説明

α−D−グルコピラノシルグリセロール類及びその製造方法及びその用途

【課 題】 α−D−グルコピラノシルグリセロール類及びその効率の良い製造方法及びその用途を提供する。
【解決手段】甘味物質であるα−D−グルコピラノシルグリセロール類は低褐変性、低メイラード反応性、加熱安定性、非う蝕性、難消化性、高い保湿性を有する。グルコース、マルトースなどを含有する糖類とグリセロールとの混合物にα−グルコシダーゼを作用させることにより、グリセロールにグルコシル基を転移させ、α−D−グルコピラノシルグリセロール類を製造する。また、さらに反応液に糖類を連続的に加えることでα−D−グルコピラノシルグリセロール類の濃度を高め、効率良く製造する。α−D−グルコピラノシルグリセロール類は、食品、化成品、医薬品に有効に利用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、すっきりとした甘さを持ち、褐変性やメイラード反応性が極めて低く、優れた加熱安定性があり、且つ、難消化性、非う蝕性、高い保湿性等の機能性を有するα−D−グルコピラノシルグリセロール類及びその効率的な製造方法及びその特性を有効に利用した食品、化成品、医薬品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
麹菌などの多くの糸状菌はα−アミラーゼ、グルコアミラーゼのようなアミラーゼ以外にもα−グルコシダーゼを生産することが知られている。α−グルコシダーゼはエキソ型アミラーゼで、グルコシルトランスフェラーゼ、トランスグルコシダーゼとも呼ばれ、マルトースやオリゴ糖からα−1 ,4結合したグルコース残基を他の物質に転移する作用を持つ。たとえば、転移するグルコシル基の受容体が水、エチルアルコール、グルコース、マルトース、イソマルトースの場合はそれぞれグルコース、エチル−α−グルコシド(公開特許:平4−112798)、イソマルトース、パノース、イソマルトトライオースを生成する。なお、受容体が水の場合、グルコアミラーゼなどの作用に似た加水分解とも見られるので、以後これを加水分解と呼ぶ。
【0003】
清酒醪中でもα−グルコシダーゼの転移作用に関する報告がこれまで多くされているが、本発明者らは糖転移の受容体がグリセロールであるα−D−グルコピラノシルグリセロール類(以後、GGと表記する)を新たに発見し、さらに麹を用いた他の醸造物中、たとえば、みそ、みりんなどもGGを含んでいることが判明した。
【0004】
本発明におけるGGは、(2R)−1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール、(2S)−1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール、2−O−α−D−グルコピラノシルグリセロールの三成分から成るが、このうち2−O−α−D−グルコピラノシルグリセロールだけは、藍藻類(シアノバクテリアとも呼ばれる)、特に海洋などの高塩濃度環境で生息するものに存在し、本発明とは異なる酵素反応により菌体内で生合成され、浸透圧調整に関わっていることが報告されている(Carbohydr.Res.,73,193〜202,1979;Science,210,650〜651,1980;Mar.Biol.,73,301〜307,1983;J.Gen.Microbiol.,130,1〜4,1984;Planta,163,424〜429,1985;Arch.Microbiol.,148,275〜279,1987;Mikrobiologiya,60,596〜600,1991;J.Gen.Microbiol.,140,1427〜1431,1994など)。しかしこれらの報告では、2−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール自体の諸性質は述べられておらず、また1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール類は本発明者らによって清酒醪中から初めて発見されたものである。下にそれぞれの環状構造を示す。
【化1】

【化2】

【化3】

【0005】
清酒中のGGの濃度はせいぜい0.5%程度の低レベルであるが、清酒中のGGは清酒のいわゆる「幅のある味」、「押し味」といった効果をもたらし、すっきりとした甘さを与えていることがわかった。GGの甘味度はシュクロースの約0.55倍であり、またGGは加熱に対して安定で褐変し難く、メイラード反応を起こし難い特性を有す。他にもGGには非う蝕性、難消化性、高い保湿効果が認められ、清酒が飲料以外にも調味料や化粧品として用いられているのは、少なからずこれらのGGの特性が反映していると予想される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
如上のように、清酒中のGG濃度は低レベルで、清酒醸造の副産物である清酒粕中のGG含量も低く、これらからの抽出、精製は効率が悪い。また有機合成法としては、イソマルトース、マルチトールなどを四酢酸鉛や過ヨウ素酸塩でグリコール開裂したものを還元する方法、あるいはKoenigs−Knorr反応により合成したβ−グルコシドをアノメリゼーションした後、β−グルコシダーゼでβ−グルコシドを加水分解する方法などあるが、収率が極めて悪く、精製等が非常に煩雑になる。このように、α−グルコシド類の製造方法には優れた一般的合成方法がなく、効率の良い生産技術が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、カビ類のα−グルコシダーゼを比較的高濃度のグリセロール溶液中で特定の基質に作用させると、優れた反応性を示し、GGを効率良く生産する技術を確立することができた。すなわちα−グルコシダーゼは比較的高濃度の、たとえば重量対容量百分率25%(以下、各濃度は重量対容量百分率で表記する)以上のグリセロール溶液中でも有効に反応し、またこの条件下で基質、たとえばマルトースの加水分解は起こりにくいことがわかった。
【発明の効果】
【0008】
本発明によりGGを安価に大量生産することができるようになった。GGは加熱に対し安定で褐変し難く、メイラード反応を起こし難い。また、非う蝕性、難消化性、高い保湿性が認められ、清酒醪などの麹を用いた醸造物中に存在するGGは呈味物質以外にも機能性物質として広範な利用が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
本発明における基質としてはマルトース以外にも、グルコース、シュクロース、オリゴ糖の混合溶液、水飴、α−アミラーゼなどによる澱粉分解物、マルチトールのような還元性末端を水素添加した糖類を用いることができる。
【0011】
本反応に使用できる酵素はα−1,6−グルコシル転移酵素と呼ばれるα−グルコシダーゼである。酵母由来のα−グルコシダーゼはα−1,4−グルコシル転移酵素がほとんどであるため、利用できるものは一部しかないが、カビ由来のα−グルコシダーゼは大部分が利用でき、中でもAsp.oryzae、Asp.nigerなどの生産するα−グルコシダーゼが好適である。精製酵素はもちろん、粗精製酵素でも使用できる。また、基質と酵素を同時に供給する点では、麹も利用可能である。
【0012】
作用条件は特定ではないが、たとえば作用温度はグリセロール37.5%で24時間反応させた場合、40℃でGGの生産量は最大であったが、30℃においてもその70%の生産量が認められ利用できる。また、さらに低温で実施すると反応速度は低下するが、GGの生産には支障がない。作用pHは3〜6の範囲が好適である。酵素添加量は、基質に5%マルトースを用いて、基質グラム(g)当たり0.6〜50U(国際単位)の範囲で実験したが、2.5U/gを添加すると充分目的を達成する。また、この条件では基質(マルトース)当たりの収率は66%と高いが、反応に使用されたグリセロールが少なく、後の精製過程の効率を上げるためにも、反応液中のGGの濃度を高める方が好ましい。そこで、基質を24時間毎に添加していったところ、連続10回の基質添加でも酵素は安定に作用しGGの濃度を上げることができた。このような連続バッチ処理により生産量を高める方法は、コストや操作性の面から有効である。
【0013】
反応を終了した溶液には、GG以外にもグリセロール、グルコース、オリゴ糖などが存在する。食品などの甘味料、保湿剤、呈味改善剤としてはそのまま使用できる。また、高純度のGGを使用する場合、活性炭カラムクロマトグラフィーなどの精製方法が有効で、溶出液を濃縮すればシロップ状のGGが得られる。さらに、精製したGGの一部を比較的高濃度のアセトニトリル、たとえば85%アセトニトリルを溶出液に用いアミノカラムクロマトグラフィーを行うと、2−O−α−D−グルコピラノシルグリセロールと1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール類を分離、精製することができる。
【0014】
精製したGGを用いて、その特性について調べたところ、GGはグルコース、マルトース、シュクロースに比べ、加熱に対し安定で褐変が少なく、メイラード反応を起こし難いことがわかった。
【0015】
図1にグルコース、マルトース、シュクロース、GGの各10%水溶液の、pH4または7における60分間加熱後の着色度と加熱温度の関係を示した。横軸が加熱温度、縦軸が着色度(厚さ1cmのセルにおける420nmの吸光度から720nmの吸光度を差し引き、希釈倍率を乗じた値)を示す。
【0016】
図2にpHを調整した、0.5%のグリシンを含むグルコース、マルトース、シュクロース、GGの各10%水溶液の100℃、60分間加熱後の着色度とpHの関係を示した。横軸がpH、縦軸が着色度(厚さ1cmのセルにおける420nmの吸光度から720nmの吸光度を差し引き、希釈倍率を乗じた値)を示す。
【0017】
図3にグルコース、マルトース、シュクロース、GGの各10%水溶液のpH4または7における60分間加熱後の残存率をHPLCで測定した結果を示す。横軸が加熱温度、縦軸が残存率を示す。
【0018】
また、1.5〜4%(0.5%刻み)のシュクロース水溶液のうち、5%GG水溶液の甘さに相当するシュクロース濃度を8名のパネラーにより官能検査したところ、シュクロース濃度2.5%の甘さに近いとした者が4名、3%に近いとした者が4名という結果になった。よってGGの甘さはシュクロースの約0.55倍であることがわかり、しかもすっきりとした甘さで、多くの糖アルコールで問題になる苦味は感じられないという良い評価が得られた。他にもGGには非う蝕性、難消化性があり、さらに現在保湿剤として広く使用されているグリセロールやソルビトールに比べ、高い保湿性が認められた。
【0019】
図4はGGの非う蝕性を示す図である。宮村(歯学,60,717〜731,1973)の方法に準じ、水1mlまたは、各1.25%のグルコースまたはGG水溶液1mlに、それぞれハートインフージョンブイヨン1mlと新鮮唾液3mlを添加した溶液について、37℃におけるpHの経時変化を示した。
【0020】
図5はGGの保湿性を示す図である。相対湿度約60%で平衡状態にあるグリセロール、ソルビトール、GGを、相対湿度約35%で放湿または相対湿度約75%で吸湿させた時の重量変化を示す。横軸は時間を、縦軸は重量変化を示す。
【0021】
表1はGGの消化性を示す表である。岡田ら(日本栄養・食糧学会誌,43,23〜29,1990)の方法に準じ、ヒト唾液、人工胃液、ブタ膵臓α−アミラーゼ、ラット小腸粘膜酵素による消化性を示した。
【表1】

【0022】
清酒醪中から初めて発見されたGGは、このように多くの機能を持ち、たとえば甘味料、各種調味料、和洋菓子類、酒類、各種飲料、果実野菜加工食品、畜肉魚肉製品、乳製品、即席食品、冷凍食品、治療食品などの飲食物や練り歯磨き、化粧品などの化成品やうがい剤、内服液などの医薬品への甘味剤、呈味改良剤、矯味剤、保湿剤として有効に利用できる。
【0023】
(作用)
マルトース濃度5%、グリセロール濃度37.5%の溶液にα−グルコシダーゼ2.5U/gを添加し、40℃、24時間反応させた溶液についてGG、グルコース、オリゴ糖をHPLCにより分離定量した。その結果、イソマルトースなどの二糖類やパノース、イソマルトトライオースなどの三糖類以上のオリゴ糖はほとんど生成しておらず、グルコースとGGが主な生成物として認められた。すなわち、このような濃度のグリセリン溶液中では、α−グルコシダーゼによるグルコースやマルトースなどへの糖転移反応が抑制され、新たにグリセロールへの糖転移反応が起こっていることがわかった。
【0024】
表2はマルトース濃度5%、グリセロール濃度37.5%の溶液に、α−グルコシダ−ゼをマルトースグラム当たり2.5U/g添加し、40℃、24時間反応させた溶液の組成をHPLCにより測定した結果を示す表である。
【表2】

【0025】
芳川ら(日本食品工業学会誌,41,878〜885,1994)は、α−グルコシダーゼを用いたエチル−α−グルコシド(以下α−EGと表記する)の製造において、マルトースから2個のグルコースへの加水分解作用と、マルトースからグルコースとα−EGを生成する糖転移作用を比べた場合、後者の糖転移作用が優先するとα−EG/グルコース比の値が大きくなると報告している。そこで同様に、本発明のα−グルコシダーゼによるGG製造においても、基質の加水分解作用よりもGGを生成する糖転移作用が優先した時にはGG/G比(重量比)(以下GG/G比と表記する)が増加すると思われる。加水分解作用と糖転移作用が同じ速さで起こると仮定すれば、2モルのマルトースを基質として、水、グリセロールの各々1モルに作用し、グルコース(分子量180)3モルとGG(分子量254)1モルが生じ、GG/G比は254/(180×3)=0.47となる。表2から求めたGG/G比は約1.3で、0.47を越えており、基質の加水分解よりもグリセロールへの転移反応が優先していた。また、このGG/G比と、基質当たりのGGの収率を指標として、基質濃度とグリセロール濃度について検討した。その結果、基質濃度は低濃度で収率が良かったが、GG/G比は基質濃度5%付近で高く、またグリセロール濃度が50%を越えると収率は低下した。
【0026】
図6は基質濃度とGG収率およびGG/Gの関係を示す図である。各濃度のマルトースを基質として、25%のグリセロール溶液中でカビ由来のα−グルコシダーゼ2.5U/gをpH5で50℃、24時間反応させた溶液をHPLCによりGGとグルコースを定量した結果を示した。横軸は基質濃度、左側の縦軸の数値にて基質当たりのGGの収率を棒グラフで、右側の縦軸の数値にて反応溶液中のGG/G比を折れ線グラフで示す。
【0027】
図7はグリセロール濃度とGG収率およびGG/Gの関係を示す図である。基質としてマルトースを5%、各濃度のグリセロール溶液中でカビ由来のα−グルコシダーゼ2.5U/gをpH5で50℃、24時間反応させた溶液をHPLCによりGGとグルコースを定量した結果を示した。横軸はグリセロール濃度、左側の縦軸の数値にて基質当たりのGGの収率を棒グラフで、右側の縦軸の数値にて反応溶液中のGG/G比を折れ線グラフで示す。
【0028】
精製したGGはエムルシンでは分解されず、マルターゼでグルコースとグリセロールに分解されることから、α−アノマーであることを確認した。さらに、精製したGGをトリメチルシリル(以下、TMSと表記する)化後、キャピラリーガスクロマトグラフィー−質量分析装置(以下、GC−MSと表記する)を用いて分析すると、3つのピークに分離した。後述のようにGGは2−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール(以下、GG−IIと表記する)、(2R)−1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール(以下、R−GG−Iと表記する)、(2S)−1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール(以下、S−GG−Iと表記する)の三成分の混合物であり、これら三成分の比は、たとえば10:49:41であった。
【0029】
上記GC−MSで分離した3つのピークの同定は、化学的に合成したGGを用い、溶出時間とマススペクトルから確認した。GG−IIの合成方法については、マルチトールの過ヨウ素酸塩による短時間のグリコール開裂を利用した。すなわち、マルチトールのグルコピラノシル基の2、3、4位の炭素に結合している水酸基はそれぞれシス配置であり、またそのアグリコンであるソルビトールの炭素間の結合は自由に回転するので、過ヨウ素酸塩によるグリコール開裂はソルビトールの炭素間の方が速く進む。反応が進みすぎるとグルコピラノシル基も開裂が進むので、反応時間を制限する必要がある。そこで、4%マルチトール100μlに2%過ヨウ素酸ナトリウム1mlを添加し、4分間室温で反応させた。反応終了後、塩化バリウムを添加し、生じた過ヨウ素酸バリウムの沈殿をろ別、除去した。さらにイオン交換カラムで脱塩後、水素化ホウ素ナトリウムで還元し、活性炭クロマトグラフィー及びHPLCで精製した。合成したGG−IIをTMS化しGC−MSで分析すると、GGのTMS誘導体の3ピークのうちで初めに溶出するピークのみが認められ、GGのTMS誘導体のピークとマススペクトルも一致した。S−GG−Iについては、Kanedaら(Phytochemistry,23,795〜798,1984)がゲンチオビオースの四酢酸鉛によるグリコール開裂により、リリオシドD((2S)−1−O−β−D−グルコピラノシルグリセロール)を合成した方法を参考にし、イソマルトースの四酢酸鉛によるグリコール開裂を利用した。10%イソマルトース500μlに酢酸5mlと四酢酸鉛140mg(イソマルトースの2モル当量)を加え反応させ、沃素澱粉混液200μlに反応液20μlを添加した時、沃素澱粉混液の色が変わらなくなったところを反応の終点とした。この反応液の大部分の酢酸をロータリーエバポレーターで除去し、さらにイオン交換カラムで脱塩後、GG−IIと同様に還元し、精製した。合成したS−GG−IをTMS化しGC−MSで分析すると、GGのTMS誘導体の3ピークのうちで最後に溶出するピークのみが認められ、GGのTMS誘導体のピークとマススペクトルも一致した。また上記S−GG−Iと同様に、トレハルロースを四酢酸鉛(トレハルロースの1モル当量)によるグリコール開裂後、還元、精製したものをTMS化しGC−MSで分析すると、マススペクトルも一致するS−GG−IのTMS誘導体のピークと、GGのTMS誘導体の3ピークのうちでS−GG−IのTMS誘導体の直前に溶出するピークが認められ、GGのTMS誘導体のピークとマススペクトルが一致した。これら2つのピークを与えるトレハルロースの四酢酸鉛による分解物は1つの化合物(3−O−α−D−グルコピラノシル−2−オキソ−1−プロパナール)であるが、還元反応の際にグリセロールの2位の炭素が(R)、(S)−配置となる2種類の化合物を与える。この2種類の化合物のTMS誘導体のマススペクトルに違いがないことから、GGのTMS誘導体の3つのピークのうちで2番目のピークはR−GG−IのTMS誘導体であることがわかった。
【0030】
図8はGGのTMS誘導体をGC−MSで分析した時のトータルイオンクロマトグラムである。縦軸はフラグメントイオンのトータルイオン強度、横軸は分析時間を示した。各ピークに対応する成分の略号(GG−IIは2−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール、R−GG−Iは(2R)−1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール、S−GG−Iは(2S)−1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール)と括弧内に溶出時間(分)を示した。このクロマトグラムにおける三成分の比(溶出順)は、およそ10:49:41であった。
【0031】
図9は図8のGG−IIに相当するピークより得たGG−IIのTMS誘導体のマススペクトルである。縦軸はイオン強度、横軸はフラグメントイオンの質量数を表す。
【0032】
図10は図8のR−GG−Iに相当するピークより得たR−GG−IのTMS誘導体のマススペクトルである。縦軸はイオン強度、横軸はフラグメントイオンの質量数を表す。
【0033】
図11は図8のS−GG−Iに相当するピークより得たS−GG−IのTMS誘導体のマススペクトルである。縦軸はイオン強度、横軸はフラグメントイオンの質量数を表す。
【0034】
清酒醪中にもこれら三成分が存在したが、GG三成分の比は、たとえば6:66:28であった。この三成分の比の違いについて検討したところ、α−グルコシダーゼの作用によりマルトースとグリセロールから生成するGG三成分のうち、先ずR−GG−I、GG−IIが増加し、それより遅れてS−GG−Iが生成してくる。また、精製したGGにα−アミラーゼ(Bacillus
subtilis由来)やグルコアミラーゼ(Rizopus sp.由来)を作用させてもGGは分解されないが、α−グルコシダーゼを作用させると、先ずR−GG−I、GG−IIから分解が起こり、遅れてS−GG−Iの分解が起こる。すなわち、基質であるマルトースがなくなってくると、見かけ上GGがα−グルコシダーゼの基質となり、GG三成分の比の変化が生じてくる。このようにα−グルコシダーゼの受容体結合部位の選択性や基質認識の違いによって、GG三成分の比が微妙に変化していると思われる。よって、本発明において、GG製造時に基質が減少した際、GG三成分の比は変化するが、GGの加水分解による減少を抑えるために、グリセロール濃度は高めの方が望ましい。また、並行複発酵の清酒醪中では、主に酵母の生産したグリセロールへ麹のα−グルコシダーゼによる糖転移反応が生じGGが生成すると思われるが、同時にグルコースやアルコールなどからイソマルトースやエチル−α−グルコシドの生成などが起こりGGの生成と競合した結果、GG三成分の比が本発明のものと異なっていると考えられる。
【実施例】
【0035】
次に本発明の実施例を製造方法と用途に分けて具体的に示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0036】
(製造方法の実施例1)マルトース1水和物53g(マルトースとして50g)とグリセロール375gを水で溶解し1000mlとし、カビ(Asp.niger)由来の市販α−グルコシダーゼ製剤(トランスグルコシダーゼL−アマノ、天野製薬製、50U/ml)2.5mlを加え、40℃で24時間反応させた。反応液を80℃で10分間加熱して酵素を失活させた後、生じた浮遊物をろ紙(東洋ろ紙No.2)にてろ過し、除去した。
【0037】
このろ液5μlを高速液体クロマトグラフィー(以下、HPLCと表記する)で分析した。HPLCの条件はカラムにShim−pack
SCR−101(N)(内径7.9mm、長さ30cm、島津製作所製)を用い、カラム温度は50℃とし、溶出液には水を用い、流速は毎分0.6ml、検出器に示差屈折率計を用いた。GG濃度は後述の精製GGで約2%の水溶液を作製し、この水溶液と、この水溶液にマルターゼ(酵母由来、オリエンタル酵母製)を加え37℃で一晩反応させた溶液を上記HPLCで測定し、マルターゼの作用によりGGが分解して生成したグルコース濃度と分解し減少したGGのピーク面積とそれぞれの分子量から検量線を作成し算出した。測定の結果、反応ろ液にはGGが3.8%、グルコース3.0%、グリセロール29.5%が含まれ、二糖類以上のオリゴ糖は微量であった。反応ろ液のGG収量は38gで、収率は76%であった。
【0038】
また、反応ろ液1μlをスクリューキャップ付き試験管にとり乾燥デシケーター中に一晩置いた後、TMS化剤(TMSI−C、ジーエルサイエンス製)を100μl加え、60℃で10分反応させた溶液1μlをGC−MS(ヒューレットパッカード製HP5890シリーズIIガスクロマトグラフ、モデル5971A質量検出器)で分析した。GC−MS条件はキャピラリーカラムにDB−225(長さ30m、内径0.25mm、膜厚0.15μm、J&W Scientific製)を用い、キャリアガスにヘリウム(カラム背圧8PSI)、スプリット法(スプリット比1:50)で注入し、注入口温度は240℃、インターフェイス温度は280℃、カラム温度は100℃から200℃まで1分間に5℃の割合で昇温し、次に16分から20分の間に溶出する成分を電子衝撃型イオン化法(電子ビームエネルギー70eV)でイオン化し、質量数70〜650amu(原子質量単位)の範囲を1分間に約1.5回の速さで走査し、マススペクトルを採集した。溶出時間と得られたマススペクトルからそれぞれの成分を確認した。また同時に得られるトータルイオンクロマトグラムのピーク面積の測定結果から、反応ろ液中のGG−II、R−GG−I、S−GG−Iの成分比を算出すると11:41:48であった。
【0039】
反応ろ液をさらに、イオン交換樹脂(アンバーライトMB−2、オルガノ製)を常法に従い、長さ30cmまで充填した内径1.5cmのガラスカラムに通し、除蛋白、脱塩した溶液を得た。この溶液をおよそ半分の量までロータリーエバポレーターで濃縮した。この濃縮液10mlを、クロマトグラフ用活性炭100g及びセライト(No.535)100g(いずれも和光純薬工業製)を常法に従い充填した内径5cmのガラスカラムを用い、活性炭カラムクロマトグラフィーを行った。適宜溶出液を上記HPLCで測定しながら、最初は水で溶出し、グルコースとグリセリンを除去した後、続けて2%アルコールをカラムに通し、GGが単独で溶出した画分を集めた。この活性炭カラムクロマトグラフィーを2回行い、GG溶出画分をロータリーエバポレーターで濃縮すると、無色透明のシロップ状の精製GG約1gが得られた。
【0040】
(製造方法の実施例2)実施例1の24時間反応後の溶液1000mlに、さらにマルトース1水和物53g(マルトースとして50g)のみを添加し、同じ条件で反応させることを繰り返した。α−グルコシダーゼは10日後も安定に作用し、10日間の繰り返しの結果、GGの収量は164gとなり、1回の反応よりも約5倍増加した。
【0041】
図12は、基質を連続して添加することにより、GGの収量が上がったことを示す図である。基質としてマルトースを5%、37.5%グリセロール溶液中でカビ由来のα−グルコシダーゼ2.5U/gをpH5で40℃、24時間反応させた溶液1000mlにさらにマルトースを5%添加し、これを繰り返した。各反応終了時に反応液の一部を取り、HPLCによりGGを定量した結果を示した。横軸はマルトース添加回数と初期反応液1000ml当たりのマルトース添加量の累計、左側の縦軸の数値にて初期反応液1000ml当たりのGGの収量を棒グラフで、右側の縦軸の数値にて基質当たりのGGの収率を折れ線グラフで示す。
【0042】
この反応溶液を製造方法の実施例1で行ったGC−MSにて同様に分析するとGG−II、R−GG−I、S−GG−Iの成分比は9:50:41であった。また製造方法の実施例1で行った活性炭カラムクロマトグラフィー及びGG溶出画分の濃縮を繰り返すことで、無色透明のシロップ状の精製GG140gを得た。
【0043】
(製造方法の実施例3)製造方法の実施例2で得たシロップ状の精製GG約20gを水で30mlとし、その一部をカラムにYMC−Pack
Polyamine II(内径1cm、長さ25cm、ワイエムシイ製)を用いたHPLCに注入した。HPLCの条件は、カラム温度35℃、85%アセトニトリルにより流速毎分3mlで溶出し、示差屈折率計で検出した。溶出してきた2つのピークをそれぞれ集め、ロータリーエバポレーターで濃縮した。それぞれの溶出画分をTMS化後、製造方法の実施例1で行ったGC−MSで分析すると、最初の画分がGG−II、後の画分がR−GG−I、S−GG−Iの混合物であった。このHPLCによる分離及びそれぞれの画分の濃縮操作を繰り返し行い、それぞれシロップ状の精製GG−IIを約1.5g、精製GG−I類を約15g得た。
【0044】
(用途の実施例1 清酒)40%アルコール900ml、無水ブドウ糖50g、粉末水飴70g、製造方法の実施例2で得たシロップ状のGG60g、75%乳酸0.4ml、コハク酸1.1g、グルタミン酸ナトリウム0.2gを水で溶かして1200mlとし、アルコール濃度30%のGG添加調味アルコール液を調製した。また、対照として、40%アルコール900ml、無水ブドウ糖80g、粉末水飴100g、75%乳酸0.4ml、コハク酸1.1g、グルタミン酸ナトリウム0.2gを水で溶かして1200mlとし、アルコール濃度30%の調味アルコール液を調製した。GG添加調味アルコール液1200mlと水500mlまたは対照の調味アルコール液1200mlと水500mlをそれぞれ1250mlの清酒醪に添加し、遠心分離で酒粕を分離し、アルコール約20%の増醸酒を得た。これら各々を火入れ、滓下げ後、アルコール約15%になるように加水し火入れして、GG高含有清酒及び対照の清酒を作製した。これらを5名のパネラーで官能検査した結果、GG高含有清酒は対照の清酒に比べ、「こくがある」、「木目細かく、ソフトである」、「ふくらみがある」、「すっきりとした甘さである」といった良い評価を得た。このように、GGはすっきりとした甘さで深みのある風味を与えること以外にも、GGが難消化性物質であるため、GG高含有清酒はカロリーをやや抑えたものとなった。
【0045】
(用途の実施例2 練り歯磨き)製造方法の実施例2で得たシロップ状のGG5gと第2りん酸カルシウム15g、プルラン1g、ラウリル硫酸ナトリウム0.5g、グリセロール7g、ポリオキシエチレンソルビタンラウレート0.15g、防腐剤20mg、水4 mlを常法により混合し、練り歯磨きを作製した。GGの甘さと非う蝕性を活かした本品は、とりわけ子供用の練り歯磨きに適している。
【0046】
(用途の実施例3 化粧クリーム)製造方法の実施例2で得たシロップ状のGG2gとモノステアリン酸ポリオキシエチレングリコール2g、自己乳化型モノステアリン酸グリセリン5g、α−グルコシルルチン1g、流動パラフィン1g、トリオクタン酸グリセリル10g、防腐剤50mgを常法により加熱溶解し、さらに1,3−ブチレングリコール5g、乳酸2g、精製水66mlを添加し、ホモジナイザーにより乳化後、適量の香料を加え混合し、化粧クリームを作製した。本品はGGの保湿効果により、特に乾燥肌用化粧クリームとして好適である。
【0047】
(用途の実施例4 カルシウム剤)乳酸カルシウム2gを乳鉢ですりつぶし、温湯(精製水)30mlで溶解し、製造方法の実施例2で得たシロップ状のGG4gを加え混合し、カルシウム剤を作製した。本品は小児の発育期におけるカルシウム補給剤として利用できる。本品のように、服用時加温する必要がある内用液剤、とりわけ小児用のものでは、加熱安定性が優れている甘味剤としてGGは好適である。
【0048】
なお、エチル−α−グルコシドにおいて糖転移反応の受容体であるエタノールのように、グルコースとの縮合部位が一個所しかない場合と比べ、グリセロールでは三個所の縮合部位がある。立体選択的グリコシル化反応、特にα−グルコシル化反応は、糖質化学の分野では重要な研究課題の一つになっており、GGはα−グルコシダーゼの受容体結合部位の選択性や基質特異性など、酵素学的にも興味深い物質になる。
【0049】
また、GGは微生物細胞膜構成成分であるグリセロ糖脂質合成の基質になりうる。微生物のグリセロ糖脂質は動植物のものと異なり、構成単糖や結合が多様であり、生合成や分解については一部のものしか明らかになっておらず、これらの生理的役割を解明することは、微生物利用工業の発展につながるものである。さらにGGの一成分である2−O−α−D−グルコピラノシルグリセロールは単離精製が可能であり、一部の藍藻類での浸透圧調整への関与が明確であることからも微生物利用工業分野では興味深い物質となる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】GGの褐変性を示す図である。
【図2】GGのメイラード反応性を示す図である。
【図3】GGの加熱安定性を示す図である。
【図4】GGの非う蝕性を示す図である。
【図5】GGの保湿性を示す図である。
【図6】基質濃度とGG収率およびGG/Gの関係を示す図である。
【図7】グリセロール濃度とGG収率およびGG/Gの関係を示す図である。
【図8】GGのTMS誘導体をGC−MSで分析した時のトータルイオンクロマトグラムである。
【図9】図8のGG−IIに相当するピークより得たGG−IIのTMS誘導体のマススペクトルである。
【図10】図8のR−GG−Iに相当するピークより得たR−GG−IのTMS誘導体のマススペクトルである。
【図11】図8のS−GG−Iに相当するピークより得たS−GG−IのTMS誘導体のマススペクトルである。
【図12】基質を連続して添加することにより、GGの収量が上がったことを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式1、式2または式3
【化1】

【化2】

【化3】

の(2R)−1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール、(2S)−1−O−α−D−グルコピラノシルグリセロール及び2−O−α−D−グルコピラノシルグリセロールの少なくとも1つを含むα−D−グルコピラノシルグリセロール類を主成分とすることを特徴とする保湿剤。
【請求項2】
請求項1に記載の保湿剤を添加した化粧品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−8703(P2006−8703A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−258221(P2005−258221)
【出願日】平成17年9月6日(2005.9.6)
【分割の表示】特願2004−97905(P2004−97905)の分割
【原出願日】平成10年2月2日(1998.2.2)
【出願人】(594027616)辰馬本家酒造株式会社 (7)
【Fターム(参考)】