説明

スペーサ、スペーサを組み込んだ運動案内装置及びねじ装置

【課題】耐久性や信頼性を向上させることができるスペーサを提供する。
【解決手段】スペーサ16は、軌道部材1と軌道部材1に沿って移動する移動部材2との間に転がり運動可能に複数の転動体3を介在させた運動案内装置、又はねじ軸31とナット32との間に転がり運動可能に複数の転動体33を介在させたねじ装置に組み込まれ、転動体3,33同士の接触を防止するように転動体3,33間に配置される。スペーサ16は、その周縁部17が周方向に交互に山部17a及び谷部17bを有する波形状に形成される。スペーサ16の周縁部17の山部17aが隣り合う一対の転動体の一方3−1に接触し、スペーサ16の周縁部17の谷部17bが隣り合う一対の転動体の他方3−2に接触する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テーブル等の可動体がベッド等の固定体に対して運動するのを案内する運動案内装置、及びねじ軸を回転させてナットの直線運動を得るねじ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
運動案内装置は、ベッド等の固定体に取り付けられる軌道部材と、テーブル等の可動体に取り付けられる移動部材と、を備える。移動部材は軌道部材に沿って直線運動又は曲線運動する。軌道部材には、長手方向に伸びる転動体転走部が形成される。軌道部材には、移動部材の転動体転走部に対向する負荷転動体転走部、負荷転動体転走部と平行な無負荷戻し路、負荷転動体転走部の端部と無負荷戻し路の端部とを接続するU字状の方向転換路を含む無限循環路が形成される。無限循環路には複数の転動体が配列される。軌道部材に対して移動部材が相対的に移動するとき、複数の転動体が軌道部材の転動体転走部と移動部材の負荷転動体転走部との間を転がり運動する。転動体の転がり運動により最小の摩擦抵抗で移動部材が軌道部材に沿って直線又は曲線運動する。
【0003】
ねじ装置は、ねじ軸の外周面の螺旋状の転動体転走溝とナットの内周面の負荷転動体転走溝とを対向させ、これらの間に複数の転動体を介在させたものである。ナットに対してねじ軸を相対的に回転させると、ナットがねじ軸の軸線方向に直線運動する。ナットに対してねじ軸を相対的に回転させるとき、複数の転動体はねじ軸の転動体転走溝とナットの負荷転動体転走溝との間を転がり運動する。転動体の転がり運動により最小の摩擦抵抗でねじ軸を回転させることができる。
【0004】
ところで、上記運動案内装置及び上記ねじ装置において、進行方向の前後の転動体同士が接触していると、転動体が転がり運動するとき、転動体同士の接触部分にすべりが発生し、転動体の早期磨耗を招く。転動体同士の接触を防止するため、転動体間にスペーサが介在される。複数のスペーサは、バンドにて一連に連結されることもあるし(バンドタイプのリテーナ)や、互いに分離されることもある(セパレートタイプのスペーサ)。
【0005】
特にセパレートタイプのスペーサを無限循環路内に組み込んだ場合、無限循環路内のどこかで円周方向すきま(転動体の進行方向のすきま)が生ずる。円周方向すきまが生ずるのを防止するために、伸縮可能な弾性スペーサをボール間に介在させることが行われている(特許文献1参照)。この弾性スペーサは、スペーサの外形を構成する円筒状の外枠部、外枠部からその中心に向かって舌片状に伸びて転動体に接触して弾性変形可能な複数の爪部を備えている。無限循環路内では、スペーサが弾性力を持ってボール同士を引き離そうとしている。無限循環路内でその力が全体としてバランスするので、円周方向すきまをなくすことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−283838号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記特許文献1に記載の発明にあっては、スペーサの、撓んだ爪部の根元に応力が集中し易く、爪部の根元が疲労するという問題がある。爪部の根元の疲労はスペーサの耐久性を悪くし、ひいてはスペーサの信頼性を低下させる。
【0008】
そこで本発明は、スペーサの耐久性や信頼性を向上させることができるスペーサ、このスペーサを組み込んだ運動案内装置及びねじ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、軌道部材と軌道部材に沿って移動する移動部材との間に転がり運動可能に複数の転動体を介在させた運動案内装置、又はねじ軸とナットとの間に転がり運動可能に複数の転動体を介在させたねじ装置に組み込まれ、転動体同士の接触を防止するように転動体間に配置されるスペーサであって、前記スペーサは、その周縁部が周方向に交互に山部及び谷部を有する波形状に形成され、前記スペーサの前記周縁部の前記山部が隣り合う一対の転動体の一方に接触し、前記スペーサの前記周縁部の前記谷部が隣り合う一対の転動体の他方に接触するスペーサである。
【0010】
本発明の他の態様は、転動体転走部を有する軌道部材と、前記転動体転走部に対向する負荷転動体転走部を有する移動部材と、前記軌道部材の前記転動体転走部と前記移動部材の前記負荷転動体転走部との間に転がり運動可能に配列される複数の転動体と、転動体同士の接触を防止するように転動体間に配置される複数のスペーサと、を備える運動案内装置において、前記スペーサは、その周縁部が周方向に交互に山部及び谷部を有するような連続する波形状に形成され、前記スペーサの前記周縁部の前記山部が隣り合う一対の転動体の一方に接触し、前記スペーサの前記周縁部の前記谷部が隣り合う一対の転動体の他方に接触する運動案内装置である。
【0011】
本発明のさらに他の態様は、螺旋状の転動体転走溝を有するねじ軸と、前記転動体転走溝に対向する負荷転動体転走溝を有するナットと、前記ねじ軸の前記転動体転走溝と前記ナットの前記負荷転動体転走溝との間に転がり運動可能に配列される複数の転動体と、転動体同士の接触を防止するように転動体間に配置される複数のスペーサと、を備えるねじ装置において、前記スペーサは、その周縁部が周方向に交互に山部及び谷部を有するような連続する波形状に形成され、前記スペーサの前記周縁部の前記山部が隣り合う一対の転動体の一方に接触し、前記スペーサの前記周縁部の前記谷部が隣り合う一対の転動体の他方に接触するねじ装置である。
【発明の効果】
【0012】
スペーサの周縁部の山部及び谷部が弾性変形することによって、スペーサを挟んで隣り合う一対の転動体を引き離そうとする弾性力が発生するので、転動体を均一に整列させることができ、安定した案内を行うことができる。ここで、スペーサの山部及び谷部が弾性変形するとき、スペーサの全体に応力が分布する。局所的な応力の集中が緩和されるので、スペーサの耐久性や信頼性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の第一の実施形態における運動案内装置(リニアガイド)の斜視図(一部断面を含む)
【図2】上記リニアガイドの、軌道部材の長手方向に直交する断面図
【図3】リニアガイドの、無限循環路の断面図
【図4】ボール間に挟まれたスペーサを示す図(図中(a)は平面図を示し、図中(b)は正面図を示し、図中(c)は側面図を示し、図中(d)は背面図を示す)
【図5】スペーサの斜視図
【図6】スペーサの詳細図(図中(a)は正面図を示し、図中(b)及び(c)は断面図を示す)
【図7】スペーサの他の例を示す図(図中(a)は正面図を示し、図中(b)は側面図を示し、図中(c)は断面図を示す)
【図8】本発明の第二の実施形態のねじ装置の斜視図(一部断面を含む)
【図9】FEMの解析条件を示す図(図中(a)はFEMモデル図を示し、図中(b)は境界条件の与え方を示す)
【図10】FEM解析の結果を示す図(図中(a)はスペーサの変形量を示し、図中(b)はスペーサに発生する相当応力を示す)
【図11】押し込み量と最大相当応力との関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1及び図2は、本発明の第一の実施形態における運動案内装置としてのリニアガイドを示す。図1はリニアガイドの斜視図(一部断面図を含む)を示し、図2はリニアガイドの軌道部材の長手方向と直交する断面図を示す。
【0015】
リニアガイドは、直線的又は曲線的に伸びる軌道部材としての軌道レール1と、この軌道レール1に転動体としての複数のボール3を介して移動自在に設けられた移動部材としての移動ブロック2とを備えている。
【0016】
この実施形態の軌道レール1は、断面略四角形状で細長く伸びる。軌道レール1には、軌道レール1の下面をベッド等の固定部に取り付けるためのボルト用の通し孔1bが上面から下面に貫通して形成される。軌道レール1の左右側面及び上面には、長手方向に沿って伸びる転動体転走部としてのボール転走溝1aが形成される。この実施形態では、軌道レール1の上面の幅方向の端部には突部11が形成され、突部11の上側及び下側に合計四条のボール転走溝1aが形成される。ボール転走溝1aの断面形状は単一の円弧からなるサーキュラーアーク溝形状又は二つの円弧からなるゴシックアーチ溝形状に形成される。ボール3はボール転走溝1aに一点又は二点で接触する。
【0017】
移動ブロック2は、軌道レール1のボール転走溝1aに対向する負荷転動体転走部としての負荷ボール転走溝2aを有すると共に、負荷ボール転走溝を含む無限循環路を有する、無限循環路は、負荷ボール転走溝、負荷ボール転走溝と平行に伸びる無負荷戻し路、及び負荷ボール転走溝の端部と無負荷戻し路の端部とに接続される方向転換路を備える。
【0018】
移動ブロック2は、負荷ボール転走溝が形成される移動ブロック本体4と、移動ブロック本体4の移動方向の両端部に取り付けられる一対の蓋部材としてのエンドプレート5、から構成される。図2に示すように、移動ブロック本体4は、軌道レール1の上面に対向する中央部4aと、中央部4aの左右両側から下方に伸び、軌道レール1の左右側面に対向する側壁部4bと、を備える。移動ブロック本体4の中央部4aの下面及び側壁部4bの内側面には、軌道レール1のボール転走溝1aに対向する四条の負荷ボール転走溝2aが形成される。負荷ボール転走溝2aの断面形状は単一の円弧からなるサーキュラーアーク溝形状又は二つの円弧からなるゴシックアーチ溝形状に形成される。ボール3は負荷ボール転走溝2aに一点又は二点で接触する。
【0019】
図1に示すように、移動ブロック2の上面には、移動ブロックをテーブル等の相手部品に取り付けるための取付けねじ2bが加工される。移動ブロック2の移動方向の端面には、移動ブロック2内に塵芥等の異物が侵入するのを防止する端面シール6が取り付けられる。移動ブロック2の側壁部4bの下面には、下側からの異物の侵入を防ぐ、サイドシール12が取り付けられる。移動ブロック2の中央部4aの下面及び側壁部4bの下面には、移動ブロック2を軌道レール1から取り外したときにボール3が脱落するのを防止するボール保持プレート13,12が取り付けられる。さらに、移動ブロック2には、無限循環路にグリース、潤滑油等の潤滑剤を供給するためのニップル9が取り付けられる。
【0020】
図2に示すように、軌道レール1のボール転走溝1a及び移動ブロック2の負荷ボール転走溝2aとの間に、軌道レール1の長手方向に伸びる負荷ボール転走路P1が形成される。移動ブロック2には、無負荷戻し路P2も形成されていて、この無負荷戻し路P2は負荷ボール転走路P1と平行に伸びる。
【0021】
図3に示すように、移動ブロック本体4には、例えば移動ブロック本体4のインサート成形、又は樹脂成形された部品の組み込み等により、無負荷戻し路構成部7及び内周案内部8が形成される。無負荷戻し路構成部7に、負荷ボール転走溝2aと平行に伸びる無負荷戻し路P2が形成される。内周案内部8には方向転換路P3の内周側が形成される。方向転換路P3の外周側である外周案内部はエンドプレート5に形成される。エンドプレート5を移動ブロック本体4に取り付けることで、U字状の方向転換路P3が形成される。方向転換路P3は、負荷ボール転走路P1と無負荷戻し路P2とを接続する。これら負荷ボール転走路P1、無負荷戻し路P2及び方向転換路P3によってサーキット状の無限循環路が形成される。
【0022】
サーキット状の無限循環路には、複数のボール3が配列される。複数のボール3は、負荷ボール転走路P1を荷重を受けながら転がり運動する。負荷ボール転走路P1の一端まで転がったボール3は、U字状の方向転換路P3を経由した後、無負荷戻し路P2に入る。無負荷戻し路P2を通過したボールは、反対側の方向転換路P3を経由した後、再び負荷ボール転走路P1に入る。
【0023】
複数のボール3間には、複数のスペーサ16,26が挟まれる。スペーサ16,26の個数はボール3の個数と等しい。複数のスペーサ16,26は、バンドで連結されておらず、互いに分離している。
【0024】
図4ないし図6は、本発明の第一の実施形態のスペーサ16を示す。図4は、隣り合う一対のボール3間に挟まれるスペーサ16を示し、図5は、単独のスペーサ16の斜視図を示し、図6は、単独のスペーサの正面図及び断面図を示す。図5及び図6に示すように、スペーサ16は円盤を基礎形状とし、その周縁部17が交互に山部17a及び谷部17bを有するように波形状に折り曲げられている。この実施形態では、三つの山部17aが周方向に均等間隔をあけて(120度の間隔をあけて)形成され、三つの谷部17bが周方向に均等間隔をあけて(120度の間隔をあけて)形成される。山部17a及び谷部17bの個数は三つ以上あればよく、その個数は限定されない。例えば、周縁部17をスペーサ16の本体部18の周囲を縁取るように形成し、本体部18よりも厚くして周縁部17の先端を断面円弧状にすることもできる。これによれば、周縁部17がボール3に接触する位置が変化しても、周縁部17とボール3とを点接触させることができる。ただし、周縁部17の厚みは本体部18と同じ厚さでもよい。周縁部17は周方向に連続する波形状に形成されていて、スリット等で分断されていない。スペーサ16は、樹脂の射出成型により製造される。
【0025】
周縁部17の内側には、周縁部17よりも厚みが薄く、かつ厚みが略一定の本体部18が形成される。本体部18は、周縁部17と同様に、周方向に周縁部と同一の位相の山部18a及び谷部18bが形成されるように波形状に折り曲げられる。本体部18及び周縁部17の山部18a,17aは、スペーサ16の外周側に行くにしたがって隣り合う一対のボール3の一方3−1(図4(c)参照)に近づくように湾曲する。本体部18及び周縁部17の谷部18b,17bは、スペーサ16の外周側に行くにしたがって他方のボール3−2(図4(c)参照)に近づくように湾曲する。本体部18及び周縁部17の山部18a,17a及び谷部18b,17bを含む断面において(図6(c)参照)、本体部18及び周縁部17はS字状に湾曲する。本体部18及び周縁部17の、山部18a,17aの稜線19a(図4(b)参照)は、スペーサ16の中央の貫通孔21から放射状に伸びる。同様に、谷部18b,17bの稜線19bは、スペーサ16の中央の貫通孔21から放射状に伸びる。
【0026】
図4(b)に示すように、ボール3及びスペーサ16の進行方向からみて、スペーサ16の外形は円形状に形成される。スペーサ16の外形は、ボール3の直径と同等以下であればよい。すなわち、スペーサ16がボール3間に挟まれたときに、スペーサ16が周方向に拡がった状態で、スペーサ16の外形がボール3の直径よりも小さければよい。本体部18の中央には、本体部を厚み方向に貫通する貫通孔21があけられる。貫通孔21の中心線は、隣り合う一対のボール3−1,3−2(図4(c)参照)の中心を結んだ線上に位置する。貫通孔21の周囲の、本体部18の内周側には、平らなリング形状の円環部22が形成される(図6参照)。円環部22は、中心に向かって厚さが薄くなるテーパ形状に形成されている。円環部22は平らには限定されず、ボール3の曲率に沿って湾曲していてもよい。本体部18は円環部22の外側において波形状に折り曲げられている。スペーサ16を貫通孔21の中心線を含む断面で切断すると、本体部18は円環部22から周縁部17に向かって曲線的に伸びる(図6(c)参照)。
【0027】
図4(c)に示すように、隣り合う一対のボール3でスペーサ16を挟んだとき、スペーサ16の周縁部17の三つの山部17aが一対のボールの一方3−1に接触し、スペーサ16の周縁部17の三つの谷部17bが一対のボールの他方3−2に接触する。スペーサ16の周縁部17の断面形状は円弧形状に形成されているので、周縁部17とボール3との接触は、折れ曲がった細長い筒と球との接触になる。スペーサ16の周縁部17及びボール3の弾性変形を考慮しないとき、スペーサ16の周縁部17とボール3とは点接触する。スペーサ16の周縁部17の山部17aと一方のボール3−1とは合計三点で点接触する。三つの接触点CP1(図4(b)参照)は、スペーサ16及びボール3の進行方向からみて、スペーサ16の周方向に120度の均等間隔をあけて配列される。同様に、スペーサ16の周縁部17の谷部17bと他方のボール3−2とは合計三点で点接触し、三つの接触点CP2(図4(d)参照)は、スペーサ16及びボール3の進行方向からみて、スペーサ16の周方向に120度の均等間隔をあけて配列される。スペーサ16及びボール3の進行方向からみて、スペーサ16の山部17aとボール3−1との接触点CP1、及びスペーサ16の谷部17bとボール3−2との接触点CP2は、スペーサ16の周方向に60度毎に交互に現れる。スペーサ16の本体部18とボール3とは接触することなく、これらの間にはすきまがあく。
【0028】
一対のボール3でスペーサ16を挟んだとき、スペーサ16はその進行方向に僅かに縮んだ状態にある。スペーサ16が縮んだ状態では、周方向に交互に形成される山部17a及び谷部17bは、平板形状に近付くように弾性変形している。スペーサ16は樹脂等の弾性体からなるので、撓んだ山部17a及び谷部17bが元の波形状に復元しようとすることによって、スペーサ16には、隣り合うボール3同士を引き離そうとする弾性力が発生する。これにより、複数のボール3が均一に整列され、安定した案内を行うことができる。このとき、スペーサ16の内部には応力が発生する。本実施形態によれば、スペーサ16に発生する応力はその全体に分布する。スペーサ16の局所的な応力集中が緩和されるので、スペーサ16の耐久性や信頼性を高めることができる。スペーサ16に発生する応力は、後述の実施例において解析されている。
【0029】
上述のように、スペーサ16は、無限循環路内では、ある弾性力を持ってボール3同士を引き離そうとしている。無限循環路内でスペーサ16のこの弾性力が全体としてバランスし、ボール3の不整列を生じさせる円周方向すきまが生ずるのを防止している。もちろん、スペーサ16が膨潤しても山部17a及び谷部17bの弾性変形によってスペーサ16の膨潤を吸収する。さらに、種々の加工誤差、成形誤差、組み付け誤差、使用条件によるモーメントの作用等による負荷分布の乱れ、等々による各ボール3の位置ずれ等も山部17a及び谷部17bの弾性変形によって吸収される。その結果、常に安定したボール3間の距離が保たれ、運動案内装置としての機能を常に高い水準で安定して発揮できる。
【0030】
また、スペーサ16はボール3と非常に少ない面積で接触しているため、安定した低い転がり抵抗が得られ、スペーサ16の磨耗も非常に少なくなる。仮に予期せぬ力がボール3に作用し、ボール3間が接近するような場合でも、山部17a及び谷部17bの弾性変形がボール3間の接近を吸収し、スペーサ16の本体部の厚みでボールの力を受けるので、スペーサ16の破損等の問題を避けることができる。
【0031】
スペーサ16の、実際のボール3と接触している部分は、転がり抵抗、磨耗、発熱等々の転がり運動の基礎的な機能面から考えると少ないほどよい。ボール3は三点で支持すれば位置は安定する。よって、山部17a及び谷部17bはそれぞれボールと三点で点接触するのが望ましい。ただし、悪環境条件下で磨耗がより心配される場合には、山部17a及び谷部17bを余分に4,5,6…個としておくのもよい。その場合、最初は三箇所で接触し、磨耗の進行等により残りの山部17a及び谷部17bが働き出すようにし、最終的に全ての山部17a及び谷部17bで支持するようにしてもよい。
【0032】
スペーサ16及びボール3の進行方向からみて、スペーサ16の外形は円形状に形成され、またスペーサ16は周方向に連続な連続体であるので、スペーサ16が無限循環路を循環するとき、スペーサ16が無限循環路の継ぎ目等に引っ掛かることなく、スペーサ16が円滑に無限循環路を循環する。
【0033】
スペーサ16には、スペーサ16の進行方向に貫通する貫通孔21があけられる。潤滑剤が貫通孔21を通ることによって、スペーサ16の進行方向の両側の潤滑剤の行き来が可能になる。スペーサ16の周縁部17及び本体部18は、周方向に波形状に折り曲げられているので、スペーサ16とボール3との間には、潤滑剤を保持できるスペースがあく。スペーサ16の山部17a及び谷部17bとボールとは点接触するので、潤滑剤のかき取りが少なくなる。
【0034】
図7は、スペーサの他の例を示す。図中(a)は正面図を、図中(b)は側面図を、図中(c)は断面図を示す。この例のスペーサ26も、その周縁部が周方向に交互に山部27a及び谷部27bを有する波形状に形成される。スペーサ26は、隣接する一対のボール3のうちの一方のボール3−1に接触する三つの山部27aを有すると共に、他方のボール3−2に接触する少なくとも三つの谷部27bを有する。スペーサ26と一方のボール3−1とは合計三つの点CP1で点接触し、スペーサ26と他方のボール3−1とも合計三つの点CP2で点接触する。スペーサ26の中央には、スペーサ26及びボール3の進行方向に貫通する貫通孔29が開けられる。
【0035】
この例のスペーサ26は上記実施形態のスペーサ16と以下の点が相違する。図7(a)に示すように、スペーサ26は円板を波形状に折り曲げた形状をなし、スペーサ26の正面形状は円形状よりも六角形に近くなる。図7(c)に示すように、スペーサ26はその全体に亘って厚みが一定に形成される(スペーサ16のように、周縁部17が本体部18よりも厚みが厚く形成されたり、円環部22が本体部よりも厚みが薄く形成されることはない)。貫通孔29の中心を含んだ断面において、スペーサ26はS字状に湾曲している(スペーサ16のように、平らな円環部22は形成されない)。この例に示すように、スペーサ16,26には本発明の要旨を変更しない範囲で各種の変形を施してもよい。
【0036】
図8は、本発明のスペーサ16,26が組み込まれるねじ装置を示す。ねじ装置は、外周面に螺旋状のボール転走溝31aが形成されるねじ軸31と、内周面にボール転走溝31aに対向する螺旋状の負荷ボール転走溝32aが形成されるナット32を備える。
【0037】
ねじ軸31は、炭素鋼、クロム鋼、又はステンレス鋼などの棒鋼の外周面に、所定のリードを有する螺旋状のボール転走溝31aを切削及び研削加工又は転造加工によって形成したものである。ボール転走溝31aの条数は一条、二条、三条等様々に設定される。ボール転走溝31aの断面は単一の円弧からなるサーキュラーアーク溝形状、又は二つの円弧を組み合わせたゴシックアーチ溝形状である。
【0038】
ナット32は、炭素鋼、クロム鋼、又はステンレス鋼などの円筒の内周面に、所定のリードを有する螺旋状の負荷ボール転走溝32aを切削及び研削加工又は転造加工によって形成したものである。ナット32は、内周面に負荷ボール転走溝32aが加工されるナット本体35と、ナット本体35の両端に設けられる蓋部材としての一対のエンドキャップ38と、から構成される。ナット本体35の外周の軸線方向の端部には、ナット32を相手部品に取り付けるためのフランジ34が形成される。ナット本体35の負荷ボール転走溝32aは、ねじ軸31のボール転走溝31aに対向する。ナット本体35には、ボール33を循環させるためにナット本体35の軸線方向に貫通するボール戻し路32bが開けられる。エンドキャップ38には、ねじ軸31のボール転走溝31aを転がるボール33を掬い上げ、ボール戻し路32bに導く方向転換路が開けられる。ねじ軸31のボール転走溝31aと、ナット本体35の負荷ボール転走溝32aとの間の負荷ボール転走路、方向転換路、及びボール戻し路32bから構成される無限循環路には、複数のボール33が配列・収容される。
【0039】
ねじ軸31を回転させると、ボール33を介してねじ軸31に嵌まるナット32が軸線方向に移動する。それと同時に、ボール33が無限循環路を循環する。負荷ボール転走路を転がるボール33は、負荷ボール転走路の一端まで転がった後、エンドキャップ38の方向転換路内に掬い上げられ、ボール戻し路32bを経由した後、反対側のエンドキャップ38から元の負荷ボール転走路の他端に戻される。
【0040】
ボール33間には、ボール33同士の接触を防止するスペーサ16,26が介在される。スペーサ16,26には、上記実施形態のスペーサ16,26が使用される。
【0041】
なお、本発明は上記実施形態に限られることはなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々変更可能である。例えば、上記の実施形態では、移動ブロックが直線的に運動するリニアガイドについて説明したが、本発明は移動ブロックが曲線的に運動する曲線運動案内装置にも適用することもできる。さらに、軌道部材としての軌道軸と、移動部材としての軌道軸を囲む外筒から構成されるボールスプラインにも適用することができる。さらに、本発明は、軌道部材としての外輪と、移動部材としての内輪とから構成される回転ベアリングにも適用することができる。
【0042】
複数のスペーサはバンドで一連に連結されてもよい。スペーサの周縁部の山部及び谷部とボールとの接触位置は、スペーサの外周近傍に限られることはなく、スペーサの半径の1/2以上の位置で接触してもよい。スペーサの外側に潤滑剤が通過できる空間があれば、スペーサの中央には貫通孔をあけなくてもよい。スペーサの本体部が平板状に形成され、スペーサの周縁部のみが波形状に形成されてもよい。
【実施例1】
【0043】
本実施形態のスペーサ16を一対のボール3で挟み、一対のボール3を近づけてスペーサ16を弾性変形させたとき、スペーサ16に発生する応力分布をFEM解析した。
【0044】
図9に解析条件を示す。図9(a)に示すように、一対のボール3で本実施形態のスペーサ16を挟んだFEMモデルを使用した。図9(b)に示すように、境界条件として、下側のボール3−2のxyz方向の変位を拘束し、上側のボール3−1のxy方向の変位を拘束した。そして、上側のボール3−1のz方向の位置を玉押し込み量δzだけ変化させた。この境界条件のもと、スペーサ16に発生する相当応力の分布を解析した。表1にFEM解析に使用したスペーサ16及びボール3の材料物性値を示す。
【表1】

【0045】
図10(a)は、押し込み量を0.05mm、0.10mm、0.20mm、0.30mmと順次変化させたときの、スペーサ16の各部位の変位量を示す。押し込み量が0.10mm、0.20mmと大きくなるにしたがって、スペーサ16の各部位の変位量も大きくなった。しかし、スペーサ16の一部の変位量が局所的に大きくなることはなく、スペーサ16の山部17a及び谷部17bの全体にわたってほぼ均等に変位量が大きくなった。押し込み量を0.30mmにしても、この傾向は変わらないが、スペーサ16の山部17a及び谷部17bの頂点付近での変位量の増大が目立った。
【0046】
図10(b)は、押し込み量を0.05mm、0.10mm、0.20mm、0.30mmと順次変化させたときの、スペーサ16の各部位の相当応力を示す。押し込み量が0.10mm、0.20mmと大きくなるにしたがって、スペーサ16の各部位の相当応力も大きくなった。しかし、スペーサ16の一部の相当応力が部分的に大きくなることはなく、スペーサ16の山部17a及び谷部17bの全体にわたってほぼ均等に相当応力が大きくなった。押し込み量を0.30mmにしても、この傾向は変わらなかった。スペーサ16の山部17a及び谷部17bの頂点付近での相当応力が部分的に大きくなることもなかった。相当応力の解析の結果、スペーサ16の全体に応力が分布し、局所的な応力の集中が緩和されることがわかった。
【0047】
図11は、押し込み量とスペーサ16に発生する最大相当応力との関係を示すグラフである。押し込み量が0.0mmから0.20mmに大きくなるにしたがって、最大相当応力も0MPaから400MPa程度まで除々に大きくなる。押し込み量が0.20mmを超えると、最大相当応力は大きくなることはなく、400MPaのまま略一定の値を保った。
【符号の説明】
【0048】
1…軌道レール(軌道部材),1a…ボール転走溝(転動体転走部),2…移動ブロック(移動部材),2a…負荷ボール転走溝(負荷転動体転走部),3…ボール(転動体),16,26…スペーサ,17…周縁部,17a,27a…山部,17b,27b…谷部,18…本体部,18a…本体部の山部,18b…本体部の谷部,21,29…貫通孔,31…ねじ軸,31a…ボール転走溝(転動体転走溝),32…ナット,32a…負荷ボール転走溝(負荷転動体転走溝),33…ボール(転動体)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道部材と軌道部材に沿って移動する移動部材との間に転がり運動可能に複数の転動体を介在させた運動案内装置、又はねじ軸とナットとの間に転がり運動可能に複数の転動体を介在させたねじ装置に組み込まれ、転動体同士の接触を防止するように転動体間に配置されるスペーサであって、
前記スペーサは、その周縁部が周方向に交互に山部及び谷部を有する波形状に形成され、前記スペーサの前記周縁部の前記山部が隣り合う一対の転動体の一方に接触し、前記スペーサの前記周縁部の前記谷部が隣り合う一対の転動体の他方に接触するスペーサ。
【請求項2】
前記スペーサの前記山部が複数設けられると共に、各山部が前記一方の転動体に点接触し、
前記スペーサの前記谷部が複数設けられると共に、各谷部が前記他方の転動体に点接触することを特徴とする請求項1に記載のスペーサ。
【請求項3】
前記スペーサの前記山部は、前記転動体及び前記スペーサの移動方向から見て、周方向に均等間隔を開けて三つ以上設けられ、
前記スペーサの前記谷部は、前記転動体及び前記スペーサの移動方向から見て、周方向に均等間隔を開けて三つ以上設けられることを特徴とする請求項1又は2に記載のスペーサ。
【請求項4】
転動体転走部を有する軌道部材と、前記転動体転走部に対向する負荷転動体転走部を有する移動部材と、前記軌道部材の前記転動体転走部と前記移動部材の前記負荷転動体転走部との間に転がり運動可能に配列される複数の転動体と、転動体同士の接触を防止するように転動体間に配置される複数のスペーサと、を備える運動案内装置において、
前記スペーサは、その周縁部が周方向に交互に山部及び谷部を有するような連続する波形状に形成され、
前記スペーサの前記周縁部の前記山部が隣り合う一対の転動体の一方に接触し、前記スペーサの前記周縁部の前記谷部が隣り合う一対の転動体の他方に接触する運動案内装置。
【請求項5】
螺旋状の転動体転走溝を有するねじ軸と、前記転動体転走溝に対向する負荷転動体転走溝を有するナットと、前記ねじ軸の前記転動体転走溝と前記ナットの前記負荷転動体転走溝との間に転がり運動可能に配列される複数の転動体と、転動体同士の接触を防止するように転動体間に配置される複数のスペーサと、を備えるねじ装置において、
前記スペーサは、その周縁部が周方向に交互に山部及び谷部を有するような連続する波形状に形成され、
前記スペーサの前記周縁部の前記山部が隣り合う一対の転動体の一方に接触し、前記スペーサの前記周縁部の前記谷部が隣り合う一対の転動体の他方に接触するねじ装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図11】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−77873(P2012−77873A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−225125(P2010−225125)
【出願日】平成22年10月4日(2010.10.4)
【出願人】(390029805)THK株式会社 (420)
【Fターム(参考)】