説明

スラストころ軸受

【課題】軸受部に充填した潤滑剤が漏洩することがなく確実に保持されて軸受部を十分潤滑することのできるスラストころ軸受を提供する。
【解決手段】環状板部3の一方の側にフランジ部4を有する円環状の第1の軌道輪2と、環状板部6の他方の側にフランジ部7を有し、第1の軌道輪2と対向配置された第2の軌道輪5と、環状部11に設けた複数のポケット12に転動体15が保持され、第1、第2の軌道輪2,5の間に収容された保持器10とからなり、第1、第2の軌道輪2,5で囲まれた領域19に潤滑剤を密封したスラストころ軸受1であって、第1の軌道輪2と第2の軌道輪5との間に形成された開口部8a,8bに、弾性リップ16c,16dを有するリング状のシール部材16a,16bを嵌入して封止した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、カーエアコンのコンプレッサや自動車の変速機などの、固定部と回転体との間に組込まれてスラスト荷重を支持するスラストころ軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来のスラストころ軸受が組込まれたカーエアコンのコンプレッサに、ピストンが摺動自在に設けられたシリンダボアを有するシリンダブロックと、このシリンダブロックの前側に接合されてクランク室が形成されるフロントハウジングと、シリンダブロックの後側に接合されたリヤハウジングと、これらの中心部に回転自在に支持された駆動シャフトとを有し、クランク室内に、駆動シャフトに固定されフロントハウジングとの間にスラストころ軸受が介装されたラグプレート、及びこのラグプレートにヒンジ連結され、駆動シャフトに嵌装されて外周がピストンに連結された円板状の斜板を設けた斜板圧縮機がある。
【0003】
上記のような斜板圧縮機において、駆動源に駆動されて駆動シャフトが回転すると、これに固定されたラグプレートが回転してこれにヒンジ連結された斜板が回転する。斜板が回転するとこれに連結された各ピストンがシリンダボア内を往復運動し、これによって冷媒が吸込室から吸入ポートを介してシリンダボア内に入り、ついで圧縮された冷媒が吐出ポートから吐出されて、外部の冷媒回路を循環する。このとき、ラグプレートの回転に伴う軸力は、スラストころ軸受により支持される(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、外周が軸方向に折曲げられた折曲げ部を有する環状部材と、この環状部材より小径で環状部材と対向配置された環状の対向板と、複数の転動体が設けられて、環状部材と対向板との間に収容された軸受ケージとからなり、環状部材の折曲げ部の外周に設けた封止部材の唇状部を対向板の外周面に当接して、環状部材と対向板との間に形成されたすき間を封止するようにしたアキシァル軸受装置がある(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2006−316766号公報(第4、5頁、図1)
【特許文献2】特開昭55−6082号公報(第2頁、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の斜板圧縮機においては、ラグプレートの回転に伴う軸力を、フロントハウジングとの間に介装したスラストころ軸受で支持しているが、このスラストころ軸受は、図5に示すように、円環状に形成されて環状板部22の内径側にフランジ部23が設けられた第1の軌道輪21と、円環状に形成されて環状板部25の外径側にフランジ部26が設けられ、第1の軌道輪21と対向配置された第2の軌道輪24と、円環状に形成されて円環部28の周方向に所定の間隔で設けられた複数のポケット29にころ30が転動自在に保持され、第1、第2の軌道輪21,24の間に収容された保持器27とによって構成されている。そして、第1の軌道輪21がフロントハウジング側に、第2の軌道輪24がラグプレート側に位置して、両者の間に組込まれる。
【0007】
通常、転がり軸受では、転動面や摺動面を潤滑すべく、両軌道面間にグリースの如き潤滑剤を供給するが、特許文献1のようなエアコン用コンプレッサに使用されるスラストころ軸受においては、両軌道輪21,24の環状板部22,25とフランジ部26,23との間に形成されたリング状の開口部31a,31bから潤滑剤が大量に漏洩して冷媒に混入するのを防止するため、グリースのような潤滑剤を用いずに、冷媒に極少量の潤滑成分を混合して、コンプレッサの運転時に軸受内を冷媒が通過する際に(図5参照)、ころ30や軌道面、保持器27などの軸受構成部材の表面に付着する極少量の潤滑成分で潤滑していた。
ところが、コンプレッサ内部の形状や軸受の形状、あるいは運転状況により軸受内部を冷媒が十分に流動しない場合があり、軸受の潤滑が不十分となる場合があった。
【0008】
これを防止すべく、特許文献2に記載の密封式のアキシァル軸受装置を用いてグリース潤滑することが考えられるが、これは、環状部材の折曲げ部の外周に設け断面円弧状の封止部材の唇状部を対向板の外周面に当接して、環状部材と対向板との間に形成されたすき間を封止しているが、内部に充填した潤滑剤が、可動中に唇状部を押圧して流出し、必要量を保持できなくなるおそれがある。
また、封止部材は、環状部材の折曲げ部と対向板の外周に膨出して設けられているため、設置場所によっては封止部材が邪魔になって組込むことができないことがある。
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたもので、軸受部に充填した潤滑剤が漏洩することなく確実に保持されて、軸受部を十分潤滑することのできるスラストころ軸受を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、環状板部の一方の側にフランジ部を有する円環状の第1の軌道輪と、環状板部の他方の側にフランジ部を有し、前記第1の軌道輪と対向配置された第2の軌道輪と、環状部に設けた複数のポケットに転動体が保持され、前記第1、第2の軌道輪の間に収容された保持器とからなり、前記第1、第2の軌道輪で囲まれた領域に潤滑剤を密封したスラストころ軸受であって、前記第1の軌道輪と第2の軌道輪との間に形成された開口部に、弾性リップを有するリング状のシール部材を嵌入して封止したものである。
【0011】
また、上記のシール部材の外周部の断面形状をほぼL字状に形成し、前記開口部内に収容した。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、第1、第2の軌道輪の間に形成された開口部を、弾性材からなるリング状のシール部材で封止し、内部に充填した潤滑剤が開口部から漏洩するのを防止するようにしたので、軸受の接触部を確実かつ十分に潤滑することができるため潤滑不足が発生することがなく、長期にわたってメンテナンスフリーのスラストころ軸受を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
図1は本発明の一実施の形態に係るスラストころ軸受の一種であるスラスト針状ころ軸受の縦断面図、図2は図1の要部拡大図、図3は図2の分解斜視図である。
スラストころ軸受1において、2は例えば炭素鋼板の如き弾性を有する金属板をプレス加工により円環状に形成された第1の軌道輪で、環状板部3の一方の側(内径側)が軸方向にほぼ直角に折曲げられてフランジ部4が形成されている。
【0014】
5は第1の軌道輪2と同じ金属板をプレス加工により円環状に形成された第1の軌道輪2より大径の第2の軌道輪で、環状板部6の他方の側(外径側)が軸方向に、第1の軌道輪2のフランジ部4と反対方向にほぼ直角に折曲げられてフランジ部7が形成されており、第1の軌道輪2と対向配置されている。
【0015】
10は例えば第1、第2の軌道輪2,5と同じ材料からなる金属板をプレス加工により円環状に形成された保持器で、環状部11には周方向に所定の間隔で複数のポケット12が設けられており、これらポケット12にはころとしての針状ころ15が収容されて転動自在に保持され、第1、第2の軌道輪2,5の間に収容されている。なお、図示してないが、ポケット12の径方向の内壁には、それぞれ対向して抜け止め爪が設けられている。
【0016】
16aは例えばゴムの如き弾性材からなり弾性リップ16cを有するリング状の第1のシール部材で、外周部17aは外径側に設けた垂直片とその下端部に設けた水平片とにより、断面ほぼL字状に形成されている。16bは第1のシール部材16aと同じ材料からなり弾性リップ16dを有する第1のシール部材16aより小径の第2のシール部材で、外周部17bは内径側に設けた垂直片とその上端部に設けた水平片とにより、断面ほぼ逆L字状に形成されている(なお、以下の説明では、第1、第2のシール部材16a,16bの外周部17a,17bの断面形状を、単にL字状と記すことがある)。
【0017】
そして、第1のシール部材16aは、その外周部17aの垂直片が第2の軌道輪5のフランジ部7の内壁に沿って第1の軌道輪2の環状板部3の端部との間に圧入(嵌入)され、両者の間に形成された環状の開口部8a内に収容されて弾性リップ16cが環状板部3の端部に設けた段部3aに係止し、開口部8aを封止する。
また、第2のシール部材16bは、その外周部17bの垂直片が第1の軌道輪2のフランジ部4の内壁に沿って第2の軌道輪5の環状板部6の端部との間に圧入(嵌入)され、両者の間に形成された環状の開口部8b内に収容されて弾性リップ16dが環状板部6の端部に設けた段部6aに係止し、開口部8bを封止する。
【0018】
次に、上記のようなスラストころ軸受の組立手順の一例について説明する。
先ず、ころ15を保持器10のポケット12に転動可能に収容する。なお、ポケット12の内縁部にころ15の抜け止め爪を設ければ、ころ15は抜け出すことなく、転動自在にポケット12に保持される。
そして、ころ15が収容された保持器10を第1の軌道輪2上に配置し、ついで、保持器10の上に第2の軌道輪5を配置して、第1、第2の軌道輪2,5の間に保持器10を収容する。
【0019】
ついで、第1、第2の軌道輪2,5の間に形成された開口部8a,8bのいずれか一方、例えば開口部8aに第1のシール部材16aの外周部17aを圧入(嵌入)し、これを封止する。この状態で他方の開口部8bから、第1、第2の軌道輪2,5で囲まれた領域18内にグリースや潤滑油等の潤滑剤を供給し、第2のシール部材16bの外周部17bを開口部8bに圧入(嵌入)して封止する。このとき、第1、第2のシール部材16a,16bの外周部17a,17bの水平片に設けた弾性リップ16c,16dは、第1、第2の軌道輪2,5の環状板部3,6の端部に設けた段部3a,6aに係止し、かつ、その外面とほぼ同一平面か、又はそれより内側に位置する。なお、上記の組立て手順はその一例を示すもので、これに限定するものではない。これにより、第1、第2のシール部材16a,16bは、第1、第2の軌道輪2,5より外方に突出することなく、開口部8a,8bに収容される。
【0020】
このように構成したスラストころ軸受1は、例えば、第1の軌道輪2を固定のハウジング側に、第2の軌道輪5を回転体側に位置させて両者の間に組込まれ、回転体の軸力を支持する。なお、この場合、第1、第2のシール部材16a,16bは、第1、第2の軌道輪2,5から露出していないので、組込みに支障を来すことがない。
【0021】
そして、回転体が回転すると、第2の軌道輪5も回転し、これに伴って、ころ15は第1、第2の軌道輪2,5の環状板部3,6の軌道面上を転走し、また、第1、第2のシール部材16a,16bの外周部17a,17bの水平片の端部は、第1、第2の軌道輪2,5の環状板部3,6の端部に摺接する。
このとき、第1、第2の軌道輪2,5に囲まれた領域19内には潤滑剤を有しているので、これらころ15、第1、第2の軌道輪2,5、保持器10等の接触面は潤滑剤によって潤滑される。この場合、第1、第2の軌道輪2,5の間に形成された開口部8a,8bは、シール部材16a,16bによって封止されているので、開口部8a,8bから潤滑剤が漏洩することがなく、各部を確実かつ十分に潤滑することができる。
【0022】
図4は本発明のシール部材16a,16bの他の例の要部を示す説明図である。
本例は、シール部材16a,16bの外周部17a,17bに、外周の断面形状がほぼL字でリング状の芯金18をインサートしたものである。この場合、芯金18の水平片側をシール部材16a,16bの外周部17a,17bの水平片より短かく形成し、その先端部(内側)に弾性リップ16c,16dを形成する。
【0023】
上記の説明では、図示のスラストころ軸受に本発明を実施した場合を示したが、これに限定するものではなく、例えば、針状ころ15でない通常の円筒ころを用いたスラストころ軸受や、保持器の環状部に波打ち屈曲部が設けられたスラストころ軸受など、他の構造のスラストころ軸受にも本発明を実施することができる。
また、シール部材16a,16bの外周部17a,17bを断面L字状に形成した場合を示したが、例えば、外周部17a,17bを断面コ字状に形成するなど、他の形状であってもよい。
さらに、必要に応じて、シール部材16a,16bの外周部17a,17bの垂直片を、第1、第2の軌道輪2,5のフランジ部4,7の内壁に、接着剤等により接着してもよい。
【0024】
本発明によれば、第1、第2の軌道輪2,5の間に形成された開口部8a,8bを、弾性材からなるリング状のシール部材16a,16bで封止したので、内部に供給された潤滑剤が開口部8a,8bから漏洩することがない。このため、各接触面を確実かつ十分に潤滑することができるので潤滑不足が発生することがなく、長期にわたってメンテナンスフリーのスラストころ軸受を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施の形態に係るスラストころ軸受の縦断面図である。
【図2】図1の一部拡大図である。
【図3】図2の分解斜視図である。
【図4】シール部材の他の例の説明図である。
【図5】従来のスラストころ軸受の説明図である。
【符号の説明】
【0026】
1 スラストころ軸受、2 第1の軌道輪、5 第2の軌道輪、3,6 環状板部、3a,6a 段部、4,7 フランジ部、8a,8b 開口部、10 保持器、12 ポケット、15 転動体(ころ)、16a,16b シール部材、16c,16d 弾性リップ、17a,17b 外周部、18 芯金。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状板部の一方の側にフランジ部を有する円環状の第1の軌道輪と、環状板部の他方の側にフランジ部を有し、前記第1の軌道輪と対向配置された第2の軌道輪と、環状部に設けた複数のポケットに転動体が保持され、前記第1、第2の軌道輪の間に収容された保持器とからなり、前記第1、第2の軌道輪で囲まれた領域に潤滑剤を密封したスラストころ軸受であって、
前記第1の軌道輪と第2の軌道輪との間に形成された開口部に、弾性リップを有するリング状のシール部材を嵌入して封止したことを特徴とするスラストころ軸受。
【請求項2】
前記シール部材の外周部の断面形状をほぼL字状に形成し、前記開口部内に収容したことを特徴とする請求項1記載のスラストころ軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−138900(P2009−138900A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−318457(P2007−318457)
【出願日】平成19年12月10日(2007.12.10)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】