説明

タンパク質分画デバイスおよびタンパク質の分画・濃縮方法

【課題】 血清、血漿等をはじめとする2種類以上のタンパク質を含有する溶液から数多くの低分子量タンパク質が含まれる溶液を高回収率かつ高濃度で得る。
【解決手段】 タンパク質分画部で分画処理されたタンパク質溶液を複数の電極が具備されたタンパク質濃縮部に導入し、各電極に電圧を印加してタンパク質を泳動する機構を有するタンパク質分画デバイス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分画部および濃縮部を含み、分画部において分画されたタンパク質を、複数の電極を備えた濃縮部において、泳動する機能を有するタンパク質分画デバイスに関する。また本発明は、該タンパク質分画デバイスを用いた、溶液中に含まれるタンパク質の分画、濃縮方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ポストゲノム研究として、プロテオーム解析研究(プロテオミクス)が注目されている。タンパク質を網羅的に調べるプロテオーム解析の研究成果は診断、治療に広く応用できると考えられ、ゲノム解析では発見できなかった病因タンパク質や疾患関連因子といったバイオマーカーを数多く発見し、それらを診断マーカーや創薬ターゲットとして利用することに対する、医療界の期待は大きい。
【0003】
臨床プロテオーム解析(臨床プロテオミクス)においては、多数の検体を迅速、確実に解析することが求められていることから、高分解能・高感度・高機能で迅速に測定を行う必要があるが、そのためには臨床検体の前処理が必須である。そこで質量分析、電気泳動等により臨床検体を解析する前に、臨床検体のタンパク質を分画、精製する必要があるが、この処理には数日を要し、さらにはその操作が煩雑かつ経験を要することが、臨床への応用の大きな障害となっている。少量の血液や体液から全身の疾患の診断や病態管理ができるならば、その有用性は極めて大きいものの、血清、血漿中に含まれるタンパク質の多様性のために、多くの課題を抱えているのが現状である。
【0004】
ヒトタンパク質は10万種以上あるとも推定されているが、血清中に含まれるタンパク質だけでも約1万種類にものぼるといわれ、それらすべてを合わせた血清中濃度は約60〜100mg/mLと推定される。血清中の高含量タンパク質は、アルブミン(分子量66kDa)、免疫グロブリン(150〜190kDa)、トランスフェリン(80kDa)、ハプトグロビン(>85kDa)、リポタンパク質(数100kDa)等であり、いずれも大量(>mg/mL)に存在する。一方、病態のバイオマーカーや病因関連因子と考えられているペプチドホルモン、インターロイキン、サイトカイン等の生理活性タンパク質の多くは、極微量(<ng/mL)しか存在せず。その含有量比は高分子量の高含量成分に比べると、実にナノ〜ピコレベルである。タンパク質の大きさという観点では、タンパク質全種類の70%以下は分子量60kDa以下であり、上記の極微量なバイオマーカータンパク質はいずれもこの領域に含まれる場合がほとんどである(例えば非特許文献1参照)。これらのタンパク質は、腎臓を通過して尿中に一部排泄されるため、血液のみならず尿を検体として測定することも可能である。
【0005】
一般的な血清学的検査でプロテオーム解析を行うには、病因関連の微量成分検出の妨害となるアルブミン、IgGといった高含量、高分子量の成分を除外することが必須となる。これらのタンパク質を分離する手段として、現状では高速液体クロマトグラフィー(Liquid chromatography:LC)や二次元電気泳動(Two−dimensional polyacrylamide gel electrophoresis:2D PAGE)が用いられているが、これらの作業だけでも1〜2日を要する。この所要時間は、MALDI−TOF−MSやESI−MS(electrospray ionization mass spectrometry)等の数分という分析時間に比べて非常に長く、MSのもつハイスループットという大きな利点が臨床プロテオーム解析では十分発揮できずにいる。このため、医療現場で診断や治療のためにできるだけ短時間に分析結果がほしいという目的には、現時点では実用性に極めて乏しいと言わざるを得ず、日常の臨床検査にMSが利用しにくいひとつの大きな原因になっている。
【0006】
この点が解決されれば、臨床プロテオーム解析による臨床検査の診断の迅速性は飛躍的に向上すると期待できる。具体的には、LCや2D−PAGEの代替となるような、微量の検体から高速で目的タンパク質群を分画・分離できるデバイスがあればよい。
【0007】
アルブミンを除去対象物質として、すでに実用化されている製品あるいは開示されている技術としては、ブルー色素などのアフィニティーリガンドを固定化した担体(たとえば、日本ミリポア社:“Montage Albumin Deplete Kit(登録商標)”、日本バイオ・ラッド社:Affi−Gel Blue(登録商標)ゲル)、高分子量成分を遠心分離ろ過によって分画する遠心管形式の濾過濃縮ユニット(たとえば、日本ミリポア社:“アミコンウルトラ(登録商標)”、ザルトリウス社:“ビバスピン”)、電気泳動原理によって分画する方法(たとえば、グラディポア社:“Gradiflow(登録商標)”システム)、Cohnのエタノール沈澱などの伝統的な沈殿法やクロマトグラフィーによって分画する方法(例えば非特許文献2)などがある。また、抗アルブミン抗体を固定化した担体とプロテインGを固定化した担体を用いて血漿中のアルブミンとIgGを除去し、二次元電気泳動により解析を行った報告(例えば非特許文献3)がある他、アルブミンと免疫グロブリンG(IgG)を同時に除去する製品が上市されている(GEヘルスケア社:Albumin and IgG Removal kit)。しかしながら、これらはいずれも分離分画性能が不十分であったり、微量サンプルには不適当であったり、サンプルが希釈されてしまったり、固定化抗体の溶出がみられたり、あるいは質量分析等に障害となる薬剤が混入したりするなどの問題点があるのが実状である。
【0008】
電気泳動の手法でタンパク質を分取する製品としては、バイオラッド社の“モデル491プレップセル”、“ミニプレップセル”、アトー(株)の“プレップフォレーシス(登録商標)”等がある。これらの製品は、円筒状のゲルの上部にアプライしたタンパク質をドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミド電気泳動(SDS−PAGE)により分離し、分離されたタンパク質をゲルの下部から回収することで分取を行う。これらの製品は、一度にある程度まとまった量のタンパク質を処理できる利点があるものの、電気泳動のゲルを準備するのに時間と手間がかかる上、分取したサンプル中に、ゲルに含まれる未反応のアクリルアミド等の夾雑物が混入することがあり、質量分析に供する試料としては適さない。
【0009】
また、ゲル、膜といった支持体を使わずに電気泳動する方法としては、キャピラリー電気泳動、フリーフロー電気泳動があるが、これらは主に核酸やタンパク質等を分離、分取するために用いられる手法である(例えば、特許文献1〜4参照)。
【0010】
タンパク質試料を濃縮する技術としては、限外濾過膜を用いる方法、一旦沈殿させて少量の溶媒に再溶解する方法、凍結乾燥して少量の溶媒に再溶解する方法、乾燥ゲルで溶媒を吸収する方法などがある。限外濾過膜を用いた方法は一般的に用いられる手法で、具体的には、タンパク質溶液試料を遠心分離でろ過することにより濃縮を行う遠心管型濾過濃縮ユニット(たとえば、日本ミリポア社:“アミコンウルトラ(登録商標)”、ザルトリウス社:“ビバスピン”)を用いる。しかしながら、膜の細孔径には分布があり、規定された分画分子量以上の物質が通過できる細孔も存在するため、実際は膜の分画分子量以上の分子量であるタンパク質が細孔を通過して濾液に漏出することがある。したがって、これらの製品を用いた場合、回収率の低下は避けられないのが実状である。
【非特許文献1】アンダーソン・NL(Anderson NL),アンダーソン・NG(Anderson NG)著,「ザ・ヒューマン・プラズマ・プロテオーム:ヒストリー・キャラクター・アンド・ダイアグノスティック・プロスペクツ(The human plasma proteome:history,character,and diagnostic prospects)」,モレキュラー・アンド・セルラー・プロテオミクス(Molecular & Cellular Proteomics),2002年,第1巻,p845−867.
【非特許文献2】日本生化学会編,「新生化学実験講座(第1巻)タンパク質(1)分離・精製・性質」,東京化学同人,1990年
【非特許文献3】グリーノウ・キャリー(Carrie Greenough)ら著,「ア・メソッド・フォー・ザ・ラピッド・ディプレーション・オブ・アルブミン・アンド・イムノグロブリン・フロム・ヒューマン・プラズマ(A method for the rapid depletion of albumin and immunogloburin from human plasma)」,プロテオミクス(Proteomics),2004年,第4巻,p3107−3111.
【特許文献1】特開平10−318982
【特許文献2】特開2001−91497
【特許文献3】特開2001−153841
【特許文献4】特開2002−195982
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明者らはかかる従来技術の問題点に鑑み、鋭意検討した結果、タンパク質分画デバイスにおいてタンパク質分画部で分画されたタンパク質を複数の電極を備えたタンパク質濃縮部に導入し、各電極に電圧を印加して泳動することにより、分画されたタンパク質を効率よく濃縮できることを見いだし、本発明に到達した。
【0012】
すなわち本発明は、分画処理したタンパク質を非常に高い収率で濃縮できる濃縮モジュールを備えたタンパク質分画デバイスを提供することを目的とする。また本発明は、前記タンパク質分画デバイスを用いたタンパク質の分画、濃縮方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記目的を達成するために以下の構成を有する。
【0014】
タンパク質分画部およびタンパク質濃縮部を含むタンパク質分画デバイスであって、タンパク質分画部で分画処理されたタンパク質溶液を複数の電極が具備されたタンパク質濃縮部に導入し、各電極に電圧を印加してタンパク質を泳動する機構を有するタンパク質分画デバイス。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、血清、血漿をはじめとする少なくとも2種類以上のタンパク質が含まれる溶液中を本発明の分画デバイスで処理することにより、まずタンパク質分画部において分子量、等電点等の物理的性状の違いでタンパク質を分画し、さらに分画されたタンパク質をタンパク質濃縮部において泳動することで濃縮し、回収することで、特に低分子量タンパク質やペプチドを高収率で得ることができる。本発明の分画デバイスで処理されたタンパク質溶液は、高分子量、高含量タンパク質が効率よく除去されており、質量分析や二次元電気泳動によって低分子量タンパク質を含む網羅的な解析を可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、タンパク質分画部およびタンパク質濃縮部を含むタンパク質分画デバイスであって、タンパク質分画部で分画処理されたタンパク質溶液を複数の電極が具備されたタンパク質濃縮部に導入し、各電極に電圧を印加してタンパク質を泳動する機構を有するタンパク質分画デバイスである。
【0017】
本発明は、タンパク質分画部において分画処理された溶液中のタンパク質を、複数の電極が備えられたタンパク質濃縮部において高収率で濃縮することができるタンパク質分画デバイスである。本発明は、好ましくは、タンパク質分画部において分子量の大きさや等電点の違い等で分画処理されたタンパク質溶液をタンパク質濃縮部に導入し、タンパク質濃縮部に具備された各電極に電圧を印加して電気勾配を形成することでタンパク質を泳動し、電極付近にタンパク質を集めて濃縮するタンパク質分画デバイスである。本発明は、さらに好ましくは、タンパク質を電気泳動し、電極付近にタンパク質を集めて濃縮するタンパク質分画デバイスである。
【0018】
本発明でいう“分画”とは、溶液中の溶質を分離することを意味し、溶質が複数種類含まれる場合には、その全部または一部を分離することを指す。具体的には、例えば、体液成分から解析に必要な回収成分と不要な廃棄成分に分画することや、分子量、等電点、電荷、疎水性、特異的親和性等物理的性状の違いにより二群以上に分画してそれぞれを測定することが挙げられる。
【0019】
本発明でいう“タンパク質分画部”とは、溶液中のタンパク質を物理的性状の違いにより弁別する機能を有する装置を指す。すなわち、本発明のタンパク質分画部により、分子量、等電点、電荷、疎水性、特異的親和性等の物理的性状の違いでタンパク質を二群以上に分画することができる。
【0020】
本発明でいう“濃縮”とは、溶液のタンパク質濃度を高くすることを意味する。分画されたタンパク質溶液を濃縮することによって、タンパク質の検出が容易になる。
【0021】
本発明でいう“タンパク質濃縮部”とは、タンパク質分画部において分画処理されたタンパク質溶液を泳動することで濃縮する機能を有する装置を指す。
本発明のタンパク質分画デバイスでは、好ましくは、電気泳動により、タンパク質溶液を濃縮する。
さらに、本発明のタンパク質分画デバイスでは、好ましくは、タンパク質溶液を濃縮して回収する。
本発明のタンパク質分画デバイスにおけるタンパク質濃縮部には、電極が複数具備されており、タンパク質分画部により分画されたタンパク質溶液が送り込まれたときに、各電極に電圧を印加することで、タンパク質濃縮部に電気勾配が形成され、電荷を帯びたタンパク質が片側の電極に引き寄せられて一ヶ所に集められる。そして、電極周辺に集められたタンパク質を回収することで、濃縮されたタンパク質溶液を得ることができる。
このとき、電極に電位を印加する前に、分画処理されたタンパク質溶液の水素イオン濃度(pH)を酸性、あるいはアルカリ性に調節し、ほぼすべてのタンパク質を正あるいは負に帯電させることで、溶液中のタンパク質を網羅的に回収することができる。これは、タンパク質が等電点(pI)より高いpHにおいては負(−)に帯電し、低いpHにおいては正(+)に帯電する性質を利用したものである。
ここで、タンパク質の濃縮方法の一例を示す。タンパク質分画部において処理されたタンパク質溶液をタンパク質濃縮部に導入し、極少量の塩基性溶液を滴下してpHを10にする。すると、大半のタンパク質が負に帯電する。次いで、タンパク質濃縮部の両端の電極に電圧を印加して、電気勾配を形成させる。すると、負に帯電したタンパク質は正電極に向かって移動する。さらに泳動を続けると、負に帯電したタンパク質が正電極周辺に集められる。そして、集められたタンパク質を回収することで、濃縮されたタンパク質溶液が得られる。この方法でタンパク質を濃縮することにより、膜を用いた濃縮では避けられなかった低分子量物質の損失が殆どみられないことから、分画されたタンパク質を高い回収率かつ高い濃縮効率で得ることができる。
【0022】
また、本発明でいう“回収”とは、例えば、泳動することにより電極周辺に引き寄せられて濃縮されたタンパク質を集めることを意味する。このようにしてタンパク質溶液を集めることで、タンパク質をロスすることなく回収できるため好ましい。
【0023】
ここで、本発明でいう“電極”とは、タンパク質濃縮部に2個設置して、片側には正、もう片側には負の電位をそれぞれ印加することで、タンパク質濃縮部に電位差を生じさせて、タンパク質を泳動するためのものを示す。
本発明のタンパク質分画デバイスは、好ましくは、pH調整剤を添加した後、電圧を印加してタンパク質を泳動する機構を有する。
本発明において用いられるpH調整剤は特に限定されないが、少量で所望のpHに調製できること、およびタンパク質の変性作用が小さいことが好ましい。
【0024】
本発明において、分画されたタンパク質溶液に界面活性剤を添加してから、タンパク質濃縮部に電圧を印加する方法も好ましく利用される。
ここで用いられる界面活性剤は特に限定されないが、例えばドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、デオキシコール酸ナトリウム等のアニオン系界面活性剤、臭化セチルトリメチルアンモニウム等のカチオン系界面活性剤が好適に利用される。
【0025】
本発明のタンパク質分画デバイスにおいて、タンパク質分画部で分画処理されたタンパク質溶液をタンパク質濃縮部に導入する方法は特に限定されず、例えば分画処理されたタンパク質溶液をリザーバーに回収し、そこからタンパク質濃縮部に送液する方法、タンパク質分画部とタンパク質濃縮部とをチューブ等で連結し、分画処理されたタンパク質溶液をオンラインで送液する方法、タンパク質分画部の出口をタンパク質濃縮部の入口の上に設置し、処理液を自然落下でタンパク質濃縮部に供給する方法等が挙げられる。
【0026】
本発明のタンパク質分画デバイスにおいて、タンパク質分画部の分画様式は特に限定されないが、例えば順相クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、陽イオン交換クロマトグラフィー、陰イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲル濾過(サイズ排除クロマトグラフィー、分子篩い)、膜による分離などが好ましい。本発明のタンパク質分画デバイスを血清のプロテオーム解析用途に用いる場合、血清中の微量タンパク質を検出するためには、血清アルブミンや免疫グロブリンといった高含量タンパク質を除去する性能が求められ、これらの殆どは比較的高分子量であることから、分子量の大きさで分画し、低分子量画分を解析に供する手法が好ましい。これを達成するには、ゲル濾過、あるいは膜による分離方法が好適に用いられ、孔径分布が平膜と比べてシャープで優れた分画特性を有する中空糸膜を用いた分離方法が特に好適に利用される。
【0027】
本発明のタンパク質分画デバイスは、好ましくは、中空糸膜を充填したタンパク質分画部において分画したタンパク質溶液を、複数の電極を備えたタンパク質濃縮部へと送り、pH調整、あるいは界面活性剤の添加を行った後、それらを泳動することにより、タンパク質を電極付近に集結させて、濃縮された状態で回収する。ここで、中空糸膜は分画分子量がシャープであることから、平膜を用いた場合よりはるかに分離特性に優れており、好ましく使用される。
【0028】
この方法でタンパク質を濃縮することで、膜による濃縮では避けられなかった低分子量物質の損失が極めて小さくなることから、分画されたタンパク質の回収率が格段に向上する。
【0029】
本発明のタンパク質分画デバイスは、好ましくは、タンパク質分画デバイスを用いてタンパク質を含む溶液を処理する。
【0030】
さらに、本発明のタンパク質の分画・濃縮方法では、タンパク質分画部で分画処理されたタンパク質溶液を複数の電極が具備されたタンパク質濃縮部に導入し、各電極に電圧を印加してタンパク質を泳動する機構を有するタンパク質分画デバイスを用いてタンパク質を含む溶液を処理する。
【0031】
本発明でいう“タンパク質を含む溶液”とは、タンパク質が溶存した液体を指し、そこに含まれるタンパク質の種類、含有量、濃度は特に限定されない。また、溶媒の種類についても、タンパク質を溶解可能なものであれば特に限定されない。
【0032】
本発明のタンパク質の分画・濃縮方法は、好ましくは、タンパク質を含む溶液が、体液である。本発明でいう“体液”とは、一般的に生体を構成する液体のことを指し、例えば血液、血漿、血清、リンパ液、尿、唾液、骨髄液、腹水、胸水、汗、涙などが挙げられる。
【0033】
本発明のタンパク質の分画・濃縮方法は、好ましくは、タンパク質を含む溶液を分子量の大きさの違いで分画する。
【0034】
上記の通り、本発明のタンパク質分画デバイスを用いて、タンパク質が含まれる溶液を処理することにより、濃縮されたタンパク質溶液を高収率で得ることができる。このとき、除去対象となる高分子量のタンパク質の回収率が1%以下であることが好ましく、0.1%以下であることがより好ましい。一方、回収対象となる低分子量のタンパク質の回収率は、10%以上であることが好ましく、20%以上であることがより好ましい。例えば、血清中のタンパク質を分画する場合、分画、濃縮処理後のタンパク質含量が、血清アルブミンや免疫グロブリンなど高分子量かつ高含量のタンパク質については、処理前の1%未満となり、一方、β2ミクログロブリンやインターロイキン−8(IL−8)等のサイトカイン類をはじめとする低分子量のタンパク質については、処理前の10%以上となることが好ましい。もし、分画後のタンパク質溶液中に高分子量、高含量タンパク質が処理前の1%以上残存した場合、質量分析や二次元電気泳動等により解析するとき、微量タンパク質の検出を妨げることがあるため好ましくない。逆に、高分子量、高含量タンパク質を処理前の1%未満とした試料では、質量分析、二次元電気泳動等の解析により、微量タンパク質を数多く検出することが可能となるため好ましい。
【0035】
本発明のタンパク質分画デバイスにより、上述の通り分画処理したタンパク質を高い回収率かつ高い濃縮効率で得ることができる。したがって、本発明のタンパク質分画デバイスを用いることにより、例えば血清、血漿中に含まれる低分子量タンパク質を選択的かつ高収率で回収できる。よって、それらの試料を質量分析、二次元電気泳動等で解析することにより、患者の血清、血漿に含まれるタンパク質を含量の低いものまで網羅的かつ定量的に同定することができる。また、それらの試料を酵素免疫測定法(ELISA)等で解析することにより、測定対象となるタンパク質濃度を定量的に求めることができる。これらの方法により、例えば患者の血液中に含まれる微量タンパク質を健常者と定量的に比較できるようになるため、疾患によるタンパク質発現の有無、あるいはタンパク質発現量の増減の情報を知ることができる。したがって、本発明のタンパク質分画デバイスは、疾患関連タンパク質の同定や新規創薬ターゲットの創出において特に有用である。
【実施例】
【0036】
以下、実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0037】
実施例1
本発明のタンパク質分画デバイスを構成するタンパク質分画部およびタンパク質濃縮部を以下の方法で製造した。
【0038】
血液透析器(東レ製TS1.6ML)の両端の樹脂接着部分を切り、ポリスルホン製中空糸膜を得た。得られた中空糸膜の寸法は、内直径200μm、膜厚40μmであり、液が透過する部分の断面を観察したところ非対称構造を有していた。この中空糸膜を100本束ね、中空糸膜の中空部を閉塞しないようにエポキシ系ポッティング剤で両末端をプラスチック管モジュールケースに固定し、ミニモジュールを作製した。ミニモジュールの直径は約8mm、長さは約13cmであり、一般的な中空糸膜型透析器同様に、中空糸内に液体を循環させるためのポート(循環ポート)と透析液ポートをそれぞれ2個有している。作製したミニモジュールの中空糸膜およびモジュール内部を蒸留水にて十分に洗浄したものを、タンパク質分画部とした。
【0039】
内径2cm、容積50mLの円筒形容器の上部および下部に電極を設置した。分画処理されたタンパク質溶液の導入口を容器上部に設けた。また、下部の電極付近に溶液回収口を設けた。これをタンパク質濃縮部とした。
【0040】
上記タンパク質分画部の出口に、送液ポンプ(東京理化器械(株))に接続したシリコンチューブ(内径2mm、外径4mm)を設け、タンパク質濃縮部の入口に接続した。さらに、電極間に電圧を印加するために、パワーサプライ(バイオラッド)を設置した。これをタンパク質分画デバイスとした。
【0041】
実施例2
健常人血清(シグマ)に天然型ヒトインターロイキン−8(IL−8、鎌倉テクノサイエンス(株))を4ng/mLとなるように添加し、25mM重炭酸アンモニウム緩衝液(pH8.0)で4倍希釈した(IL−8濃度:1ng/mL)。希釈した血清4mLを、実施例1のタンパク質分画デバイスのタンパク質分画部で1時間分画処理を行った。分画処理された血清は、シリコンチューブを介してタンパク質濃縮部に導入し、貯留した。次いで、貯留した分画処理血清に、10規定水酸化ナトリウム溶液を10μL滴下し、pHを10とした。タンパク質濃縮部に電極を設置し、パワーサプライを接続して上部を負電極、下部を正電極とした。200Vの電圧を印加してタンパク質を電気泳動した。1時間後、下部の正電極に集まったタンパク質を回収した。このとき、濃縮液の容量は200μLであった。濃縮後の分画処理液のタンパク質濃度をビシンコニン酸法(BCA法)で測定した結果、10.5mg/mLであり、種々の測定に十分な濃度のタンパク質溶液を得ることができた。また、ヒト血清アルブミン(HSA)、β2−ミクログロブリン(β2MG)、およびIL−8の濃度を酵素免疫測定法(ELISA)で測定し、分画処理前の各タンパク質の含量と比較することで各タンパク質の回収率を算出すると、それぞれHSA:0.25%、β2MG:92.9%、IL−8:91.1%となり、除去対象であるHSAの大部分を除く一方、回収対象であるβ2MG、IL−8を高回収率で得ることができた。
【0042】
実施例3
癌患者から採取した血清を25mM重炭酸アンモニウム緩衝液(pH8.0)で4倍希釈し、実施例2と同様の操作で分画、濃縮処理を行った。このとき、濃縮液の容量は200μLであった。濃縮後の分画処理液のタンパク質濃度をBCA法で測定した結果、10.5mg/mLであり、種々の測定に十分な濃度のタンパク質溶液を得ることができた。また、HSA、β2MGの濃度をそれぞれELISAで測定し、各タンパク質の回収率を算出すると、それぞれHSA:0.25%、β2MG:90.9%となり、除去対象であるHSAを大部分除去する一方、回収対象であるβ2MGを高い回収率で得ることができた。
【0043】
比較例1
実施例1に記載のタンパク質分画部で、実施例2と同様にして25mM重炭酸アンモニウム緩衝液(pH8.0)で4倍希釈したヒト血清(IL−8濃度:1ng/mL)を分画処理し、処理液をタンパク質非吸着処理を施したリザーバーに貯留した。次いで、処理液を分画分子量3000の平膜を装填した遠心濃縮器(ザルトリウス社ビバスピン20)の膜上に移し、冷却遠心機(日立)を用いて4,000rpm、4℃で遠心して濃縮した。膜面に残存する濃縮液が200μLになった時点で遠心を終了した。濃縮液のHSA、β2MG、IL−8の各濃度をELISAで定量し、分画処理前の各タンパク質の含量と比較することで各タンパク質の回収率を算出したところ、それぞれHSA:2.54%、β2MG:35.5%、IL−8:12.1%となり、除去対象であるHSAの除去率が低く、回収対象であるβ2MG、IL−8の回収率も低い結果となった。
【0044】
実施例4
健常人血清(シグマ)に天然型ヒトインターロイキン−8(鎌倉テクノサイエンス)を4ng/mLとなるように添加し、25mM重炭酸アンモニウム緩衝液(pH8.0)で4倍希釈して(IL−8濃度:1ng/mL)、その4mLを実施例2と同様にして分画、濃縮処理を行った。このとき、濃縮されたタンパク質溶液の容量は200μLであった。タンパク質溶液を、Sequencing Grade Modified Trypsin(Promega)によって酵素消化し、消化後の溶液のうち1μLをESI−Q−TOF型質量分析装置(マイクロマス製)を用いて解析し、質量分析における標準的な方法でタンパク質溶液内に含まれるタンパク質の検出を試みた。その結果、タンパク質のマススペクトル測定は5000回にわたって行われており、このことは実施例2で回収したタンパク質溶液に多くのタンパク質が濃縮された状態で含まれていることを示していた。また、得られた測定データを解析した結果、200種類のタンパク質が検出された。検出されたタンパク質のうち、β2MG由来の6種類のペプチドが45本検出され、配列のカバー率は46%であった。また、IL−8由来の5種類のペプチドが10本検出され、配列のカバー率は30%であった。これらのことは、β2MGならびにIL−8が実施例2で回収したタンパク質溶液の中に多く含まれていることを示した。また、HSAタンパク質は検出されず、実施例2で示した方法によりHSAは質量分析器の検出限界以下にまで除去されたことを示した。
【0045】
実施例5
癌患者から採取した血清を25mM重炭酸アンモニウム緩衝液(pH8.0)で4倍希釈し、実施例3と同様の操作で分画、濃縮処理を行った。このとき、濃縮されたタンパク質溶液の容量は200μLであった。実施例4と同様の操作によって酵素消化を行い、そのうち1μLの溶液を解析することで質量分析装置によるタンパク質の検出を試みた。その結果、タンパク質のマススペクトル測定は5000回にわたって行われており、このことは実施例3で回収したタンパク質溶液に多くのタンパク質が濃縮された状態で含まれていることを示した。また、得られた測定データを解析した結果、200種類のタンパク質が検出された。検出されたタンパク質のうち、β2MG由来の6種類のペプチドが45本検出され、配列のカバー率は46%であった。また、IL−8由来の5種類のペプチドが10本検出され、配列のカバー率は30%であった。これらのことは、β2MGならびにIL−8が実施例3で回収したタンパク質溶液の中に多く含まれていることを示した。また、HSAタンパク質は検出されず、実施例3で示した方法によりHSAは質量分析器の検出限界以下にまで除去されたことを示した。
【0046】
比較例2
実施例1に記載のタンパク質分画部において、実施例2と同様にして25mM重炭酸アンモニウム緩衝液(pH8.0)で4倍希釈したヒト血清(IL−8濃度:1ng/mL)を分画処理し、処理液をタンパク質非吸着処理を施したリザーバーに貯留した。次いで、処理液を分画分子量3000の平膜を装填した遠心濃縮器(ザルトリウス社ビバスピン20)の膜上に移し、冷却遠心機(日立)を用いて4,000rpm、4℃で遠心して濃縮した。膜面に残存する濃縮液が200μLになった時点で遠心を終了した。回収したタンパク質溶液について、実施例4と同様の操作によって酵素消化を行い、そのうち1μLの溶液を解析することで質量分析装置によるタンパク質の検出を試みた。その結果、タンパク質のマススペクトル測定は500回しか行われておらず、このことは比較例1で回収したタンパク質溶液の中には、あまり多くのタンパク質が含まれていないことを示した。また、得られた測定データを解析した結果、20種類のタンパク質しか検出されなかった。検出されたタンパク質のうち、HSA由来の30種類のペプチドが254本検出され、配列のカバー率は87%であった。また、IL−8およびβ2MGは検出されなかった。このことは、比較例1で回収したタンパク質溶液の中には依然として除去対象であるHSAが多く含まれており、500回行われた測定のうち多くはHSAが測定されたことを示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質分画部およびタンパク質濃縮部を含むタンパク質分画デバイスであって、タンパク質分画部で分画処理されたタンパク質溶液を複数の電極が具備されたタンパク質濃縮部に導入し、各電極に電圧を印加してタンパク質を泳動する機構を有するタンパク質分画デバイス。
【請求項2】
pH調整剤を添加した後、電圧を印加してタンパク質を泳動する機構を有する請求項1に記載のタンパク質分画デバイス。
【請求項3】
界面活性剤を添加した後、電圧を印加してタンパク質を泳動する機構を有する請求項1または2に記載のタンパク質分画デバイス。
【請求項4】
タンパク質分画部で分子量の大きさにより分画処理されたタンパク質溶液を、タンパク質濃縮部で濃縮する機構を有する請求項1〜3のいずれかに記載のタンパク質分画デバイス。
【請求項5】
中空糸膜を具備する請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質分画デバイス。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のタンパク質分画デバイスを用いてタンパク質を含む溶液を処理する、タンパク質の分画・濃縮方法。
【請求項7】
タンパク質を含む溶液が、体液である請求項6に記載のタンパク質の分画・濃縮方法。
【請求項8】
タンパク質を含む溶液を分子量の大きさの違いで分画する請求項6または7に記載のタンパク質の分画・濃縮方法。

【公開番号】特開2007−139759(P2007−139759A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−280262(P2006−280262)
【出願日】平成18年10月13日(2006.10.13)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】