説明

エチルセルロースを特異的に溶解する溶剤

【課題】エチルセルロースを十分に溶解するが、ブチラール樹脂をほとんど溶解しない溶剤を開発する。
【解決手段】上記課題は、以下の式(I):


[式中、Aはメチレンまたはエチレン基であり、Rは、水素原子またはメチルもしくはエチル基であり、RおよびRは、互いに独立して、炭素数1〜8のアルキル基であるか、または、RおよびRは、それらが結合する炭素原子と一緒になって、炭素数6〜8のシクロアルカン環またはメチルもしくはエチル置換基を有する合計炭素数6〜8のシクロアルカン環を形成していてもよい]
で示されるケタールを含むことを特徴とするエチルセルロース溶解性の溶剤により解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エチルセルロースを特異的に溶解し、ブチラール樹脂を溶解しない溶剤に関する。また本発明は、該溶剤にエチルセルロースを溶解してなるビヒクルならびにこのビヒクルに金属粒子、有機金属化合物および/または硝子粒子を混合してなるペーストに関する。
【背景技術】
【0002】
半導体分野に用いる溶剤において、樹脂、特にエチルセルロースを溶解するが、ブチラール樹脂を溶解しない溶剤が求められている。その理由は、積層セラミックコンデンサの製造の際にグリーンシートの表面に印刷処理を施しても、シートアタックを引き起こすことがないようにするためである。
【0003】
また、この分野において、溶剤にエチルセルロースを溶解してなるビヒクルならびにこのビヒクルに金属粒子、有機金属化合物および/または硝子粒子を混合してなるペーストも有用である。その理由は、適当な粘度を有することにより、印刷が精密に描けるからである。
【0004】
しかし、一般にエチルセルロースを溶解する溶剤は、ブチラール樹脂に対しても溶解性があり、エチルセルロースを溶解するがブチラール樹脂を溶解しない溶剤は、これまであまり知られていなかった。
【0005】
特許文献1は、積層セラミックコンデンサの製造の際にセラミックグリーンシート上に塗布して使用される導電ペーストであって、バインダー樹脂、有機溶剤および金属粉末を含有する導電ペーストを開示している。この導電ペーストは、バインダー樹脂として特定のポリビニルアセタール樹脂を使用することを特徴とするものであり、有機溶剤としては、一般的なケトン(ジプロピルケトンなど)、エステル(酢酸2-エチルヘキシルなど)またはカルボン酸(ブタン酸など)を使用することを開示しているにすぎない。
【0006】
特許文献2にも、積層セラミックコンデンサの製造の際に薄層セラミックグリーンシート上に印刷適用される導電性ペーストであって、導電性粉末、バインダ樹脂、有機溶剤および分散剤を含有する導電性ペーストが開示されている。この導電性ペーストは、該導電性ペースト中のバインダ樹脂(エチルセルロース樹脂)を安定的に溶解するが、セラミックグリーンシート中のバインダ樹脂(例えばブチラール樹脂)を溶解しない有機溶剤として、ジヒドロターピニルアセテート単体、またはジヒドロターピニルアセテートと、ジヒドロターピネオールおよび炭素数が10〜20の鉱物油のうちの少なくとも一方との混合溶剤を含有する。
【0007】
【特許文献1】特開2005−259667号公報
【特許文献2】特開2005−197079号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような状況下、本発明者らは、エチルセルロースを十分に溶解し、かつある程度の粘度を有し、ブチラール樹脂をほとんど溶解しない溶剤を開発しようとした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討した結果、特定のケタールを含む溶剤が、エチルセルロースを十分に溶解するが、ブチラール樹脂をほとんど溶解しないことを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、以下の式(I):
【化1】

[式中、Aはメチレンまたはエチレン基であり、Rは、水素原子またはメチルもしくはエチル基であり、RおよびRは、互いに独立して、炭素数1〜8のアルキル基であるか、または、RおよびRは、それらが結合する炭素原子と一緒になって、炭素数6〜8のシクロアルカン環またはメチルもしくはエチル置換基を有する合計炭素数6〜8のシクロアルカン環を形成していてもよい]
で示されるケタールを含むことを特徴とするエチルセルロースに溶解性を示す溶剤を提供するものである。
【0011】
また、本発明は、上記溶剤にセルロースを溶解してなるビヒクルならびにこのビヒクルに金属粒子、有機金属化合物および/または硝子粒子を混合してなるペーストを提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の溶剤は、エチルセルロースを溶解し、ブチラール樹脂を溶解しない。
本発明のビヒクルは、適度な粘度を示し、印刷性に優れる。
本発明のペーストは、それを印刷に用いたときにシートアタックや絶縁性低下を引き起こすことがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において使用するケタールは、例えば、ケトンとジオールを酸触媒の存在下に反応させることによって得ることができる。
使用しうるケトンとしては、炭素数3〜10のケトンが含まれる。これらは、例えば、アセトン、2-ブタノン、2-ヘキサノン、3-ヘキサノン、2-ヘプタノン、3-ヘプタノン、4-ヘプタノン、2-オクタノン、3-オクタノン、4-オクタノン、2-ノナノン、3-ノナノン、4-ノナノン、5-ノナノン、2-デカノン、3-デカノン、4-デカノン、5-デカノン、4-メチル-3-ペンテン-2-オン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン、エチルシクロヘキサノン、ジメチルシクロヘキサノン、シクロヘプタノン、メチルシクロヘプタノン、シクロオクタノン、アセトフェノン、ホロン、イソホロン、樟脳などである。
【0014】
好ましいケトンは、2-ヘキサノン、3-ヘキサノン、2-ヘプタノン、3-ヘプタノン、4-ヘプタノン、2-オクタノン、3-オクタノン、4-オクタノン、2-ノナノン、3-ノナノン、4-ノナノン、5-ノナノン、2-デカノン、3-デカノン、4-デカノン、5-デカノン、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン、シクロヘプタノン、およびシクロオクタノンである。
より好ましいケトンは、2-オクタノン、3-オクタノン、4-オクタノン、シクロヘキサノンおよびメチルシクロヘキサノンである。
最も好ましいケトンは、2-オクタノン、3-オクタノンおよび4-オクタノンである。
【0015】
使用しうるジオールとしては、炭素数2〜4のジオールが含まれる。これらは、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,2-ブチレングリコール、1,3-ブチレングリコールなどである。好ましいジオールは、エチレングリコールおよびプロピレングリコールである。
使用しうる酸触媒としては、プロトンを放出する酸、例えば、塩酸、硫酸、硝酸などが含まれる。
【0016】
ケタールの製造の際に、ケトンとジオールは、1:1〜1:2、好ましくは1:1〜1:1.5、より好ましくは1:1〜1:1.2のモル比で使用してよい。
反応圧力は、常圧下または減圧下であってよい。
反応温度は、60〜120℃、好ましくは70〜110℃、より好ましくは80〜100℃であってよい。
反応は、条件にもよるが、通常は数時間以内、より普通には1時間以内に終了する。
溶媒は用いなくてよいが、必要なら反応に関与しない少量の有機溶媒を用いてもよい。この目的に使用しうる有機溶媒は、水と共沸させる溶媒、例えば、ベンゼン、酢酸エチルなどである。
【0017】
一般に、酸触媒下のケトンとジオールの反応は可逆反応である。この反応において望ましくない逆反応を防止するために、生成した水をベンゼンなどと共沸させて除去することが行われる。しかし、ベンゼンは環境にも人体にも悪影響を与える。従って、生成する水を減圧下に除去しながら反応を行うのが望ましい。
【0018】
減圧条件下での反応中に、水が先に留去され、次いで未反応の出発物質であるケトンおよびジオールが留去される。このケトンおよびジオールは、次回反応に用いてもよい。最後に、反応生成物であるケタールを減圧下に蒸留して回収する。このようにして製造したケタールは、通常、99%以上の純度を有する。
【0019】
上記のように製造したケタールは、エチルセルロースを溶解するが、ブチラール樹脂は凝集させ、ほとんど溶解しない。従って、これらケタールを、エチルセルロースを特異的に溶解する溶剤として使用することができる。これらケタールにより溶解することができる他の樹脂としては、例えば、ロジン、水添ロジン、アクリル樹脂などが挙げられる。
【0020】
本発明の溶剤は、上記した特定のケタールに加えて、該ケタールの40重量%まで、好ましくは20重量%まで、より好ましくは10重量%まで、最も好ましくは5重量%までの他の有機溶剤を含むことができる。この目的に使用しうる有機溶剤は、例えば、ターピネオール、ジヒドロターピネオール、テキサノール、ブチルカルビトールアセテートなどである。
【0021】
本発明のビヒクルは、本発明の溶剤中に、エチルセルロースを、20重量%まで、好ましくは15重量%まで、より好ましくは10重量%までの量(溶剤重量を基準に)で含有する。
【0022】
本発明のペーストは、ペースト重量を基準に、本発明のビヒクルを30〜70重量%、好ましくは40〜60重量%の量で含有し、金属粒子、有機金属化合物および/または硝子粒子を、合計して70〜30重量%、好ましくは60〜40重量%の量で含有する。
これらの金属粒子、有機金属化合物および硝子粒子としては、ニッケル、チタン、マグネシウム、アルミニウム、亜鉛、ケイ素の粉末、ならびに、これら金属を含む有機化合物およびこれら金属の合金の粉末などが含まれる。
【0023】
本発明のビヒクルは、常法により、例えば40〜100℃に加熱した本発明の溶剤にエチルセルロースを撹拌しながら徐々に添加および溶解することによって製造することができる。
本発明のペーストは、常法により、例えば3本ロールミルを用いて、本発明のビヒクルと、金属粒子、有機金属化合物および/または硝子粒子とを混練することによって製造することができる。この混練の際に、必要に応じて本発明の溶剤を希釈剤として加えることもできる。
【実施例】
【0024】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
製造したケタールの純度分析は、ガスクロマトグラフィーを用いて行った。その測定条件は、以下の通りである:
【表1】

【0025】
合成例1
(1)蒸留装置として、温度計および冷却管を取り付けた1Lのフラスコ仕込みの蒸留塔を用意した。この蒸留塔の理論段数は35段であり、蒸留装置の加熱はマントルヒーターによって行った。
このフラスコに、2-オクタノン256g(2モル)とプロピレングリコール168g(2.2モル)を仕込み、470hPaの圧力下、80℃で30分間加熱した。その後、415hPaまで減圧して水を分留した。
(2)次いで、110hPaまで減圧し、100℃まで徐々に加温した。その途中で未反応の2-オクタノンが分留され、さらに、過剰量で仕込まれたプロピレングリコールも回収された。
(3)さらに減圧し、最終的に20hPaまで減圧すると、生成物である2-オクタノンプロピレンケタールが蒸留された。このようにして得られた2-オクタノンプロピレンケタールの量は、309.2gであり、その純度は99.92%であった。
【0026】
合成例2
(1)合成例1と同様の蒸留装置を用い、そのフラスコに2-オクタノン384g(3モル)とエチレングリコール204.6g(3.3モル)を仕込み、450hPaの圧力下、80℃で30分間加熱した。その後、420hPaまで減圧して水を分留した。
(2)次いで、100hPaまで減圧し、100℃まで徐々に加温した。その途中で未反応の2-オクタノンが分留され、また、さらに80hPaまで減圧する途中に過剰量で仕込まれたエチレングリコールが共に蒸留された。
(3)さらに減圧し、最終的に20hPaまで減圧すると、生成物である2-オクタノンエチレンケタールが蒸留された。このようにして得られた2-オクタノンエチレンケタールの量は、310.4gであり、その純度は99.94%であった。
【0027】
実施例1
本発明の溶剤に、種々の樹脂を10重量%の量で溶解させた。この試験結果を下記の表2に示す。
【表2】

表中、×は、樹脂が膨潤して凝集した状態を表し、○は、樹脂が完全に溶解された状態を表す。表2より、本発明の溶剤は、ブチラール樹脂、エポキシ樹脂を溶解せず、エチルセルロース、水添ロジン、ロジン、アクリル樹脂を特異的に溶解することがわかる。
【0028】
実施例2
本発明の溶剤ならびにエチルセルロースの溶剤として知られる溶剤に、エチルセルロースを5重量%の量で溶解し、その溶解可否ならびに溶解前後の粘度を測定した。粘度測定は、SV型粘度計を用いて20℃で行った。この測定結果を下記の表3に示す。
また、溶剤の乾燥性の指標として、各溶剤の常圧下での沸点をも下記の表3に示す。
【表3】

表3より、本発明の溶剤(2-OEK、2-OPK)は樹脂溶解前の粘度が低いにもかかわらず、それにエチルセルロースを溶解させたビヒクルは、ターピネオールやメンタノールにエチルセルロースを溶解させたビヒクルに匹敵する高粘度を示す。
また、本発明の溶剤の沸点は、BCA、NG-120と比較して低いことから乾燥性は良好である。
【0029】
実施例3
実施例2に挙げた溶剤への5重量%ブチラール樹脂の溶解性を調べた結果を下記の表4に示す。
【表4】

表中、×は、樹脂が膨潤して凝集した状態を表し、△は、樹脂が溶解するが若干の白濁が確認された状態を表し、○は、樹脂が完全に溶解された状態を表す。
表4より、本発明の溶剤(2-OEK、2-OPK)は、積層セラミックコンデンサーや多層セラミック基板等に使用されるグリーンシートの成分であるブチラール樹脂に対する攻撃性が他の溶剤より低いことが判る。つまり、比較的薄いグリーンシート上に本発明のビヒクルを使用することができるので、より小さなセラミックコンデンサーや薄い複合基板を作成することができる。
【0030】
実施例4
本発明の溶剤2-OPK(450g)を70℃まで加熱し、これに撹拌しながら少しずつダウケミカル(株)製エチルセルロースSTD-100を所定量(50g)まで加えて溶解した。次いで、この得られたビヒクル(500g)と、導電性金属粉末として市販のニッケル粉末(500g)とを混合し、3本ロールミルを用いて混練することにより完全に分散させた。
このようにして得られた本発明のペーストを用いて、ブチラール樹脂が塗布されたグリーンシートに対して、所定の方法でスクリーン印刷を行った。溶剤としてターピネオールまたはメンタノールを用いて同様に製造したペーストと比較して、本発明のペーストは、グリーンシートに対してのシートアタックが著しく低下した。
このように、本発明のペーストを用いることによりシートアタック性が改善され、積層セラミックコンデンサ製造の際に、その薄層化を行うのに有益であることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(I):
【化1】

[式中、Aはメチレンまたはエチレン基であり、Rは、水素原子またはメチルもしくはエチル基であり、RおよびRは、互いに独立して、炭素数1〜8のアルキル基であるか、または、RおよびRは、それらが結合する炭素原子と一緒になって、炭素数6〜8のシクロアルカン環またはメチルもしくはエチル置換基を有する合計炭素数6〜8のシクロアルカン環を形成していてもよい]
で示されるケタールを含むことを特徴とするエチルセルロース溶解性の溶剤。
【請求項2】
請求項1に記載の溶剤にエチルセルロースを溶解させてなるビヒクル。
【請求項3】
請求項2に記載のビヒクルに、金属粒子、有機金属化合物および/または硝子粒子を混合してなるペースト。

【公開番号】特開2008−156244(P2008−156244A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−344101(P2006−344101)
【出願日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【出願人】(505033950)日本香料薬品株式会社 (4)
【Fターム(参考)】