説明

チタン系金属材料用電解エッチング液およびチタン系金属製品の製造方法

【課題】チタン系金属材料を高精度かつ高い安全性をもって加工し得る手段を提供すること。
【解決手段】下記一般式(I)で表される化合物ならびにアルカリ金属塩化物および/またはアルカリ土類金属塩化物を含むチタン系金属材料用電解エッチング液。前記電解エッチング液を使用する凹部および/または貫通孔を有するチタン系金属製品の製造方法。


(式中、Rは水素原子またはメチル基であり、nは1〜3の範囲の整数である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタンおよびチタン合金等のチタン系金属材料用電解エッチング液および前記電解エッチング液を用いる凹部および/または貫通孔を有するチタン系金属製品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタンおよびチタン合金等のチタン系金属材料は、耐食性や比強度(強さ/比重)に優れるため、半導体デバイス等の電子機器や光学機器、化学機器など広い分野で使用されている。更に、上記の特性に加えて生体適合性の観点から、治療や生体情報計測のためのインプラント(埋入)用デバイス材料としても注目を集めている。
【0003】
一般に、チタン系金属材料は加工性が悪く、微細形状加工が困難な材料として知られている。従来、このように難加工材料であるチタン系金属材料の加工方法としては、ドライエッチングおよびケミカルエッチングが用いられてきた(特許文献1および2参照)。
【特許文献1】特開2002−146562号公報
【特許文献2】特開2005−320608号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、レーザー、電子ビーム、プラズマ等を使用するドライエッチングは、熱によって加工面が変性するおそれがあり、しかも高コストであるという問題点がある。
【0005】
一方、チタン系金属材料のケミカルエッチングにおいて広く使用されているフッ酸系エッチング液は取り扱いが容易ではなく安全性において問題がある。また、ケミカルエッチングは、エッチング量等の加工条件の制御が容易ではない。
【0006】
そこで、本発明の目的は、チタン系金属材料を高精度かつ高い安全性をもって加工し得る手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成する手段は、以下の通りである。
[1] 下記一般式(I)で表される化合物ならびにアルカリ金属塩化物および/またはアルカリ土類金属塩化物を含むチタン系金属材料用電解エッチング液。
【0008】
【化1】

(式中、Rは水素原子またはメチル基であり、nは1〜3の範囲の整数である。)
[2] 前記化合物は、エチレングリコール、ジエチレングリコール、およびプロピレングリコールからなる群から選ばれる少なくとも一種である[1]に記載の電解エッチング液。
[3] 前記アルカリ金属塩化物は、塩化ナトリウム、塩化リチウムおよび塩化カリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種である[1]または[2]に記載の電解エッチング液。
[4] 前記アルカリ土類金属塩化物は、塩化カルシウムおよび塩化ストロンチウムからなる群から選ばれる少なくとも一種である[1]〜[3]のいずれかに記載の電解エッチング液。
[5] チタン系金属材料の表面にレジストを塗布する工程と、
前記レジストにフォトマスクを介して露光し、パターン部を形成する工程と、
前記パターン部またはパターン部以外のレジストを除去することにより、チタン系金属材料表面の一部を露出させる工程と、
前記露出した表面を腐食させることにより、凹部および/または貫通孔を形成する工程と、
前記チタン系金属材料表面上のレジストを除去する工程と
を含む、凹部および/または貫通孔を有するチタン系金属製品の製造方法であって、
前記露出した表面の腐食を、前記チタン系金属材料を陽極とし、[1]〜[4]のいずれかに記載の電解エッチング液を電解液として電解処理することにより行うことを特徴とする、前記製造方法。
[6] 前記電解処理は、電解エッチング液を攪拌することならびに/または前記エッチング液および/もしくは金属材料を振動させることを含む、[5]に記載の製造方法。
[7] 前記攪拌および/または振動は、電解を一旦休止して行われる、[6]に記載の製造方法。
[8] 前記電解処理において、第一の電解処理と、第一の電解処理における極間電圧とは異なる極間電圧において行う第二の電解処理とを含む二段階電解工程を少なくとも1回行う、[5]〜[7]のいずれかに記載の製造方法。
[9] 前記第二の電解処理は、第一の電解処理における極間電圧より低い極間電圧において行われる、[8]に記載の製造方法。
[10] 前記第一の電解処理は、15〜40Vの範囲の極間電圧において行われる、[9]に記載の製造方法。
[11] 前記第二の電解処理は、3〜15Vの範囲の極間電圧において行われる、[9]または[10]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、難加工材料であるチタン系金属材料を高精度に加工し、凹部および/または貫通孔を有するチタン系金属製品を製造することができる。
更に、本発明の電解エッチング液は、劇毒物を含まず引火性もない安全性に優れるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について更に詳細に説明する。

[チタン系金属材料用電解エッチング液]
本発明のチタン系金属材料用電解エッチング液は、下記一般式(I)で表される化合物ならびにアルカリ金属塩化物および/またはアルカリ土類金属塩化物を含む。
【0011】
【化2】

(式中、Rは水素原子またはメチル基であり、nは1〜3の範囲の整数である。)
【0012】
本発明の電解エッチング液は、安全性の高いアルカリ金属塩化物および/またはアルカリ土類金属を溶質として、非引火性のグリコール系化合物を溶媒として含むため、きわめて安全性に優れ、更に、取り扱いが容易であるという利点を有する。
【0013】
一般式(I)中、Rは水素原子またはメチル基であり、水素原子であることが好ましい。また、一般式(I)中、nは1〜3、好ましくは1〜2の範囲の整数である。
【0014】
本発明の電解エッチング液を用いて電解処理することにより、金属材料がエッチングされるメカニズムを、以下に説明する。
本発明の電解エッチング液を用いて電解処理を行うと加工面に固体皮膜と液体の粘液(粘液膜)が生成される。固体皮膜の生成は、エッチング(金属除去)を阻害し、粘液は、エッチングに寄与するとともに、加工面の酸化(固体皮膜の生成)を抑える作用があると考えられる。加工面の酸化はエッチングの妨げとなるが、粘液が所定期間加工面上に保持されれば、加工面の酸化が抑制され、エッチングが良好に進行すると考えられる。そのため、前記一般式(I)で表わされる化合物は、上記粘液が所定期間加工面上に保持される程度の適度な粘性および比重を有することが好ましい。更に、前記一般式(I)で表わされる化合物は、使用する溶質(アルカリ金属塩化物および/またはアルカリ土類金属塩化物)を良好に溶解できるものであることが好ましい。以上の観点から、前記一般式(I)で表わされる化合物は、好ましくは、エチレングリコール、ジエチレングリコール、またはプロピレングリコールであり、最も好ましくはエチレングリコールである。なお、本発明では、前記一般式(I)で表わされる化合物の二種以上を併用することも可能である。
【0015】
前記アルカリ金属塩化物は、好ましくは、塩化ナトリウム、塩化リチウムおよび塩化カリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種であり、安全性、入手の容易性等を考慮すると、塩化ナトリウムであることが最も好ましい。また、前記アルカリ土類金属塩化物は、塩化カルシウムおよび塩化ストロンチウムからなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。また、本発明では、二種以上のアルカリ金属塩化物、アルカリ土類金属塩化物を併用することも可能である。
【0016】
本発明の電解エッチング液におけるアルカリ金属塩化物、アルカリ土類金属塩化物の濃度は、使用する塩化物の溶解度および溶液の粘度を考慮して設定することが好ましい。前記一般式(I)で表わされる化合物としてエチレングリコールを使用する場合、塩化ナトリウム、塩化カリウムの濃度は、例えばエチレングリコール1Lに対して20g〜75g、好ましくは40g〜75g、最も好ましくは60g〜75gとすることができる。一方、塩化リチウムの場合には、例えば、エチレングリコール1Lに対して20g〜150g、好ましくは40g〜150g、最も好ましくは60g〜130gとすることができる。また、塩化カルシウムの場合には、例えば、エチレングリコール1Lに対して20g〜150g、好ましくは40g〜150g、最も好ましくは60g〜110g、塩化ストロンチウムの場合には、例えば、エチレングリコール1Lに対して20g〜180g、好ましくは40g〜180g、最も好ましくは、60g〜160gとすることができる。また、一般式(I)で表わされる化合物として、エチレングリコール以外のものを使用する場合には、前記塩化物の濃度は飽和に近い濃度とすることが好ましい。
【0017】
本発明の電解エッチング液は、無水系電解エッチング液であることができる。本発明の電解エッチング液は、一般式(I)で表わされる化合物以外の溶媒を、例えば粘性調整のために含むこともできる。混合可能な溶媒としては、低粘性のアルコール、具体的には、エタノール、プロパノールを挙げることができる。但し、その場合、溶媒のうち60質量%以上が前記一般式(I)で表わされる化合物であることが好ましい。また、安全性の観点から、本発明の電解エッチング液は、前記一般式(I)で表わされる化合物とアルカリ金属塩化物および/またはアルカリ土類金属塩化物からなるものであることが好ましい。
【0018】
本発明の電解エッチング液は、チタン系金属材料を電解エッチングするために用いられる。チタン系金属材料は、純チタンまたはチタン合金であることができる。チタン系金属の具体例としては、純チタン;Ti−15Mo、Ti−5Al−2.5Sn、Ti−6Al−4V ELI、Ti−6Al−4V、Ti−6Al−7Nb、Ti−15Mo−5Zr、Ti−5Al−3Mo−4Zr、Ti−13Nb−13Ta、Ti−12Mo−6Zr−2Fe、Ti−15Zr−4Nb−2Ta−0.2Pd、Ti−35.3Nb−5.1Ta−4.6Zr、Ti−29Nb−13Ta−4.6Zr、Ti−15Sn−4Nb−2Ta−0.2Pd、その他Tiを多量に含む合金等が挙げられる。
【0019】
[チタン系金属製品の製造方法]
更に、本発明は、
チタン系金属材料の表面にレジストを塗布する工程(以下、「第一工程」という)と、
前記レジストにフォトマスクを介して露光し、パターン部を形成する工程(以下、「第二工程」という)と、
前記パターン部またはパターン部以外のレジストを除去することにより、チタン系金属材料表面の一部を露出させる工程(以下、「第三工程」という)と、
前記露出した表面を腐食させることにより、凹部および/または貫通孔を形成する工程(以下、「第四工程」という)と、
前記チタン系金属材料表面上のレジストを除去する工程(以下、「第五工程」という)と
を含む、凹部および/または貫通孔を有するチタン系金属製品の製造方法であって、
前記露出した表面の腐食を、前記チタン系金属材料を陽極とし、本発明の電解エッチング液を電解液として電解処理することにより行うことを特徴とする、前記製造方法
に関する。本発明のチタン系金属製品の製造方法では、本発明の電解エッチング液を用いて電解エッチングを行うことにより、凹部および/または貫通孔を形成する。
以下、本発明のチタン系金属製品の製造方法を、図1に基づき説明する。
【0020】
図1は、本発明のチタン系金属製品の製造方法の概略を示す説明図である。
まず、チタン系金属材料の表面にレジストを塗布する(第一工程:図1(a))。次いで、前記レジスト上にフォトマスクを介して露光することにより、該レジスト上にフォトマスクのパターンを転写する(第二工程:図1(b))。その後、前記パターンが転写されたレジストの一部を除去することにより、チタン系金属材料表面の一部を露出させる(第三工程:図1(c))。
第一工程、第二工程、第三工程は、電解エッチングにおいて広く用いられている公知のフォトリソグラフィー技術を用いて行うことができる。
【0021】
本発明では、レジストとしては、公知のレジストを用いることができる。特に、チタン系金属材料への付着性のよいものを用いることが好ましい。レジストは、金属材料の片面のみに塗布してもよいが、貫通孔を形成する場合は金属材料の両面にレジストを塗布し、上下面に同一のパターンを形成することが好ましい。電解エッチングでは、エッチングが内部に進むに従い径が小さくなる傾向がある。そのため、均一な径の貫通孔を形成するためには、上下面に同一のパターンを形成し、金属材料の両面からエッチングを行うことが好ましい。なお、レジストを一方の面のみに塗布する場合は、電解処理において他の面がエッチングされることがないように、非導電性マスキング等の公知の非導電性処理を行えばよい。
【0022】
第二工程では、光源としては、紫外線等の使用するレジストに応じた光源を用いることができる。第二工程により、レジスト上にフォトマスクのパターンが転写され、パターン部が形成される。なお、フォトマスクにより露光が遮られた未露光部分が、パターン部となる。
【0023】
その後、パターン部(未露光部分)またはパターン部以外(露光部)のレジストを除去し、金属材料表面の一部を露出させる。レジストの除去は、公知の現像方法により行うことができる。現像液は、使用するレジストに応じて適宜選択すればよい。レジストとしてポジ型レジストを使用した場合は、露光した部分のレジストが現像により除去され、ネガ型レジストを使用した場合は、未露光部分のレジストが現像により除去される。
以上の工程により、凹部および/または貫通孔を形成したい位置において金属材料表面を露出させることができる。
【0024】
次に、第四工程について説明する。
第四工程は、露出した表面を腐食させることにより、凹部および/または貫通孔を形成する工程である(図1(d))。この工程において、前記露出した表面の腐食を、前記チタン系金属材料を陽極とし、本発明の電解エッチング液を電解液として電解処理することにより行う。具体的には、第三工程において表面の一部を露出させた金属材料を陽極とし、該陽極と陰極との間に、本発明の電解エッチング液を配置して電解処理を行うことができる。より具体的には、陽極と陰極を電解エッチング液中に浸漬して電解処理を行うことができる。本工程において、露出した表面を腐食し、深さ方向に金属を除去することにより、凹部、更には貫通孔を形成することができる。
【0025】
陰極の材料は、電解エッチング液の組成等に応じて適宜選択できる。陰極の材料としては、例えば、チタン、白金、ステンレス、銅などを挙げることができ、陽極での析出の弊害を防ぐためには、チタンであることが好ましい。また陰極の形状については特に制限はなく、加工する金属材料の形状に応じて、電流が均一に流れるような形状にすることが好ましく、例えば、平板状とすることができる。
【0026】
電解処理は、公知の方法で行うことができ、電解条件は、加工対象の金属材料および所望の凹部、貫通孔の形状(直径、深さ等)に応じて適宜設定することができる。例えば、極間電圧は3〜40V、電流密度は、5〜800mA/cm2とすることができる。電解処理時間は、金属材料の厚さおよび所望の凹部、貫通孔の形状等に応じて設定すればよく、例えば5〜120分間とすることができる。また、エッチング速度が過度に速いとエッチング面が粗くなり表面性が劣化するおそれがある。また、エッチング速度を上げれば貫通孔形成に要する時間は短縮されるが、得られる貫通孔の真円度が低下したり、孔径がばらつくおそれがある。そこで、本発明では、表面性、真円度等を考慮し、エッチング速度が2μm/分以下(より好ましくは0.5〜1μm/分)となるように、電解条件を設定することが好ましい。
【0027】
電解処理を行う際の電解エッチング液の温度は、例えば常温(室温)程度とすることができる。液温を上げるとエッチング速度を上げることはできるが、エッチング速度が過度に高いと表面性や真円度の劣化、孔径のばらつきが生じるおそれがある。また、液温が高くなるほど、液の粘度は低下するため、液温が過度に高いと前述の粘液が加工面上に保持されずエッチングが良好に進行しないおそれがある。そこで、本発明では、電解エッチング液の温度を0〜35℃の範囲とすることが好ましい。より好ましくは20〜30℃の範囲である。
【0028】
電解エッチングでは、加工面にくぼみができ、それが徐々に深くなっていくことによりエッチングが進行し、凹部、更には貫通孔が形成される。電解処理中、このくぼみに先に説明した粘液が溜まっていくが、粘液は高抵抗であるため、粘液が厚くなり過ぎると電気が流れにくくなり、電解処理が良好に進行しなくなるおそれがある。
そこで、本発明では、電解処理において、液を攪拌するか、または液および/もしくは金属材料を振動させることにより、くぼみに溜まった粘液をエッチング液中に拡散させることが好ましい。これにより、粘液が過度に厚くなり電解処理の妨げとなることを防ぐことができる。液の攪拌ならびに液および金属材料の振動は、マグネチックスターラー、超音波処理等の公知の方法で行うことができる。攪拌および振動の条件(回数、時間等)は、粘液を拡散させ得るように液の粘度、容量、くぼみの大きさなどを考慮し適宜設定すればよい。
【0029】
本発明では、電解を休止することなく全工程を連続して行うことができるが、粘液を効率的に除去するためには前記攪拌および振動は、電解を一旦休止して行うことが好ましい。
【0030】
電解エッチングでは、極間電圧が高いほどエッチング(金属除去)速度が速くなり、短時間でエッチングを行うことができる。しかし、高電圧・高電流密度での電解処理でエッチングを行うと、熱、温度、先に説明した固体皮膜等が不均一になり易く、気泡も発生する。このような発熱や温度、皮膜等の不均一性と気泡の発生がエッチング面を覆っている粘液の層を破壊し、酸化防止効果が得られずに、エッチング面の表面性(平滑性、光沢度等)を低下させるおそれがある。また、気泡がくぼみに滞留すると、その部分は電解されないので、エッチング(金属除去)が不均一に進行し、形状精度を悪化させるおそれがある。
一方、比較的低電圧・低電流密度で電解処理を行うと、優れた表面性および形状精度を有する凹部および/または貫通孔を形成することができるが、長時間を要する。また、比較的低電圧・低電流密度で電解処理を行った場合も、一旦表面に固体皮膜が形成される。この固体皮膜は、通常自然に剥離するが、エッチング面に滞留する場合がある。このような固体皮膜の滞留は、エッチングの進行を阻害するため、エッチング面が不均一となる原因となる。
そのため、優れた表面性と形状精度を有するエッチング加工を行うためには、超音波処理、電解エッチング液の攪拌等の皮膜除去工程を行う必要がある。
【0031】
そこで、本発明では、エッチング時間短縮とエッチング面の表面性向上およびエッチング加工形状精度向上を同時に達成するため、チタン系金属材料(陽極)と陰極との間に電解エッチング液を配置し(例えば両電極を電解エッチング液に浸漬し)、第一の電解処理と、第一の電解処理における極間電圧とは異なる極間電圧において行う第二の電解処理とを含む二段階電解工程を少なくとも1回行うことが好ましい。更に、第二の電解処理は、第一の電解処理における極間電圧より低い極間電圧において行うことが好ましい。具体的には、15〜40Vの範囲の極間電圧で高電圧電解処理を行い、次いで、前記高電圧電解処理での極間電圧より低い極間電圧であって、3〜15Vの範囲の極間電圧で低電圧電解処理を行うことが好ましい。ここで、「極間電圧」とは、陽極(被加工物)と陰極(電極)の間の電圧をいう。
【0032】
前述のように、異なる極間電圧における電解処理を組み合わせることにより、表面性および形状精度に優れたエッチング面を、短時間で得ることができる。この点について、より詳細に説明する。
本発明におけるチタン系金属材料の電解処理においては、固体皮膜(酸化皮膜)を形成する反応とチタンを電解エッチング液中に溶出し粘液を生成する反応とが進行していると考えられる。陰極と陽極(被加工物)に電圧を加えると、陽極面に粘液膜が生じ、電圧を加えた直後(初期)には、この粘液膜は薄いため、粘液の持つ酸化防止効果が十分機能せず、固体皮膜(酸化皮膜)の生成が進行する。一方、時間が経ち粘液膜が十分厚くなると、粘液の持つ酸化防止効果が効果的に機能し、固体皮膜(酸化皮膜)の生成が抑制され、チタンの溶出反応(粘液生成)が優位に進行し、エッチング(金属除去)効果が現れる。更に、この溶出反応は、先に生成した固体皮膜を剥離する効果も持つ。つまり、チタン系金属材料の電解エッチングは、粘液膜に覆われた内部で効果的に進行すると考えられる。
高電圧電解処理において短時間で粘液膜の生成と固体皮膜の剥離を行い、発熱等により粘液膜が破壊される現象が現れる前に、低電圧電解処理に切り替えることで、高電圧電解処理で剥離しきれなかった固体皮膜を剥離し、そして粘液膜内部での均一なチタン溶出反応を進行させることができる。低電圧電解処理では、エッチング(金属除去)効果のある反応は穏やかにしか進行しないが、エッチング面の発熱と放熱等が平衡し、時間が経っても均一な電解反応が保たれるため、表面性および形状精度に優れたエッチング面を得ることができる。このように、高電圧電解処理と低電圧電解処理とを組み合わせることにより、短時間で優れた表面性および形状精度を有する凹部および/または貫通孔を形成することができる。
【0033】
なお、前述のように高電圧電解処理では気泡が発生することがあり、また、低電圧電解処理でも、部分的に気泡が発生することがある。先に説明したように、気泡はエッチングの妨げとなるおそれがある。前述のように液を攪拌または液および/もしくは金属材料を振動させることは、気泡を除去しエッチングを良好に進行させるためにも効果的である。また、前記攪拌および振動は、電解処理で生じた加工面近傍の熱を放出する効果もあると考えられる。
【0034】
前記高電圧電解処理における極間電圧は、15〜40Vの範囲であることができ、好ましくは20〜35V、特に好ましくは20〜25Vの範囲である。極間電圧が40V以下であれば、エッチング面の表面性および形状精度を良好に保つことができる。一方、極間電圧が15V以上であれば、加工時間の短縮が可能である。
【0035】
前記低電圧電解処理における極間電圧は、前記高電圧電解処理における極間電圧より低い極間電圧であって、3〜15Vの範囲であることができ、好ましくは6〜10V、特に好ましくは6〜8Vの範囲である。低電圧電解処理での極間電圧が上記範囲内であれば、良好なエッチングを行うことができる。
【0036】
前記高電圧電解処理における電流密度は、例えば80〜800mA/cm2の範囲とすることができる。好ましくは100〜500mA/cm2、特に好ましくは150〜300mA/cm2の範囲である。一方、前記低電圧電解処理における電流密度は、例えば5〜80mA/cm2の範囲とすることができる。好ましくは10〜60mA/cm2、特に好ましくは15〜35mA/cm2の範囲である。電解処理における電流密度は、印加する電圧を調整することにより所望の値に設定することができる。なお、前記電流密度は、電圧印加直後の電流密度をいうものとする。
【0037】
前記高電圧電解処理では、短時間で金属を除去(エッチング)することができるが、過度に長い時間行うと表面性および形状精度を劣化させるおそれがある。よって、前記電圧電解工程は、10秒〜5分間行うことが好ましく、30秒〜2分間行うことがより好ましい。一方、前記低電圧電解処理は、長時間行ってもエッチング面に悪影響を与えることはないが、短時間で加工を行うという観点から、例えば、3〜30分間、好ましくは10〜20分間行うことができる。
【0038】
本発明では、前記二段階電解工程の繰り返し回数は、加工対象の金属材料の厚さ等に応じて適宜設定すれよい。但し、表面性および形状精度に優れたエッチング面を得るためには、2回以上繰りかえすことが好ましい。本発明では、高電圧電解処理と低電圧電解処理のサイクルを、例えば、2回以上、好ましくは3回以上行うことができる。前記繰り返し回数は、エッチング速度と表面性および形状精度のバランスを考慮し、適宜設定することが好ましい。
【0039】
次いで、第四工程における凹部および/または貫通孔形成終了後、金属材料表面に残存しているレジストを除去する(第五工程:図1(e))。レジスト除去は、使用するレジストに応じたレジスト剥離液やアセトン等の溶媒を用いて公知の方法で行うことができる。
以上の工程により、凹部および/または貫通孔を有するチタン系金属製品を得ることができる。
【0040】
本発明は、チタン系金属材料が適用される様々な金属製品、例えば半導体デバイス等の電子機器、光学機器、化学機器、治療や生体情報計測のためのインプラント(埋入)用デバイス材料に適用可能である。具体的には、前記金属製品は、薄板に溝や孔が形成されている部品、例えば、エンコーダ用光学スリット、アパーチャー等であることができる。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例に基づき更に説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0042】
電解エッチング試料
純チタン板(100mm×100mm、厚さ0.05mm)の両面にレジスト(富士ハントエレクトロニクステクノロジー(株)、SC450、膜厚3μm)を塗布した。次いで、フォトマスクを介して露光した後、現像を行い、両面に図2に示すφ0.5(ピッチ1.0mm)、φ0.2(ピッチ0.4mm)、φ0.1(ピッチ0.2mm)、φ0.08(ピッチ0.16mm)、φ0.05(ピッチ0.10mm)の孔パターン10列を形成し、1列ずつ切断し、それぞれを電解エッチング試料として使用した。
【0043】
電解エッチング装置
電解エッチング装置の構成を、図3に示す。
電源は、直流電源((株)エー・アンド・ディ、AD−8723、0〜30V)を用いた。電解エッチング槽には、ガラス製の角型容器(100mm×100mm×100mm)を用い、電極(陰極は純チタン板(厚さ0.2mm)、陽極は上記電解エッチング試料)を対向する位置に、容器側面に沿わして配置した。
【0044】
評価方法
(1)貫通確認
光学顕微鏡GX71(オリンパス光学工業)で電解エッチング部分を観察し、貫通の成否を確認した。
(2)表面品質
電子顕微鏡SE−2150(日立製作所)で電解エッチング加工面の表面品質の観察を行った。
(3)エッチング速度
厚さ0.05mmの電解エッチング試料について貫通に要した時間から、エッチング速度(単位時間あたりの除去量;μm/min)を求めた。
【0045】
[例1]
エチレングリコール600mlに塩化ナトリウム40gを溶解して電解エッチング液を調製し、液温20℃に調整した。この電解エッチング液を用いて、図2に示す電解エッチング装置を用いてエッチング試料を、「極間電圧20V、1分間電解処理→極間電圧7.5V、9分間電解処理→電解休止、液攪拌」のプロセスを繰り返して電解処理を行った。
このプロセスを7回繰り返した後、目視でφ0.5の孔の貫通が確認されたので電解処理を終了した。レジスト除去後、試料を光学顕微鏡で観察したところ、φ0.5〜φ0.05の全ての孔の貫通が確認された。処理後のφ0.1の孔のSEM写真を図4に示す。上記電解エッチング液、電解プロセスにより、エッチング速度0.36μm/minで高品位な(滑らかな)加工面を持つ貫通孔が電解エッチング加工できたことが確認された。
【0046】
[例2]
例1と同組成の電解エッチング液を液温35℃に調整し、例1と同様の電解エッチング装置を用いて、「極間電圧20V、1分間電解処理→極間電圧7.5V、9分間電解処理→電解休止、液攪拌」のプロセスを繰り返して電解処理を行った。
このプロセスを4回繰り返した後、目視でφ0.5の孔の貫通が確認されたので処理を終了した。処理後の試料を光学顕微鏡で観察したところ、φ0.5〜φ0.08の孔の貫通が確認された。上記電解プロセスにより、エッチング速度0.63μm/minで貫通孔が電解エッチング加工できたことが確認された。
【0047】
[例3]
例1と同様の電解エッチング液(液温20℃)および電解エッチング装置を用いて、「極間電圧20V、1分間電解処理→電解休止、液攪拌」のプロセスを繰り返して電解処理を行った。
このプロセスを25回繰り返した後、目視でφ0.5の孔の貫通が確認されたので処理を終了した。処理後の試料を光学顕微鏡で観察したところ、φ0.5〜φ0.08の孔の貫通が確認された。上記電解プロセスにより、エッチング速度1μm/minで貫通孔が電解エッチング加工できたことが確認された。
【0048】
[例4]
例1と同様の電解エッチング液(20℃)および電解エッチング装置を用いて、「極間電圧20V、1分間電解処理→液攪拌」のプロセスを20回繰り返した後、極間電圧20Vで1分間、次いで極間電圧7.5Vで14分間電解処理を行った。
処理後の試料を光学顕微鏡で観察したところ、φ0.5〜φ0.08の孔の貫通が確認された。上記電解プロセスにより、エッチング速度0.71μm/minで貫通孔が電解エッチング加工できたことが確認された。
【0049】
[例5]
エチレングリコール400mlとエタノール200mlを混合した液体に塩化ナトリウム25gを溶解して電解エッチング液を調製し、液温20℃に調整した。この電解エッチング液を用いて、例1と同様の電解エッチング装置を用いて、「極間電圧20V、1分間電解処理→極間電圧7.5V、9分間電解処理→電解休止、液攪拌」のプロセスを繰り返して電解処理を行った。
このプロセスを3回繰り返した後、目視でφ0.5の孔の貫通が確認されたので処理を終了した。処理後の試料を光学顕微鏡で観察したところ、φ0.5〜φ0.08の孔の貫通が確認された。上記電解エッチング液、電解プロセスにより、エッチング速度0.83μm/minで比較的高品位な(滑らかな)加工面を持つ貫通孔が電解エッチング加工できたことが確認された。
【0050】
[例6]
例1と同組成の電解エッチング液を液温50℃に調整し、例1と同様の電解エッチング液および電解エッチング装置を用いて、「極間電圧20V、1分間電解処理→電解休止、液攪拌」のプロセスを繰り返して電解処理を行った。
このプロセスを6回繰り返した後、目視でφ0.5の孔の貫通が確認されたので処理を終了した。処理後の試料を光学顕微鏡で観察したところ、φ0.5〜φ0.08の孔の貫通が確認された。処理後のφ0.1の孔のSEM写真を図5に示す。エッチングレート4.2μm/minで貫通孔が電解エッチング加工できたことが確認された。
【0051】
例2は、例1よりも液温を上げた例である。また、例1が、高電圧による電解処理と低電圧による電解処理を組み合わせた例であるのに対し、例3は、高電圧のみにより電解処理を行った例である。例2および例3は、例1よりも貫通孔形成に要する時間を短縮することはできた。但し、表面品質を観察したところ、例1で形成した貫通孔は、例2および例3で形成した貫通孔よりも平滑性が高く高品位であった。
また、例5は、電解エッチング液の粘性を低下させるためにエタノールを添加した例である。例5は、例1と比べてエッチング速度は速かったが、形成した貫通孔の表面品質を観察したところ、例1で形成した貫通孔と比べて表面品質は低下した。
また、例6は、例1と比べ液温が高く、電圧が高いためエッチング速度は速かった。但し、図4と図5との比較からわかるように、例1で形成した孔は、例6で形成した孔と比べて真円度が高く、また孔径のバラツキも少なかった。
以上の結果から、電解エッチング液の組成液温および電解条件は、所望の品質と加工時間等を考慮して設定すべきであることがわかる。
また、例3は、高電圧による電解処理と液攪拌を繰り返した例であるのに対し、例4は、高電圧による電解処理と液攪拌を繰り返した後に、高電圧による電解処理と低電圧による電解処理を行った例である。表面品質を観察したところ、例4で形成した貫通孔は、例3で形成した貫通孔よりも平滑性が高く高品位であった。この結果から、「高電圧電解処理→液攪拌」のプロセスの後に「高電圧電解処理→低電圧電解処理」を組み合わせることにより、表面品質を改善できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、電子機器、光学機器、化学機器、治療や生体情報計測のためのインプラント(埋入)用デバイス材料等のチタン系金属材料が使用される各種分野に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明のチタン系金属製品の製造方法の概略を示す説明図である。
【図2】電解エッチング試料の説明図である。
【図3】電解エッチング装置の構成を示す。
【図4】例1における処理後のφ0.1の孔のSEM写真である。
【図5】例6における処理後のφ0.1の孔のSEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表される化合物ならびにアルカリ金属塩化物および/またはアルカリ土類金属塩化物を含むチタン系金属材料用電解エッチング液。
【化1】

(式中、Rは水素原子またはメチル基であり、nは1〜3の範囲の整数である。)
【請求項2】
前記化合物は、エチレングリコール、ジエチレングリコール、およびプロピレングリコールからなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1に記載の電解エッチング液。
【請求項3】
前記アルカリ金属塩化物は、塩化ナトリウム、塩化リチウムおよび塩化カリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1または2に記載の電解エッチング液。
【請求項4】
前記アルカリ土類金属塩化物は、塩化カルシウムおよび塩化ストロンチウムからなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1〜3のいずれか1項に記載の電解エッチング液。
【請求項5】
チタン系金属材料の表面にレジストを塗布する工程と、
前記レジストにフォトマスクを介して露光し、パターン部を形成する工程と、
前記パターン部またはパターン部以外のレジストを除去することにより、チタン系金属材料表面の一部を露出させる工程と、
前記露出した表面を腐食させることにより、凹部および/または貫通孔を形成する工程と、
前記チタン系金属材料表面上のレジストを除去する工程と
を含む、凹部および/または貫通孔を有するチタン系金属製品の製造方法であって、
前記露出した表面の腐食を、前記チタン系金属材料を陽極とし、請求項1〜4のいずれか1項に記載の電解エッチング液を電解液として電解処理することにより行うことを特徴とする、前記製造方法。
【請求項6】
前記電解処理は、電解エッチング液を攪拌することならびに/または前記エッチング液および/もしくは金属材料を振動させることを含む、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記攪拌および/または振動は、電解を一旦休止して行われる、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記電解処理において、第一の電解処理と、第一の電解処理における極間電圧とは異なる極間電圧において行う第二の電解処理とを含む二段階電解工程を少なくとも1回行う、請求項5〜7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記第二の電解処理は、第一の電解処理における極間電圧より低い極間電圧において行われる、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記第一の電解処理は、15〜40Vの範囲の極間電圧において行われる、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記第二の電解処理は、3〜15Vの範囲の極間電圧において行われる、請求項9または10に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−186776(P2007−186776A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−7700(P2006−7700)
【出願日】平成18年1月16日(2006.1.16)
【出願人】(591267855)埼玉県 (71)
【出願人】(000142713)株式会社健正堂 (2)
【Fターム(参考)】