説明

バイフォーカルレンズのコーティング方法

【課題】 界面活性剤の添加量を単焦点レンズの外観不良が抑制される量に調整した単焦点レンズ用コーティング組成物を用いて、バイフォーカルレンズに、たるみ等の欠陥のない平滑性に優れたハードコート膜を形成しうるコーティング方法を提供すること。
【解決手段】 バイフォーカルレンズにハードコート膜を形成するにあたり、単焦点レンズ用ハードコート組成物を用い、ディッピングスピード50〜100mm/minでコーティングを行うことを特徴とするバイフォーカルレンズのコーティング方法である。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、ディップ法によりバイフォーカルレンズにハードコート膜を形成する方法に関し、詳しくはバイフォーカルレンズにおけるハードコート膜の平滑性を実現できるコーティング方法に関する。
【0002】
【従来の技術】樹脂製レンズは、ガラスレンズに比較して、安全性、加工性、ファッション性などにおいて優れているものの、傷がつきやすい。そのためレンズ表面にハードコート膜を形成し、耐擦傷性を与えることが行われている。このハードコート膜の形成方法としては、液状物質を塗布硬化させる方法が一般的に知られており、塗布方法としては、スピン法、ディップ法などがある。このうちディップ法によりハードコート膜を形成する際に発生する不良原因の一つに、たるみがある。このたるみ不良は、垂直にしたレンズに塗布する時、乾燥中に塗液の層が部分的に下方に流れて厚さの不均一を引き起こすことにより発生する。さらに、この現象は、塗液の流動性が悪い時に起こりやすい。この現象を緩和する目的で、通常はレベリング剤の添加が行われている。
【0003】しかしながら、バイフォーカルレンズにおいては、小玉部の曲率が異なることから、たるみが発生しやすくなるという問題がある。これは平滑性が不十分なために起こるのであって、対策として界面活性剤の添加量を増量すれば、たるみは解決できるが、レンズとレンズホルダー治具の間隙に液状の膜が張りやすくなり、これが割れて液ハネとなってしまい、外観を損ねる。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】上記のように、ハードコート膜の外観を整える目的で添加される界面活性剤は、単焦点レンズでは外観不良であるたるみを抑制し、塗膜面の平滑性を向上させる効果を持っている。しかし、バイフォーカルレンズにおいては、単焦点レンズ用に調整された添加量では界面活性剤量が不充分となり、たるみが発生してしまう。そこで添加量をバイフォーカルレンズのたるみが発生しなくなるまで増量すると、たるみ不良はなくなるものの、今度は治具とレンズの間隙にシャボン玉のような液状の膜が張りやすくなる。その液膜が乾燥中にはじけて破裂すると、レンズ面に付着し、液ハネ不良となってしまう。そこで、本発明は、前記従来技術の問題点を解消し、界面活性剤の添加量を単焦点レンズの外観不良が抑制される量に調整した単焦点レンズ用コーティング組成物を用いて、バイフォーカルレンズに、たるみ等の欠陥のない平滑性に優れたハードコート膜を形成しうるコーティング方法を提供することを目的とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者は、単焦点レンズにコーティングする場合、ディッピングスピードは100〜300mm/minとされているのに対し、バイフォーカルレンズの場合には、それよりディッピングスピードを遅くすれば、同じハードコート組成物を用いても、たるみを抑制し、良好な外観のレンズが得られることを見出した。本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。すなわち、本発明は、バイフォーカルレンズにハードコート膜を形成するにあたり、単焦点レンズ用ハードコート組成物を用い、ディッピングスピード50〜100mm/minでコーティングを行うことを特徴とするバイフォーカルレンズのコーティング方法を提供するものである。
【0006】
【発明の実施の形態】本発明により、単焦点レンズ用コーティング組成物を用いて、ディッピングスピードを50〜100mm/minと、通常の単焦点レンズに対するディッピングスピード、通常100〜300mm/minより遅くすれば、塗膜面のたるみを抑制することができ、良好な外観のレンズを得ることができる。また、ディッピングスピードは、より好ましくは60〜90mm/minとするのが外観の点でよい。ここで、ディッピングスピードが50mm/minより遅いと、ハードコート膜の膜厚が薄くなりすぎて、所定の性能が得られず、100mm/minより速いと、たるみが発生する場合が多くなる。
【0007】本発明に用いるコーティング組成物の成分の種類及び配合量については、特に制限はなく、単焦点レンズ用コーティング組成物として通常使用されるものであればよい。本発明に用いるコーティング組成物としては、例えば、有機ケイ素化合物10〜30重量%、金属酸化物微粒子ゾル30〜60重量%、有機溶媒10〜50重量%、硬化触媒0.1〜5重量%及び界面活性剤0.001〜1重量%を含むものが挙げられる。
【0008】本発明に用いられるコーティング組成物の成分である有機ケイ素化合物としては、加水分解性基と重合性基とを両方含むものが好ましく、例えば、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン等のアルコキシシランが挙げられる。これらは単独で用いても、2種類以上を組み合わせてもよい。また、これらは、酸により加水分解して用いるのが好ましい。用いられる酸の種類としては、塩酸、硝酸、硫酸などの無機酸又は酢酸、ぎ酸、クエン酸、酒石酸などの有機酸が挙げられる。この有機ケイ素化合物の配合量は、コーティング組成物の10〜30重量%、好ましくは15〜25重量%である。この量が10重量%未満であると、密着性が悪くなる場合があり、30重量%を超えると、塗膜の耐擦傷性が悪くなる場合がある。
【0009】コーティング組成物に使用しうる金属酸化物微粒子ゾルは、ケイ素、アルミニウム、スズ、アンチモン、タンタル、セリウム、タングステン、鉄、ジルコニウム、インジウム及びチタンから選ばれる1種以上の酸化物微粒子のコロイド状分散体を挙げることができる。具体的には、これらの金属酸化物微粒子を溶媒中にコロイド状に分散させてあるものが塗液の作製及び使用上好ましい。この金属酸化物微粒子ゾルは、粒子径が1〜200nmの金属酸化物微粒子で、固形分が20重量%以上であるのが好ましい。粒子径が1nm未満であると、ゾルとしての安定性が悪くなり、塗膜としての硬度が劣る傾向があり、200nmを超えると、コーティング液としての安定性が悪く、塗膜の透明性も低下してしまう。本発明において金属酸化物微粒子ゾルの配合量は、コーティング組成物の30〜60重量%、特に35〜50重量%含まれるのが好ましい。金属酸化物微粒子ゾルの量が30重量%未満では、得られる塗膜の耐水性が不十分となり、60重量%を超えると、塗膜にクラックが生じやすくなる。
【0010】本発明のコーティング組成物は、その作業性や塗膜の厚さの調節などの点を考慮して有機溶媒の添加による粘度調整が行われる。有機溶媒としては、具体的には、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール等のアルコール類、メチルエチルケトン、2−ペンタノン、2−ヘプタノン等のケトン類、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル類、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸イソペンチル、プロピオン酸メチル等のエステル類、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、ブチルセロソルブ、イソプロピルセロソルブ等のセロソルブ類などが挙げられ、これらの1種類を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。本発明において有機溶媒の配合量は、コーティイグ組成物の10〜50重量%、さらに20〜40重量%含まれるのが好ましい。この範囲以外になると、塗膜にクラックが生じたり、コーティング組成物のポットライフが短くなる場合がある。
【0011】コーティング組成物には、硬化速度を促進する目的で硬化触媒を添加することができる。ここで硬化触媒の種類としては、具体的には、アミン類、金属キレート、有機酸金属塩、過塩素酸類、金属塩から選ばれる1種以上の硬化剤である。具体例としては、グアニジン、トリエチルアミン、アニリンなどのアミン類、クロム(III)、コバルト(III)、鉄(III)、アルミニウム(III)、スズ(IV)、ジルコニウム(IV)などの金属元素を中心原子とするアセチルアセトネート、酢酸ナトリウム、ナフテン酸亜鉛、ナフテン酸コバルト、オクチル酸亜鉛、オクチル酸スズ等の有機酸金属塩、過塩素酸、過塩素酸アンモニウム、過塩素酸マグネシウム等の過塩素酸塩類、塩化スズ、塩化アルミニウム、塩化鉄、塩化チタン、塩化亜鉛等の金属塩化物などが挙げられる。本発明において硬化触媒の配合量は、コーティング組成物全体に対して0.1〜5重量%、さらに0.2〜2重量%の範囲とすることが好ましい。硬化触媒の配合量が0.1重量%未満であると、硬化触媒としての効果が現れないことがあり、5重量%を超えても硬化速度は速くならないので経済性に欠ける。
【0012】本発明に用いるコーティング組成物において塗膜の平滑性を向上させる目的で添加する界面活性剤の種類としては、特に制限はなく、例えば、陰イオン界面活性剤、陽イオン界面活性剤、非イオン界面活性剤、両性イオン界面活性剤などが挙げられる。これらのうち非イオン界面活性剤が好ましい。この非イオン界面活性剤の具体的な種類としては、シリコーン系界面活性剤が好ましい。本発明において界面活性剤の配合量は、コーティング組成物全体に対して0.001〜1重量%、さらに0.01〜0.5重量%とすることが好ましい。この界面活性剤の配合量が0.001重量%未満であると、塗膜の平滑性を向上することが困難となり、たるみが発生しやすくなり、1重量%を超えると、液膜が張りやすくなり、外観を損ねる原因となりやすい。
【0013】本発明に用いるコーティング組成物には、使用条件などの必要に応じてさらに紫外線吸収剤、酸化防止剤、染料、顔料、フィラー、安定剤、帯電防止剤、不燃剤、フォトクロミック剤などを添加し、コーティング組成物の塗布性、塗膜の性能、ポットライフ、成膜加工の作業性などを改良することができる。
【0014】ハードコート膜を形成するには、コーティング組成物で塗布処理後、レンズを乾燥硬化させればよい。具体的には、60〜150℃、好ましくは80〜130℃の温度で30分〜4時間、好ましくは1〜3時間乾燥硬化させてハードコート膜をレンズに形成するのがよい。乾燥硬化温度が60℃未満であると、塗膜の硬化が不完全となり、150℃を超えるとクラックが発生する。また、乾燥硬化時間が30分では未硬化となり、4時間を超えると作業の効率が悪くなる。硬化後のハードコート膜の厚さとしては、0.5〜10μm、好ましくは1〜5μmであるのがよい。0.5μm未満であると所定の性能が発揮されず、10μmを超えると、表面の平滑性が損なわれ、外観不良を起こしやすくなる。
【0015】本発明のコーティング組成物を塗布するレンズ基材としては、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート重合体、アクリル重合体、芳香族アリルカーボネート、ポリウレタン、ポリチオウレタン等の樹脂基材が挙げられ、特に光学素子用透明基材が好適である。また、本発明のコーティング方法を適用するにあたり、基材と塗膜の密着性を向上させる目的で、基材表面をあらかじめアルカリ処理、酸処理、界面活性剤処理、各種有機溶媒による化学処理、無機物又は有機物の微粒子による研磨処理、各種樹脂を用いたプライマー処理、紫外線、電子線などによる放射線処理、アルゴン又は酸素を用いたプラズマ処理などを行うことができる。
【0016】上記の方法で形成したハードコート膜上に無機化合物を単層又は多層に成膜して反射防止膜を施すことができる。この成膜方法としては、例えば真空蒸着法、スパッタ法、イオンプレーティング法、イオンアシスト法などが挙げられる。また、反射防止膜に使用しうる無機化合物としては、具体的にはZnO、TiO2、Sb23 、Sb25 、SnO2 、ZrO2、A123 、MgF2、SiO2、SiO、LiF、3NaF・AlF3 、AlF3 、Na3AlF3、Ta25 、Yb23 などが挙げられる。
【0017】
【実施例】次に、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって制限されるものではない。また、実施例及び比較例において「部」は、特に断らない限り、「重量部」を表す。
【0018】実施例1〜3(1)コーティング組成物の作製撹拌装置を備えたガラス製フラスコ中にγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン100部を入れ、0.01規定塩酸36部を加え、一昼夜撹拌して加水分解物を調製した。該加水分解物にメタノール分散コロイダルシリカ(固形分濃度30重量%、平均粒子径10mμ)260部、硬化触媒としてアルミニウムアセチルアセトネート3.9部、メタノール143部及びシリコーン系界面活性剤0.1部を順次加え、一昼夜撹拌し、24時間5℃で静置して熟成させてコーティング組成物を作製した。
(2)ハードコート膜の作製基材であるジエチレングリコールビスアリルカーボネート製バイフォーカルレンズを45℃に保温した10%水酸化ナトリウム水溶液中に4分間浸漬して洗浄した。次いで、上記コーティング組成物を用いて浸漬法により上記バイフォーカルレンズを塗布した。このときのコーティング条件を表1に示した。コーティング処理されたレンズを120℃で2時間加熱し、硬化させ、ハードコート膜を作製した。
【0019】(3)試験及び性能評価以上の処理により得られたレンズについて下記の方法で試験を行い、得られた結果を表1に示した。
■外観得られたレンズの表面を目視により観察し、小玉部のたるみの評価を下記の基準で行った。
良:小玉部のたるみが見られない否:小玉部のたるみが目立つ■耐擦傷性#0000のスチールウールを用い、500g荷重で20往復させた後の塗膜の状態を肉眼で観察し、下記の基準で判定を行った。
A:傷つかないB:擦傷面の50%未満に傷がつくC:擦傷面の50%以上に傷がつく
【0020】■密着性カッターナイフにより1mm間隔で11本の平行線を縦横に入れ、100個のマス目を作り、セロファン粘着テープ(ニチバン社製)を密着して貼り付け、急速に剥がして残ったマス目の数を数えた。
■耐候性サンシャインウェザーメーター(スガ試験機社製)を用い、300時間暴露した後、塗膜の状態を肉眼で観察し、下記の基準で判定を行った。
A:塗膜に変化無しB:塗膜が荒れているC:塗膜が溶解して下地が見える
【0021】実施例4〜6(1)コーティング組成物の作製撹拌装置を備えたフラスコ中にγ−グリシトキシプロピルトリメトキシシラン100部を入れ、0.01規定塩酸36部を加え、一昼夜撹拌して加水分解物を調製した。該加水分解物にメタノール分散酸化ジルコニウム−二酸化チタン−二酸化ケイ素複合微粒子ゾル(触媒化成工業社製、商品名「オプトレイク1130Z」、固形分濃度30重量%、平均粒子径10mμ)200部、硬化触媒としてアルミニウムアセチルアセトネート2.5部、メタノール160部、水40部、シリコーン系界面活性剤0.1部を順次加え、一昼夜撹拌し、24時間10℃で静置して熟成させ、コーティング組成物を作製した。
(2)ハードコート膜の作製基材である屈折率n=1.6のポリチオウレタン製バイフォーカルレンズに浸漬法により上記ハードコート組成物を塗布した。このときのコーティング条件を表1に示した。コーティング処理されたレンズを120℃で2時間加熱して硬化させ、ハードコート膜を作製した。得られたレンズの評価試験の結果を表1に示した。
【0022】比較例1及び2表1に示すコーティング条件を用いた以外は、実施例1と同様にして操作した。得られたレンズの評価試験の結果を表1に示した。
【0023】比較例3及び4表1に示すコーティング条件に変えた以外は、実施例4と同様にして操作した。得られたレンズの評価試験の結果を表1に示した。
【0024】
【表1】


【0025】
【発明の効果】本発明の方法によれば、界面活性剤の添加量を単焦点レンズの外観不良が抑制される量に調整した単焦点レンズ用コーティング組成物を用いて、バイフォーカルレンズに、たるみ等の欠陥のない平滑性に優れたハードコート膜を簡単な操作で形成することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 バイフォーカルレンズにハードコート膜を形成するにあたり、単焦点レンズ用ハードコート組成物を用い、ディッピングスピード50〜100mm/minでコーティングを行うことを特徴とするバイフォーカルレンズのコーティング方法。
【請求項2】 ハードコート組成物が、有機ケイ素化合物10〜30重量%、金属酸化物微粒子ゾル30〜60重量%、有機溶媒10〜50重量%、硬化触媒0.1〜5重量%及び界面活性剤0.001〜1重量%を含むものである請求項1記載のバイフォーカルレンズのコーティング方法。

【公開番号】特開2002−228989(P2002−228989A)
【公開日】平成14年8月14日(2002.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2001−25031(P2001−25031)
【出願日】平成13年2月1日(2001.2.1)
【出願人】(000000527)旭光学工業株式会社 (1,878)
【Fターム(参考)】