説明

イカダモ属藻類から油脂類を抽出する方法並びに油脂類及び脱油脂残渣の用途

【課題】イカダモ属に属する微細藻類が含有する油脂類(炭化水素類)を高効率に取得する手段を提供する。また、その油脂を含有する燃料、その油脂を原料とする誘導体(脂肪酸アルキルエステル類)の製造方法を提供する。
【解決手段】イカダモ属に属するから油脂類を抽出する方法であって、(a)微生物藻類の湿藻体が、全質量に対して5質量%から96質量%の水分を含むように調整する工程、(b)前記工程(a)の湿藻体中の藻類の細胞壁を破壊処理する工程、及び(c)前記工程(b)で得られた処理物から油脂類を抽出する工程を含む前記方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイカダモ属に属する微細藻類から油脂類を抽出する方法に関する。本発明は、前記方法によって得られる油脂類を含む燃料、さらに油脂類を原料として脂肪酸アルキルエステル類を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、COによる地球温暖化が問題となっている中で、光エネルギーによりCOを固定化し炭化水素類(油脂類)に変換する能力を有する微細藻類をバイオ燃料資源または化石燃料の代替品として利用することへの期待が高まっている。
【0003】
微細藻類のうち炭化水素類を生産する能力に優れるボツリオコッカス属に属する微細藻類から炭化水素類(油脂類)を抽出する方法として、培養藻体の湿藻体を、炭素数が6以下で且つ少なくとも1つの酸素原子を含有し、水と均一に混ざらない有機溶媒に浸漬することにより炭化水素類を高収率で抽出でき、且つエネルギー消費量の少ない抽出方法(特許文献1)が提供されている。また藻類からアスタキサンチンを抽出する方法として、乾燥した藻類(ヘマトコッカス)を−50℃以下の極低温条件で粉砕した後、有機溶媒で抽出する方法(特許文献2)が報告されている。
【0004】
一方、油脂類を含有する微細藻類として、藻体乾燥重量の40%を超える油分を含有するイカダモ属に属する微細藻類が見出されており、注目されているが、イカダモ属藻類から油脂類を効率的に分離する方法については報告されていない。よって、イカダモ属の微細藻類が含有する油脂類を高収率で抽出して得ることができれば、化石燃料に依存することなく、燃料や各種化学品の製造用の原料として用いることが可能になるため、その技術の開発は喫緊の重要な課題と考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−803号公報
【特許文献2】特表平2−503632号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、前記公知の方法を用いてイカダモ微細藻類から油脂を抽出または分離を試みた。すなわち、イカダモの湿藻体から有機溶媒による抽出方法や極低温条件で粉砕したイカダモから溶媒による抽出方法を試みたところ、溶媒による抽出では油脂がほとんど取得できず、また藻の低温粉砕、抽出でも十分な油脂の取得ができないということを見出した。
【0007】
したがって、本発明の目的は、イカダモ属に属する微細藻類が含有する油脂類(炭化水素類)を高効率に取得する手段を提供することにある。
【0008】
また、その油脂を含有する燃料、その油脂を原料とする誘導体、具体的には脂肪酸アルキルエステル類の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、イカダモ属に属する微細藻類を培養した後、得られた藻類から油脂類を取得する際に、藻体から水分を完全に乾燥除去することなく、水分を含む藻体の状態にして藻体の細胞壁を破壊処理した後に、アルコールまたは二酸化炭素等の溶剤を用いた超臨界抽出または有機溶媒抽出により藻体に含まれる油脂類を高収率に抽出できることを見出した。また、抽出した油脂類の組成を分析したところ中性脂質を多く含んでいることが判明し、油脂が燃料として有用であり、また誘導体、例えば脂肪酸アルキルエステル等の合成に好適な原料となることを見出した。即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)イカダモ属に属する微細藻類から油脂類を抽出する方法であって、
(a)微細藻類の湿藻体が全体質量に対して5質量%から96質量%の水分を含有するように調整する工程、
(b)前記工程(a)の湿藻体中の藻細胞壁を破壊処理する工程、及び
(c)前記工程(b)で得られた処理物から油脂類を抽出する工程
を含むことを特徴とする前記方法。
(2)前記破壊処理工程が、機械的な破壊処理、酵素処理、アルカリ性化合物による処理、酸性化合物による処理、酸素または窒素原子を有する有機化合物類による処理から選ばれる少なくとも一種からなる処理工程であることを特徴とする(1)記載の方法。
(3)前記抽出を超(亜)臨界抽出で行うことを特徴とする(1)または(2)記載の方法。
(4)前記超(亜)臨界抽出を二酸化炭素、水のいずれかで行うことを特徴とする(3)記載の方法。
(5)前記超(亜)臨界抽出をアルコールで行うことを特徴とする(3)記載の方法。
(6)前記抽出を有機溶媒抽出で行うことを特徴とする(1)または(2)記載の方法。
(7)(1)から(6)のいずれかの方法で得られた油脂。
(8)(1)から(6)のいずれかの方法で得られた油脂類を含むことを特徴とする燃料。
(9)(1)から(6)のいずれかの方法で得られた油脂類から誘導されることを特徴とする化学品原料。
(10)(1)から(6)のいずれかの方法で得られた油脂類および/または残渣を含むことを特徴とする飼料。
(11)(1)から(6)のいずれかの方法で得られた油脂類を用いてアルコールとのエステル交換反応により脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンを製造する方法。
(12)(5)の方法において、抽出された油脂類の少なくとも一部が溶媒のアルキルアルコールとエステル交換反応することを特徴とする脂肪酸アルキルエステルの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、イカダモ属に属する微細藻類が含有する油脂類を高収率で抽出し取得することが可能となる。また、油脂類は燃料として利用できるので環境負荷の少ないカーボンニュートラルな燃料を獲得できる。さらには、化学品製造の原料にも用いることができるため、化石燃料を用いないで油脂類から誘導体(化合物)の製造が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下において、本発明を詳しく説明する。
本発明の第一態様はイカダモ属に属する微細藻類から油脂類を抽出する方法に関する。
本発明の方法においては、まず、イカダモ属に属する微細藻類(以下、「イカダモ属藻類」、「藻類」または「藻体」ともいう)を液体培養する。イカダモ属藻類としては、イカダモ属藻類であれば特に制限されるものではなく、例えば、Scenedesmus acumunatus、Scenedesmus quadricauda、Scenedesmus sp.、Scenedesmus quadrispina、Scenedesmus dimorphus、Scenedesmus disciformis、Scenedesmus bicaudatus、Desmodesmus sp.、Desmodesmus quadricauda、Desmodesmus bicaudatus、Desmodesmus denticulatus、Desmodesmus armatus、Desmodesmus arthrodesmiformis、Desmodesmus brasiliensis等を挙げることができる。
【0012】
これらイカダモ属藻類は、上述の様にCOを固定化し炭化水素類を生産する能力に優れ、藻体内に乾燥重量で40重量%を超える割合で炭化水素類(油脂類)を含有することがある。また、藻体内で生産される炭化水素類としては、炭化水素、トリグリセリド、カロチノイド、クロロフィル等が挙げられる。
【0013】
イカダモ属藻類を培養する際に用いる株については、再現性が高く、長期間安定した培養を可能とするために、純化株を用いることが好ましい。
【0014】
微細藻類を純化する方法として、微細藻類の培養液から、顕微鏡下でパスツールピペットを用いて1コロニーずつ、滅菌した培養液に移す操作を繰返して純化株を得る方法が一般的であるが、以下に述べる方法を用いれば、イカダモ属藻類の純化株を簡便な操作で短期間に得ることができるので、本発明においてはこの方法で得られる純化株を用いることが好ましいと言える。
純化株を得るためのイカダモ属藻類を含有する試料は、池、湖等からプランクトンネットにより採取することもできるが、微生物寄託機関等から入手することもできる。
【0015】
イカダモ属藻類の培養方法としては特に限定はなく、培地に炭素源とし二酸化炭素または空気など二酸化炭素を含むガスを導入しながら、自然光および/または白色蛍光灯等の照明を利用して微細藻類を培養する方法を用いれば良い。夜間、雨天、曇天など光照射量が少ない時間帯には、培地に有機質又は/及び有機質を含有する物質を必要量添加して藻類が増殖するようにしてもよい。有機質としては、グルコース、フルクトース、ガラクトース、酢酸、クエン酸、イソクエン酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、ケトグルタル酸、グルタミン酸、オキサロ酢酸、グリオキシル酸などよりなる群から選ばれる少なくとも1種の有機質及び/又はこれらの有機質を含有する物質が用いることができる。光照射量に応じて培地中の有機物濃度を調節することが好ましい。
【0016】
培養を開放系で行う場合、雑菌汚染によって前記微細藻類に増殖阻害を起こることがあるため、培地に殺菌剤を断続的に添加しながら培養してもよい。殺菌剤として、具体的には、次亜塩素酸、次亜塩素酸塩、過酸化水素、オゾン等を挙げることができる。これらは1種を単独で、あるいは2種以上を組み合わせて、培地に添加することが可能である。
【0017】
本発明の湿藻体は、前述の培養で増殖したイカダモ属藻類を含む培養液からイカダモ属藻類を分離して得ることになる。湿藻体とは完全乾燥していない藻類であり、水分で濡れた状態の藻体のことをいう。分離方法については濾過、遠心分離等の通常の分離方法を用いることができ、乾燥により水分量を調整してもよい。また、湿藻体は、培養液の成分が付着した状態でもよいが、一旦、水で洗ってもよい。水で洗浄する場合は、遠心分離の際に水を散布する等の方法を用いることができる。
【0018】
本発明によれば湿藻体の水分量を、藻体の全質量に対して5質量%から96質量%となるように調整することで、前処理工程が好適に実施でき、抽出工程において油脂を効率よく抽出することができるようになる。本願においては、湿藻体を乾燥機にて130℃で96時間乾燥させることによって得られた藻体を完全乾燥体とし、その質量を乾燥藻体質量、乾燥中に減少した質量を湿藻体の含有水分量と定義している。よって、上記湿藻体の水分量は、湿藻体の全質量から乾燥藻体質量を差し引くことで算出される。なお、ここで定義する水分とは藻体の細胞内に含まれる水分と、細胞外に付着している水分を合わせたものである。
【0019】
本願では湿藻体の含有水分量の制御が重要となるが、湿藻体の含有水分量が大きすぎる場合は固体のスラリー濃度が小さくなってしまうため、細胞壁の破砕効率が落ち、油脂の回収率が低下する。逆に湿藻体の含有水分量が小さすぎる場合は、本願で提示するような前処理方法、例えば湿式での細胞壁破砕処理の実施が困難となる。水分量の調整は、好ましくは5〜93質量%、より好ましくは5〜90質量%、さらに好ましくは5〜88質量%である。
【0020】
次に、藻類の細胞壁を破壊する。この破壊処理は、機械的または物理的、化学的または酵素的な方法を用いて行うことができ、これらの方法を組み合わせて用いても良い。好適には機械的または物理的な破壊処理であり、抽出工程の際に抽出液と藻類粉砕片との接触面積が増大するために油脂類の抽出率が向上する。機械的な処理を施した後に、物理的、化学的または酵素的な方法を組み合わせると更に好ましい形態となる。
【0021】
機械的または物理的な破壊方法としては、特に限定されないが、例えば、ホモジナイザー中で微細藻体をホモジナイズするか、或いはボールミルまたはビーズミルも使用できる。超音波によって破砕を引起こしても良い。ダイノーミルのように高速回転させてミル内部に生じる気圧の高低差によって細胞を破裂させるものも使用できる。ホモジナイザーは粉砕片の均質化が図れるので好ましい方法の一つであり、パス回数は一回でも複数回で行っても良い。好適なホモジナイザーとして、高圧下で処理するポライトン・ホモジナイザーのような、高圧ホモジナイザーが包含される。その他に、フレンチプレスやヒュープレス、衝撃破砕機なども使用可能である。
【0022】
物理的な技術には、湿藻体を、十分な温度に加熱および/または乾燥することによって、細胞壁を破壊することも包含する。これには沸騰も包含される。
【0023】
酵素的な方法は、1種以上の酵素、例えば、細胞壁分解酵素による溶解などがある。細胞壁分解酵素は、溶解性酵素であってよい。他の酵素としては、(例えば、アルカリ性)プロテアーゼ、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、キチナーゼおよび/またはペクチナーゼが挙げられる。塩、アルカリおよび/または1種以上の界面活性剤または洗剤などの前記以外の細胞壁分解物質を、代わりに使用しても、または1種以上の酵素と組み合わせて使用してもよい。
【0024】
化学的な方法は、湿藻体にアルカリ性化合物や酸性化合物、酸素または窒素原子を有する化合物を1種もしくは2種以上加えて混合または溶解し、細胞壁と接触させることにより行われる。アルカリ性化合物類としては、アルカリ金属および/またはアルカリ土類金属を含む化合物であり、具体例として水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、水酸化カルシウム等が挙げられる。
【0025】
酸性化合物類は無機酸化合物および/または有機酸化合物であり、具体例として塩酸、硫酸、硝酸、過塩素酸、リン酸、ホウ酸、ギ酸、酢酸、クエン酸、シュウ酸等が挙げられる。
【0026】
酸素または窒素原子を有する有機化合物類はアルコール類、フェノール類、ケトン類、アルデヒド類、エーテル類、エステル類、酸素含有環状化合物類、アミン類、アミド類、イミド類、尿素類、窒素含有環状化合物類から選ばれる1種もしくは2種以上を用いることができ、具体例としてメタノール、エタノール、フェノール、アセトン、メチルイソブチルケトン、ホルムアルデヒド、ジエチルエーテル、酢酸エチル、酢酸メチル、テトラヒドロフラン、アニリン、エチレンジアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、アセトアミド、N、N−ジメチルホルムアミド、尿素、ピリジン等が挙げられる。
【0027】
細胞壁を破壊処理した処理物は、油脂類の抽出工程へ移されるが、水分が多い藻体の場合は濾過や遠心分離等による過剰水分の除去しても良い。尚、この時に分離する過剰水分中にも微量の油脂類が含まれるので、油水分離後に回収するか、または抽出工程の際に抽出溶媒を接触させて回収すると良い。
【0028】
本発明の細胞壁を破壊した処理物から油脂類を抽出する方法としては、超(亜)臨界抽出方法や有機溶媒を用いた溶剤抽出方法が用いられる。
【0029】
本発明での超(亜)臨界抽出は、一般的に用いられている方法を用いることができる。抽出に用いる溶剤は、二酸化炭素(以下、炭酸ガスともいう)、メタン、エタン、プロパン等のアルカン類、エチレン、プロピレン等のアルケン類、メチルアルコールやエチルアルコール等のアルコール類、アセトン、水を用いることができるが、この例示に限定されるものではない。取扱いが容易ということに加え、油脂類の各種用途に利用しやすいという点から、炭酸ガス、水、メチルアルコールおよびエチルアルコールが好適に用いられる。抽出した油脂類と抽出した際に得られる藻類残渣を燃料や飼料等に混合するかまたはそのまま用いる場合は炭酸ガスやアルコール類で抽出し、油脂類を脂肪酸アルキルエステルの合成原料にする場合はアルコール類を用いるというように、油脂類や藻類残渣の用途に合わせて溶剤は好適に選択される。
【0030】
炭酸ガスを使用して超臨界条件で抽出を施す場合は、臨界圧力7.37MPa、臨界温度304.2Kを超える超臨界流体域の二酸化炭素にし、この炭酸ガスを藻類に接触させて脂質を藻類内から炭酸ガス内に抽出する。同様にアルコールを使用して超臨界条件で抽出する場合、例えば、メチルアルコールを用いるときは、臨界圧力8.09MPa、臨界温度509.4Kを超える超臨界流体域のメチルアルコールにして施せば良い。同様に水を使用して超臨界条件で抽出する場合、臨界圧力22.12MPa、臨界温度647.3Kを超える超臨界流体域の水にして施せばよい。また、亜臨界条件においても効果的に抽出できる場合がある。例えば炭酸ガスを使用して亜臨界条件で抽出を施す場合は、圧力が5.90MPaから7.37MPa、および/または温度が298.0Kから304.2Kとすればよい。同様にメチルアルコールを用いて亜臨界条件で抽出する場合は圧力が6.47MPaから8.09MPa、および/または温度が462.2Kから509.4Kとすればよく、水を用いて亜臨界条件で抽出する場合は圧力が17.70MPaから22.12MPa、および/または温度が572.4Kから647.3Kとすればよい。
【0031】
本発明の超(亜)臨界抽出方法について、炭酸ガスを用いる方法を例にして説明するが、本発明はその方法に限定されるものではない。まず調圧弁を取り付けた抽出容器に前処理を施した藻体を供給する。その後、炭酸ガスを加圧器(コンプレッサまたはポンプ等)で加圧し、熱交換器で加熱して超(亜)臨界状態になる超(亜)臨界流体域の炭酸ガスにして抽出容器へ供給する。接触により藻類の油脂類が超(亜)臨界状態にある炭酸ガス中に抽出された後、調圧弁を通過させて減圧にし、炭酸ガスを回収容器に連続的に注入すると、圧力が超(亜)臨界圧力以下になるため、炭酸ガスと油脂が親和性を失うので油脂類が分離し回収される。
【0032】
本発明では溶剤抽出方法も用いられる。溶剤抽出方法は特に限定されるものではなく、常用の方法で行えば良い。
【0033】
本発明に用いられる溶剤は、各種有機溶媒を使用でき、例えば、メチルアルコール、エチルアルコール等のアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル等のエーテル類、酢酸エチル等のエステル類、クロロホルム、メチレンクロライド等の有機塩素化合物類、n−ヘキサン等の環式炭化水素が挙げられ、他にもフェノール類、酸素含有環状化合物類、アミン類、アミド類、イミド類、尿素類、窒素含有環状化合物類、石油エーテルを用いることができる。これらの溶媒は単独でも、二種以上を混合して用いても良い。また抽出を数回に分けて行うことも好適な形態である。例えば、極性溶媒に溶解しやすい油脂類をメチルアルコール等のアルコール類で抽出し、その後、非極性溶媒に溶解しやすい油脂類を、ジエチルエーテルや石油エーテル等により抽出することにより油脂類の回収率を向上することが可能となる。好適な溶媒としてメチルアルコール、エチルアルコール、n−ヘキサン、石油エーテルが用いられる。
【0034】
油脂類を抽出する方法としては、藻体を抽出容器に供給した後に、前記有機溶媒を加えて接触させれば良く、好ましくは撹拌や加熱をしながら行うと良い。次いで油脂類を抽出された後の藻体と油脂を含む溶媒とを濾過、遠心分離などにより分離する。油脂類の回収は油脂類を含む溶媒から例えば蒸留等の方法により、溶媒を除去することで達成できる。
【0035】
本発明の第二の態様は、前記第一態様の方法で回収され得た油脂に関する。本発明の油脂は、トリグリセリド類、カロチノイド類、炭化水素類などの中性脂質や、遊離脂肪酸、リン脂質、糖脂質、含硫脂質などの複合脂質を含むが、特に中性脂質を多く含有する特徴があり、中性脂質の含有量は油脂重量全体に対して少なくとも50質量%である。好ましくは70質量%の中性脂質を含有する。中性脂質を構成するのは主に炭素数16から18の飽和脂肪酸あるいは不飽和脂肪酸である。
【0036】
本発明の第三の態様は前期第二態様の油脂類を含む燃料に関する。イカダモ属藻体から抽出された油脂類は単独で、または重油や軽油等の燃料に混合することにより燃焼効率の優れた燃料となり、ボイラー燃料や内燃機関燃料として用いられる。
【0037】
本発明の第四の態様は、前記第二態様の油脂類から誘導される化学品原料に関する。油脂類から誘導される化学品原料としては高級脂肪酸や高級アルコール等があり、工業用原料として非常に有用である。例えば高級脂肪酸は油脂の加水分解により製造することができる。また、高級アルコールは油脂の加水分解または加アルコール分解によって得られる高級脂肪酸や高級脂肪酸エステルを水素化することにより製造できる。さらに、高級アルコールはアルキレンオキサイド付加等の誘導体化処理により、界面活性剤として用いることができる。油脂の加水分解や加アルコール分解によってグリセリンが得られる。さらにグリセリンは化学品原料として活用することができる。
【0038】
本発明の第五の態様は、前記第一態様の方法で得られる藻類残渣を含む飼料に関する。本発明において油脂を抽出した後に分離された藻類の残渣は飼料への使用が可能である。残渣中にはセルロース、リン脂質、カロチノイド類等が含まれているため、配合飼料の原料として有用である。この残渣はそのまま飼料に使用できるが、抽出した油脂を一部混合して飼料に用いてもよい。尚、本発明により得られる藻類残渣はバイオマス残渣として燃料に利用でき、糖化や発酵といった加工処理を通じて化学品の原料としても使用可能である。
【0039】
本発明の第六の態様は前記第一態様で得られる油脂を原料に用いて、アルコールとのエステル交換反応により脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンを製造する方法に関する。本発明に用いる方法は、油脂とアルコールから脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンを製造できる方法であれば良く、商業的に採用されているアルカリ触媒法や固体触媒法を用いることができる。アルカリ触媒法は油脂中の遊離脂肪酸がアルカリ石鹸となり、水分は触媒機能を低下させるため未精製油脂や廃油脂類の有効利用が困難であるが、固体触媒法は遊離脂肪酸もエステル化されるため廃棄物発生の問題がない点で好適である。固体触媒法としては、例えば、特開2005−206575号公報や特開2005−200398号公報記載の方法を用いて行うことができる。
【0040】
油脂類を反応に使用する際は、油脂を精製しておくことが望ましく、定法に従って、脱ガム処理によるリン脂質除去、脱酸による有機脂肪酸の除去に加え、より好ましくは脱色および脱臭をしておくとよい。
【0041】
本発明で得られた脂肪酸アルキルエステルはバイオディーゼル燃料、繊維油剤、金属油剤、合成潤滑油、樹脂添加剤等として利用することが可能である。
【0042】
本発明の第七の態様は第一の態様で示したアルコールを用いた油脂の抽出方法において、抽出される油脂類の少なくとも一部が溶媒アルキルアルコールとのエステル交換反応により脂肪酸アルキルエステルを製造する方法に関する。本発明によれば、触媒などを用いることなく、超臨界状態のアルコール、例えば、超臨界メタノールを用いた場合であれば、油脂の抽出を施しただけで脂肪酸メチルエステルが生成される。
【0043】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
尚、以下に記載される湿藻体の含水率は、下記の式で算出される。
(湿藻体含水率)=(湿藻体質量−完全乾燥体質量)/(湿藻体質量)×100
【実施例】
【0044】
(実施例1)
(イカダモの培養)
直径2m、深さ15cmの直接受光型生産池にグルコース、クエン酸、フマル酸、グルタミン酸等からなる有機物混合液と、リン、カリウム、マグネシウム、鉄などの無機成分混合液を微量添加し、撹拌条件下で炭酸ガスを流通させながらイカダモ(Desmodesmus sp.)を11日間培養した。
以下、このイカダモを含有する培養液を培養液Aという。
【0045】
(イカダモ藻体の分離取得)
前記培養によって得られた油脂成分含有イカダモの培養液Aを1L採取した。遠心分離した後、乾燥機にて130℃で96時間乾燥させ、イカダモを完全に乾燥させた。結果、完全乾燥藻体の重量は2.13gであり、培養液A中における完全乾燥藻体換算でのイカダモ濃度が2.13g/Lであることを確認した。
【0046】
(油脂類の抽出)
(1)油脂成分含有イカダモの培養液Aから試料として5Lを分取した後、遠心分離器により培養液を分離したところ、この湿藻体の含水率は90質量%であった。この湿藻体をホモジナイザーにて藻体の細胞壁を破砕することにより懸濁液を得た。ホモジナイザーは日本精機製作所製のバイオミキサーBM2を用いた。懸濁液を遠心分離し細胞片と水分を分離した。分離された液側に油脂類が認められ、油脂成分0.30gを回収した。イカダモ藻体は105℃で8時間乾燥した。
(2)(1)で得られた乾燥イカダモ藻体の試料をフィルター付きガラス円筒に入れ、500ccのn−ヘキサンを用いて、還流温度で15時間ソックスレー抽出を実施した。得られた油脂成分について、エバポレーターを用いてn−ヘキサンを除去した後に重量を測定したところ、3.10gであり、先に回収した分(0.30g)と合わせて3.40gとなった。さらにこの油脂成分をC8カラムを用いてLC/MS分析したところ、主成分が中性脂質であることが明らかとなった。
(3)中性脂質の構成脂肪酸を分析するために、得られた中性脂質にナトリウムメトキシドのメタノール溶液を加えることで脂肪酸メチルエステルとグリセリンにし、グリセリンを分離除去した後に脂肪酸メチルエステルをガスクロマトグラフ、GC/MS、NMRにて分析した。結果は下表のとおりとなった。
【0047】
【表1】

【0048】
(比較例1)
油脂成分含有イカダモの培養液Aから5Lの試料を分取し、遠心分離により藻体を得た後、130℃で96時間の乾燥を実施し、含水率を0%とした。この乾燥藻体について実施例1の(2)の方法で抽出操作を実施したところ、0.31gの油脂成分が得られた。
【0049】
(比較例2)
油脂成分含有イカダモの培養液Aから5Lの試料を分取し、遠心分離により藻体を得た後、水を加えて藻体の水分を99質量%に調整した。これは完全乾燥藻体換算の藻体が1質量%のスラリー液であることを意味している。この藻体を実施例1の(1)におけるホモジナイザー破砕と同様の条件にて細胞壁を破砕した後、実施例1の(2)の方法で抽出操作を実施したところ、0.75gの油脂成分が得られた。
【0050】
(実施例2)
油脂成分含有イカダモの培養液Aから試料として5Lを分取し、遠心分離により藻体を得た後、5%NaOH水溶液200mLを加えて180℃で10時間煮沸した。得られた懸濁液を実施例1の(2)と同様にn−ヘキサンでソックスレー抽出したところ、3.15gの油脂成分が得られた。
【0051】
(実施例3)
実施例1の(1)の方法で乾燥藻体を得た後、藻体を100ml容量の抽出槽に入れ、超臨界炭酸ガスを用いて抽出操作を実施した。抽出条件は流量1ml/min、圧力25MPa、温度313.2K(40℃)で1時間とした。得られた油脂成分はホモジナイザー後に0.26g、抽出後に3.23gで合計3.49gであった。
【0052】
(実施例4)
実施例1の(1)の方法で乾燥藻体を得た後、この藻体を100ml容量の抽出槽に入れ、超臨界メタノールを用いて抽出操作を実施した。抽出条件は流量1ml/min、圧力25MPa、温度543.2K(270℃)で1時間とした。得られた油脂成分は3.51gであった。さらに、この油脂成分をC8カラムを用いてLC/MS分析したところ、脂肪酸メチルエステル誘導体を含んでいることが確認された。
【0053】
(実施例5)
実施例1で得られた油脂類を軽油に8質量%混合し、燃焼実験を実施したところ、混合しない軽油と同等の着火能、輝度、燃焼安定性であることを確認した。
【0054】
(実施例6)
実施例1と同様の方法で油脂を大量に取得し、精製して脱ガム、脱アルカリ、脱酸等の処理を行った。この油脂10gを用い、特開2005−206575号公報の実施例1に従って回収した油脂とメタノールを用いて反応を行った、その結果、脂肪酸メチルが7.01gとグリセリン0.65gが得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イカダモ属に属する微細藻類から油脂類を抽出する方法であって、
(a)微細藻類の湿藻体が全体質量に対して5質量%から96質量%の水分を含有するように調整する工程、
(b)前記工程(a)の湿藻体中の藻細胞壁を破壊処理する工程、及び
(c)前記工程(b)で得られた処理物から油脂類を抽出する工程
を含むことを特徴とする前記方法。
【請求項2】
前記破壊処理工程が、機械的な破壊処理、酵素処理、アルカリ性化合物による処理、酸性化合物による処理、酸素または窒素原子を有する有機化合物類による処理から選ばれる少なくとも一種からなる処理工程であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記抽出を超(亜)臨界抽出で行うことを特徴とする請求項1または請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記超(亜)臨界抽出を二酸化炭素、水のいずれかで行うことを特徴とする請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記超(亜)臨界抽出をアルコールで行うことを特徴とする請求項3記載の方法。
【請求項6】
前記抽出を有機溶媒抽出で行うことを特徴とする請求項1または請求項2記載の方法。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれかの方法で得られた油脂。
【請求項8】
請求項1から請求項6のいずれかの方法で得られた油脂類を含むことを特徴とする燃料。
【請求項9】
請求項1から請求項6のいずれかの方法で得られた油脂類から誘導されることを特徴とする化学品原料。
【請求項10】
請求項1から請求項6のいずれかの方法で得られた油脂類および/または残渣を含むことを特徴とする飼料。
【請求項11】
請求項1から請求項6のいずれかの方法で得られた油脂類を用いてアルコールとのエステル交換反応により脂肪酸アルキルエステルおよび/またはグリセリンを製造する方法。
【請求項12】
請求項5の方法において、抽出された油脂類の少なくとも一部が溶媒のアルキルアルコールとエステル交換反応することを特徴とする脂肪酸アルキルエステルの製造方法。

【公開番号】特開2011−68741(P2011−68741A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−219923(P2009−219923)
【出願日】平成21年9月25日(2009.9.25)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】