説明

ヒータ加熱制御装置および定着装置

【課題】複数の加熱ヒータを有し、熱の相互干渉が強く、そして、むだ時間要素を有する場合にも、簡便な方法により、複数のヒータの温度を、それぞれ独立に、精度良く制御するヒータ加熱制御装置および定着装置を提供する。
【解決手段】2本の加熱ヒータによる相互の熱干渉を一次遅れのみの伝達関数の組み合わせを用いて近似する補正プロセスによって相殺するとともに、それぞれ独立した制御系として第1補償器PID(s)、第2補償器PID(s)を接続して制御系の設計を行なう。これにより、熱の相互干渉が強く、むだ時間要素を有する場合にも、簡便な方法により、複数のヒータの温度を、それぞれ独立に、精度良く制御することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒータ加熱制御装置および定着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば電子写真方式の画像形成装置に用いられる定着ヒータは、大電力を必要とし、2本のヒータを定着ローラの内部に入れ、定着ローラの表面に接触して配置された温度センサの出力に応じて、検出温度が目標温度未満であるとON(通電指示レベル)、目標温度を超えるとOFF(非通電指示レベル)のヒータ信号を生成して、この信号に基づいて定着ヒータをオン(通電),オフ(非通電)して定着ヒータに対して供給する電力を制御して、定着ローラを所定の温度に保っている。
【0003】
ここで、加熱定着用に2本のヒータを用いた定着装置の問題点について簡単に説明する。例えば上側定着ローラの内部に加熱定着用に2本のヒータを用いる場合、2本のヒータの相互の熱による干渉作用が発生し、無視できない寄与となる場合がある。また、加熱ヒータのような制御対象には、むだ時間要素が内在し、前述の相互干渉にこのむだ時間要素が加わることによって制御系が不安定になりやすい(ハンチング、制御振動等とも呼ぶ)、という問題もある。
【0004】
そこで、このような相互干渉を打ち消す作用を有する制御方法として、非干渉化制御などと呼ばれる一般化された理論がある(非特許文献1参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述したような非干渉化制御理論では、実際の制御対象を正確に記述することは現実的に困難な場合が多いという問題がある。また、非干渉化制御理論を厳密に適用しようとすれば、伝達関数の次数が大きく複雑になっていくという問題がある。
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、複数の加熱ヒータを有し、熱の相互干渉が強く、そして、むだ時間要素を有する場合にも、簡便な方法により、複数のヒータの温度を、それぞれ独立に、精度良く制御するヒータ加熱制御装置および定着装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明は、電力負荷となる加熱定着用の第1ヒータおよび第2ヒータの温度をそれぞれ検出する第1温度検出器および第2温度検出器からの検出温度信号を帰還して、第1ヒータ目標温度および第2ヒータ目標温度との偏差を算出し、それぞれ直列の第1補償器および第2補償器に入力して操作量を決定し、制御対象である熱干渉のある熱干渉プロセスを構成する前記第1ヒータおよび前記第2ヒータに印加するヒータ加熱制御装置において、前記第1補償器の後段であって前記熱干渉プロセスに並列に接続され、
【数1】

で表されて前記熱干渉プロセスを一次遅れのみの伝達関数の組み合わせを用いて近似する補正プロセスである第1補正プロセスと、前記第2補償器の後段であって前記熱干渉プロセスに並列に接続され、
【数2】

で表されて前記熱干渉プロセスを一次遅れのみの伝達関数の組み合わせを用いて近似する補正プロセスである第2補正プロセスと、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、2本のヒータによる相互の熱干渉を一次遅れのみの伝達関数の組み合わせを用いて近似する補正プロセスによって相殺するとともに、それぞれ独立した制御系として第1補償器、第2補償器を接続して制御系の設計を行なうことにより、熱の相互干渉が強く、むだ時間要素を有する場合にも、簡便な方法により、複数のヒータの温度を、それぞれ独立に、精度良く制御することができる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、本発明の第1の実施の形態にかかるディジタル複写機の構成の概要を示す横断側面図である。
【図2】図2は、定着装置を示す横断面図である。
【図3】図3は、ディジタル複写機の制御系の概要を示すブロック図である。
【図4】図4は、従来の温度制御系を示す模式図である。
【図5】図5は、従来の温度制御系を示す模式図である。
【図6】図6は、従来の温度制御系を示す模式図である。
【図7−1】図7−1は、目標温度から第1サーミスタ温度への応答を示すグラフである。
【図7−2】図7−2は、目標温度から第2サーミスタ温度への応答を示すグラフである。
【図8】図8は、従来の温度制御系を示す模式図である。
【図9】図9は、温度制御系を示す模式図である。
【図10−1】図10−1は、目標温度から第1サーミスタ温度への応答を示すグラフである。
【図10−2】図10−2は、目標温度から第2サーミスタ温度への応答を示すグラフである。
【図11】図11は、本発明の第2の実施の形態にかかる定着装置を示す横断面図である。
【図12】図12は、定着装置の加熱制御回路を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に添付図面を参照して、この発明にかかるヒータ加熱制御装置および定着装置の最良な実施の形態を詳細に説明する。
【0011】
[第1の実施の形態]
図1に、本発明の第1の実施の形態のヒータ加熱制御装置および定着装置を装備した電子写真方式の画像形成装置であるディジタル複写機の構成の概要を示す。図1に示すように、ディジタル複写機は、大まかに分けると、スキャナ部1と、図示しない画像処理装置と、プリンタ部2とから構成されている。スキャナ部1は、原稿画像を読み取って原稿画像に対応した電気信号に変換し、画像データとして画像処理装置に送信する。画像処理装置は、送信された画像データに所定の画像処理を施す。画像処理を施された画像データは、プリンタ部2内のレーザ書き込み装置により、プリンタ部2内の電子写真方式の作像装置の中に設けられた感光体に照射されて、原稿画像に対応した静電潜像が形成される。この静電潜像は、現像装置により現像されて現像剤像となった後に、記録用紙に転写される。現像剤像を支持した用紙は、作像装置内の用紙搬送方向下流側に配置された定着装置3に搬送されて、現像剤像が用紙に定着される。
【0012】
図2に、定着装置3を拡大して示す。定着装置3には、上側定着ローラ4および下側定着ローラ5が配置されており、両ローラ4,5は、加圧手段である加圧レバー6により互いに圧接されている。上下の定着ローラ4,5は、図示しない駆動手段により回転可能になっており、用紙を挟持搬送可能になっている。上側定着ローラ4の内部には、電力負荷となる加熱定着用の2本のハロゲンヒータ(第1ヒータである第1定着ヒータ7−1および第2ヒータである第2定着ヒータ7−2)が内蔵されている。また、上側定着ローラ4の外周面には、温度検知用の第1温度検出器である第1サーミスタ8−1、および第2温度検出器である第2サーミスタ8−2および定着剥離爪9が接触して配置されている。さらに、上側定着ローラ4と離間して、2個の温度ヒューズ10−1,10−2が配置されている。
【0013】
図3は、ディジタル複写機の制御系の概要を示すブロック図である。ディジタル複写機は、交流電源接続プラグ11、定着ヒータ7−1,7−2に給電する電力供給ユニット12、給電を制御する制御基板13および定着ユニット14に大別される。交流電源接続プラグ11から、電力供給ユニット12に、商用交流電圧が印加される。電力供給ユニット12には、電源トランス15、ゼロクロス検出回路16、双方向サイリスタ17−1,17−2が内蔵されている。
【0014】
電力供給ユニット12の電源トランス15は、交流を直流に変換する整流平滑回路,直流を複数電圧の交流に変換するインバータおよび交流複数電圧のそれぞれを直流に変換する複数の整流平滑回路でなり、電源トランス15が、複写機内の直流負荷に印加される+24Vおよび+12Vならびに制御系回路に印加される+5Vを出力する。交流電源にプラグ11が接続されると、一次側の電力が電源トランス15により二次側の電力に変換されて所定の電力が電気部品に供給されるようになっている。
【0015】
また、定着ユニット14には、温度ヒューズ10−1,10−2、第1ヒータ7−1、第2ヒータ7−2、および、第1サーミスタ8−1、第2サーミスタ8−2が内蔵されている。
【0016】
さらに、制御基板13には、2つの入出力装置18,19、CPU20、ROM21、RAM22、およびA/D変換器(第1A/D変換器23−1、第2A/D変換器23−2)が内蔵されている。
【0017】
CPU20は、ROM21に記憶されている制御プログラムに基づいてディジタル複写機全体の動作を管理しており、入出力装置18を介して双方向サイリスタ17−1,17−2による給電も制御する。ROM21内には、双方向サイリスタ17−1,17−2を制御するための制御プログラムが記憶されており、CPU20は適時ROM21の内容を読み出して双方向サイリスタ17−1,17−2の制御を行う。また、ROM21には、双方向サイリスタ17−1,17−2の動作を制御するための制御用データも記憶されている。この制御用データも適時読み出されて、双方向サイリスタ17−1,17−2の制御に使用される。
【0018】
前述のように、加熱定着用の2本のヒータ(第1定着ヒータ7−1および第2定着ヒータ7−2)は、上側定着ローラ4の内部に配置されており、上下両ローラ4,5に熱を供給する。また、温度検知用のサーミスタ(第1サーミスタ8−1および第2サーミスタ8−2)は、定着ローラ4の表面温度を電圧に変換して検出する。温度検知用のサーミスタ(第1サーミスタ8−1および第2サーミスタ8−2)の出力信号は、A/D変換器(第1A/D変換器23−1、第2A/D変換器23−2)を介して、CPU20に送られ処理される。双方向サイリスタ17−1,17−2は、CPU20から入出力装置18を介してヒータ制御信号E4を受け取り、交流電源から第1ヒータ7−1および第2ヒータ7−2への電力の供給と遮断とを行っている。つまり、交流電源から第1ヒータ7−1および第2ヒータ7−2への供給電圧E5を制御している。ゼロクロス検出回路16は、交流電源により印加される電源電圧E2のゼロクロス点を検出し、入出力装置18を介してCPU20にゼロクロス信号E3を送っている。温度ヒューズ10−1,10−2は、第1サーミスタ8−1および第2サーミスタ8−2や双方向サイリスタ17−1,17−2が故障して、第1ヒータ7−1および第2ヒータ7−2に電力が供給され続けたときに、過熱,発火等を防ぐために、第1ヒータ7−1および第2ヒータ7−2に直列に接続されている。
【0019】
以上のような電力供給ユニット12および制御基板13によって、スイッチング手段が構成されている。
【0020】
なお、図示を省略したが、交流電源接続プラグ11と電力供給ユニット12との間にはメインスイッチがある。このメインスイッチがオンされると、複写機の制御基板13に動作電圧が印加されて、制御基板13により複写機が制御可能となる。CPU20は、複写機を使用可能な状態にするために、機構の駆動手段を作動させて作像部の前処理プロセスを行うとともに、第1定着ヒータ7−1および第2定着ヒータ7−2に給電して定着ローラ4を所定の温度に加熱する。
【0021】
次に、加熱定着用に2本のヒータを用いた定着装置3が備えるヒータ加熱制御装置による温度制御系について説明する。
【0022】
まず、加熱定着用に2本のヒータを用いた定着装置の従来の温度制御系の構成について図4を参照しつつ説明する。第1サーミスタと、第2サーミスタの合計2個を配置し、それぞれの検出温度信号y1,y2を帰還して、第1ヒータ目標温度Ref1、第2ヒータ目標温度Ref2との偏差e1、e2を算出し、それぞれ直列の第1補償器PID(s)、第2補償器PID(s)に入力して、操作量c1,c2を決定し、制御対象である第1ヒータG11(s)、第2ヒータG22(s)に印加している。補償器PID(s)には、通常、比例作用、積分作用、微分作用をもつ要素が入っており、いわゆるPID制御系を二つ構成した形となっている。
【0023】
しかし、温度制御系として図4に示す従来の温度制御系の構成を用いた場合、2本のヒータ間の熱の相互干渉が弱い場合には、第1補償器、第2補償器を総合的に調整することで温度制御できるが、熱の相互干渉が強い場合には、2本のヒータの温度を、それぞれ独立に、精度良く制御することができないという問題がある。その理由について、図5を参照しつつ説明する。
【0024】
図5で示される定着装置の温度制御系の構成の場合、定着ローラの内部に2本の加熱定着用の2本のヒータが内蔵されるため、相互の熱による干渉作用が発生し、無視できない寄与となる場合がある。このとき、等価的なプロセスのブロック図は、図5に示すようになる。すなわち、第1ヒータを加熱した場合に第2ヒータの温度を上昇させる伝達関数G12(s)の経路、逆に、第2ヒータを加熱した場合に第1ヒータの温度を上昇させる伝達関数G21(s)の経路が発生し、熱による干渉作用を無視できない場合が発生する。また、加熱ヒータのような制御対象には、むだ時間要素が内在し、前述の相互干渉にこのむだ時間要素が加わることによって制御系が不安定になりやすい(ハンチング、制御振動等とも呼ぶ)。これについて、更に詳しく説明する。
【0025】
加熱ヒータのような熱量系の制御対象の伝達関数は、通常、ゲイン定数:Koと一次遅れ時定数:Toとむだ時間:Loで、次のように近似される。
【数3】

ここで、ゲイン定数と一次遅れ要素をG(s)、むだ時間要素をL(s)と分離して表示した。第1ヒータに通電したとき第1サーミスタ温度への寄与を表す伝達関数をG11(s)、第2ヒータに通電したとき第2サーミスタ温度への寄与を表す伝達関数をG22(s)とすれば、それぞれ次式(1),(2)で与えられる。
【数4】

【0026】
次に、第1ヒータに通電したとき第2サーミスタ温度への寄与を表す伝達関数をG12(s)、第2ヒータに通電したとき第1サーミスタ温度への寄与を表す伝達関数をG21(s)とすれば、これは相互の熱干渉を表し、それぞれ次式(3),(4)で与えられる。
【数5】

ここで、G11(s)とG22(s)のゲイン定数Koに比較して、G12(s)とG21(s)のゲイン定数Koがそれぞれ同程度の値であるとすれば、熱の相互干渉の度合いが大きいことになる。
【0027】
ところで、図2に示した定着装置3では、式(1)〜式(4)のゲイン定数Koが、それぞれ同程度であることが実測によって分かった。従って、熱の相互干渉の度合いが大きい場合、先に示した図4は、図6に示すような構成となる。
【0028】
熱の相互干渉G12(s)、G21(s)を考慮していない図4に示した定着装置の温度制御系の構成において、第1ヒータG11(s)と第2ヒータG22(s)にそれぞれ補償器を直列接続した場合の制御系の応答を次に計算する。各定数は、Ko11=2、Ko22=1.5、To11=250、To22=240、Lo11=Lo22=1である。第1ヒータに対する第1補償器PID(s)、第2ヒータに対する第2補償器PID(s)は、式(5)の形で与えられるとする。
【数6】

例えば、ジーグラー・ニコルスの限界感度法を適用してPI補償器を設計すると、PID(s)の比例ゲインKP1=89.2、積分時間TI1=3.29、微分時間TD1=0、PID(s)の比例ゲインKP2=114.1、積分時間TI2=3.29、微分時間TD2=0となる。
【0029】
以上の補償器の定数を用い、図6に示すような熱の相互干渉のある制御対象である熱干渉プロセスについて第1ヒータ目標温度Ref1から第1サーミスタ温度y1、第2ヒータ目標温度Ref2から第2サーミスタ温度y2への制御系の応答を次に計算する。相互干渉要素の各定数は、Ko12=1.5、Ko21=1、To12=380、To21=350、Lo12=Lo21=1である。目標温度は、Ref1=Ref2=190とした。その結果の例、第1サーミスタ温度y1の時間変化を図7−1、第2サーミスタ温度y2の時間変化を図7−2に示した。
【0030】
相互干渉パス(経路)のむだ時間要素LP12(s)、LP21(s)の影響が大きく、制御系が不安定気味(ハンチングに近い状態)になっており、目標温度190℃を大きく越えてオーバーシュートは最大で350℃に達している。また、各パラメータが少し変動しただけで制御系が不安定になってしまう。このように、熱の相互干渉G12(s)、G21(s)を考慮しない図4に示した従来の定着装置の温度制御系の構成を、図5に示すような熱干渉のあるプロセスに適用した場合、所要の設計仕様を満足できないという問題がある。
【0031】
そこで、このような相互干渉を打ち消す作用を有する制御方法として、非干渉化制御などと呼ばれる一般化された理論(非特許文献1参照)がある。
【0032】
非干渉化制御では、図8に示すような非干渉化要素M12(s)、M21(s)を考える。図8において補償器の出力c1、c2から制御量y1、y2への伝達特性を求めると、次式(6),(7)となる。
【数7】

このとき、式(6)のC2の係数部と、式(7)のC1の係数部を零にする条件、
【数8】

を考えると、熱の相互干渉を相殺することができるようになり、従って、非干渉化要素M12(s)、M21(s)を下記式(10)、(11)のように選べば、熱の相互干渉を無くすことができるというものである。
【数9】

このとき、式(10)および式(11)の条件を式(6)および式(7)に代入すると、次式となる。
【数10】

【0033】
ところで、この非干渉化制御理論では相互干渉が打ち消される条件の式(8)、式(9)があり、制御対象の記述が正確に求められる。しかしながら、実際の制御対象を正確に記述することは現実的に困難な場合が多いという問題がある。本実施の形態の加熱ヒータのような場合も、一次遅れとむだ時間という近似式で制御対象をモデル化しているので、実際に相互干渉が完全に打ち消される条件はなりたたず、さらにそのための影響については分からないという問題がある。非干渉化制御において、制御対象を正確に記述出来ない場合の対処方法を説明した実際的な内容は見かけない。また、非干渉化制御理論を厳密に適用しようとすれば、伝達関数の次数が大きく複雑になっていくという課題がある。
【0034】
そこで、本実施の形態においては、複数の加熱ヒータを有し、熱の相互干渉が強く、そして、むだ時間要素を有する場合において、熱の相互干渉を打ち消すべく、図9のような熱干渉プロセスを補正する近似的な補正プロセスを追加して補償器を設計するようにした。なお、図9ではラプラス変換を用いる、いわゆる連続時間系の伝達関数G(s)で全てを記述した。オペアンプや抵抗、コンデンサなどのハードで構成したアナログコントローラを使用する場合は、第1補償器PID(s)、第2補償器PID(s)をそのまま実現すればよい。このような簡便な方法により、複数のヒータの温度をそれぞれ独立に精度良く制御することができる。次に、図9に示す補正プロセスについて詳細を説明する。
【0035】
非干渉化制御理論では相互干渉が完全に打ち消される場合を想定しているが、制御対象である加熱ヒータそのものが一次遅れとむだ時間の近似式なので曖昧さが残り、実機では相互干渉が完全に打ち消される条件はなりたたず、その場合の制御系への影響はすぐには分からない。式(12)、式(13)に、式(1)〜(4)で近似した加熱ヒータを適用すると次式(14),(15)となる。
【数11】

ここで上式の右辺の第2項、すなわち式(16),(17)を、それぞれ第1補正プロセス、第2補正プロセスと呼ぶことにする。
【数12】

【0036】
本実施の形態の加熱ヒータでは、式(14)の特性根を求めると下記式が得られる。
【数13】

また、同じく式(15)の特性根を求めると下記式が得られる。
【数14】

【0037】
そこで、本実施の形態の加熱定着用の2本のヒータ(第1定着ヒータ7−1および第2定着ヒータ7−2)では、下記式(18),(19)に示すように、第1補正プロセス、第2補正プロセスを一次遅れのみの伝達関数の組み合わせを用いて近似し、制御系を構成した。
【数15】

【0038】
加えて、本実施の形態においては、本来の制御対象である第1定着ヒータ7−1(G11(s)=GP11(S)・LP11(s))に対して第1補正プロセスの式(18)、第2定着ヒータ7−2(G22(s)=GP22(s)・LP22(s))に対して第2補正プロセスの式(19)を並列に追加し、それぞれ独立した制御系として、第1補償器PID(s)、第2補償器PID(s)を接続して制御系の設計を行なうようにした。
【0039】
このような近似的な補正プロセスによって熱の相互干渉を打ち消すことができるので、複数のヒータの温度を、それぞれ独立に、精度良く制御することができる。
【0040】
ここで、第1ヒータ目標温度Ref1から第1サーミスタ温度y1、第2ヒータ目標温度Ref2から第2サーミスタ温度y2への制御系の応答を計算した結果を次に示す。式(5)の形で与えられるPID(s)およびPID(s)は、補正プロセスの式(18),(19)を加えた対象について再度PI補償器を設計した結果、
PID(s)の比例ゲインKP1=31.2、積分時間TI1=3.86、微分時間TD1=0
PID(s)の比例ゲインKP2=40.0、積分時間TI2=3.86、微分時間TD2=0
となる。そのときの目標温度から第1サーミスタ温度y1への応答を図10−1、第2サーミスタ温度y2への応答を図10−2に示した。図10−1および図10−2に示すように、従来の例の図7−1および図7−2のような不安定な応答は無くなる。
【0041】
このように本実施の形態によれば、2本の加熱ヒータによる相互の熱干渉を一次遅れのみの伝達関数の組み合わせを用いて近似する補正プロセスによって相殺するとともに、それぞれ独立した制御系として第1補償器PID(s)、第2補償器PID(s)を接続して制御系の設計を行なうことにより、熱の相互干渉が強く、むだ時間要素を有する場合にも、簡便な方法により、複数のヒータの温度を、それぞれ独立に、精度良く制御することができる、という効果を奏する。
【0042】
また、目標温度に対して、制御される温度を一致させることができるので、目標温度に過剰な余裕をもたせる必要がなく、結果としてヒータの消費電力を押さえることができ、省エネなどの効果も期待できる。
【0043】
なお、図9の第1補償器PID(s)、第2補償器PID(s)には、通常、比例作用、積分作用、微分作用をもつ要素が入っており、いわゆるPID制御系を二つ構成した形となっているが、第1補償器PID(s)、第2補償器PID(s)の選定の方法については、制御対象によって変化し、要求される制御仕様を満足するように個別に選定されるのであって、本発明の内容とは直接関係ない。
【0044】
また、図2の定着装置3の上側定着ローラ4の内部に2本内蔵されている第1定着ヒータ7−1、第2定着ヒータ7−2は、その配向分布を異なるように設定される場合があり(複数の加熱ヒータの配向分布を異なるように設定する例としては、特開2004-264397号公報等を参照)、例えば、
第1定着ヒータ7−1の発熱量は軸方向に中央部が高く両端が低い配向分布
第2定着ヒータ7−2の発熱量は軸方向に中央部が低く両端が高い配向分布
となっている。このような場合は、その配向分布に対応して、前述の温度検知用サーミスタは、軸方向中央部に第1サーミスタ8−1、軸方向の端部奥(または端部手前)に第2サーミスタ8−2が、合計2個設置されている(図示せず)。一般に上側定着ローラ4の両端から外側に放出される熱量が大きいため、上述のように加熱ヒータの配向分布を変更して、ローラ温度の均一化を図る目的で実施される例である。この場合も、複数のヒータの温度を、それぞれ独立に精度良く制御することができる。
【0045】
さらに、本実施の形態においては、アナログコントローラを使用して第1補償器PID(s)、第2補償器PID(s)を実現するようにしたが、これに限るものではない。例えば、図3に示すCPU(20)を用いたディジタル制御によって、第1補償器PID(s)、第2補償器PID(s)を実現するようにしても良い。連続時間系のPID補償器の伝達関数には、表現上いくつかの種類があるが、代表的には次式で表される。
【数16】

KPは比例要素の比例ゲイン、TIは積分要素の積分時間、TDは微分要素の微分時間である。これをz変換を用いて離散時間系に変換した場合の式は、サンプリング時間をθとすると、次式で表される。
【数17】

離散時間系の場合も、これまで説明した内容と、同様の考え方を適用できる。より具体的には、上式を実現するためのさらに詳細の演算式(自動制御理論によって一般的に与えられ、本実施の形態の内容とは直接には関係ないので割愛)や定数は、ROM21にプログラムとして記憶されており、CPU20によって演算処理された結果を、入出力装置18に伝達し、ヒータ制御信号E4から電力供給ユニット12の双方向サイリスタ17を駆動して加熱ヒータ7への電力の供給と遮断とを行う。ソフトウェアによって制御器を実現するディジタル制御では、ソフトウェアの変更によって、容易に制御器を変更でき、複数のヒータの温度を、それぞれ独立に、精度良く制御することができる。
【0046】
[第2の実施の形態]
次に、本発明の第2の実施の形態を図11および図12に基づいて説明する。なお、前述した第1の実施の形態と同じ部分は同じ符号で示し説明も省略する。
【0047】
図11は、本発明の第2にかかる実施の形態の定着装置3を示す横断面図である。図11に示すように、本実施の形態の定着装置3には、第1の実施の形態における図2と比較して第3定着ヒータ7−3と第3サーミスタ8−3が追加され、加熱ヒータが3本になった定着装置を示している。高速の複写機になるほど、より多くの定着熱量を必要とするため、加熱ヒータを3本配設した機械は既に市場に供されているものである。
【0048】
この場合には、3本のうちの代表的な2本の加熱ヒータについて、第1の実施の形態における説明を全く同様に適用する。ここで、代表的な加熱ヒータとは、一般的には、消費電力の大きな加熱ヒータであるが、その他の点灯条件などを考慮して、適宜適用する。この場合の温度検知用サーミスタは、その代表的な2本の加熱ヒータに対応して配設し、温度制御系を実現することは、これまでの説明と同様である。従って、このときの、本発明によるヒータ加熱制御方法の等価システムのブロック図は、図12のように示される。図12は、図11の定着装置の定着ヒータへ電力供給する加熱制御回路を示すブロック図である。追加された第3定着ヒータ7−3の温度は、追加された第3サーミスタ8−3でその温度を検出され、独立した制御系を構成するのが一般的であるが、第3サーミスタ8−3を、第1サーミスタ8−1又は第2サーミスタ8−2で代用することも場合によっては可能である。
【0049】
なお、第1の実施の形態においては、図2に対するヒータ加熱制御回路の要部構成を図3として示したが、図11に対する加熱制御回路の要部構成は、図3に第3定着ヒータ7−3、第3サーミスタ8−3を並列に追加した形態となるだけで、同業者にとって容易に類推される実施例のため、割愛する。一般に、3個の制御対象(ここでは3本の定着ヒータ7−1、7−2、7−3を有する温度制御系)を精度良く制御することは、難しい問題となるが、上記のように代表的な2本の加熱ヒータについて適用することにより、容易に、簡易的に制御することができるようになり、実用上充分な場合が多い。
【0050】
なお、ここでは図示しないが、下側定着ローラ5にも加熱ヒータを配置した装置、あるいは、ローラの替わりにベルトを使用して加熱する定着装置も実用に供されており、それらの場合においても、複数のヒータが定着装置内に配置され、それに対応する複数の温度検出器が配置されて、複数ヒータの相互の熱干渉が発生する場合において、本実施の形態と同様の制御系を構成し、同様の効果を奏することができる。
【符号の説明】
【0051】
3 定着装置
7−1 第1ヒータ
7−2 第2ヒータ
8−1 第1温度検出器
8−2 第2温度検出器
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0052】
【非特許文献1】PID制御 システム制御情報学会編 須田信英 著者代表 朝倉書店

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電力負荷となる加熱定着用の第1ヒータおよび第2ヒータの温度をそれぞれ検出する第1温度検出器および第2温度検出器からの検出温度信号を帰還して、第1ヒータ目標温度および第2ヒータ目標温度との偏差を算出し、それぞれ直列の第1補償器および第2補償器に入力して操作量を決定し、制御対象である熱干渉プロセスを構成する前記第1ヒータおよび前記第2ヒータに印加するヒータ加熱制御装置において、
前記第1補償器の後段であって前記熱干渉プロセスに並列に接続され、
【数1】

で表されて前記熱干渉プロセスを一次遅れのみの伝達関数の組み合わせを用いて近似する補正プロセスである第1補正プロセスと、
前記第2補償器の後段であって前記熱干渉プロセスに並列に接続され、
【数2】

で表されて前記熱干渉プロセスを一次遅れのみの伝達関数の組み合わせを用いて近似する補正プロセスである第2補正プロセスと、
を備えることを特徴とするヒータ加熱制御装置。
【請求項2】
電力負荷となる加熱定着用の第1ヒータおよび第2ヒータを含む定着ローラと、
前記各ヒータの温度をそれぞれ検出する第1温度検出器および第2温度検出器と、
前記第1温度検出器および前記第2温度検出器からの検出温度信号を帰還して、第1ヒータ目標温度および第2ヒータ目標温度との偏差を算出し、それぞれ直列の第1補償器および第2補償器に入力して操作量を決定し、制御対象である熱干渉のある熱干渉プロセスを構成する前記第1ヒータおよび前記第2ヒータに印加する請求項1記載のヒータ加熱制御装置と、
を備えることを特徴とする定着装置。
【請求項3】
前記第1ヒータと前記第2ヒータとでは温度分布が異なるように構成されており、
前記第1ヒータと前記第2ヒータとのそれぞれの配向分布に対応して、前記第1温度検出器および前記第2温度検出器がそれぞれ配置されている、
ことを特徴とする請求項2記載の定着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7−1】
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【図7−2】
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【図8】
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【図9】
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【図10−1】
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【図10−2】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−217780(P2010−217780A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−67033(P2009−67033)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】