説明

コーターブレード

【課題】塗工用原紙の両端部が通過する部位でブレード先端が異常摩耗することなく長寿命化が図れる新規なコーターブレードを提供すること。
【解決手段】ブレード用鋼材14からなり、塗工用原紙に接触する刃先の両端部にサーメット溶射皮膜12を有し、当該サーメット溶射皮膜12がクロムめっき皮膜13で覆われている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製紙工業に於いて、抄紙機で抄造された原紙に塗工液を塗布する為に利用するブレードに関する。さらに詳しくは、印刷用塗被紙、感圧複写紙、感熱記録紙など塗被紙製造工程に於いて顔料や接着剤を主成分とする水性塗料を塗布するブレードコーターで利用するブレードに関するものであり、コーターブレードないし塗工ブレードと呼称される。図1は一般的なコーターでの塗布液の塗布方法を説明する図である。図1において、1は塗工用原紙2を支持するバッキングロール、3は塗工液4を塗布するコーターブレード、5はコーターブレード3を塗工用原紙2に押し付ける圧力(空気圧)、6はバッキングロール1の表面に付着した塗工液を除去して清浄にする機能を果たす水切りブレードである。
【0002】
図2はベベルタイプ(刃先が傾斜しているもの)のコーターブレードの刃先部分を示す側面図であり、7はニップ部と呼称される、原紙に直接接触する部位である。8はランドと呼称される部位であり、ランド8を含む水平面に対してニップ部7は、あるベベル角度9(15〜45°)をなしている。10はコーターブレード用鋼材の厚みを示す。
【背景技術】
【0003】
バネ性を有する鋼材に刃付け加工して製作されたコーターブレードの寿命を延ばす試みは20年以上も前から行なわれている。なお、バネ性を有する鋼材としては、JISG4401に規定されている焼き入れおよび調質されたSK−4やSK−5をその代表例として挙げることができる。
【0004】
また、前記鋼材に対して耐摩耗性を付与する被覆材としては、例えば、特許文献1には、鋼材の刃先部分にセラミック材料を被覆されたコーターブレードが開示されている。当文献1のセラミック材料の代表例は、アルミナとチタニアからなる複合酸化物を溶射法で被覆したことを特徴としている。このように、セラミック材料を溶射したブレードを用いると、確かに寿命の延長には繋がるが、寿命のバラツキが大きい。これは溶射固有の気孔の存在と溶射材料である粒子間の結合力の弱さが原因で、ブレードとして最も重要な機能を果たす刃先部分に使用中空洞が露呈したり、溶射材料の欠けによる窪みを生じたりするなど、塗工紙面に突然ストリークを発生することがあって、極めて短寿命のものがあり、操業の安定性に欠けるからである。加えて、セラミック材料の溶射皮膜は元々固形粒子を溶融吹付けることにより形成されるため、塗工液中の無機顔料のカオリン、炭酸カルシウム、クレイなどとの摺動によって平坦に摩耗しなかったり、溶射皮膜を構成する粒子が脱落して不規則な摩耗面となるなど、材料固有の特性から塗工紙としての品質は明らかに劣っている。
【0005】
これに対して大抵のセラミック材料よりも耐摩耗性の良いクロムめっきを被覆されたコーターブレードが特許文献2に開示されている。このクロムめっき被覆コーターブレードはクロムめっき固有の硬度と平滑性から同一厚みのセラミック被覆コーターブレードよりも長寿命を達成でき、且つ気孔が存在しないために塗工液と連続して摺動しても平坦に摩耗するので、塗工紙の品質が優れたものを生産できる。また気孔が存在せず、粒子の欠落という現象がないために使用中に突然ストリークを発生することもなく、その寿命も比較的長い。しかし、クロムめっきした面を塗工用原紙に対する押圧面としてそのまま利用するので、めっき被膜の寿命延長の為に50μm以上の膜厚とすると電気めっき固有の膜厚のバラツキが生じやすく、その結果塗工ムラを呈したり、刃先先端が丸まって塗工液の切れが悪くなるなど、コーターブレードとして利用できなくなる。なお、クロムめっき被覆コーターブレードが寿命に達したとされるのは、塗工用原紙の両端部近傍での100μm以上の異常損傷による段差発生で、塗工液が裏抜けするために寿命に達したと判断されて取り外される場合がほとんどである。
【0006】
塗工用原紙の両端部が通過する部位近傍のコーターブレードの刃先が異常損耗する原因は、図3に示すように、原紙2(図4参照)の端部近傍で局所的にブレード圧力5が高くなることと(図3において、矢印はコーターブレード3に付与される圧力の方向を示し、矢印の太さは圧力の大きさを定性的に示す)、塗工用原紙2を支持しているバッキングロール1がコーターブレード3に付与される圧力で上向きに撓むためにコーターブレード3の中心から外側に向かって圧縮荷重が漸増する傾向にあること、および紙端部位は線圧が高いために塗工液の切れが良過ぎて塗工液が欠乏状態になることに原因がある。図3の3aはコーターブレード3に被覆された耐摩耗性皮膜を示す。図4は図3においてDで示す右方部分の丸印の拡大図であり、2aは塗工層を示す。図3においてDで示す左方部分の丸印は右方部分の丸印と左右対称関係にある。
【0007】
特許文献3には、バッキングロールの上向きの撓み二次曲線に適合したコーターブレード、つまりブレードの長手方向の中心を起点としてそれぞれ両端に向ってなだらかに円弧を為すようにすることで両紙端近傍の加圧を低減できるようにしたコーターブレードが開示されている。従って、塗工紙全体で見れば塗工ムラを解消することは可能であるが、紙端部近傍のコーターブレードの段差発生を完全に解消することはできない。というのは、コーターにより抄造する塗工紙、塗工液成分が様々に異なることやバッキングロールの仕様が塗工機械毎に異なり、撓み量が変化することもあって、コーターブレードの形状をバッキングロールの撓み二次曲線に適合させるのが困難であることや、塗工量自体も紙種により変化させる必要があるためにコーターブレードの押し付け圧力が変化するからである。しかし、当該コーターブレードの最大の欠点は、図3に示すように、コーターブレード3に耐摩耗性皮膜3aを三次元的に精度良く被覆するのが極めて困難で、あらゆる用途のコーターブレードに適用することができないと言う技術的制約の存在である。
【0008】
特許文献4は、金属ストリップの基材と、炭化物材料などからなる耐摩耗性最上層被覆との間にセラミック材料などからなる中間層を設け、この中間層が最上層被覆よりも低い熱伝導率を有するコーターブレードを開示している。このコーターブレードは中間層と耐摩耗性最上層被覆の形成を溶射プロセスで行っている。しかし、溶射に起因する気孔の発生や中間層と耐摩耗性最上層被覆との接合強度の低さに加えて固形異物によるストリークの発生が懸念される。
【0009】
特許文献5は、段付きロールの表面に被覆したWC系サーメット溶射皮膜の摩擦係数を改善する目的で無電解ニッケルめっきやフッ素樹脂分散無電解ニッケルめっきを施したものを開示している。しかし、その処理方法は特に開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特公平8−11877号公報
【特許文献2】特開平3−64595号公報
【特許文献3】特開平6−55124号公報
【特許文献4】特表2008−546530号公報
【特許文献5】特開平09−262915号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は従来の技術の有するこのような問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は、塗工用原紙の両端部が通過する部位でブレード先端が異常摩耗することなく長寿命化が図れるとともに、ブレードの使用開始後に早期に初期馴染み性(バッキングロールの面形状に沿うようにブレード刃先が摩耗すること)を発揮し、塗工紙面へのストリークの発生を防止し得る、新規なコーターブレードを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明のコーターブレードは、ブレード用鋼材からなり、塗工用原紙に接触する刃先の両端部にサーメット溶射皮膜を有し、当該サーメット溶射皮膜がクロムめっき皮膜で覆われていることを特徴とする。上記サーメット溶射皮膜はブレード用鋼材と面一にすることができる。
【0013】
また、本発明のコーターブレードは、ブレード用鋼材からなり、塗工用原紙に接触する刃先の両端部にサーメット溶射皮膜を有し、当該サーメット溶射皮膜を含む上記鋼材の刃先全長がクロムめっき皮膜で覆われていることを特徴とする。上記サーメット溶射皮膜はブレード用鋼材と面一にすることができる。
【0014】
また、本発明のコーターブレードは、ブレード用鋼材からなり、塗工用原紙に接触する刃先の両端部にサーメット溶射皮膜を有し、当該サーメット溶射皮膜を除く上記鋼材の刃先全長にわたってクロムめっき皮膜を形成したことを特徴とする。上記サーメット溶射皮膜はクロムめっき皮膜と面一にすることができる。
【0015】
サーメット溶射皮膜は、WC−NiCrおよび/またはWC−CoCrであることが好ましい。
【0016】
サーメット溶射皮膜の厚さは、5ないし60μmであることが好ましく、10ないし40μmであることがより好ましい。
【0017】
サーメット溶射皮膜はクロムめっき皮膜より硬く、ビッカース硬さ(HV)が1100以上であることが好ましい。
【0018】
クロムめっき皮膜の厚さは、10ないし150μmであることが好ましく、20ないし70μmであることがより好ましい。
【0019】
クロムめっきが施される基材表面とサーメット溶射皮膜表面の粗さが、2μmRy(1994年制定のJIS規格)以下の範囲であることが好ましい。
【0020】
本願において、面一とは、複数の部材が併存する場合において、異なる部材の境界に段差がなく、複数の部材の表面が実質的に水平であることをいう。
【発明の効果】
【0021】
本発明のコーターブレードは、塗工用原紙とコーターブレードが直接接触する刃先先端部の少なくとも一部、すなわち、塗工用原紙の両端部が通過する部位に、被熱により硬度低下を生ぜず、耐摩耗性と耐傷性(傷が付きにくいこと)に優れているサーメット溶射皮膜を形成し、さらに、ブレード用鋼材およびサーメット溶射皮膜の少なくともいずれか一方の表面にクロムめっき皮膜を形成したものであるから、クロムめっき皮膜を有するコーターブレードの寿命を律則している塗工用原紙が通過する部位に段差が発生するまでの時間を従来のものに比べて大幅に長くすることが出来るので、コーターブレードを交換する頻度を大幅に低減できる。また、それによってコーターブレード交換に伴なう損紙発生量も著しく減少するので、塗工紙抄造において多大なコスト低減が期待できる。
【0022】
加えて、クロムめっき厚を増加しなくても、クロムめっき皮膜を有するコーターブレードの3倍以上の長寿命を達成することが出来るので、ブレード用鋼材の使用量及び皮膜加工費の低減にも繋がり、省資源を図れる。またサーメット溶射皮膜形成部位を限定的なものとしているので、高価なWC系サーメット溶射材を節減できるという経済的効果がある。
【0023】
また、クロムめっきの特徴である低動摩擦係数は、ブレードの使用開始後に早期に初期馴染み性を発揮し、ブレード取替え時に起こるストリーク発生並びに塗工途中で突発的に発生するストリーク発生頻度を著しく低減出来るので損紙も少なくなり、この観点からも有益である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は一般的なコーターでの塗布液の塗布方法を説明する図である。
【図2】図2はベベルタイプのコーターブレードの刃先部分を示す側面図である。
【図3】図3はコーターブレードに付与される圧力分布を説明する図である。
【図4】図4は図3においてDで示す右方部分の拡大図である。
【図5】図5(a)はサーメット溶射とクロムめっきを施す前の試験片の平面図、図5(b)はその試験片にサーメット溶射とクロムめっきを施した後の断面図である。
【図6】図6(a)はサーメット溶射皮膜と鋼材とを面一に研磨加工したものにクロムめっき皮膜を施した試験片の断面を示す顕微鏡写真(写真倍率が100倍)であり、図6(b)はその模式図である。
【図7】図7はサーメット溶射皮膜とクロムめっき皮膜とが共存する試験片の別の例を示す断面図である。
【図8】図8(a)はコーターブレードの刃先部分にサーメット溶射皮膜とクロムめっき皮膜を施す範囲を説明する断面図、図8(b)はコーターブレードの刃先部分にサーメット溶射皮膜とクロムめっき皮膜を施す範囲を説明する平面図、図8(c)は図8(b)の左端面図である。
【図9】図9(a)(b)はコーターブレードの刃先部分にサーメット溶射皮膜とクロムめっき皮膜を施す範囲の具体例を示す断面図である。
【図10】図10(a)はコーターブレードの刃先端部に形成するサーメット溶射皮膜の一例を示す斜視図、図10(b)はニップ部に設ける段差を説明する斜視図、図10(c)はコーターブレードの刃先端部に形成するサーメット溶射皮膜の別の例を示す斜視図である。
【図11】図11(a)(b)(c)はコーターブレードの刃先端部に形成したサーメット溶射皮膜をクロムめっき皮膜で被覆する具体例を示す側面図である。
【図12】図12は原紙との摺動によりクロムめっき皮膜で被覆されていたサーメット溶射皮膜が露出した状態を示す一例の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(1)事前の検討
本発明者等が、クロムめっき皮膜が被覆された使用済のコーターブレードのクロムめっきの摩耗状態を中心に詳細に調査すると、いずれのコーターブレードでも塗工用原紙の両端部が通過する部分が異常に損耗し、当該部位ではクロムめっきが完全に消失してブレード用鋼材まで抉れているような状態となっていた。塗工用原紙の両端部が通過する部分の段差の程度は、刃先のニップ部の平坦なところを基準にすると、100μm以上であった。なお、塗工用原紙の両端部が通過する部分以外の残存クロムめっき厚を何点かについて求めると、使用開始前に50μmの厚みであったものが10ないし20μm減肉して残存厚みが40ないし30μmに低減しているものの、未だ十分使用に耐える状態であった。塗工に利用した時間から当該部分の減肉速度を算定すると、バラツキはあるが平均的な減肉速度は0.5ないし1.0μm/Hであった。一方、塗工用原紙の両端部が通過する部位では、ブレード用鋼材の減肉を含めて平均的な減肉速度は、4.0ないし8.0μm/Hであった。
【0026】
コーターブレードの寿命を延長する最も単純な方法は、クロムめっき皮膜の厚さを増加することであるが、めっき膜厚を増加すると電気めっき固有の膜厚のバラツキが拡大して、かえって塗工ムラやストリーク発生に繋がることがある。
【0027】
また、コーターブレードの刃先に付されるベベルの先端側に向かってめっき膜厚が薄くなる現象があり、ベベルの設計角度と実際の取り付け角度とのズレを生ずるので、ブレードホルダーに装着したコーターブレードの取り付け角度の調整が困難となる。
【0028】
さらに、クロムめっき固有の応力発生により、コーターブレード用鋼材が変形するなどの問題もある。
【0029】
めっき膜厚のバラツキやベベル角度変化の問題を解決するために、めっき後に研削加工工程を導入すれば、安定した研削加工のために必要以上に厚膜化する必要があるという別個の問題が発生する。加えて厚膜化のための長時間のめっきにより生産性が低下する。また、製品精度を向上するために研削加工工程を追加することは非経済的であるのみならず、研削加工に伴なうめっき皮膜の欠けや割れの発生確率も増大して塗工紙の品質を低下させる。
【0030】
(2)クロムめっき皮膜が被覆されたコーターブレードの硬度
そこで、本発明者等は、塗工用原紙の両端部が通過した部位に生ずる異常段差の発生要因を究明する為に、塗工速度1150m/分、塗工量8〜12g/m、ベベルの角度30°のものに、刃先先端から反刃先側に向かって10mm幅で且つブレード長さ全長にわたって厚み50μmのクロムめっき皮膜が被覆された使用済のクロムめっき被覆コーターブレードについて、両紙端近傍、中央部、紙の全く通過しない未使用部分の硬度(ビッカース硬度)を比較して見ると以下の表1のようになり、紙端部近傍の硬度のみが低下していることがわかった。なお、8〜12g/mの塗工量は、中量塗工の範疇である。
【0031】
【表1】

【0032】
表1の数値を見れば、原紙の両端部に付加されるブレードの偏った圧力以外に、コーターブレードと原紙との摺動の影響を受けて硬度低下が起こったと考えられるので、熱による各種皮膜の硬度と耐摩耗性との関係について、以下のようにして調査した。
【0033】
(3)各種皮膜の硬度と耐摩耗性
試験法はJISH8503に準拠して、乾式の平板回転摩耗試験を行い、この試験片の硬度を測定した。試験条件は、乾式アブレッシブ摩耗試験で、摩耗輪はH−10を採用し、付与荷重は1kgとし、1000回転毎の摩耗減量を体積換算したものを摩耗体積(%)とした。その結果を以下の表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
表2において、HVはビッカース硬度である。また、WC−15%CoCrの皮膜については溶射条件を変化させて、WC−15%CoCr(1)を被覆した条件よりも、WC−15%CoCr(2)が低硬度となるように意図的に条件を変化させている。
【0036】
表2をみると明らかなように、硬度と摩耗体積の数値との間に明瞭な相関関係は見られず、高硬度のものが必ずしも高耐摩耗性ではなく、皮膜種による差異が大きい。すなわち、加熱によって耐摩耗性が改善される皮膜(Ni−40%W合金めっき、アルミナ−3%チタニア)と、加熱によって耐摩耗性が悪化する皮膜(クロムめっき)と、加熱によって耐摩耗性があまり変化しない(熱安定性が優れている)皮膜(WC系、Cr系溶射皮膜)とに大別することができる。
【0037】
クロムめっきの場合は、常温ではサーメット溶射皮膜と耐摩耗性において劣るということはないが、加熱によって耐摩耗性が悪くなることが分かる。WC−15%CoCr、WC−27%NiCrなどに代表される溶射皮膜は、もともと溶射材料を溶融状態で吹き付けるために、常温から300℃までの温度範囲では、安定していることが分かる。
【0038】
表2の温度による硬度変化の数値に基づいて表1の硬度値から紙端部近傍の温度を推定すると、約100℃ないし200℃であると推定される。すなわち、塗工用原紙とコーターブレードの先端とが高速で摺動することにより発熱して温度が上昇したものと思われる。塗工用原紙の両端部が通過するコーターブレードの部位には中央に比べて大きな圧力が付加されるとともにバッキングロールの撓みで当該コーターブレードの部位には大きな荷重が付加されることなどの理由により、もともと線圧が高く、塗工液が欠乏状態になりやすいので塗工液による冷却効果があまり発揮されずに、塗工用原紙とコーターブレードとの摺動熱を吸収しきれずに温度が上昇したものと思われる。この温度上昇がクロムめっき皮膜を被覆されたコーターブレードの両紙端部近傍における異常損耗の原因であると思われる。
【0039】
(4)摺動特性を勘案した皮膜の試験
上記(3)における加熱時の硬度と耐摩耗性の関係から、溶射皮膜の熱安定性が良いことと、クロムめっき皮膜の熱安定性は加熱により悪化傾向にあることなどが判明した。そこで、積極的に摺動を取り入れた摩擦摩耗試験機を用いて代表的な皮膜種について摩擦摩耗試験を行なった。試験機としては、新東科学社製の表面性測定機トライボギアを使用し、直径が3/16インチのガラス球(HV600)とアルミナ球(HV2000〜2100)を用いて、走査条件は5mm×7000往復、走査速度は6m/分、付与荷重は50gで評価した。その試験結果を以下の表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3において、試験に供した皮膜の研磨直後(またはめっき直後)の表面硬度は、クロムめっき、WC−15%CoCr(1)、 WC−15%CoCr(2)、 Wc−27%NiCr、 WC−30%ハステロイ、 アルミナ−3%チタニアのそれぞれについて、HV1018、HV1342、HV980、HV1286、HV971、HV890であった。表3から判断すると、同一皮膜種では、摺動相手材が同じあれば、動摩擦係数と摺動傷深さとの間にはほぼ相関性が見られるが、皮膜種が異なればそのような相関性は見られない。また、摺動相手材によって、摺動傷深さが大きく異なっている。また、表面硬度と摺動傷深さの間の関係は皮膜種および摺動相手材によって大きく異なっている。実機のコーターブレードの塗工紙端部付近で現実に生じている異常損耗の表面観察結果によれば、表3のアルミナ球による摺動結果が実際に起こっている現象に近いと推定される。
【0042】
表2の結果は、コーターブレードにおいては、塗工用原紙の両端部が通過する部位近傍では高線圧となり勝ちであるので潤滑作用をなす塗工液が欠乏状態になりやすく、原紙とコーターブレードとの接触は擬似乾燥状態の摺動摩擦になり易くて接触面の温度が高くなりやすいことを示している。また、微塗工〜中量塗工の塗工紙は、塗工量をセーブする為にコーターブレードに付与される押し圧が比較的高いことや、新鋭のコーターは、塗工速度が高くできるように設計されているために、受熱時に於いても高硬度を保持し、摩耗特性の変化しない一部のサーメット系溶射膜をコーターブレードに施すことが、塗工用原紙の両端部近傍で起こっているコーターブレードの昇温抑制対策として効果があるものと考えられる。
【0043】
また、表3は、同一皮膜種であっても摺動相手材により、摺動傷深さと耐傷性と動摩擦係数に差異を呈することを示している。クロムめっきについて見れば、試験に供したいずれの皮膜よりも動摩擦係数が小さい。その一方で、クロムめっきは必ずしも摺動傷深さの最も小さい皮膜ではない。
【0044】
それに較べてサーメット溶射皮膜は、アルミナ球での結果のみを取り上げれば、摺動傷が浅く、特に高硬度であるWC−15%CoCr(1)とWC−27%NiCrの摺動傷が浅い。
【0045】
これらの結果は、溶射皮膜に気孔が残存していて塗工紙にストリーク発生要因を内在していても、製品となる時点では塗工紙の両端部分は裁断除去されるので、塗工品質に直接影響しない両紙端部には、特定の条件で溶射したWC−CoCrまたはWC−NiCr系サーメット溶射が段差発生防止皮膜として適しており、それ以外の被熱の影響が少ない部位には、皮膜欠陥がなくてストリーク発生が少なく、耐摩耗特性に優れているクロムめっきが良いことを示している。つまり、塗工用原紙の両端部にはサーメット溶射皮膜を配し、その他の部位にはクロムめっき皮膜を施す、複合構成のコーターブレードが本発明の目的を達成するのに最も適していることが分かった。なお、クロムめっきが皮膜硬度の割にはストリーク防止性と耐摩耗性を備えているのは、動摩擦係数が小さいことに関連性があり、塗工液中の固形粒子や原紙由来の繊維屑がブレード刃先先端に長時間留まらず、塗工紙の進行方向に速やかに裏抜けするためである。
【0046】
(5)サーメット溶射皮膜とクロムめっき皮膜との複合構成のコーターブレード
サーメット溶射皮膜とクロムめっき皮膜との複合構成のコーターブレードを得るためには、熱影響が及ぼされるコーターブレードの刃先の両端部にサーメット溶射皮膜を形成し、コーターブレード用鋼材とサーメット溶射皮膜とが共存する表面にクロムめっきするのが好ましい。
【0047】
そのためには、サーメット溶射皮膜とコーターブレード用鋼材とが存在する面のいずれにも密着し、且つサーメット溶射皮膜とコーターブレード用鋼材とが接触している部位が塗工紙の端部であっても、ストリーク発生防止の為に筋や段差を生じないことが前提となる。本発明の実現に当たっては、導電性はあっても金属材料ではない金属炭化物を主成分とするサーメット溶射皮膜に電気めっきによって、直接クロムめっきできなければならない。しかし、過去にサーメット溶射皮膜にめっきしたものとしては、特開平09−262915号公報に、WC系サーメットを被覆した段ロールに、Ni基中に無機粒子または有機粒子を含有するものを無電解めっき法により被覆したものが開示されているのみであり、サーメット溶射皮膜に電気めっきによってクロムめっきを施したものは提案されていない。また、コーターブレード用鋼材とサーメット溶射皮膜が共存する面にクロムめっきを施したものも提案されていない。
【0048】
そこで本発明者等は、溶射材として表2と表3の結果から、WC系、Cr系のサーメット溶射材を選定し、これらについて、サーメット溶射皮膜のみの面にクロムめっきを施す実験を行うこととした。種々検討した結果、特定の酸類やアルカリ溶液中で電解活性すると、サーメット溶射皮膜にクロムめっきを被覆できることを見出した。しかし、サーメット溶射皮膜とコーターブレード用鋼材とが共存するような構成であるので、双方の材料を同時に活性状態とする必要があり、この目的のために試験片を準備した。図5(a)はサーメット溶射とクロムめっきを施す前の試験片11の平面図であり、図5(b)はその試験片にサーメット溶射皮膜12とクロムめっき皮膜13を施した後の断面図である。図5(a)の試験片に対してサーメット溶射皮膜としてWC−Co、WC−NiCr、WC−CoCrなどを被覆し、図5(b)に示すように、サーメット溶射皮膜12とブレード用鋼材14とを面一に研磨加工してクロムめっき被覆用の素材となし、いずれの面に対しても密着良く、且つサーメット溶射皮膜とブレード用鋼材との境界に段差を発生せず、また、その鋼材とサーメット溶射面に荒れのないクロムめっきを被覆する検討を行なった。
【0049】
異なる材質を同時に活性化することは、それぞれの材料の電極電位が異なるので、それほど容易な操作ではなく、特に、サーメット溶射面側に安定してクロムめっきを密着させることは困難であるが、陽極電解法による活性化を行い、且つ電解液を特定の条件とすることで、サーメット溶射皮膜とブレード用鋼材の両方に安定してクロムめっきできるようになった。活性化に利用する電解液としては、硫酸塩、塩化物、水酸化物、炭酸塩などを単独ないし併用してpHを1〜12、好ましくは2から11に調整し、さらに有機酸やアミノ酸やその塩類、例えばクエン酸、酒石酸、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、マロン酸、グリシン、リンゴ酸などを併用し、陽極的に電解処理することに特徴があり、鋼材面とサーメット溶射面に同時にクロムめっきを析出させることが可能となった。また析出したクロムめっきの密着性は90°折り曲げ法でも問題なく、ブリネル硬度計を利用して10mm径の鋼球を3トンの荷重で押し込んでも、鋼材とサーメット溶射皮膜の双方の材料に平滑なクロムめっきを密着できることを確認でき、本発明のコーターブレードを完成させることができた。
【0050】
以下の表4は、図5(a)に示すように段差加工を施したコーターブレード用鋼材(S50C)に、サーメット溶射材としてWC−27%NiCrをHVOFにて溶射し、整面したクロムめっき被覆前の溶射皮膜12と鋼材14の表面粗さ、溶射皮膜12と鋼材14の境界の段差、および、その溶射皮膜と鋼材に、図5(b)に示すように、50μmの厚さの電解クロムめっき13を施した後のものについて同上表面粗さと段差を測定した結果を示すものである。表面粗さについては、クロムめっき後に研磨していないにも拘らず殆どめっき前の状態を維持できている。また、溶射皮膜と鋼材のような異なる材質の境界には段差が発生しやすいが、これら異材の境界部の段差もクロムめっき前の電解による同時活性化を経ても無視できる程度の僅かな段差である。
【0051】
【表4】

【0052】
図6(a)は、図5(a)のように段差加工を施した試験片に、サーメット溶射材としてWC−15%CoCrをHVOFにて溶射し、サーメット溶射皮膜12と鋼材14とを研磨加工して面一となしたものに同時活性化を行い、クロムめっき皮膜13を施した試験片の断面を示す顕微鏡写真(写真倍率が100倍)であり、図6(b)はその模式図である。
【0053】
また、本発明の別の実施形態として、図7のように、サーメット溶射皮膜15とクロムめっき皮膜16とをコーターブレード用鋼材17の上に隣接させて面一となるように設ける場合においても、サーメット溶射皮膜15との境界部のクロムめっきを密着させることが可能である。但し、WC−Co溶射膜に対しては、Coが耐食的に劣るために単独でのめっきは可能であるが、鋼材と共存すると面荒れを起こす為に余り適切ではない。またサーメット溶射皮膜と鋼材との共存面の表面粗さは、塗工紙にストリークが発生するのを防止するために重要な要因で、コーターブレードに適する面とする為には、2μmRy以下の表面粗さとするのが好ましい。
【0054】
なお、以上の要素技術を適宜組み合わせて本発明のコーターブレードとするためには、サーメット溶射材の種類、サーメット溶射皮膜厚、クロムめっき皮膜厚などを決定することが必要である。コーターブレードの刃先先端に被覆するクロムめっき皮膜の厚さとしては、10〜150μm、好ましくは20〜70μmで十分に長寿命化が可能である。また、サーメット溶射皮膜としては、硬度がHV900以上のもので、且つ導電性の良い金属の炭化物であれば、全て利用しうるが、塗工紙の端部該当部位の異常損耗を抑制して耐傷性を付与して塗工紙の両端近傍に発生する段差を極力抑制して長寿命とするためには、WC−NiCr系ないしWC−CoCr系の溶射材料から選定するのが好ましく、硬度はHV1100以上ものが好ましい。また、サーメット材を溶射する溶射機としては、特に制約はないが、高硬度とするためにはHVOFが好ましい。サーメット溶射皮膜として必要な膜厚は、クロムめっき皮膜の摩耗速度とのバランスから5〜60μm、好ましくは10〜40μmの範囲がよい。但し、サーメット溶射皮膜とクロムめっき皮膜とを面一に配置する場合には、両者をほぼ同一の膜厚とするのが好ましい。
【0055】
図8(a)(b)(c)はベベルタイプのコーターブレードにおけるサーメット溶射皮膜18とクロムめっき皮膜19とを施す範囲を説明する図であり、図8(a)は図8(b)のX−X矢視断面図、図8(b)は平面図、図8(c)は図8(b)の左端面図である。図8(b)の右端面図は左端面図と鏡像関係にあり、図8(c)の左右を逆にしたものが右端面図に相当する。ベベルタイプのコーターブレード20の幅W(図8(b)参照)は50〜110mm、長さL(図8(a)参照)は1000〜10200mm、厚さT(図8(a)参照)は0.4〜0.8mmの範囲が一般的である。コーターブレード20の両端部またはその近傍に設けた段差(図10(b)の番号26参照)にサーメット溶射皮膜18を施す範囲は、刃先先端から反刃先側に向かって2〜15mm、好ましくは5〜10mmであり、コーターブレード20の長さ方向におけるサーメット溶射皮膜18の長さについては、Lを塗工用原紙の幅、DとDを塗工用原紙の両端、a+bをコーターブレード20の一方の端部の溶射皮膜長さ、a+bをコーターブレード20の他方の端部の溶射皮膜長さとすれば、a=a、b=b=20〜100mmであるのが好ましい。クロムめっき皮膜19を施す範囲としては、サーメット溶射皮膜18をコーターブレード20用鋼材と面一にし、サーメット溶射皮膜18を含むコーターブレード20の全長がクロムめっき皮膜19で被覆されるのが好ましい。
【0056】
図9(a)(b)はコーターブレードの刃先部分にサーメット溶射皮膜とクロムめっき皮膜とを施す範囲の具体例を示す断面図である。図9(a)はサーメット溶射皮膜21をベベルタイプのコーターブレード22の両端部の段差に設け、サーメット溶射皮膜21をコーターブレード22用鋼材と面一にし、サーメット溶射皮膜21を含むコーターブレード22の長さ方向全長にわたってクロムめっき皮膜19を設けた場合である。図9(b)はサーメット溶射皮膜23をベベルタイプのコーターブレード22の両端からブレード中心に向かって少し入ったところの段差に設け、サーメット溶射皮膜23をコーターブレード22用鋼材と面一にした場合で、この場合も、サーメット溶射皮膜23を含むコーターブレード22の長さ方向全長にわたってクロムめっき皮膜19を設けることができる。Lは塗工用原紙の幅である。
【0057】
サーメット溶射皮膜の被覆範囲は、図8(a)(c)および図9(a)(b)に示したように局所的にすることで溶射材の吹き付け時にブレード用鋼材が熱影響を受けて変形するのを回避できるだけでなく、高価なWC系溶射材料の大幅な節減につながる。しかし、本発明の別な構成として、溶射時のブレード用鋼材の熱変形を回避することができれば、ブレード全長さに亘って、ベベルのニップ面にサーメット溶射皮膜を設けることもできる。
【実施例】
【0058】
以下に、本発明の実施例について説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲を逸脱しない範囲において適宜変更や修正が可能である。
【0059】
SK−5の鋼材から、ブレード長さが750mmで、幅が100mmで、板厚が0.508mmで、図2に示すように、長手方向の一方の先端にベベル角度9が35°で、ランド8が0.15mmである比較例の3枚のコーターブレードと、同じサイズと同じ形状の本発明のコーターブレード3枚を作製した。本発明のコーターブレードについては、ブレード両端から中央部に向って、それぞれ145mmのところまで、塗工用原紙の端部が通過する部位を含むように図10(a)に示す構造のサーメット溶射皮膜24を形成するために、図10(b)に示すように、ニップ部25に30μmの段差26を施した(図10(a)(b)はコーターブレードの刃先の一方の端部のみを示す)。
【0060】
そして、比較例のコーターブレードに対しては、刃先先端から反刃先側に向って10mm幅で、全ブレード長さに亘って20μm厚のクロムめっきを施した。
【0061】
本発明のコーターブレードについては、それぞれ両端から145mmの範囲にサーメット溶射皮膜としてWC−27%NiCrをHVOFで溶射し、余剰に付着した溶射皮膜をランド部、ニップ部、平坦部(図2参照)から研磨・除去して表面の粗さを1μmRy程度に仕上げ、上記溶射皮膜を含む全ブレード長さに亘って、刃先先端から反刃先側に向って10mm幅でクロムめっきを被覆する為に、溶射皮膜の表面を定法で脱脂し、水酸化ナトリウムとグリシンと硫酸からなり、pHを5に調整した活性化液を用いて、40℃において、陽極電流密度を5A/dmとして5分間陽極電解して比較例のコーターブレードと同様に20μm厚のクロムめっきを施した。図11(a)はその側面を示し、27はクロムめっき皮膜である。なお、サーメット溶射皮膜とSK−5鋼材との接触個所は、目視検査では殆ど判別が付かない状態であった。
【0062】
なお、テストコーターは、バッキングロール面長が700mmで、塗工用原紙幅は、500mmであり、テストコーターでは、塗工液の配合として以下のものを用いた。
カオリン 80重量部
炭酸カルシウム 20重量部
ピロリン酸ナトリウム 0.1重量部
スチレン・ブタジエンラテックス 12重量部
デンプン 5重量部
【0063】
またテストコーターの運転条件は、塗工速度を1000m/分、ブレード線圧を1.5kg/cm、塗工量を8g/mとして塗工試験を実施した。 その塗工試験結果を表5に示す。
【0064】
【表5】

【0065】
クロムめっきを被覆した比較例のコーターブレードの場合は、塗工用原紙の両端部位の摩耗状態を1時間毎に確認しながら塗工テストを行なって、素材であるSK−5の鋼材がほぼ露出に至るであろう時間を推定して比較例のコーターブレードの取り外し時間を決定した。
【0066】
また、本発明のコーターブレードの同上塗工用原紙の両端部位については、最初の1枚を5時間連続塗工した後に露出してきたWC−27%NiCr溶射面の窪みの状態を観察しながら本発明のコーターブレードの取り外し時間を決定した。結果として本発明のコーターブレードと比較例のコーターブレードの該当個所に生ずる段差はほぼ同一となったが、取り外しに至る時間が大幅に異なっている。本発明のコーターブレードは、比較例のコーターブレードから到底予期しないほどの長寿命のコーターブレードとなっていることが明らかである。
【0067】
また、表5には記載していないが、塗工試験を短時間で終了させることを目的に、クロムめっき厚を薄めに設定し、また、刃先先端からベベルのニップ面の形状精度が上がったこともあり、いずれのコーターブレード(本発明と比較例)に於いても塗工紙のストリークは、皆無に近く良好な結果となった。なお、ブレードの中央部を切断採取して残存クロムめっき厚を顕鏡法で調査すると、表5に示すように、比較例のコーターブレードでは、残存するクロムめっき厚の平均値は15.1μmであったが、本発明のコーターブレードでは、その残存クロムめっき厚の平均値は4.0μmと殆ど残存しておらず、効果的に塗工に利用されたと言える。
【0068】
なお、サーメット溶射皮膜を形成する部位として、図10(c)に示すように、コーターブレードの刃先の端28から内側に少し入った個所にサーメット溶射皮膜29を設け、このサーメット溶射皮膜上を塗工用原紙の端部が通過するように配置することもできる。
【0069】
また、サーメット溶射皮膜をクロムめっき皮膜で被覆する具体例として、図11(b)(c)に示す構造を採用することもできる。図11(b)(c)において、30、31はサーメット溶射皮膜、32、33はクロムめっき皮膜である。図11(a)(b)(c)において、サーメット溶射皮膜を含むコーターブレード用鋼材の刃先全長がクロムめっき皮膜で覆われるようにすることができる。
【0070】
上記のように、実施形態および実施例に基づいて詳述した本発明の特徴は以下のように要約することができる。
【0071】
[硬度と耐摩耗性と摺動特性]
コーターブレードにおいて塗工用原紙の両端部が通過する部分に生じる異常段差の発生要因を究明するために、使用済のクロムめっき被覆コーターブレードの軸方向の硬度を調査すると、原紙の端部が通過する部分近傍の硬度が他の部分に比べて大きく低下していることが分かった(表1)。その原因としては、コーターブレードと原紙との摺動の影響により硬度低下が起こったと考えられるので、熱による各種皮膜の硬度と耐摩耗性との関係について調査すると、クロムめっき皮膜は加熱によって耐摩耗性が悪化し、WC−15%CoCrやWC−27%NiCrに代表される溶射皮膜は熱安定性に優れていることが分かった(表2)。
【0072】
そこで、各種皮膜の摺動特性について調査すると、クロムめっき皮膜は動摩擦係数が小さく、高硬度であるWC−15%CoCr(1)とWC−27%NiCrの摺動傷が浅いことが分かった(表3)。
【0073】
以上の結果より、製品となる時点では塗工紙の両端部分は裁断除去されるので、溶射皮膜に気孔が残存していて塗工紙にストリーク発生要因を内在していても、両紙端部は塗工品質に直接影響しないから、刃先の両端部には、耐傷性に優れているWC−CoCr系またはWC−NiCr系サーメット溶射皮膜を施し、刃先の両端部以外の摺動熱の影響を受けにくい部分には、皮膜欠陥がなくてストリーク発生が少なくて動摩擦係数が小さいクロムめっき皮膜を施してなるコーターブレードが本発明の目的を達成するのに最も適していることが分かった。そのためには、サーメット溶射皮膜とブレード用鋼材の両素材に対して密着し且つサーメット溶射皮膜とブレード用鋼材との境界に段差を発生せずに平滑なクロムめっき皮膜を形成できることが必要であるが、陽極電解法による活性化を行い、電解液を特定の条件とすることで、サーメット溶射皮膜とブレード用鋼材の両方に安定してクロムめっきができることを確認した(表4)。
【0074】
[本発明のコーターブレードの効果]
SK−5をブレード用鋼材とするものについて、その端部にWC−27%NiCrサーメット溶射皮膜を施し、その溶射皮膜を含む全ブレード長さに亘ってクロムめっきを被覆した本発明のコーターブレードと、クロムめっき被覆のみを施した比較例のコーターブレードについてブレード寿命を調査すると、本発明のコーターブレードは比較例のコーターブレードの約4倍もの長寿命であることが分かった(表5)。
【0075】
[クロムめっき皮膜によるストリーク抑制効果]
本発明の重要な特徴は、刃先の両端部には、耐傷性に優れているWC−CoCr系またはWC−NiCr系サーメット溶射皮膜を施し、刃先の両端部以外の部分には、皮膜欠陥がなくてストリーク発生が少なくて動摩擦係数が小さいクロムめっき皮膜を施すことにある。ところが、サーメット溶射皮膜には気孔が残存していることが多く、そのため、塗工紙にストリークが発生しやすい。そこで、サーメット溶射皮膜をクロムめっき皮膜で被覆すれば、溶射固有の気孔がクロムで埋められるので、ストリークが発生しにくくなるという効果が期待できる。しかも、サーメット溶射皮膜の上にクロムめっき皮膜を形成することで、使用開始後に早期に初期馴染み性を発揮することができる。このように、溶射皮膜の欠陥(気孔)を解消するためにサーメット溶射皮膜を覆うためのクロムめっき皮膜の厚みは5〜10μm程度でよい。上層であるクロムめっき皮膜をこのように薄めっきとした場合、比較的早期に下層のサーメット溶射皮膜が露出する。この場合、最初は図11(b)に示すように、サーメット溶射皮膜30がクロムめっき皮膜32で覆われているとすれば、図12に示すように、サーメット溶射皮膜30が露出しても、塗工紙の進行方向に対する先端と後端ではクロムめっき皮膜32aが残存しているので、露出したサーメット溶射皮膜30の気孔が存在しても、その前後に残存しているクロムめっき皮膜32aの効果でストリークの発生は抑制されるのである。
【0076】
[刃先全長へのサーメット溶射皮膜の形成とクロムめっき皮膜による被覆]
溶射材の吹き付け時にブレード用鋼材が熱変形することがあるので、溶射皮膜の被覆範囲を塗工用原紙に接触するブレード用鋼材の刃先の両端部に限定することは係る不都合を回避しうる点で有利ではあるが、溶射時のブレード用鋼材の熱変形を抑えることができれば、ブレード用鋼材の刃先の全長にわたってサーメット溶射皮膜を形成し、このサーメット溶射皮膜をクロムめっき皮膜で被覆することが好ましい。この場合、クロムめっき皮膜にはサーメット溶射皮膜の欠陥(気孔)を解消すること(溶射固有の気孔をクロムで埋めること)が期待され、そのためのクロムめっき皮膜の厚みは5〜10μm程度でよい。クロムめっき皮膜を薄めっきとしても、図12を参照しながら説明したように、ストリーク発生は抑制される。しかも、サーメット溶射皮膜の上にクロムめっき皮膜を形成することで、使用開始後に早期に初期馴染み性を発揮することができる。また、塗工用原紙の両端部が通過する部位に生じる異常段差はサーメット溶射皮膜によって抑えることができる。
【0077】
上記のように、ブレード用鋼材の刃先全長にわたってサーメット溶射皮膜を形成し、このサーメット溶射皮膜をクロムめっき皮膜で被覆すれば、塗工用原紙の両端部が通過する部位に生じる異常段差はサーメット溶射皮膜によって抑えられ、塗工用原紙の両端部以外が通過する部位においては、クロムめっき皮膜によってストリークの発生が抑えられる。このように、皮膜の種類によって、その役割を使い分けることができる。しかも、ブレード用鋼材の刃先の一部にサーメット溶射皮膜を施すのは操業技術上の制約を受けることがあるが、刃先の全長にわたってサーメット溶射皮膜を施すのであれば、そのような制約がないので好ましいと言える。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、製紙工業に於いて、抄紙機で抄造された原紙に塗工液を塗布する為に利用するコーターブレードとして利用することができる。
【符号の説明】
【0079】
1 バッキングロール
2 塗工用原紙
2a 塗工層
3 コーターブレード
3a 耐摩耗性皮膜
4 塗工液
5 圧力
6 水切りブレード
7 ニップ部
8 ランド
9 ベベル角度
10 コーターブレードの基材の厚み
11 試験片
12 サーメット溶射皮膜
13 クロムめっき皮膜
14 ブレード用鋼材
15 サーメット溶射皮膜
16 クロムめっき皮膜
17 ブレード用鋼材
18 サーメット溶射皮膜
19 クロムめっき皮膜
20 コーターブレード
21 サーメット溶射皮膜
22 コーターブレード
23 サーメット溶射皮膜
24 サーメット溶射皮膜
25 ニップ部
26 段差
27 クロムめっき皮膜
29 サーメット溶射皮膜
30 サーメット溶射皮膜
31 サーメット溶射皮膜
32 クロムめっき皮膜
32a クロムめっき皮膜
33 クロムめっき皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレード用鋼材からなり、塗工用原紙に接触する刃先の両端部にサーメット溶射皮膜を有し、当該サーメット溶射皮膜がクロムめっき皮膜で覆われていることを特徴とするコーターブレード。
【請求項2】
サーメット溶射皮膜はブレード用鋼材と面一であることを特徴とする請求項1記載のコーターブレード。
【請求項3】
ブレード用鋼材からなり、塗工用原紙に接触する刃先の両端部にサーメット溶射皮膜を有し、当該サーメット溶射皮膜を含む上記鋼材の刃先全長がクロムめっき皮膜で覆われていることを特徴とするコーターブレード。
【請求項4】
サーメット溶射皮膜はブレード用鋼材と面一であることを特徴とする請求項3記載のコーターブレード。
【請求項5】
ブレード用鋼材からなり、塗工用原紙に接触する刃先の両端部にサーメット溶射皮膜を有し、当該サーメット溶射皮膜を除く上記鋼材の刃先全長にわたってクロムめっき皮膜を形成したことを特徴とするコーターブレード。
【請求項6】
サーメット溶射皮膜はクロムめっき皮膜と面一であることを特徴とする請求項5記載のコーターブレード
【請求項7】
サーメット溶射皮膜は、WC−NiCrおよび/またはWC−CoCrであることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載のコーターブレード。
【請求項8】
サーメット溶射皮膜の厚さは、5ないし60μmであることを特徴とする請求項1ないし7のいずれか1項に記載のコーターブレード。
【請求項9】
サーメット溶射皮膜はクロムめっき皮膜より硬く、ビッカース硬さ(HV)が1100以上であることを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項に記載のコーターブレード。
【請求項10】
クロムめっき皮膜の厚さは、10ないし150μmであることを特徴とする請求項1ないし9のいずれか1項に記載のコーターブレード。
【請求項11】
クロムめっきが施される鋼材表面とサーメット溶射皮膜表面の粗さが、2μmRy以下の範囲であることを特徴とする請求項1ないし10のいずれか1項に記載のコーターブレード。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−31549(P2012−31549A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−281888(P2010−281888)
【出願日】平成22年12月17日(2010.12.17)
【出願人】(000155470)株式会社野村鍍金 (11)
【Fターム(参考)】