説明

コネクティングロッド用鋼及びコネクティングロッド

【課題】高い引張強度と降伏強度とを有し、軸方向の引張及び圧縮の繰り返し応力に対する疲労強度に優れ、かつ、熱伝導率の低いコネクティングロッド用鋼を提供する
【解決手段】本発明によるコネクティングロッド用鋼は、C、Si、Mn、P、S、Cr、Al、Ti、V、N、Oを含有し、選択元素として、Cu、Ni、Moを含有し、fn1が47以上であり、fn2が0.60以上であり、fn3が0.0002〜0.0080である。
fn1=6.7×(42[Si%]+25[Mn%]+14[Cu%]+12[Ni%]+16[Cr%]+12[Mo%]+42[Al%]+14[V%])0.5・・・(1)
fn2=[C%]+[Si%]/7+[Mn%]/5+[Cr%]/9+[V%]/2−5[S%]/7・・・(2)
fn3=[Ti%]−0.599[O%]・・・(3)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コネクティングロッド用鋼に関し、さらに詳しくは、エンジンを構成するコネクティングロッドに利用されるコネクティングロッド用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、地球温暖化防止のため、自動車や船舶に代表される輸送機器の二酸化炭素の排出量を削減する規制が世界的に厳しくなりつつある。このような規制に対応するため、輸送機器に利用される部品(以下、機械構造用部品という)の軽量化やエンジンの効率化に関する技術開発が進められている。
【0003】
機械構造用部品の軽量化については、機械構造用部品の素材の引張強度及び疲労強度を高める方法が研究されている。特開2010−53430号公報(特許文献1)は、非調質であっても高い強度を有する熱間鍛造用鋼を開示する。特許文献1では、Siが0.5質量%以下であり、Vを含有する非調質鋼を、C及びV含有量に応じた加熱温度で加熱し、熱間鍛造する。そして、熱間鍛造後、720℃〜550℃まで1.5℃/s以上の冷却速度で冷却し、400℃まで0.1℃/s以上の冷却速度で冷却する。以上の工程により製造された鋼は、フェライトパーライト組織を有し、フェライトと、パーライト内のラメラフェライトとに微細なV炭化物が生成される。そのため、優れた強度が得られると特許文献1に記載されている。
【0004】
特開2002−256394号公報(特許文献2)は、破断分離した場合に破面に塑性変形が生じず、かつ、高い疲労強度及び耐力を有する、破断分離型のコネクティングロッド(熱間鍛造用非調質鋼)を開示する。特許文献2では、Al含有量と酸素(O)含有量との関係式、及び、N含有量とO含有量との関係式に基づいて、鋼中のAlNの生成量を調整する。AlNにより結晶粒を微細化することができると記載されている。なお、特許文献2では、回転曲げ試験片により疲労強度を評価している。特許文献2ではさらに、燐(P)を積極的に含有することで、破断時の破面の変形が抑えられ、破面の密着性が高まると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−53430号公報
【特許文献2】特開2002−256394号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び2に開示された鋼は、上述のとおり、高い強度を有する。したがって、これらの文献は、機械構造用部品の軽量化に寄与し得る鋼を開示する。しかしながら、これらの文献は、エンジンの高効率化に寄与する鋼について提案していない。
【0007】
エンジン効率を高める方法の一つは、エンジン内部の摩擦損失を低減することである。コネクティングロッド(以下、コンロッドという)の大端部には、すべり軸受を介してクランクシャフトのクランクピンが回転可能に挿入されている。コンロッドとクランクピンとの間には、エンジンオイルが供給されている。エンジンオイルは、コンロッドとクランクピンとの間に油膜を形成し、すべり軸受と油膜とによりコンロッドとクランクピンとの摩擦損失を低減する。
【0008】
エンジンオイルの粘性は一般的に、温度の上昇に伴い低下する。低粘性であれば、エンジオイルの流動性が高まり、コンロッドとクランクピンとの間の摩擦係数が小さくなる。したがって、エンジン始動後、エンジンオイルの温度が速やかに上昇すれば、エンジンオイルの粘性が速やかに低下して、コンロッドとクランクピンとの摩擦損失が低減する。その結果、エンジン効率が高まる。
【0009】
エンジン始動後、エンジンオイルの粘性を速やかに低下するためには、エンジン始動時に発生した熱がエンジン外部に放散するのを抑制すればよい。コンロッドとクランクピンとの間で発生する摩擦熱の大部分は、コンロッドを伝わって外部に放散する。コンロッドの熱伝導率が低ければ、エンジン内で発生する熱の放熱を抑制でき、エンジン始動時にエンジンオイルの粘性を速やかに低下することができる。その結果、コンロッドとクランクピンとの摩擦損失が低減し、エンジン効率が高まる。したがって、コンロッド用鋼の熱伝導率は低い方が好ましい。
【0010】
さらに、上述のとおり、コンロッドは高い強度(降伏強度、引張強度及び疲労強度)を求められる。特許文献2は、回転曲げ疲労試験によりクラッキングコンロッドの疲労強度を評価している。しかしながら、コンロッドは動作中、回転曲げ応力よりも、軸方向の引張及び圧縮の繰り返し応力を主として受ける。したがって、コンロッドにおいては、回転曲げ疲労強度よりも、軸方向の引張及び圧縮の繰り返し応力に対する疲労強度が要求される。
【0011】
本発明の目的は、高い引張強度と降伏強度とを有し、軸方向の引張及び圧縮の繰り返し応力に対する疲労強度に優れ、熱伝導率の低いコンロッド用鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によるコンロッド用鋼は、質量%で、C:0.25〜0.48%、Si:0.50〜2.00%、Mn:0.50〜1.50%、P:0.060%以下、S:0.010〜0.120%、Cr:0.05〜0.40%、Al:0.005〜0.080%、Ti:0.0010〜0.0100%、V:0.020〜0.300%、N:0.0050〜0.0200%、O:0.0050%以下、Cu:0.30%以下(0を含む)、Ni:0.50%以下(0を含む)及びMo:0.50%以下(0を含む)を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)で定義されるfn1が47以上であり、式(2)で定義されるfn2が0.60以上であり、式(3)で定義されるfn3が0.0002〜0.0080である。
fn1=6.7×(42[Si%]+25[Mn%]+14[Cu%]+12[Ni%]+16[Cr%]+12[Mo%]+42[Al%]+14[V%])0.5・・・(1)
fn2=[C%]+[Si%]/7+[Mn%]/5+[Cr%]/9+[V%]/2−5[S%]/7・・・(2)
fn3=[Ti%]−0.599[O%]・・・(3)
ここで、式(1)〜式(3)中の[元素記号%]には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されていない場合、[元素記号%]に「0」が代入される。
【0013】
本発明によるコンロッド用鋼は、高い引張強度と降伏強度とを有し、軸方向の引張及び圧縮の繰り返し応力に対する疲労強度に優れ、低い熱伝導率を有する。
【0014】
本発明によるコンロッドは、上述のコンロッド用鋼を用いて熱間鍛造により製造される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、式(1)で定義されたfn1と鋼の熱伝導率との関係を示す図である。
【図2】図2は、コンロッドの側面図である。
【図3】図3は、実施例で用いた熱伝導試験片の平面図及び側面図である。
【図4】図4は、実施例で用いた疲労試験片の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。なお、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0017】
本発明者らは、コンロッド用鋼の降伏強度、引張強度、疲労強度及び熱伝導率について検討した。その結果、本発明者らは、以下の知見を得た。
【0018】
(a)上述のとおり、コンロッドの熱伝導率が低ければ、エンジン内で発生する熱の放熱を抑制でき、エンジン始動時にエンジンオイルの粘性を速やかに低下することができる。その結果、コンロッドとクランクシャフトとの摩擦損失が低減し、エンジン効率が高まる。
【0019】
Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、Al及びVは、鋼の熱伝導率を低下し、特に、Si、Mn及びAlは鋼の熱伝導率を顕著に低下する。具体的には、式(1)で定義されるfn1が47以上であれば、コンロッド用鋼の熱伝導率を低く抑えることができる。
fn1=6.7×(42[Si%]+25[Mn%]+14[Cu%]+12[Ni%]+16[Cr%]+12[Mo%]+42[Al%]+14[V%])0.5・・・(1)
【0020】
図1は、fn1と熱伝導率との関係を示す図である。図1中の横軸は、fn1の値を示す。縦軸は、熱伝導率(W/(m・K))を示す。図1は、後述する熱伝導率測定試験を実施することにより得られた。
【0021】
図1を参照して、fn1が大きくなると、熱伝導率はfn1に比例して低くなる。そして、fn1が47以上になれば、鋼の熱伝導率は40W/(m・K)以下になり、従来のコンロッド用鋼よりも低くなる。
【0022】
(b)コンロッド用鋼はさらに、高い強度(降伏強度及び引張強度)を要求される。コンロッド用鋼の降伏強度及び引張強度は、式(2)で定義されるfn2の値に比例する。そして、fn2が0.60以上であれば、550MPa以上の降伏強度と、750MPa以上の引張強度とが得られる。
fn2=[C%]+[Si%]/7+[Mn%]/5+[Cr%]/9+[V%]/2−5[S%]/7・・・(2)
なお、本明細書において、降伏強度は、0.2%耐力で定義される。
【0023】
(c)クランクシャフトには主として、周方向に回転曲げ応力が掛かる。一方、コンロッドには主として、軸方向に引張及び圧縮の繰り返し応力が掛かる。したがって、クランクシャフトとコンロッドとは、動作中に掛かる応力が異なる。クランクシャフトのような回転曲げによる応力分布では、鋼材(クランクシャフト)の表層の応力が最大になる。一方、図2に示すコンロッド1のうち、大端部10と小端部20とをつなぐレール部30の横断面(軸方向に対して垂直な断面)での応力分布は、ほとんど均一である。したがって、コンロッドでは、回転曲げ疲労強度よりも、軸方向の引張及び圧縮の繰り返し応力に対する疲労強度を高めることが要求される。
【0024】
疲労強度を高めるには、結晶粒を微細化するのが好ましい。結晶粒を微細化するために、Ti窒化物及び/又はTi炭窒化物をピンニング粒子として利用する。コンロッドは熱間鍛造により製造される。Ti窒化物及び/又はTi炭窒化物は熱間鍛造中でも固溶してしまわずに鋼中に残存するため、微細なTi窒化物及び/又はTi炭窒化物は、いわゆるピン止め効果により、コンロッドの結晶粒を微細化する。
【0025】
Tiは、窒素(N)及び炭素(C)よりも酸素(O)と優先的に結合しやすい。したがって、微細なTi窒化物及び/又はTi炭窒化物を生成するためには、Ti含有量及びO含有量を考慮する必要がある。
【0026】
一方、粗大なTi窒化物は、疲労破壊の起点となり得る。上述のとおり、回転曲げ疲労における応力分布では、鋼材の表層部分の応力が最大となる。したがって、鋼材内部に粗大なTi窒化物が存在しても、回転曲げ疲労強度に対する影響は小さい。これに対して、軸方向の引張及び圧縮の繰り返し応力による鋼材の横断面(軸方向に対して垂直な断面)の応力分布は、上述のとおり、ほぼ一定である。したがって、鋼材内部に粗大なTi窒化物が存在すれば、疲労破壊の起点となり得る。以上より、微細なTi窒化物及び/又はTi炭窒化物を生成するためには、O含有量に対してTi含有量が過剰に多くならないように考慮する必要がある。
【0027】
式(3)で定義されるfn3が0.0002〜0.0080であれば、粗大なTi窒化物の生成を抑えつつ、微細なTi窒化物及びTi炭窒化物が生成される。その結果、ピン止め効果により結晶粒が微細化され、疲労強度に優れたコンロッドが得られる。
fn3=[Ti%]−0.599[O%]・・・(3)
【0028】
以上の知見に基づいて、本発明者らは本発明を完成した。以下、本発明によるコンロッド用鋼について説明する。
【0029】
[化学組成]
本発明によるコンロッド用鋼は、以下の化学組成を有する。
【0030】
C:0.25〜0.48%
炭素(C)は、鋼の引張強度を高める。一方、Cが過剰に含有されれば、引張強度が過剰に高くなり、鋼の被削性と靭性とが低下する。したがって、C含有量は、0.25〜0.48%である。好ましいC含有量の下限は、0.25%よりも高く、さらに好ましくは、0.30%以上であり、さらに好ましくは、0.38%以上である。好ましいC含有量の上限は、0.48%未満であり、さらに好ましくは、0.46%以下であり、さらに好ましくは、0.45%以下である。
【0031】
Si:0.50〜2.00%
珪素(Si)は、鋼の熱伝導率を低下する。一方、Siが過剰に含有されれば、鋼の熱間加工性が低下する。したがって、Si含有量は、0.50〜2.00%である。好ましいSi含有量の下限は、0.50%よりも高く、さらに好ましくは、0.70%以上であり、さらに好ましくは、0.80%以上である。好ましいSi含有量の上限は、2.00%未満であり、さらに好ましくは、1.60%以下であり、さらに好ましくは、1.30%以下である。
【0032】
Mn:0.50〜1.50%
マンガン(Mn)は、鋼の熱伝導率を低下する。Mnはさらに、鋼の引張強度を高める。一方、Mnが過剰に含有されれば、鋼の熱間加工性が低下する。Mnが過剰に含有されればさらに、鋼の焼入れ性が高くなりすぎて、ベイナイトが生成する。その結果、鋼の引張強度が高くなり過ぎて、鋼の被削性と靭性とが低下する。したがって、Mn含有量は、0.50〜1.50%である。好ましいMn含有量の下限は、0.50%よりも高く、さらに好ましくは、0.70%以上であり、さらに好ましくは0.80%以上である。好ましいMn含有量の上限は、1.50%未満であり、さらに好ましくは、1.30%以下であり、さらに好ましくは1.20%以下である。
【0033】
P:0.060%以下
燐(P)は不純物である。Pは、鋼の熱間加工性及び靭性を低下する。したがって、P含有量は少ない方が好ましい。P含有量は、0.060%以下である。好ましいP含有量は、0.060%未満であり、さらに好ましくは、0.050%以下であり、さらに好ましくは、0.030%以下である。
【0034】
S:0.010〜0.120%
(硫黄)Sは、Mnと結合してMnSを形成し、鋼の被削性を高める。一方、Sが過剰に含有されれば、鋼の熱間加工性及び靭性が低下する。したがって、S含有量は、0.010〜0.120%である。好ましいS含有量の下限は、0.010%よりも高く、さらに好ましくは、0.015%以上であり、さらに好ましくは、0.040%以上である。好ましいS含有量の上限は、0.120%未満であり、さらに好ましくは、0.110%以下であり、さらに好ましくは、0.100%以下である。
【0035】
Cr:0.05〜0.40%
クロム(Cr)は、鋼の熱伝導率を低下する。Crはさらに、パーライト中のセメンタイトを強化して鋼の降伏強度を高める。一方、Crが過剰に含有されれば、ベイナイトが生成して鋼の降伏強度及び靭性が低下する。したがって、Cr含有量は、0.05〜0.40%である。好ましいCr含有量の下限は、0.05%よりも高く、さらに好ましくは、0.10%以上であり、さらに好ましくは、0.15%以上である。好ましいCr含有量の上限は、0.40%未満であり、さらに好ましくは、0.30%以上であり、さらに好ましくは、0.25%以下である。
【0036】
Al:0.005〜0.080%
アルミニウム(Al)は、鋼の熱伝導率を低下する。一方、Alが過剰に含有されても、その効果は飽和し、かつ、製造コストが上がる。したがって、Al含有量は、0.005〜0.080%である。なお、本発明におけるAl含有量は、いわゆる酸可溶Alの含有量(sol.Al)である。好ましいAl含有量の下限は、0.005%よりも高く、さらに好ましくは、0.006%以上であり、さらに好ましくは、0.007%以上である。好ましいAl含有量の上限は、0.080%未満であり、さらに好ましくは0.070%以下であり、さらに好ましくは、0.065%以下である。
【0037】
Ti:0.0010〜0.0100%
チタン(Ti)は、鋼中のNと結合してTi窒化物(TiN)及び/又はTi炭窒化物(Ti(C,N))を形成する。Ti窒化物及び/又はTi炭窒化物はピンニング粒子として機能し、ピン止め効果により結晶粒を微細化する。具体的には、熱間鍛造工程において1200℃を超える温度に鋼材を加熱した場合であっても、Ti窒化物及び/又はTi炭窒化物はオーステナイト粒の粗大化を抑制する。その結果、鋼の疲労強度を高める。
【0038】
一方、Ti含有量が0.0100%を超えれば、粗大なTi窒化物が生成する。粗大なTi窒化物は疲労破壊の起点となるため、鋼の疲労強度が低下する。したがって、Ti含有量は、0.0010〜0.0100%である。好ましいTi含有量の下限は、0.0010%よりも高く、さらに好ましくは、0.0016%以上である。好ましいTi含有量の上限は、0.0100%未満であり、さらに好ましくは、0.0050%以下であり、さらに好ましくは0.0040%以下である。
【0039】
V:0.020〜0.300%
バナジウム(V)は、鋼の熱伝導率を低下する。Vはさらに、V炭化物(VC)及び/又はV炭窒化物(V(C,N))を形成する。V炭化物及び/又はV炭窒化物は鋼の降伏強度及び引張強度を高める。一方、Vが過剰に含有されれば、その効果は飽和し、かつ、製造コストが上がる。したがって、V含有量は、0.020〜0.300%である。好ましいV含有量の下限は、0.020%よりも高く、さらに好ましくは、0.050%以上であり、さらに好ましくは、0.070%以上である。好ましいV含有量の上限は、0.300%未満であり、さらに好ましくは、0.150%以下であり、さらに好ましくは、0.120%以下である。
【0040】
N:0.0050〜0.0200%
窒素(N)は、上述のとおり、Tiと結合してTi窒化物及び/又はTi炭窒化物を形成し、オーステナイト粒を微細化する。その結果、熱間鍛造後の鋼の疲労強度が向上する。Nはさらに、V炭窒化物を形成して鋼の降伏強度及び引張強度を高める。一方、Nが過剰に含有されれば、その効果は飽和する。したがって、N含有量は、0.0050〜0.0200%である。好ましいN含有量の下限は、0.0050%よりも高く、さらに好ましくは、0.0060%以上であり、さらに好ましくは、0.0070%以上である。好ましいN含有量の上限は、0.0200%未満であり、さらに好ましくは、0.0150%以下であり、さらに好ましくは、0.0120%以下である。
【0041】
O:0.0050%以下
酸素(O)は、不純物である。Oは、鋼中で酸化物系介在物を形成し、鋼の疲労強度を低下する。したがって、O含有量は少ない方が好ましい。O含有量は0.0050%以下である。好ましいO含有量は、0.0050%未満であり、さらに好ましくは、0.0040%以下である。
【0042】
本発明によるコンロッド用鋼の残部は、Fe及び不純物である。不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。
【0043】
本発明によるコンロッド用鋼はさらに、Cu、Ni、Moからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。つまり、これらの元素は選択元素である。これらの元素はいずれも、鋼の熱伝導率を低下する。
【0044】
Cu:0.30%以下(0を含む)
銅(Cu)は選択元素であり、含有しなくてもよい。Cuは、鋼の熱伝導率を低下する。Cuが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Cuが過剰に含有されれば、鋼の熱間加工性が低下する。そのため、熱間圧延時や熱間鍛造時に鋼に割れが発生する場合がある。したがって、Cu含有量は0.30%以下(0を含む)である。好ましいCu含有量の上限は、0.30%未満であり、さらに好ましくは、0.25%以下であり、さらに好ましくは、0.20%以下である。
【0045】
Ni:0.50%以下(0を含む)
ニッケル(Ni)は選択元素であり、含有しなくてもよい。Niは、鋼の熱伝導率を低下する。Niが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Niが過剰に含有されれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Ni含有量は、0.50%以下(0を含む)である。好ましいNi含有量の上限は、0.50%未満であり、さらに好ましくは、0.30%以下であり、さらに好ましくは、0.20%以下である。
【0046】
Mo:0.50%以下(0を含む)
モリブデン(Mo)は選択元素であり、含有しなくてもよい。Moは、鋼の熱伝導率を低下する。Moが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Moが過剰に含有されれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Mo含有量は、0.50%以下(0を含む)である。好ましいMo含有量の上限は、0.50%未満であり、さらに好ましくは、0.30%以下であり、さらに好ましくは、0.20%以下である。
【0047】
[fn1〜fn3について]
本発明によるコンロッド用鋼においてはさらに、式(1)〜(3)で定義されたfn1〜fn3が、以下の条件を満たす。
【0048】
[fn1について]
式(1)で定義されるfn1は47以上である。
fn1=6.7×(42[Si%]+25[Mn%]+14[Cu%]+12[Ni%]+16[Cr%]+12[Mo%]+42[Al%]+14[V%])0.5・・・(1)
式(1)中の[元素記号%]には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されていない場合、[元素記号%]に「0」が代入される。
【0049】
たとえば、選択元素であるCu、Ni及びMoが含有されていない場合、換言すれば、Cu、Ni及びMoが不純物レベルである場合、式(1)中の[Cu%]、[Ni%]及び[Mo%]には「0」が代入される。したがって、Cu、Ni及びMoが含有されていない場合、fn1は以下のとおりとなる。
fn1=6.7×(42[Si%]+25[Mn%]+16[Cr%]+42[Al%]+14[V%])0.5
【0050】
fn1は、コンロッド鋼の熱伝導率に関する指標である。fn1中のSi、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、Al及びVはいずれも、鋼の熱伝導率を低下する。図1に示すとおり、熱伝導率はfn1に比例して低くなる。fn1が47以上であれば、コンロッド用鋼の熱伝導率が十分に低くなり、具体的には、熱伝導率が40W/(m・K)以下になる。
【0051】
[fn2について]
式(2)で定義されるfn2は、0.60以上である。
fn2=[C%]+[Si%]/7+[Mn%]/5+[Cr%]/9+[V%]/2−5[S%]/7・・・(2)
式(2)中の[元素記号%]には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0052】
fn2は、コンロッド鋼の降伏強度及び引張強度の指標である。fn2が0.60以上である場合、高い降伏強度及び引張強度が得られる。具体的には、fn2が0.60以上であれば、コンロッド用鋼の降伏強度は550MPa以上となり、引張強度は750MPa以上となる。
【0053】
[fn3について]
式(3)で定義されるfn3は、0.0002〜0.0080である。
fn3=[Ti%]−0.599[O%]・・・(3)
式(3)中の[元素記号%]には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0054】
fn3は、ピンニング粒子として機能するTi窒化物及び/又はTi炭窒化物の量を示す指標である。鋼中のTiはN及びCよりもOと優先的に結合しやすい。fn3が過剰に小さければ、TiがOと優先的に結合した結果、N及びCと結合するTiが欠乏する。そのため、熱間鍛造時の微細なTi窒化物及び/又はTi炭窒化物の量が少なくなる。この場合、ピン止め効果が得られず、結晶粒が粗大化して鋼の疲労強度が低下する。一方、fn3が過剰に大きければ、粗大なTi窒化物が生成する。粗大なTi窒化物はピンニング粒子として機能せず、かえって疲労破壊の起点となり、鋼の疲労強度を低下する。
【0055】
fn3が0.0002〜0.0080であれば、微細なTi窒化物及び/又はTi炭窒化物が適量生成される。その結果、コンロッド用鋼の疲労強度が高まる。
【0056】
本発明によるコンロッド用鋼では、上述のfn1が47以上であり、かつ、fn2が0.60以上であり、かつ、fn3が0.0002〜0.0080である。そのため、本発明によるコンロッド用鋼は、高い引張強度と降伏強度とを有し、疲労強度に優れ、かつ、低い熱伝導率を有する。
【0057】
[製造方法]
本発明によるコンロッド用鋼及びコンロッドの製造方法の一例を説明する。初めに、コンロッドの構成について説明する。図2は、コンロッドの側面図である。図2を参照して、コンロッド1は一般的に、ロッド40とキャップ50とを備える。ロッド40は、小端部20と、レール部30と、大端部10の上半分とを備える。キャップ50は、大端部10の下半分に相当し、クランクシャフトのクランクピンを挟んだ後に、一対のコンロッドボルト60でロッド40と締結される。
【0058】
上述のコンロッドの製造に用いられるコンロッド用鋼及びコンロッドの製造方法の一例は、以下のとおりである。
【0059】
上述の化学組成の範囲内であり、かつ、fn1〜fn3が上述の条件を満たす溶鋼を製造する。溶鋼を連続鋳造法によりブルームにする。溶鋼を造塊法によりインゴット(鋼塊)にしてもよい。以上の工程によりコンロッド用鋼が製造される。製造されたブルーム又はインゴットを熱間加工して、ビレット(鋼片)を製造する。ビレットを熱間圧延して、棒鋼を製造する。製造された棒鋼を加熱する。そして、加熱された棒鋼に対して、熱間鍛造を実施してコンロッドを製造する。熱間鍛造時の好ましい加熱温度は1150〜1300℃であり、好ましい仕上げ温度は、900〜1150℃である。この温度範囲において熱間鍛造を実施する場合、Al窒化物は固溶してしまう。そのため、Al窒化物は熱間鍛造時における結晶粒の微細化には寄与しにくい。一方、微細なTi窒化物及びTi炭窒化物は、上述の温度範囲での熱間鍛造時においても固溶してしまわず、鋼中に残存する。そのため、微細なTi窒化物及びTi炭窒化物は、結晶粒を微細化する。
【0060】
熱間鍛造後のコンロッドを、常温になるまで放冷又は風冷する。冷却後のコンロッドに対して、必要に応じて機械加工を実施する。以上の工程により、コンロッドが製造される。上述のとおり、本発明によるコンロッド用鋼は、通常のコンロッドの製造に用いられる。したがって、熱間鍛造により図2に示すロッド40とコンロッドキャップ60とが別個に製造され、その後、ロッド40とコンロッドキャップ60とが結合される。
【0061】
上述の製造方法では、棒鋼を用いてコンロッドを製造する。しかしながら、インゴットを熱間鍛造してコンロッドを製造してもよい。要するに、熱間鍛造によりコンロッドを製造できれば、熱間鍛造以前のコンロッド用鋼の製造工程は特に限定されない。
【0062】
本発明によるコンロッドは、熱間鍛造後の調質処理(焼入れ及び焼戻し)を実施せずとも、高い引張強度、降伏強度及び疲労強度を得ることができる。
【実施例】
【0063】
異なる化学組成を有する複数のコンロッド用鋼を製造した。そして、製造された各鋼の熱伝導率、降伏強度、引張強度及び疲労強度を調査した。
【0064】
[調査方法]
表1に示す化学組成を有する番号1〜17の鋼を真空溶解炉によって溶解し、インゴットを製造した。
【表1】

【0065】
表1中の各元素記号欄(C、Si、Mn、P、S、Cr、Al、Ti、V、N、O、Cu、Ni、Mo)には、各鋼種番号の鋼中の対応する元素の含有量(質量%)が記入されている。各鋼種番号の化学組成の表1に記載された元素以外の残部は、Fe及び不純物である。表中の「−」は、対応する元素含有量が不純物であることを示す。
【0066】
表1中の「fn1」欄には、式(1)で定義されたfn1の値が記入される。「fn2」欄には、式(2)で定義されたfn2の値が記入される。「fn3」欄には、式(3)で定義されたfn3の値が記入される。
【0067】
番号1〜11の化学組成は、いずれも本発明の化学組成の範囲内であった。さらに、番号1〜11のfn1は47以上であり、fn2は0.60以上であり、fn3は、0.0002〜0.0080の範囲内であった。一方、番号12のTi含有量は、本発明のTi含有量の下限未満であった。また、番号17のSi含有量は、本発明のSi含有量の下限値未満であった。そのため、番号17のfn1値は、本発明のfn1の下限(47)未満であった。
【0068】
番号13〜番号16の化学組成は、本発明の化学組成の範囲内であった。しかしながら、番号13〜番号16はいずれも、fn1〜fn3のいずれかが本発明の範囲から外れた。具体的には、番号13のfn1値は、本発明のfn1の下限未満であった。番号14のfn2値は、本発明のfn2の下限(0.60)未満であった。番号15のfn3値は、本発明のfn3の上限(0.0080)を超えた。番号16のfn3値は、本発明のfn3の下限(0.0002)未満であった。
【0069】
製造された各インゴットを、1200℃に加熱した。その後、仕上げ温度が1000℃となるように各インゴットを熱間鍛造(鍛伸鍛造)して、直径30mmの丸棒を製造した。熱間鍛造終了後の丸棒を、大気中で放冷した。
【0070】
製造された丸棒を1250℃に加熱して30分保持した後、大気中で放冷する焼ならしを実施し、丸棒の組織を均質化した。焼きならし後の丸棒を利用して、次に示す複数の試験を実施した。
【0071】
[熱伝導率測定試験]
各番号の丸棒のR/2部(丸棒の切断面(円形状)の中心点と外周との間を2等分する点を含む部分)から図3に示す形状の円板状の試験片を採取した。図3中の数値は、対応する部分の寸法(単位はmm)を示す。JIS H 7801(2005)に規定されるレーザフラッシュ法により、常温(25℃)で各試験片の熱伝導率を測定した。
【0072】
[引張試験]
各番号の丸棒のR/2部から、JIS Z 2201(1998)に規定される14A号試験片を採取した。試験片の平行部の横断形状は円形状であり、直径は5mmであった。採取された試験片を用いて常温(25℃)大気中で引張試験を実施し、降伏強度(MPa)と引張強度(MPa)とを得た。降伏強度は0.2%耐力で定義した。
【0073】
[疲労強度試験]
各番号の丸棒のR/2部から、丸棒の長手方向に沿って、図4に示す形状の試験片を採取した。図4中の数値は、対応する部分の寸法(単位はmm)を示す。油圧サーボ式試験機を利用して、試験片に対して軸方向に引張及び圧縮を繰り返す疲労強度試験を実施した。試験は、常温(25℃)大気中で実施し、周波数30Hzの完全両振りで引張及び圧縮を繰り返した。各番号において、1.0×10回まで破断しなかった試験片のうち、最も高い振幅応力を、その番号の疲労強度(MPa)と定義した。
【0074】
[試験結果]
試験結果を表1に示す。表1中の「熱伝導率」欄には、各番号の丸棒の熱伝導率(W/(m・K))が記入される。「降伏強度」欄には、各番号の丸棒の0.2%耐力(MPa)が記入される。「引張強度」欄には、各番号の丸棒の引張強度(MPa)が記入される。「疲労強度」欄には、各番号の疲労強度(MPa)が記入される。
【0075】
表1を参照して、番号1〜番号11の化学組成、fn1値、fn2値及びfn3値はいずれも、本発明の範囲内であった。そのため、番号1〜番号11の丸棒の熱伝導率は低く、いずれも40W/(m・K)以下であった。さらに、番号1〜番号11の降伏強度はいずれも、550MPa以上であり、引張強度はいずれも、750MPa以上であった。さらに、番号1〜番号11の疲労強度はいずれも、320MPa以上であった。したがって、番号1〜番号11の丸棒は、いずれも、高い引張強度と降伏強度とを有し、軸方向の引張及び圧縮の繰り返し応力に対する疲労強度に優れ、かつ、低い熱伝導率を有した。
【0076】
一方、番号12のTi含有量は、本発明のTi含有量の下限未満であった。そのため、疲労強度が320MPa未満であった。Ti含有量が少なすぎたため、ピンニング粒子として機能するTi窒化物及び/又はTi炭窒化物の生成量が少なかったと考えられる。
【0077】
番号13の化学組成、fn2値及びfn3値は本発明の範囲内であったものの、fn1が本発明の下限未満であった。そのため、熱伝導率が40W/(m・K)を超えた。番号14の化学組成、fn1値及びfn3値は本発明の範囲内であったものの、fn2値が本発明の下限未満であった。そのため、番号14の降伏強度は550MPa未満であり、引張強度は750MPa未満であった。
【0078】
番号15の化学組成、fn1値及びfn2値は本発明の範囲内であったものの、fn3値が本発明の上限を超えた。そのため、番号15の疲労強度は320MPa未満であった。番号16の化学組成、fn1値及びfn2値は本発明の範囲内であったものの、fn3値が本発明の下限未満であった。そのため、番号16の疲労強度は320MPa未満であった。
【0079】
番号17のSi含有量は本発明の下限未満であり、その結果、fn1値も本発明の下限未満であった。そのため、番号17の熱伝導率は40W/(m・K)を超えた。
【0080】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明は、機械構造用部品に広く適用可能であり、好ましくは、エンジンに利用される機械構造用部品に適用可能である。特に、コネクティングロッドに適用可能である。
【符号の説明】
【0082】
1 コネクティングロッド
10 大端部
20 小端部
30 レール部
40 ロッド
50 キャップ
60 ボルト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.25〜0.48%、
Si:0.50〜2.00%、
Mn:0.50〜1.50%、
P:0.060%以下、
S:0.010〜0.120%、
Cr:0.05〜0.40%、
Al:0.005〜0.080%、
Ti:0.0010〜0.0100%、
V:0.020〜0.300%、
N:0.0050〜0.0200%、
O:0.0050%以下、
Cu:0.30%以下(0を含む)、
Ni:0.50%以下(0を含む)、
Mo:0.50%以下(0を含む)、
を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
式(1)で定義されるfn1が47以上であり、
式(2)で定義されるfn2が0.60以上であり、
式(3)で定義されるfn3が0.0002〜0.0080である、コネクティングロッド用鋼。
fn1=6.7×(42[Si%]+25[Mn%]+14[Cu%]+12[Ni%]+16[Cr%]+12[Mo%]+42[Al%]+14[V%])0.5・・・(1)
fn2=[C%]+[Si%]/7+[Mn%]/5+[Cr%]/9+[V%]/2−5[S%]/7・・・(2)
fn3=[Ti%]−0.599[O%]・・・(3)
ここで、式(1)〜式(3)中の[元素記号%]には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されていない場合、[元素記号%]に「0」が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載のコネクティングロッド用鋼を熱間鍛造して製造される、コネクティングロッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−32565(P2013−32565A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−168768(P2011−168768)
【出願日】平成23年8月1日(2011.8.1)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】