アダプティブアレーアンテナ装置
【課題】 フェージング変動に対して迅速に追従することが可能なアダプティブアレーアンテナ装置を提供することにある。
【解決手段】 複数のアンテナ、複数のウエイト乗算部、信号合成部、誤差信号導出部、及び、ウエイト演算部を有するアダプティブアレーアンテナ装置において、上記ウエイト演算部は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行う誤差信号評価部と、該誤差信号評価部からの制御命令に従って、最急降下法(LMS)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部と、データベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部と、を有する。
【解決手段】 複数のアンテナ、複数のウエイト乗算部、信号合成部、誤差信号導出部、及び、ウエイト演算部を有するアダプティブアレーアンテナ装置において、上記ウエイト演算部は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行う誤差信号評価部と、該誤差信号評価部からの制御命令に従って、最急降下法(LMS)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部と、データベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部と、を有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアダプティブアレーアンテナ装置に関し、特に、その指向性制御に関する。
【背景技術】
【0002】
移動通信、特に陸上移動通信においては電波伝播路が見通しになることは殆どなく、建物などの反射、回折、散乱によるマルチパスフェージングが発生する。従って、受信局には所望信号と同時に多くの干渉信号が到来する。このような環境にて、受信局が希望信号を高品質に取り出すための一手法としてアダプティブアレーアンテナがよく知られている。
【0003】
アダプティブアレーアンテナとは、一般に、複数個のアンテナを配列し、それらの出力の振幅と位相を制御して合成するシステムを指す。アダプティブアレーアンテナは、各アンテナが持つアンテナ間合成比率(ウエイト)を適切に調整するウエイト演算アルゴリズムを使用する。ウエイト演算アルゴリズムは、指向性パターンを操作し、干渉信号レベルを低減しながら、希望信号を効率的に合成することができる。
【0004】
アダプティブアレーアンテナのウエイト演算アルゴリズムについて現在までに多くのアルゴリズムが提案されている。なかでも、最急降下法(LMS:Least Mean Squares)アルゴリズムは高速にウエイト算出を行うことができるアルゴリズムとして知られており、幅広く用いられている。
【0005】
図11はアダプティブアレーアンテナ装置を利用する電波環境を表す図である。異なるK個の信号が到来する。信号1は希望信号であり、信号2、・・・、信号Kは干渉信号である。アダプティブアレーアンテナ装置は、M個のアンテナを有し、K個の信号から1つの希望信号1を受信する。
【0006】
図12を用いて従来のアダプティブアレーアンテナ装置について説明する。アダプティブアレーアンテナ装置は、複数の(M個の)アンテナ1、各アンテナ1からの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算するウエイト乗算部2、各ウエイト乗算部2からの出力を合成する信号合成部3、参照信号と信号合成部3からの出力信号から誤差信号を導出する誤差信号導出部4、及び、各アンテナ1の受信信号及び誤差信号導出部4からの誤差信号を用いてウエイトを計算し、ウエイト乗算部2に新規ウエイトを供給するウエイト演算部5を有する。
【0007】
図13は、従来のアダプティブアレーアンテナ装置におけるウエイト更新処理の手順を示す。ステップS1にて、受信局の各アンテナ1は受信信号を入力し、ステップS2にて、ウエイト更新アルゴリズムによりウエイト更新処理を行う。以下に、ステップS1及びS2の処理を説明する。受信局の各アンテナ1の受信信号は、次の式の複素信号によって表される。
【0008】
【数1】
【0009】
時刻tにおける受信信号ベクトルX(t)は次式によって表される。
【数2】
【0010】
ここに、Tは転置を表す。k番目のアンテナにおける複素信号 xk(t), yk(t),および複素ウエイトwkは次式の関係にある。
【0011】
【数3】
【0012】
ここで、上付き添字*は複素共役を示す。よって、M個のアンテナを有するアダプティブアレーアンテナ装置の出力は次のように表される。
【0013】
【数4】
【0014】
複素ウエイトベクトルを次の式によって定義する。
【数5】
【0015】
この式を使用すると、数4の式は次のように表される。
【数6】
【0016】
ここで、上付き添字T, Hはそれぞれ転置、複素共役転置を示す。このように、M個のアンテナを有するアダプティブアレーアンテナ装置の出力は数6の式で表される。
【0017】
最小2乗誤差法(MMSE:Minimum Mean Square Error)は従来のアダプティブアレーアンテナの代表的な動作基準であり、評価関数は次式で定義される。
【0018】
【数7】
【0019】
ここで、r(t)は参照信号と呼ばれ、所望のアレー応答を模擬するレプリカである。最小2乗誤差法に基づくアダプティブアレーアンテナ(以下、MMSEアダプティブアレーアンテナと表記する)は、アンテナの指向性パターンを操作するために、予備知識として参照信号を必要とする。e(t)は参照信号と実際の出力との差であり、誤差信号と呼ばれる。なお、E[ ]はアンサンブル平均を表す。
【0020】
信号処理をアナログ的なハードウエアで行う場合には、以上の解析モデルで表されるが、ディジタル計算機やディジタルシグナルプロセッサ(DSP)を用いる場合には、サンプリング操作が必要となる。q番目のサンプリング時刻における信号ベクトル、およびアダプティブアレーアンテナ装置の出力をそれぞれ次式で表す。
【0021】
【数8】
【0022】
【数9】
【0023】
ここに、TSはサンプリング間隔である。信号をサンプリングすると同時に、繰り返しウエイトを制御する場合には、qはサンプリングの番号であるが、繰り返し計算の回数(iteration number)をも意味する。したがって、この場合、q番目のサンプリング時刻におけるウエイトベクトルは次の式によって表される。
【0024】
【数10】
【0025】
アダプティブアレーアンテナ装置の出力は次式で表される。
【数11】
【0026】
MMSEアダプティブアレーアンテナは、最適化アルゴリズムに最急降下法(LMS)アルゴリズムを採用することが多い。数7の式のQ(W) を最小とするウエイトW を求めるのが最適化アルゴリズムの役割である。最急降下法(LMS)アルゴリズムは、繰り返し回数を多く必要とするが、単位当りの計算負荷が小さく確実に評価関数の最小点にたどり着くことができる特徴がある。
【0027】
最急降下法(LMS)アルゴリズムによるウエイト更新式は次のように表せる。
【数12】
【0028】
μはステップサイズと呼ばれ、ウエイト更新の割合を調整する。μが大きいと収束は速いが、収束後の安定性が失われ、逆にμが小さいと収束後の安定性が良く、収束が遅くなる。すなわち、ステップサイズはトレードオフの関係にある収束応答性と定常安定性を制御する値である。なお、数13のウエイト更新式は、数7の式をベクトルによる微分演算法を用いて変形して得られた式を使用すると、数13のウエイト更新式が得られる。
【0029】
【数13】
【0030】
ウエイト演算部5は数13の式に基づきウエイトを演算し、更新を行う。
特許文献1に記載された例では、ウエイトを決定するにあたり、希望信号が到来する前の受信信号を用いて計算可能な演算を先に行い、希望信号の存在する時間において希望信号がなければ出来ない演算を行うよう工夫することで、高速かつ高精度なウエイト演算を可能とする。
【0031】
【特許文献1】特開平15−198448公報
【非特許文献1】菊間信義:“アンテナ・伝播における設計・解析手法 アダプティブアレーアンテナによる適応信号処理,” 科学技術出版, (1998)
【非特許文献1】J.A. Richmond et al.:“Mutual Impedance of Nonplanar-Skew Sinusoidal Dipoles,” IEEE Trans. Antennas Propagat., VOL.AP-23, NO.3, pp.412-414, (May.1975)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0032】
アダプティブアレーアンテナの適応制御アルゴリズムとして、最急降下法(LMS) アルゴリズムは最も一般的である。これは、確実に評価関数の最小点にたどり着くことができる、計算負荷が小さい等の特徴がある。しかし、最急降下法は入射波の到来角が接近している場合、及び、各波の電力比が大きい場合、収束が極端に遅くなるという欠点がある。この問題を克服する方法の一つがサンプル値を用いた直接解法(sample matrix inversion:SMI)であるが、直接解法(SMI)アルゴリズムは計算負荷が大きい欠点がある。
【0033】
本発明の目的は、従来のアダプティブアレーアンテナの収束性を改善し、フェージング環境においてもウエイトを逐次更新することができ、フェージング変動に対して迅速に追従することが可能なアダプティブアレーアンテナ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明によると、複数のアンテナと、上記各アンテナからの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算する複数のウエイト乗算部と、該各ウエイト乗算部からの出力を合成する信号合成部と、参照信号と上記信号合成部からの出力信号から誤差信号を導出する誤差信号導出部と、上記各アンテナの受信信号及び上記誤差信号導出部からの誤差信号を用いてウエイトを計算し、計算したウエイトを上記ウエイト乗算部に供給するウエイト演算部と、を有するアダプティブアレーアンテナ装置において、上記ウエイト演算部は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行う誤差信号評価部と、該誤差信号評価部からの制御命令に従って、最急降下法(LMS)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部と、データベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部と、を有する。
【0035】
本発明の第1の例によると、上記第2ウエイト更新部は、上記誤差信号評価部から制御命令を受信すると、上記アンテナの受信信号より到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部と、該到来方向推定部の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部と、該データキー算出部で算出したデータキーを用いて上記データベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部とを有する。
【0036】
本発明の第2の例によると、上記第2ウエイト更新部は、上記アンテナの受信信号のサンプル入力毎に到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部と、該到来方向推定部の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部と、該データキー算出部からのデータキーを格納するバッファと、上記誤差信号評価部から制御命令を受信すると、上記バッファに格納されたデータキーを用いて上記データベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部とを有する。
【0037】
本発明の他の例によると、第1ウエイト更新部は、最急降下法(LMS)アルゴリズムの代わりに直接解法(SMI)アルゴリズムによってウエイト更新を行う。
【発明の効果】
【0038】
本発明によると、フェージング変動に対して迅速に追従する指向性制御を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
図1は本発明のアダプティブアレーアンテナ装置の概要を説明する図である。本発明のアダプティブアレーアンテナ装置は、複数のアンテナ1、各アンテナ1からの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算するウエイト乗算部2、各ウエイト乗算部2からの出力を合成する信号合成部3、参照信号r(t)と信号合成部3からの出力信号y(t)から誤差信号e(t)を導出する誤差信号導出部4、及び、各アンテナ1の受信信号及び誤差信号導出部からの誤差信号e(t)を用いてウエイトを計算し、ウエイト乗算部2に新規ウエイトを供給するウエイト演算部5を有する。
【0040】
ウエイト演算部5は、最急降下法(LMS)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部5Aとデータベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部5Bを有する。以下に、データベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行うことを、単に、データベース法によるウエイト更新と称する。
【0041】
受信局に設けられたアダプティブアレーアンテナ装置において、各アンテナ1は数1の式の複素信号を受信し、ベースバンド帯域において時間間隔Tsでサンプリングする。サンプリング後の信号は数8の式で表される。
【0042】
本例によると、信号合成のための合成ウエイトを求めるにあたって、一度求めたウエイトを用いて複数アンテナの信号の合成を行い、その合成信号のデータ判定を行う。この判定結果に従い、最急降下法によるウエイト更新を行うか、データベース法によるウエイト更新を行うかを選択する。
【0043】
先ず、最急降下法によるウエイト更新を行う場合を説明する。ウエイトは、前述した従来手法により次式で決定する。
【0044】
【数14】
【0045】
【数15】
【0046】
【数16】
【0047】
e(q),r(q),y(q)は、それぞれ誤差信号、参照信号、及び、出力信号である。数16の式は、数13の式と同一である。
【0048】
データベース法によるウエイト更新を行う方法を説明する。まずビームフォーマ(beamformer)法による到来方向推定を行う。ビームフォーマ法は最も基本的で伝統的な到来方向推定法で、その名の通り、一様励振(uniform)アダプティブアレーアンテナのメインローブ(メーンビーム)を全方向にわたって走査しアレーアンテナの出力電力が大きくなる方向を探す方法である。ビームフォーマ法により得られる角度スペクトラムPBFは次式で表される。
【0049】
【数17】
【0050】
a(θ)はモードベクトル(mode vector)、Rxxは相関行列と呼ばれ、それぞれ次式で定義される。
【0051】
【数18】
【0052】
【数19】
【0053】
ここで、λは到来波の波長、dk(k=1,2,….K)は基準点からk番目のアンテナの位置までの距離であり、E[ ]はアンサンブル平均を表す。メインローブを全方向にわたって走査することで数17の式に示す角度スペクトラムが得られ、得られた角度スペクトラムのピーク位置から到来波1〜到来波K(M≦N)の到来角θ1, θ2,…, θKを推定する。到来角θ1, θ2,…, θKからキーkey1,key2,keykを求める。ここでkはキーの数であり、1≦k≦Kである。
【0054】
【数20】
求めたキーを用いてデータベースよりウエイトを抽出する。
【0055】
【数21】
【0056】
本発明の第1の例によると、信号合成のための合成ウエイトを求めるにあたって、一度求めたウエイトを用いて複数のアンテナ間の信号の合成を行い、その合成信号のデータ判定を行う。この判定結果によって最急降下法によるウエイト更新かデータベース法によるウエイト更新かのいずれかを選択する。
【0057】
図2を参照して、図1に示すウエイト演算部5の第1の例の構成を説明する。ウエイト演算部5は、K個の信号を入力するバッファ101、誤差信号を入力するバッファ102、誤差信号を評価し、最急降下法によるウエイト更新か、それとも、データベース法によるウエイト更新を行うかを判定し、制御命令を出力する誤差信号評価部103、最急降下法によるウエイト更新を行う第1ウエイト更新部5A、データベース法によるウエイト更新を行う第2ウエイト更新部5B、ウエイトデータを格納するウエイトデータベース108、第1ウエイト更新部5Aから送られるウエイト情報を格納するバッファ109、第2ウエイト更新部5Bから送られるウエイト情報を格納するバッファ110、及び、誤差信号評価部103からの制御命令に従ってバッファ109又はバッファ110に格納されているウエイト情報を選択して出力するウエイト情報選択部111を有する。
【0058】
第1ウエイト更新部5Aは、誤差信号評価部103から制御命令を受信した場合に、バッファ101、及び、バッファ102のデータを用いて、最急降下法によるウエイト更新を行うLMS演算処理部104を有する。第2ウエイト更新部5Bは、誤差信号評価部103から制御命令を受信すると、バッファ101のデータを用いて到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部105、到来方向推定部105の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部106、データキー算出部106で算出したデータキーを用いてデータベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部107を有する。
【0059】
次にウエイト演算部5の動作について説明する。数22によって表される入力サンプルはサンプリング間隔Tsでウエイト演算部5に到来し、バッファ101に格納される。
【0060】
【数22】
【0061】
バッファ101に格納された入力情報はLMS演算処理部104と到来方向推定部105に送られる。同様に誤差信号e(q)はサンプリング間隔Tsでウエイト演算部5に到来し、バッファ102に格納される。バッファ102に格納された誤差信号e(q)は誤差信号評価部103に送られる。誤差信号評価部103は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行い、最急降下法によるウエイト更新演算を行うか、データベース法によるウエイト更新を行うかを判定する。この収束状態の判定方法の詳細は、図3のステップS102〜ステップS106である。最急降下法によるウエイト更新演算を行うと決定した場合には、「CASE1実行」の制御命令を生成し、データベース法によるウエイト更新を行うと決定した場合には、「CASE2実行」の制御命令を生成する。
【0062】
LMS演算処理部104は、誤差信号評価部103から「CASE1実行」の制御命令を受信すると、最急降下法(LMS)によるウエイト更新を行う。ウエイト更新の結果はバッファ109に格納される。LMS演算処理部104は、誤差信号評価部103から「CASE2実行」の制御命令を受信した場合には、処理を行わない。
【0063】
到来波到来方向推定部105は、誤差信号評価部103から「CASE2実行」の制御命令を受信すると、到来波1〜到来波kの到来方向推定を行い、その結果をデータキー部106に送信する。データキー部106は、到来波1〜到来波kの到来方向をデータキーに翻訳する。データ抽出部107は、データキー部106からのデータキーを用いてウエイトデータベース108からウエイト情報を取得する。またこの結果はバッファ110に格納される。ウエイト情報選択部111は、誤差信号評価部103からの制御命令に基づきバッファ109に格納されたウエイト情報か、バッファ110に格納されたウエイト情報のいずれかを選択し出力する。ウエイト情報選択部111の出力は、図1に示すウエイト演算部5の出力となる。
【0064】
図3を参照して本発明によるウエイト更新処理手順の第1の例を説明する。ステップS101にて、複数のアンテナ1において受信した複素信号をベースバンド帯域において時間間隔Tsでサンプリングした後、ウエイトに基づいてアンテナ間の信号合成を行い、合成出力y(q)を生成する。数14の式に表されるように、誤差信号e(q)は、参照信号r(q)と合成出力y(q)の差分である。ステップS102〜ステップS106では、得られた誤差信号e(q)を基に収束状態の分類を行う。
【0065】
ステップS102にて、平均2乗誤差の大きさを閾値1と比較する。平均2乗誤差の大きさが閾値1以下のときには、ステップS103にて、収束状態を「収束完了」とし、ステップS107に進む。平均2乗誤差の大きさが閾値1より大きいときには、ステップS104にて、平均2乗誤差の大きさを閾値2と比較する。平均2乗誤差の大きさが閾値2以下のときには、ステップS105にて、収束状態を「収束中」とし、ステップS107に進む。平均2乗誤差の大きさが閾値2より大きいときには、ステップS106にて、収束状態を「収束前」とし、ステップS107に進む。
【0066】
ステップS107にて、最急降下法によるウエイト更新を行うか、データベース法によるウエイト更新を行うかを決定する。q番目のサンプル受信時の収束状態が「収束完了」であり、かつ、直前の収束状態、すなわちq−n番目(nは小さな自然数)のサンプル受信時の収束状態が「収束前」であるとの条件を満たすか否かを判定する。
【0067】
この条件を満たさない場合には、ステップS108に進み、最急降下法によるウエイト更新を行う。この条件を満たす場合にはステップS109、S110、S111に進み、データベース法によるウエイト更新を行う。
【0068】
ステップS109にて、ビームフォーマ法によるビーム走査と走査パターンのピークサーチを行い、到来波の到来角θ1, θ2,…, θKを推定する。ステップS110にて、推定した到来角θ1, θ2,…, θKより、取り出すデータのキーを算出する。
【0069】
ステップS111にて、算出したキーを用いてデータベースよりウエイトを抽出する。抽出したウエイトによって、現在のウエイトを置き換える。抽出したウエイトは次の式によって表される。
【0070】
【数23】
【0071】
図4を参照して、ウエイトデータベース108の作成方法について述べる。このデータベースはアダプティブアレーアンテナ装置を立ち上げる前に事前に作成するが、ここで示す例は、到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角の組み合わせ全てに対して、それぞれ最適ウエイト(Wiener解[1])の計算を行い、到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角の組み合わせ数個のデータを作成する。例えば、到来波の数k=3、各到来波の到来角の範囲を−90°〜90°とし、これを1°刻みに分割すれば、180の3乗個(5832000)個のデータを作成することになる。
【0072】
図4のステップS301〜303、およびステップS306〜308は到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角のループであり、key1,key2,…keykはループ変数であり、ブロック内に書かれている数値は次のような意味である。
変数 = 初期値,終値,増分値
θ1, θ2,…, θKはそれぞれ到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角である。
【0073】
到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角の範囲を-90度〜90度とする。到来角は次の式によって表される。
【0074】
【数24】
到来角の全ての組み合わせに対して、最適ウエイトを計算する。
【0075】
【数25】
【0076】
最適ウエイトの計算は次の式によって行う。
【数26】
【0077】
ここで、Ps は所望波の電力、Pc は干渉波の電力、 Pnは熱雑音の電力、Vs 、Vc はそれぞれ所望波、干渉波のアレー伝播ベクトル、Iは単位行列、Wopt は最適ウエイトであり、ウイナー解(Wiener解)と呼ばれるものである。なお、Vs 、Vc は到来波の周波数およびアンテナの形状を考慮して、Richmondのモーメント法[2]を用いて計算し、Ps 、Pc 、Pn は想定する電波環境に応じて適宜決定する。
【0078】
図5は、本発明の第1の例と従来の装置によるウエイト収束特性を示す。実線は本発明の第1の例によるウエイト収束特性を示し、破線は従来の装置によるウエイト収束特性を示す。アンテナ数はM=9、信号数はK=2である。使用したデータベースは到来波k=2として作成したものである。ここで、横軸は入力サンプル数、縦軸はMSE(平均2乗誤差)である。
【0079】
図6は、図5の計算のシミュレーション条件である電波環境を示す。本例では、100サンプル入力の度に、所望波、干渉波1、干渉波2の到来方向を変化させる。
【0080】
図5より、本発明の第1の実施の形態は従来方式を用いた場合よりもウエイト収束特性が改善することがわかる。図6に示すように、周囲の電波環境は、100サンプル入力の度に、変化するため、MSE(平均2乗誤差)は急激に増加する。従って図3のステップS102の判定処理、およびステップS104の判定処理はいずれもNOとなり、ステップS106に進み、収束状態をstatus(q)=(収束前)に設定する。nサンプル前の時点では収束状態は収束完了となっている、即ちstatus(q−n)=(収束完了)であるため、ステップS107の条件判定はYESとなり、ステップS109、S110、S111のデータベース法によるウエイト更新処理が実施される。
【0081】
本発明は、周囲の電波環境が少しずつ変化する場合よりも急激に変化する場合に、データベース法によるウエイト更新が行なわれる可能性が高い。移動体通信への応用を考えた場合、基地局から見通しである移動局(携帯端末)が周囲の建物に隠れ見通しでなくなる状況は十分考えられ、急激な電波環境の変化は移動体通信において頻繁に起こりうる事象であると考えられる。図7は、このような電波環境において本発明の第1の実施の形態の場合は従来方式を用いた場合よりもウエイト収束特性が改善することを示す。
【0082】
図7は、図5と同様、本発明の第1の例と従来の装置によるウエイト収束特性を示す。本例では、アンテナ数はM=9、信号数はK=3である。図7に示す結果は、データベース作成時に想定した到来波数k=2が実際の到来波数K=3よりも少ないケースである。ここで、横軸は入力サンプル数、縦軸はMSE(平均2乗誤差)である。シミュレーション条件としての周囲の電波環境は図6に示した通りである。
【0083】
図7より本発明の第1の実施の形態は従来方式を用いた場合よりもウエイト収束特性が改善することがわかる。さらに、図5に示した収束性改善の度合いと、図7に示す収束性改善の度合いはほぼ同程度であり、データベース作成時に想定した到来波数kが実際の到来波数Kに満たない場合でも十分収束性が改善されることがわかる。実際にデータベースを作成する際に到来波数kを大きくとると、必要とするメモリ量の増加を招く。データベース作成時に想定する到来波数kを実際の到来波数Kと同程度とすることは現実問題として困難である。しかし、上記の結果はその必要がないこと、すなわちデータベースのデータ量の節約が可能であることを示すものである。
【0084】
図8は、図1に示すウエイト演算部5の第2の例の構成を示すブロック図である。ウエイト演算部5は、K個の信号を入力するバッファ101、誤差信号を入力するバッファ102、誤差信号を評価し、最急降下法によるウエイト更新か、それとも、データベース法によるウエイト更新を行うかを判定し、制御命令を出力する誤差信号評価部103、最急降下法によるウエイト更新を行う第1ウエイト更新部5A、データベース法によるウエイト更新を行う第2ウエイト更新部5B、ウエイトデータを格納するウエイトデータベース108、第1ウエイト更新部5Aから送られるウエイト情報を格納するバッファ109、第2ウエイト更新部5Bから送られるウエイト情報を格納するバッファ110、誤差信号評価部103からの制御命令に従ってバッファ109又はバッファ110に格納されているウエイト情報を選択し出力するウエイト情報選択部111、及び、ウエイトデータベース108のウエイトデータを更新するウエイト情報保存部113を有する。
【0085】
第1ウエイト更新部5Aは、誤差信号評価部103から制御命令を受信した場合に、バッファ101、及び、バッファ102のデータを用いて、最急降下法によるウエイト更新を行うLMS演算処理部104を有する。第2ウエイト更新部5Bは、バッファ101のデータを用いて到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部105、到来方向推定部105の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部106、データキー算出部106からのデータキーを格納するバッファ112、及び、誤差信号評価部103から制御命令を受信した場合に、バッファ112に格納されたデータキーを用いてデータベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部107を有する。
【0086】
本例のウエイト演算部5は、第一の例の場合と異なり、到来方向推定部105は、誤差信号評価部103からの制御命令を受けずに、サンプル入力の度に到来波の到来方向推定処理を行う。データキー算出部106は、同様に、誤差信号評価部103からの制御命令を受けずに、到来波の到来方向よりデータキーを算出し、それを、バッファ112に格納する。即ち、到来波の到来方向推定処理及びデータキーの算出処理は、ウエイト更新処理に対して、並列的に実行される。従って、本例では、全体の処理時間が短縮される。データ抽出部107は、誤差信号評価部103からの制御命令を受けると、ウエイトデータの抽出処理を行う。
【0087】
また本例では、ウエイト情報保存部113は、誤差信号評価部103からの制御命令2(ON/OFF)に従い、ウエイトデータベース108の更新を行う。なお、その他の動作は第一の例の場合と同様である。
【0088】
図9を参照して本発明によるウエイト更新処理手順の第2の例を説明する。本例のウエイト更新処理手順を図3の第1の例と比較すると、ステップS101〜S108までは、図3の第1の例と同様である。ステップS107にて、最急降下法によるウエイト更新を行うか、データベース法によるウエイト更新を行うかを決定する。q番目のサンプル受信時の収束状態が「収束完了」であり、かつ、直前の収束状態、すなわちq−n番目(nは小さな自然数)のサンプル受信時の収束状態が「収束前」であるとの条件を満たすか否かを判定する。この条件を満たさない場合には、ステップS108に進み、最急降下法によるウエイト更新を行う。
【0089】
この条件を満たす場合にはステップS121、及び、S122の処理を行う。ステップS121にて、データキーをバッファから読み込み、ステップS122にて、現在のウエイトを、データベースから取り出したウエイト(数21)で置き換える。
【0090】
ステップS108の最急降下法によるウエイト更新が行われると、ステップS123にて、収束状態が「収束完了」であるか否かの判定を行う。収束状態が「収束完了」でない場合には、即ち、収束状態が収束中または収束前である場合にはデータベースの更新処理は行わない。収束状態が「収束完了」である場合には、ステップS124にて、キーをバッファから読み込み、ステップS125にて、ウエイトデータベースをウエイト(数23)で上書き更新する。
【0091】
これらの処理とは独立に、ステップS126〜S128が並列的に実行される。即ち、ステップS107の収束状態判定処理の結果を用いることなく、サンプル入力の度に、到来波の到来方向推定とデータキー算出を行う。ステップS126のビームフォーマ法による到来波到来方向推定処理及びS127のデータキー算出処理は、図3のステップS109及びS110と同様である。ステップS128にて、算出したデータキーをバッファ112に格納する。こうしてバッファ112に格納されたデータキーは、ステップS121及びS124にて使用される。
【0092】
ステップS123にて、誤差信号評価部103は、ウエイト更新アルゴリズムの収束状態が「収束完了」である場合は制御命令2=ON、収束状態が「収束前」または「収束中」である場合は制御命令2=ON、をウエイト情報保存部103に送信する。ステップS124にて、ウエイト情報保存部103は、制御命令2=ONを受けると、ウエイト情報選択部111から受け取ったウエイト情報と、データキー算出部106から受け取ったキーをウエイトデータベース108に送信する。ステップS125にて、ウエイトデータベース108は、受信したキーの既存データを、ウエイト情報選択部111から受け取ったウエイト情報によって上書きする。これにより、システム動作前に作成したデータベースを、システム動作後に、実際の電波環境に適したものへ逐次更新することが可能となる。
【0093】
本例では、ステップS126のビームフォーマ法による到来波到来方向推定処理及びS127のデータキー算出処理は、ステップS107の収束状態判定処理の結果を用いないから、全体の処理時間が短縮される。以上の処理を、サンプル入力の度ごとに繰り返し実施する。
【0094】
図10は、図1に示すウエイト演算部5の第3の例の構成を示すブロック図である。本例のウエイト演算部5は、LMS演算処理部104の代わりに、SMI演算処理部104Aが設けられている。SMI演算処理部104Aは誤差信号評価部103からCASE1実行の制御命令を受けた場合に直接解法(SMI)アルゴリズムに基づき、バッファ1、バッファ2のデータを用いてウエイト算出を行う。ウエイトの更新は次の式により行う。
【0095】
【数27】
【0096】
Rxxは相関行列、Iは単位行列、βは、0≦β≦1を満たす実数パラメータ(忘却係数)、rxxは相関ベクトルである。数27の式によるウエイト更新アルゴリズムは一般に直接解法SMIと呼ばれる。直接解法SMIは、サンプルされた入力データから相関行列、相関ベクトルを推定し、MMSEアダプティブアレーの最適ウエイトの理論式に代入することによって直接、ウエイトの最適値を求める方法である。この他代表的なウエイト更新アルゴリズムとして再帰的最小2乗法(Recursive Least-Squares:RLS)などが知られている。なお、合成信号のデータ判定の方法、データベースを用いたウエイト更新の方法、及び、ウエイトデータベースの作成方法は第1の例と同様である。
【0097】
以上、本発明の例を説明したが、本発明は上述の例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲にて様々な変更が可能であることは当業者に理解されよう。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】本発明によるアダプティブアレーアンテナ装置の主要部の構成を示す図である。
【図2】本発明によるウエイト演算部の第1の例の構成を示す図である。
【図3】本発明によるウエイト更新処理手順の第1の例を説明するための説明図である。
【図4】本発明によるアダプティブアレーアンテナ装置において、データベースの作成方法を説明するための説明図である。
【図5】本発明の第1の例と従来の装置によるウエイト収束特性を示す図である。
【図6】シミュレーション条件である電波環境を示す図である。
【図7】本発明の第1の例と従来の装置によるウエイト収束特性を示す図である。
【図8】本発明によるウエイト演算部の第2の例の構成を示す図である。本発明によるウエイト演算部の動作について
【図9】本発明によるウエイト更新処理手順の第2の例を説明するための説明図である。
【図10】本発明によるウエイト演算部の第3の例の構成を示す図である。
【図11】アダプティブアレーアンテナ装置の電波環境を示す図である。
【図12】従来のアダプティブアレーアンテナ装置の主要部の構成を示す図である。
【図13】従来のウエイト更新処理手順の例を説明するための説明図である。
【符号の説明】
【0099】
1…アンテナ、2…ウエイト乗算部、3…信号合成部、4…誤差信号導出部、5…ウエイト演算部、5A,5B…ウエイト更新部、101,102…バッファ、103…誤差信号評価部、104…LMS演算処理部、105…到来方向推定部、106…データキー算出部、107…データ抽出部、108…ウエイトデータベース,109,110…バッファ、111…ウエイト情報選択部、112…バッファ、113…ウエイト情報保存部
【技術分野】
【0001】
本発明はアダプティブアレーアンテナ装置に関し、特に、その指向性制御に関する。
【背景技術】
【0002】
移動通信、特に陸上移動通信においては電波伝播路が見通しになることは殆どなく、建物などの反射、回折、散乱によるマルチパスフェージングが発生する。従って、受信局には所望信号と同時に多くの干渉信号が到来する。このような環境にて、受信局が希望信号を高品質に取り出すための一手法としてアダプティブアレーアンテナがよく知られている。
【0003】
アダプティブアレーアンテナとは、一般に、複数個のアンテナを配列し、それらの出力の振幅と位相を制御して合成するシステムを指す。アダプティブアレーアンテナは、各アンテナが持つアンテナ間合成比率(ウエイト)を適切に調整するウエイト演算アルゴリズムを使用する。ウエイト演算アルゴリズムは、指向性パターンを操作し、干渉信号レベルを低減しながら、希望信号を効率的に合成することができる。
【0004】
アダプティブアレーアンテナのウエイト演算アルゴリズムについて現在までに多くのアルゴリズムが提案されている。なかでも、最急降下法(LMS:Least Mean Squares)アルゴリズムは高速にウエイト算出を行うことができるアルゴリズムとして知られており、幅広く用いられている。
【0005】
図11はアダプティブアレーアンテナ装置を利用する電波環境を表す図である。異なるK個の信号が到来する。信号1は希望信号であり、信号2、・・・、信号Kは干渉信号である。アダプティブアレーアンテナ装置は、M個のアンテナを有し、K個の信号から1つの希望信号1を受信する。
【0006】
図12を用いて従来のアダプティブアレーアンテナ装置について説明する。アダプティブアレーアンテナ装置は、複数の(M個の)アンテナ1、各アンテナ1からの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算するウエイト乗算部2、各ウエイト乗算部2からの出力を合成する信号合成部3、参照信号と信号合成部3からの出力信号から誤差信号を導出する誤差信号導出部4、及び、各アンテナ1の受信信号及び誤差信号導出部4からの誤差信号を用いてウエイトを計算し、ウエイト乗算部2に新規ウエイトを供給するウエイト演算部5を有する。
【0007】
図13は、従来のアダプティブアレーアンテナ装置におけるウエイト更新処理の手順を示す。ステップS1にて、受信局の各アンテナ1は受信信号を入力し、ステップS2にて、ウエイト更新アルゴリズムによりウエイト更新処理を行う。以下に、ステップS1及びS2の処理を説明する。受信局の各アンテナ1の受信信号は、次の式の複素信号によって表される。
【0008】
【数1】
【0009】
時刻tにおける受信信号ベクトルX(t)は次式によって表される。
【数2】
【0010】
ここに、Tは転置を表す。k番目のアンテナにおける複素信号 xk(t), yk(t),および複素ウエイトwkは次式の関係にある。
【0011】
【数3】
【0012】
ここで、上付き添字*は複素共役を示す。よって、M個のアンテナを有するアダプティブアレーアンテナ装置の出力は次のように表される。
【0013】
【数4】
【0014】
複素ウエイトベクトルを次の式によって定義する。
【数5】
【0015】
この式を使用すると、数4の式は次のように表される。
【数6】
【0016】
ここで、上付き添字T, Hはそれぞれ転置、複素共役転置を示す。このように、M個のアンテナを有するアダプティブアレーアンテナ装置の出力は数6の式で表される。
【0017】
最小2乗誤差法(MMSE:Minimum Mean Square Error)は従来のアダプティブアレーアンテナの代表的な動作基準であり、評価関数は次式で定義される。
【0018】
【数7】
【0019】
ここで、r(t)は参照信号と呼ばれ、所望のアレー応答を模擬するレプリカである。最小2乗誤差法に基づくアダプティブアレーアンテナ(以下、MMSEアダプティブアレーアンテナと表記する)は、アンテナの指向性パターンを操作するために、予備知識として参照信号を必要とする。e(t)は参照信号と実際の出力との差であり、誤差信号と呼ばれる。なお、E[ ]はアンサンブル平均を表す。
【0020】
信号処理をアナログ的なハードウエアで行う場合には、以上の解析モデルで表されるが、ディジタル計算機やディジタルシグナルプロセッサ(DSP)を用いる場合には、サンプリング操作が必要となる。q番目のサンプリング時刻における信号ベクトル、およびアダプティブアレーアンテナ装置の出力をそれぞれ次式で表す。
【0021】
【数8】
【0022】
【数9】
【0023】
ここに、TSはサンプリング間隔である。信号をサンプリングすると同時に、繰り返しウエイトを制御する場合には、qはサンプリングの番号であるが、繰り返し計算の回数(iteration number)をも意味する。したがって、この場合、q番目のサンプリング時刻におけるウエイトベクトルは次の式によって表される。
【0024】
【数10】
【0025】
アダプティブアレーアンテナ装置の出力は次式で表される。
【数11】
【0026】
MMSEアダプティブアレーアンテナは、最適化アルゴリズムに最急降下法(LMS)アルゴリズムを採用することが多い。数7の式のQ(W) を最小とするウエイトW を求めるのが最適化アルゴリズムの役割である。最急降下法(LMS)アルゴリズムは、繰り返し回数を多く必要とするが、単位当りの計算負荷が小さく確実に評価関数の最小点にたどり着くことができる特徴がある。
【0027】
最急降下法(LMS)アルゴリズムによるウエイト更新式は次のように表せる。
【数12】
【0028】
μはステップサイズと呼ばれ、ウエイト更新の割合を調整する。μが大きいと収束は速いが、収束後の安定性が失われ、逆にμが小さいと収束後の安定性が良く、収束が遅くなる。すなわち、ステップサイズはトレードオフの関係にある収束応答性と定常安定性を制御する値である。なお、数13のウエイト更新式は、数7の式をベクトルによる微分演算法を用いて変形して得られた式を使用すると、数13のウエイト更新式が得られる。
【0029】
【数13】
【0030】
ウエイト演算部5は数13の式に基づきウエイトを演算し、更新を行う。
特許文献1に記載された例では、ウエイトを決定するにあたり、希望信号が到来する前の受信信号を用いて計算可能な演算を先に行い、希望信号の存在する時間において希望信号がなければ出来ない演算を行うよう工夫することで、高速かつ高精度なウエイト演算を可能とする。
【0031】
【特許文献1】特開平15−198448公報
【非特許文献1】菊間信義:“アンテナ・伝播における設計・解析手法 アダプティブアレーアンテナによる適応信号処理,” 科学技術出版, (1998)
【非特許文献1】J.A. Richmond et al.:“Mutual Impedance of Nonplanar-Skew Sinusoidal Dipoles,” IEEE Trans. Antennas Propagat., VOL.AP-23, NO.3, pp.412-414, (May.1975)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0032】
アダプティブアレーアンテナの適応制御アルゴリズムとして、最急降下法(LMS) アルゴリズムは最も一般的である。これは、確実に評価関数の最小点にたどり着くことができる、計算負荷が小さい等の特徴がある。しかし、最急降下法は入射波の到来角が接近している場合、及び、各波の電力比が大きい場合、収束が極端に遅くなるという欠点がある。この問題を克服する方法の一つがサンプル値を用いた直接解法(sample matrix inversion:SMI)であるが、直接解法(SMI)アルゴリズムは計算負荷が大きい欠点がある。
【0033】
本発明の目的は、従来のアダプティブアレーアンテナの収束性を改善し、フェージング環境においてもウエイトを逐次更新することができ、フェージング変動に対して迅速に追従することが可能なアダプティブアレーアンテナ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明によると、複数のアンテナと、上記各アンテナからの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算する複数のウエイト乗算部と、該各ウエイト乗算部からの出力を合成する信号合成部と、参照信号と上記信号合成部からの出力信号から誤差信号を導出する誤差信号導出部と、上記各アンテナの受信信号及び上記誤差信号導出部からの誤差信号を用いてウエイトを計算し、計算したウエイトを上記ウエイト乗算部に供給するウエイト演算部と、を有するアダプティブアレーアンテナ装置において、上記ウエイト演算部は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行う誤差信号評価部と、該誤差信号評価部からの制御命令に従って、最急降下法(LMS)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部と、データベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部と、を有する。
【0035】
本発明の第1の例によると、上記第2ウエイト更新部は、上記誤差信号評価部から制御命令を受信すると、上記アンテナの受信信号より到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部と、該到来方向推定部の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部と、該データキー算出部で算出したデータキーを用いて上記データベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部とを有する。
【0036】
本発明の第2の例によると、上記第2ウエイト更新部は、上記アンテナの受信信号のサンプル入力毎に到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部と、該到来方向推定部の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部と、該データキー算出部からのデータキーを格納するバッファと、上記誤差信号評価部から制御命令を受信すると、上記バッファに格納されたデータキーを用いて上記データベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部とを有する。
【0037】
本発明の他の例によると、第1ウエイト更新部は、最急降下法(LMS)アルゴリズムの代わりに直接解法(SMI)アルゴリズムによってウエイト更新を行う。
【発明の効果】
【0038】
本発明によると、フェージング変動に対して迅速に追従する指向性制御を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
図1は本発明のアダプティブアレーアンテナ装置の概要を説明する図である。本発明のアダプティブアレーアンテナ装置は、複数のアンテナ1、各アンテナ1からの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算するウエイト乗算部2、各ウエイト乗算部2からの出力を合成する信号合成部3、参照信号r(t)と信号合成部3からの出力信号y(t)から誤差信号e(t)を導出する誤差信号導出部4、及び、各アンテナ1の受信信号及び誤差信号導出部からの誤差信号e(t)を用いてウエイトを計算し、ウエイト乗算部2に新規ウエイトを供給するウエイト演算部5を有する。
【0040】
ウエイト演算部5は、最急降下法(LMS)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部5Aとデータベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部5Bを有する。以下に、データベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行うことを、単に、データベース法によるウエイト更新と称する。
【0041】
受信局に設けられたアダプティブアレーアンテナ装置において、各アンテナ1は数1の式の複素信号を受信し、ベースバンド帯域において時間間隔Tsでサンプリングする。サンプリング後の信号は数8の式で表される。
【0042】
本例によると、信号合成のための合成ウエイトを求めるにあたって、一度求めたウエイトを用いて複数アンテナの信号の合成を行い、その合成信号のデータ判定を行う。この判定結果に従い、最急降下法によるウエイト更新を行うか、データベース法によるウエイト更新を行うかを選択する。
【0043】
先ず、最急降下法によるウエイト更新を行う場合を説明する。ウエイトは、前述した従来手法により次式で決定する。
【0044】
【数14】
【0045】
【数15】
【0046】
【数16】
【0047】
e(q),r(q),y(q)は、それぞれ誤差信号、参照信号、及び、出力信号である。数16の式は、数13の式と同一である。
【0048】
データベース法によるウエイト更新を行う方法を説明する。まずビームフォーマ(beamformer)法による到来方向推定を行う。ビームフォーマ法は最も基本的で伝統的な到来方向推定法で、その名の通り、一様励振(uniform)アダプティブアレーアンテナのメインローブ(メーンビーム)を全方向にわたって走査しアレーアンテナの出力電力が大きくなる方向を探す方法である。ビームフォーマ法により得られる角度スペクトラムPBFは次式で表される。
【0049】
【数17】
【0050】
a(θ)はモードベクトル(mode vector)、Rxxは相関行列と呼ばれ、それぞれ次式で定義される。
【0051】
【数18】
【0052】
【数19】
【0053】
ここで、λは到来波の波長、dk(k=1,2,….K)は基準点からk番目のアンテナの位置までの距離であり、E[ ]はアンサンブル平均を表す。メインローブを全方向にわたって走査することで数17の式に示す角度スペクトラムが得られ、得られた角度スペクトラムのピーク位置から到来波1〜到来波K(M≦N)の到来角θ1, θ2,…, θKを推定する。到来角θ1, θ2,…, θKからキーkey1,key2,keykを求める。ここでkはキーの数であり、1≦k≦Kである。
【0054】
【数20】
求めたキーを用いてデータベースよりウエイトを抽出する。
【0055】
【数21】
【0056】
本発明の第1の例によると、信号合成のための合成ウエイトを求めるにあたって、一度求めたウエイトを用いて複数のアンテナ間の信号の合成を行い、その合成信号のデータ判定を行う。この判定結果によって最急降下法によるウエイト更新かデータベース法によるウエイト更新かのいずれかを選択する。
【0057】
図2を参照して、図1に示すウエイト演算部5の第1の例の構成を説明する。ウエイト演算部5は、K個の信号を入力するバッファ101、誤差信号を入力するバッファ102、誤差信号を評価し、最急降下法によるウエイト更新か、それとも、データベース法によるウエイト更新を行うかを判定し、制御命令を出力する誤差信号評価部103、最急降下法によるウエイト更新を行う第1ウエイト更新部5A、データベース法によるウエイト更新を行う第2ウエイト更新部5B、ウエイトデータを格納するウエイトデータベース108、第1ウエイト更新部5Aから送られるウエイト情報を格納するバッファ109、第2ウエイト更新部5Bから送られるウエイト情報を格納するバッファ110、及び、誤差信号評価部103からの制御命令に従ってバッファ109又はバッファ110に格納されているウエイト情報を選択して出力するウエイト情報選択部111を有する。
【0058】
第1ウエイト更新部5Aは、誤差信号評価部103から制御命令を受信した場合に、バッファ101、及び、バッファ102のデータを用いて、最急降下法によるウエイト更新を行うLMS演算処理部104を有する。第2ウエイト更新部5Bは、誤差信号評価部103から制御命令を受信すると、バッファ101のデータを用いて到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部105、到来方向推定部105の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部106、データキー算出部106で算出したデータキーを用いてデータベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部107を有する。
【0059】
次にウエイト演算部5の動作について説明する。数22によって表される入力サンプルはサンプリング間隔Tsでウエイト演算部5に到来し、バッファ101に格納される。
【0060】
【数22】
【0061】
バッファ101に格納された入力情報はLMS演算処理部104と到来方向推定部105に送られる。同様に誤差信号e(q)はサンプリング間隔Tsでウエイト演算部5に到来し、バッファ102に格納される。バッファ102に格納された誤差信号e(q)は誤差信号評価部103に送られる。誤差信号評価部103は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行い、最急降下法によるウエイト更新演算を行うか、データベース法によるウエイト更新を行うかを判定する。この収束状態の判定方法の詳細は、図3のステップS102〜ステップS106である。最急降下法によるウエイト更新演算を行うと決定した場合には、「CASE1実行」の制御命令を生成し、データベース法によるウエイト更新を行うと決定した場合には、「CASE2実行」の制御命令を生成する。
【0062】
LMS演算処理部104は、誤差信号評価部103から「CASE1実行」の制御命令を受信すると、最急降下法(LMS)によるウエイト更新を行う。ウエイト更新の結果はバッファ109に格納される。LMS演算処理部104は、誤差信号評価部103から「CASE2実行」の制御命令を受信した場合には、処理を行わない。
【0063】
到来波到来方向推定部105は、誤差信号評価部103から「CASE2実行」の制御命令を受信すると、到来波1〜到来波kの到来方向推定を行い、その結果をデータキー部106に送信する。データキー部106は、到来波1〜到来波kの到来方向をデータキーに翻訳する。データ抽出部107は、データキー部106からのデータキーを用いてウエイトデータベース108からウエイト情報を取得する。またこの結果はバッファ110に格納される。ウエイト情報選択部111は、誤差信号評価部103からの制御命令に基づきバッファ109に格納されたウエイト情報か、バッファ110に格納されたウエイト情報のいずれかを選択し出力する。ウエイト情報選択部111の出力は、図1に示すウエイト演算部5の出力となる。
【0064】
図3を参照して本発明によるウエイト更新処理手順の第1の例を説明する。ステップS101にて、複数のアンテナ1において受信した複素信号をベースバンド帯域において時間間隔Tsでサンプリングした後、ウエイトに基づいてアンテナ間の信号合成を行い、合成出力y(q)を生成する。数14の式に表されるように、誤差信号e(q)は、参照信号r(q)と合成出力y(q)の差分である。ステップS102〜ステップS106では、得られた誤差信号e(q)を基に収束状態の分類を行う。
【0065】
ステップS102にて、平均2乗誤差の大きさを閾値1と比較する。平均2乗誤差の大きさが閾値1以下のときには、ステップS103にて、収束状態を「収束完了」とし、ステップS107に進む。平均2乗誤差の大きさが閾値1より大きいときには、ステップS104にて、平均2乗誤差の大きさを閾値2と比較する。平均2乗誤差の大きさが閾値2以下のときには、ステップS105にて、収束状態を「収束中」とし、ステップS107に進む。平均2乗誤差の大きさが閾値2より大きいときには、ステップS106にて、収束状態を「収束前」とし、ステップS107に進む。
【0066】
ステップS107にて、最急降下法によるウエイト更新を行うか、データベース法によるウエイト更新を行うかを決定する。q番目のサンプル受信時の収束状態が「収束完了」であり、かつ、直前の収束状態、すなわちq−n番目(nは小さな自然数)のサンプル受信時の収束状態が「収束前」であるとの条件を満たすか否かを判定する。
【0067】
この条件を満たさない場合には、ステップS108に進み、最急降下法によるウエイト更新を行う。この条件を満たす場合にはステップS109、S110、S111に進み、データベース法によるウエイト更新を行う。
【0068】
ステップS109にて、ビームフォーマ法によるビーム走査と走査パターンのピークサーチを行い、到来波の到来角θ1, θ2,…, θKを推定する。ステップS110にて、推定した到来角θ1, θ2,…, θKより、取り出すデータのキーを算出する。
【0069】
ステップS111にて、算出したキーを用いてデータベースよりウエイトを抽出する。抽出したウエイトによって、現在のウエイトを置き換える。抽出したウエイトは次の式によって表される。
【0070】
【数23】
【0071】
図4を参照して、ウエイトデータベース108の作成方法について述べる。このデータベースはアダプティブアレーアンテナ装置を立ち上げる前に事前に作成するが、ここで示す例は、到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角の組み合わせ全てに対して、それぞれ最適ウエイト(Wiener解[1])の計算を行い、到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角の組み合わせ数個のデータを作成する。例えば、到来波の数k=3、各到来波の到来角の範囲を−90°〜90°とし、これを1°刻みに分割すれば、180の3乗個(5832000)個のデータを作成することになる。
【0072】
図4のステップS301〜303、およびステップS306〜308は到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角のループであり、key1,key2,…keykはループ変数であり、ブロック内に書かれている数値は次のような意味である。
変数 = 初期値,終値,増分値
θ1, θ2,…, θKはそれぞれ到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角である。
【0073】
到来波1、到来波2、・・・、到来波kの到来角の範囲を-90度〜90度とする。到来角は次の式によって表される。
【0074】
【数24】
到来角の全ての組み合わせに対して、最適ウエイトを計算する。
【0075】
【数25】
【0076】
最適ウエイトの計算は次の式によって行う。
【数26】
【0077】
ここで、Ps は所望波の電力、Pc は干渉波の電力、 Pnは熱雑音の電力、Vs 、Vc はそれぞれ所望波、干渉波のアレー伝播ベクトル、Iは単位行列、Wopt は最適ウエイトであり、ウイナー解(Wiener解)と呼ばれるものである。なお、Vs 、Vc は到来波の周波数およびアンテナの形状を考慮して、Richmondのモーメント法[2]を用いて計算し、Ps 、Pc 、Pn は想定する電波環境に応じて適宜決定する。
【0078】
図5は、本発明の第1の例と従来の装置によるウエイト収束特性を示す。実線は本発明の第1の例によるウエイト収束特性を示し、破線は従来の装置によるウエイト収束特性を示す。アンテナ数はM=9、信号数はK=2である。使用したデータベースは到来波k=2として作成したものである。ここで、横軸は入力サンプル数、縦軸はMSE(平均2乗誤差)である。
【0079】
図6は、図5の計算のシミュレーション条件である電波環境を示す。本例では、100サンプル入力の度に、所望波、干渉波1、干渉波2の到来方向を変化させる。
【0080】
図5より、本発明の第1の実施の形態は従来方式を用いた場合よりもウエイト収束特性が改善することがわかる。図6に示すように、周囲の電波環境は、100サンプル入力の度に、変化するため、MSE(平均2乗誤差)は急激に増加する。従って図3のステップS102の判定処理、およびステップS104の判定処理はいずれもNOとなり、ステップS106に進み、収束状態をstatus(q)=(収束前)に設定する。nサンプル前の時点では収束状態は収束完了となっている、即ちstatus(q−n)=(収束完了)であるため、ステップS107の条件判定はYESとなり、ステップS109、S110、S111のデータベース法によるウエイト更新処理が実施される。
【0081】
本発明は、周囲の電波環境が少しずつ変化する場合よりも急激に変化する場合に、データベース法によるウエイト更新が行なわれる可能性が高い。移動体通信への応用を考えた場合、基地局から見通しである移動局(携帯端末)が周囲の建物に隠れ見通しでなくなる状況は十分考えられ、急激な電波環境の変化は移動体通信において頻繁に起こりうる事象であると考えられる。図7は、このような電波環境において本発明の第1の実施の形態の場合は従来方式を用いた場合よりもウエイト収束特性が改善することを示す。
【0082】
図7は、図5と同様、本発明の第1の例と従来の装置によるウエイト収束特性を示す。本例では、アンテナ数はM=9、信号数はK=3である。図7に示す結果は、データベース作成時に想定した到来波数k=2が実際の到来波数K=3よりも少ないケースである。ここで、横軸は入力サンプル数、縦軸はMSE(平均2乗誤差)である。シミュレーション条件としての周囲の電波環境は図6に示した通りである。
【0083】
図7より本発明の第1の実施の形態は従来方式を用いた場合よりもウエイト収束特性が改善することがわかる。さらに、図5に示した収束性改善の度合いと、図7に示す収束性改善の度合いはほぼ同程度であり、データベース作成時に想定した到来波数kが実際の到来波数Kに満たない場合でも十分収束性が改善されることがわかる。実際にデータベースを作成する際に到来波数kを大きくとると、必要とするメモリ量の増加を招く。データベース作成時に想定する到来波数kを実際の到来波数Kと同程度とすることは現実問題として困難である。しかし、上記の結果はその必要がないこと、すなわちデータベースのデータ量の節約が可能であることを示すものである。
【0084】
図8は、図1に示すウエイト演算部5の第2の例の構成を示すブロック図である。ウエイト演算部5は、K個の信号を入力するバッファ101、誤差信号を入力するバッファ102、誤差信号を評価し、最急降下法によるウエイト更新か、それとも、データベース法によるウエイト更新を行うかを判定し、制御命令を出力する誤差信号評価部103、最急降下法によるウエイト更新を行う第1ウエイト更新部5A、データベース法によるウエイト更新を行う第2ウエイト更新部5B、ウエイトデータを格納するウエイトデータベース108、第1ウエイト更新部5Aから送られるウエイト情報を格納するバッファ109、第2ウエイト更新部5Bから送られるウエイト情報を格納するバッファ110、誤差信号評価部103からの制御命令に従ってバッファ109又はバッファ110に格納されているウエイト情報を選択し出力するウエイト情報選択部111、及び、ウエイトデータベース108のウエイトデータを更新するウエイト情報保存部113を有する。
【0085】
第1ウエイト更新部5Aは、誤差信号評価部103から制御命令を受信した場合に、バッファ101、及び、バッファ102のデータを用いて、最急降下法によるウエイト更新を行うLMS演算処理部104を有する。第2ウエイト更新部5Bは、バッファ101のデータを用いて到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部105、到来方向推定部105の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部106、データキー算出部106からのデータキーを格納するバッファ112、及び、誤差信号評価部103から制御命令を受信した場合に、バッファ112に格納されたデータキーを用いてデータベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部107を有する。
【0086】
本例のウエイト演算部5は、第一の例の場合と異なり、到来方向推定部105は、誤差信号評価部103からの制御命令を受けずに、サンプル入力の度に到来波の到来方向推定処理を行う。データキー算出部106は、同様に、誤差信号評価部103からの制御命令を受けずに、到来波の到来方向よりデータキーを算出し、それを、バッファ112に格納する。即ち、到来波の到来方向推定処理及びデータキーの算出処理は、ウエイト更新処理に対して、並列的に実行される。従って、本例では、全体の処理時間が短縮される。データ抽出部107は、誤差信号評価部103からの制御命令を受けると、ウエイトデータの抽出処理を行う。
【0087】
また本例では、ウエイト情報保存部113は、誤差信号評価部103からの制御命令2(ON/OFF)に従い、ウエイトデータベース108の更新を行う。なお、その他の動作は第一の例の場合と同様である。
【0088】
図9を参照して本発明によるウエイト更新処理手順の第2の例を説明する。本例のウエイト更新処理手順を図3の第1の例と比較すると、ステップS101〜S108までは、図3の第1の例と同様である。ステップS107にて、最急降下法によるウエイト更新を行うか、データベース法によるウエイト更新を行うかを決定する。q番目のサンプル受信時の収束状態が「収束完了」であり、かつ、直前の収束状態、すなわちq−n番目(nは小さな自然数)のサンプル受信時の収束状態が「収束前」であるとの条件を満たすか否かを判定する。この条件を満たさない場合には、ステップS108に進み、最急降下法によるウエイト更新を行う。
【0089】
この条件を満たす場合にはステップS121、及び、S122の処理を行う。ステップS121にて、データキーをバッファから読み込み、ステップS122にて、現在のウエイトを、データベースから取り出したウエイト(数21)で置き換える。
【0090】
ステップS108の最急降下法によるウエイト更新が行われると、ステップS123にて、収束状態が「収束完了」であるか否かの判定を行う。収束状態が「収束完了」でない場合には、即ち、収束状態が収束中または収束前である場合にはデータベースの更新処理は行わない。収束状態が「収束完了」である場合には、ステップS124にて、キーをバッファから読み込み、ステップS125にて、ウエイトデータベースをウエイト(数23)で上書き更新する。
【0091】
これらの処理とは独立に、ステップS126〜S128が並列的に実行される。即ち、ステップS107の収束状態判定処理の結果を用いることなく、サンプル入力の度に、到来波の到来方向推定とデータキー算出を行う。ステップS126のビームフォーマ法による到来波到来方向推定処理及びS127のデータキー算出処理は、図3のステップS109及びS110と同様である。ステップS128にて、算出したデータキーをバッファ112に格納する。こうしてバッファ112に格納されたデータキーは、ステップS121及びS124にて使用される。
【0092】
ステップS123にて、誤差信号評価部103は、ウエイト更新アルゴリズムの収束状態が「収束完了」である場合は制御命令2=ON、収束状態が「収束前」または「収束中」である場合は制御命令2=ON、をウエイト情報保存部103に送信する。ステップS124にて、ウエイト情報保存部103は、制御命令2=ONを受けると、ウエイト情報選択部111から受け取ったウエイト情報と、データキー算出部106から受け取ったキーをウエイトデータベース108に送信する。ステップS125にて、ウエイトデータベース108は、受信したキーの既存データを、ウエイト情報選択部111から受け取ったウエイト情報によって上書きする。これにより、システム動作前に作成したデータベースを、システム動作後に、実際の電波環境に適したものへ逐次更新することが可能となる。
【0093】
本例では、ステップS126のビームフォーマ法による到来波到来方向推定処理及びS127のデータキー算出処理は、ステップS107の収束状態判定処理の結果を用いないから、全体の処理時間が短縮される。以上の処理を、サンプル入力の度ごとに繰り返し実施する。
【0094】
図10は、図1に示すウエイト演算部5の第3の例の構成を示すブロック図である。本例のウエイト演算部5は、LMS演算処理部104の代わりに、SMI演算処理部104Aが設けられている。SMI演算処理部104Aは誤差信号評価部103からCASE1実行の制御命令を受けた場合に直接解法(SMI)アルゴリズムに基づき、バッファ1、バッファ2のデータを用いてウエイト算出を行う。ウエイトの更新は次の式により行う。
【0095】
【数27】
【0096】
Rxxは相関行列、Iは単位行列、βは、0≦β≦1を満たす実数パラメータ(忘却係数)、rxxは相関ベクトルである。数27の式によるウエイト更新アルゴリズムは一般に直接解法SMIと呼ばれる。直接解法SMIは、サンプルされた入力データから相関行列、相関ベクトルを推定し、MMSEアダプティブアレーの最適ウエイトの理論式に代入することによって直接、ウエイトの最適値を求める方法である。この他代表的なウエイト更新アルゴリズムとして再帰的最小2乗法(Recursive Least-Squares:RLS)などが知られている。なお、合成信号のデータ判定の方法、データベースを用いたウエイト更新の方法、及び、ウエイトデータベースの作成方法は第1の例と同様である。
【0097】
以上、本発明の例を説明したが、本発明は上述の例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲にて様々な変更が可能であることは当業者に理解されよう。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】本発明によるアダプティブアレーアンテナ装置の主要部の構成を示す図である。
【図2】本発明によるウエイト演算部の第1の例の構成を示す図である。
【図3】本発明によるウエイト更新処理手順の第1の例を説明するための説明図である。
【図4】本発明によるアダプティブアレーアンテナ装置において、データベースの作成方法を説明するための説明図である。
【図5】本発明の第1の例と従来の装置によるウエイト収束特性を示す図である。
【図6】シミュレーション条件である電波環境を示す図である。
【図7】本発明の第1の例と従来の装置によるウエイト収束特性を示す図である。
【図8】本発明によるウエイト演算部の第2の例の構成を示す図である。本発明によるウエイト演算部の動作について
【図9】本発明によるウエイト更新処理手順の第2の例を説明するための説明図である。
【図10】本発明によるウエイト演算部の第3の例の構成を示す図である。
【図11】アダプティブアレーアンテナ装置の電波環境を示す図である。
【図12】従来のアダプティブアレーアンテナ装置の主要部の構成を示す図である。
【図13】従来のウエイト更新処理手順の例を説明するための説明図である。
【符号の説明】
【0099】
1…アンテナ、2…ウエイト乗算部、3…信号合成部、4…誤差信号導出部、5…ウエイト演算部、5A,5B…ウエイト更新部、101,102…バッファ、103…誤差信号評価部、104…LMS演算処理部、105…到来方向推定部、106…データキー算出部、107…データ抽出部、108…ウエイトデータベース,109,110…バッファ、111…ウエイト情報選択部、112…バッファ、113…ウエイト情報保存部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のアンテナと、上記各アンテナからの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算する複数のウエイト乗算部と、該各ウエイト乗算部からの出力を合成する信号合成部と、所定の参照信号と上記信号合成部からの出力信号から誤差信号を導出する誤差信号導出部と、上記各アンテナの受信信号及び上記誤差信号導出部からの誤差信号を用いてウエイトを計算し、計算したウエイトを上記ウエイト乗算部に供給するウエイト演算部と、を有するアダプティブアレーアンテナ装置において、上記ウエイト演算部は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行う誤差信号評価部と、該誤差信号評価部からの制御命令に従って、最急降下法(LMS)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部と、ウエイトデータを格納したデータベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部とを有することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項2】
請求項1記載のアダプティブアレーアンテナ装置において、上記第2ウエイト更新部は、上記誤差信号評価部から制御命令を受信すると、上記アンテナの受信信号より到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部と、該到来方向推定部の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部と、該データキー算出部で算出したデータキーを用いて上記データベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部とを有することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項3】
請求項1記載のアダプティブアレーアンテナ装置において、上記第2ウエイト更新部は、上記アンテナの受信信号のサンプル入力毎に到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部と、該到来方向推定部の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部と、該データキー算出部からのデータキーを格納するバッファと、上記誤差信号評価部から制御命令を受信すると、上記バッファに格納されたデータキーを用いて上記データベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部とを有することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項4】
請求項1記載のアダプティブアレーアンテナ装置において、上記誤差信号評価部は、上記誤差信号導出部からの誤差信号を用いて平均2乗誤差を演算し、該平均2乗誤差が第1の閾値以下のとき、収束状態を「収束完了」と判定し、上記平均2乗誤差が第1の閾値より大きく且つ第2の閾値以下のとき、収束状態を「収束中」と判定し、上記平均2乗誤差が第2の閾値より大きいとき、収束状態を「収束前」と判定することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項5】
請求項4記載のアダプティブアレーアンテナ装置において、上記誤差信号評価部は、あるサンプル受信時の収束状態が「収束完了」であり、かつ、その直前のサンプル受信時の収束状態が「収束前」である条件を満たすとき、上記第2ウエイト更新部によって更新されたウエイトを上記ウエイト演算部の出力として出力し、上記条件を満たさないとき、上記第1ウエイト更新部によって更新されたウエイトを上記ウエイト演算部の出力として出力することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項6】
複数のアンテナと、上記各アンテナからの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算する複数のウエイト乗算部と、該各ウエイト乗算部からの出力を合成する信号合成部と、所定の参照信号と上記信号合成部からの出力信号から誤差信号を導出する誤差信号導出部と、上記各アンテナの受信信号及び上記誤差信号導出部からの誤差信号を用いてウエイトを計算し、計算したウエイトを上記ウエイト乗算部に供給するウエイト演算部と、を有するアダプティブアレーアンテナ装置において、上記ウエイト演算部は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行う誤差信号評価部と、該誤差信号評価部からの制御命令に従って、直接解法(SMI)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部と、データベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部とを有することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項1】
複数のアンテナと、上記各アンテナからの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算する複数のウエイト乗算部と、該各ウエイト乗算部からの出力を合成する信号合成部と、所定の参照信号と上記信号合成部からの出力信号から誤差信号を導出する誤差信号導出部と、上記各アンテナの受信信号及び上記誤差信号導出部からの誤差信号を用いてウエイトを計算し、計算したウエイトを上記ウエイト乗算部に供給するウエイト演算部と、を有するアダプティブアレーアンテナ装置において、上記ウエイト演算部は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行う誤差信号評価部と、該誤差信号評価部からの制御命令に従って、最急降下法(LMS)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部と、ウエイトデータを格納したデータベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部とを有することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項2】
請求項1記載のアダプティブアレーアンテナ装置において、上記第2ウエイト更新部は、上記誤差信号評価部から制御命令を受信すると、上記アンテナの受信信号より到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部と、該到来方向推定部の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部と、該データキー算出部で算出したデータキーを用いて上記データベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部とを有することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項3】
請求項1記載のアダプティブアレーアンテナ装置において、上記第2ウエイト更新部は、上記アンテナの受信信号のサンプル入力毎に到来波の到来方向推定を行う到来方向推定部と、該到来方向推定部の結果を用いてデータキーを算出するデータキー算出部と、該データキー算出部からのデータキーを格納するバッファと、上記誤差信号評価部から制御命令を受信すると、上記バッファに格納されたデータキーを用いて上記データベースから所望のウエイトデータを抽出するデータ抽出部とを有することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項4】
請求項1記載のアダプティブアレーアンテナ装置において、上記誤差信号評価部は、上記誤差信号導出部からの誤差信号を用いて平均2乗誤差を演算し、該平均2乗誤差が第1の閾値以下のとき、収束状態を「収束完了」と判定し、上記平均2乗誤差が第1の閾値より大きく且つ第2の閾値以下のとき、収束状態を「収束中」と判定し、上記平均2乗誤差が第2の閾値より大きいとき、収束状態を「収束前」と判定することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項5】
請求項4記載のアダプティブアレーアンテナ装置において、上記誤差信号評価部は、あるサンプル受信時の収束状態が「収束完了」であり、かつ、その直前のサンプル受信時の収束状態が「収束前」である条件を満たすとき、上記第2ウエイト更新部によって更新されたウエイトを上記ウエイト演算部の出力として出力し、上記条件を満たさないとき、上記第1ウエイト更新部によって更新されたウエイトを上記ウエイト演算部の出力として出力することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【請求項6】
複数のアンテナと、上記各アンテナからの受信信号にウエイトをそれぞれ乗算する複数のウエイト乗算部と、該各ウエイト乗算部からの出力を合成する信号合成部と、所定の参照信号と上記信号合成部からの出力信号から誤差信号を導出する誤差信号導出部と、上記各アンテナの受信信号及び上記誤差信号導出部からの誤差信号を用いてウエイトを計算し、計算したウエイトを上記ウエイト乗算部に供給するウエイト演算部と、を有するアダプティブアレーアンテナ装置において、上記ウエイト演算部は、受信した誤差信号に対して収束状態の判定を行う誤差信号評価部と、該誤差信号評価部からの制御命令に従って、直接解法(SMI)アルゴリズムによってウエイト更新を行う第1ウエイト更新部と、データベースから適切なウエイトを抽出してウエイト更新を行う第2ウエイト更新部とを有することを特徴とするアダプティブアレーアンテナ装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2006−50458(P2006−50458A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−231577(P2004−231577)
【出願日】平成16年8月6日(2004.8.6)
【出願人】(000233055)日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社 (1,610)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年8月6日(2004.8.6)
【出願人】(000233055)日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社 (1,610)
【Fターム(参考)】
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