説明

カーボンナノチューブの分散液、及びカーボンナノチューブの分散液の製造方法

【課題】長尺のカーボンナノチューブの分散性に優れたカーボンナノチューブの分散液を提供する。
【解決手段】カーボンナノチューブの分散液は、分散媒と、平均長さが8μm以上10mm以下であるカーボンナノチューブと、分子内に親水構造部と疎水構造部とを有する二種以上の界面活性剤と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブの分散液、及びカーボンナノチューブの分散液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブ(以下、場合により「CNT」と称す。)は、平面状のグラファト(グラフェンシート)を丸めた円筒状の構造を有している。そのナノ構造の特異性に起因して、CNTは様々な特性を示す。特に、銅の1000倍以上の高い電流密度耐性、銅の約10倍の高い熱伝導性、及び鋼鉄の約20倍の引っ張り強度といった特性において、CNTは優れている。これらの特性は、電子材料、熱伝導材料及びコンポジット材料等の特性向上に大きく寄与すると考えられており、近年CNTの様々な分野への応用が試みられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4635103号公報
【特許文献2】特開2009−274900号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Science. 306, 1362−1365,(2004)
【非特許文献2】Chem. Vapor Depos.,10 (3), 127−130(2004)
【非特許文献3】Langmuir. 20, 5149−5152, (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
CNTの優れた機械的強度や熱伝導度を、電子材料、電線、建材等のCNT単体よりもスケールの大きな材料に活かすには、より長いカーボンナノチューブを大量に合成する必要がある。近年、CVD法を用いてCNTをmm以上に長尺化する技術が実現してきている(上記非特許文献1及び2参照。)。
【0006】
しかしながら、CNTは、その表面の原子が配位的に不飽和であるため、ファンデルワールス力で凝集し易い。そのためCNTの合成プロセスにおいて、バンドル状、毛玉状又はブラシ状等のCNTの凝集体が形成され易い。特にCNTが長尺化するほど、CNT間のファンデルワールス力が大きくなり、CNTが凝集して複数本のCNTから成るバンドル構造が形成され易くなる。このようなCNTの凝集体では、CNTのナノ構造に起因する上記の特異な物性を十分に得ることができない。例えばCNT−CNT間の接合部位は電気伝導性や熱伝導性の損失を招いてしまう。
【0007】
したがって、CNTの高い凝集性は、CNTの化学的・物理的操作や、CNTの産業への利用において最大の障害となっている。CNTの特異な物性を発現させるためには、CNTの凝集体をほぐして、CNT間の接合部位数を減少させ、単分散したCNTを得ることが必要である。
【0008】
しかし、従来のCNTの分散技術では、分散処理の過程でCNTの凝集体に加えられる剪断力によって、分散処理後のCNTの長さが分散処理前の長さ(生成時のCNTの長さ)よりも大幅に短くなってしまう問題が顕在化している。従来のCNTの分散技術としては、例えば上記非特許文献3、特許文献1及び2に記載の技術が知られている。
【0009】
上記非特許文献3に記載されたCNTの分散液の製造方法では、CNTを孤立分散させることに主眼が置かれている。この方法では、超音波法によりCNTを一部分散させた分散液からCNTの凝集体を遠心分離法で分離し、このCNTの凝集体(全CNTの約90%)を廃棄し、上澄みのみを分散液として得ている。つまり、この方法を用いた場合、CNTのロス(損失)が多く、分散液の生産性が低い。またこの製造方法では、分散液の原料として用いるCNTの元々の長さが短い。したがって、得られる分散液中のCNTの長さも短く、4μm以下に限定されている。そもそも上記非特許文献3の製造方法では、分散処理の過程においてCNTの切断を抑制するという課題自体が存在していない。
【0010】
また上記特許文献1及び2に開示されたCNTの分散技術は、分散液中のCNTの高濃度化や分散安定性を目的としたものであり、分散処理後のCNTの長さに着目していない。
【0011】
以上のように、近年CVD法等により合成可能になった長尺のCNTを実用化するために、CNTの切断を抑制しながらCNTを分散させる技術が求められている。つまり、分散処理後においてもCNTができるだけ生成時の長さを保持していることが望まれている。
【0012】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、長尺のカーボンナノチューブの分散性に優れたカーボンナノチューブの分散液、及び当該カーボンナノチューブの分散液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係るカーボンナノチューブの分散液の一態様は、分散媒と、平均長さが8μm以上10mm以下であるカーボンナノチューブと、分子内に親水構造部と疎水構造部とを有する二種以上の界面活性剤と、を備える。
【0014】
上記態様によれば、長尺のカーボンナノチューブを分散媒中に分散させることができる。
【0015】
上記本発明の一態様では、界面活性剤のうち一部のみが親水構造部として両性イオン基を有することが好ましい。
【0016】
上記本発明の一態様では、前記界面活性剤の分子量が1000以下であることが好ましい。
【0017】
上記本発明の一態様では、二種以上の界面活性剤が、同一の又は類似の前記疎水構造部として、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素及び環状ヘミアセタールからなる群より選ばれる少なくとも一種を有することが好ましい。
【0018】
上記本発明の一態様では、分散液中のカーボンナノチューブの含有率が0.0001〜10重量%であることが好ましい。
【0019】
上記本発明の一態様では、長さが8μm以上10mm以下であるカーボンナノチューブの数が占める割合が、カーボンナノチューブの全数に対して50%以上であることが好ましい。
【0020】
上記本発明の一態様では、カーボンナノチューブの層数は1〜5であることが好ましい。
【0021】
上記本発明の一態様では、複数のカーボンナノチューブから構成されるバンドル、及び単独で存在するカーボンナノチューブの平均太さが、100nm以下であることが好ましい。
【0022】
上記本発明の一態様では、分散媒が水であることが好ましい。
【0023】
上記本発明の一態様では、25℃における分散液の粘度が10mPa・s以下であることが好ましい。
【0024】
本発明に係るカーボンナノチューブの分散液の製造方法の一態様は、分散媒、カーボンナノチューブ及び界面活性剤を含む混合液を、攪拌式ボールミルにより攪拌する工程を備える。これにより、上記本発明に係るカーボンナノチューブの分散液を製造することができる。
【0025】
本発明に係るカーボンナノチューブの分散液の製造方法の一態様は、混合液に超音波を伝播させる工程をさらに備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、長尺のカーボンナノチューブの分散性に優れたカーボンナノチューブの分散液、及び当該カーボンナノチューブの分散液の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施例1の分散液のスピンコート膜を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)で撮影した画像であり、複数の長尺のCNT単体からなるネットワークを示すものである。
【図2】本発明の実施例1の分散液のスピンコート膜を原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)で撮影した画像であり、複数の長尺のCNT単体からなるネットワークを示すものである。
【図3】本発明の実施例1の分散液に含まれるCNTの長さ分布である。
【図4】比較例1の分散液のスピンコート膜のSEM画像である。
【図5】比較例1の分散液に含まれるCNTの長さ分布である。
【図6】比較例2の分散液のスピンコート膜のSEM画像である。
【図7】比較例2の分散液に含まれるCNTの長さ分布である。
【図8】本発明の実施例1〜4の分散液の製造において原料として用いたCNTのSEM画像(size scale:50nm)である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。ただし、本発明は下記記実施形態に何ら限定されるものではない。
【0029】
(CNTの分散液)
本実施形態に係るカーボンナノチューブの分散液は、分散媒(溶媒)と、平均長さが8μm以上10mm以下であるカーボンナノチューブカーボンナノチューブと、分子内に親水構造部と疎水構造部とを有する二種以上の界面活性剤と、を含有する。
【0030】
本実施形態では、二種以上の界面活性剤の疎水構造部がCNTの表面に化学吸着し、CNTがこれらの界面活性剤で覆われる。これにより、CNTの親溶媒性(特に親水性)が高まり、一種の界面活性剤のみを用いた場合比べて、CNTの分散性が向上する。つまり、二種以上の界面活性剤は分散剤として機能する。CNTの分散に必要な分散剤の特性としては、CNT間への浸透性やCNT表面への吸着性、溶媒への溶解性等が挙げられる。しかし、一種類の界面活性剤の化学構造はこれら全ての特性を併せ持つことが困難である。そのため、本実施形態では、それぞれの特性に応じた二種以上の界面活性剤を併用することで、界面活性剤同士が互いの特性を補い合い、一種の界面活性剤のみを用いた場合比べて、高いCNTの分散性が実現する。また二種以上の界面活性剤が同じ極性の電荷を有する親水構造部を有する場合、界面活性剤は親溶媒性を高めるだけではなく、同じ極性の電荷を有する親水構造部どうしの斥力を利用して、分散したCNT同士の再凝集を抑制し、分散状態を安定化することも可能である。一種の界面活性剤のみを用いた場合比べて、CNTの分散性が向上する理由においては、CNTの分散に必要な分散剤の特性にCNT間への浸透性やCNT表面への吸着性および分散状態安定化が挙げられるが、一種類の化学構造ではすべてを併せ持つことが困難であるため、それぞれの特性に応じた
分散剤を併用することで、これを補おうというものである。
【0031】
CNTの平均長さは8μm以上10mm以下である。好ましくは、CNTの平均長さは10μm以上10mm以下であり、より好ましくは、10μm以上12μm以下である。CNTの平均長さが上記数値範囲内であることで、導電性、機械的強度又は熱伝導性等のCNTのナノ構造に特有の優れた物性を有効に活用することができる。CNTが短すぎるとこれらの物性が十分に発現されない。またCNTが長すぎると、分散液の塗工性が悪くなる場合がある。
【0032】
CNTはそれを構成する層(グラフェンシート)の数を基準として、一層構造のシングルウォールカーボンナノチューブ(SWCNT)、二層構造のダブルウォールカーボンナノチューブ(DWCNT)、三層以上から構成される構造のマルチウォールカーボンナノチューブ(MWCNT)などに分類される。MWCNTとは、換言すれば、円筒状に閉じた複数のグラフェンシートが入れ子状に積層された構造を有する。SWCNT、DWCNT及びMWCNTのいずれも本実施形態の分散液に使用可能である。本実施形態では、カーボンナノチューブの平均層数は1〜5程度であればよい。分散液がSWCNT、DWCNT及びMWCNTからなる群より選ばれる二種以上のCNTを含有してもよい。
【0033】
分散液中のCNTの寸法や形状は、分散液の希薄溶液を平滑基板上にスピンコートしたサンプル(スピンコート膜)を各種手法によって分析することによって調べればよい。ここで分散液を希釈するのは、分析の過程においてスピンコート膜中のCNT同士が再凝集することを抑制し、CNTを孤立した状態を維持するためである。分散液中CNTの平均長さは、上記スピンコート膜中のCNTをSEM等で観察することによって測定すればよい。分散液中のCNTの平均長さは、スピンコート膜中の任意のCNTの長さの平均値である。CNTの長さの平均値は、分散液の製造において原料として用いるCNTの長さ、分散処理方法の選択、分散処理時間等によって適宜調整可能である。
【0034】
分散液中で孤立して存在するカーボンナノチューブ、及び分散液中で複数のカーボンナノチューブから構成されるバンドルの太さの平均値(CNT平均太さ)は0.5nm以上100nm以下であることが好ましく、80nm以下であることがより好ましい。CNT平均太さが100nm以下であれば、本実施形態のCNT分散液から作製したCNT薄膜において、その可視光透過率が80%である時のヘイズ値を10%以下とすることができる。CNT平均太さは、スピンコート膜中の任意の孤立したCNT及び孤立したバンドルの太さの平均値である。CNT平均太さの測定方法は、SEMの変わりに、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)を用いること以外は、CNTの平均長さの測定方法とほぼ同様であるを。
【0035】
分散液中のカーボンナノチューブの含有率は、0.0001〜10重量%であることが好ましい。この場合、分散液を塗料として用い易く、また分散液と他の基材とからコンポジット材料を構成し易い。
【0036】
長さの絶対値が8μm以上10mm以下であるカーボンナノチューブの数が占める割合は、分散液中のカーボンナノチューブの全数に対して50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、70%以上であることがさらに好ましい。つまり、本実施形態に係る分散液は、従来の分散液に比べて、長尺のCNTを高い割合で含有しているため、電子材料、電線、建材等に適用し易い。
【0037】
分散液から作製したCNT薄膜の可視光透過率80%時のヘイズ値は、10%以下であることが好ましい。ヘイズ値とは、分散液中のCNTの分散性を評価する尺度であり、ヘイズ値が大きいほど、分散液中のCNTの凝集体が粗大であり、その数が多いことを意味する。本実施形態の低いヘイズ値は、分散液が従来よりも長尺で凝集し易いCNTを含有するにも係らず、分散液中のCNTの分散性が高く、CNTが凝集し難いことを意味する。
【0038】
界面活性剤は、分子内に疎水構造部と親水構造部とを有するものであり、分散媒とCNTの双方に親和性を持ち、CNTを分散媒中に分散させる作用を持つ。このような特徴を有するものであれば、界面活性剤は特に制限されるものではない。界面活性剤は、純水に溶解した際の親水構造の電荷の種類に基づいて、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、両性イオン系界面活性剤及び非イオン系界面活性剤に大別される。分散液は、これらからなる群より選ばれる二種以上を含有する。
【0039】
アニオン系界面活性剤としては、以下のスルホン酸誘導体、カルボン酸誘導体等が例に挙げられるが、これに制限されるものではない。スルホン酸誘導体では、ラウリルスルホン酸ナトリウム等のアルキルスルホン酸塩、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム塩(以下「SDBS」と称す。)等のアルキルベンゼンスルホン酸塩、ドデシルフェニルエーテルスルホン酸塩等の芳香族スルホン酸系界面活性剤などが例示できる。またカルボン酸誘導体としては、ミリスチン酸ナトリウムやステアリン酸ナトリウム等の直鎖脂肪酸や生体物質である胆汁酸の成分であるコール酸ナトリウムなどが例示できる。
【0040】
カチオン系界面活性剤としては、四級アンモニウム塩が使用できる。例えば、トリメチルセチルアンモニウムクロライド、ドデシルトリメチルアンモニウムハライド、ヤシ油アルキルトリメチルアンモニウムハライド、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムハライド、牛脂アルキルトリメチルアンモニウムハライド、オクタデシルアンモニウムハライド、アルキルイミダゾリウムハライド等が挙げられる。ただし、カチオン系界面活性剤はこれらに制限されるものではない。
【0041】
両性イオン系界面活性剤としては、以下のものが例に挙げられるが、これに制限されるものではない。例えば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンのポリマーやポリペプチド等の両性高分子、3−(N,N−ジメチルステアリルアンモニオ)プロパンスルホネート、3−(N,N−ジメチルミリスチルアンモニオ)プロパンスルホネート、3−[(3−コールアミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート(CHAPS)、3−[(3−コールアミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−2−ヒドロキシプロパンスルホネート(CHAPSO)、n−ドデシル−N,N'−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート、n−ヘキサデシル−N,N'−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホネート、3−(テトラデシルジメチルアミニオ)プロパン−1−スルホナート、n−オクチルホスホコリン、n−ドデシルホスホコリン、n−テトラデシルホスホコリン、n−ヘキサデシルホスホコリン、ジメチルアルキルベタイン、パーフルオロアルキルベタイン、レシチン等の両性低分子(両性界面活性剤を含む)などが挙げられる。
【0042】
ノニオン系界面活性剤としては、以下のものが例に挙げられるが、これに制限されるものではない。ノニオン系界面活性剤としては、例えば、ポリアクリル酸、ポリエチレングリコール、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンドデシルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックポリマー、ポリオキシエチレンアルキルアミン、アルキルポリグルコシド、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルなどを好適に用いることができる。
【0043】
界面活性剤のうち一部は、親水構造部として、カチオン(正電荷)とアニオン(負電荷)の両方を備える両性イオン基を有し、他の界面活性剤は、両性イオン基以外の親水構造部を有することが好ましい。つまり、両性イオン系界面活性剤とそれ以外の界面活性剤とを併用することが好ましい。これにより、CNTの分散性が著しく向上し、分散したCNTの再凝集が顕著に抑制される。二種以上の界面活性剤の全てが両性イオン系界面活性剤であった場合、高濃度分散液において、CNT表面に吸着している界面活性剤のカチオン(正電荷)部分とアニオン(負電荷)部分がCNT間で互いに会合し、CNTが自己組織化して凝集体を形成し、CNTの分散性が低下する傾向がある。
【0044】
両性イオン基によるCNTの分散機構は以下の通りである、と本発明者らは考える。両性イオン基を有する界面活性剤の疎水構造部はCNT又はその凝集体の表面に結合する。そして、正電荷及び負電荷を有する両性イオン基は、CNT凝集体の表面上で自己組織化し、両性イオン分子膜(SAZM: Self−Assembled Zwitterionic Monolayer)を形成する。CNT凝集体を覆うSAZMは、双極子間の強い静電的相互作用によって、他のCNT凝集体を覆うSAZMと静電的に結合する傾向がある。この静電的な力によって混合物中の各CNT凝集体が互いに引っ張りあうことにより、CNT凝集体を構成する各CNTの引き剥がれが起き、新たなCNT凝集体の表面が露出する。新しく露出した表面は、新たにSAZMによって覆われる。以上の反応が、CNT凝集体を構成するCNTが完全に孤立分散するまで繰り返されるので、最終的にはCNTが完全に単分散される。
【0045】
上記二種以上の界面活性剤は、同一の又は類似の前記疎水構造部として、鎖状脂肪族炭化水素、鎖状脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、及び環状ヘミアセタール(ピラノース、フラノース等)からなる群より選ばれる少なくとも一種を有することが好ましい。同一の又は類似の疎水構造部を有する界面活性剤の組合せとしては、例えば、コール酸基を具備するCHAPSとコール酸ナトリウム、飽和脂肪酸基を有する3−(テトラデシルジメチルアミニオ)プロパン−1−スルホナートとミリスチン酸ナトリウムが挙げられる。界面活性剤の疎水構造部が同一の又は類似のものである場合、同一の又は類似の疎水構造部は、CNTに対する吸着力の差が小さく、他方の界面活性剤を排斥することが無いため、お互いの分散能発現に阻害をおこしにくい。
【0046】
上記界面活性剤の分子量(特にノニオン系界面活性剤の分量)が1000以下であることが好ましく、400〜600程度であることがより好ましい。ここでいう分子量とは、重量平均分子量である。界面活性剤の分子量が小さいほど、界面活性剤がバンドル(凝集体)を構成するCNT間の隙間に侵入して、CNTを分散させ易くなる。また、界面活性剤の分子量が小さいほど、分散液からなる塗膜から界面活性剤を除去し易い。
【0047】
25℃における分散液の粘度は10mPa・s以下であることが好ましい。分散液の粘度の粘度が低いことは界面活性剤の分子量の小さいことに起因する。分散液の粘度の粘度が低いほど、溶媒によるCNTの界面活性剤の溶解、洗浄、除去が容易であり、CNTを単離し易い。
【0048】
界面活性剤は溶媒に可溶であることが好ましい。界面活性剤はCNTに結合することによってCNTの熱抵抗や電気抵抗を増加させる傾向がある。界面活性剤が溶剤に可溶であれば、洗浄によってCNT表面から界面活性剤を容易に除去できるため、分散液から単利したCNTの熱抵抗や電気抵抗等の特性を向上させ易い。
【0049】
分散媒は極性溶媒であることが好ましく、水であることがさらに好ましい。水以外の分散媒としては例えば、メタノール、エタノール、プロパンノール、ブタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール系溶剤、アセトン、2−ブタノン、メチルイソブチルケトン、N―メチルピロリドン等のケトン系溶剤、テトラヒドロフラン、ガンマブチロラクトン、ジメチルホルムアミド等が挙げられる。これら複数の分散媒の混合液を用いても良い。
【0050】
界面活性剤の濃度は、CNTの量に応じて適宜設定することができる。例えば、分散液が含むCNTの全重量を1重量部とするとき、分散液が含む界面活性剤の重量は1〜1000重量部であることが好ましく、5〜100重量部であることがより好ましい。これにより本発明の効果がより顕著になる。
【0051】
分散液は、上記界面活性剤に加えて安定剤を含有してもよい。これらの併用により、CNTの分散状態がより安定する。安定剤としては、例えば、グリセロール、多級アルコール、ポリビニルアルコール、アルキルアミン、酸性高分子、塩基性高分子などの水素結合を形成する物質が挙げられる。上記酸性高分子としては、例えば、κ−カラギーナン(κ-carrageenan)、DNA、ナフィオン(登録商標)、酢酸セルロース、リン酸セルロース、スルホン酸セルロース、ゲラン、アラビアンガム、ポリリン酸などが挙げられる。
【0052】
本実施形態に係るCNTの分散液は、電子材料、電線、建材等の原料として好適である。分散液中にCNTの特性の劣化の原因となる不純物が多く含まれると、CNTの品質が劣化する。また、分散液中の不純物が多い場合、分散液中のCNTをさらに精製する必要が生じて、電子材料、電線、建材等の生産コストが上昇する。よって、分散液中の不純物の量は少ないほど好ましい。
【0053】
(CNTの分散液の製造方法)
本実施形態に係るCNTの分散液の製造方法は、カーボンナノチューブ、上記分散媒、及び上記界面活性剤を含む混合液を、攪拌式ボールミルにより攪拌する工程(攪拌工程)を備える。これにより、上記本実施形態に係るCNTの分散液を製造することができる。
【0054】
分散液の原料として、長さが8μm以上10mm以下であるCNTを用いる。原料として用いるCNTは、アーク放電法、CVD法、レーザーアブレーション法等の方法で製造すればよい。中でもCVD法が好ましい。CVD法によれば、アーク放電法やレーザーアブレーション法によって合成されるCNTに比べて、長尺のCNTを容易に合成できる。CVD法によれば、他の方法に比べて、CNTの安定した量産化と生産コストの低減が可能である。
【0055】
攪拌工程では、攪拌式ボールミルによりCNTに剪断力を作用させ、その凝集を解消する。なお、攪拌式ボールミルとは、容器内部に差し入れた攪拌羽を外部動力で回転させて容器内に充填したメディアを攪拌したり、内部のメディアを攪拌できるような構造を備えた容器を外部動力で回転させたりすることによって、容器内部のメディアを流動させる機構を有するものである。メディアの粒径は、分散効率を考えて10mm以下であることが好ましい。加えてメディアの材質は磨耗によるコンタミ(contamination)抑制のため、硬質のセラミックであることが好ましく、ジルコニアであることがさらに好ましい。
【0056】
本実施形態に係る製造方法は、混合液を超音波で処理する工程(超音波処理工程)をさらに備えてもよい。超音波処理工程によりCNTの分散性がより向上する。攪拌工程と超音波処理工程とを同時に実施しても良く、個別に実施してもよい。
【0057】
本実施形態では、攪拌式ボールミルの他に、ビーズやロール等のメディア式の分散工程をさらに実施してもよい。また、分散工程後のCNT中から凝集体や短尺のCNT(例えば分散工程において剪断力を受けて短小化したCNT)を取り除くために、遠心分離工程を行ってもよい。これにより、最終的に分散液に含有されるCNTの長尺化及び単分散が容易となる。
【0058】
本実施形態では、原料として従来よりも長尺のCNTを用いる。また本実施形態では、二種以上の界面活性剤の化学的作用によってCNTの凝集を容易に解消することができるため、攪拌工程においてCNTに作用させる剪断力を従来よりも低減してCNTの短小化を抑制しつつ、CNTの凝集を十分に解消することが可能である。したがって、本実施形態では短尺のCNTがそもそも形成され難く、遠心分離工程によって短尺のCNTを除去する必要性が小さい。また本実施形態では、上記界面活性剤の作用によってCNTの凝集体が容易に解消されるため、遠心分離工程によってCNTの凝集体を除去する必要性も小さい。以上の理由から、本実施形態では、必ずしも遠心分離工程を必要とせず、凝集体や短尺のCNTの除去によるCNT原料の損失を低減することが可能である。よって本実施形態によれば、CNTの分散液の生産コストが低減される。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0060】
(カーボンナノチューブの合成)
下記実施例1、3及び比較例1〜3の各分散液の原料として用いるSWCNTを以下の手順で合成した。まず、熱酸化膜付シリコン基板上にスパッタ法でAl膜(15nm厚)とFe膜(0.6nm)を形成した。この基板を反応炉内に設置して、800℃のAr,H及びCを主成分とする混合ガスを炉内で反応させ、約1mmの平均長さを有するSWCNTを基板上に成長させた。
【0061】
下記実施例2,4の各分散液の原料として用いるMWCNTを以下の手順で合成した。まず、熱酸化膜付シリコン基板上にスパッタ法でAl膜(15nm厚)とFe膜(2nm)を形成した。この基板を反応炉内に設置して、800℃のAr、H及びCを主成分とする混合ガスを炉内で反応させ、約0.4mmの平均長さを有するMWCNTを基板上に成長させた。MWCNTの平均層数は3であった。
【0062】
(実施例1)
上記のSWCNT0.1g、界面活性剤であるCHAPS0.4g及びコール酸ナトリウム1.6gをそれぞれ量り取り、これらを1Lの超純水で希釈して混合液を調製した。混合液を高温高圧下でなじませた後、冷却した。冷却後の混合液を、攪拌式ボールミル(日本コークス社製、ジルコニアビーズφ=5mm)を使用して回転数200rpmで2週間攪拌した。これらの手順で、実施例1のCNTの分散液を得た。
【0063】
(実施例2)
上記のMWCNT0.1g、界面活性剤であるCHAPS0.4g及びコール酸ナトリウム1.6gをそれぞれ量り取り、1Lの超純水で希釈して混合液を調製した。混合液を高温高圧下でなじませた後、冷却した。冷却後の混合液を、攪拌式ボールミル(日本コークス社製、ジルコニアビーズφ=5mm)を使用して回転数200rpmで2週間攪拌した。これらの手順で、実施例2のCNTの分散液を得た。
【0064】
(実施例3)
上記のSWCNT0.01g、界面活性剤である3−(テトラデシルジメチルアミニオ)プロパン−1−スルホナート0.04g及びミリスチン酸ナトリウム0.16gをそれぞれ量り取り、1Lの超純水で希釈して混合液を調製した。混合液を高温高圧下でなじませた後、冷却した。冷却後の混合液を、攪拌式ボールミル(日本コークス社製、ジルコニアビーズφ=5mm)を使用して回転数200rpmで2週間攪拌した。5000Gの遠心分離によって、攪拌後の混合液から短尺のCNTを分離、除去した。この遠心分離による精製を経て、実施例3の分散液を得た。なお、3−(テトラデシルジメチルアミニオ)プロパン−1−スルホナートは下記化学式(1)で表される。
【化1】

【0065】
(実施例4)
上記のMWCNT0.01g、界面活性剤であるCHAPS0.04g及びコール酸ナトリウム0.16gをそれぞれ量り取り、1Lの超純水で希釈して混合液を調製した。混合液を高温高圧下でなじませた後、冷却した。冷却後の混合液を、ジルコニアビーズ(φ=5mm)と共にバスソニケータに充填し、スリーワンモータを使用してバスソニケータ中の混合液を回転数200rpmで5日間攪拌した。5000Gの遠心分離によって、攪拌後の混合液から短尺のCNTを分離、除去した。この遠心分離による精製を経て、実施例4の分散液を得た。
【0066】
(比較例1)
上記のSWCNT0.1gと、界面活性剤であるCHAPS2.0gと量り取り、これらを1Lの超純水で希釈して混合液を調製した。混合液を高温高圧下でなじませた後、冷却した。冷却後の混合液を、攪拌式ボールミル(日本コークス社製、ジルコニアビーズφ=5mm)を使用して回転数200rpmで2週間攪拌した。これらの手順で、比較例1のCNTの分散液を得た。
【0067】
(比較例2)
上記のSWCNT0.1gと、界面活性剤であるコール酸ナトリウム2.0gと量り取り、これらを1Lの超純水で希釈して混合液を調製した。混合液を高温高圧下でなじませた後、冷却した。冷却後の混合液を、攪拌式ボールミル(日本コークス社製、ジルコニアビーズφ=5mm)を使用して回転数200rpmで2週間攪拌した。これらの手順で、比較例2のCNTの分散液を得た。
【0068】
(比較例3)
上記のSWCNT0.1g、界面活性剤であるCHAPS0.4g及びミリスチン酸ナトリウム1.6gをそれぞれ量り取り、これらを1Lの超純水で希釈して混合液を調製した。混合液を高温高圧下でなじませた後、冷却した。冷却後の混合液を、攪拌式ボールミル(日本コークス社製、ジルコニアビーズφ=5mm)を使用して回転数200rpmで2週間攪拌した。これらの手順で、比較例3のCNTの分散液を得た。
【0069】
<CNTの平均太さの測定>
各分散液に含まれるCNT単体及びCNTのバンドルの直径の平均値(平均太さ)については、以下の方法で測定した。各分散液の希薄溶液を基板上にスピンコートし、各CNT単体及びCNTのバンドルがそれぞれ孤立した状態にあるサンプルを作製した。サンプルをTEMで観察し、得られた画像中から任意に10個のCNT単体及びCNTのバンドルを選択し、それらの直径をピクセル数から算出した。10個の算出値の平均値を、CNT全体の平均太さと規定した。同様に、10個のCNTの層数を観察し、それらの平均値をCNTの平均層数と規定した。
【0070】
<CNTの平均長さの測定>
各分散液中のCNTの平均長さについては、以下の方法で測定した。分散液の希薄溶液を基板上にスピンコートし、各CNT単体が孤立状態にあるサンプルを作製した。サンプルをSEMまたはAFMで観察し、得られた画像中から任意の10個のCNT単体を選択し、その長さをピクセル数から算出した。10個の算出値の平均値を、CNT全体の平均長さと規定した。
【0071】
<分散液の粘度の測定>
振動式粘度計(SV−10)を使用して、測定温度25℃における各分散液の粘度を測定した。
【0072】
<ヘイズ値の測定>
各分散液をPETフィルム(東洋紡株式会社製、コスモシャインA4100)上にスプレーコータを使用して塗布し、可視光透過率が約80%である透明電極を作製した。この透明電極のヘイズ値をヘイズメータ(日本電色株式会社製NDH−5000)で測定した。
【0073】
いかに、各実施例及び比較例のCNTの平均長さ、平均太さ、分散液の粘度、及びヘイズ値を示す。なお、実施例1〜4のいずれにおいても、長さの絶対値が8μm〜10mmの範囲であるCNTの数の割合は、CNTの全数に対して70%以上であった。
【0074】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
分散媒と、
平均長さが8μm以上10mm以下であるカーボンナノチューブと、
分子内に親水構造部と疎水構造部とを有する二種以上の界面活性剤と、を備える、
カーボンナノチューブの分散液。
【請求項2】
前記界面活性剤のうち一部のみが親水構造部として両性イオン基を有する、
請求項1に記載のカーボンナノチューブの分散液。
【請求項3】
前記界面活性剤の分子量が1000以下である、
請求項1又は2に記載のカーボンナノチューブの分散液。
【請求項4】
前記二種以上の界面活性剤が、同一の又は類似の前記疎水構造部として、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素及び環状ヘミアセタールからなる群より選ばれる少なくとも一種を有する、
請求項1〜3のいずれか一項に記載のカーボンナノチューブの分散液。
【請求項5】
前記カーボンナノチューブの含有率が0.0001〜10重量%である、
請求項1〜4のいずれか一項に記載のカーボンナノチューブの分散液。
【請求項6】
長さが8μm以上10mm以下であるカーボンナノチューブの数が占める割合が、前記カーボンナノチューブの全数に対して50%以上である、
請求項1〜5のいずれか一項に記載のカーボンナノチューブの分散液。
【請求項7】
前記カーボンナノチューブの層数が1〜5である、
請求項1〜6のいずれか一項に記載のカーボンナノチューブの分散液。
【請求項8】
複数の前記カーボンナノチューブから構成されるバンドル、及び単独で存在する前記カーボンナノチューブの平均太さが、100nm以下である、
請求項1〜7のいずれか一項に記載のカーボンナノチューブの分散液。
【請求項9】
前記分散媒が水である、
請求項1〜8のいずれか一項に記載のカーボンナノチューブの分散液。
【請求項10】
25℃における粘度が10mPa・s以下である、
請求項1〜9のいずれか一項に記載のカーボンナノチューブの分散液。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載のカーボンナノチューブの分散液の製造方法であって、
前記分散媒、前記カーボンナノチューブ及び前記二種以上の界面活性剤を含む混合液を、攪拌式ボールミルにより攪拌する工程を備える、
カーボンナノチューブの分散液の製造方法。
【請求項12】
前記混合液に超音波を伝播させる工程をさらに備える、
請求項11に記載のカーボンナノチューブの分散液の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−100206(P2013−100206A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−245782(P2011−245782)
【出願日】平成23年11月9日(2011.11.9)
【出願人】(000004455)日立化成株式会社 (4,649)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】