説明

パラメータ同定装置およびパラメータ同定プログラム

【課題】正確なパラメータ同定を行う。
【解決手段】車両の自動変速機に備えられる摩擦係合要素の動作を制御する油圧制御装置のパラメータを同定する。同定(最適化)装置16は、車両走行において計測された実機の油圧波形と、数値シミュレーションの結果として得られた油圧波形とを比較するとともに、実機における摩擦係合要素内部において油圧によって移動するピストンの少なくとも1つの位置の検出結果と、数値シミュレーションの結果として得られるピストンの前記少なくとも1つの位置に対応する位置とを比較し油圧制御におけるパラメータを同定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の自動変速機に備えられる摩擦係合要素の動作を制御する油圧制御装置のパラメータ同定装置およびコンピュータにパラメータを同定させるパラメータ同定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用自動変速機内部には、構成要素の回転同期をとるために、1つ、もしくは複数の摩擦係合要素(クラッチ・ブレーキ:クラッチパック)が組み込まれている。この摩擦係合要素では、油圧制御装置によって制御された油圧の力で駆動側・被駆動側双方の摩擦材を押し付け、運動エネルギーを熱エネルギーに変換することで回転同期を行う。
【0003】
油圧制御装置の構成例を図1に示す。所定のライン圧の油圧ラインには、ソレノイドバルブ1が設けられ、このソレノイドバルブ1がコンピュータからの電流指令に応じて、クラッチパック3へ流れる油の量を制御する。また、ソレノイドバルブ1の吐出側にはアキュムレータ2が設けられ、油圧を安定化している。ソレノイドバルブ1の吐出側の油圧ラインは、クラッチパック(摩擦係合要素)3の油圧室4に供給される。クラッチパック3は駆動側と被駆動側の一対の摩擦板(摩擦材)5と、油圧室4の油圧によって移動し一対の摩擦板5の接触・離隔を制御するピストン6と、ピストン6を初期位置に戻すリターンスプリング7とを有する。そして、油圧室4への油圧供給をソレノイドバルブ1により制御して、一対の摩擦板5を相対的に移動させて動力伝達を制御する。
【0004】
ここで、工業製品の開発において、数値モデルであるComputer Aided Engineering(CAE)モデルを用いた数値計算シミュレーションを利用することで、ハードウェアの諸元(パラメータ)設計時の試作回数を減らす試みが盛んに行われている。また、制御用ソフトウェアの開発においても、数値シミュレーション上で、制御ロジックの動作確認を行うことで、工数を削減する仕組みが一般化している。特許文献2では、変速制御アルゴリズムを、数値シミュレーションにて検証・評価する車両用自動車変速機の制御装置の開発支援装置について述べられている。
【0005】
また、CAEモデルによる数値シミュレーションを製品開発に活用するためには、CAEモデルが実機の動作を、忠実に模擬できるだけの精度を有している必要がある。この問題に対して、特許文献1では、CAEモデルから出力された値と、実機試験にて計測されたデータとの間の誤差を最小化するパラメータ探索方法を提案している。このように、CAEモデルからの出力結果を、実機により近づけるためにモデル内の諸元(パラメータ)値を修正する作業は、一般にはモデル同定・システム同定と呼ばれる。
【0006】
なお、特許文献3には、油圧制御装置内のリニアソレノイド弁のインダクタンスの変化を検知することで、クラッチピストンのストロークエンド(詰まり位置)を検出することが示されている。
【0007】
【特許文献1】特開2007−257380号公報
【特許文献2】特開2002−122222号公報
【特許文献3】特開2007−198476号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1では、油圧制御装置の同定において、数値シミュレーションによって求められた油圧室内の油圧波形と、実車走行の際に計測された油圧波形が一致するように、CAEモデル内のパラメータを修正している。
【0009】
しかし、油圧波形の誤差のみに着目して、CAEモデル内の各構成要素のパラメータを修正した場合、ある特定の条件では試験結果とよく一致する結果が得られても、油圧制御装置への入力指令値等の条件を変更した場合、数値シミュレーション結果が、実車走行の結果から大きく外れてしまう場合がある。
【0010】
これは、装置内部のピストン等の動きを考慮せず、装置の出力結果のみに注目し、モデル同定を行った場合に、実機のパラメータとは異なるパラメータの組み合わせによって、無理に油圧波形を試験結果と一致させようとしたために起こる現象である。特に、油圧制御装置内において、油圧によって押されたピストンが、駆動側・被駆動側の各摩擦材間の隙間(クリアランス)が無くなるまで押し付ける、パック詰まりと呼ばれる現象の前後では、油圧の応答が大きく変化するため、パック詰まりがどのタイミングで発生したかを見極めることは、摩擦係合要素によって動力の伝達と切り離しを正確に制御する上でも重要であり、これを考慮して実際の装置と同じパラメータ値をモデル同定によってより正確に導き出すことが望まれる。
【0011】
また、特許文献2では、あくまでリアルタイムで演算可能な簡易モデルの作成に留まっている。油圧制御装置内部の各要素の詳細な諸元を求める試みは行われていない。さらに、特許文献3には、クラッチピストンのストロークエンド(パック詰まり)のタイミングを検出するための手法が開示されているが、この特許文献3では、CAEモデルの同定には触れられていない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、車両の自動変速機に備えられる摩擦係合要素の動作を制御する油圧制御装置のパラメータ同定装置であって、車両走行において計測された実機の油圧波形と、数値シミュレーションの結果として得られた油圧波形とを比較するとともに、実機における摩擦係合要素内部において油圧によって移動するピストンの少なくとも1つの位置の検出結果と、数値シミュレーションの結果として得られるピストンの前記少なくとも1つの位置に対応する位置とを比較し油圧制御におけるパラメータを同定することを特徴とする。
【0013】
また、比較する前記少なくとも1つのピストン位置は、一対の摩擦係合要素同士が係合し油圧による移動が終了する詰まり位置であることが好適である。
【0014】
また、下記式の評価関数J2を用いてパラメータを同定することが好適である。
J2=∫(Pb(t)−Pb(t))dt+K(tpr−t [t=t0〜t1]
ここで、Pb,Pbはそれぞれ実車走行で計測された油圧値、数値シミュレーションの結果として得られた油圧値、t0,t1は数値シミュレーションの開始、終了時刻、tpr,tはそれぞれ実車走行の結果から求められたパック詰まり発生時刻、数値シミュレーションでのパック詰まり発生時刻、Kはゲイン定数である。
【0015】
また、比較する前記少なくとも1つのピストン位置は、変速動作におけるピストンの時間の経過に従い変化する位置であることが好適である。
【0016】
また、下記式の評価関数J3を用いてパラメータを同定することが好適である。
J3=∫(Pb(t)−Pb(t))dt+K∫(x−x) [t=t0〜t1]
ここで、Pb,Pbはそれぞれ実車走行で計測された油圧値、数値シミュレーションの結果として得られた油圧値、t0,t1は数値シミュレーションの開始、終了時刻、xは実車走行にて計測されたピストン変位、xは数値シミュレーションでのピストン変位、Kはゲイン定数である。
【0017】
また、本発明は、車両の自動変速機に備えられる摩擦係合要素の動作を制御する油圧制御装置のパラメータ同定するためのパラメータ同定プログラムであって、コンピュータに、車両走行において計測された実機の油圧波形と、数値シミュレーションの結果として得られた油圧波形とを比較させるとともに、実機における摩擦係合要素内部において油圧によって移動するピストンの少なくとも1つの位置の検出結果と、数値シミュレーションの結果として得られるピストンの前記少なくとも1つの位置に対応する位置とを比較させ、油圧制御におけるパラメータを同定させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ピストン位置を考慮して、パラメータの同定を行うため、摩擦係合において大きな影響を有する摩擦係合要素の詰まりを考慮して好適なパラメータ同定を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。
【0020】
本実施形態におけるパラメータ同定装置は、図2に示すようにモデル12、差演算器14および同定(最適化)装置16から構成されるが、通常これらは汎用のコンピュータにプログラムをインストールすることで構成される。そして、指令値および実機10の出力がコンピュータに入力され、演算が行われる。すなわち、コンピュータにアプリケーションプログラムをインストールし、適宜データやインストラクションを入力することで、コンピュータが目的とする処理を実行し、パラメータが同定される。また、同定されたパラメータを利用する制御装置が実際の装置、例えば車両に搭載され、車両の自動変速機への油圧制御が行われる。パラメータ同定装置を同定対象となる装置に対応して設け、適宜同定作業を行い、制御装置におけるパラメータを変更することも好適である。この場合、制御装置(制御用コンピュータ)にプログラムをインストールし、使用される。
【0021】
本実施形態におけるCAEモデルのパラメータ同定作業の流れを図3に示す。なお、以下の説明では、車両用自動変速機を用いて単一アップ変速を行い、その時に計測されたデータに基づき、係合側の油圧制御装置のCAEモデル同定を行う場合を具体例として取り上げて説明する。
【0022】
ステップS1では、CAEモデルの同定の際に、参照するデータを計測するために、車両用自動変速機を用いた実車走行の準備を行う。
【0023】
具体的には、実車での変速を行うために、ソレノイドバルブへ入力する指令値を算出するための制御ロジックを、あらかじめ車載コンピュータ(ECU)に書き込んでおく。次に、油圧制御装置の油圧室内の油圧、変速機の出力軸に作用するトルク、変速機の入出力軸双方の回転数を計測するためのセンサを取り付け、計測されたデータが、ECU内のメモリに保存されるように配線を行う。この際、走行中に実際にソレノイドバルブへ入力された指令値も、他の計測データと同じサンプリング時間の間隔で保存しておく。さらに、ステップS3のパック詰まり検出に備えて、直接的に油圧制御装置内のピストンの動きを計測するために、変速機・油圧制御装置に特殊な加工して、変位計を取り付ける。
【0024】
次に、ステップS2では、ステップS1で用意した車両を用いて、自動変速機の変速動作を実行し、必要なデータを計測・保存する。
【0025】
ステップS3においては、ステップS2において計測したデータから、油圧制御装置内のピストンが駆動側・被駆動側双方の摩擦材を押し付け、摩擦材間のクリアランスが無くなるパック詰まりの現象が発生したタイミングを割り出す。
【0026】
このパック詰まりの検出の具体的例として、以下の3つの例を挙げる。
【0027】
[例1:出力軸トルク波形を用いる場合]
実車走行時に計測した自動変速機の出力軸トルクのデータから、パック詰まりの発生したタイミングを割り出す例について述べる。
【0028】
摩擦係合要素(クラッチ・ブレーキ:クラッチパック)のパック詰まりとは、クラッチパック内のピストンが油圧の力によって押し出され、駆動側・被駆動側双方の摩擦材を押し付けることにより、摩擦材間の隙間(クリアランス)が無くなり、動力を伝達し始める現象のことを意味する。車両用自動変速機の単一アップ変速において、クラッチパック内でパック詰まりが発生すると、一般にトルク相と呼ばれる現象に入り、変速機の出力軸トルクに大きな変化が現れる。そこで、計測された出力軸トルクのデータから、トルク相に入ったタイミングを割り出し、それをパック詰まりの発生したタイミングとして、油圧制御装置のモデル同定に利用する。
【0029】
図4に、実車走行にて計測されたデータを図示する。図4においては、横軸に時間を採り、縦軸には上から、変速機の入力軸回転数、出力軸トルク、油圧制御装置内の油圧室内の油圧、ソレノイドバルブへ与えられた指令圧を示している。ここで、図中に縦に引いた破線の後で、出力軸トルク波形が急激に下がっている。従って、このタイミングにおいて、パック詰まりが発生したとして、この情報を油圧制御装置のモデル同定時に利用する。
【0030】
なお、出力軸トルク波形から、トルク相に入ったタイミングを実際に見つけ出す方法としては、出力軸トルク波形を数値演算フィルタに入力して、波形の折れ曲がり点を自動的に判別する方法がある。また、モデル同定を行う技術者が、図示された計測データを見て、直に判断を下してもよい。この場合、出力軸トルクの時系列データについて表示し、技術者の入力を受け付ければよい。
【0031】
また、単一アップ変速以外の変速においても、パック詰まりの発生時には、出力軸トルク波形に必ず何らかの変化が現れるため、単一ダウン変速等の他の変速動作においても、この手法は適用可能である。
【0032】
[例2:渦電流式変位センサを用いる場合]
金属製材料によって作られた部品の変位を測定するセンサとして、渦電流式変位センサがよく知られている。
【0033】
この渦電流式変位センサは、センサヘッド内のコイルに高周波電流を流して、高周波磁界を発生させることで、この磁界内に存在する金属製の測定対象物の表面に渦電流を生じさせる。そして、この渦電流の発生によるセンサコイルのインピーダンスの変化を検出することで、対象物との距離を測定する。
【0034】
図5に、渦電流式変位センサにより、クラッチパック3内のピストン6の変位(位置)を計測する例を示す。図に示すように、渦電流式変位センサは、高周波発振装置8、コイル9を有し、ピストン6の近くにコイル9を配置し、このコイル9へ高周波発振装置8からの高周波電流を供給する。
【0035】
そして、油圧によってピストン6が押され、ピストン6とコイル9との距離が変化するのを検出することで、どのタイミングでパック詰まりが発生したのかを検出し、この情報をCAEモデルの同定に利用する。
【0036】
また、この例に示すように、ピストン6の変位の時間変化が測定できる場合は、油圧波形と合わせて、ピストン変位の時系列データを利用して、モデル同定を行うことも好適である。
【0037】
[例3:ソレノイドバルブのインダクタンス変化を用いる場合]
例2に示したように、変位センサを変速機内部に配置する場合、試験準備に時間と労力を要する。特許文献3には、新たなセンサの追加を行わずに、パック詰まりを検出する技術が示されている。この特許文献3では、ソレノイドバルブのコイルに電気信号を与え、応答信号を観測してコイルのインダクタンスの変化を検知することで、パック詰まりの発生したタイミングを検出している。CAEモデルの同定に際して、このような技術で、パック詰まり検出を行ってもよい。
【0038】
図3のステップS4においては、油圧制御装置のCAEモデルを作成する。油圧制御装置の数値シミュレーションに関しては、CAEモデルから出力される油圧波形が、実車走行時の結果と一致するだけで十分だとして、計算負荷の軽減を狙い、特許文献2に示されているように、ムダ時間モデルと伝達関数モデルによる簡易モデルを作成する例がよく見られる。しかし、ここでは実際の油圧制御装置の動作を、より忠実に模擬するための詳細なモデルを作成する。
【0039】
油圧制御装置内に配置されたピストンやソレノイドバルブなどの機械的・電気的要素を、集中定数系のモデルで表現し、各要素の動作を表す数式を解くことで、油圧制御装置内の油圧、流量、変位などの変化を模擬する。
【0040】
この段階では、CAEモデル内の各要素の質量、寸法、剛性、取り付け荷重などのパラメータ値については、対象とする変速機の設計時のパラメータ値(公差のあるものに関しては、その中央値)を入力しておく。
【0041】
ステップS5においては、油圧制御装置のCAEモデルの同定を行う。ここで、従来技術である特許文献1では、次に示すような評価関数J1を用意して、油圧制御装置のモデルから出力される油圧波形と、実車走行にて計測された油圧波形との誤差が最小になるように、CAEモデル内の諸元の修正を行っている。
J1=∫(Pb(t)−Pb(t))dt [t=t0〜t1]
ここで、Pb,Pbは、それぞれ実車走行で計測された油圧値、数値シミュレーションによって求められた油圧値を表す。t0,t1は、数値シミュレーションの開始、終了時刻を表す。
【0042】
同定前のCAEモデルを使用した数値シミュレーションの実行結果を図6に示す。非線形最適化アルゴリズムを用いて、この評価関数J1を最小化するように同定を行った後で、数値シミュレーションを実行した結果を図7に示す。
【0043】
図6、図7においては、横軸に時間を採り、縦軸に関しては上から、油圧制御装置の油圧室内の油圧値、ソレノイドバルブへの指令圧、ピストン変位を表す。油圧室内の油圧に関しては、同定の際に参照した実車走行時のデータも表示してある。また、図7においては、実車走行の際に計測した出力軸トルク波形の変化から推測した、パック詰まりのタイミングも示してある。
【0044】
図6と比較して図7においては、実車走行時の油圧波形と、数値シミュレーション結果との誤差が減少している。しかし、数値シミュレーションで求められたピストンの動きが止まるタイミング、すなわちパック詰まりの発生するタイミングと、実車走行の結果から推測したパック詰まりのタイミングとは大きなずれがある。このことは、同定によって求められた油圧制御装置内部の各要素の諸元値が、真値とは異なっていることを示している。
【0045】
従って、この諸元値(パラメータ値)を用いて、ソレノイドバルブへの指令値等の条件を変更した場合について、数値シミュレーションを実行した場合、実車走行での結果と大きく異なる結果を得ることが予想される。
【0046】
そこで、本実施形態では、パック詰まりの発生のタイミングも、数値シミュレーションの結果と実車走行の結果とが一致するように、CAEモデル同定時の評価関数を次に示すように変更する。
J2=∫(Pb(t)−Pb(t))dt+K(tpr−t[t=t0〜t1]
ここで、tpr,tは、それぞれ実車走行の結果から求められたパック詰まり発生時刻、数値シミュレーションでのパック詰まり発生時刻を表す。また、Kはゲイン定数である。
【0047】
この評価関数J2を用いてモデル同定を行った後、数値シミュレーションを実行した結果を図8に示す。図8においては、油圧波形だけでなく、パック詰まりの発生したタイミングに関しても、実車走行での結果と、数値シミュレーションでの結果が良く一致している。このことから、従来のモデル同定手法により求めたパラメータ値よりも、より真値に近い値を導出することができたと考えられる。
【0048】
なお、上記の例では、パック詰まりの発生タイミングのみをモデル同定用の評価関数に組み込んだが、先に説明した渦電流式変位センサを利用した場合のように、実車走行においてもピストン変位の時系列データを計測できた場合は、次に示す評価関数J3を用いてもよい。
J3=∫(Pb(t)−Pb(t))dt+K∫(x(t)−x(t))dt
[t=t0〜t1]
ここで、xは実車走行にて計測されたピストン変位、xは数値シミュレーションでのピストン変位をそれぞれ表す。また、Kはゲイン定数である。
【0049】
また、油圧制御装置内のピストン変位ではなく、ピストンの速度や加速度などが計測可能な場合は、計測されたピストンの速度や加速度などの時系列データと、数値シミュレーションでのピストンの挙動との定量的な差異を評価関数に組み込んでもよい。
【0050】
実際にピストンの速度や加速度を計測するには、先に述べた渦電流式変位センサと同じ原理を用いればよい。計測されたセンサコイル内のインピーダンスの単位時間あたりの変化量から、ピストンの速度や加速度を求めることができる。
【0051】
図9は、油圧制御装置の数値シミュレーション結果に関して、ピストンの変位とともに速度も図示したものである。ピストンの変位と速度に注目すると、油圧によって押し出されたピストンが、摩擦材を押し付け始めたために、ピストンの位置の変化が止まると、同じタイミングでピストンの速度が零になる。したがって、ピストンの速度が零になるタイミングから、パック詰まりのタイミングを推察し、これをモデル同定に活用することができる。
【0052】
また、ピストン速度の時系列データを比較するために、次に示す評価関数J4を用いてモデル同定を行ってもよい。
J4=∫(Pb(t)−Pb(t))dt+K∫(v(t)−v(t))dt
[t=t0〜t1]
【0053】
ここで、vは実車走行にて計測されたピストン速度、vは数値シミュレーションでのピストン速度をそれぞれ表す。また、Kはゲイン定数である。
【0054】
このように、本実施形態によれば、自動車向け自動変速機内の油圧制御装置のCAEモデル同定を行う際に、油圧波形だけでなく、パック詰まり現象にも注目し、評価関数を設定することで、モデル同定の精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】油圧制御装置の構成を示す図である。
【図2】パラメータ同定装置の構成を示す図である。
【図3】作業全体の手順を示すフローチャートである。
【図4】実車走行結果を示す図である。
【図5】渦電流式変位センサの構成を示す図である。
【図6】同定前のシミュレーション結果を示す図である。
【図7】従来手法による同定後のシミュレーション結果を示す図である。
【図8】実施形態における同定後のシミュレーション結果を示す図である。
【図9】油圧の立ち上がりとピストンの変位・速度の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0056】
1 ソレノイドバルブ、2 アキュムレータ、3 クラッチパック、4 油圧室、5 摩擦板、6 ピストン、7 リターンスプリング、8 高周波発振装置、9 コイル、10 実機、12 モデル、14 差演算器、16 同定(最適化)装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の自動変速機に備えられる摩擦係合要素の動作を制御する油圧制御装置のパラメータ同定装置であって、
車両走行において計測された実機の油圧波形と、数値シミュレーションの結果として得られた油圧波形とを比較するとともに、実機における摩擦係合要素内部において油圧によって移動するピストンの少なくとも1つの位置の検出結果と、数値シミュレーションの結果として得られるピストンの前記少なくとも1つの位置に対応する位置とを比較し油圧制御におけるパラメータを同定することを特徴とするパラメータ同定装置。
【請求項2】
請求項1に記載のパラメータ同定装置において、
比較する前記少なくとも1つのピストン位置は、一対の摩擦係合要素同士が係合し油圧による移動が終了する詰まり位置であることを特徴とするパラメータ同定装置。
【請求項3】
請求項2に記載のパラメータ同定装置において、
下記式の評価関数J2を用いてパラメータを同定することを特徴とするパラメータ同定装置。
J2=∫(Pb(t)−Pb(t))dt+K(tpr−t [t=t0〜t1]
ここで、Pb,Pbはそれぞれ実車走行で計測された油圧値、数値シミュレーションの結果として得られた油圧値、t0,t1は数値シミュレーションの開始、終了時刻、tpr,tはそれぞれ実車走行の結果から求められた詰まり発生時刻、数値シミュレーションでの詰まり発生時刻、Kはゲイン定数である。
【請求項4】
請求項3に記載のパラメータ同定装置において、
比較する前記少なくとも1つのピストン位置は、変速動作におけるピストンの時間の経過に従い変化する位置であることを特徴とするパラメータ同定装置。
【請求項5】
請求項1に記載のパラメータ同定装置において、
下記式の評価関数J3を用いてパラメータを同定することを特徴とするパラメータ同定装置。
J3=∫(Pb(t)−Pb(t))dt+K∫(x−x) [t=t0〜t1]
ここで、Pb,Pbはそれぞれ実車走行で計測された油圧値、数値シミュレーションの結果として得られた油圧値、t0,t1は数値シミュレーションの開始、終了時刻、xは実車走行にて計測されたピストン変位、xは数値シミュレーションでのピストン変位、Kはゲイン定数である。
【請求項6】
車両の自動変速機に備えられる摩擦係合要素の動作を制御する油圧制御装置のパラメータ同定するためのパラメータ同定プログラムであって、
コンピュータに、
車両走行において計測された実機の油圧波形と、数値シミュレーションの結果として得られた油圧波形とを比較させるとともに、
実機における摩擦係合要素内部において油圧によって移動するピストンの少なくとも1つの位置の検出結果と、数値シミュレーションの結果として得られるピストンの前記少なくとも1つの位置に対応する位置とを比較させ、
油圧制御におけるパラメータを同定させることを特徴とするパラメータ同定プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−299880(P2009−299880A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−158415(P2008−158415)
【出願日】平成20年6月17日(2008.6.17)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】