説明

インダクタおよびフィルタ

【課題】高い構造強度と高いQ値とを有するインダクタの提供を図る。
【解決手段】インダクタ10は、エアブリッジ部12とエアブリッジ部13とを備える。エアブリッジ部12は、基板1上の複数の支持位置11の間に、基板1から浮き上がる状態で架設される。エアブリッジ部13は、エアブリッジ部12上の複数の支持位置11の間に、第1のエアブリッジ部12から浮き上がる状態で架設される。これによりエアブリッジ部12とエアブリッジ部13とが並列に接続されて電流が分散し、エアブリッジ部12およびエアブリッジ部13それぞれでの導体損が低減する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、たとえばマイクロ波帯やミリ波帯における無線通信や電磁波の送受信に利用される、インダクタおよびフィルタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
電極を部分的に基板から浮かせたエアブリッジ構造のインダクタが利用されることがある(例えば、特許文献1および2参照。)。
【0003】
特許文献1に記載されたインダクタは、断面凸形状の導体パターンを基板から浮き上がらせて形成して、導体パターンの断面積を増大させたエアブリッジ構造を採用している。
【0004】
特許文献2に記載されたインダクタは、第1層の導体パターンと第2層の導体パターンとを基板上に積層し、第1層の導体パターンと第2層の導体パターンとを直列に接続したエアブリッジ構造を採用している。
【0005】
これらのインダクタは、理想的にはインダクタンス成分のみを備えるべきであるが、現実の回路では抵抗成分を有し抵抗損失が生じる。純粋なインダクタに近いほどインダクタの特性値であるQ値は大きく、Q値が大きいインダクタが望ましい。インダクタのQ値は、使用する周波数(角周波数ω)とインダクタンス成分Lと抵抗成分rとから以下の式で表される。
Q=ωL/r
【特許文献1】特許第3450713号公報
【特許文献2】特開2007−67236号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
マイクロ波・ミリ波帯などの高周波帯においては、導体内での電流分布(表皮効果)が顕著に現れ、電極の表皮効果の影響によりインダクタの抵抗成分が増大する。例えば2GHz帯で金電極を使用した場合の表皮深さはδs=1.7μmであり一般的なメッキによる電極厚さ(例えば約6μm以上)より小さいため、電極表面の厚み1.7μmの部分に電流が集中して、インダクタの抵抗成分rは増大する。
【0007】
特許文献1では導体の断面積を大きくしているが、高周波帯では導体の断面積を大きくしても表皮効果によって抵抗成分rはあまり抑制できず、インダクタのQ値はあまり改善されない。
【0008】
特許文献2では、第1層の導体パターンと第2層の導体パターンとを直列に接続することで合成のインダクタンスLを増大させてインダクタのQ値を改善することができる。しかし、この構成では、寄生容量を抑えるためにコイル間に大きなエア間隔が必要で、上段のコイルを電極厚に比べて極めて高い位置に配置しなければならず、小型化(低背化)が難しい。さらには、上段のコイルは一個所でしか下段のコイルに接続できず構造強度を確保できない。
【0009】
この発明の目的は、高い構造強度と高いQ値とを有するインダクタを提供することと、そのインダクタを備えるフィルタとを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明のインダクタは、第1のエアブリッジ電極と第2のエアブリッジ電極とを備える。第1のエアブリッジ電極は、基板上の複数の支持位置の間に、基板から浮き上がる状態で架設される。第2のエアブリッジ電極は、第1のエアブリッジ電極上の複数の支持位置の間に、第1のエアブリッジ電極から浮き上がる状態で架設される。
【0011】
この構成では、第1および第2のエアブリッジ電極が並列に接続されることにより、第1および第2のエアブリッジ電極の合計の表面積が増加する。したがって表皮効果が生じても電流集中は緩和され、抵抗成分の増大が抑制されてインダクタのQ値は改善される。また、第1および第2のエアブリッジ電極が複数の支持位置で支持されるため、構造強度が高まる。
【0012】
第1および第2のエアブリッジ電極は、インダクタ使用周波数における表皮深さよりも電極厚が大きくてもよい。仮に1段のエアブリッジ電極のみでインダクタを構成した場合には、その電極厚をインダクタの使用周波数における表皮深さよりも大きくしたとしても、表皮効果によってインダクタのQ値の向上効果が低減する。しかしながら、本構成では表面積が広く電流集中が緩和されるため、Q値の高いインダクタが得られる。
【0013】
第2のエアブリッジ電極の支持位置は、第1のエアブリッジの支持位置と一致してもよい。これにより、インダクタの強度をさらに高められる。
【0014】
第2のエアブリッジ電極の支持位置は、第1のエアブリッジの支持位置からずれてもよい。これにより、第2のエアブリッジ電極の支持位置上面での形状を平坦化できる。仮に、第2のエアブリッジ電極の支持位置上面での形状が、基板側へ大きく沈み込むような形状であれば、その周辺での電極表面同士が近づいて放射電磁界が集中して放射損失が大きくなるが、平坦であればそのような損失を抑制できる。
【0015】
基板は、GaAs基板であると好適である。GaAs基板はtanδが小さく、基板による損失を抑制できる。
【0016】
この発明のフィルタは、上述のインダクタを備えると好適である。これにより、インダクタの抵抗成分を抑制して、挿入損失の小さなフィルタを構成できる。
【発明の効果】
【0017】
この発明によれば、第1のエアブリッジと第2のエアブリッジとを並列に接続するので、高周波帯において電流集中が緩和され、高いQ値のインダクタを、高強度に構成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、この発明の実施形態を各図を参照して説明する。
図1は第1の実施形態に係るインダクタの構成を示す図であり、(A)は上面図、(B)はB−B断面図、(C)は基板表面の平面図である。
このインダクタ10は、2GHz帯で利用するものであり、基板1と樹脂層8とインダクタ部7と端子電極6A,6Bとを備える。ここでは基板1として、比誘電率εr=12.9、誘電正接tanδ=2.4×10-4、基板厚み100μmのGaAs半導体基板を使用している。インダクタ部7は、上面形状が内径約300μm、巻き数1.5、電極幅約30μmのスパイラル状に構成した導体パターンからなる。樹脂層8は、ポリイミド(PI)やベンゾシクロブテン(BCB)などの絶縁性樹脂材料であり、基板1の表面のインダクタ部7の形成領域を含む範囲に厚み約25μmで形成している。端子電極6A,6Bは、インダクタ部7の両端に接続して形成している。
【0019】
図2はインダクタ10のインダクタ部7の構成を示す図であり、(A)はインダクタ部7の拡大平面図、(B)はインダクタ部7のB−B断面図、(C)はインダクタ部7のC−C断面図、(D)はインダクタ部7のD−D断面図である。
【0020】
インダクタ部7は、基板1に対して垂直な方向に積層されたエアブリッジ部12とエアブリッジ部13とを備える。エアブリッジ部12,13はそれぞれ電極厚み約6μm、エア間隔は平均約4μmであり、シード層12A,13Aとメッキ層12B,13Bとを備える。シード層12A,13Aとメッキ層12B,13Bとは、フォトリソグラフィ等の薄膜微細加工プロセスを利用して構成されていて、シード層12A,13Aはチタン等で組成され、メッキ層12B,13Bはσ=4.1×10S/mの金から組成されている。
【0021】
エアブリッジ部13は支持位置11においてエアブリッジ部12に導通し、その他の位置でエアブリッジ部12から浮き上がる電極構造である。エアブリッジ部12は支持位置11において基板上に接続され、その他の位置で基板1から浮き上がる電極構造である。ここでは、支持位置11には略円柱形状に立設するポストを構成していて、その径30μmである。
【0022】
このインダクタ10では、エアブリッジ部12,13の電極厚は約6μmであるが、2GHz帯での金の表皮深さはδs=1.7μmであるので、表皮効果により、エアブリッジ部12,13それぞれの表面近傍に集中して電流が流れる。
【0023】
しかしながら、インダクタのQ値はインダクタの表面積に依存し、エアブリッジ部12,13は並列に接続されてエアブリッジ部12,13の合計の表面積が広いため、電流はエアブリッジ部12,13それぞれに分散して流れ、表皮効果による電流集中が抑制される。したがって、表皮効果による端子電極6A,6B間の抵抗の増大を抑えて、インダクタのQ値を高く維持できる。
【0024】
また、エアブリッジ部12,13をそれぞれ複数の支持位置11で支持するので、平面内の同一点では同電位となり、寄生容量は発生しない。そのため、エアブリッジ部12,13のエア間隔を、電極幅、電極厚、支持位置の径に比べて小さくしても、エアブリッジ部12,13間の寄生容量は増大しない。また、エアブリッジ部12,13をそれぞれ複数の支持位置11で支持するので、エアブリッジ部12,13の強度が確保できる。
【0025】
また、本構成ではインダクタの高Q化が実現できるため、スパイラルインダクタの内径や電極幅を大きくしなくても、所望の高いQ値を実現できる。このため、スパイラルインダクタの内径や電極幅を大きくすることにより高Q化が実現する構成に比べて、インダクタの占有面積を抑制でき、インダクタの小型化が実現できる。
【0026】
なお、本実施形態ではインダクタ部7の上面形状をスパイラル状とした例を示したが、その巻き数や内径、電極幅、電極厚み、エア間隔は、必要なインダクタンス値、寸法制約などに応じて変更しても良い。また、インダクタの上面形状は、多角形ライン状や、直線ライン状であっても良い。また、エアブリッジ部の段数は2段以外にも、3段や4段としても良い。
【0027】
また、基板1は、GaAs基板の他にも、Si基板、Si基板上に高抵抗処理を施した高抵抗Si基板、SiO基板、ガラス基板、Al(アルミナ、サファイア)基板など薄膜プロセスが使用できる基板であればよい。また、樹脂層8は必ずしも設けなくてもよい。
【0028】
次に、本発明に係る構成によるQ値を比較例と比べるために行ったシミュレーションについて説明する。
【0029】
図3は、インダクタのQ値に関するシミュレーション結果を示す図であり、(A)はシミュレーションに用いたインダクタの上面図、(B)は同インダクタのQ値の周波数特性を示す図である。
【0030】
シミュレーションではインダクタの巻き数を0.5とし、巻き数の他の設定は第1の実施形態と同様とし、以下の5例のQ値を測定した。
比較例1:1層のベタ電極(電極厚:6μm)
比較例2:1層のエアブリッジ電極(電極厚:6μm)
比較例3:1層のエアブリッジ電極(電極厚:12μm)
本構成例1:2層のエアブリッジ電極(電極厚:6μm)
本構成例2:3層のエアブリッジ電極(電極厚:6μm)
シミュレーションの結果、2GHzでのQ値は以下の通りであった。
【0031】
比較例1:Q=27
比較例2:Q=28
比較例3:Q=30
本構成例1:Q=35
本構成例2:Q=34
本構成例1および2では、インダクタのQ値を比較例に比べて25%以上改善できた。また、本構成例2は、エアブリッジ電極の断面積が同一である比較例3に対しても、インダクタのQ値を約17%改善できた。以上のシミュレーション結果からも、本発明の効果によって、インダクタのQ値を改善できることが確認できた。
【0032】
次に、本発明の第2の実施形態を説明する。
【0033】
図4は、第2の実施形態に係るインダクタの構成を示す図であり、(A)は上面図、(B)はB−B断面図、(C)はC−C断面図、(D)はD−D断面図である。ここでは、上述の構成と同じ構成には、同一の符号を付して説明を省く。
【0034】
本実施形態のインダクタ20は、上段のエアブリッジ部23の、下段のエアブリッジ部12との接続位置が、第1の実施形態のインダクタ10と相違する。
【0035】
具体的には、エアブリッジ部23は支持位置21においてエアブリッジ部12に導通し、その他の位置でエアブリッジ部12から浮き上がる電極構造である。エアブリッジ部23の支持位置21は、エアブリッジ部12の支持位置11上からずれていて、支持位置21には径30μmの略円柱形状のポストを構成している。
【0036】
このインダクタ20は、メッキプロセスを含む以下の概略のプロセスにより製造する。
プロセス1:まず基板1上にレジストを形成し、露光およびレジスト除去により支持位置11に開口を設ける。
プロセス2:次にレジスト上および開口内にエアブリッジ部12となるメッキ電極を形成する。
プロセス3:次にその上にさらにレジストを形成し、露光およびレジスト除去により支持位置21に開口を設ける。
【0037】
プロセス4:次にレジスト上および開口内にエアブリッジ部23となるメッキ電極を形成する。
【0038】
以上の概略のプロセスにより、インダクタ20のエアブリッジ部12およびエアブリッジ部23が形成される。
【0039】
この場合、プロセス2により形成されるエアブリッジ部12の、支持位置11上面が周囲に比べて基板側に沈み込む。また、プロセス4により形成されるエアブリッジ部23の、支持位置21上面も周囲に比べて基板側に沈み込む。仮に、支持位置11と支持位置21とをずらしていなければ、エアブリッジ部23の上面は極めて大きく沈み込み、電極表面の不連続性が大きくなる。すると、この位置で部分的に電極表面同士が近づいて放射電磁界の集中が生じて放射損失が大きくなる。そこで、本実施形態では支持位置21を支持位置11からずらすことで、エアブリッジ部23の上面を平坦化して放射損失を低減し、インダクタを高Q化する。
【0040】
また、プロセス3における露光時に、エアブリッジ部12上面の沈み込んだ位置でレジストを開口する場合、エアブリッジ部12上面の沈み込みにより焦点距離がズレて、露光不足もしくは過剰露光になる虞がある。すると、エアブリッジ部12およびエアブリッジ部23の接続不良や不要短絡が生じる場合があるが、本実施形態のように支持位置11と支持位置21とをずらすことにより、支持位置21がエアブリッジ部12の平坦な上面部分に形成されることになり、上記の不良発生が軽減できる。
【0041】
次に、第3の実施形態に係るフィルタの構成を図5を基に説明する。
【0042】
図5(A)は、本実施形態のフィルタの回路図であり、同図(B)は同フィルタの周波数特性を説明する図である。
【0043】
このフィルタは、容量C1〜C6とインダクタンスL1〜L3とから構成される。容量C4とインダクタンスL1とは入力段のLC並列共振回路を構成する。容量C5とインダクタンスL2とは中間段のLC並列共振回路を構成する。容量C6とインダクタンスL3とは出力段のLC並列共振回路を構成する。また、入力段のLC並列共振回路と中間段のLC並列共振回路とは相互容量C1で結合する。中間段のLC並列共振回路と出力段のLC並列共振回路とは相互容量C2で結合する。入力段のLC並列共振回路と出力段のLC並列共振回路とは飛び結合容量C3で結合する。
【0044】
ここで、フィルタの通過特性S21のシミュレーション結果を図5(B)に示す。同図中には、インダクタンスL1〜L3として高Q(Q=40)のインダクタを使用した場合を実線で示し、インダクタンスL1〜L3として比較対象の低Q(Q=30)のインダクタを使用した場合を波線で示している。
【0045】
高Qのインダクタを使用したフィルタは、通過帯域内の2.5GHzの挿入損失が−1.51dB、2.7GHzの挿入損失が−1.31dBであり、低Qのインダクタを使用したフィルタは、通過帯域内の2.5GHzの挿入損失が−2.33dB、2.7GHzの挿入損失が−1.83dBであった。これにより、高Qのインダクタを使用したフィルタでは挿入損失が小さいことが確認できる。また、通過帯域の下限が本構成例と比較例とでほぼ等しく、高Qのインダクタを使用した場合フィルタのQ値が高いことが確認された。
【0046】
また、同フィルタでは入出力段の共振回路間での飛び結合により、通過帯域の低域側に減衰極が生じるが、この減衰極(約2.17GHz)での減衰量は、高Qのインダクタを使用した例が−27.27dBで、低Qのインダクタを使用した例が−23.97dBと、高Qのインダクタの採用により深くなることも確認された。
【0047】
以上のことから、インダクタンスL1〜L3を本発明のインダクタにより構成して、高Qのインダクタとすることで、インダクタンスL1〜L3における導体損を低減して、フィルタの挿入損失を抑制可能なことが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】第1の実施形態に係るインダクタの構成を示す図である。
【図2】同インダクタのインダクタ部の構成を示す図である。
【図3】シミュレーションを説明する図である。
【図4】第2の実施形態に係るインダクタの構成を示す図である。
【図5】第3の実施形態に係るフィルタを説明する図である。
【符号の説明】
【0049】
1…基板
6A,6B…端子電極
7…インダクタ部
8…樹脂層
10,20…インダクタ
11.21…支持位置
12,13,23…エアブリッジ部
12A,13A…シード層
12B,13B…メッキ層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上の複数の支持位置の間に、前記基板から浮き上がる状態で架設される第1のエアブリッジ電極と、
前記第1のエアブリッジ電極上の複数の支持位置の間に、前記第1のエアブリッジ電極から浮き上がる状態で架設される第2のエアブリッジ電極と、
を備えるインダクタ。
【請求項2】
前記第1および第2のエアブリッジ電極は、インダクタ使用周波数における表皮深さよりも電極厚が大きい、請求項1に記載のインダクタ。
【請求項3】
前記第2のエアブリッジ電極の支持位置は、前記第1のエアブリッジの支持位置に一致する、請求項1または2に記載のインダクタ。
【請求項4】
前記第2のエアブリッジ電極の支持位置は、前記第1のエアブリッジの支持位置からずれる、請求項1または2に記載のインダクタ。
【請求項5】
前記基板は、GaAs半導体基板である請求項1〜4のいずれかに記載のインダクタ。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のインダクタを備えたフィルタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−21384(P2010−21384A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−180970(P2008−180970)
【出願日】平成20年7月11日(2008.7.11)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】