説明

ダイ及びその製造方法

【課題】HIP処理によりダイ本体の母材と拡散接合されたHIP層からなるリップ部とすることにより、リップ部の組織が緻密化され、曲げ強度が大幅に改善されて、表面粗度を高精度に仕上げることができ、エッジ部が高精度のシャープエッジに仕上げられるとともに、リップ部以外のダイ流路も良好な耐食性及び耐摩耗性を有するダイを提供する。
【解決手段】ダイ本体4に形成されたダイ流路5の先端側にリップ部6,6が設けられ、ダイ流路5に供給される塗工液又は溶融樹脂をリップ部6から吐出するダイであって、リップ部6は、HIP処理により耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をダイ本体4の母材に直接拡散接合させたHIP層10によって形成され、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ本体4内壁面に硬質クロムメッキ層20が被覆されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイ本体に形成されたダイ流路の先端側にリップ部が設けられていて、前記ダイ流路に供給される塗工液又は溶融樹脂をリップ部から吐出するようにしたダイ(塗工ダイ又はTダイ)及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Tダイを用いた押出機によって製造される樹脂フィルムは、特に光学用途などに使用されるものについては厚みの偏差やスジ状の欠陥のないものが求められている。このため、溶融樹脂の流路となるダイ流路は、滞留が生じないようにその内壁面が滑らかとされると共に、特に溶融材料が吐出するリップ部は、その先端のエッジ部がシャープエッジに形成され、しかも傷や摩耗が発生しないように硬度や強度、耐摩耗性の高い材料で形成されることが望まれる。
【0003】
従来においては、ダイ流路の内壁面に溶融樹脂との摩擦を低減するための硬質クロムメッキを施す一方、リップ部には高硬度で耐摩耗性の高い超硬を例えば溶射によって被覆することが提案されている。しかし、ダイ流路内壁面に硬質クロムメッキを施すとともに、リップ部に超硬を被覆しようとすれば、リップ部の先端での硬質クロムメッキの密着性が悪いため、メッキ層にクラックが生じてしまい、成形される樹脂フィルムに傷を発生される原因となる。そのため、メッキ処理した後に、溶射予定部分のメッキ層を研削加工等により剥がしてから溶射を行うようにすると、メッキ部分と溶射部分との継ぎ目に割れ目が発生し、接続不良を起こし易く、樹脂の流動を妨げるおそれがある。また、溶射によって超硬を被覆する場合は、WCを主成分とする超硬粉末材料う溶融して吹き付けることになるので、溶射後に研削・研摩加工を施してエッジ部を仕上げる際に粉末材料の粒子の剥がれやクラックが発生し易くなる。
【0004】
そこで、リップ部を超硬合金により形成して、これをダイ本体に取り付けるようにしたTダイが従来提案されている。このように超硬合金製のリップ部をダイ本体に取り付けたTダイによれば、上記のような剥がれやクラックを生じることがなく、また高い摩耗性や耐食性、強度を得ることができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、上記のような超硬合金のリップ部材をダイ本体に取り付けた塗工ダイでは、焼結体の中に微細な気孔が残留していて、この結晶体を研削すると、ピンホールが多く見られることから、表面粗度の点で問題があって、高精度の塗布が要求されるような液晶ディスプレイパネルの製造工程などには使用することができない。また、超硬合金のリップ部材は、母材であるダイ本体に対しロウ付けや溶接によって接合されるから、接合部において溶接欠陥やロウ付け欠陥、接合強度の低下などの影響によって接合部の摩耗や変形が大きいため、上記同様に高い精度が要求される液晶ディスプレイパネルの製造工程などでの使用ができない。
【0006】
本発明は、上記の事情に鑑み、超硬合金製のリップ部材に代えて、HIP(Hot Isostatic Pressing の略称で、熱間等方圧加圧と言う)処理により任意の厚みでダイ本体の母材に粉末合金を直接拡散接合したHIP層からなるリップ部とすることによって、リップ部の組織が緻密化され、表面粗度を高精度に仕上げることができると共に、接合部の強度低下や接合欠陥の発生がなく、しかもエッジ部が高精度のシャープエッジに仕上げられ、しかも耐食性及び耐摩耗性が良好となるダイ及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための手段を、後述する実施形態の参照符号を付して説明すると、請求項1に係る発明は、ダイ本体4に形成されたダイ流路5の先端側にリップ部6,6が設けられ、前記ダイ流路5に供給される塗工液又は溶融樹脂をリップ部6から吐出するダイ1,11であって、リップ部6が、HIP処理により耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をダイ本体4の母材に直接拡散接合させたHIP層10によって形成され、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ本体4内壁面に硬質クロムメッキ層20又は無電解ニッケルメッキ層が被覆されていることを特徴とする。
【0008】
請求項2は、請求項1に記載のダイにおいて、HIP処理される合金粉末はニッケル系合金又はコバルト系合金からなることを特徴とする。
【0009】
請求項3は、請求項1又は2に記載のダイにおいて、ダイ本体4の母材は、オーステナイト/フェライトの2相系ステンレスからなることを特徴とする。
【0010】
請求項4に係る発明は、請求項1〜3の何れかに記載のダイの製造方法であって、前記リップ部6を、HIP処理により耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をダイ本体4の母材に直接拡散接合させたHIP層10によって形成し、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ本体4内壁面に硬質クロムメッキ層20又は無電解ニッケルメッキ層を被覆することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
上記解決手段による発明の効果を、後述する実施形態の参照符号を付して説明すると、請求項1に係る発明によれば、リップ部6が、HIP処理によって耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をダイ本体4の母材に任意の厚みで拡散接合させたHIP層10により形成されているから、合金粉末のHIP処理によりリップ部8の組織が緻密化され、超硬合金製焼結体のように内部に気孔が残留することがなくなり、研削やラップ時にピンホールを発生することがなく、接合部の強度低下や結合欠陥の発生もなく、リップ部6の表面粗度が大幅に改善されると共に、エッジ部をシャープエッジに仕上げることができる。また、ダイ流路5を全てHIP層10によって形成しようとした場合は、ダイの製造コストが非常に高騰することになるが、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ本体4の内壁面には、HIP処理よりはるかに安い硬質クロムメッキ層20又は無電解ニッケルメッキ層が被覆されるから、塗工液又は溶融樹脂との摩擦を低減することができながら、ダイの製造コストの軽減化が図られる。
【0012】
硬質クロムメッキは、摩擦係数が小さく非常に滑りが良好で、他の物質が付着し難く、防錆力をもったメッキであるため、溶融樹脂や塗工液との摩擦を低減し、摩擦性の強い溶融樹脂や塗工液を使用した場合でも、ダイ流路5の接液部に傷、摩耗を発生することがなく、永続的に使用することができる。また、無電解ニッケルメッキ層は、母材との密着性が良く、硬質クロムメッキ層20と同等の優れた耐摩耗性を有する。
【0013】
また、リップ部6は、合金粉末がHIP処理によってダイ本体4の母材と任意の厚さで拡散接合したHIP層10によって形成されたものであるから、超硬合金製リップ部を母材に取り付けて構成されるリップ部に比べ、母材との接合強度が格段に大きくなる。またリップ部6を形成するHIP層10は、少なくとも数ミリから数十ミリの厚さを有するから、補修研削加工することにより繰り返し使用可能である。
【0014】
請求項2に係る発明のように、HIP処理される合金粉末がニッケル系合金又はコバルト系合金からなる場合は、耐食性がより一層良好となる。
【0015】
請求項3に係る発明のように、ダイ本体の母材がオーステナイト/フェライトの2相系ステンレスからなる場合は、HIP処理によってダイ本体の母材と拡散接合する合金粉末の熱膨張率が近いため、熱膨張差に起因する曲がり変形が少なくなる。
【0016】
請求項4に係るダイの製造方法によれば、ダイ本体4のリップ部6を、HIP処理によって耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をダイ本体4の母材に任意の厚みで拡散接合させたHIP層10によって形成するから、合金粉末のHIP処理によりリップ部8の組織が緻密化され、超硬合金製焼結体のように内部に気孔が残留することがなくなり、研削やラップ時にピンホールを発生することがなく、接合部の強度低下や結合欠陥の発生もなく、リップ部6の表面粗度が大幅に改善されると共に、エッジ部をシャープエッジに仕上げることができる。またダイ流路5を全てHIP層10によって形成しようとした場合は、ダイの製造コストが非常に高騰することになるが、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ本体4の内壁面には、HIP処理よりもはるかに安い硬質クロムメッキ層20又は無電解ニッケルメッキ層を被覆するから、塗工液又は溶融樹脂との摩擦を低減することができながら、ダイの製造コストの軽減化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係るTダイを示すもので、(a) は一対のダイからなるダイ本体の一方のダイを合わせ面側から見た正面図、(b) は(a) のA−A線断面図、(c) は一対のダイを突き合わせてダイ本体を形成してなるTダイの断面図である。
【図2】(a) は本発明に係る塗工ダイを示す断面図、(b) は(a) のB−B線断面図、(c) は(a) のC−C線断面図である。
【図3】(a) 〜(d) はHIP処理を説明する説明図である。
【図4】塗工ダイの製造方法を示すもので、(a-1) は内壁面先端部にHIP層によって形成されたリップ部を有する片方のダイ素材を合わせ面側から見た正面図、(a-2) は同ダイ素材の断面図であり、(b-1) はアンダーカットされたダイ素材の正面図、(a-2) は断面図であり、(c-1) はダイ素材の内壁面のほぼ全域に硬質クロムメッキ層を被覆した状態の正面図、(c-2) はその断面図である。
【図5】(a) はHIP層と硬質クロムメッキ層とを面一にするために研削加工する研削加工ラインを示すダイ素材の断面説明図であり、(b-1) は研削加工後のダイ部材の正面図、(b-2) はその断面図であり、(c) は一対のダイ部材を互いに突き合わせて形成したダイ本体4からなる塗工ダイの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明の好適な一実施形態を図面に基づいて説明すると、図1の(c) は本発明に係るダイの一実施形態であるTダイ1を示したもので、このTダイ1は、一対のダイ部材2,3からなるダイ本体4を有し、両ダイ部材2,3間にダイ流路5が形成され、そしてダイ流路5の先端側にリップ部6,6が設けられ、ダイ流路5の後端側にはマニホールド7が設けられ、マニホールド7の中央部に溶融樹脂流入口8が設けられている。従って、このTダイ1では、流入口8から流入された溶融樹脂は、マニホールド7に一旦溜められてダイ幅方向に広げられた状態でリップ流路部9に流れ込み、先端部のリップ部6,6間を通ってリップ口17から吐出することによって膜状に押し出されるようになっている。図2の(a) は一方のダイ部材2を合わせ面側から見た正面図であり、(b) (a) のA−A線断面図である。
【0019】
このTダイ1の特徴は、各リップ部6が、耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をHIP(熱間等方圧加圧)処理によって、母材であるダイ部材2,3と拡散接合したHIP層10によって形成され、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ部材2,3の内壁面に硬質クロムメッキ層20が被覆されている点であり、このHIP層10を各図面には梨地模様で示している。
【0020】
図2は本発明に係るダイの他の実施形態である塗工ダイ11を示したもので、この塗工ダイ11は、上下一対のダイ部材2,3からなるダイ本体4を有し、両ダイ部材2,3間にはダイ流路5が設けられ、下ダイ部材3には、外部から塗工液が供給される塗工液供給路14と、この供給路14からの塗工液を一旦溜めた後、ダイ幅方向に広げるマニホールド7が設けてある。これら塗工液供給路14及びマニホールド7はダイ流路5の一部を形成するもので、ダイ流路5の先端側にはリップ部6,6が設けられる。
【0021】
両ダイ部材2,3の合わせ面には、マニホールド7の後側に対向する位置及び幅方向両端部に、基部15aと両袖部15b,15bとで平面視略コ字状に形成した厚さtのライナー15を取り付け、このコ字状ライナー15により塞がれた部分を除いて、下ダイ部材3の上面3oと上ダイ部材2の下面2oとの間には、厚さがt、幅がW1のリップ流路部9(図2の(a) 〜(c) 参照)を形成し、このリップ流路部9の先端に位置するリップ部6のリップ口17から塗工液を吐出するようになっている。
【0022】
この塗工ダイ11も、各リップ部6が、耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をHIP(熱間等方圧加圧)処理により、母材であるダイ部材2,3と拡散接合したHIP層10により形成され、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ本体4内壁面に硬質クロムメッキ層20が被覆されている点を特徴とする。このHIP層10を図2の(a) 〜(c) には梨地模様で示している。
【0023】
次に、上述したTダイ1及び塗工ダイ11のうちの塗工ダイ11の製造方法について図3〜図4を参照しながら説明する。
【0024】
図3の(a) 〜(d) はHIP処理を説明する説明図であり、図4の(a-1) は内壁面先端部に合金粉末をHIP処理して形成されたHIP層10を有する片方のダイ素材12を合わせ面側から見た正面図、(a-2) はダイ素材12の断面図であり、(b-1) はアンダーカットされたダイ素材12の正面図、(a-2) は断面図であり、(c-1) はダイ素材12の内壁面の略全域に硬質クロムメッキ層20を被覆した状態の正面図、(c-2) はその断面図である。尚、上下両ダイ素材12,13は同じ方法で製作されるため、(a-1) 〜(b-2) には、一方のダイ素材12のみ示し、他方のダイ部材13は省略している。
【0025】
ダイ素材12,13は、HIP層10の合金粉末に使用されるニッケル系合金粉末又はコバルト系合金粉末と熱膨張率の近いSUS329J1〜4(オーステナイト/フェライトの2相系ステンレス)が好ましい。
【0026】
また、材料的により安価なダイを製造するには、母材であるダイ素材12,13の材料として、SCM440系の材料を使用することにより、更にコストの低減化が図られる。また母材材料として、SCM435や440系の構造用合金鋼を使用することによって、硬質クロムメッキ処理が有効に生かされる。
【0027】
図4の(a-1) ,(a-2) に示すようにダイ素材12,13の内壁面先端部に合金粉末のHIP処理によりHIP層10を形成する方法について、図3の(a) 〜(d) を参照して説明すると、先ず図3の(a) に示すように、両ダイ素材12,13の互いの合わせ面側の夫々先端部位に形成した合金粉末用凹部31,31に、夫々耐熱性離型材が塗布された中子型32,32を収納した状態で両ダイ素材12,13を突き合わせ、この突き合わさった両ダイ素材12,13を溶接により仮止めしてカプセル33を形成し、このカプセル33の粉末供給口34より各ダイ素材12,13の合金粉末用凹部31,31に耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末35を充填し、粉末供給口34を塞ぎ板36で塞いで脱気密封し、図3の(a) に示す状態とする。
【0028】
耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末としては、ニッケル系合金粉末又はコバルト系合金粉末が使用される。ニッケル系合金粉末として好ましいものは、その構成元素比率が、ニッケル69.75重量%、クロム16.5重量%、ホウ素3.3重量%、珪素4.0重量%、炭素0.65重量%、鉄3.5重量%、モリブデン3.0重量%及び銅2.3重量%からなるものである。他の好ましいニッケル系合金粉末は、ニッケル58.2重量%、クロム18.0重量%、ホウ素3.3重量%、珪素3.7重量%、炭素0.8重量%、鉄1.5重量%、モリブデン2.5重量%及びタングステン12.0重量%からなるものである。更に他の好ましいニッケル系合金粉末は、ニッケル50.05重量%、クロム19.0重量%、ホウ素3.0重量%、珪素3.1重量%、炭素0.85重量%、鉄1.5重量%、モリブデン2.5重量%及びタングステン20.0重量%からなるものである。一方、コバルト系合金粉末として好ましいものは、その構成元素比率が、コバルト45.7重量%、クロム19.0重量%、タングステン15.0重量%、銅1.3重量%、ニッケル13.0重量%、ホウ素3.0重量%及び珪素3.0重量%からなるものである。
【0029】
それから、カプセル33を、図3の(b) に示すようにHIP(熱間等方圧加圧)装置の処理室37に入れて、例えば1300℃、1300Kgf/cm2 の高温高圧下でHIP処理を行うことにより、図3の(c) に示すように、ダイ素材12,13の夫々内壁面先端部に合金粉末が拡散接合されたHIP層10を形成する。このHIP層は、上記のような構成元素比率のニッケル系合金又はコバルト系合金からなる硬度HRC57〜72の硬質層である。
【0030】
上記のようにHIP処理によって両ダイ素材12,13の夫々内壁面先端部にHIP層10を形成したカプセル33を図3の(c) に示すように解体し、各ダイ素材12,13の中子型32を取り外した後、所要の形状となるように適宜に切断及び切削加工を施して、図3の(d) に示す状態とする。このダイ素材12,13のHIP層10部分がダイ部材2,3のリップ部6となる。尚、図3の(d) に示すダイ素材12,13と、図4の(a-1) ,(a-2) に示すダイ素材12,13とでは、形成されたHIP層10の位置関係が上下逆となっている。
【0031】
図4の(a-1) ,(a-2) に示すように内面側先端部にHIP層10を形成したダイ素材12,13には、リップ部6となるHIP層10以外のダイ素材12,13内面側に表面処理である硬質クロムメッキ処理を行うための、図4の(b-2) に示すような所要カット量wのアンダーカット処理を切断加工によって行う。図4の(b-2) には、アンダーカット部を16で示す。尚、このアンダーカット処理は、図示のように、ダイ素材12,13と境を接するHIP層10の部分も行い、従ってアンダーカット部16は、HIP層10の一部も含むものとする。アンダーカット処理におけるアンダーカット量wは、この後に行う硬質クロムメッキのメッキ層20の厚みを考慮して適宜に設定することができる。
【0032】
上記のようにアンダーカット処理を行ったダイ素材12,13の内面側全域とHIP層10の一部とにわたって硬質クロムメッキ層20が被覆されるように、硬質クロムメッキを行い、図4の(c-1) ,(c-2) に示す状態とする。メッキ層20の厚みは、この後に研削加工を行うことから、最終厚みよりも十分に厚い、例えば100μm程度とされる。この場合、ダイ素材12,13及びHIP層10のメッキ不要部分には、適宜にメッキ防止手段を施すことができる。また、ダイ素材12,13及びHIP層10の全体が硬質クロムメッキ層20で覆われるようにメッキして、後工程でメッキ不要部を研削加工等によって除去するようにすることもできる。
【0033】
こうしてダイ素材12,13の内面側全域とリップ部6を形成するHIP層10の一部とにわたって硬質クロムメッキ層20を被覆した後に、ダイ素材12,13の内面側に被覆された硬質クロムメッキ層20とHIP層10とが面一になるように研削加工を行う。図5の(a) の断面図には研削最終ラインをGで示し、このラインGまで硬質クロムメッキ層20及びHIP層10う研削することによって、図5の(b-1) ,(b-2) に示すように、ダイ素材12,13内面側の硬質クロムメッキ層20と、リップ部6を形成するHIP層10とを面一にすることができる。その後、必要に応じて鏡面研削加工や鏡面加工を行う。
【0034】
上記のようにダイ素材12,13内面側のクロムメッキ層20とリップ部6のHIP層10とを面一に仕上げた後、ダイ素材12,13全体を所要形状に切削、研削及び鏡面加工(バフを含む)することによって、塗工ダイ用の上ダイ部材2及び下ダイ部材3を形成し、また下ダイ部材3には塗工液供給路14及びマニホールド7を形成する。しかして、図5の(c) は、上ダイ部材2と下ダイ部材3とを互いに突き合わせてダイ本体4を形成すると共に、ダイ本体4内にダイ流路5を形成し、ダイ流路5の先端側のリップ部6,6を形成することによって製造された塗工ダイ11を示したものである。
【0035】
本発明の方法によってTダイ1及び塗工ダイ11を製造するのに、基本的には、図3〜図5によって説明した塗工ダイ11の製造方法の実施形態のように、ダイ素材12,13に対するHIP処理及び硬質クロムメッキ処理を行った後に、ダイ素材12,13全体の形状加工を行って、最終形状の塗工ダイ11を形成するが、HIP処理及びメッキ処理を行う前に形状加工を行ってもよい。その場合、ダイ素材12,13上へのHIP層10の残留と硬質クロムメッキ層20の残留状態を計算した上で形状加工を行う必要がある。
【0036】
上記のように硬質クロムメッキ処理の前に、HIP層20部分を含めたダイ素材の形状加工は、Tダイを製造する場合は、樹脂流動口から流出口の先端エッジまでの機械加工や研削加工を完了した後で硬質クロムメッキ処理を行う。この場合、硬質クロムメッキ層の残留量を考慮して、メッキ処理前の機械加工や研削加工を行う(図4の(b-1) ,(b-2) 参照)。硬質クロムメッキ処理後は、図5の(b-1) ,(b-2) で説明したように、硬質クロムメッキ層20とHIP層10部分とを面一に研削加工し、鏡面研削加工、鏡面ラップ加工を行えばよい。また、三次元的形状のマニホールド部や、溶融樹脂又は塗工液の流動部も、硬質クロムメッキ処理部は、バフ加工によって鏡面加工ができる。
【0037】
以上説明した本発明に係るTダイ1や塗工ダイ11によれば、ダイ本体4のリップ部6が、HIP処理によって耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をダイ本体4の母材と任意の厚みで拡散接合したHIP層10により形成されているから、合金粉末のHIP処理によりリップ部8の組織が緻密化され、超硬合金製焼結体のように内部に気孔が残留することがなくなり、研削やラップ時にピンホールを発生することがなく、接合部の強度低下や結合欠陥の発生もなく、リップ部6の表面粗度が大幅に改善されるとともに、エッジ部であるリップ部6のリップ口17を1μm単位のシャープエッジに仕上げることができる。因に、リップ部6の表面粗度は、リップ部6のエッジ部であるリップ口17でRy0.1μmに仕上げることが可能となり、またラップ仕上げにおいて更に表面粗度を細かくすることができる。
【0038】
また、仮に、ダイ本体4のダイ流路5を全てHIP層10によって形成したとすれば、ダイの製造コストが非常に高騰することになるが、本発明に係るダイ1,11のように、リップ部6のみをHIP層10によって形成し、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ本体4内壁面は、HIP処理よりもはるかに安い硬質クロムメッキで被覆するようにすることによって、ダイの製造コストの軽減化を図ることができる。
【0039】
硬質クロムメッキは、摩擦係数が小さく非常に滑りが良好で、他の物質が付着し難く、防錆力をもったメッキであるため、溶融樹脂や塗工液との摩擦を低減し、摩擦性の強い溶融樹脂や塗工液を使用した場合でも、ダイ流路5の接液部に傷、摩耗を発生することがなく、永続的に使用することができる。
【0040】
また、リップ部6は、合金粉末がHIP処理によってダイ本体4の母材と任意の厚みで拡散接合したHIP層10により形成されたものであるから、超硬合金製のものを取り付けて構成されるリップ部に比べると、母材との接合強度が格段に大きくなる。またリップ部6を形成するHIP層10は、少なくとも数ミリから数十ミリの厚さを有するものであるため、補修研削加工により繰り返し使用でき、HIP層10がなくなるまで何度でも加工できる。硬質クロムメッキ層20は、安価で復元することができる。
【0041】
以上の実施形態では、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ本体4内壁面に硬質クロムメッキ層20を被覆するようにしているが、この硬質クロムメッキ層20に代え、無電解ニッケルメッキ処理によって、リップ部6以外のダイ流路5を形成するダイ本体4内壁面にニッケルメッキ層を被覆形成してもよい。無電解ニッケルメッキ処理は、電気を使用しないでメッキする処理のことで、メッキの膜厚が均一につくため、メッキ液が浸漬していれば、複雑な形状、寸法精度を有するものに適している。この無電解ニッケルメッキ処理により形成されるメッキ層は、母材との密着性が良く、メッキ膜厚が均一となり、また硬質クロムメッキ層20と同等の優れた耐摩耗性を有し、そしてまた耐食性も優れている。
【符号の説明】
【0042】
1 塗工ダイ
2 上ダイ部材
3 下ダイ部材
4 ダイ本体
5 ダイ流路
6 リップ部
7 マニホールド
9 リップ流路部
10 HIP層
11 塗工ダイ
12,13 ダイ素材
20 硬質クロムメッキ層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイ本体に形成されたダイ流路の先端側にリップ部が設けられ、前記ダイ流路に供給される塗工液又は溶融樹脂をリップ部から吐出するダイであって、リップ部が、HIP処理により耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をダイ本体の母材に直接拡散接合させたHIP層によって形成され、リップ部以外のダイ流路を形成するダイ本体内壁面に硬質クロムメッキ層又は無電解ニッケルメッキ層が被覆されていることを特徴とするダイ。
【請求項2】
HIP処理される合金粉末はニッケル系合金又はコバルト系合金からなることを特徴とする請求項1に記載のダイ。
【請求項3】
ダイ本体の母材は、オーステナイト/フェライトの2相系ステンレスからなることを特徴とする請求項1又は2に記載のダイ。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載のダイの製造方法であって、前記リップ部を、HIP処理により耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末をダイ本体の母材に直接拡散接合させたHIP層によって形成し、リップ部以外のダイ流路を形成するダイ本体内壁面に硬質クロムメッキ層又は無電解ニッケルメッキ層を被覆することを特徴とするダイの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−20434(P2012−20434A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−158596(P2010−158596)
【出願日】平成22年7月13日(2010.7.13)
【出願人】(507050001)平井工業株式会社 (8)
【Fターム(参考)】