説明

X線吸収端法による元素別定量分析方法及び元素別定量分析装置

【課題】放射光装置(高エネルギー電子蓄積リング)等の大がかりな装置を用いることなく、比較的簡易な連続X線光源を用い、被測定物に含有される各元素の平均密度、全量等を非破壊で測定することのできる定量分析方法、及び、そのような定量分析方法を実施することのできる元素別定量分析装置を提供する。
【解決手段】炭素系冷陰極電子源、チタンよりも原子番号の小さい導電性の軽元素からなり、冷陰極電子源から放出された電子が入射面に入射され、入射方向に対して前方にX線を放出するターゲット、及び、該ターゲットで発生したX線以外のX線を遮蔽する遮蔽部材を具備する連続X線光源と、エネルギー弁別型検出器とを用いて、被測定物のX線吸収スペクトルにおける含有各元素の吸収端ジャンプ量を求め、あらかじめ標準試料等で決定した元素別の質量吸収端ジャンプ係数と前記含有各元素の吸収端ジャンプ量に基づき、被測定物に含有される各元素について同時にX線透過経路上の面密度を測定することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線吸収端法により被測定物に含まれる各元素の面密度、含有密度、全量等を絶対定量する元素別定量分析方法、及び、該定量分析方法を実施することのできる元素別定量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
X線吸収から含まれる元素の密度を測定する試みは従来からなされている。しかしながら、あるエネルギーのX線吸収は透過する物質中の全元素による吸収が合わさったものであるので、X線吸収から含まれる元素の密度を測定するためには、含まれる元素が分かっている必要がある。しかも、入射X線から透過X線を差し引いた絶対吸収を測定する必要があり、測定装置や測定操作が複雑になるという問題点がある。
【0003】
一方、X線吸収スペクトルにおける吸収端ジャンプは、元素に固有のエネルギーを持ち、その大きさはX線透過経路上の元素の密度に比例することが知られている。しかも、X線吸収スペクトルにおける吸収端ジャンプは、被測定物からの透過X線を測定することにより得られるので、入射X線の測定や絶対吸収の測定を行うことなく、X線透過経路上の元素ごとの密度に関する測定データが得られるという利点がある。
【0004】
この利点に着目し、吸収端ジャンプを利用して元素の含有率を測定する試みもなされているが(特許文献1参照)、特性X線を含むX線光源を使用していることもあって、既知の元素の含有率の測定に止まっている。
【0005】
本発明者らは、X線吸収スペクトルにおける吸収端ジャンプを利用してX線透過経路上の各元素の密度について定量することを検討した。その検討過程で、「元素1g/cm3の密度の光路長1cmあたりの吸収端ジャンプ」を表す「質量吸収端ジャンプ係数、CΔμ(cm2/g)」を求め、この質量吸収端ジャンプ係数と面密度が未知の被測定物の吸収端ジャンプの測定値とに基づき、X線透過経路上の元素ごとの定量分析が可能であることを見出した。
【0006】
元素ごとの定量に必要な質量吸収端ジャンプ係数は、面密度が既知の標準試料の吸収端ジャンプを測定することにより求めることができる。また、質量吸収端ジャンプ係数は、経験的に原子番号の関数となることが知られているので、標準試料が得られない元素についても推定値を用いることができる。このような質量吸収端ジャンプ係数は、正確に決定することが必要となるが、吸収端近傍には元素の酸化数や局所構造を反映した微細な構造が存することが知られているため、本発明者らは、吸収端の構造の影響を受けない吸収端ジャンプ量の決定アルゴリズムを用いて吸収端ジャンプ量を決定すれば良いことも明らかにした。
【0007】
以上のような吸収端ジャンプを利用して含有する多くの元素を定量するためには、それら各元素に固有のエネルギーを全てカバーするエネルギー範囲にわたって吸収端ジャンプを測定できる白色連続X線光源が必要となる。ところが、通常のX線管球ではターゲットからの鋭いピークを持つ強い特性X線が現れ、検出器を飽和させるため、広いエネルギー範囲において精度の高い測定は困難であった。そのため、本発明者らは、特性X線の無い白色連続X線光源として、放射光を利用することによって、吸収端ジャンプを利用した元素別定量分析を実現することができた。
しかしながら、放射光を利用するには、高エネルギーの電子蓄積リング等のような大がかりな装置が必要であり、材料製造プロセス等における種々の工程などにおいて、小型の装置により吸収端ジャンプを利用して機動的に元素別定量分析を行うことは不可能であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許平11-287643号公報
【特許文献2】特開2010-56062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上のような従来技術に存在する問題点を解決し、放射光装置(高エネルギーの電子蓄積リング)等のような大がかりな装置を用いることなく、吸収端ジャンプを利用して被測定物に含有される各元素の面密度、平均密度、全量等を絶対定量することのできる元素別定量分析方法、及び、その定量分析方法を実施することのできる元素別定量分析装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、放射光装置(高エネルギーの電子蓄積リング)等のような大がかりな装置を用いることなく、所定値以上のエネルギー領域において特性X線の無い連続X線を発生することができる連続X線光源を発明した。本発明のX線吸収端法による元素別定量分析は、そのような新規な連続X線光源を利用することによって小型の装置で可能となった。
【0011】
本発明は、上記連続X線光源を含む次のような特徴を有するものである。
(1)炭素系冷陰極電子源、チタンよりも原子番号の小さい導電性の軽元素からなり、冷陰極電子源から放出された電子が入射面に入射され、入射方向に対して前方にX線を放出するターゲット、及び、該ターゲットで発生したX線以外のX線を遮蔽する遮蔽部材を具備する連続X線光源からの連続X線を被測定物に照射し、その透過X線をエネルギー弁別型検出器で検出し、被測定物のX線吸収スペクトルにおける含有各元素の吸収端ジャンプ量を求め、あらかじめ標準試料等で決定した元素別の質量吸収端ジャンプ係数と前記含有各元素の吸収端ジャンプ量とに基づき、被測定物に含有される各元素についてX線透過経路上の面密度を求めることを特徴とする元素別定量分析方法。
(2)前記ターゲットが、炭素、ベリリウム、マグネシウム、アルミニウム、又は、炭化ケイ素からなることを特徴とする上記(1)に記載の元素別定量分析方法。
(3)エネルギー弁別型検出器として面上に並べた二次元検出器を用いるか、又は、被測定物を照射X線に対し直角方向の二次元で動かして各領域を測定することにより、含有元素ごとの密度分布を求める上記(1)又は(2)に記載の元素別定量分析方法。
(4)炭素系冷陰極電子源、チタンよりも原子番号の小さい導電性の軽元素からなり、冷陰極電子源から放出された電子が入射面に入射され、入射方向に対して前方にX線を放出するターゲット、及び、該ターゲットで発生したX線以外のX線を遮蔽する遮蔽部材を具備し、軽元素の種類に応じた所定値以上のエネルギー領域において特性X線のピークの無い連続X線を被測定物に照射することのできる連続X線光源と、該被測定物を透過するX線のX線強度を検出するエネルギー弁別型検出器と、エネルギー弁別型検出器の検出値に基づき被測定物のX線吸収スペクトルにおける含有各元素の吸収端ジャンプ量を求めるとともに、あらかじめ標準試料等で決定した元素別の質量吸収端ジャンプ係数と該含有各元素の吸収端ジャンプ量とに基づき、被測定物に含有される各元素についてX線透過経路上の面密度を求める分析装置とを備えることを特徴とする元素別定量分析装置。
(5)連続X線光源からのX線を分光し、分光X線を非測定物に照射する結晶分光装置をさらに備えることを特徴とする上記(4)に記載の元素別定量分析装置。
(6)ターゲットは、板状で、電子の入射面と反対の面からX線を放出するものであることを特徴とする上記(4)に記載の元素別定量分析装置。
(7)ターゲットは、その入射面に対し電子を45度以下の角度で入射するものであることを特徴とする上記(4)に記載の元素別定量分析装置。
(8)前記ターゲットが、炭素、ベリリウム、マグネシウム、アルミニウム、又は、炭化ケイ素からなることを特徴とする上記(4)〜(7)のいずれか1項に記載の元素別定量分析装置。
(9)エネルギー弁別型検出器として面上に並べた二次元検出器を用い、分析装置が含有元素ごとの密度分布を求める上記(4)〜(8)のいずれか1項に記載の元素別定量分析装置。
(10)被測定物を照射X線に対し直角方向の二次元で動かす被測定物駆動手段をさらに備え、分析装置が含有元素ごとの密度分布を求める上記(4)〜(8)のいずれか1項に記載の元素別定量分析装置。
【発明の効果】
【0012】
従来技術のように、質量吸収係数を用いて含有元素を定量しようとした場合、全ての含有元素が既知である必要があるとともに、絶対吸収を測定する必要があるのに対し、本発明の吸収端ジャンプを利用した定量分析では、含有元素についてあらかじめ知る必要はないし、絶対吸収を測定する必要もないので、測定装置や測定操作が複雑にならない。しかも、高エネルギーの電子蓄積リング等のような大がかりな装置を用いないので、分析装置全体を小型化することができる。
本発明では、ターゲットに選択した軽元素の種類に応じた所定値以上のエネルギー領域において特性X線のピークの無い連続的なX線スペクトルのX線を発生する連続X線光源を用いるので、所定の原子番号の大きい全ての含有元素(大気中では、Ti以上の重い元素、光路をヘリウム置換や真空にした場合には、ターゲットに用いた元素よりも原子番号が大きい元素)について、吸収端が観察された位置のジャンプ量を測定することにより、それら全ての含有元素の含有率や絶対量等を容易に定量することができる。
目的元素が希薄な場合には、X線光源強度の代わりに目的元素を含まない被測定物の基材等をブランクとして同一条件で測定して光源強度とすることにより、目的元素のみの吸収スペクトルが得られ、目的元素の感度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の元素別定量分析装置を示す模式図面。
【図2】本発明の連続X線光源により得られる連続X線の光源スペクトルを示す図面。
【図3】連続X線の銅箔透過後のスペクトルを示す図面。
【図4】銅箔の吸収スペクトルを示す図面。
【図5】バックグラウンド吸収の差し引き法を説明する図面。
【図6】吸収端ジャンプ量の決定法を説明する図面。
【図7】樹脂中の金属(Cr925±30mg/kg,Hg928±38mg/kg,Pb926±24mg/kg,Cd92.1±4.9mg/kg)の認証標準物質(CRM8116−a)(厚さ2mm、一枚)の測定例を示す図面。
【図8】同CRM8116−aのCr K吸収端(5989eV)付近のスペクトルを示す図面。
【図9】同CRM8116−aのHg(L3 12278eV L2 14122eV L1 14843eV)およびPb(L3 13030eV L2 15203eV L1 15864eV)の L吸収端付近のスペクトルを示す図面。
【図10】本発明の元素別定量分析装置の別の実施例(結晶分光装置を具備するもの)を示す模式図面。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のX線吸収端法による元素別定量分析は、質量吸収端ジャンプ係数と被測定物の吸収端ジャンプの測定値とに基づき、被測定物の所定の原子番号より大きい全ての元素について元素ごとに定量するものであり、その根拠は、以下に説明するようなものである。
【0015】
本発明では、ターゲットに選択した軽元素の種類に応じた所定値以上のエネルギー領域において特性X線のピークの無い連続的なX線スペクトルのX線を発生する連続X線光源を用いる。そのため、所定値以上のエネルギー領域において光源スペクトルが緩やかな曲線であるので、被測定物の所定の原子番号より大きい全ての元素(大気中では、Ti以上の重い元素、光路をヘリウム置換や真空にした場合には、ターゲットに用いた元素よりも原子番号が大きい元素)について被測定物を透過したX線スペクトルにおいて吸収端を明瞭に観測することができる。吸収端近傍には元素の酸化数や配位構造を反映した微細な構造が存するが、低分解能のエネルギー弁別型の検出器を用いることにより、結果的に微細構造は観測されず正味の吸収端ジャンプが観測される。ただし、低分解能による見かけの吸収端ジャンプの減少が起こる場合があるので下記に述べる吸収端ジャンプ量決定法を用いることにより正味の吸収端ジャンプを求めることができる。高分解能の検出器を用いる場合にも、下記に述べる吸収端ジャンプ量決定法を用いることによって、前記微細構造の影響を取り除いた正味の吸収端ジャンプを求めることができる。
【0016】
吸収端ジャンプは、吸収元素のX線の光路上の原子数に比例し、Lambert-Beer則に従う。吸収端近傍の微細構造の影響を取り除いた正味の孤立原子の特定の内殻電子の励起確率(吸収端ジャンプ)は、光路上の原子数に比例し、元素1g/cm3の密度の光路長1cmあたりの吸収端ジャンプを質量吸収端ジャンプ係数、CΔμ(cm2/g)とすると、次の式(1)の関係が成り立つ。
Δμ=CΔμDl (1)
(Δμは測定された吸収端ジャンプ量、Dは元素の密度(g/cm3)、lは光路長(cm))
【0017】
従って、質量吸収端ジャンプ係数を用いれば吸収端ジャンプ量から、次の式(2)により、元素の面密度(Dl(g/cm2))が得られる。
Dl=Δμ/CΔμ (2)
被測定物のl(cm)が分かれば密度D(g/cm3)が得られ、面積がわかれば全量(g)が得られることになる。
【0018】
質量吸収端ジャンプ係数は、以下に説明する(A)放射光を利用し各元素の標準液を測定対象として求める方法、(B)経験式に基づいて推定する方法の外、本発明の元素別定量分析装置を用いても求めることができるが、いずれで求めたものであっても通常は10%以内の誤差で、含有量が0.1wt%以下等の測定条件が悪いものでも20%程度以内の誤差で、本発明の定量分析に適用可能である。
【0019】
(A)放射光を利用し各元素の標準液を測定対象として求める方法
本発明者らは、これまでに放射光を利用して精密セルを用いて、各元素の標準液により質量吸収端ジャンプ係数を決定してきた。その決定手順は次のとおりである。
吸収端ジャンプを示す吸収スペクトルにおいて、吸収端近傍の微細構造の影響を取り除くため、図5に示すように吸収端より低エネルギー側の部分をVictoreen式に定数項を加えた式(3)で最適化により定数項Aを決定する。
【数1】

吸収端ジャンプを示す吸収スペクトルにおいて、この式(3)を外挿し、バックグラウンド吸収とする。この際、吸収端の高エネルギー側1000-1500eVの傾きの差が吸収端前後に対応するVictreen係数の傾きの差に等しくなるようにする。バックグラウンド吸収を差し引いたのち、吸収端より高エネルギー側の部分を区分Cubic Spline法などによりスムージングを行い、吸収端近傍の構造の影響を取り除いた孤立原子の吸収に相当する吸収曲線を得る。吸収端ジャンプの変曲点もしくは半価値となるエネルギーを吸収端とし、その位置に孤立原子の吸収曲線を外挿した時の値を吸収端ジャンプ量(Δμ)として求める。Δμと標準液の濃度(g/cm3)、セルの光路長l(cm)から、式(1)により質量吸収端ジャンプ係数CΔμ(cm2/g)が得られる。
本発明者がこの方法により種々の元素に対して得た質量吸収端ジャンプ係数CΔμの値を表1、表2に示す。
【0020】
【表1】


【表2】

【0021】
(B)経験式に基づいて推定する方法
上記(A)の方法で得られた質量吸収端ジャンプ係数の値をK吸収端の質量吸収端ジャンプ係数をべき乗関数でフィッティングした結果、原子番号(Z)に対してCΔμ=exp(18.10-3.702 ln Z)の関係にあることがわかった(Z=29-78の範囲で)。L吸収端についても同様の関係が得られる。
この経験式に基づき、標準液が得られない元素についても原子番号から質量吸収端ジャンプ係数を推定することができる。
【0022】
上記(B)の経験式に基づき推定された質量吸収端ジャンプ係数と、Victoreen、Henke、McMaster等の理論計算から得られた質量吸収係数に基づいて得られた質量吸収端ジャンプ係数とを比較すると、両者は、10%以内の誤差で比較的良く一致していることから、どちらで求めた質量吸収端ジャンプ係数であっても通常は10%以内の誤差で、含有量が0.1wt%以下等の測定条件が悪いものでも20%程度以内の誤差で、適用可能であることが分かった。
【0023】
このような質量吸収端ジャンプ係数を用いて、本法により吸収端を観測することにより、そのエネルギーから元素が分かり、吸収端の低エネルギー側の吸収量と高エネルギー側の吸収量の差により、直接(2)式により当該元素の面密度(Dl(g/cm2))が求められる。
上記(A)で述べた放射光の場合と同様の処理をすれば、さらに精度の高い吸収端ジャンプとそれに基づく精度の高い面密度を求めることができる。
【0024】
本発明では、被測定物に含有される各元素の吸収端ジャンプの測定や面密度等の元素別定量分析に、図1に示されるように、連続X線光源と、エネルギー弁別型検出器(「エネルギー分散型検出器」ともいう。)と、分析装置(図示せず)とを備える元素別定量分析装置を用いる。
【0025】
本発明における連続X線光源は、炭素系冷陰極電子源、チタンよりも原子番号の小さい導電性の軽元素からなり、冷陰極電子源から放出された電子が入射面に入射され、入射方向に対して前方にX線を放出させるターゲット、及び、該ターゲットで発生したX線以外のX線を遮蔽する遮蔽部材(図示せず)を具備する。
【0026】
炭素系冷陰極電子源は、室温においてもカーボンナノ構造体の先端部から電界放出現象により電子を放出するものである。そのような炭素系冷陰極電子源としては、特に限定するものではないが、特許文献2に記載のものが好適に使用できる。
【0027】
ターゲットは、チタンよりも原子番号の小さい導電性の軽元素からなり、冷陰極電子源から放出された電子が入射面に入射され、入射方向に対して前方にX線を放出する。通常の重金属ターゲットを用いるX線管は、電子をターゲットの入射面に垂直または垂直に近い角度で入射し入射面からX線を取り出す反射型の構造をしている。軽元素ターゲットの場合、同じ入射エネルギーで入射した電子は重金属ターゲットよりも内部に侵入し、X線の放出角依存性もエネルギーが高いほど前方のほうが多くなるため、電子をターゲットの入射面に垂直または垂直に近い角度で入射し入射方向に対し後方に放出するX線を利用する反射型の構造では十分なX線量を得ることができない。重金属ターゲットで反射型の構造を用いているのは、透過型にするとターゲット内でのX線自己吸収が多く効率が悪いという理由もある。それに対して、軽元素ターゲットは、X線吸収係数が重金属に比べて極めて低く、ターゲット内での自己吸収は少ない。そこで、本発明では、図1のように透過型のターゲット構造を用いて電子の入射方向に対して前方に放出されるX線を用いるか、入射面に対して45度以下(より好ましくは20度以下)の浅い角度で反射型ターゲットに電子を入射し入射方向に対して前方に放出されるX線を用いる構成とする。どちらの場合も利用するX線の放出角は、好適には電子の入射方向に対して45度以下の角度が良い。また、どちらの場合も電子の入射方向とターゲットの入射面のなす角よりX線の放出方向とターゲットの放出面とのなす角を小さくすれば、実効的な焦点サイズを小さくできる。
【0028】
ターゲットを構成するチタンよりも原子番号の小さい軽元素としては、好適には、ベリリウム、炭素、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素等が挙げられ、それらの元素は、それぞれ単独で用いても良いし、また、張り合わせやコーティングなど複合化物として用いても良いし、さらに、炭化ケイ素等の化合物として用いることもできる。ダイヤモンドやケイ素の結晶は、純度が高い場合は導電性が低いが、ドーピングにより導電性を高めることができる。X線の出力が小さい場合はベリリウムなどを用いることができるが、出力の大きなX線を必要とする場合は融点が高く輻射率も高い炭素が適している。炭素はグラファイト・ダイヤモンド・アモルファス・ダイヤモンドライクカーボン構造などさまざまな構造を取ることができる。これら単体でもターゲットとして使用できるが、ダイヤモンドは高い熱伝導率を有し、グラファイトは高い導電率を有するという異なった特徴があることから、これらを複合化してターゲットを構成しても良い。
【0029】
本発明の透過型のターゲットは、板状体として構成され、その厚みは、入射面と反対の面から必要なX線量が放出されるように設定される。その厚みの数値は、特に限定するものではないが、通常、0.1〜5mm(好適には、0.2〜1mm)とすることができる。透過ターゲットの場合電子ビームの入射方向は、入射面に対し垂直でも前方にX線を出し本発明の効果が得られるが、入射面に対して低角度(例えば、45度以下)で入射すれば、電子ビームのサイズに対してターゲットへの入射面積を大きくでき、冷却が容易になる。本発明の反射型のターゲットは、厚みは限定しない。
【0030】
ターゲットは、冷陰極電子源に対し固定していても良いが、使用中に冷却されやすいように、可動に構成することもできる。例えば、ターゲットが静止している固定のカーボンターゲットの場合、数百から1kW程度までは熱伝導及び熱輻射によって電子ビーム入射によって発生した熱を除去できるが、kW以上のオーダーの出力のX線源では固定ターゲットでは冷却が追い付かない。この場合、ターゲットを可動構造とし、可動している間に熱輻射によって熱を除去すれば出力の高いX線を発生させることができる。そのような可動の態様としては、往復直線移動でも良いし、移動軌跡が円や楕円を描くものでも良い。また、ターゲットを回転可能に構成することもできる。
【0031】
本発明のX線光源は、電子源、ターゲット共に軽元素を用いるため、軽元素の種類に応じた所定値(ターゲットの軽元素として炭素を選択した場合は300eV、ケイ素を選択した場合は1900eV)以上のエネルギー領域において特性X線のピークの無い白色X線がターゲットから放出される(図2参照)。
【0032】
しかし、X線光源の中では、電子はターゲットに入射した後散乱されてX線管の容器に当たり、特性X線を生じたり、ターゲットで発生したX線が容器に当たって蛍光X線を生じたりするものもある。これらのターゲット以外で生じるX線が照射方向へ放射されないように遮蔽するための遮蔽部材を設ける。
【0033】
該遮蔽部材は、ターゲットで発生したX線のみが本発明の連続X線光源の照射域に到達し、ターゲット以外で生じるX線で生じたX線は本発明の連続X線光源の照射域に到達しないように構成されている。
そのような遮蔽部材としては、例えば、モリブデン等のX線吸収係数の高い元素からなり、貫通孔を形成したコリメータを用いることができる。貫通孔としては、径が変化しない直孔であっても良いし、径が変化するテーパ孔であっても良い。適宜のテーパ孔を選択することにより、照射域における照射範囲を適宜に調整することもできる。
【0034】
貫通孔を形成したコリメータ等の遮蔽部材は、ターゲットと照射域との間に設けられ、ターゲットで発生したX線が該貫通孔を通って照射域に到達するように、貫通孔の位置や方向が設定されている。例えば、冷陰極電子源からの電子線はターゲットの入射側表面に垂直に衝突し、その裏面からX線が出射する場合には、該貫通孔の軸線が電子線の進行方向の延長線上になるように該貫通孔が設けられる。そのような設定により、ターゲット以外で生じた前記特性X線や蛍光X線は、該貫通孔に入りにくくなっているし、仮に、該貫通孔に入ることができたとしても、該貫通孔の途中で減衰してしまったりして該貫通孔を通り抜けることが困難となっている。また、仮に、該貫通孔を出る特性X線や蛍光X線があったとしても、その照射方向が該貫通孔の軸線と大きく外れるため、照射域の照射範囲に到達できない。
【0035】
本発明の元素別定量分析装置におけるエネルギー弁別型検出器は、被測定物を透過するX線のX線強度を検出する。エネルギー弁別型検出器は、通常、測定強度の範囲が限られているため、被測定物のX線吸収に応じて、適度の透過X線が検出器に入るように光源強度を調節する必要があるが、X線源の電流、電圧を変えることにより光源強度が変わっても、吸収端ジャンプ量には影響しないため、そのような光源強度の調節が可能である。
【0036】
エネルギー弁別型検出器は、点状の部分を検出するものでも良いが、一次元検出器や二次元検出器とすることもできる。一次元検出器や二次元検出器を用いると、被測定物の元素ごとの密度分布を容易に求めることができるようになる。
また、二次元検出器を用いなくても、試料を二次元で動かして各領域を測定することにより、元素ごとの密度分布図を描くことができる。
被測定物の全体の密度分布図から、被測定物中に含まれる各元素の全量を得ることができる。
さらに被測定物を回転させて得た密度分布図から三次元分布図に変換することも可能である。
【0037】
本発明の元素別定量分析装置における分析装置は、エネルギー弁別型検出器の検出値に基づき被測定物のX線吸収スペクトルにおける含有各元素の吸収端ジャンプ量を求めるとともに、あらかじめ標準試料等で決定した元素別の質量吸収端ジャンプ係数と該含有各元素の吸収端ジャンプ量とに基づき、被測定物に含有される各元素についてX線透過経路上の面密度を求めるもので、入出力部、質量吸収端ジャンプ係数等を記憶するメモリー部、演算部、表示部等を具備するコンピュータとすることができる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこの実施例によって何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で各種の設定調整や設計変更が可能であることは言うまでもない。
【0039】
(実施例1)
図7に産業技術総合研究所のABS樹脂中の有害金属4種(Cr925±30mg/kg,Hg928±38mg/kg,Pb926±24mg/kg,Cd92.1±4.9mg/kg)を含む認証標準物質(CRM8116-a)のディスク(直径30mm厚さ2mm、面積7.0686cm2)一枚(1.47g)を測定した例を示す。含有金属に比べて樹脂の吸収が大きいために、大気中で測定した光源スペクトルを入射X線として用いた場合には測定が困難であるが、金属を含まない樹脂ディスクをブランクとして測定することにより、検出器のダイナミックレンジはほぼ同じになり、積算時間(8000秒)を長くすることにより、微量の金属のスペクトルが測定できた。図8はCr K吸収端、図9はHgおよびPbのL吸収端近傍のスペクトルである。Cdは含有量が少なく本積算時間では吸収端が認められなかった。
Cr(K) CΔμ=486.45cm2/g (McMaster)
Δμ=0.069 Dl=1.4184×10-4g/cm2
ディスク1枚中 1.0026×10-3g,682.067mg/kg,認証値の 74%

Hg(L3) CΔμ=97.459cm2/g (McMaster)
Δμ=0.0153029 Dl=1.5701884×10-4g/cm2
ディスク1枚中 1.1099 ×10-3g,755.036 mg/kg,認証値の 81%

Pb(L3) CΔμ=93.586cm2/g (McMaster)
Δμ=0.017165 Dl=1.8341418×10-4g/cm2
ディスク1枚中 1.29648×10-3g,881.960mg/kg,認証値の 95%
金属の絶対量が微量のため誤差が大きくなったが、認証値に対し20%程度の誤差で一致した。
【0040】
(実施例2)
図10に本発明の元素別定量分析装置の別実施例を示す。結晶分光装置(集光型分光結晶)を用い、連続X線光源からのX線を結晶分光装置で分光し非測定物(試料)に照射することにより、高分解能のX線吸収スペクトルの測定が可能である。これにより吸収端ジャンプによる定量精度が向上し、同時に吸収端の構造から吸収元素の化学状態(酸化数や化学結合状態、配位子など)や局所構造の情報が得られ、化学状態別、局所構造別の定量を行うことが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明によれば、比較的小型の装置によって非破壊で被測定物の元素別定量が簡便に行えるので、材料、部材、デバイス等の開発や、各種製造プロセス等におけるin-situ測定を含む多様な測定に応用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素系冷陰極電子源、チタンよりも原子番号の小さい導電性の軽元素からなり、冷陰極電子源から放出された電子が入射面に入射され、入射方向に対して前方にX線を放出するターゲット、及び、該ターゲットで発生したX線以外のX線を遮蔽する遮蔽部材を具備する連続X線光源からの連続X線を被測定物に照射し、その透過X線をエネルギー弁別型検出器で検出し、被測定物のX線吸収スペクトルにおける含有各元素の吸収端ジャンプ量を求め、あらかじめ標準試料等で決定した元素別の質量吸収端ジャンプ係数と前記含有各元素の吸収端ジャンプ量とに基づき、被測定物に含有される各元素についてX線透過経路上の面密度を求めることを特徴とする元素別定量分析方法。
【請求項2】
前記ターゲットが、炭素、ベリリウム、マグネシウム、アルミニウム、又は、炭化ケイ素からなることを特徴とする請求項1に記載の元素別定量分析方法。
【請求項3】
エネルギー弁別型検出器として面上に並べた二次元検出器を用いるか、又は、被測定物を照射X線に対し直角方向の二次元で動かして各領域を測定することにより、含有元素ごとの密度分布を求める請求項1又は2に記載の元素別定量分析方法。
【請求項4】
炭素系冷陰極電子源、チタンよりも原子番号の小さい導電性の軽元素からなり、冷陰極電子源から放出された電子が入射面に入射され、入射方向に対して前方にX線を放出するターゲット、及び、該ターゲットで発生したX線以外のX線を遮蔽する遮蔽部材を具備し、軽元素の種類に応じた所定値以上のエネルギー領域において特性X線のピークの無い連続X線を被測定物に照射することのできる連続X線光源と、該被測定物を透過するX線のX線強度を検出するエネルギー弁別型検出器と、エネルギー弁別型検出器の検出値に基づき被測定物のX線吸収スペクトルにおける含有各元素の吸収端ジャンプ量を求めるとともに、あらかじめ標準試料等で決定した元素別の質量吸収端ジャンプ係数と該含有各元素の吸収端ジャンプ量とに基づき、被測定物に含有される各元素についてX線透過経路上の面密度を求める分析装置とを備えることを特徴とする元素別定量分析装置。
【請求項5】
連続X線光源からのX線を分光し、分光X線を被測定物に照射する結晶分光装置をさらに備えることを特徴とする請求項4に記載の元素別定量分析装置。
【請求項6】
ターゲットは、板状で、電子の入射面と反対の面からX線を放出するものであることを特徴とする請求項4に記載の元素別定量分析装置。
【請求項7】
ターゲットは、その入射面に対し電子を45度以下の角度で入射するものであることを特徴とする請求項4に記載の元素別定量分析装置。
【請求項8】
前記ターゲットが、炭素、ベリリウム、マグネシウム、アルミニウム、又は、炭化ケイ素からなることを特徴とする請求項4〜7のいずれか1項に記載の元素別定量分析装置。
【請求項9】
エネルギー弁別型検出器として面上に並べた二次元検出器を用い、分析装置が含有元素ごとの密度分布を求める請求項4〜8のいずれか1項に記載の元素別定量分析装置。
【請求項10】
被測定物を照射X線に対し直角方向の二次元で動かす被測定物駆動手段をさらに備え、分析装置が含有元素ごとの密度分布を求める請求項4〜8のいずれか1項に記載の元素別定量分析装置。



【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2012−150026(P2012−150026A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−9463(P2011−9463)
【出願日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人科学技術振興機構委託研究「材料創成に資する動的その場解析のためのX線吸収測定装置に関する調査研究」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】