説明

フッ素系光学重合膜の製造方法及び紫外域用反射ミラー

【課題】 フッ素欠損を極力抑制し、かつ、剥離等が生じにくい反射防止膜又は反射膜として機能するフッ素系光学重合膜の製造方法を提供する。
【解決手段】 真空容器内で、フッ化マグネシウム(MgF2)等の金属フッ化物を加熱蒸発させるとともに、四フッ化炭素(CF4)等のフッ素系ガスを導入し、プラズマ重合を用いた複合式イオンプレーティング法により基材の表面にフッ素系重合膜を形成する。フッ素系ガスに加えて、エチレン(CH2=CH2)等の有機系ガスを導入してもよい。これにより、フッ素欠損が補われて原子的には緻密な膜が形成されるとともに、それよりもやや大きいスケールにおいて膜の充填率が低下する。膜の充填率の低下により剥離等が防止されるとともに、膜の屈折率が低下し、反射膜又は反射防止膜として用いられた場合の損失を最小限に抑えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に紫外域での使用に適したミラー、レンズ、プリズム、フィルタ等の光学要素の基材表面に適用する反射防止膜又は反射膜に関する。
【背景技術】
【0002】
画像形成装置や投影露光装置において、線幅を小さくし、集積度を上げるために、より短波長の紫外光の使用が要望されている。このような装置の光学系には、特に紫外光に対する反射率や透過率を上昇させるため、金属膜や誘電体膜をコーティングすることが従来から行われている。これらのコーティングは、使用する光の波長や用途に応じてその膜厚や屈折率を適宜設計した上で行うが、その素材としては、紫外光の吸収が小さいことからフッ化マグネシウム(MgF2)やフッ化カルシウム(CaF2)等の金属フッ化物がよく用いられる。
【0003】
これら金属フッ化物膜のコーティングには、従来、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法等が用いられている(非特許文献1)。
【非特許文献1】"Far ultraviolet optical properties of MgF2 films deposited by ion-beam sputtering and their application as protective coatings for Al", Juan I. Larruquert, Ritva A.M. Keski-Kuha, Optics Communications, 215 (2003) 93-99
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記いずれの方法によっても、製造された金属フッ化物膜にはフッ素原子あるいはイオンの欠損(フッ素欠損)が生じ、それにより本来の材料特性からは生じ得ない光の吸収や散乱が生じる。このような吸収や散乱は可視域よりも紫外域において大きな問題となり、光学部品として利用できない場合も生ずる。
【0005】
また、上記方法によるフッ化物膜の成膜は基材を加熱した状態で行うが、フッ化物膜と基材との熱膨張係数が大きく異なる場合、成膜後に冷却する際にそれぞれの収縮量に差が生じ、膜内に大きな応力が発生する。その結果、製造後のフッ化物膜と基材との密着性が悪くなったり、膜に亀裂が生じやすくなる等の問題もある。
【0006】
本発明は、フッ素欠損を極力抑制し、かつ、剥離等が生じにくい反射防止膜又は反射膜として機能するフッ素系光学重合膜の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係るフッ素系光学膜の製造方法は、真空容器内で、金属フッ化物を加熱蒸発させるとともに、フッ素系ガスを導入し、プラズマ重合を用いたイオンプレーティング法により基材の表面にフッ素系重合膜を形成することを特徴とする。
【0008】
なお、前記フッ素系ガスに加えて、有機系ガスを導入してもよい。
【0009】
本発明に係る光学膜は、その厚さを適切に設定することにより、レンズやプリズム、フィルターの表面にコーティングする反射防止膜として利用することもできるし、ミラーの表面にコーティングする反射膜として利用することもできる。
【0010】
従って、本発明に係るフッ素系光学膜をコーティングする基材としては、レンズやプリズム、フィルターの場合には従来用いられている合成石英ガラスやフッ化カルシウム(CaF2)、フッ化リチウム(LiF)等のフッ化物単結晶等を使用することができ、ミラーの場合には同様に従来より用いられているアルミニウム等の金属を使用することができる。
【0011】
光学膜の基本材料である金属フッ化物としては、なるべく低い屈折率を有するものが望ましく、フッ化マグネシウム(MgF2)、フッ化カルシウム(CaF2)、フッ化アルミニウム(AlF3)、フッ化リチウム(LiF)等が好適である。その中でも、MgF2は最も屈折率が低いため好適である。
【0012】
フッ素系ガスとしては、四フッ化炭素(CF4)やフルオロカーボン等の有機物、又はフッ素ガス(F)や三フッ化窒素(NF3)等の無機物を用いることができる。
【0013】
付加的に用いる有機系ガスとしては、ポリマーの前駆体となり得る不飽和の有機物、例えばエチレン(CH2=CH2)、プロピレン(CH3CH=CH2)等のアルケンを用いることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法を用いることにより、フッ素欠損の非常に少ないフッ素系光学膜膜を製造することができ、一方、その膜の空間充填密度を小さくすることもできる。よって、成膜後の冷却時に膜内で発生する応力を小さくすることができ、光学膜の基材からの剥離を有効に防止することができる。また、従来の金属フッ化物膜よりも屈折率を小さくすることができるため、反射膜、反射防止膜のいずれの場合においても損失の少ない光学膜とすることができる。
【0015】
更に、付加的に有機系ガスを用いた場合には、さらに膜の空間充填密度を小さくし、屈折率をより低くすることができる。これにより、透過又は反射の際の損失を従来の金属フッ化物膜よりも抑えることができ、反射防止膜あるいは反射膜としてより好適に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のフッ素系光学膜の製造方法を実施するための装置の一つの形態を図1を用いて説明する。図1は、複合式イオンプレーティング装置を示している。真空容器である処理室11内の上部には、被コーティング物を固定する処理台12が設けられ、それに対向する直下には、コーティング膜主剤を加熱するための加熱ボート13が設けられている。加熱ボート13には、高抵抗材料を用いた抵抗加熱法を採用することが望ましい。加熱ボート13と処理台12の間には、直流電圧を印加する直流電圧源DCが設けられており、処理台12と加熱ボート13の間にはプラズマ生成用のRF電極14が配置されている。
【0017】
本装置を用いて凹面鏡の反射面のコーティング膜を作製する方法を次に説明する。被コーティング物であるガラス製凹面鏡Sの基材を、処理面を下にして処理台12の下面に固定する。なお、凹面鏡Sの表面には予めアルミニウム反射膜を形成しておく。ポンプPにより処理室11内を10-4Pa程度まで真空排気した後、四フッ化炭素(CF4)等のフッ素系ガスをガス導入口G1から処理室11内に導入する。また、必要に応じてエチレン(CH2=CH2)、メタン(CH4)等の有機系ガスをガス導入口G2から処理室11内に導入する。処理室11内の圧力が5×10-2Pa程度となったところでこれらのガス(反応ガス)の導入を停止する。
【0018】
次に、加熱ボート13を加熱することにより、そこに予め載置しておいたコーティング膜主剤であるフッ化マグネシウム(MgF2)を気化させる。加熱ボート13の温度が十分上昇した時点で、加熱ボート13と処理台12の間に約100VのDC電圧を印加するとともに、高周波電源RFからプラズマ発生用RF電極14に13.56MHz、約50Wの高周波電流を流す。このDC電圧の印加により、加熱ボート13と処理台12の間にはグロー放電が発生し、一方、プラズマ発生用RF電極14へのRF電力の投入により四フッ化炭素等の反応ガスがプラズマ化する。加熱により気化及びイオン化したフッ化マグネシウムはDC電圧により加速されて凹面鏡Sの反射面に膜を形成するが、その際、プラズマ化した反応ガスが膜生成に関与し、プラズマ重合反応が生じる。これにより、フッ素欠損が補われて原子的には緻密な膜が形成されるとともに、それよりもやや大きいスケールにおいて膜の充填率が低下するという効果が得られる。この原因の一つは次のようなプロセスによるものと考えられる。すなわち、フッ素系ガスや有機系ガスのモノマー分子はプラズマ中で一旦分解されるが、この分解物は活性化過程を経るため、膜内において生成されるプラズマ重合膜の高分子鎖を構成する原子配列は、モノマー分子の配列とは異なったものとなる。
【0019】
上記処理を予め定められた時間だけ継続することにより、凹面鏡Sの反射面上に所定の厚さのフッ素系重合膜から成る反射膜を形成することができる。
【0020】
本発明に係る方法で形成した光学膜は、上記のように充填率がやや低いため、処理後の冷却時に生じる内部応力が小さく、剥離や亀裂の発生が抑制される。また、従来の光学膜よりも屈折率が低いという特徴を有する。
【0021】
図2に、アルミ反射面に従来の方法で反射膜を形成した場合と本発明に係る方法で反射膜を形成した場合の計算による波長反射率の計算結果を示す。アルミ反射面のみの場合(Al)は全体として反射率が低く、400nm以下の短波長側で波をうっている(リップリング)。従来方法で150nmの厚さのMgF2(屈折率を1.38とした)膜を形成した場合(MgF2-150nm)は更に大きなリップリングが生じ、反射鏡として実際上用いることはできない。同じく従来方法で形成し、その厚さを50nmとしたMgF2膜(屈折率は同じく1.38)の場合(MgF2-50nm)、リップリングはかなり収まっているが、400nm以下の短波長において未だやや波をうっている。それに対し、本発明の方法により作成し、MgF2膜の屈折率を1.1として、厚さを50nmとした場合、リップリングは殆ど無くなるとともに、全体として反射率が向上している。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明のフッ素系光学重合膜の製造方法の一実施態様である複合式イオンプレーティング装置の概略構成図。
【図2】アルミ反射面に従来の方法と本発明の方法によりMgF2光学膜を生成した場合の波長反射率の計算結果の図。
【符号の説明】
【0023】
11…処理室(真空容器)
12…処理台
13…加熱ボート
14…プラズマ発生用RF電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器内にフッ素系ガスを導入してプラズマを形成し、それによるプラズマ重合と金属フッ化物の加熱蒸発とを併用した複合式イオンプレーティング法により基材の表面にフッ素系重合膜を形成することを特徴とするフッ素系光学膜の製造方法。
【請求項2】
前記フッ素系ガスに加えて、有機系ガスも導入することを特徴とする請求項1に記載のフッ素系光学膜の製造方法。
【請求項3】
前記金属フッ化物がフッ化マグネシウムであることを特徴とする請求項1又は2に記載のフッ素系光学膜の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法で製造されたフッ素系光学膜が反射面上にコーティングされていることを特徴とする紫外領域用反射ミラー。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−316306(P2006−316306A)
【公開日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−138817(P2005−138817)
【出願日】平成17年5月11日(2005.5.11)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】