説明

エコー抑圧装置

エコーキャンセラ1によるエコー消去後の送信信号u(t)を帯域分割し、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定する割合推定手段を設け、その割合推定手段により推定されたエコー成分の割合から帯域別のエコー抑圧量eg(n)を算出し、各帯域の信号成分から当該エコー抑圧量eg(n)を減算する。これにより、通話品質の劣化を招くことなく、残留エコーを抑圧することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
この発明は、スピーカから出力された受信信号がエコー経路を経てマイクに入力されることにより生じる音響エコーを低減するエコー抑圧装置に関するものである。
【背景技術】
携帯電話やテレビ会議装置では、通信回線で生じる音響・回線エコーの消去を目的として、エコー抑圧装置を搭載している。一般的なエコー抑圧装置は、エコー成分を消去する適応フィルタと、残留エコー成分を抑圧するエコーサプレッサと、残留エコーの抑圧区間に擬似背景雑音を重畳する擬似背景雑音付加器とから構成されている。
適応フィルタは、エコー信号が混入されている入力信号からエコーを部分的に消去するが、適応フィルタでは完全にはエコーを消去することができないので、エコー消去後の信号には残留エコー成分が含まれている。
エコーサプレッサは、残留エコー成分を含む信号を抑圧し、エコー抑圧後の信号を出力する。ところがエコーサプレッサは、エコーと一緒に背景雑音も抑圧するため、送信信号の背景雑音が部分的に遮断されることにより不自然さが生じる。
そこで、擬似背景雑音付加器は、エコー抑圧前の信号の背景雑音を分析して擬似背景雑音を生成し、エコーサプレッサから出力された信号に擬似背景雑音を付加する。これにより、エコーが小さく、かつ自然性の高い音声が遠端側に送信される。
上記のようなエコーサプレッサを実現する技術として、NLP(非線形プロセッサ)はよく知られており、例えば、NLPの一例であるセンタークリッパは、所定の閾値を下回る信号レベルの音声を遮断する効果がある。
適応フィルタによるエコー消去を実施した後の残留エコーは比較的小さな信号レベルを持つことが期待されるので、センタークリッパによって残留エコーのほとんどを抑圧することが可能となる(以下、特許文献1,2を参照)。
しかし、固定的な入出力特性を持つセンタークリッパは、受話側のシングルトーク時など、送信信号にエコーが存在していないことが確実に予測できる場合でも、送信信号のレベルが所定の閾値を下回れば抑圧を行うため、エコー以外の成分に対する抑圧の影響が大きい。
【特許文献1】 特開平9−275367号公報
【特許文献2】 特開2000−138619号公報
従来のエコー抑圧装置は以上のように構成されているので、送信信号の背景雑音が部分的に遮断されることによる不自然さを解消することができるが、ユーザ音声の有音区間の境界を正確に判定できず、NLPによるエコー抑圧処理によって音声成分の一部が損なわれるため、ユーザ音声の語頭や語尾の途切れ感による通話品質の劣化を招くなどの課題があった。
この発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、通話品質の劣化を招くことなく、残留エコーを抑圧することができるエコー抑圧装置を得ることを目的とする。
【発明の開示】
この発明に係るエコー抑圧装置は、エコーキャンセラによる減算処理後の送信信号を帯城分割し、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定する割合推定手段を設け、その割合推定手段により推定されたエコー成分の割合から帯城別のエコー抑圧量を算出し、各帯域の信号成分から当該エコー抑圧量を減算するようにしたものである。
このことによって、通話品質の劣化を招くことなく、残留エコーを抑圧することができる効果がある。
【図面の簡単な説明】
第1図はこの発明の実施の形態1によるエコー抑圧装置を示す構成図である。
第2図は抑圧帯域決定部の処理内容を示すフローチャートである。
第3図は判定閾値の設定例を示すグラフ図である。
第4図はエコー抑圧量の算出方法を示す説明図である。
第5図はエコーの抑圧結果を示す説明図である。
第6図はこの発明の実施の形態2によるエコー抑圧装置を示す構成図である。
第7図はエコー経路の結合量推定方法を示すフローチャートである。
第8図はこの発明の実施の形態5によるエコー抑圧装置を示す構成図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、この発明をより詳細に説明するために、この発明を実施するための最良の形態について、添付の図面に従って説期する。
実施の形態1.
第1図はこの発明の実施の形態1によるエコー抑圧装置を示す構成図であり、図において、エコー抑圧装置はエコーキャンセラ1とエコー抑圧部2から構成されている。
エコーキャンセラ1の適応フィルタ11は受信信号r(t)から擬似エコー信号d(t)を生成し、エコーキャンセラ1の減算器12は送信信号s(t)から擬似エコー信号d(t)を減算してエコー消去を実施し、エコー消去後の送信信号u(t)を出力する。
エコー抑圧部2のFFT処理部21はエコー消去後の送信信号u(t)をFFT(高速フーリエ変換)処理し、フーリエスペクトルU(j)を出力する。FFT処理部22はエコー消去前の送信信号s(t)をFFT処理し、フーリエスペクトルS(j)を出力する。
信号対エコー比推定部23はフーリエスペクトルU(j),S(j)からエコー消去前の送信信号s(t)の全信号成分に対するエコー成分の割合を推定し、サブバンド信号対エコー比推定部24はフーリエスペクトルU(j),S(j)から各サブバンド(帯域)の信号成分に対するエコー成分の割合を推定する。なお、FFT処理部21,22、信号対エコー比推定部23及びサブバンド信号対エコー比推定部24から割合推定手段が構成されている。
抑圧帯域決定部25は信号対エコー比推定部23及びサブバンド信号対エコー比推定部24の推定結果を参照して、抑圧対象のサブバンドを決定する。雑音スペクトル推定部26はFFT処理部21から出力されたフーリエスペクトルU(j)から背景雑音スペクトルNf(j)を推定し、その背景雑音スペクトルNf(j)から背景雑音レベルNs(n)を計算する。サブバンドパワー算出部27はFFT処理部21から出力されたフーリエスペクトルU(j)から各サブバンドの送信信号パワーUs(n)を計算する。エコー抑圧量算出部28は背景雑音レベルNs(n)と送信信号パワーUs(n)から抑圧帯域決定部25により決定されたサブバンドのエコー抑圧量eg(n)を算出する。エコー抑圧処理部29はFFT処理部21から出力されたフーリエスペクトルU(j)からエコー抑圧量算出部28により算出されたエコー抑圧量eg(n)を減算するエコー抑圧処理を行う。なお、抑圧帯域決定部25、雑音スペクトル推定部26、サブバンドパワー算出部27、エコー抑圧量算出部28及びエコー抑圧処理部29からエコー抑圧手段が構成されている。
IFFT処理部30はエコー抑圧処理部29による抑圧処理後の送信信号スペクトルO(j)をIFFT(逆高速フーリエ変換)処理して、時系列信号である送信信号O(t)を出力する帯域合成手段を構成している。
次に動作について説明する。
エコーキャンセラ1の適応フィルタ11は、Rin端子から受信信号r(t)が入力されると、その受信信号r(t)から擬似エコー信号d(t)を生成する。
エコーキャンセラ1の減算器12は、適応フィルタ11から擬似エコー信号d(t)を受けると、背景雑音を含むユーザ音声にエコーが重畳された送信信号s(t)から擬似エコー信号d(t)を減算してエコー消去を実施し、エコー消去後の送信信号u(t)をエコー抑圧部2に出力する。
エコー抑圧部2のFFT処理部21は、エコーキャンセラ1からエコー消去後の送信信号u(t)を受けると、エコー消去後の送信信号u(t)をFFT処理することにより、エコー消去後の送信信号u(t)を帯域分割してフーリエスペクトルU(j)を出力する。ここで、jは周波数を表すインデックスである。
また、エコー抑圧部2のFFT処理部22は、エコー消去前の送信信号s(t)をFFT処理することにより、エコー消去前の送信信号s(t)を帯域分割して、フーリエスペクトルS(j)を出力する。
信号対エコー比推定部23は、FFT処理部21からフーリエスペクトルU(j)を受け、FFT処理部22からフーリエスペクトルS(j)を受けると、フーリエスペクトルU(j),S(j)からエコー消去前の送信信号s(t)の全信号成分に対するエコー成分の割合を推定する。即ち、エコー消去前の送信信号s(t)と、その送信信号s(t)に含まれるエコー成分との比SERtotalを下記に示すように推定する。

ただし、NはFFT点数である。
また、サブバンド信号対エコー比推定部24は、FFT処理部21からフーリエスペクトルU(j)を受け、FFT処理部22からフーリエスペクトルS(j)を受けると、フーリエスペクトルU(j),S(j)から各サブバンドの信号成分に対するエコー成分の割合を推定する。即ち、エコー消去前の送信信号s(t)における各サブバンドの信号成分と、各サブバンドのエコー成分との比SER(n)を下記に示すように推定する。

ただし、nはサブバンドの番号を示すインデックスであり、l(n)はn番目のサブバンドの周波数軸j上の始点を表し、l(n)は終点を表している。また、Mはサブバンドの数である。
仮にM=Nとすれば、l(n)=l(n)、(n=1,2,・・・,M)となり、式(2)は次のように簡略化される。

式(3)はエコー成分の割合をパワースペクトルの比として求める式である。
なお、エコー成分の割合は、適応フィルタ11が生成する擬似エコー信号d(t)と、エコー消去後の送信信号u(t)とを比較して推定してもよい。この場合、FFT処理部22に入力される信号は、エコー消去前の送信信号s(t)ではなく、適応フィルタ11が生成する擬似エコー信号d(t)となり、FFT処理部22が出力する信号は擬似エコー信号d(t)のフーリエスペクトルD(j)となる。
この場合の送信信号s(t)に含まれるエコー成分の割合の推定は次の式(4)によって行う。

また、サブバンド別のエコーの割合の推定は次の式(5)によって行う。

抑圧帯域決定部25は、上記のようにして信号対エコー比推定部23が比SERtotalを推定し、サブバンド信号対エコー比推定部24が比SER(n)を推定すると、比SERtotalと比SER(n)を参照して、抑圧対象のサブバンドを決定する。具体的には下記のようにして抑圧対象のサブバンドを決定する。第2図は抑圧帯域決定部の処理内容を示すフローチャートである。
まず、抑圧帯域決定部25は、信号対エコー比推定部23により推定された比SERtotalと1段目の抑圧モード判定閾値THE_SER1totalとを比較し、以下の式(6)が成立するか否かを判定する(ステップST1)。

抑圧帯域決定部25は、式(6)が成立する場合、送信信号全体に含まれているエコー成分の割合が高く、残留エコーの影響が大きいため、全サブバンドを抑圧対象に決定すべく、すべての抑圧判定フラグsf(n)を“1”に設定する(ステップST2)。即ち、sf(n)=1,(n=1,2,・・・,M)に設定する。
一方、式(6)が成立しない場合、信号対エコー比推定部23により推定された比SERtotalと2段目の抑圧モード判定閾値THE_SER2totalとを比較し、以下の式(7)が成立するか否かを判定する(ステップST3)。

抑圧帯域決定部25は、式(7)が成立しない場合、送信信号全体に含まれているエコー成分の割合が低く、残留エコーの影響が小さいため、全サブバンドを非抑圧対象に決定すべく、すべての抑圧判定フラグsf(n)を“0”に設定する(ステップST11)。即ち、sf(n)=0,(n=1,2,・・・,M)に設定する。
抑圧帯域決定部25は、式(7)が成立する場合、一部のサブバンドに含まれているエコー成分の割合が高い可能性があるため、サブバンドを表す変数nを“0”に初期設定してから(ステップST4)、サブバンド信号対エコー比推定部24により推定された比SER(n)とサブバンド抑圧判定閾値THR_SER(n)とを比較し、以下の式(8)が成立するか否かを判定する(ステップST6)。

抑圧帯域決定部25は、式(8)が成立する場合、サブバンドnに含まれているエコー成分の割合が高いため、そのサブバンドnを抑圧対象に決定すべく、抑圧判定フラグsf(n)を“1”に設定する(ステップST7)。
式(8)が成立しない場合、サブバンドnに含まれているエコー成分の割合が低いため、そのサブバンドnを非抑圧対象に決定すべく、抑圧判定フラグsf(n)を“0”に設定する(ステップST8)。
抑圧帯域決定部25は、変数nを“1”だけインクリメントし(ステップST9)、n≧Mが成立するまで、ステップST5〜ST10までの処理を繰り返し実施する。
なお、ステップST6において使用されるサブバンド抑圧判定閾値THR_SER(n)は、全てのnに対して一意の値を定めてもよいが、エコーキャンセラ1のエコー消去能力に応じて、それぞれのnに対して個別の値を定めてもよい。
一般にLMSアルゴリズムによって実現される適応フィルタ11を、音声信号を主とする信号に対するエコーキャンセリングに適用する場合、高域に残留エコーが残り易くなることが知られている。これは音声信号のスペクトルが平坦ではなく、高域の信号パワーが低域に比べ小さいために、高域側のエコーパスの推定精度が低域側よりも劣ることや、高域側に非線形エコー成分が集中することなどに起因している。この場合、特に高域側で閾値を高めに設定することで、エコー抑圧効果を高められることが期待できる。第3図のグラフは、このようなサブバンド抑圧判定閾値THR_SER(n)の設定の一例を示している。
次に雑音スペクトル推定部26は、FFT処理部21からフーリエスペクトルU(j)を受けると、そのフーリエスペクトルU(j)から背景雑音スペクトルNf(j)を推定し、その背景雑音スペクトルNf(j)から背景雑音レベルNs(n)を計算する。
背景雑音スペクトルNf(j)の推定方法としては、特開2000−347688号公報に記載されている平均雑音スペクトルの算出方法が好適な例として挙げられる。背景雑音スペクトルNf(j)からは、以下の式(9)によって推定背景雑音レベルNs(n)を計算する。

サブバンドパワー算出部27は、FFT処理部21からフーリエスペクトルU(j)を受けると、フーリエスペクトルU(j)を以下の式(10)に代入して、各サブバンドの送信信号パワーUs(n)を計算する。

エコー抑圧量算出部28は、雑音スペクトル推定部26が背景雑音レベルNs(n)を計算し、サブバンドパワー算出部27が各サブバンドの送信信号パワーUs(n)を計算すると、背景雑音レベルNs(n)と各サブバンドの送信信号パワーUs(n)を以下の式(11)に代入して、抑圧帯域決定部25により決定された抑圧対象のサブバンドのエコー抑圧量eg(n)を算出する。

エコー抑圧量算出部28により算出される抑圧量は、第4図に示すように、抑圧対象の帯域の送信信号を、雑音スペクトル推定部26により推定された背景雑音レベルNs(n)にまで抑圧する量として計算される。
エコー抑圧処理部29は、エコー抑圧量算出部28が抑圧対象のサブバンドのエコー抑圧量eg(n)を算出すると、そのエコー抑圧量eg(n)を以下の式(12)に代入してエコー抑圧処理を実施し、エコー抑圧後の送信信号スペクトルO(j)を出力する。

ただし、f(j)は周波数jの所属するサブバンドのインデックスnを出力する関数である。
この結果、エコー成分の割合の高い帯域の信号成分は、第5図に示すように背景雑音レベルまで抑圧される。なお、全帯域が抑圧対象とされた場合、抑圧処理後の送信信号スペクトルO(j)は背景雑音スペクトルにほぼ近い形状となる。
IFFT処理部30は、エコー抑圧処理部29がエコーの抑圧処理を実施すると、抑圧処理後の送信信号スペクトルO(j)をIFFT処理して、時系列信号である送信信号O(t)を出力する。
以上で明らかなように、この実施の形態1によれば、エコーキャンセラ1によるエコー消去後の送信信号u(t)を帯域分割し、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定する割合推定手段を設け、その割合推定手段により推定されたエコー成分の割合から帯域別のエコー抑圧量eg(n)を算出し、各帯域の信号成分から当該エコー抑圧量eg(n)を減算するように構成したので、通話品質の劣化を招くことなく、残留エコーを抑圧することができる効果を奏する。
即ち、エコー成分の割合の高い帯域のみを選択して抑圧処理を実施するので、送信信号に含まれているユーザ音声成分、特に語頭や語尾の部分を損なわず、音声品質を保持しながら残留エコーを抑圧することができる効果を奏する。
また、この実施の形態1によれば、送信信号の全体に含まれるエコー成分の割合を調べ、エコー成分の割合が特に高い時間区間においては、全帯域を抑圧対象に決定して抑圧処理を実施するので、受話側のシングルトーク時において高い抑圧効果が得られる。
また、この実施の形態1によれば、各サブバンドの信号成分を背景雑音レベルまで抑圧し、その背景雑音レベルを超える抑圧を実施しないので、背景雑音の断続感を招くことなく、残留エコーを抑圧することができる効果を奏する。また、エコー抑圧装置の後段に擬似背景雑音を付加する装置を別途設置する必要がないため、演算規模の簡略化を図ることができる効果も奏する。
さらに、この実施の形態1によれば、エコー成分の割合を推定するに際して、エコーキャンセラ1によるエコー消去後の送信信号u(t)を参照しているため、比較的小さな演算規模で高い推定精度を実現することができる効果を奏する。
また、この実施の形態1によれば、抑圧する帯域の判定に用いる閾値をサブバンド毎に設定しているため、残留エコー成分が発生し易い帯域で、抑圧が効果的に働くように調整することができる効果を奏する。
実施の形態2.
第6図はこの発明の実施の形態2によるエコー抑圧装置を示す構成図であり、図において、第1図と同一符号は同一または相当部分を示すので説明を省略する。
FFT処理部31は受信信号r(t)をFFT処理してフーリエスペクトルR(j)を出力し、FFT処理部32は送信信号s(t)をFFT処理してフーリエスペクトルS(j)を出力する。エコー結合量推定部33はフーリエスペクトルR(j),S(j)からトータルのエコー結合量Ltotalとサブバンド別のエコー結合量L(n)を推定する。信号対エコー比推定部34はエコー結合量推定部33により推定されたトータルのエコー結合量Ltotalから送信信号s(t)の全信号成分に対するエコー成分の割合を推定し、サブバンド信号対エコー比推定部35はエコー結合量推定部33により推定されたサブバンド別のエコー結合量L(n)から各サブバンドの信号成分に対するエコー成分の割合を推定する。なお、FFT処理部31,32、エコー結合量推定部33、信号対エコー比推定部34及びサブバンド信号対エコー比推定部35から割合推定手段が構成されている。
次に動作について説明する。
上記実施の形態1では、エコーキャンセラ1によるエコー消去前の送信信号s(t)とエコー消去後の送信信号u(t)とを比較、または、適応フィルタ11が生成する疑似エコー信号d(t)とエコー消去後の送信信号u(t)とを比較して、送信信号s(t)に含まれるエコー成分の割合を推定するものについて示したが、受信信号r(t)と送信信号s(t)とを比較することによってエコー経路のエコー結合量を推定し、そのエコー結合量から送信信号s(t)に含まれるエコー成分の割合を推定するようにしてもよい。
具体的には下記の通りである。
まず、FFT処理部31は、Rin端子から受信信号r(t)が入力されると、その受信信号r(t)をFFT処理してフーリエスペクトルR(j)を出力する。
また、FFT処理部32は、Sin端子から送信信号s(t)が入力されると、その送信信号s(t)をFFT処理してフーリエスペクトルS(j)を出力する。
エコー結合量推定部33は、FFT処理部31からフーリエスペクトルR(j)を受け、FFT処理部32からフーリエスペクトルS(j)を受けると、フーリエスペクトルR(j),S(j)からトータルのエコー結合量Ltotalとサブバンド別のエコー結合量L(n)を推定する。
即ち、エコー結合量推定部33は、送信信号s(t)と受信信号r(t)の全体の信号パワーを比較するため、その差が所定の閾値THR_RST以上であるか否かを次の式(13)によって判定する(第7図のステップST21)。

ここで、THR_RSTは、現在の通話状態が受信側のシングルトークか否かを判定するための閾値である。
エコー結合量推定部33は、式(13)が成立する場合、トータルのエコー結合量Ltotalを次のように更新する(ステップST22)。

ここで、αは更新速度を決定する係数であり、0<α<1を満たす定数とする。また、L’totalは更新前のトータルのエコー結合量であり、エコー結合量Ltotalの初期値はエコー抑圧装置の適応対象における実際のエコー結合量よりも十分小さい値として設定されているものとする。
次にエコー結合量推定部33は、サブバンド別のエコー結合量L(n)を次のように更新する(ステップST23)。

エコー結合量L(n)の初期値もエコー抑圧装置の適応対象における実際のエコー結合量よりも十分小さい値として設定されているものとする。
エコー結合量推定部33は、式(13)が成立しない場合、エコー結合量の更新を行わない。
信号対エコー比推定部34は、エコー結合量推定部33がトータルのエコー結合量Ltotalを推定すると、トータルのエコー結合量Ltotaを以下の式(16)に代入して、送信信号s(t)の全信号成分に対するエコー成分の割合としてSERtotalを推定する。

サブバンド信号対エコー比推定部35は、エコー結合量推定部33がサブバンド別のエコー結合量L(n)を推定すると、サブバンド別のエコー結合量L(n)を以下の式(17)に代入して、各サブバンドの信号成分に対するエコー成分の割合としてSER(n)を推定する。

ただし、n=1,2,・・・,M
抑圧帯域決定部25からIFFT処理部30までの処理内容は、上記実施の形態1と同様であるため説明を省略する。
以上で明らかなように、この実施の形態2によれば、エコー抑圧装置の前段に適応フィルタ11によるエコーキャンセラ1が存在しない場合や、エコーキャンセラ1に単純に直列接続する場合でも、上記実施の形態1と同様に、通話品質の劣化を招くことなく、残留エコーを抑圧することができる効果を奏する。
即ち、受信信号r(t)と送信信号s(t)からエコー経路の結合量を推定して、その結合量を受信信号の帯域分割信号に乗算し、乗算後の帯域分割信号と送信信号の帯域分割信号とを比較して、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定するようにしているので、エコー抑圧装置の前段に適応フィルタ11によるエコーキャンセラ1が存在しない場合や、エコーキャンセラ1に単純に直列接続する場合でも、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定することができる効果を奏する。
また、この実施の形態2によれば、送話・受話間のパワースペクトルからエコー経路の結合量を算出しているため、結合量の推定が入力音声のスペクトル上のパワーの偏りに影響されずらくなり、信号レベルが比較的小さい高域側でも高い推定精度を実現することができる効果を奏する。
実施の形態3.
上記実施の形態1では、各サブバンドのエコー抑圧量eg(n)を、現在の送信信号のレベルから背景雑音レベルまで抑圧する抑圧量に相当する値として算出するものについて示しているが、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合の大きさに応じて各サブバンドのエコー抑圧量eg(n)を算出するようにしてもよい。
これにより、上記実施の形態1では、各サブバンドのエコー成分の割合を表すSER(n)が所定の閾値THR_SER(n)を超えたとき、エコーの抑圧処理を実施することになるが、この実施の形態3では、各サブバンドのエコー成分の割合を表すSER(n)が所定の閾値THR_SER(n)を超えない場合であっても、エコー成分の割合を表すSER(n)に応じた抑圧処理を実施することになる。
具体的には下記の通りである。
この実施の形態3では、エコー抑圧量算出部28は、式(11)の代わりに、下記の式(18)を使用してエコー抑圧量eg(n)を計算する。

式(18)では、SER(n)が閾値THR_SER(n)を下回る場合、式(11)によっで計算される抑圧量と同じ値の抑圧量を算出することになるが、SER(n)が閾値THR_SER(n)以上になる場合、閾値THR_SER(n)を超過した分だけ低減する抑圧量eg(n)を算出することになる。
以上から明らかなように、この実施の形態3によれば、エコー成分の割合が比較的小さい条件でも、その割合に応じて抑圧量を調整してエコー抑圧を実施することになるため、上記実施の形態1では、抑圧ができなかった条件でも抑圧を行うことが可能となり、エコーの抑圧効果を高めることができる効果を奏する。
また、この実施の形態3によれば、エコー成分の割合の大きさに応じて定める抑圧量の上限値を、背景雑音レベルまでの抑圧に相当する値とすることにより、背景雑音の断続感を生じさせずに抑圧処理を行うことができる効果を奏する。加えて、エコー抑圧装置の後段に擬似背景雑音を付加する必要がないため、演算規模を低減することができる効果も奏する。
実施の形態4.
上記実施の形態1では、抑圧対象とするサブバンドの平均信号レベルが背景雑音レベル相当となるように抑圧量eg(n)を決定して、エコー成分の抑圧処理を実施するものについて示したが、抑圧対象とするサブバンドの振幅スペクトルが、サブバンド内で平坦化するように抑圧処理を実施するようにしてもよい。
即ち、この実施の形態4では、エコー抑圧量をサブバンド別に算出するのではなく、エコー抑圧量をフーリエスペクトル上のサンプル別に算出する。
例えば、抑圧対象とするサブバンドのパワーが、同じサブバンドにおける背景雑音の平均パワーに等しくなるように、各サンプルの絶対値を一定値にそろえるように抑圧量eg(j)を決定する。

ここで、ls(n)はサブバンドnのフーリエスペクトルのサンプル数を示している。
この実施の形態4によれば、抑圧対象とするサブバンドのスペクトルを平坦化するので、一律のゲインを付与する場合と比べ、より聴感的な残留エコー感を低減できる効果を奏する。
実施の形態5.
第8図はこの発明の実施の形態5によるエコー抑圧装置を示す構成図であり、図において、第1図と同一符号は同一または相当部分を示すので説明を省略する。
ダブルトーク検出部41はダブルトークの検出処理を実施し、エコー抑圧量算出部42は第1図のエコー抑圧量算出部28と同様にしてエコー抑圧量を算出する一方、ダブルトーク検出部41がダブルトークを検出すると、そのダブルトークの検出区間では非検出区間よりもエコー抑圧量を抑制する。なお、ダブルトーク検出部41及びエコー抑圧量算出部42はエコー抑圧手段を構成している。
次に動作について説明する。
この実施の形態5では、ダブルトークの検出処理を実施するダブルトーク検出部41を設け、エコー抑圧量算出部42がダブルトークの検出区間では非検出区間よりもエコー抑圧量を抑制する点で、上記実施の形態1と相違している。
即ち、ダブルトーク検出部41は、エコーキャンセラ1の減算器12から出力されたエコー消去後の送信信号u(t)と、受信信号r(t)とのパワーの差を計算し、このパワーの差が所定の閾値THR_DTを超えるか否かを以下の式(20)によって判定する。

ただし、THR_DTはダブルトークを検出するための閾値である。
ダブルトーク検出部41は、式(20)が成立する場合、現在の通話状態がダブルトークであると判定し、ダブルトークフラグdf=1を出力する。
一方、式(20)が成立しない場合、ダブルトーク検出フラグdf=0を出力する。
エコー抑圧量算出部42は、ダブルトーク検出部41がダブルトークを検出していない非検出区間では、第1図のエコー抑圧量算出部28と同様にしてエコー抑圧量eg(n)を算出するが、ダブルトーク検出部41がダブルトークを検出すると、そのダブルトークの検出区間では非検出区間よりもエコー抑圧量eg(n)を抑制する。
即ち、エコー抑圧量算出部42は、ダブルトーク検出フラグdfを以下の式(21)に代入して、エコー抑圧量eg(n)を算出する。

式(21)の場合、ダブルトークの検出区間のエコー抑圧量eg(n)が零になるが、0<df<1に設定して、エコー抑圧量eg(n)が非検出区間よりも小さくなるようにしてもよい。
以上から明らかなように、この実施の形態5によれば、ダブルトークの検出区間では非検出区間よりもエコー抑圧量eg(n)を抑制するので、ダブルトーク区間における送話品質の劣化を抑制することができる効果を奏する。
なお、この実施の形態5では、ダブルトーク検出部41がエコー消去後の送信信号u(t)と受信信号r(t)とのパワーの差に基づいてダブルトークの検出を行っているが、その検出方法や検出のためのパラメータはこれに限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
以上のように、この発明に係るエコー抑圧装置は、スピーカから出力された受信信号がエコー経路を経てマイクに入力されることにより生じる音響エコーを低減することによって、通話品質を高める必要がある車載電話や携帯電話などの音声通信に用いるのに適している。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
受信信号から擬似エコー信号を生成し、送信信号から当該擬似エコー信号を減算するエコーキャンセラと、上記エコーキャンセラによる減算処理後の送信信号を帯域分割し、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定する割合推定手段と、上記割合推定手段により推定されたエコー成分の割合から帯域別のエコー抑圧量を算出し、各帯域の信号成分から当該エコー抑圧量を減算するエコー抑圧手段と、上記エコー抑圧手段による減算処理後の各帯域の信号成分を時系列信号に戻し、その時系列信号を送信信号として出力する帯域合成手段とを備えたエコー抑圧装置。
【請求項2】
割合推定手段は、送信信号又は擬似エコー信号を帯域分割し、その帯域分割信号を用いて、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定することを特徴とする請求の範囲第1項記載のエコー抑圧装置。
【請求項3】
エコー抑圧手段は、全帯域の信号成分に対するエコー成分の割合が第1の基準値より大きい場合、すべての帯域のエコー抑圧量を算出し、全帯域の信号成分に対するエコー成分の割合が第1の基準値より小さい場合、帯域別のエコー成分の割合が第2の基準値より大きい帯域のエコー抑圧量のみを算出することを特徴とする請求の範囲第1項記載のエコー抑圧装置。
【請求項4】
エコー抑圧手段は、エコー成分の割合と第2の基準値を比較するに際して、帯域別に用意されている第2の基準値を使用することを特徴とする請求の範囲第3項記載のエコー抑圧装置。
【請求項5】
送信信号を帯域分割し、各帯域の信号成分から帯域別の背景雑音レベルを推定する背景雑音レベル推定手段と、上記背景雑音レベル推定手段により推定された帯域別の背景雑音レベルから帯域別のエコー抑圧量を算出し、各帯域の信号成分から当該エコー抑圧量を減算するエコー抑圧手段と、上記エコー抑圧手段による減算処理後の各帯域の信号成分を時系列信号に戻し、その時系列信号を送信信号として出力する帯域合成手段とを備えたエコー抑圧装置。
【請求項6】
エコー抑圧手段は、減算後の各帯域の信号成分を帯域別の背景雑音レベルに一致させるエコー抑圧量を算出することを特徴とする請求の範囲第5項記載のエコー抑圧装置。
【請求項7】
送信信号を帯域分割し、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定する割合推定手段と、上記割合推定手段により推定されたエコー成分の割合から帯域別のエコー抑圧量を算出し、各帯域の信号成分から当該エコー抑圧量を減算するエコー抑圧手段と、上記エコー抑圧手段による減算処理後の各帯域の信号成分を時系列信号に戻し、その時系列信号を送信信号として出力する帯域合成手段とを備えたエコー抑圧装置。
【請求項8】
割合推定手段は、受信信号を帯域分割し、その帯域分割信号を用いて、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定することを特徴とする請求の範囲第7項記載のエコー抑圧装置。
【請求項9】
割合推定手段は、受信信号と送信信号からエコー経路の結合量を推定して、その結合量を受信信号の帯域分割信号に乗算し、乗算後の帯域分割信号と送信信号の帯域分割信号とを比較して、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合を推定することを特徴とする請求の範囲第8項記載のエコー抑圧装置。
【請求項10】
割合推定手段は、受信信号から受信側のシングルトークを検出した時、エコー経路の結合量を推定することを特徴とする請求の範囲第9項記載のエコー抑圧装置。
【請求項11】
エコー抑圧手段は、各帯域の信号成分に対するエコー成分の割合の大きさに応じて帯域別のエコー抑圧量を算出することを特徴とする請求の範囲第1項記載のエコー抑圧装置。
【請求項12】
エコー抑圧手段は、ある帯域の信号成分に対するエコー成分の割合が所定の閾値を上回る場合、その帯域の信号成分のスペクトルを平坦化することを特徴とする請求の範囲第1項記載のエコー抑圧装置。
【請求項13】
エコー抑圧手段は、ダブルトークの検出機能を備え、そのダブルトークの検出区間では非検出区間よりもエコー抑圧量を抑制することを特徴とする請求の範囲第1項記載のエコー抑圧装置。

【国際公開番号】WO2005/046076
【国際公開日】平成17年5月19日(2005.5.19)
【発行日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−510461(P2005−510461)
【国際出願番号】PCT/JP2003/014329
【国際出願日】平成15年11月11日(2003.11.11)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】