工程から熱処理工程にかけて、下記のような反応式により化学反応が起こると考えられるからである。
2DyF + 3CaH → 2Dy + 3CaF + 3H
そして、混合粉末試料は、希土類磁石粉末中に、5%配合されるよう混合し、それぞれ実施例25〜27とした。一方、混合粉末を含まないものを比較例5、化合物A及び化合物Bは添加されているが熱処理を施していないものを比較例6とした。
【0064】
〔冷間成形工程〕
混合粉試料約60gを、Ar雰囲気を満たした冷間プレス機の金型に充填した。次に、金型の上下部に配置したコイルに直流電流を流すことによって発生した磁束を金型中心部で対向させることにより、円筒状磁石のラジアル方向に磁気異方性をもつ磁石体(冷間成形体)を得た。発生磁界は金型中心部で1.5T、成形圧力5ton/cm、加圧時間は5秒間とした。なお、この磁石体は、外径20mm、内径15mm、高さ30mmの円筒形状をなしていた。
【0065】
〔熱間成形工程〕
冷間成形体をホットプレス機の金型にセットして、真空中で約800℃に加熱し、3ton/cmの圧力を1分間かけて円筒状に成形加工し、外径20mm、内径15mm、高さ20mmの円筒形状をした熱間成形体を得た。
【0066】
〔熱処理工程〕
上記で得られた熱間成形体を、高さ方向4mmに切断し、さらに円周16分割に切断した円弧状磁石片(縦4×横3.5×厚さ2.5mm)を、真空熱処理炉に装填した。600〜800℃で、0.5時間熱処理を実施した。
【0067】
表4に、混合比、磁気特性、比抵抗、酸素含有量を示す。なお、磁気特性と酸素量測定は、上記実施形態1と同様に行った。
【0068】
【表4】

【0069】
〔試験結果〕
表4に示すように、熱処理温度が高くなると、保磁力と比抵抗が向上することがわかる。一方、比較例5は、化合物A及び化合物Bが添加されていないため、保磁力と比抵抗は低い。比較例6は、化合物A及び化合物Bが添加されているものの、熱処理が施されていないため、十分な比抵抗が得られていない。このことから、ただ単に化合物A及び化合物Bを添加するだけではなく、所定温度での熱処理の実施が高保磁力と高電気抵抗に寄与することがわかる。また、比抵抗は、実施例26、27は、比較例5の10倍以上、比較例6の2倍以上の値となることがわかった。
【0070】
また、表4に示すように、熱処理後の酸素含有量は2000ppm以下であり、磁気特性面では支障ないレベルに収まっている。さらに言えば、最も一般的なNd−Fe−B系希土類焼結磁石の一般グレードの酸素含有量は3000ppmレベルであり、本発明による磁石の酸素量はそれ以下であることから実用に供する磁石として十分であり、酸素が少ないためさらに高性能な磁石と成りうる。
【0071】
(実施形態4)
〔希土類合金粉末作製工程〕
合金組成が、質量%で、23Pr−6Nd−2Co−1B−0.4Ga−bal.Feからなるインゴットからストリップキャスト法によって厚さ0.2〜0.3mmの合金薄片を作製した。次に、この薄片を容器内に充填し、500kPaの水素ガスを室温で吸蔵させた後に放出させることにより、大きさ約0 .15〜0.2mmの不定形粉末を得て、引き続きジェットミル粉砕をして平均粒径3μmの微粉末を作製し、これを希土類合金粉末とした。
【0072】
〔混合工程〕
希土類合金粉末作製工程で得た希土類合金粉末に、DyF(化合物A、平均粒径0.1μm)とCaH(化合物B)を、質量比で3:1.5となるように秤量した粉末を、希土類土類磁石粉末中に占める割合を1〜5%となるように、グローブボックス内で配合した。続いて、コーヒーミルを使用して、乾式で20分間撹拌混合した。なお、上述のように、本実施形態における希土類合金粉末が微粉末であるため、均一に混合するためには、化合物Aの粒径もできる限り小さい方が好ましい。
【0073】
〔冷間成形工程〕
実施形態3で説明した内容と同様の冷間成形体を得た。
【0074】
〔熱間成形工程〕
実施形態3で説明した内容と同様の熱間成形体を得た。
【0075】
〔熱処理工程〕
上記で得られた熱間成形体を、高さ方向4mmに切断し、さらに円周16分割に切断した円弧状磁石片(縦4×横3.5×厚さ2.5mm)を、Ar雰囲気炉に装填し、750℃で2時間の熱処理を実施した。得られた試料を実施例28〜31とし、混合粉末を含まない試料を比較例7とした。
【0076】
表5及び図5に混合比に対する磁気特性、非抵抗の結果を示す。図5は、表5に示した保磁力と比抵抗をプロットした図である。なお、磁気特性と比抵抗の測定評価、および磁石中の酸素量測定は、上記実施形態1と同様に行った。
【0077】
【表5】

【0078】
〔試験結果〕
表5及び図5に示すように、化合物A及び化合物Bの混合比が多くなると、保磁力と電気抵抗が向上することがわかる。さらには、図5に示すように、十分な保磁力と、1000μΩ・cm以上の高い比抵抗を得るためには、混合比が2%以上、より好ましくは3%以上であると良いことがわかる。一方、比較例1は、化合物A及び化合物Bが添加されていないため、保磁力と比抵抗が小さい。特に、比抵抗では、実施例30、31は、比較例1の10倍以上の値となることがわかった。
【0079】
なお、表5に示すように本実施例28〜31試料の酸素含有量が他の実施形態と比較して高いのは、希土類合金粉末の粒径が3μm程度で非常に小さいために、粉末表面が酸化しており、そのために熱処理後の磁石内の酸素量が高くなったことに起因している。
【0080】
以上の結果から、実施形態1〜4のいずれの実施例においても、磁石製造時における酸化の影響を受けることなく、高電気抵抗と高保磁力の特性を併せ持った希土類磁石が製造できることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】表1に示した混合比、保磁力、非抵抗をプロットした図である。
【図2】表2に示した熱処理温度、保磁力、非抵抗をプロットした図である。
【図3】実施例10の試料をSEMにより撮影した画像を示す図である。
【図4】DyFとCaH混合粉末の熱処理前後のX線回折パターンを示す図である。
【図5】表5に示した保磁力と比抵抗をプロットした図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
R−T−B系希土類合金粉末(Rは、希土類元素。Tは、FeまたはFeの一部をCoで置換したもの)に、重希土類元素のフッ化物、酸化物及び無機塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である化合物Aと、アルカリ土類金属の水素化物である化合物Bを混合する混合工程と、
前記混合工程で作成された混合粉を冷間成形して冷間成形体を得る冷間成形工程と、
前記冷間成形体を熱間成形して熱間成形体を得る熱間成形工程と、
前記熱間成形体に熱処理を施す熱処理工程と、を含み、
前記熱間成形工程と前記熱処理工程によって、前記化合物Aと前記化合物Bを反応させて、前記熱間成形体中のRFe14B結晶近傍のRリッチ粒界相に重希土類元素を拡散させると共に、
アルカリ土類金属のフッ化物、酸化物及び無機塩からなる群から選ばれる少なくとも1種である化合物Cを、R−Fe−B系希土類合金粉末間に生成させることを特徴とするR−T−B系希土類磁石の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載されたR−T−B系希土類磁石の製造方法であって、
前記重希土類元素は、Dy及びTbのうち少なくとも1種であることを特徴とするR−T−B系希土類磁石の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載されたR−T−B系希土類磁石の製造方法であって、
前記アルカリ土類金属は、Ca及びMgのうち少なくとも1種であることを特徴とするR−T−B系希土類磁石の製造方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載されたR−T−B系希土類磁石の製造方法であって、
前記熱処理工程の熱処理温度は、500〜900℃であることを特徴とするR−T−B系希土類磁石の製造方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載されたR−T−B系希土類磁石の製造方法であって、
前記熱間成形工程は、前記冷間成形体を熱間プレスしてプレス成形体を得る熱間プレス工程と、
前記プレス成形体に、熱間塑性加工を行い、前記熱間成形体を得る熱間塑性加工工程からなる、R−T−B系希土類磁石の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−27852(P2010−27852A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−187267(P2008−187267)
【出願日】平成20年7月18日(2008.7.18)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【Fターム(参考)】