説明

フーリエ変換赤外分光光度計

【課題】異常スペクトルが得られた場合、原因を容易に推測できるフーリエ変換赤外分光光度計を提供する。
【解決手段】本発明のフーリエ変換赤外分光光度計は、密閉室10内の光学部品と、干渉光を生成する干渉計と、干渉光を検出する検出器と、検出器の検出信号からスペクトルを得る変換処理部27を有する。検出器は、密閉室10の窓板17と試料室22を透過した後の干渉光を検出する標準検出器26と、窓板17を透過する前の干渉光を検出する補償検出器20とを有し、変換処理部27は、標準検出器26と補償検出器20の検出信号から標準スペクトル及び補償スペクトルを得るように構成され、干渉光を窓板17を介して密閉室10外に放射する光路と、干渉光を補償検出器20に入射させる光路とを切り替え可能な光路切換鏡18と、光路切替鏡18を制御する制御部28を備える。標準スペクトルと補償スペクトルにおける異常の有無を検討して原因を推測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フーリエ変換赤外分光光度計に関する。
【背景技術】
【0002】
フーリエ変換赤外分光光度計(以下、「FTIR」と略す)では、固定鏡及び移動鏡を含むマイケルソン型干渉計により時間的に振幅が変動する干渉波を生成し、これを試料に照射してその透過光又は反射光をインターフェログラムとして検出する。そして、この検出信号をフーリエ変換することにより、横軸に波数、縦軸に強度(吸光度又は透過率など)をとった吸収スペクトルを得る。このとき、1回の移動鏡の走査によって1本のインターフェログラムが発生し、該インターフェログラムから所定の波長範囲全てに亘る吸収スペクトルを取得することができる(特許文献1、2参照)。
【0003】
具体的には、サンプルを搭載しない状態(バックグラウンド)でのインターフェログラムと、サンプルを搭載した状態でのインターフェログラムを測定し、これらのインターフェログラムを高速フーリエ変換してそれぞれのパワースペクトルを得た後、バックグラウンドにおけるパワースペクトルに対するサンプル搭載時のパワースペクトルの比を求め、この比から透過率スペクトルや吸光度スペクトルを算出している。
【0004】
FTIRの干渉計内部には、ビームスプリッタなどの光学部品の材料として臭化カリウム(KBr)など、潮解性を有する光学材料が用いられている。光学部品が潮解すると測定に支障を来すため、干渉計は通常、低湿度に保たれた干渉計密閉室内に収容されており、該密閉室から赤外線が射出する部分には、赤外線を透過し、かつ耐湿性能に優れたKRS−5等を使用した窓板が設けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-22536号公報
【特許文献2】特開2003-14543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
FTIRで分析を繰り返すうちに、得られるパワースペクトルに異常が生じることがある。この原因として、干渉計内部の光学部品や標準検出器の位置ずれ、水蒸気の付着による窓板の曇りや有機物の付着による窓板の汚れ、干渉計で生成される干渉波を集光して試料室へ照射する集光鏡の不具合、試料室内で試料を搭載するための付属品の劣化等、多くの原因が考えられる。異常なパワースペクトルの形状は、原因ごとに微妙に異なる場合が多いため、波形変化を観察することによってある程度原因の推測が可能な場合もある。しかし、このような推測には豊富な経験に基づく技能が必要であり、通常のユーザーは、異常なパワースペクトルが生じてもそれに対処するための方法を知ることができない。
【0007】
本発明は上記問題を解決するためになされたものであり、その目的は、得られたパワースペクトルに異常が生じた場合、その原因を容易に推測することのできるフーリエ変換赤外分光光度計を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明の第一の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計は、
密閉室内に配置された光学部品を備え、光源から放射された光から干渉光を生成する干渉計と、
前記干渉光を検出する検出器と、
前記検出器の検出信号をフーリエ変換することによりスペクトルを得る変換処理部とを有するフーリエ変換赤外分光光度計において、
前記検出器は、前記密閉室の窓板及び試料室を透過した後の前記干渉光を検出する標準検出器と、前記密閉室内に配置された、前記密閉室の窓板を透過する前の前記干渉光を検出する補償検出器とを有し、
前記変換処理部は、前記標準検出器の検出信号及び前記補償検出器の検出信号をそれぞれフーリエ変換して標準スペクトル及び補償スペクトルを得るように構成され、
前記干渉光を前記密閉室窓板を介して前記密閉室外に放射する光路と、前記干渉光を前記補償検出器に入射させる光路とを切り替え可能な光路切換鏡と、
前記光路切替鏡を制御する制御部を備えることを特徴とする。
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明の第二の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計は、第一の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計において、
特定時における前記標準検出器の検出信号から得られた特定標準スペクトルの波形形状と、特定時における前記補償検出器の検出信号から得られた特定補償スペクトルの波形形状を記憶する波形記憶手段と、
前記特定補償スペクトルの波形形状に対する前記特定標準スペクトルの波形形状の変形比率から、前記特定補償スペクトルの波形形状を前記特定標準スペクトルと同一波形形状となるように前記特定補償スペクトルの波形形状を変形処理するための変形関数を求める関数算出部と、
前記変形関数に基づき前記補償スペクトルの波形形状を変形処理する変形処理部
をさらに備えることを特徴とする。
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明の第三の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計は、第二の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計において、
前記変形処理部で変形処理された前記特定補償スペクトルに対する前記特定標準スペクトルの比から、透過率スペクトルを算出する透過率スペクトル算出部と、
前記透過率スペクトルにおける特定波長での透過率を、試料搭載用付属品スループットとして記憶するスループット記憶手段とをさらに備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の第一の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計では、干渉計で生成された干渉光の光路を光路切替鏡で切り換えることによって、干渉光を標準検出器、又は補償検出器のいずれかで検出させるようにすることができる。標準検出器は密閉室の窓板及び試料室を透過した干渉光を検出し、密閉室内に配置された補償検出器は密閉室の窓板を透過する前の干渉光を検出する。従って、標準検出器と補償検出器で検出されたそれぞれの検出信号を変換処理部でフーリエ変換して標準スペクトルと補償スペクトルを得、いずれのスペクトルに異常が現れるかを見出せば、密閉室内部、又は密閉室窓板より後ろの光路上のどちらに異常があるかが判別できる。
【0012】
実際に生じるトラブルでは、標準検出器や集光鏡の不具合がスペクトル異常の原因であることはほとんどなく、干渉計密閉室窓板の曇り・汚れ、又は密閉室内に配置された光学部品の位置ずれがスペクトル異常の原因であることが多い。従って、密閉室内部、又は密閉室窓板より後ろの光路上のうち、いずれで生じる異常であるかかが判別できれば、多くの場合、スペクトル異常の原因を推測することができる。
【0013】
例えば、標準スペクトルと補償スペクトルをモニターしながら計測を行っている最中に標準スペクトルのみで異常な波形が観察された場合、密閉室窓板より後ろの光路上に問題があることが分かる。密閉室窓板より後ろの光路上の問題としては、具体的には、窓板の曇り・汚れや、干渉計で生成された干渉波を集光して試料室へ照射する集光鏡の不具合、試料室内に設置される付属品の劣化、標準検出器の位置ずれなどが考えられる。もっとも、実際は前述のように窓板の曇り・汚れが原因である場合が多い。この場合、窓板を交換・清掃することでスペクトルの波形異常に対処することができる。
【0014】
一方、計測中に、標準スペクトルのみならず補償スペクトルにおいても異常な波形が観察された場合には、密閉室内部に異常があることが分かる。具体的には、密閉室内部に配置された光源の不具合やビームスプリッタ、集光鏡、固定鏡、移動鏡などの光学部品の位置ずれ、補償検出器の不具合などが原因として考えられるが、実際は前述のように光学部品の位置ズレが原因である場合が多い。この場合、密閉室内の光学部品の位置を確認して修正し、光路を正常にもどすことで対処することができる。
【0015】
スペクトルの波形形状の異常は、標準スペクトルと補償スペクトルとの比較や、正常な状態における標準スペクトル・補償スペクトルとの比較などの総合判断によって発見される。もっとも、標準検出器は密閉室窓板や試料室を透過した干渉光を受光するが、補償検出器はこれらを透過する前の光を受けるため、補償検出器で受ける光量は標準検出器で受ける光量より大きくなる。従って、標準スペクトルと補償スペクトルとを単純に比較することはできず、不慣れなユーザーにはスペクトルの波形異常の判断がつきにくい場合がある。
【0016】
そこで、本発明の第二の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計では、特定時における標準検出器の検出信号から得られた特定標準スペクトルと、特定時における補償検出器の検出信号から得られた特定補償スペクトルの波形形状を波形記憶手段に記憶させておき、特定補償スペクトルの波形形状に対する特定標準スペクトルの波形形状の変形比率から、特定補償スペクトルの波形形状を特定標準スペクトルと同一波形形状となるように、特定補償スペクトルの波形形状を変形処理する関数を関数算出部で算出する。ここで、「特定時」とは、具体的には、本分光光度計で得られる標準スペクトル、及び補償スペクトルのいずれにも異常がなく、適切な測定結果が得られている時点である。
【0017】
このようにして求められた変形関数をその後の計測中に得られる補償スペクトルに対して適用し、変形処理を行うと、本分光光度計に異常がない場合には、標準スペクトルは変形後の補償スペクトルと同一の波形になる。このように、本発明の第二の態様のフーリエ変換赤外分光光度計では、不慣れなユーザーでも標準スペクトルと補償スペクトルの波形形状の比較をより簡便に行うことが可能になる。
【0018】
また、本発明の第三の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計を用いると、第一、又は第二の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計によって、窓板より後ろの光路上に問題があると判断された場合、その原因が付属品の劣化によるものかどうかをより簡便に調べることが可能になる。
【0019】
ここで付属品とは試料室内にサンプルを搭載するためのアタッチメントであり、拡散反射測定法、全反射測定法(ATR法)、高感度反射測定法など、FTIR装置において用いられる測定法ごとに異なる種類の付属品が用いられる。例えば、ATR法ではサンプルを密着させるためにプリズムが用いられるが、その素材はゲルマニウムやセレン化亜鉛であることが多い。ゲルマニウムはKnoop数(硬度)が24、セレン化亜鉛は250と比較的柔らかいため、使用を繰り返すうちに表面に傷が付いてサンプルとの密着性が低下したり、サンプルの押しつけのためにプリズムに割れが生じたりする。
【0020】
従来、付属品の劣化の有無は以下のように調べられてきた。まず、予め劣化のない正常な付属品設置段階(初期段階)におけるスループットを算出しておく。ここで「スループット」とは、付属品を取り付けない状態で測定されたバックグラウンドスペクトルと、付属品を取り付けた状態で測定されたスペクトルから算出された透過率スペクトルにおける、特定波長での透過率のことである。また、「特定波長」とは、付属品の劣化の有無を調べるのに最適な波長であり、付属品の素材を考慮してユーザーが予め定めた波長である。正常な付属品を試料室内に取り付け、各光学部品の最適場所への配置調整を行った後、付属品存在下で標準検出器で得られた検出信号から初期標準スペクトルを求める。次に、この正常な付属品を取り外し、付属品非存在下で再度標準検出器による検出を行い、初期バックグラウンドスペクトルを計測する。初期標準スペクトルと初期バックグラウンドスペクトルから初期透過率スペクトルを算出し、特定波長における透過率スペクトル(透過率)を、初期段階におけるスループットとして記憶しておく。
【0021】
その後付属品を再度取り付け、付属品にサンプルを搭載して分析を繰り返す。異常なスペクトルが検出され、その原因として付属品の劣化が疑われた場合、劣化の疑われる付属品からサンプルを取り外し、付属品のみが設置された状態で標準検出器から標準スペクトルを計測する。次に、再度付属品を取り外し、その状態で標準検出器から標準スペクトルを計測する。これらの標準スペクトルから透過率スペクトルを算出し、スループットを算出する。予め算出、記憶しておいた、初期段階におけるスループットと比較を行い、異常なスループットであると判断された場合、付属品の劣化が想定されることになる。
【0022】
これに対して、第三の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計では、まず、劣化の生じていない正常な付属品を試料室内に設置した段階(初期段階)で、各光学部品の最適場所への配置調整を行い、正常付属品を取り付けたまま、標準検出器と補償検出器で干渉光を検出し、それぞれ特定標準スペクトルと特定補償スペクトルを計測する。これらのスペクトルの波形を波形記憶手段に記憶させ、変形関数を求めておく。次に、この特定補償スペクトルを変形処理した変形処理後特定補償スペクトルを求め、透過率スペクトル算出部に、変形処理後特定補償スペクトルに対する特定標準スペクトルの比から透過率スペクトルを算出させ、特定波長における透過率スペクトルを該付属品のスループットとしてスループット記憶手段に記憶させておく。つまり、本態様のフーリエ変換赤外分光光度計では、従来のフーリエ変換赤外分光光度計と異なり、初期段階において、光学部品調整後に付属品を取り外して計測を行う必要がない。
【0023】
その後、付属品にサンプルを搭載し、分析を繰り返す。異常なスペクトルが検出され、異常の原因が窓板より後ろの光路上にあると判断された場合、改めて、劣化が疑われる付属品が設置された状態におけるスループットを算出する。即ち、劣化の疑われる付属品からサンプルを取り外し、付属品のみが設置された状態で、標準検出器からの標準スペクトルと、補償検出器からの補償スペクトルを計測する。計測された補償スペクトルに対し、予め求めた変形関数を適用して変形処理後補償スペクトルを得る。標準スペクトルと、変形処理後補償スペクトルから、スループットを算出する。ここで算出されたスループットと、スループット記憶手段に記憶されたスループットが同一、若しくは予め定めた閾値内であれば、該付属品に劣化は生じていないと判断することができる。つまり、付属品の劣化が疑われた段階でも、従来のフーリエ変換赤外分光光度計と異なり、付属品を取り外して計測を行う必要がなくなる。
【0024】
このように、本発明の第三の態様に係るフーリエ変換赤外分光光度計によると、付属品を取り外した状態での計測なしにスループットを算出することができるため、付属品の取り外しの手間を省くことができ、スペクトル異常の原因が付属品の劣化によるものか否かをより簡便に判断することができる。
【0025】
以上、本発明に係るフーリエ変換赤外分光光度計で異常なスペクトルが得られた場合にその原因を推定し、対処する方法について説明した。しかし、本発明に係るフーリエ変換赤外分光光度計は、スペクトルの異常が生じた場合の原因推定に役立つのみならず、各分析を行う前に必要な光学部品や検出器の最適位置への調整をより簡便に行えるという効果も奏する。
【0026】
例えば、補償スペクトルを計測することで、密閉室内に配置された光学部品の調整を行うことができる。具体的には、計測された補償スペクトルで、ピーク強度が適正になり、かつ赤外吸収が明確に示されるように光学部品等の位置を調整すれば、光学部品の最適配置に調整することができる。密閉室窓板より後ろの光路上の光学部品の配置や標準検出器、窓板の状態は補償スペクトルと関係がないため、例えば標準検出器を取り付けていない状態でも密閉室内の光学部品の最適配置を確認することができる。
【0027】
また、上述のように補償検出器由来のスペクトルを計測して干渉計内の光学部品の最適位置への調整を行った後、標準検出器由来のスペクトルを同様に計測することによって、干渉計より後ろの光路上の光学部品の位置調整を行うことができる。
【0028】
さらに、本発明に係るフーリエ変換赤外分光光度計を用いると、付属品ごとにバックグラウンド(サンプルを搭載せずに付属品のみを取り付けた状態)のスペクトルを測定する必要がなくなる。
【0029】
従来のフーリエ変換赤外分光光度計では、一連の測定のたびに、付属品にサンプルを搭載しない状態での標準検出器由来のスペクトルをバックグラウンドスペクトルとして測定する作業が必要であった。しかし、本発明に係るフーリエ変換赤外分光光度計を用いる場合、予め、サンプルを搭載せずに付属品のみを取り付けた状態で、標準検出器で検出された信号から得られた特定標準スペクトルと、補償検出器で検出された信号から得られた特定補償スペクトルの波形形状を波形記憶手段に記憶させ、補償スペクトルと標準バックグラウンドスペクトルとが同一波形形状になるような変形関数を関数算出部に算出させておく。この変形関数は各付属品ごとに特異的であるから、使用が想定される付属品毎に変形関数を算出し、記憶手段に記憶させておくとよい。
【0030】
サンプルを分析する際には、サンプルを付属品に搭載した状態で、標準検出器由来のスペクトルと、補償検出器由来のスペクトルの両方を算出し、補償検出器由来のスペクトルに、記憶手段に記憶させた変形関数を適用する。これによって、サンプルを搭載していないバックグラウンドのスペクトルを得ることができる。つまり、一旦付属品ごとに固有の変形関数を記憶手段に記憶させておけば、サンプルを搭載しない状態でバックグラウンドの測定を行う必要がなくなる。これによって測定回数が減少するため、分析時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本実施例に係るFTIRの概略構成図。
【図2】本実施例においてサンプルS1とサンプルS11で得られる補償パワースペクトル図(a)及び標準パワースペクトル図(b)。
【図3】本実施例においてサンプルS11で得られるパワースペクトル図。
【図4】本実施例においてサンプル未搭載時に得られるパワースペクトル図。
【図5】本実施例においてサンプルS11で得られる標準パワースペクトルと変形補償パワースペクトルを重ね合わせたスペクトル図。
【図6】本実施例においてサンプルS1とサンプルS12で得られる補償パワースペクトル図(a)及び標準パワースペクトル図(b)。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の一実施形態に係るFTIRについて、図1〜図6を用いて説明する。
【実施例】
【0033】
図1は本実施例に係るFTIRの概略構成図である。本実施例に係るFTIRには、干渉光を生成するための干渉計が設けられている。干渉計は、赤外光源11、集光鏡12、コリメータ鏡13、ビームスプリッタ14、固定鏡15、移動鏡16等の光学素子から構成され、スペクトル測定を行うための干渉赤外光を生成する。すなわち、赤外光源11から出射された赤外光は、集光鏡12、コリメータ鏡13を介してビームスプリッタ14に照射され、ここで固定鏡15及び移動鏡16の二方向に分割される。固定鏡15及び移動鏡16にてそれぞれ反射した光はビームスプリッタ14によって再び合一され、放物面鏡21へ向かう光路に送られる。このとき、移動鏡16は、制御部29の制御の下、移動鏡駆動部16aにより前後(図1中の矢印Mの方向)に往復駆動されているため、合一された光は時間的に振幅が変動する干渉光となる。
【0034】
上記干渉計を構成する光学素子は密閉室10内に配置されている。密閉室10内は湿度がコントロールされている。これは、主として、潮解性を有するKBrを基板とするビームスプリッタ14を保護するためである。密閉室10から干渉光が射出する部分には、赤外線を透過し、かつ耐湿性能に優れたKRS−5を使用した窓板17が設けられている。従って、干渉計で生成された干渉光は、窓板17を透過して密閉室10の外部に出射され、放物面鏡21で集光されて試料室22内に照射される。試料室22内には試料24を載置するためのプリズム23が取り付けられており、サンプル24とプリズム23を通過した光は集光鏡25により標準検出器26へ集光される。なお、本実施例では標準検出器26としてTGSを使用しているが、MCTを用いてもよい。
【0035】
また、本実施例に係るFTIRの干渉計は、移動可能な光路切替鏡18、放物面鏡19、及び補償検出器20をさらに備えている。光路切替鏡18は制御部28の制御の下、光路切替鏡駆動部18aにより、上記ビームスプリッタ14から集光鏡21へ向かう干渉光の光路上に配置することができる。このような配置の場合、ビームスプリッタ14で合一された光は光路切替鏡18で反射されて放物面鏡19に集光され、補償検出器20で検出される。光路を切り換える必要がないときは、制御部29の制御の下、光路切替鏡駆動部18aによって光路切替鏡18を該光路から外れた位置18’に待避させることができる。補償検出器20は標準検出器26と同一種類であることが望ましいため、本実施例ではTGSが使用されている。なお、放物面鏡19は楕円面鏡や球面鏡でも構わない。
【0036】
標準検出器26や補償検出器20で検出されたインターフェログラムは変換・処理部27で高速フーリエ変換されて、それぞれのパワースペクトルが作成される。
なお、上記一連の測定動作は制御部28の制御の下に実行される。
【0037】
通常の分析では、上記のように光路切替鏡18で光路を切り換えることによって計測された標準検出器26由来の標準パワースペクトルと補償検出器20由来の補償パワースペクトルの両方を用い、変換・処理部27で各サンプルにおける透過率スペクトルや吸光度スペクトルが算出される。しかし、分析を続けるうち、得られる標準パワースペクトルや補償パワースペクトルに異常が見られる場合がある。このような場合の原因推定方法につき、以下説明する。
【0038】
まず、サンプルS1〜S10までは正常なパワースペクトルが得られていたが、サンプルS11で図2のようなスペクトルが得られた場合について説明する。
【0039】
図2はサンプルS1及びS11で得られた補償パワースペクトル(a)と標準パワースペクトル(b)を示している。点線はサンプルS1で得られた正常なスペクトル、(a)の実線はサンプルS11で得られた補償パワースペクトル、(b)の破線はサンプルS11で得られた標準パワースペクトルを示す。
スペクトルの全体的なエネルギーは補償パワースペクトル(a)の方が標準パワースペクトル(b)よりも大きい。これは、標準検出器26は窓板17や試料室22を透過した後の干渉光を検出しているが、補償検出器20はこれらを透過する前の干渉光を検出しているためである。また、標準パワースペクトル(b)では、サンプル24による部分的エネルギー吸収が認められる。
【0040】
次にサンプルS1とS11の波形形状を比較する。補償スペクトル(a)では両者に違いは認められない。一方、標準スペクトル(b)ではサンプルS11において部分的なエネルギー吸収が見られる。つまり、サンプルS11で得られた補償パワースペクトル(a)の波形形状に異常は認められないが、標準パワースペクトルの波形形状(b)には異常が認められたことになり、サンプルS11の計測時に、窓板17より後ろの光路上で何らかの問題が生じていることが分かる。窓板17より後ろの光路上に生じる問題は、実際には窓板17の曇り、又は汚れである場合が多いため、ユーザーはまず窓板17の状態を確認し、必要であれば窓板17の交換、洗浄といった対策を採ることができる。窓板17に問題がない場合、プリズム23が劣化していないかどうかを確認するための作業を次に行
い、プリズム23の劣化が原因でないと判断された場合、放物面鏡21・集光鏡25の配置や標準検出器26に問題がないかを確認すればよい。
【0041】
ここでは、サンプルS1において得られた正常なパワースペクトルの波形形状と、サンプルS11で得られたパワースペクトルの波形形状との比較を行ったが、標準パワースペクトルと補償パワースペクトルの波形形状とを比較することで、スペクトルの異常を発見することもできる。図3は、図2(a)のサンプルS11と図2(b)のサンプルS11のパワースペクトルを重ね合わせたものである。補償パワースペクトル(実線)と標準パワースペクトル(破線)の波形形状を比較すると、サンプル24によるエネルギー吸収の他に、標準パワースペクトルの波形に異常があることが分かる。このように、補償パワースペクトルと標準パワースペクトルの波形形状を比較することによっても、FTIRの異常原因を推測することができる。
【0042】
もっとも、このような比較方法では、標準パワースペクトルと補償パワースペクトルの波形の大きさが異なるため、ユーザーが不慣れな場合、サンプルS11における補償パワースペクトルの形状が正常か異常かの判断が付かないことがある。このような場合、光学素子や検出器などに異常がなく、サンプルを搭載しない状態で、補償スペクトルと標準スペクトルを予めそれぞれ計測しておき(特定補償スペクトル、特定標準スペクトル、図4参照)、特定補償パワースペクトルの波形形状に対する特定標準パワースペクトルの波形形状の変形比率から、両スペクトルの波形形状が同一となるような変形関数を関数算出部29で求めておく。その後、サンプル計測時に得られた補償パワースペクトルに対し、該変形関数を適用し、変形補償パワースペクトルを作成する。標準パワースペクトルと、変形処理した変形補償パワースペクトルを重ね合わせたスペクトル図が図5である。図5によると、変形補償パワースペクトルと標準パワースペクトルの波形形状の比較をより簡便に行うことができる。
【0043】
次に、サンプルS1〜S10までは正常なスペクトルが得られていたが、サンプルS12で図6のようなスペクトルが得られた場合について説明する。
【0044】
図6はサンプルS1及びS12で得られた補償パワースペクトル(a)と標準パワースペクトル(b)を示している。点線はサンプルS1で得られた正常なスペクトル、(a)の実線はサンプルS12で得られた異常な補償パワースペクトル、(b)の破線はサンプルS12で得られた異常な標準パワースペクトルを示す。ここでも図2と同様、スペクトルの全体的なエネルギーは補償パワースペクトル(a)の方が標準パワースペクトル(b)よりも大きい。また標準パワースペクトル(b)では、サンプル24によるエネルギー吸収が認められる。
【0045】
サンプルS1とS12の波形形状を比較すると、補償スペクトル(a)、及び標準スペクトル(b)の両スペクトルにおいて、サンプルS12で得られたスペクトルは、サンプルS1で得られたスペクトルと比べ、全体的に低い出力に抑えられている。つまり、サンプルS12では、標準スペクトルと補償スペクトルの両者で異常な波形が認められたことになり、サンプルS12の計測時に干渉計内に何らかの問題が生じているとが分かる。
従って、干渉計内のビームスプリッタ14、固定鏡15、移動鏡16などの位置を調整するという対処法が考えられる。
【0046】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容される。
例えば、上記実施例では、サンプル未搭載時の特定補償スペクトルが特定標準スペクトルの波形形状と同一になるような変形関数を関数算出部29に算出させたが、特定標準スペクトルが特定補償スペクトルと同一波形になるような変形関数を算出させてもよい。
【符号の説明】
【0047】
10…密閉室
11…赤外光源
12…集光鏡
13…コリメータ鏡
14…ビームスプリッタ
15…固定鏡
16…移動鏡
16a…移動鏡駆動部
17…窓板
18…光路切替鏡
18a…光路切替鏡駆動部
19…放物面鏡
20…補償検出器
21…放物面鏡
22…試料室
23…プリズム
24…サンプル
25…集光鏡
26…標準検出器
27…変換・処理部
28…制御部
29…関数算出部
30…変形処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
密閉室内に配置された光学部品を備え、光源から放射された光から干渉光を生成する干渉計と、
前記干渉光を検出する検出器と、
前記検出器の検出信号をフーリエ変換することによりスペクトルを得る変換処理部とを有するフーリエ変換赤外分光光度計において、
前記検出器は、前記密閉室の窓板及び試料室を透過した後の前記干渉光を検出する標準検出器と、前記密閉室内に配置された、前記密閉室の窓板を透過する前の前記干渉光を検出する補償検出器とを有し、
前記変換処理部は、前記標準検出器の検出信号及び前記補償検出器の検出信号をそれぞれフーリエ変換して標準スペクトル及び補償スペクトルを得るように構成され、
前記干渉光を前記密閉室窓板を介して前記密閉室外に放射する光路と、前記干渉光を前記補償検出器に入射させる光路とを切り替え可能な光路切換鏡と、
前記光路切替鏡を制御する制御部を備えることを特徴とするフーリエ変換赤外分光光度計。
【請求項2】
請求項1に記載のフーリエ変換赤外分光光度計において、
特定時における前記標準検出器の検出信号から得られた特定標準スペクトルの波形形状と、特定時における前記補償検出器の検出信号から得られた特定補償スペクトルの波形形状を記憶する波形記憶手段と、
前記特定補償スペクトルの波形形状に対する前記特定標準スペクトルの波形形状の変形比率から、前記特定補償スペクトルの波形形状を前記特定標準スペクトルと同一波形形状となるように前記特定補償スペクトルの波形形状を変形処理するための変形関数を求める関数算出部と、
前記変形関数に基づき前記補償スペクトルの波形形状を変形処理する変形処理部
をさらに備えることを特徴とするフーリエ変換赤外分光光度計。
【請求項3】
請求項2に記載のフーリエ変換赤外分光光度計において、
前記変形処理部で変形処理された前記特定補償スペクトルに対する前記特定標準スペクトルの比から、透過率スペクトルを算出する透過率スペクトル算出部と、
前記透過率スペクトルにおける特定波長での透過率を、試料搭載用付属品スループットとして記憶するスループット記憶手段とをさらに備えることを特徴とするフーリエ変換赤外分光光度計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−88193(P2012−88193A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−235572(P2010−235572)
【出願日】平成22年10月20日(2010.10.20)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】