説明

シンクロ装置

【課題】 インサートシフティングキーに必要以上の押付力が作用するのを防止して、操作力の悪化を防止することができるシンクロ装置を提供する。
【解決手段】 シンクロハブ2と、このシンクロハブ2に対して摺動可能に外嵌されたシンクロスリーブの内周面にインサートシフティングキー4を押し付けるシンクロスプリング5とを備えるシンクロ装置において、シンクロハブ2の回転に伴いシンクロスプリング5に作用する遠心力の増加程度を調整可能に、シンクロスプリング5のインサートシフティングキー4との当接面以外の箇所に半径方向外方へ膨出させた膨出部5b,5bを形成し、この膨出部5b,5bをシンクロハブ2の内周面に積極的に当接させるように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マニュアルトランスミッション、その他、自動マニュアルトランスミッション等におけるシンクロ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、この種のシンクロ装置としては、特許文献1に開示されているように、出力軸にスプライン嵌合されたシンクロハブと、シンクロハブの外周にスプライン嵌合されたスリーブと、シンクロハブとスリーブとのスプライン嵌合部分に配置されたインサートキーと、インサートキーをスリーブ内面に押し付けるスプリングと、シンクロハブに隣接したクラッチギヤのコーン面上に嵌合されたシンクロナイザリングとを備えるものが提案されている。
この装置では、出力軸の軸心からインサートキーとスプリングとの接触面までの距離を、出力軸の軸心からシンクロハブ内面までの距離に比べて小さく設定することで、インサートキーをスリーブ内面に確実に押し付けることができるものとしている。
【0003】
また、出力軸の回転、即ちシンクロハブの回転によってスプリングに作用する遠心力を利用して、シンクロハブの回転数とシンクロナイザリングの回転数との回転数差に応じた必要押付力をインサートキーに作用させることができるものとしている。
【特許文献1】実願平3−77824号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このような装置では、スプリングに作用する遠心力がシンクロハブの回転数の2乗に比例して増加するため、シンクロハブの回転数とシンクロナイザリングの回転数との回転数差に応じた必要押付力以上の押付力がスプリングに作用して、インサートキーがスリーブに強く押し付けられて、スリーブを移動させるために強い力が必要となり、操作力の悪化を招く場合が生じ、特にエンジンが高回転化傾向にある近年においては、この課題を解決することは急務である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のシンクロ装置は上記従来の問題点に鑑み案出したものであって、操作力の悪化を防止することを目的の一つとし、また、耐久性向上を目的の一つとし、更に、サイズアップすることなくシンクロ容量を増加することを目的の一つとするものであり、その請求項1は、シンクロハブと、該シンクロハブに対して摺動可能に外嵌されたシンクロスリーブの内周面にインサートシフティングキーを押し付けるシンクロスプリングと、を備えるシンクロ装置において、前記シンクロハブの回転に伴い前記シンクロスプリングに作用する遠心力の増加程度を調整可能な調整手段を備えることである。
【0006】
また請求項2は、前記調整手段は、前記シンクロスプリングに遠心力が作用した際、該シンクロスプリングの外周面の少なくとも一部を前記シンクロハブの内周面に積極的に当接させることで該シンクロスプリングに作用する遠心力の増加程度を調整可能な手段であることである。
【0007】
また請求項3は、前記調整手段は、前記シンクロスプリングの前記インサートシフティングキーとの当接面以外の箇所に半径方向外方へ膨出させた膨出部を形成することで、該シンクロスプリングの外周面を前記シンクロハブ内周面に積極的に当接させる手段であることである。
【0008】
また請求項4は、前記シンクロスプリングは、前記インサートシフティングキーと当接する部分において凸形状に形成され、該凸形状部を該インサートシフティングキーに当接させたことである。
【0009】
また請求項5は、前記凸形状部の少なくとも一つが前記シンクロスプリングと前記シンクロハブとの相対回転を防止するように構成したことである。
【0010】
また請求項6は、前記凸形状部の少なくとも一つは、略M字状に形成され、該略M字の凹部に前記インサートシフティングキーを係合させることで前記相対回転を防止するように構成したことである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のシンクロ装置は、シンクロハブの回転に伴いシンクロスプリングに作用する遠心力の増加程度を調整可能な調整手段を備えることにより、インサートシフティングキーに必要以上の押付力が作用するのを防止することができ、シンクロスリーブを移動させるために強い力が必要となることがなく、操作力の悪化を防止することができる。
また、シンクロスプリングにかかる負荷を低減できるため、耐久性が向上するものとなる。
【0012】
また、調整手段は、シンクロスプリングに遠心力が作用した際、シンクロスプリングの外周面の少なくとも一部をシンクロハブの内周面に積極的に当接させることでシンクロスプリングに作用する遠心力の増加程度を調整可能な手段であることにより、簡単な構成でシンクロスプリングに作用する遠心力の増加程度を調整することができるものとなる。
【0013】
また、調整手段は、シンクロスプリングのインサートシフティングキーとの当接面以外の箇所に半径方向外方へ膨出させた膨出部を形成することでシンクロスプリングの外周面をシンクロハブ内周面に積極的に当接させる手段であることにより、簡易な構成でシンクロスプリングの外周面をシンクロハブの内周面に積極的に当接させることができるものとなる。
【0014】
また、シンクロスプリングは、インサートシフティングキーと当接する部分において凸形状に形成され、凸形状部をインサートシフティングキーに当接させたことにより、インサートシフティングキーの底面がシンクロハブの内周面より半径方向において外方となる位置にインサートシフティングキーを配置することができるため、その分、インサートシフティングキーに隣接するシンクロナイザリングのサイズをアップすることができ、インサートシフティングキーと干渉することなくシンクロナイザリングの厚みを大とすることができて、装置全体のサイズアップをすることなく、シンクロ容量を増加することができるものとなる。
【0015】
また、凸形状部の少なくとも一つが、シンクロスプリングとシンクロハブとの相対回転を防止するように構成したことにより、新たに相対回転防止機構を形成する必要がないものとなる。
【0016】
また、凸形状部の少なくとも一つは、略M字状に形成され、略M字の凹部にインサートシフティングキーを係合させることで、相対回転を防止するように構成したことにより、簡単な構造でシンクロスプリングとシンクロハブとの相対回転を良好に防止することができるものとなる。
【実施例】
【0017】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
図1は、マニュアルトランスミッションにおけるシンクロ装置の要部拡大配置構成図であり、出力軸1には、スプライン2aを介してシンクロハブ2が設けられており、このシンクロハブ2の外周には、スプライン嵌合されてシンクロスリーブ3が設けられ、シンクロハブ2とシンクロスリーブ3とのスプライン嵌合部分には、インサートシフティングキー4が配置されている。
このインサートシフティングキー4をシンクロスリーブ3の内面に押し付けるために、シンクロスプリング5が設けられている。
【0018】
また、シンクロハブ2に隣接して図示左側には、ベアリング8を介して出力軸1の外周に回転可能に4速用のクラッチギヤ6が設けられており、このクラッチギヤ6のテーパー状のコーン部6aの面上に嵌合されてシンクロナイザリング7が設けられている。
また、シンクロハブ2の図示右側には、出力軸1にベアリング11を介して回転可能に3速用のクラッチギヤ9が設けられ、このクラッチギヤ9のテーパー状のコーン面上に嵌合されてシンクロナイザリング10が設けられている。
【0019】
なお、図2は、図1におけるA−A線断面図であり、シンクロスリーブ3を省略して、シンクロハブ2と、シンクロスプリング5と、インサートシフティングキー4を図示している。
図2に示すように、シンクロハブ2の外周には、3つの溝2b,2b,2bが形成されており、この各溝2b内を前後方向に移動できるように、インサートシフティングキー4がそれぞれ配置されている。
このインサートシフティングキー4をシンクロスリーブ3の内周面に押し付けるためのシンクロスプリング5は、切欠Kが形成されて略C字状をなしており、シンクロスプリング5のインサートシフティングキー4に当接する部分は、半径方向に外方へ向かって突出された凸形状部5c,5c,5cとなっている。また、この凸形状部5c,5c,5c以外の部分には、基準部5aよりもシンクロハブ2の内周面側へ膨出して膨出部5b,5bが一体形成されている。
【0020】
なお、凸形状部5cとインサートシフティングキー4との当接面と、出力軸中心C間の距離bは、出力軸中心Cとシンクロハブ2の内周面間の距離aよりも大に設定されている。そのため、インサートシフティングキー4の底面が、シンクロハブ2の内周面より半径方向において外方位置となり、その分、インサートシフティングキー4に隣接するシンクロナイザリング7,10は、インサートシフティングキー4と干渉することなく、その厚みを大とすることができるため、装置全体のサイズアップをすることなく、シンクロ容量が増加できるように構成されている。
【0021】
また、凸形状部5cの内、中央の凸形状部5cには、M字状に凹ませたM字凹部5dが形成されており、このM字凹部5dにインサートシフティングキー4を係合させることができて、シンクロスプリング5とシンクロハブ2との相対回転を防止できるように構成されている。
なお、シンクロスプリング5の膨出部5b,5bと、シンクロハブ2の内周面間には、隙間Mが形成されており、この隙間Mは、インサートシフティングキー4をシンクロスリーブ3の内周面に確実に押し付けるために必要な隙間である。
【0022】
このようなシンクロ装置においては、シフトレバーが操作されると、シンクロスリーブ3のフォーク溝3a内に嵌り込んだ図示しないフォークを介し、シンクロスリーブ3が前後の何れか側、即ち図1では左右何れか側に動き、シンクロスリーブ3に押し付けられているインサートシフティングキー4が、シンクロスリーブ3とともに移動して、インサートシフティングキー4が左右何れか側のシンクロナイザリング7または10に当たり、シンクロスリーブ3とシンクロナイザリング7または10が同期して噛み合うこととなる。更にシンクロスリーブ3が移動すると、シンクロナイザリング7または10が、クラッチギヤ6または9のテーパー状のコーン部6aの面で摩擦しながら、出力軸1に遊嵌されているクラッチギヤ6または9と同期し、シンクロスリーブ3はインサートシフティングキー4から外れて、クラッチギヤ6または9と噛み合うこととなる。
【0023】
なお、出力軸1の回転、即ちシンクロハブ2の回転によってシンクロスプリング5に作用する遠心力を利用して、シンクロハブ2の回転数とシンクロナイザリング7または10の回転数との回転数差に応じたシンクロスリーブ3の内周面に対する必要押付力をインサートシフティングキー4に作用させるのであるが、シンクロスプリング5に作用する遠心力はシンクロハブ2の回転数の2乗に比例して増加するため、シンクロハブ2の回転数とシンクロナイザリング7または10の回転数との回転数差に応じた必要押付力以上の押付力がシンクロスプリング5に作用してしまう。そのため、本例ではシンクロスプリング5に膨出部5b,5bが予め形成されており、シンクロハブ2が一定回転数以上になると、このシンクロスプリング5の膨出部5b,5bがシンクロハブ2の内周面に接触して、インサートシフティングキー4への押付力を軽減させることができるものとなる。
【0024】
即ち図3に示すように、ΔNaの点で、膨出部5bがシンクロハブ2の内周面に接触を開始することで、シンクロスプリング5に作用する遠心力による2次曲線は、理論必要押付力Fの直線に近づくこととなり、シンクロスプリング5に作用する遠心力の増加を調整することができて、インサートシフティングキー4に必要以上の押付力が作用することを防止することができるものとなる。ここで、図3中F0は、初期押付力である。
なお、膨出部5bの形状、即ち、基準部5aに対する膨出量を調整することでΔNaの点を調整することができる。
そのため、インサートシフティングキー4がシンクロスリーブ3に必要以上に強く押圧されることがなく、シンクロスリーブ3を移動させるために強い力が必要となることがなく、操作力の悪化を防止することができる。また、シンクロスプリング5にかかる負荷を低減できるため、耐久性が向上するものとなる。
実施例では、図3中において、ΔNを出力軸1の回転数からシンクロナイザリング7または10の回転数を引いた回転数差を示すものとしたが、クラッチギヤ6または9の回転数、即ち、図示しない入力軸の回転数をシンクロナイザリング7または10の回転数に代用して用いるものとしても良い。
【0025】
次に図4は、図2の変更例を示すものである。
図4では、シンクロスプリング5の膨出部5bを波状に形成して、膨出部5b1と、その両側に膨出部5b2,5b2を形成させたものである。膨出部5b1は、膨出部5b2に比して膨出量が大きくなるよう形成されている。
このような波状の膨出部5b1,5b2,5b2が形成されたシンクロスプリング5を用いることで、図5に示すように、回転数差ΔNaの位置で、膨出部5b1の部分がシンクロハブ2の内周面と接触を開始し、回転数差ΔNbの位置で、膨出部5b2,5b2がシンクロハブ2の内周面と接触を開始し、これにより、より理論必要押付力Fに近づけることができて、シンクロスプリング5の押付力Fが必要以上にインサートシフティングキー4に作用することを良好に防止できるものとなる。
なお、図5中F0は、初期押付力である。
【0026】
なお、図2及び図4では、シンクロスプリング5の厚み、即ち断面形状は均一のものであるが、例えば図6に示すように、シンクロスプリング5の断面形状を変化させて、肉厚部5fと、その両側に肉薄部5g,5gを形成させておけば、遠心力により先に肉薄部5g,5gの部分がシンクロハブ2の内周面と接触を開始し、その後、肉厚部5fの部分がシンクロハブ2の内周面と接触を開始することになるから、膨出部5bを形成する場合と同様、シンクロスプリング5に作用する遠心力の増加程度を調整でき、インサートシフティングキー4に必要以上の押付力が作用するのを防止できるものとなる。
【0027】
このように、シンクロスプリング5に膨出部5b或いは波状に膨出部5b1,5b2を形成させて、インサートシフティングキー4に必要以上の押付力が作用するのを防止することができ、またシンクロスプリング5の断面形状を変化させることによっても、同じようにインサートシフティングキー4に必要以上の押付力が作用するのを防止できるものとなる。
【0028】
上記実施例では、シンクロスプリング5に膨出部5bを形成して、膨出部5bをシンクロハブ2の内周面に接触させることでシンクロスプリング5に作用する遠心力の増加程度を調整するものとしたが、これとは逆に、シンクロハブ2の内周面にシンクロスプリング5側に突出させた突出部を形成させ、この突出部にシンクロスプリング5を接触させることでシンクロスプリング5に作用する遠心力の増加程度を調整するものとしたり、これらの組み合わせによりシンクロスプリング5に作用する遠心力の増加程度を調整するものとしても良い。
また、上記実施例では、シンクロスプリング5をシンクロハブ2の内周面に積極的に当接させることでシンクロスプリング5に作用する遠心力の増加程度を調整するものとしたが、調整手段は、シンクロスプリング5に作用する遠心力の増加程度を調整できるものであれば如何なる構造であっても構わない。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】シンクロ装置の要部拡大配置構成図である。
【図2】図1のA−A線断面におけるシンクロハブとシンクロスプリングとインサートシフティングキーの配置構成図である。
【図3】図2のように膨出部を設けたシンクロスプリングによる押付力を示す線図である。
【図4】シンクロスプリングに波状に膨出部を形成させた場合の図2に対応した断面構成図である。
【図5】図4のシンクロスプリングによる押付力を示す線図である。
【図6】シンクロスプリングの断面形状を変化させた変更例を示す図2に対応した断面構成図である。
【符号の説明】
【0030】
1 出力軸
2 シンクロハブ
2a スプライン
3 シンクロスリーブ
3a フォーク溝
4 インサートシフティングキー
5 シンクロスプリング
5a 基準部
5b 膨出部
5b1,5b2 膨出部
5c 凸形状部
5d M字凹部
5f 肉厚部
5g 肉薄部
6,9 クラッチギヤ
7,10 シンクロナイザリング
8,11 ベアリング
K 切欠

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シンクロハブと、該シンクロハブに対して摺動可能に外嵌されたシンクロスリーブの内周面にインサートシフティングキーを押し付けるシンクロスプリングと、を備えるシンクロ装置において、前記シンクロハブの回転に伴い前記シンクロスプリングに作用する遠心力の増加程度を調整可能な調整手段を備えることを特徴とするシンクロ装置。
【請求項2】
前記調整手段は、前記シンクロスプリングに遠心力が作用した際、該シンクロスプリングの外周面の少なくとも一部を前記シンクロハブの内周面に積極的に当接させることで、該シンクロスプリングに作用する遠心力の増加程度を調整可能な手段である請求項1に記載のシンクロ装置。
【請求項3】
前記調整手段は、前記シンクロスプリングの前記インサートシフティングキーとの当接面以外の箇所に半径方向外方へ膨出させた膨出部を形成することで、該シンクロスプリングの外周面を前記シンクロハブ内周面に積極的に当接させる手段である請求項2に記載のシンクロ装置。
【請求項4】
前記シンクロスプリングは、前記インサートシフティングキーと当接する部分において凸形状に形成され、該凸形状部を該インサートシフティングキーに当接させた請求項1ないし請求項3の何れかに記載のシンクロ装置。
【請求項5】
前記凸形状部の少なくとも一つが前記シンクロスプリングと前記シンクロハブとの相対回転を防止するように構成したことを特徴とする請求項4に記載のシンクロ装置。
【請求項6】
前記凸形状部の少なくとも一つは、略M字状に形成され、該略M字の凹部に前記インサートシフティングキーを係合させることで前記相対回転を防止するように構成した請求項5に記載のシンクロ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−322605(P2006−322605A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−148815(P2005−148815)
【出願日】平成17年5月20日(2005.5.20)
【出願人】(390009896)愛知機械工業株式会社 (190)
【Fターム(参考)】