説明

アディポネクチン発現低下抑制剤及びその用途

【課題】糖尿病及び/又は肥満の治療又は予防に有効な薬剤、食品などを提供すること。
【解決手段】プレニル桂皮酸誘導体を有効成分とするアディポネクチン発現低下抑制剤が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアディポネクチン発現低下抑制剤及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
健康に対する関心が高まる中、世界的にも疾病の予防食品、サプリメントなどの市場は拡大を続けている。特に、糖尿病、肥満の問題は深刻化の一途であり(世界の糖尿病患者はすでに、約2億4600万人(国際糖尿病連合会(IDF)の発表(2006年12月)による)、潜在市場を含め、極めて大きな産業規模を有している。
【0003】
脂肪細胞では生理機能に重要な役割をもつ種々のタンパク質(アディポサイトカイン)が発現している。アディポサイトカインの中でも特に注目されているものがアディポネクチンである。アディポネクチンは244アミノ酸からなる脂肪組織特異的な分泌タンパク質である。これまでに、肥満、高インスリン血症及びインスリン抵抗性とアディポネクチンが負の相関を持つことが報告されている。また、脂肪酸酸化やインスリン感受性をアディポネクチンが増強することも明らかになっている。さらには、アディポネクチンが抗動脈硬化作用(内皮への単球の接着、平滑筋増殖を阻害)を示すことも分かっている。脂肪細胞の肥大化(肥満)は、脂肪組織の炎症性変化をもたらし、アディポサイトカインの発現を破綻させる。即ち、肥満に伴う炎症によりアディポネクチンの発現低下が引き起こされる。
【0004】
糖尿病及び肥満への関心は高く、糖尿病又は肥満を標的とした様々な医薬や食品等が提案されている(例えば特許文献1及び2)。尚、プレニル桂皮酸誘導体に関する先行技術を以下に列挙する(特許文献3〜6)
【特許文献1】特開2006−249064号公報
【特許文献2】特開2008−189571号公報
【特許文献3】特開2006−61037号公報
【特許文献4】特開2006−143685号公報
【特許文献5】特開2007−223948号公報
【特許文献6】特開2008−81号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以上の背景の下、本発明は糖尿病及び/又は肥満の治療又は予防に有効な薬剤、食品などを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題に鑑み研究を進める中で、プロポリスに含まれる成分のプレニル桂皮酸誘導体に注目した。検討の結果、プレニル桂皮酸誘導体の一つである3,5−ビスプレニル−4−ヒロドキシ桂皮酸(「アルテピリンC」と呼ばれる)がアディポネクチンの発現低下を抑制するという、驚くべき知見が得られた。さらに検討を進めた結果、アルテピリンCに限らず、他のプレニル桂皮酸誘導体にも同様にアディポネクチン発現低下抑制活性が認められた。また、アルテピリンC及び(E)−3−プレニル−4−(2−メチルプロピオニロキシ)桂皮酸が特に強い活性を示すことが明らかとなった。これらの成果に基づき、以下の発明を提供する。
[1]プレニル桂皮酸誘導体を有効成分とする、アディポネクチン発現低下抑制剤。
[2]プレニル桂皮酸誘導体が以下の化学式(化1)で表されることを特徴とする、[1]に記載のアディポネクチン発現低下抑制剤、
【化1】

但し、R1はO-R3であり、R3はR2とともに環構造を形成していてもよく、R3がHのときにはR2はプレニル基である。
[3]プレニル桂皮酸誘導体が、以下のいずれかの化学式で表される化合物である、[1]に記載のアディポネクチン発現低下抑制剤。
【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

[4][1]〜[3]のいずれか一項に記載のアディポネクチン発現低下抑制剤を含有する、糖尿病又は肥満の治療又は予防用組成物。
[5]医薬、食品、又は化粧料である、[4]に記載の組成物。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の第1の局面はアディポネクチン発現低下抑制剤に関する。本発明の「アディポネクチン発現低下抑制剤」は、TNF-αによるアディポネクチンの発現低下を抑制する。従って、本発明の薬剤を用いるとアディポネクチンの発現を上昇できる。
【0008】
本発明の薬剤の有効成分はプレニル桂皮酸誘導体である。プレニル桂皮酸誘導体はプロポリスに含まれる成分として知られている。プロポリスとは、ミツバチが樹木の特定部位(主として新芽や蕾、樹皮)から採取したガム質、樹液、植物色素系物質および香油などの集合体にミツバチ自身の分泌物、蜜蝋などを混ぜて作る、粘着性のある固形物である。特に、ブラジル産プロポリスはプレニル桂皮酸誘導体を多く含む。
【0009】
アディポネクチン発現低下抑制作用を示す限り、プレニル桂皮酸誘導体は特に限定されない。二種類以上のプレニル桂皮酸誘導体を併用してもよい。好ましくは、プレニル桂皮酸誘導体は以下の化学式(化1)で表される。
【化1】

但し、R1はO-R3であり、R3はR2とともに環構造を形成していてもよく、R3がHのときにはR2はプレニル基である。環構造の一例はピラン環であるが、これに限定されるものではない。
【0010】
好ましい化合物の具体例を以下(化2〜化5)に示す。尚、化2の化学式で表される化合物((E)-3-(4-hydroxy-3,5-bis(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid)は、アルテピリンC(Artepillin C)とも呼ばれる。
【化2】

(E)-3-(4-hydroxy-3,5-bis(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid
【化3】

(E)-3-(3-(3-methylbut-2-enyl)-4-(3-phenylpropanoyloxy)phenyl)acrylic acid
【化4】

(E)-3-(4-(isobutyryloxy)-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid
【化5】

(E)-3-(3-hydroxy-2,2-dimethyl-8-(3-methylbut-2-enyl)chroman-6-yl)acrylic acid
【0011】
後述の実施例に示す通り、以上の各化合物がアディポネクチン発現低下抑制作用を発揮することを本発明者は実験によって確認した。また、化2の化合物(アルテピリンC)及び化3の化合物は特に高い活性を示した。そこで、更に好ましくは、これらの化合物(いずれか又は両者)を本発明の有効成分として用いる。
【0012】
本発明に用いるプレニル桂皮酸誘導体は、プロポリス又はその起源植物(アレクリン(Baccharis dracunculifolia)など)からの抽出や化学合成によって調製することができる。また、アルテピリンCは市販されており、容易に入手可能である。
【0013】
プレニル桂皮酸誘導体の調製法の一例を以下に示す。まず、粉砕したプロポリス原塊に溶媒(アルコール、有機溶媒など)を添加した後、所定温度(例えば40℃)で所定時間(例えば10〜30時間)攪拌する。次にろ過又は遠心処理によって不溶成分を除去する。このようにして得られた抽出液より、各種クロマトグラフィーなどを利用して目的のプレニル桂皮酸誘導体を精製する。尚、プレニル桂皮酸誘導体の調製法は公知である(例えば上掲の特許文献3〜6を参照)。
【0014】
本発明の薬剤は、糖尿病又は肥満の治療又は予防に有効である。そこで本発明の第2の局面は、本発明の薬剤を含有する、糖尿病又は肥満の治療又は予防用組成物を提供する。本発明の組成物の形態は特に限定されないが、好ましくは医薬、食品、又は化粧料である。尚、2種類以上のプレニル桂皮酸誘導体を併用することにしてもよい。
【0015】
本発明の医薬組成物は抗糖尿病薬又は抗肥満薬として用いられる。「糖尿病」は、血糖の慢性的な上昇(即ち高血糖)により特徴付けられる疾患である。虚血性心臓病(狭心症、心筋梗塞)、動脈硬化、脳血管障害(脳梗塞など)の重要な危険因子の1つであり、いわゆる「生活習慣病」の代表的疾患として注目されている。一方、「肥満」とは一般的には体内に脂肪組織が過剰に蓄積した状態をいう。本明細書では用語「肥満」は広義に解釈されるものとし、その概念に肥満症を含む。「肥満症」とは肥満に起因ないし関連する健康障害(合併症)を有するか又は将来的に有することが予測される場合であって、医学的に減量が必要とされる病態をいう。肥満の判定法には、例えば、国際的に広く使用されているBMI(body mass index)を尺度としたものがある。BMIは、体重(kg)を身長(m)の二乗で除した数値(BMI=体重(kg)/身長(m))である。BMI<18.5は低体重(underweight)、18.5≦BMI<25は普通体重(normal range)、25≦BMI<30は肥満1度(preobese)、30≦BMI<35は肥満2度(obese class I)、35≦BMI<40は肥満3度(obese class II)、40≦BMIは肥満4度(obese class III)と判定される(WHO)。また、BMIを利用して、日本人の成人の標準体重(理想体重)を以下の式、標準体重(kg)=身長(m)×22から計算し、実測体重が標準体重(計算値)の120%を超える状態を肥満とする判定法もある。もっとも、標準体重(理想体重)は性別、年齢、又は生活習慣の差異などによって個人ごとに相違することから、肥満の判定をこの方法で一律に行うことは妥当でないと考えられている。
【0016】
本発明の医薬組成物の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0017】
製剤化する場合の剤形も特に限定されず、例えば錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、及び座剤などとして本発明の医薬組成物を提供できる。本発明の医薬組成物には、期待される治療効果(予防効果も含む)を得るために必要な量(即ち治療上有効量)の有効成分(プレニル桂皮酸誘導体)が含有される。本発明の医薬組成物中の有効成分量は一般に剤形によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を例えば約0.1重量%〜約95重量%の範囲内で設定する。
【0018】
本発明の医薬組成物はその剤形に応じて経口投与又は非経口投与(静脈内、動脈内、皮下、筋肉、又は腹腔内注射、経皮、経鼻、経粘膜など)によって対象に適用される。ここでの「対象」は特に限定されず、ヒト及びヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ニワトリ、ウズラ等である)を含む。好ましい一態様では本発明の医薬組成物はヒトに対して適用される。
【0019】
本発明の医薬組成物の投与量は、期待される治療又は予防効果が得られるように設定される。治療上有効な投与量の設定においては一般に症状、患者の年齢、性別、及び体重などが考慮される。尚、当業者であればこれらの事項を考慮して適当な投与量を設定することが可能である。例えば、成人(体重約60kg)を対象として一日当たりの有効成分量が約1mg〜約500mg、好ましくは約50mg〜約200mgとなるよう投与量を設定することができる。投与スケジュールとしては例えば一日一回〜数回、二日に一回、或いは三日に一回などを採用できる。投与スケジュールの作成においては、患者の病状や有効成分の効果持続時間などを考慮することができる。
【0020】
上記の通り本発明の一態様は、本発明の薬剤を含有する食品組成物である。本発明での「食品組成物」の例として一般食品(穀類、野菜、食肉、各種加工食品、菓子類、牛乳、清涼飲料水、アルコール飲料等)、栄養補助食品(サプリメント、栄養ドリンク等)、食品添加物、愛玩動物用食品、愛玩動物用栄養補助食品を挙げることができる。栄養補助食品又は食品添加物の場合、粉末、顆粒末、タブレット、ペースト、液体等の形状で提供することができる。食品組成物の形態で提供することによって、本発明の有効成分を日常的に摂取したり、継続的に摂取したりすることが容易となる。
【0021】
本発明の食品組成物には、治療的又は予防的効果が期待できる量の有効成分が含有されることが好ましい。添加量は、それが使用される対象となる者の病状、健康状態、年齢、性別、体重などを考慮して定めることができる。
【0022】
上記の通り本発明の一態様は、本発明の薬剤を含有する化粧料組成物である。本発明の化粧料組成物は、本発明の有効成分と、化粧料に通常使用される成分・基材(例えば、各種油脂、ミネラルオイル、ワセリン、スクワラン、ラノリン、ミツロウ、変性アルコール、パルミチン酸デキストリン、グリセリン、グリセリン脂肪酸エステル、エチレングリコール、パラベン、カンフル、メントール、各種ビタミン、酸化亜鉛、酸化チタン、安息香酸、エデト酸、カミツレ油、カラギーナン、キチン末、キトサン、香料、着色料など)を配合することによって得ることができる。
【0023】
化粧料組成物の形態として、フェイス又はボディー用の乳液、化粧水、クリーム、ローション、エッセンス、オイル、パック、シート、洗浄料などを例示できる。化粧料組成物における有効成分の添加量は特に限定されない。例えば0.1重量%〜60重量%となるように有効成分を添加するとよい。
【実施例】
【0024】
1.アディポネクチンの発現低下を抑制する化合物の探索
糖尿病や肥満の治療又は予防に有効な手段を創出すべく、アディポネクチンの発現低下を抑制できる化合物を探索した。探索にあたり、プロポリス中の成分に注目した。
【0025】
1−1.成熟脂肪細胞の調製
マウス由来繊維芽細胞株3T3-L1(ヒューマンサイエンス研究資源バンク)を24ウェルプレートに撒き、10% ウシ胎児血清(FBS)(Japan Bioserum社)含有DMEM(シグマ社)にて、5% CO2、37℃で培養した。細胞がハイパーコンフルエントになった時点で、分化誘導剤として最終濃度がそれぞれ2μM インスリン(Insulin)(シグマ社)、1μM デキサメタソン(dexamethasone)(ICN社)、及び0.25mM 3-イソブチル-1-メチルキサンチン(3-isobutyl-1-methylxanthine)(ICN社)を含む10% FBS含有DMEMに培地交換し(0日目とする)、3日間培養した。その後2μM インスリン含有10% FBS含有DMEMに培地交換して(3日目)培養を続け、2日間ごとに同様の培地に交換して4日間培養した(7日目)。これにより、繊維芽細胞は、ほぼ100%が成熟脂肪細胞へ分化した。
【0026】
1−2.腫瘍壊死因子TNF-α(tumor necrosis factor-α)存在下での培養
被検物質として(E)-3-(4-hydroxy-3,5-bis(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid(アルテピリンC(ArtC))及びCaffeic acid phenethyl ester(CAPE)を検討した。アルテピリンCはブラジル産プロポリスやアレクリン(Baccharis dracunculifolia)に豊富に含まれる成分である。また、CAPEもプロポリスの成分である。尚、アルテピリンCの作用として抗酸化作用、がん細胞増殖抑制作用、抗炎症作用等が報告されている。
【0027】
被検物質をDMSOに溶解して100mM濃度の溶液を調製した。この溶液を必要に応じて希釈し、10% FBS含有DMEMに、所定の最終濃度(10μM、25μM、50μM)となるようにそれぞれ添加した(被検物質含有培地)。7日目の時点で当該被検物質含有培地に交換し、5% CO2、37℃で1時間培養した。その後、マウスTNF-α(R&D Systems社)を最終濃度が10 ng/mLとなるように培地に添加し、さらに15時間、5% CO2、37℃で培養した。尚、被検物質を含まない培地でTNF-αも添加しないもの、被検物質を含まない培地でTNF-αのみ添加するもの、及び被検物質の代わりにトログリタゾン(TZD)(ケイマン社)を最終濃度として10μMとなるように添加したもの(陽性コントロール)を対照とした。
【0028】
1−3.核酸の回収
培養終了後、培地を取り除き、細胞をPBS(phosphate buffered saline)で洗浄した後に、1ウェルあたり1mLのQIAZOL(キアゲン社)を加え、セルスクレイパーで細胞を回収し、全量を滅菌済みの1.5 mL容チューブに加えてヴォルテックスミキサーでよく混合して5分間室温で静置した。その後、200μLのクロロホルムを加えてヴォルテックスミキサーでよく混合した後、そのまま室温で5分間静置した。次に、12000×g、4℃で15分間遠心分離し、水層を新しい1.5 mL容チューブに回収した。回収した液に同量のイソプロパノールを加えてよく混合し、室温で5分間静置した。次に、12000×g、4℃で15分間遠心分離し、上清を取り除いた。さらに1mLの冷70%エタノールを加えて軽く混合した後、12000×g、4℃で5分間遠心分離し、上清を取り除いた。そのまま沈殿を室温で5分間風乾させた。次に、沈殿にジエチルピロカーボネート(DEPC)で処理した水(DEPC処理水)30μLを加えてピペッティングを行い、よく混合した。分光光度計(NanoDrop ND-1000)を用いて、260nmにおける吸光度を測定し、RNA濃度を定量した。
【0029】
1−4.cDNA合成
アプライドバイオシステムズ社のHigh Capacity cDNA Reverse Transcription Kitを用いて行った。得られたRNA 1μgを含む、13.2μLのDEPC処理水、2μLの10×reverse transcription buffer (アプライドバイオシステムズ社)、0.8μLの100mM 25×dNTP Mixture (アプライドバイオシステムズ社)、1μLの20U/μL ribonuclease inhibitor(アプライドバイオシステムズ社)、1μLの50 U/μL MuLV reverse transcriptase(アプライドバイオシステムズ社)、2μLの50μM 10×random primer(アプライドバイオシステムズ社)を加え(計20μL)、25℃で10分間、37℃で120分間、85℃で5秒間反応させ、cDNAを合成した。
【0030】
1−5.リアルタイムPCRによるmRNAの定量
得られたcDNA 1μgを含む11.25μLのDEPC処理水、12.5μLのTakara premix Ex Taq(タカラバイオ社)、ROX reference dye(タカラバイオ社)及び1.25μLのTaqman (R) Gene expression Assays(品番:Mm00456425Mm_m1(マウスアディポネクチン用)とMm00607939_s1(マウスβ-アクチン用))、アプライドバイオシステムズ社)を加え(計25μL)、7300 real-time PCRシステム(アプライドバイオシステムズ社)のプロトコールに従ってリアルタイムPCRによる遺伝子発現量測定を行なった。アディポネクチン遺伝子発現量のmRNA量と内因性コントロールとしてβ−アクチン遺伝子発現量のmRNA量を測定し、アディポネクチン遺伝子発現量のmRNA量をβ−アクチン遺伝子発現量のmRNA量で割って補正した値をアディポネクチンの発現量とした。
【0031】
測定結果を図1に示す。TNF-αによるアディポネクチンの発現低下をアルテピリンC(ArtC)が有意に抑制した。アルテピリンCの活性はTZDに匹敵することがわかる。
【0032】
2.各種プレニル桂皮酸誘導体の作用
以上の通り、アルテピリンCが優れたアディポネクチン発現低下抑制作用を発揮することが明らかとなった。アルテピリンCはプレニル桂皮酸誘導体の一つである。プレニル桂皮酸誘導体は特徴的な構造(骨格)を共有する。このことから、他のプレニル桂皮酸誘導体についても同様の作用を示す可能性が高いと予想された。そこで、各種プレニル桂皮酸誘導体の作用を比較検討することにした。実験方法は、被検物質として(E)-3-(4-hydroxyphenyl)acrylic acid(p-クマル酸:CA)、(E)-3-(4-hydroxy-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid(ドゥルパニン:P1)、アルテピリンC(ArtC)、(E)-3-(3-(3-methylbut-2-enyl)-4-(3-phenylpropanoyloxy)phenyl)acrylic acid(バッカリン:P15)、(E)-3-(4-(isobutyryloxy)-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid(P14)及び(E)-3-(3-hydroxy-2,2-dimethyl-8-(3-methylbut-2-enyl)chroman-6-yl)acrylic acid(P9)用いたこと(図2を参照)並びに培地への被検物質の添加濃度を25μMとしたこと以外は1.の場合と同様である。
【0033】
リアルタイムPCRによるmRNAの測定結果を図3に示す。程度の差はあるものの、プレニル桂皮酸誘導体(ArtC、P14、P15、P9)はいずれも、アディポネクチン発現低下抑制作用を示した。中でもアルテピリンC(ArtC)及び(E)-3-(4-(isobutyryloxy)-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid(P14)の活性は高い。これら二つの化合物について添加濃度と活性の関係を調べた結果、濃度依存的な活性の上昇が認められた(図4、5)。(E)-3-(3-(3-methylbut-2-enyl)-4-(3-phenylpropanoyloxy)phenyl)acrylic acid(P15)と(E)-3-(3-hydroxy-2,2-dimethyl-8-(3-methylbut-2-enyl)chroman-6-yl)acrylic acid(P9)は同程度の活性を示した。
【0034】
以上の結果より、TNF-αに起因するアディポネクチン発現量の低下を抑制することによって抗糖尿病又は抗肥満作用(メタボリックシンドローム予防)を発揮する物質としてプレニル桂皮酸誘導体が有効であることが示された。また、特にアルテピリンC(ArtC)と(E)-3-(4-(isobutyryloxy)-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid(P14)の有用性が高いことが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によれば、糖尿病・肥満の原因又は病態に重要な「アディポネクチンの発現が低下すること」を有効成分が抑制し、効果的に糖尿病・肥満を治療乃至予防できる。糖尿病及び肥満の治療剤として知られるチアゾリジン誘導体は脂肪細胞の分化を促進し、アディポネクチンの遺伝子発現制御に関わる核内受容体のフルアゴニストとして作用する。そのために浮腫、軽度肥満、心臓疾患の誘発などの副作用が懸念されている。本発明の有効成分はアディポネクチンの発現低下を抑制することによって抗糖尿病・抗肥満効果を発揮することから、上述の副作用のおそれがない。この特徴は、治療剤はもとより予防剤としても本発明の利用価値が高いことを意味する。例えば、日常的に摂取することによって糖尿病及び肥満を予防するといった利用形態が想定される。
【0036】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】TNF-αによるアディポネクチン発現低下に対する各種化合物の作用。各被検化合物を添加した場合のアディポネクチンmRNAの発現量を、コントロール(TNF-αによる処理をせず且つ被検化合物を添加しない場合)のアディポネクチンmRNAの発現量に対する比率(平均±標準誤差)で示した。アディポネクチンのmRNA発現量は、内因性コントロールであるβ−アクチンのmRNA発現量で補正した。TNF-αは被検化合物を添加しない群、TZDはトログリタゾンを添加した群(陽性コントロール)、ArtCはアルテピリンCを添加した群、CAPEはCaffeic acid phenethyl esterを添加した群を表す。n=3。*:TNF-α処理群(被検化合物は添加しない)に比して有意差(p<0.05)があることを示す。
【図2】各被検化合物の構造。
【図3】TNF-αによるアディポネクチン発現低下に対する各種プレニル桂皮酸誘導体の作用。各被検化合物を添加した場合のアディポネクチンmRNAの発現量を、コントロール(TNF-αによる処理をせず且つ被検化合物を添加しない場合)のアディポネクチンmRNAの発現量に対する比率(平均±標準誤差)で示した。アディポネクチンのmRNA発現量は、内因性コントロールであるβ−アクチンのmRNA発現量で補正した。TZDはトログリタゾンを、CAはp-クマル酸((E)-3-(4-hydroxyphenyl)acrylic acid)を、P1はドゥルパニン((E)-3-(4-hydroxy-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid)を、ArtCはアルテピリンC((E)-3-(4-hydroxy-3,5-bis(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid)を、P15はバッカリン((E)-3-(3-(3-methylbut-2-enyl)-4-(3-phenylpropanoyloxy)phenyl)acrylic acid)を、P14は(E)-3-(4-(isobutyryloxy)-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acidを、P9は(E)-3-(3-hydroxy-2,2-dimethyl-8-(3-methylbut-2-enyl)chroman-6-yl)acrylic acidをそれぞれ表す。各被検化合物の添加濃度は25μM。トログリタゾン(陽性コントロール)の添加濃度は10μM。n=3。*:TNF-α処理群(被検化合物は添加しない)に比して有意差(p<0.05)があることを示す。
【図4】TNF-αによるアディポネクチン発現低下に対するアルテピリンCの抑制作用(濃度依存性)。アルテピリンCを所定濃度で添加した場合のアディポネクチンmRNAの発現量を、コントロール(TNF-αによる処理をせず且つ被検化合物を添加しない場合)のアディポネクチンmRNAの発現量に対する比率(平均±標準誤差)で示した。アディポネクチンのmRNA発現量は、内因性コントロールであるβ−アクチンのmRNA発現量で補正した。TZDはトログリタゾンを表す。トログリタゾン(陽性コントロール)の添加濃度は10μM。n=3。*:TNF-α処理群(被検化合物は添加しない)に比して有意差(p<0.05)があることを示す。
【図5】TNF-αによるアディポネクチン発現低下に対するP14((E)-3-(4-(isobutyryloxy)-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid)の抑制作用(濃度依存性)。P14を所定濃度で添加した場合のアディポネクチンmRNAの発現量を、コントロール(TNF-αによる処理をせず且つ被検化合物を添加しない場合)のアディポネクチンmRNAの発現量に対する比率(平均±標準誤差)で示した。アディポネクチンのmRNA発現量は、内因性コントロールであるβ−アクチンのmRNA発現量で補正した。TZDはトログリタゾンを表す。トログリタゾン(陽性コントロール)の添加濃度は10μM。n=3。*:TNF-α処理群(被検化合物は添加しない)に比して有意差(p<0.05)があることを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレニル桂皮酸誘導体を有効成分とする、アディポネクチン発現低下抑制剤。
【請求項2】
プレニル桂皮酸誘導体が以下の化学式(化1)で表されることを特徴とする、請求項1に記載のアディポネクチン発現低下抑制剤、
【化1】

但し、R1はO-R3であり、R3はR2とともに環構造を形成していてもよく、R3がHのときにはR2はプレニル基である。
【請求項3】
プレニル桂皮酸誘導体が、以下のいずれかの化学式で表される化合物である、請求項1に記載のアディポネクチン発現低下抑制剤。
【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のアディポネクチン発現低下抑制剤を含有する、糖尿病又は肥満の治療又は予防用組成物。
【請求項5】
医薬、食品、又は化粧料である、請求項4に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−150161(P2010−150161A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−328100(P2008−328100)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(500433225)学校法人中部大学 (105)
【Fターム(参考)】