説明

n型ZnS半導体薄膜

【課題】ZnS薄膜へのAlのドーピングでみられる自己補償効果を抑制し、再現性の高い低抵抗n型ZnS薄膜を提供する。
【解決手段】ZnS結晶中のAl濃度をN濃度よりも高くし、AlとNが互いに第1近接格子点位置に配置されることで、n型ドーパントとして機能するAlとNの複合体を形成する。AlとNの複合体形成の方が、Al単独ドーピングに伴う自己補償に比べてエネルギー利得が大きくなるため、ZnS結晶中でn型ドーパントが安定化し、自己補償の抑制効果やn型ドーパントの濃度増大効果が生まれ、キャリア濃度増大と共に安定したZnS薄膜の低抵抗化が可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学的および電気的デバイス用途の低抵抗n型ZnS(硫化亜鉛)薄膜およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ワイドギャップ半導体として知られているZnS(硫化亜鉛)のキャリア制御についてみると、従来n型伝導性の機能発現は、Al(アルミニウム)やGa(ガリウム)、In(インジウム)、Cl(塩素)、I(沃素)を単独のドーパントとし、単結晶バルクへのドーピングの他、MOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition)やMBE(Molecular Beam Epitaxy)法などを用いた薄膜へのドーピングで報告がなされている。例えば、ZnS単結晶バルクに対するn型伝導性は、融液より成長させたZnS単結晶をZnとAlから成る溶融体中に浸し1000度で4〜80h保持することで発現することが知られており、およそ10〜100Ω・cmの抵抗率を示すことが報告されている(非特許文献1)。また、ZnS(硫化亜鉛)の薄膜に対するn型伝導性では、例えばスパッタリング法によるガラス基板上へのZnS薄膜形成後、イオン注入法によりAlを濃度1at%ドーピングし、真空中でおよそ500度、1hアニールすることで10〜100Ω・cm程度の抵抗率となることが報告されている(非特許文献2)。その他の単独のドーピングを用いた報告例でも抵抗率はおよそ10〜100Ω・cm程度が示されているが、一部の従来例では高い伝導率が報告されている。例えばlow pressure MOPVE(Metal Organic Vapor Phase Epitaxy)を用いて、GaAs(110)基板上にAlをドーピングしたZnS薄膜をエピタキシャル成長させた場合、最も低い値で3x10-2Ω・cmの抵抗率を報告している(非特許文献3)。
【非特許文献1】Shunri Oda et.al.,IEEE Trans.Electron Devices ED−24,956(1977)
【非特許文献2】C.B.Thomas et.al.,Appl.Phys.Letters 38(10),736(1981)
【非特許文献3】T.Yasuda et.al.,J.Crystal Growth,77,485(1986)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、低抵抗n型伝導性ZnS薄膜の従来例は非常に数が少ない他、従来の単独のドーピングを用いた製造方法では、報告される値が10〜100Ω・cmや3x10-2Ω・cm等、ばらつきが大きくn型伝導性ZnS薄膜の低抵抗化に対する再現性が乏しい。一方で、ドーピングを用いた伝導性の発現には、ドーピングに伴うZnS結晶中の自己補償効果との関係が幾つかの文献より指摘されている。Alドーピングに伴う自己補償では、ZnS結晶中の一部のAlはドーピングよって生成されたZn空孔により電荷補償されるため、ドーピングによるキャリアの生成が伴わず低抵抗化が阻害される。ドーピングに伴う自己補償効果がキャリア生成と大きく関わることから、単独ドーピングを用いた従来手法における伝導率のばらつきには、ドーピング時の自己補償効果が大きく関係していると考えられ、伝導率の向上には自己補償効果の低減が課題となっていた。
【0004】
本発明では、III族元素であるAlとV族元素であるNがZnS結晶中で互いに第1近接格子点位置を占有し、結晶中のAlがNよりも高い濃度を有する構成とすることでAlドーピングに伴う自己補償効果を抑制し、低抵抗なn型ZnS薄膜を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記従来の課題を解決する為に、本発明のn型ZnS半導体薄膜はAl元素とN元素を含み、ZnS結晶中のAlがZnS結晶中のNよりも高い濃度を有する構成とする。
【0006】
また、本発明のn型ZnS半導体薄膜は、ZnS結晶中でAlとNが互いに第1近接格子点位置に配置されている構成とする。
【0007】
また、本発明のn型ZnS半導体薄膜は、AlとN元素を含み、ZnS結晶中でAlとNの濃度比が2:1となる構成とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、強い静電相互作用によるAl−N−Alの複合体形成の方が、Al単独ドーピングに伴う自己補償に比べてエネルギー利得が大きくなり、n型ドーパントとなるAl−N−Alの複合体がZnS結晶中で安定に存在できるため、自己補償の抑制効果やn型ドーパントの濃度増大効果が生まれ、キャリア濃度増大が実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下本発明を実施するための最良の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0010】
(実施の形態1)
図1は本発明による実施形態の模式図である。図1において、AlはNよりもZnS結晶中に多く存在し、ZnS結晶中でAlとNが互いに第1近接格子点位置を占有しAl−N−Al複合体を形成することで、n型ドーパントがZnS結晶中で安定化し、自己補償の抑制効果やn型ドーパントの濃度増大効果が生まれ、キャリア濃度増大が実現できる。
【0011】
以下に本発明の形態の特定理由を、第一原理に基づく数値解析法の計算結果にそって説明する。
【0012】
まず、ドーピングによりAlはZnS結晶中のZnの格子点を占有するものとし、Alドーピングによる自己補償効果はZn空孔の生成に因るものとする。Alドーピングに伴うZn空孔の生成はいくつかの論文で報告されている他、本発明者らによる第一原理計算の結果でもZn空孔が生成されやすいことが確認されている。またNについてはZnS結晶中のSの格子点を占有するものとする。第一原理計算を実行するにあたり、Al、N、Zn空孔を単独、または複数組み合わせた欠陥構造を構築し、96個の原子から構成されるZnSのスーパーセルに導入することで計算モデルを組み立てる。また、第一原理計算は、一般化密度勾配近似のもとで平面波基底密度汎関数法を用いて行った。平面波打ち切りエネルギーは400eVとしブリュリアンゾーンにおける数値積分はΓ点で行い、スーパーセルは一定体積のまま、導入された欠陥構造の第2近接格子点以内の原子位置の構造緩和を考慮し、緩和される原子にかかる全残力が0.1eV/Åとなるまで全エネルギーを低下させた。
【0013】
上記の計算条件のもとで、AlとZn空孔間距離、およびAlとN間距離に対する全エネルギーの変化を計算した。図2に、計算結果を第3近接格子点位置の全エネルギーに対する変化量として示す。図2よりAlとZn空孔、およびAlとN共に互いに近接している方が、エネルギー利得が高いことが分かる。さらにAlとNでは互いに近接することにより、AlとZn空孔が互いに近接する場合よりも大きなエネルギー利得が得られることが分かる。この違いは欠陥の幾何学的な配置に起因している。つまり、AlとZn空孔がZnS結晶中のZnの格子点を占有する欠陥であるのに対して、NはZnS結晶中のSの格子点を占有する欠陥であるため、幾何学的な配置よりAlとNの組み合わせの方がより近接した距離で存在でき強い化学結合を形成することになる。
【0014】
さらに、Al−Nの複合体に対してAlを追加し、Al−N複合体とAl間距離に対する全エネルギーの変化を計算した。図3は計算結果であり、Al−N複合体とAlが第3近接格子点位置に存在する場合の全エネルギーに対する変化量として示している。図3より、追加されたAlもAl−Nの複合体中のNに近接するように配置されるとエネルギー利得が大きくなることから、ZnS結晶中のAlとNは、AlとN間の強い化学結合によりAl−N−Alの複合体を形成することがわかる。Al−Nの複合体の場合ではAlが持つn型ドーパントとしての機能と、Nが持つp型ドーパントとしての機能が相殺されてしまいキャリアの発生に寄与しないが、さらにAlが加わりAl−N−Al複合体となることで、ZnS結晶中でn型のドーパントとして機能することができ、n型伝導性の発現に寄与しうる。
【0015】
さらにAl−N−Al複合体形成による自己補償効果の抑制について計算を行った。計算対象とする欠陥構造として、Al−N−Al複合体、自己補償効果として考えられるAl−VZn−Al複合体、比較対象として自己補償を伴わないAlZnを取り上げた。尚、ここではVZnはZn空孔を示し、AlZnはZnS結晶中のZnの格子点を占有したAlを示す。Al−N−Al複合体およびAl−VZn−Al複合体では、図2の計算結果を参考にAlとNまたはZn空孔が第1近接格子点位置に存在している構造を用いて、各欠陥構造に対する形成エネルギーを算出した。計算の際、ZnS結晶中に導入された欠陥の形成エネルギーは、第一原理計算で算出したスーパーセルの全エネルギーを用いて、原子化学ポテンシャルの関数として次式(数1)より導出した。
【0016】
【数1】

【0017】
ここで、nZn,nS,ni,μZn,μS,μiはそれぞれスーパーセル中のZn,S,添加元素(i=AlまたはN)の原子数と化学ポテンシャルを示す。また、Edefectiveは欠陥構造が導入されたスーパーセルの全エネルギーを示す。μZn,μSは次式(数2)によって相関的に変化する。
【0018】
【数2】

【0019】
ここで、μZnSは、バルクZnSの化学ポテンシャルを示し、単位式量当たりのZnSの全エネルギーで算出される。μZn(Metal),μS(solid)はそれぞれバルクZn金属、S固体の1原子当たりの全エネルギーであり、この値をμZn,μSの最大値とした。化学ポテンシャルが(数2)の条件のもとで変化することから、欠陥の形成エネルギーも雰囲気に依存した値となるが(数3)、(数4)に示す2つの極端な状態、即ちSリッチ極限とZnリッチ極限についてそれぞれ計算を行った。
【0020】
【数3】

【0021】
【数4】

【0022】
またμiも固溶限界を越え単体または化合物として偏析しない範囲で様々に変化するが、Alについては硫化物であるAl23、Nは窒素分子を平衡物質とし、ZnSとの平衡状態から不純物の化学ポテンシャルを算出し、欠陥の形成エネルギーの導出に使用した。
【0023】
欠陥の形成エネルギーの計算結果を、Al−VZn−Al複合体の形成エネルギーに対する相対値として図4に示した。図4によれば、自己補償を伴わないAlZnの形成エネルギーは、Al−VZn−Al複合体の形成に比べ高い値を示しており、単独ドーピングではドーピングに伴うZn空孔の形成により電荷補償されることがわかる。この結果は従来例の報告と矛盾しない。一方で、Al−N―Al複合体を形成した場合、特にZnリッチの極限でAl−VZn−Al複合体よりも形成エネルギーが低下しており、Al−VZn−Al複合体の形成でZn空孔による自己補償が抑制されることがわかる。また、形成エネルギーは対象とする欠陥構造を有する場合の固溶エネルギーに相当するため、低い形成エネルギーである程、固溶量が増大することを示す。Al−N−Al複合体は、ZnS結晶中でn型ドーパントとして機能するが、図4から分かるようにAl−N−Al複合体により形成エネルギーが低下することから、Zn空孔による自己補償の抑制効果と共にZnS結晶中のn型ドーパント濃度増大も実現できる。
【0024】
本発明の低抵抗n型伝導性ZnS薄膜は、従来の半導体製造技術や成膜プロセスを利用し、制御されたZn分圧下でZnSにAlおよびNを導入することで製造することができる。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明にかかるAl−N−Al複合体を用いたn型ZnS半導体薄膜は、ドーピング時の自己補償効果の抑制やn型ドーパントの濃度増大効果でキャリア濃度が増大し、安定した薄膜の低抵抗化が可能になるので、例えば広いバンドギャップを活かした発光素子や、紫外線受光素子等の光学的、電気的デバイスとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施の形態1におけるZnS結晶中のAlとNの構造配置を示す摸式図
【図2】ZnS結晶中のAlとZn空孔、AlとNの相対位置を、第1近接格子点間距離から第3近接格子点間距離まで変えた場合の全エネルギーを、第3近接格子点間距離に対する全エネルギーの変化量として示した図
【図3】ZnS結晶中のAl−N複合体とAlの相対位置を、第1近接格子点間距離から第3近接距離まで変えた場合の全エネルギーを、第3近接格子点間距離に対する全エネルギーの変化量として示した図
【図4】ZnS結晶中のAl−N−Al複合体と、Al−VZn−Al複合体とZnの格子点を占有するAlの形成エネルギーを、Zn、Sの化学ポテンシャルについて示した図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al(アルミニウム)とN(窒素)元素を含み、ZnS(硫化亜鉛)結晶中のAlがNよりも高い濃度を有することを特徴とするn型ZnS半導体薄膜。
【請求項2】
ZnS結晶中で、AlとNが互いに第1近接格子点位置に配置されていることを特徴とする請求項1記載のn型ZnS半導体薄膜。
【請求項3】
AlとN元素を含み、ZnS結晶中でAlとNの濃度比が2:1で存在することを特徴とする請求項1または請求項2のn型ZnS半導体薄膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−227503(P2009−227503A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−73283(P2008−73283)
【出願日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】